僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
いかにもボズのバックバンドというTOTO「ジョージー・ポーギー」
TOTO・トトの名前を始めて知ったのは、高3の時、78年で、
雑誌「ヤングギター」で、ボズ・スキャッグスのバックの人達が、
バンドを結成してレコードを出したという内容だったが、それは、
囲み記事だったか、LPのレビューだったか、もう記憶が曖昧。

TOTOのメンバーは、正確にはボズのバックバンドというより、
LPのレコーディングに集められた、スタジオミュージシャンで、
あの名曲「ウイ・アー・オール・アローン」を含む、76年の名盤、
「シルク・ディグリーズ」で、キーボード、ベース、ドラムを担当。

ボズの次のアルバム、77年の「ダウン・トゥー・ゼン・レフト」は、
ギターのスティーブ・ルカサーも参加し、「ア・クルー」という曲で、
名演と呼べるギターソロを聴かせて、複雑なコードチェンジの中、
自在に歌わせるソロを組み立てていく才能が、すでに見られる。

当時は、AORなんて呼び名もなく、自分も洋楽には疎かったが、
シングル盤「ハード・タイムス」は、日本でも洋楽チャートの上位で、
「ぎんざNOW!」の洋楽コーナーで、何週か連続で、生演奏され、
後半のギターソロが格好良いなあと、すごく印象に残っていた曲。

「ぎんざNOW!」は、素人コメディアン道場が有名だが、バンドも、
けっこう無名時代に出ていたし、洋楽コーナーのカバー演奏では、
後にスペクトラムへ発展するMMPなどの、実力派も多く出ていて、
このボズのカバーも見事だったが、バンド名までは覚えていない。

そのボズのバック出身という情報のTOTOだが、自分にとっては、
興味を引いたのは、ボズということよりも、ギターのルカサーが、
ラリー・カールトンの愛弟子らしいとか、ドラムのジェフ・ポーカロが、
これまたラリーのアルバムで叩いていたという、フュージョン関連。

一流スタジオミュージシャンが、バンドを結成したのであり、しかも、
クロスオーバー・フュージョン出身だから、インストが中心だろうか、
ギターも弾きまくっているのではと、勝手に想像はふくらんでいき、
カールトンから、アル・ディメオラ、ジェフ・ベック路線まで期待する。

デビューアルバムは、原題は、バンド名のみの「TOTO」なのだが、
曲名の邦題が、直訳どころか意訳とも、かけ離れているのと同様、
「宇宙の騎士」とつけられていて、おそらく、アルバムジャケットが、
宇宙らしき背景に、中世の騎士が使うような剣を描いているから。

曲を聴いたのは、シングル曲をラジオのAMで聴いたのが先だか、
NHK-FM「軽音楽をあなたに」で、数曲を特集してくれた時だか、
どちらにしても、自分が想像していたフュージョンインストではなく、
それどころか、ギターソロも少なく、売れ線のポップス、洋楽だった。

唯一のインスト曲、「子供の凱歌」も、ギターはテーマをなぞるだけ、
シングルカットした「愛する君へ」は、メロディもリフもキャッチーだが、
ギターソロは短いうえ、まるでベイシティローラーズのように思えて、
その後、全曲を聴いても、延々と弾きまくるギターソロはなかった。

このとき「軽音楽をあなたに」では、TOTOのバンド名の由来として、
オズの魔法使いに出てくる犬のトートーだと、説明していたのだが、
かつて言われた東洋陶器はギャグだとしても、ボーカルのボビーの、
本名がトートス、ラテン語で「すべて」を意味すると、諸説あるらしい。

「軽音楽をあなたに」は、高校に軽音楽部がないから、帰宅部となり、
ほとんど午後4時前に帰宅していた自分にとり、ロックやポップスの、
名曲や新曲が聴ける貴重な番組で、DJの山本さゆりの解説も良く、
かなりエアチェックしたのだが、カセットが経年劣化して悔やまれる。

その後、「ヤングギター」に、若手注目ギタリストの特集があったとき、
スティーブ・ルカサーも、TOTOのデビューアルバムと共に紹介され、
「本気を出すとベンベラベラと弾きそうだが~」みたいに書いてあり、
じゃあ、本気で弾いてくれよ、あれじゃ物足りないよと、憤慨していた。

「宇宙の騎士」を冷静に聴くと、「ホール・ド・ザ・ライン」は、ロック調で、
早弾きを交えたソロで、「ガール・グッドバイ」のエンディングの決めは、
ディメオラも真っ青のユニゾン・フレーズ、「ロック・メイカー」の後半も、
ペンタトニックの6連早弾きと、さりげない小技があると、後で気づく。

79年にセカンドアルバム「ハイドラ」が出て、かなりロック色が強まり、
ギターソロも延々と弾きまくって、早弾きも、ものすごいことになって、
ああ、本気を出すとこうなのか、お見それしましたと、一気にファンに、
80年の来日は行かなかったが、テレビやラジオの放送を録音した。

洋楽に詳しい友人は、セカンドはつまらなくなった、1枚目のほうが、
名曲そろいの名盤だと言って、当時の自分は、ギターを弾かないと、
そういう感想なのかと思ったが、年をとったせいか、今の自分には、
「ハイドラ」は派手すぎで、「宇宙の騎士」のほうが、じっくりと聴ける。

「ジョージー・ポーギー」は、16分音符の裏拍から入ってくるピアノが、
イントロから繰り返される、いかにもボズのバックだったという曲調で、
逆輸入でもないが、後に出た「ミドル・マン」のオープニングナンバー、
「ジョジョ」は、ピアノをギターに換えたようなイントロで、ニヤリとする。

ボズを思わせるソフトな歌声は、ボーカルのボビー・キンボールが、
意識して真似ていると思ったら、ギターのルカサーが歌ったようで、
さらに、「ジョージー・ポーギー、プリンパイ」と、ソウルフルな感じで、
歌うところも、ボビーでなく、ゲストのシェリル・リンだと、後から知る。

メインボーカリストがいるのに、ちょっとひどいなあと、思っていたら、
「ロック・メイカー」は、キーボードのデビッド・ペイチが歌い、さらには、
もう一人のキーボードの、スティーブ・ポーカロも歌う曲まであって、
まるで4人全員が歌うビートルズのようだが、ボビーの立場はどうか。

何かのインタビューで、ボビーが、メンバーで一番高い声が出るので、
彼が歌うと、上のハモリをつけられる人がいなくて、ライブでは困ると、
語っていて、レコードでは、メロディもハモリもボビーなのかと思ったら、
メインボーカルから外され、ハモリに回る曲も多いようで、何ともはや。

「ジョージー・ポーギー」は裏ノリというのか、16分音符の頭が休符で、
そこから、つねに頭をずらして、1拍ずつ音を伸ばすフレーズが続き、
リズム音痴の自分の一番苦手なところで、16分の1ずれた部分から、
そこを頭だと思って弾くのか、いつも裏拍と意識して弾くのが良いのか。

ギターの場合、40年前にグレコギターのおまけについてきた教則本、
「成毛滋のロックギターレッスン」の、8ビートピッキングを応用する形、
拍子の頭を空ピッキングのダウンで、アップで和音を鳴らせば良いが、
ピアノ音をギターシンセで弾くと、空ピックの雑音まで、変換してしまう。

実際のピアノを弾く人は、自分で、このノリを覚えるしかないのだろうし、
自分も体をゆすりながら、何度もイントロを歌ったり、弾いたりしながら、
少しでも、イントロのニュアンスに近づくよう練習、途中から入ってくる、
ギターのリフも、空ピックにしても、なかなか本物のノリは出ずに苦労。

このメロディ、ピアノとユニゾンになるギターのリフは、昔のギター譜も、
バンドスコアも単音のリフだが、自分はずっとオクターブと思っていて、
PVでも、1番・3番では、マイクをつかんでいるルカサーが、2番のみ、
背中からの映像だが、オクターブ奏法のようにポジション移動している。

デビッド・ハンゲイトのベースは、PVを見る限りは、ほぼ全部に渡って、
チョッパー奏法で弾いているのに、YouTubeのカバーや演奏解説では、
指弾きの人ばかりなので、レコーディングでは、普通に指で弾いていて、
PVは見た目のインパクトから、チョッパーのあて振りにしたのだろうか。

音色を聴くと、派手なチョッパーのプルでベシベシ鳴らす音ではないが、
アタックが効き、ミュートもかけるので、親指を当て、弾いていると思うし、
自分の場合は指弾きだと、なかなかこのグルーヴ感は出せないから、
チョッパーにして、前のめりになるように引っ掛け、16分のノリを出す。

ドラムは、いつものことながら、MTRに内蔵されたドラムマシンなので、
ノリも音色も今一歩なのだが、ジェフ・ポーカロが叩いた見事なドラムは、
国内外を問わず、一流のミュージシャンでも再現するのは無理だろうと、
開き直って、普通に入力して、コンガの音を大きくして、メリハリをつけた。

TOTOのデビュー作から、ボズ・スキャッグスのバックで結成したという、
その証しのような曲調の「ジョージー・ポーギー」は、ノリが難しいうえに、
ギタリストなのに意外と上手いルカサーの歌には、けっこう苦労したし、
シェリル・リンの部分は開き直って、別物として歌い、何とかアップです。






ポールのカウントから始まる「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」
ビートルズは、シングル盤としてで発売した曲は、アルバムには、
収録しないことを原則にしたが、さすがにデビューアルバムでは、
今日でも一般的なやり方、シングルが売れたので他の曲を加え、
アルバムの形にして、LPのほうも売ってしまおうという形だった。

実際、デビュー作の「ラブ・ミー・ドゥ」は、そこそこのヒットだったが、
2枚目のシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」が、1位になったので、
彼らが売れているうちにと、大急ぎで録音し、発売したアルバムは、
ジャケットにも、シングル盤2曲のタイトルが大きく印刷されている。

それでも、ありきたりの寄せ集めにはしたくないと、プロデューサー、
ジョージ・マーティンは考えて、ライブバンドとしての実力を示そうと、
彼らの本拠地、キャバーンクラブのレコーディングも考えたのだが、
下見の結果、、音響的に無理があると判断し、EMIスタジオとなる。

当時、一発録音が普通で、新人バンドの録音に貴重なスタジオを、
何日も使わせることはなかったから、たった1日で10曲を録音して、
結果オーライ、ライブ感あふれる演奏が詰まったアルバムとなって、
オリジナル曲が8曲、カバーが6曲で、捨て曲などない布陣だった。

アルバム1曲目「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」は、まるで、
ライブが始まるかのように、「ワン、ツー、スリー、フォアーッ」という、
ポールの勢いよいカウントから入っていくという、疾走感にあふれて、
この曲が、ビートルズのすべての始まりとするビートルズ本も多い。

シンコー「全曲解説」は、「最初の数秒間に、ポールはビートルズの、
溢れんばかりの若々しさのすべてを見事、凝縮してみせた。」とか、
「ビートルズの到来だ。」と書き、「ビートルズを聴こう」は、「ポールの、
カウントとともに、ビートルズのアルバムの歴史が始まりました。」

藤本「213曲全ガイド」は、「カウントがカウンターパンチのように~」、
「デビューLPの1曲目に針を落とした瞬間に、~カンペキすぎる。」、
中山康樹「これがビートルズだ」は、「ポールのカウントからすべては、
はじまった。本当にすべてが、このカウントからはじまったのだ。」

リアルタイムの人には、本当に衝撃的だったのだろうなと、自分など、
後追い世代は想像するしかないが、ちょっと意地悪な見方をすると、
始まりなら、デビューシングルの方じゃないかとか、日本編集盤では、
B面の2曲目だし、キャピトルの米国編集盤は、A面の2曲目に配置。

中山康樹も、「いや、一部のアメリカ人にとっては、そうではない。」と、
自ら突っ込んでいて、キャピタルと契約する前、マイナーレーベルの、
ヴィージェーから出たLPは、1曲目にしてあるが、ワンツースリーの、
カウントがカットされて、「ファッ」から始まるそうで、何ともお間抜けな。

このポールのカウントは、テイク9のカウントを、テイク12に編集したと、
ビートルズ本では、自明のように書いてあり、知ったときには驚いたが、
90年に出たマーク・ルウィソーン「レコーディングセッション」で、すでに、
触れていて、ただ、「編集(第9及び第12テイク)」のみで、わかりにくい。

YouTubeには、テイク1からテイク8まで聴けるよう編集したものがあり、
ポールのカウントは、「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」と、
どれもが小さな声で繰り返し、テンポを指示しながらの、きっかけであり、
アルバムの冒頭で、歴史ののろしを上げる大声のカウントとは、程遠い。

テイク7やテイク8は、カウントが早すぎたようで、リズムが走りすぎたり、
声が小さすぎで、全員のリズムが乱れてしまって、早々に中断していて、
「全曲バイブル」には、間の悪さに、ジョンが「何だったんだよ」と叫んで、
ポールが大声でカウントしたとあり、そのテイク9のみカウントが目立つ。

これを、勢いのある出だしだ、冒頭にふさわしいとマーティンが判断して、
テイク1に手拍子をダビングしたテイク12に、テイク9からカウントのみを、
つけ足したのだが、カウントを除いた部分が、テイク9まで録音したうちの、
テイク1を丸々採用していて、一発録音の最初のテイクが一番良かった。

テイク2以降は、いつものことだが、ジョンが歌詞をやたら間違えていたり、
ジョージのリードギターも、間奏アドリブを毎回違うフレーズで弾くのだが、
こっちが聴きなれているせいもあり、テイク1が一番、まとまって聴こえるし、
途中でやめるテイクや、編集が前提か、エンディングのみのテイクもある。

一発録音やライブ演奏となると、リンゴのドラムは基本的に安定していて、
ポールも、歌をミスることはたまにあるが、ベースのミストーンは少なくて、
ジョンは、ギターはごまかしつつ、歌詞の間違いは目立ち、ジョージの場合、
出来不出来のムラが多く、それでも、のった時のソロは神がかったりする。

それにしても、YouTubeには、没テイクが、けっこうアップされてはいるが、
できることなら、現存するテープは、リミックス不要で、CD化してほしくて、
何でも、ペパーズ50周年で、レコーディングの時系列で、没テイクとかが、
何曲分の何テイクだか、33曲収録されるらしく、とにかく全部が聴きたい。

この曲は、主に作詞作曲したポールだけでなく、他のメンバーにとっても、
大切な曲なのだろう、ポールは今でも歌い続け、スプリングスティーンや、
ビリー・ジョエルと歌っている映像があり、ジョージも、その2人に加えて、
ミック・ジャガー、ボブ・ディラン、ジェフ・ベックまでが一緒に演奏している。、

そして、ジョンは、エルトン・ジョンのライブに、ゲスト、飛び入り参加して、
「僕を捨てた婚約者、ポールの作った曲だ」という、ギャグをかましつつ、
この曲をエルトンと歌っていて、2人とも、ポールのパートにしているから、
ハモリになっていなくて、ジョンは、何で下のハモにいかないのかは謎。

いつものように、愛用している全曲バイブルを頼りに、自分は演奏するが、
何かと省略されるジョージのギターは、珍しくジョンとの2段書きになって、
これはありがたいと譜面を追うと、間奏のギターソロ以外は、ほとんどは、
ポールのベースラインとユニゾンで、イントロのコードは、ジョン側に載る。

YouTubeの「リマスター」は、正規のリマスターや、独自のミックスが混在し、
2台のギターを左右に分離してくれていて、ジョンは、ほぼコードばかりで、
ジョージは、イントロは、コードのリフを弾いて、伴奏ではベースラインから、
オブリガード、コードと、かなり凝ったことをしていて、多少は耳コピできた。

ライブ映像を見ると、ジョンは、開放弦のC7のフォームで、5フレットにし、
E7のコードを鳴らし、たまに、10フレットにとんでA7、Fフォームを7フレ、
B7を鳴らすのが一目瞭然だが、バンドスコアは、開放弦E7やA7となり、
ジョンは高音を弾かないから、音は合っているが、TABの誤りが多すぎる。

ジョージのパートも、ライブ映像で、かなりわかりやすいが、全曲スコアを、
作った人は、あまり参考にしなかったのか、他の曲でもライブの映像とか、
ビートルズの主演映画やミュージックフィルムで、ポジションがわかるのに、
まったく確認しないのか、ポジションも音も違うことが多くストレスがたまる。

そのジョージの弾くオブリガード、歌を口ずさんでいて、メロディの合間で、
オブリも歌えるほど、印象的で覚えやすいのに、スコアは載っていなくて、
1番・2番で変えて弾くのを、繰り返しにし省略するのは、もう当たり前と、
あきらめもついてきたが、1番から間違えているのは、どうなのだろうか。

間奏のリードギターは、ほぼ正確に採譜してあり、すごくありがたいのに、
せっかくフレーズが弾けても、自分のリッケンバッカーは、ジョージの弾く、
グレッチの音が再現できず、おそらく弦も太くしないと、似てこないだろうし、
ピッキングが弱いせいもあり、何だか、お上品なアドリブになってしまった。

この曲は、ポールの高音に加え、ジョンの高音ファルセットもあり、きつく、
基本のハモリは、ポールが上、ジョンが下という、お約束の通りなのだが、
これまた、よくある、ポールとジョンの入れ代わりがあり、「in mine 」で、
ジョンが高音を歌い、この部分はシとド#となり、シが自分の限界の音程。

さらに、Aメロの「I couldn't dance with another woo 」の「woo 」は、
ポールがオクターブ高いミを楽々と歌っているが、自分には無理な音程、
しかも、もともとメロディを間違えて、ドの音で覚えていたので、開き直り、
ドで歌ったが、それでも、自分の限界の音より高くて、かすれまくっている。

ジョンが歌詞を間違えるのを、半ば馬鹿にしていたのに、かくいう自分も、
「I never dance 」「she wouldnot dance 」「Icouldn't dance 」 が、
ごっちゃになっていて、歌詞カードを見ながら、しかも、その歌詞カードも、
正しくないから、手書きで直したものを見て歌わないと、何度も間違えた。

それと、「standing there 」の「there 」は、昔から伸ばして歌っていたが、
原曲をよく聴くと、エンディング以外は、伸ばさずに短く1拍でやめていて、
ジョンなんかは吐き捨てるような歌いぶり、歌詞を間違えたのをやり直し、
その後で気づいたので、さらに歌い直すことになり、声は枯れていく一方。

自分などは、4~5回歌うと声が出なくなるし、こういう無理やり歌う曲では、
1番から2番に行くと、もう声が枯れてきて、このアルバム録音でジョンが、
最後の「ツイスト&シャウト」で声が出なくなり、テイク1でやめたというが、
そこまでの10時間以上に、よくジョンもポールも声が出たと、驚くばかり。

4月を迎え、新学期、新年度と、どことなくスタート気分が溢れるこの時期、
ビートルズがスタートした1曲、「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」を、
演奏しましたが、ジョージのパートが耳コピで、かなり危なっかしいうえに、
何と言っても、ポールの高音は、自分には厳しすぎて、反省点だらけです。





映画「卒業」のサントラ用に1曲だけ書き下ろした「ミセス・ロビンソン」
卒業式・卒園式は当然ながら、退職や転勤も多い時期とあって、
テレビやラジオでは、お別れソングの特集があちこち組まれて、
この10年くらいは、春先の恒例になっていて、懐かしい曲から、
初めて聴く曲、ちょっとこじつけかという曲まで、いろいろ流れる。

卒業式というと、自分たちの頃は、「蛍の光」と「仰げば尊し」を、
せいぜい合唱というか、ハモリもせず、ユニゾンで歌ったくらい、
今日では定番となった「旅たちの日に」に、最近は「群青」だとか、
年をとったせいか、歌詞を見ただけで、泣けてしまう曲も数多い。

そもそも、文部省唱歌でもない曲を式典で歌うようになったのは、
いつからなのか、あの金八先生の「贈る言葉」が走りだったのか、
自分たちの頃、謝恩会だったら、「あの素晴らしい愛をもう一度」、
「翼をください」や「なごり雪」を歌うクラスはあったが、式の前日。

だいたい、謝恩会では、自分もビートルズを演奏したくらいだから、
おごそかな式典とはまったくの別物、卒業式として、フォークの曲、
歌謡曲を歌うのは考えられなかったが、自分の通った区立中学が、
たまたま、頭の固い(?)先生だらけで、他では歌われていたのか。

ただ、もし自分が歌うことになったとしても、それこそ「翼をください」、
「卒業写真」くらいしか、当時はなかったろうし、子供の卒業式でも、
小・中・高を通じて、「さくら(独唱)」、「YELL」や「桜」といった曲が、
歌われることはなく、合唱曲が主で、ポピュラー曲とは一線を画す。

それだけに、卒業と何も関係ないビートルズは、歌われないだろうし、
ましてロックの曲が歌われることは、ほぼありえないと思っているし、
そのものずばり、「卒業」というタイトルの映画サントラに使われた、
サイモン&ガーファンクルの曲にしても、古今東西歌われない気が。

アメリカでは、日本のように、卒業式で曲を歌う習慣がないらしいし、
仮にあったとしても、そこで、「サウンド・オブ・サイレンス」だったり、
映画で使われた「スカボロー・フェア」、「ミセス・ロビンソン」などは、
歌われないだろうし、映画には卒業式の場面はあったのだろうか。

自分は、この映画をきちんと見たことはなくて、名場面特集とかでは、
何度となく、最後の教会の場面を見ているが、音楽の印象はなくて、
サイモン&ガーファンクルを聴くようになり、サントラを担当していた、
「ミセス・ロビンソン」は、登場人物の名前だとかを、後付けで知った。

映画では、何度目の再利用になるのか、デビューアルバムの曲の、
「サウンド・オブ・サイレンス」は、ポール・サイモンがイギリスへ行き、
現地で作った「ソングブック」にも収録、その間にバンドをダビングし、
シングル盤がヒット、それを2枚目に収録、さらに映画にも使われた。

映画には、他にも、「スカボロー・フェア」、「4月になれば彼女は」に、
「プレジャー・マシーン」と既存の曲が使われ、唯一書き下ろしたのは、
「ミセス・ロビンソン」なので、映画にちなんだタイトルが付いているし、
映画の場面に合わせたからか、後の演奏とは、長さも編曲も異なる。

自分がサイモン&ガーファンクルを聴いたのは、何度も書いているが、
NHK「世界のワンマンショー」がきっかけで、母に買ってもらったのが、
「グレイテスト・ヒット」だから、その1曲目である「ミセス・ロビンソン」は、
ものすごく印象的なわけで、映画版を後で聴いたときは、びっくりした。

どちらを原曲と言うべきか、映画版をプロトタイプと呼ぶのも変だろうが、
「ブックエンド」収録版は、低音をメインにリズムを刻むフォークギターに、
パーカッシブに叩きつけようなギターのリフ、リードギターが絡んできて、
ベース、コンガ、マラカスのアコースティックなリズム隊が加わった演奏。

かたや、映画ではギター1本の伴奏で、Aメロも微妙に歌い回しが違い、
歌詞も違っているし、1番のみで終わり、サビの部分はまだ出てこない、
かなり違和感があったのだが、このギター1本のカッティングが格好良く、
こちらのリズムの刻み方のインパクトがあり、こっちが普通に思えてくる。

実際、今回演奏する際に、イントロのリズムギターは、リードがなければ、
この映画版と同じと思い込んでいて、バンドスコアでは、そうでないから、
曲をじっくり聴くと、裏拍のアクセントもなく、音もミュートをかけたりせず、
4~6弦の低音ではあるが、エッジが効くくらいに、クリアに鳴らしていた。

本当、映画版のインパクトは強いうえ、昔買った曲集「グレイテスト~」は、
イントロは、いわゆる開放弦のC7フォームのままに、5フレでE7にして、
全弦を鳴らす形だったから、1~3弦をミュート気味にする癖がついたし、
7th系のコードを鳴らす曲は、何でも、「ミセス・ロビンソン」に思えてくる。

ビートルズの「ジョンとヨーコのバラード」を弾いても、こっちのリズムが、
ついつい出てしまったり、ジョージ・マイケルの「フェイス」を聴いたときも、
まんま「ミセス・ロビンソン」のアコギパターンじゃないかと、思ったりして、
映画版はラジオで数回聴いただけなのに、どうもはまってしまったようだ。

リードギターは、チョッパーベースのような、パーカッシブな叩きつける音、
チョッパーが一般的でない当時、ギタリストがサムピングやプリングまで、
やるわけはないから、ピックを三味線を弾くようなアタックで強くしたのか、
遊び半分でやる、親指と人差し指で弦をつまんではじくのをやっているか。

さらに、ポジションも、バンドスコアは5弦の2フレットにハンマリングだが、
同じシンコーでも弾き語り集は、6弦開放から5フレ・7フレにハンマリング、
YouTubeのカバー演奏、奏法解説でも、どちらのやり方も混在しているし、
右手もピックから指弾き、指にしても、強く弾いたり、引っ掛けて弾いたり。

あれこれ悩んでいたら、ポール・サイモン本人がインタビューに答えつつ、
ギターを弾く映像があり、この曲のイントロ部分のリードギターも披露して、
親指と人差し指ともに、引っ掛けながらベシベシと音を出し、ポジションも、
6弦開放をはじき、5弦開放から2フレ、4弦開放から2フレと、一目瞭然。

そのまま、チョーキングのフレーズも弾いていて、たいていの楽譜と違い、
かなりハイポジションに移動しているうえ、そこでも、右手は指弾きなので、
アルペジオのようにして、チョーキングの前後に1弦や6弦の開放弦まで、
鳴らせるわけで、ほぼレコードの音に近くて、ものすごく参考になる映像。

低音のはじく音から、流れるようなチョーキング、さらに低音の和音へと、
見事な展開のリードギターは、ナッシュビルの腕利きミュージシャンかと、
ずっと思っていたら、ポール本人の演奏で、フィンガーピッキング奏法の、
ギター伴奏も見事なら、こうしたリード、リフも見事で、本当、すごい人だ。

アルバム用に2番以降やサビが追加されて、プロ野球、大リーグの英雄、
ジョー・ディマジオに言及して、「どこへ行ってしまったんだろう?」と歌うと、
これが、侮辱していると告訴騒ぎになったそうで、なんでまたと思ったが、
ビートルズ解散の告訴合戦にもあるように、西洋社会の一端を垣間見る。

ディマジオ本人が、サイモンに「俺は、どこにも行っていないんだけど」と、
レストランで話しかたけそうで、これまた、懐の広さを感じるエピソードだし、
普通に歌詞を読めば、ディマジオのような英雄が再び現れないのかと、
閉塞していく社会の英雄待望論、その象徴だとわかりそうに思うのだが。

「卒業」シーズンにこじつけて、映画「卒業」の曲、「ミセス・ロビンソン」を、
レコードバージョンで演奏し、リードギターのニュアンスに苦労したうえに、
歌詞のハモリがずれてしまい、どっちが正しいのか、両方やり直したりし、
歌い直すたびに、声がかすれていき、いつもながら、歌唱力の限界です。






バンド名と逆さまになっている曲名の「クリムゾン・キングの宮殿」
この10年くらいだろうか、自分が中学・高校の頃によく聴いたり、
憧れて夢中になったたミュージシャンの訃報に、次々接していて、
特に、この1~2年はひどいものだが、当然といえば当然のこと、
それだけ自分が年をとったわけで、愛しき70年代からも早40年。

ただ、昨年末のグレッグ・レイク、今年の1月のジョン・ウェットンと、
歴代のキング・クリムゾンのベーシスト兼ボーカリストだった2人が、
たて続けに亡くなったのは本当に驚きで、それもグレッグは69歳、
ウェットンは67歳と、まだまだ現役でも活躍できる年で惜しまれる。

自分は、あまりキング・クリムゾンには詳しくなく、再結成した頃が、
リアルタイムというくらいなので、単純にグレッグが第1期であって、
ウェットンが第2期と思っているが、グレッグは、デビューしてすぐ、
脱退しているから、ウェットンとの間にベースは3人交代している。

クリムゾンは、リーダー兼ギタリストであるロバート・フリップ以外は、
かなりメンバーチェンジが激しかったから、そのラインアップごとに、
細かく分ける人もいて、ビートルズが赤盤と青盤の前期・後期から、
前期・中期・後期となったのよりも、かなり複雑で、どれが正式だか。

そんな自分だから、ファンの人には、申し訳ないが、リアルタイムで、
新譜を聴いたり、初来日の話題に接したディシプリンのクリムゾンは、
別物であって、ウイングスやオノバンドがビートルズを名乗るようだし、
90125イエスの曲は好きでも、本当のイエスでないと思うのと同様。

そのうえ、クリムゾンで好きなアルバムが、デビュー作である「宮殿」と、
解散アルバム「レッド」で、好きな曲は「21世紀」「エピタフ」に加えて、
「スターレス」という、少しかじった程度のファンにありがちなパターン、
それだけに、グレッグとウェットンは、別格ともいってよい存在だった。

ウェットンは、いわばグレッグの後任だから、グレッグ在籍時の曲を、
ライブで歌うことも多かったように思うが、実際には、「21世紀」程度、
それも、「太陽と旋律」以降の新曲ばかりでは、なじみがないだろうと、
1曲くらいは、観客の知っている曲をやることにしたと、何かで読んだ。

逆に、先輩のグレッグが、ウェットンの代役でエイジアの来日公演に、
急遽呼ばれて、一度も演奏したことのないエイジアの曲を歌ったのは、
ドラムのカール・パーマーが、あのELPからのつきあいもあったろうが、
何より、2人の声質が似ていて、あまり違和感なく聴ける点が大きい。

バンドにとって、やはりボーカルの存在は、すごく大きいと思っていて、
ギター中心に聴く自分だから、パープルのギターがリッチーではなく、
トミー・ボーリンやスティーブ・モーズでは、別物だろうと思ってしまうし、
それ以上に、イアン・ギランでないとカバディールでもちょっと違う気が。

レッド・ツェッペリンならロバート・プラント、イエスはジョン・アンダーソン、
例を挙げるときりがないが、逆にボーカルが別のバンドを組んだとして、
そこそこ上手なバックバンドがいれば、何とかなってしまうこともあって、
ギタリストはよほど個性がないと、一般の人には大差ないかもしれない。

厳密には、グレッグとウェットンの声質も、まったく同じではないわけで、
低音でもテナーボイスのグレッグと、ダミ声でドスのきいてるウェットンと、
うまく表現できないが、明らかな違いはあって、当然に聴きわけできるし、
ベースとなると、音色もスタイルも違うのだが、ついつい一緒したくなる。

グレッグは、ELPやソロ活動で、「21世紀」「宮殿」「エピタフ」を歌ったり、
ウェットンもエイジアやソロで、「スターレス」「土曜日の本」を取り上げて、
それぞれの在籍時の曲を演奏するが、ウェットンは、クリムゾン時代に、
演奏していないグレッグの「宮殿」「風に語りて」を、後年ライブで歌った。

元ジェネシスのギタリスト、スティーブ・ハケットがセルフカバーを出して、
その日本公演が実現した際、どういう経緯か、元クリムゾンのメンバー、
イアン・マクドナルドがウェットンと共に参加し、ジェネシスの曲に加えて、
クリムゾンの曲も演奏されて、プログレファンが狂喜するライブとなった。

当然ながら、マクドナルドが参加したのは、クリムゾンのデビュー作のみ、
そこからの選曲となり、「宮殿」と「風に語りて」を、ウェットンが歌ったが、
ウェットンもかつて演奏して、マクドナルドも活躍する「21世紀」のほうを、
演奏しなかったのは、主役をくってしまうから、さすがにやめたのだろう。

YouTubeを見ると、その後もウェットンは、エイジアやソロでのライブでも、
「宮殿」を歌っていて、自身のレパートリーとしたのか、ウェットンにとって、
クリムゾンナンバーは大切な曲、何よりもクリムゾンは大きな存在であり、
再結成にアメリカ人が入ったと愚痴ったのは、呼んで欲しかったのかなと。

何度目の再結成になるのか、あろうことか、コピーバンドのボーカルを、
メンバーに加えて、昔の曲を再現しているフリップであるが、それならば、
まだグレッグやウェットンが健在だったのだから、ゲスト扱いで好いから、
ボーカルをとって欲しかったが、例によって、彼の理屈があるのでしょう。

キング・クリムゾンのデビューアルバムの、「クリムゾン・キングの宮殿」は、
有名なエピソードとして、ビートルズの「アビー・ロード」をチャート1位から、
蹴落としたというのがあるが、自分がビートルズに夢中だった中学時代に、
そんな話は聞いたことがなく、黒歴史としてビートルズ本は載せないのか。

ただ、その頃に知ったところで、同時発売でなければ、売れ行きが落ちて、
他のアルバムに抜かれるのは当然だし、ましてリアルタイムでもないから、
そんなこともあったのかと、記憶に残らなかったか、逆にショックだったら、
いったいどんなバンドだ、どんな曲だと、すぐにも聴いていたかもしれない。

今日では、このアルバムが1位になったのは、売り上げチャートではなく、
音楽雑誌の人気投票のようなもので、あったかもしれないというくらいで、
バンドを売り出すために考えたキャッチコピーだったという説もあるほどで、
実際のところは不明だが、それだけ衝撃的な作品だったのは間違いない。

激しい音と、その後のプログレのテクニック至上主義の路線を作り出した、
「21世紀」は別格として、デビュー作では、メロトロンの導入と叙情性とか、
特徴となっていて、リーダーのフリップより、ピート・シンフィールドの詩と、
マクドナルドの鍵盤から管楽器のマルチ奏者ぶりが、重要だったと思える。

「クリムゾン・キングの宮殿」の曲のタイトルから、バンド名がついたという、
そのこと1つとっても、バンドにとり、シンフィールドの存在は大きいようで、
普通に考えると、歌うことも、楽器を演奏もしないのに、作詞をすることで、
メンバーの一員というのは変な話で、これも、今までのバンドと一線を画す。

これまた、自分が詳しくないせいか、なんで曲名とバンド名とが逆なのか、
アーサー王だったら、King Arthurで、Arthur KIngとはならないわけで、
ライオンキングは、Lion Kingだから、バンド名ではクリムゾン王と名前で、
曲名では紅の王、紅の中の王様という、抽象的な意味をさすのだろうか。

イントロのメロトロンの音は、いわゆるストリングスだろうが、「エピタフ」や、
「スターレス」の悲壮感溢れる、か細い響きと違い、かなり重厚な感じで、
ソリーナやハモンドに近い音色なので、ギターシンセでストリングスの音を、
オルガン系の音とミックスし、さらに別トラックに、オルガンでも弾いておく。

中間のフルートは、基本のフルートの音、プリセットのままででもよい感じ、
フレーズにより、ボックスフルートやトロンフルートの音色を使い分けると、
もっとリアルになるのだろうが、逆にフレーズごとにぶち切れてしまうので、
切り替えずに同じ音色にし、それでも、早いフレーズは追い切れなかった。

アコギは、エピタフでも出てくる独特のアルペジオで、フリップの得意技と、
スコアに解説してあるが、グレッグもELPの曲で、これを多用しているから、
グレッグはベース以外にアコギも弾いているとか、メロディを作っていると、
諸説あるようで、ビートルズに限らず、演奏、録音の謎は、本当つきない。

期せずしてグレッグ、ウェットンと続けての訃報、2人ともに歌っていた曲、
「クリムゾン・キングの宮殿」を自分も歌いましたが、キーが低いわりには、
歌いにくいし、MTRでは、ドラムロールが、マシンガンの音に聴こえたりと、
いつも以上に課題が多くて、2人への追悼が空回りしてしまい反省です。






2本のギターが呼応しあう伴奏で都会の孤独を歌った「ボクサー」
サイモン&ガーファンクルの曲を初めて聴いたのは、高1の頃、
76年7月に、NHK「世界のワンマンショー」の枠で放送された、
BBCの「ポール・サイモン・ショー」の中で、他の番組になるが、
久々に2人が共演した映像が、回想シーンのように挿入される。

共演の場面をすべて流したのか一部なのかは、わからないが、
アートが拍手喝采の中登場すると、まずは「ボクサー」から始め、
続けて「スカボロー・フェア」を歌ったところで、画面は切り変わり、
BBCでのポールのステージへと戻り、ソロ曲の演奏が再開した。

結果的には、「ボクサー」が、自分にとって初のS&Gの曲であり、
それ以前も、名画名場面特集とかで、「卒業」は見ているけれど、
必ず放送されるラストシーンは覚えていても、音楽まで流れたか、
主題歌の「サウンド・オブ・サイレンス」さえ、まったく記憶にない。

中2か中3で買ってもらった、LP5枚組の映画音楽大全集には、
サントラでなく、イージーリスニングのオーケストラ演奏であるが、
「卒業」は入っていて、曲目は「サウンドオブ・サイレンス」なので、
S&Gとは意識せず、メロディくらい聴いていたのは間違いない。

だが、例えば、「燃えよドラゴン」や「80日間世界一周」のように、
サントラ盤で聴き込んだり、テレビ放送をカセットテープに録音し、
主題歌も繰り返し聴いた「イージーライダー」や「シェーン」と違い、
口ずさみもしなければ、「卒業」と映画音楽は切り離されていた。

ただ、厳密にというか、こだわるというか、こじつけっぽくなるが、
「ポール・サイモン・ショー」では、再結成の場面を紹介する前に、
S&G時代の曲、「早く家に帰りたい」を、ポールが弾き語りして、
これを先に聴いているが、2人のデュオで聴いたのは「ボクサー」。

テレビでは、ポールがスリーフィンガーを中心に伴奏をしていて、
その後の何度かの再結成でも、ポールの演奏は変えていないが、
レコードは、印象的なイントロを始め、ガットギターが入っていて、
楽譜の解説によると、少なくとも4本のギターが多重録音だとか。

バンドスコアには、左チャンのガットに、右のアコギが載っていて、
これが一番正確な感じで、高1の頃買った「グレイテストヒット」の、
全曲ギター譜も、95年のムック本の「アコースティックギター3」も、
2本に分かれてはいるが、アルペジオのパターンが異なっている。

ポール・サイモンは、アコギの半音下げチューニングで、開放弦の、
Cのコード主体で、スリーフィンガーを弾くが、「グレイテスト~」や、
「アコギ3」では、16分音符の繰り返しとなり、バンドスコアの方は、
1・3拍目は、タタタタでなく、タンタタで、おそらくレコードはこっち。

ガットギターのイントロは、昔から2カポにし、クラシックギターでの、
カンパネラ奏法のように、4~6フレットのハイポジションを押さえて、
開放弦を組み合わせ、音を響かせるが、バンドスコアは、4カポで、
確かに、伴奏になってからは、高音を使うことが多くて、4カポが楽。

ただ、バンドスコアのTAB譜のとおりでは、イントロの響きが出ず、
これは、「アコギマガジン創刊号」に載る、4カポで3~7フレットを、
押さえながら、開放弦を組み合わせるのが、かなり近い響きになり、
自分は、4カポにし、これで弾き、伴奏はバンドスコアに沿って弾く。

ガットギターはポールでなく、ナッシュビルのベテランミュージシャン、
フレッド・カーターJrが弾いたそうで、スリーフィンガーで弾きながら、
オブリガードのように、スライドや和音を加えて、変幻自在の伴奏で、
「ライブ1969」でも、レコードに近い見事な演奏を聴かせてくれる。

「グレイテスト」のギター譜では、「4本のギターをミキシングで」とされ、
2本の伴奏に、「ガットのアドリブと12弦のサイドを加えると完璧」と、
注釈になっているが、フレッドが伴奏しながら、アドリブを加えたのを、
あまりにも流麗なので、別々に弾いていると判断したのかもしれない。

所々に入ってくるバスハーモニカも、カントリー音楽のベテラン奏者で、
チャールズ・マッコイという人、アクセントのつけ方もすごく見事なのが、
ギターシンセのハーモニカの音では、アコーデオンのような音になって、
話にならず、バリトンサックスの音色だと、多少ましになって妥協した。

この曲の歌詞は、ニューヨークという大都会にやってきた少年が感じる、
都会の孤独をモノローグのように歌い、真冬の寒さが身に染みてきて、
故郷へ帰ろうかと歌うのだが、最後、唐突に、ボクサーの話へと変わり、
「もうごめんだ」と言いながらも、戦い続けるという歌詞になって終わる。

ここを、映画のラストシーンのように、語り部であった少年の視線から、
最後は、彼が成長し、ボクサーになった姿を映し出すという説もあるが、
それよりは、都会で孤独と闘い続ける少年、さらにそうした人々の姿を、
ボクサーの姿に例えて、誰もやめないと語ったように自分は解釈する。

自分が最初に聴いたと、ちょっとこじつけているS&Gの「ボクサー」は、
ガットがエレガットで今一歩、エコードラムは、ジャングル風呂のようで、
バスハーモニカ、テルミンの音色も、ギターシンセで再現できないまま、
ちょっとオケ作りもまずいまま、歌は相変わらずというハスキー声です。








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