僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
佐野元春から中原中也へと、強引な展開
就職した頃、友人が「佐野元春の歌詞がいいんだ」と言う。

Someday」という曲を聴かせてもらうと、
モラトリアム気分の自分を、代弁してもらったような気になったのです。

学生時代は良かった、
サラリーマンになって、これからどうなっていくのか、
自分はどうあるべきなのか、

漠然と抱いていた、さまざまな考えが、
佐野元春の歌詞に詰まっているように感じたのです。

当時出ていた3枚のアルバムと、ナイアガラの作品を購入し、
歌詞カードを、何度も読み返した。

そして、自分が今まで聞きかじったフォークとは、
一線を画した、詩の世界だと思ったのです。

単にカタカナ語が多いというのではなく、
比喩の使い方や、唐突な言い回し。

「これって、ランボーとかの象徴詩なのだろうか」

ランボーやマラルメの詩集を手に入れても、どうも違う。

日本の詩人はどうなのか、と文庫を片っ端から立ち読みし、

中原中也の「アンダースローされた灰が蒼ざめて」という
フレーズに出会い、とりあえず買ってみる。

じっくり読んでいくと、「別離」という作品に
「さよなら あなたはそんなにパラソルを振る」とある。

そうだ、これだったんだ!

佐野元春の「グッバイからはじめよう」の
「どうして あなたは そんなに 手を振るのだろう」と
勝手に結びつけて、一人納得したのです。

あとあと考えると、ビートニク派の詩集のほうが
佐野元春に近かったのでしょうが。

その頃の自分は、中原中也の伝記なども読むにつれ、
中也自身の生き方に魅かれていったのです。




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