僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
レイジーは、最初からハードロックバンドだった
77年、アイドル的にデビューしたレイジー

銀座NOWで、大阪のファンに別れを告げ、
デビューのために上京する場面が放送される。

衣装から、ベイシティローラーズのコピーバンドかと、
半ば馬鹿にしつつも、大半のメンバーが同い年で、
すごく気になった。

ラジオの生放送に出るので、どんな音か聴いてみる。

「あいさつ代わりの1曲は、キル・ザ・キング」と,
DJが紹介し、まさかと思っていると、
あのリッチーのリフが流れてくる。

この曲のスタジオ盤は、まだ出ていないうえ、
「レインボー・オン・ステージ」も出た直後くらい。

それを、新人バンドが演奏していて、驚いた。

確かにバンド名は、ディープパープルの曲名で、
そういうことなのかと、納得。

これは、すごいバンドがデビューしたと思った。

パープルのコピーといえば、当時、が有名だった。

8・8ロックデイのライブ盤や、デビューLPを聴き、
ハイウェイスターをやってくれないかと、
CharBOWWOWとの武道館コンサートに行く。

ところが、脱パープルなのか、オリジナル曲中心で、
エイサー太鼓の合奏もあって、あてが外れた。

これからは、パープル、レインボーのコピーは、
レイジーに期待しようと、思ったのです。

とはいえ、その後の彼らのヒット曲は、
例の「赤頭巾ちゃん御用心」

レッツゴーヤングなどで、見かけるものの、
パープルの曲は、演奏するはずもなかった。

同級生で、俳優を目指しているやつがいて、
「最初は、レイジーのボーカルにでもなって、
まず、顔を売るんだ」なんて言い出す。

「じゃあ、俺もギターで加入して」などと、
教室では数名で、あの振り付けで遊んでいた。

そういう会話で、みんなと、ふざけつつも、
プロギタリストには、なりたいと考えていた。

レイジーは、その後「宇宙船地球号」で解散。

ようやく、ハードロックバンドの真骨頂となる、
楽曲をレコードでも出せるようになったのに。

ギターとドラムは、ラウドネスを結成したので、
早速、「誕生前夜」を聴いてみると、
リッチーよりも、マイケル・シェンカーっぽかった。

この分裂のどさくさに乗じて、自分と俳優志望は、
それこそ、メンバーになれなかったのでしょうか。




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レイジー。
レイジーは80年頃収録で一緒になって、レイジーが後の撮りだったので
片付けがてら見学してました。
途中のブレイクの時、ギタリストが私に話しかけてきて、私の
エフェクターボックスに付いて色々と質問。
ほんの1分程度でしたが、とても印象の良い人でした。
音合わせの合間に、TOTOをやっていて意外でした。

すでに他界されたメンバーもいて、残念です。
Les Paul L-5 | URL | 2010/09/02/Thu 20:26 [編集]
Re: レイジー。
いつも、コメントありがとうございます。

> レイジーは80年頃収録で一緒になって、レイジーが後の撮りだったので
> 片付けがてら見学してました。

解散まで、秒読みの頃ですね。

> 途中のブレイクの時、ギタリストが私に話しかけてきて、私の
> エフェクターボックスに付いて色々と質問。

ラウドネス結成時のインタビューで、使用機材に関して、
「フュージョンができる」と言っていましたが、
こうして、貪欲に研究していたのですね。

> ほんの1分程度でしたが、とても印象の良い人でした。

雑誌のインタビューでも、丁寧に答えていて、
心底ギターキッズという印象でした。

> 音合わせの合間に、TOTOをやっていて意外でした。

その手の音楽もやっていたとは、意外です。

> すでに他界されたメンバーもいて、残念です。

ドラマーは、雑誌で知りましたが、ベーシストまでとは…。
ギターマジシャン | URL | 2010/09/02/Thu 21:56 [編集]



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