僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
新宿都庁ができる前、帝王マイルスが降臨した
新宿西口広場という、今では考えられない場所で,
マイルス・デイビスのライブが開催されました。

セントラルパークS&G復活コンサートも、
記憶に新しい、81年の10月のことでした。

チケットがなくても、当日、近くまで行けば、
音は聴こえただろうが、テレビ放映で見ることに。

マイルスは、ビバップ、モード、エレクトリックと、
演奏スタイルの変遷があるが、CMのインパクトで、
派手な衣装で、バリバリ吹くというイメージだった。

ところが、画面で見るマイルスは、演奏よりも、
バンド全体を、眼力でコントロールしている感じ。

足が痛むので、ゆっくりと動きながら演奏すると、
解説があって、音だけ聴くとそうでもないが、
その映像が、なんだか痛々しかった。

バンドメンバーは、ベースがマーカス・ミラー

GRPで活躍し、雑誌で、「うますぎるベーシスト」と
ほめちぎられていた、若手バリバリのマーカス。

ところが、画面から感じたのは、びびっているのか、
なんだか、神妙な面持ちでプレイしている姿。

マーカスにベースソロをさせないのか、という質問に
「ずっとベース・ソロを弾き続けてるのと、同じだ。
あれ以上、何をやらせるんだ」と答えたマイルス。

もし、ソロを弾いたとしても、あの状態のマーカスは、
無事に勤め上げたのだろうか、なんて思ってしまう。

ギターは、長髪にGジャンで、ストラトを抱えた、
およそジャズとは縁遠いルックスの、マイク・スターン

1年前、タイガー大越のアルバムで聞いたときは、
フルアコの音ではないが、ナチュラルトーンで、
お手本のようなビバップフレーズを弾いていた。

さすがは、バークリー音楽院の出身だと思ってたが、
今回は、ディストーションかけての、弾きまくり。

ジミ・ヘンドリックスのように弾けと、マイルスに、
言われたらしいが、もともとロックが好きだったのか。

それにしても、マイルスは、本当にヘンドリックスと、
共演したかったのでしょうね。

オジー・オズボーンが、ランディ・ローズの幻影を、
ずっと追い続けているのに、近いものを感じます。

その後、発売された2枚組の「We Want Miles」

テレビの印象と違って、マイク・スターンがおとなしく感じた。

10年後に、新宿公演の完全版2枚組が出たときに、
テレビで見たのは、こっちだったと、勝手に納得。

自分が聞き慣れた方でないと、満足できない性格は、
どのジャンルの音楽にも、あてはまるのです。

(長くなってしまうので、マイク・スターンについては、別に書きます)



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マイルス。
私はテレビで見ました。
マーカスは確かにあの若さでのマイルス・バンドへの参加、同年代の
私も心配になるくらい緊張していましたね。
ただその後のマーカスの方向性を考えると、イマイチ音楽性が合わない
のでは・・・と思わせます。
当時はNYのマーカス、LAのネイザン・イーストが若手バリバリで
活躍していました。

マイク・スターンはマーカスとは逆に、マイルスの狙ったサウンドにマッチした
見事なプレイだったと思います。
コンテンポラリーとオーソドックスなバップ・フレーズを調和させつつ、比較的
バップ寄りなギターを分かり易いフレーズで表現していたと思います。

ジミヘンに関しては70年代に入って、黒人ギタリストのレジー・ルーカスを
起用していました。
かなりジミヘンを意識したのか、フェードバックやノイジーなプレイが多かった
と思います。
ロックギターを無理やり弾いていた感があった印象です。
マイルスもヤマハのエレクトーンを弾いていたりと、アバンギャルドなサウンド
でした。

事故後のマイルスのライブですが、ステージのマイルスに目が行くと音に
集中出来ませんが、目を閉じて聴くとフレーズのタイミングや音のチョイス
に驚きます。
コンディミを、あの少ない音数で成立させられるのはマイルス位だと思います。

いいライブだったと思います。

Les Paul L-5 | URL | 2010/08/18/Wed 23:49 [編集]
Re: マイルス。
いつも、コメントありがとうございます。

> マーカスは確かにあの若さでのマイルス・バンドへの参加、同年代の
> 私も心配になるくらい緊張していましたね。

私だけの偏見ではないですよね。

> ただその後のマーカスの方向性を考えると、イマイチ音楽性が合わない
> のでは・・・と思わせます。

確かに、ちょっと違うかもしれません。
逆に、後任のダリル・ジョーンズは、生き生きとしていたような。

> 当時はNYのマーカス、LAのネイザン・イーストが若手バリバリで
> 活躍していました。

リトナーとかのバックにいたかと思うと、クラプトン、フィル・コリンズとやったり。
ニューミュージックも含めて、あちこちで、耳にしました。

> マイク・スターンはマーカスとは逆に、マイルスの狙ったサウンドにマッチした
> 見事なプレイだったと思います。

実は、ジョン・スコフィールドより、大好きなんです。

> ジミヘンに関しては70年代に入って、黒人ギタリストのレジー・ルーカスを
> 起用していました。

ふたご(?)のライブのうち、「パンゲア」を買いました。
こういうのが、フリージャズなのか、よくわからなかったのですが、
今、あらためて聴くと、リズムの洪水の、すさまじさに圧倒されます。

> 事故後のマイルスのライブですが、ステージのマイルスに目が行くと音に
> 集中出来ませんが、目を閉じて聴くとフレーズのタイミングや音のチョイス
> に驚きます。
> コンディミを、あの少ない音数で成立させられるのはマイルス位だと思います。

テレビの映像は、痛々しかったのですが、
CDで聴くと、さすがと思わせる、見事な演奏です。

> いいライブだったと思います。

私も、本当に、そう思います。
ギターマジシャン | URL | 2010/08/19/Thu 00:55 [編集]



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