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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
スローな曲でも早弾きだらけのヴィニー・ムーア「ザ・ジャーニー」
ランキングのトップ3やベスト3に「三大○○」や、
三部作などと、3という数字はよく使われていて、
何か人類にとって意味があるのか、気になるが、
それは別の機会にして、三大ギタリストのことを。

今の若者だったり、一般お茶の間はどうなのか、
まったく見当つかないが、三大ギタリストとして、
昔からよく挙げられるのが、エリック・クラプトン、
ジェフ・ベックにジミー・ペイジが定番中の定番。

3人ともヤードバーズにいたので一緒にされるが、
実際にロック史に輝くギタリストで、クラプトンは、
クリーム、ソロで活躍、ベックはインストを究めて、
ペイジはレッド・ツェッペリンを結成し一世を風靡。

激しいパフォーマンスやエフェクターを自在に操り、
ギターの革命児とも呼ばれたジミ・ヘンドリックス、
ハードロックを牽引し続けたディープ・パープルの、
リッチー・ブラックモアをあげる人も少なくはない。

これもロックギターだが、プログレに目を向ければ、
キング・クリムゾンのロバート・フリップ、イエスの
スティーブ・ハウ、ジェネシスのスティーブ・ハケット、
ピンク・フロイドのデビッド・ギルモアも候補になる。

クラシックギターは、セゴビアとイエペスの巨匠に、
ジョン・ウイリアムスやジュリアン・ブリームがいて、
ジャズでは、ウエス・モンゴメリー、ケニー・バレル、
ジョー・パス、ジム・ホールにバーニー・ケッセルも。

こうしたギタリストは、60年代から70年代前半に、
突出したように出てきたので、74年の中2の夏に、
ビートルズ、高校になってパープル、ツェッペリンを、
ようやく聴いた自分には、すべてが後追いになる。

77年のクロスオーバーの流行で世間が注目した、
リー・リトナー、ラリー・カールトン、ロベン・フォード、
アル・ディ・メオラや、ジョージ・ベンソンらにしても、
デビューはそれ以前で、ソロアルバムも出ていた。

そんな自分にとって、デビューに立ち会えたという、
当時の若手ギタリストは、エディ・ヴァン・ヘイレン、
イングヴェイ・マルムスティーンが双璧をなしていて、
そこへスティーブ・ルカサーを加えても異論はない。

エディの、タッピング、ライトハンド奏法を駆使した、
「暗闇の爆撃」は、今日のハイテク奏法の先駆け、
フォロワーを生んだというより、誰もがその奏法を、
取り入れて、フュージョンギタリストまで真似した。

イングヴェイは、従来のクラシカル系ギタリストが、
バッハのフレーズを借用するのとは次元が違って、
パガニーニの超絶技巧のフレーズを楽々と弾いて、
スイープ奏法、ブロークン・コードを世間に広めた。

スウェーデンの無名ギタリストだったイングヴェイを、
新人発掘でアメリカへ呼んだマイク・ヴァーニーは、
今度は、イングヴェイ路線のギタリストを探しては、
自己のシャープネル・レーベルでデビューさせる。

よくもまあ見つけたというか、本人の意に反しても、
ネオクラシカル路線と名付けられたジャンルを弾く、
ギタリストが雨後の筍のごとく次々と登場したが、
特に、最初期の86年のデビュー組がすごかった。

三大イングヴェイ・フォロワーと呼ぶのは失礼か、
トニー・マカパイン、ヴィニー・ムーアはソロ作で、
ポール・ギルバートはレーサーXというバンドで、
多少の個性は出すが、イングヴェイ風に弾いた。

ただ、誰もがイングヴェイの真似と言われるのを、
嫌ったのか、影響を受けたギタリストをあげる際、
イングヴェイにはいっさい触れず、ロック以外にも、
クラシックを聴いたり、弾いたりしていたと語った。

イングヴェイが在籍したアルカトラスのボーカル、
グラハム・ボネットと、デビュー作で共演までした、
クリス・インペリテリは、自分と同じ弾き方をする、
北欧の知らない奴が先にデビューしたとも主張。

ポール・ギルバートは、確信犯なところを匂わせ、
「YRO」とイングヴェイのイニシャル入り曲を作り、
イングヴェイ奏法講座までやり、さすがにこれは、
俺の何を知ってて教えるんだと怒りをかっていた。

自分はイングヴェイが一番好きだが、セカンドは、
歌ものばかりになったので、買いも借りるもせず、
インスト曲ばかりのトニーとヴィニーのアルバムが、
その代用になり、特にヴィニーはかなり聴き込む。

ヴィニーは、フュージョンが好きだと語っているが、
アル・ディ・メオラ風のアコギの早弾きがあったり、
アラン・ホールズワースのようなピッキングしない、
レガート奏法でアームを駆使する演奏も聴かせる。

そのレガート奏法が、いまだに自分は苦手のまま、
今回カバー演奏しても、音が途切れてしまうので、
完コピはあきらめて、ほとんどフルピッキングにし、
どちらかというと、インペリテリの弾き方に近いか。

ヴィニーは、トレモロアームの使い方も素晴らしく、
単純なメロディのところでも、ニュアンスをつけるが、
今回自分は、ストラトの音よりもレスポールの方を、
優先したかったので、アームのフレーズは皆無に。

ヴィニー・ムーアの86年デビューアルバムのラスト、
「ザ・ジャーニー」は、本家のレガート奏法をごまかし、
ひたすらピッキングしましたが、それに気を取られ、
ビブラートをかけ忘れたり、かなりお粗末すぎです。




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ディ・メオラやプリズムっぽいフラメンコ調のカシオペア「プロムナード」
ギターの名称についての考察というか、屁理屈に、
しばし、おつきあい願いたいが、いったいいつから、
ナイロン弦を張ったギターのことを、ガットギターと、
一般的にも呼ぶようになったのか、ちょっと考えた。

もちろん一般的と言っても、自分がそう思うだけで、
ギターを弾かない世間一般のお茶の間にとっては、
今に至るも、ガットギターなどの名称は使わなくて、
アコギもエレキも単なるギターですむかもしれない。

それで、自分のようなギターをかじった場合として、
ナイロン弦を張ったギターをガットギターと呼ぶが、
昔は、クラシックの曲を弾くからクラシックギターと、
音楽ジャンルも楽器本体も、そう呼んでいたと思う。

フォークギターもフォークの曲を弾くから、そう呼び、
スチール弦を張るが、エレキも同じスチール弦だし、
スチールギターと呼ぶ場合、エレキギターでもなく、
ハワイアンやカントリーのスライドギターの方を指す。

羊の腸から作られたガット弦を張っていることから、
ガットギターと呼ぶが、今日ではガットを使うことは、
ほとんどなく、ナイロン弦であり、それでも名称には、
ナイロンギターでなく、昔からのガットギターのまま。

手元の本や雑誌で探すと、74年1月の風濤社刊、
「フォークギターのすべて」では、タイトルからして、
フォークギターだし、序文に「フォークブームと共に、
クラシックギターからフォークギターが主流に~」。

この場合、楽器本体に加え音楽を指す気もするが、
楽器の説明の章では、ネックの形状比較の際に、
「一般のフォークギター」「クラシックギター」とあり、
ここでは、ギター本体をクラシックギターとしている。

用語解説ページに、「ガット弦」があり、「ガット弦、
ナイロン弦を張ったクラシックギターのことをガット
ギターとも呼ぶ」とあり、ナイロン弦が普及しても、
ガットギターの名称のまま使われていたとわかる。

76年1月刊「ギター教室ただいまレッスン」には、
「ライスカレーかカレーライスか」で禅問答よろしく、
「クラシック音楽を弾くギターなのか、古くからある
ギターなのか」と、クラシックギターの定義を問う。

そして、ギターの種類を、クラシック、フォークに、
フラメンコ、エレキ、レキント、ピックギターと挙げ、
クラシックギターでピックを使いポピュラー音楽を、
弾く人たちもいると、どんどんカオスになっていく。

同じ本には、著者が初めてギターを買った当時、
「ギターというと、スチール弦が張ってあるのが
普通で、今私たちが弾いている楽器はガット弦が
張ってあり、特にガットギターと呼んで~」とある。

これらから、フォークギター、クラシックギターと、
単純に区分していた頃でも、弦に注目した際に、
ガットギターとして、スチール弦ではないことを、
強調するため用いていたのだろうと推察できる。

クラシックギターの老舗の雑誌「現代ギター」の、
76年別冊「ギター読本」に、ガットギターという、
名称は載らず、楽器店の広告もクラシックギター、
フォークギター、フラメンコギターの種類が載る。

クラシックギターの本だから、ガット弦は当たり前、
NHKの「ギターをひこう」のテキストにいたっては、
クラシックギターという記述さえなく、「ギター」で、
ガットギターの各部名称から、曲に至るまで紹介。

73年「NHKギター教室・教則編」は序文にだけ、
「フォークギター、エレキギターを学びたい人にも、
クラシックギター奏法が基礎となる」という記述で、
楽器の区別とジャンルの区別とが混在した感じ。

かつてはフォークギター専門誌だったシンコーの、
「ヤングギター」の78年1月号は、流行し始めた、
クロスオーバーギター特集号で、リー・リトナーの、
演奏解説に、「この曲はガットギターで~」とある。

アール・クルーの紹介記事には、「ガットギターを
ピックを使って弾いている」とあり、ピックどころか、
爪も伸ばさない指頭奏法なのに、すごいミスだが、
ともかく、ガットギターの使い手であるという説明。

先の「ピックを使いポピュラー音楽を~」と同様に、
クラシックギターを使い、他のジャンルの音楽を、
演奏することが増えたことで、ガットギターという、
「クラシック」とは別である旨の名称が使われる。

さらに、ピックアップ、マイクを内蔵したモデルが、
開発された際に、エレキ・クラシックギターとせず、
エレキ・ガットギター、略称エレガットの名称となり、
ナイロン弦=ガットギターが一般になったかと思う。

この前段として、フォークギターも曲のジャンルが、
フォークソングでなく、クロスオーバーに使われて、
さらにヒーリングミュージックなどソロギターとして、
ジャンルができ、フォークの名称がそぐわなくなる。

ガットギターのようにスチールギターと名乗るには、
エレキもあれば、ハワイアンのスチールもあるから、
アコースティックギター、アコギの名称が使われて、
いち早く出たエレキタイプは、エレアコが一般的に。

エレガットが出た際、すでにフォークギタータイプに、
マイクを内蔵したエレアコの名称が使われていて、
同じ生ギター・アコギであっても、ナイロン弦の方は、
ガットギターでエレガットという差別化に至ったかと。

とまあ、延々とガットギターについて書いてみたが、
アコギを使うことさえ珍しいカシオペアの曲の中で、
ガットギターの曲を演奏するにあたっての前振りが、
どんどん収拾がつかなくなって、ここらで閑話休題。

他にも、ヤマハの75年9月「ライトミュージック」の、
増刊は「アコースティック・ギター」のタイトルだとか、
60年頃ボサノバ音楽が出た時、ジャンルとしては、
ボサノバーギターで、ギター本体をどう呼んだとか。

ジャズギターの分野でも、ローリンド・アルメイダや、
チャーリー・バードが、クラシックギター音楽も弾き、
ジャズ演奏や、ソロギターを奏でたとか、いろいろ、
書きたいことはあるが、とりあえず、またの機会に。

カシオペアは、スタジオ盤だけでも30枚以上あり、
半分も聴いていないから、自分が知らないだけで、
案外、アコギやガットの曲があるのかもしれないが、
先日図書館で借りた99年の「マテリアル」に収録。

「プロムナード」は、イントロからフラメンコのような、
ガットギターのフレーズが続き、メロディを担当して、
さらに間奏も24小節あってピアノ間奏より長いが、
作曲は、ギターの野呂でなく、キーボードの向谷。

YouTubeには、カシオペアの休止中か、脱退後か、
向谷自身のバンドで演奏する映像がいくつかあり、
ギターの矢堀紘一がエレキで弾きまくっているし、
サックスもいて、リターン・トゥ・フォーエバーのよう。

カシオペアが77年イーストウエストに出場する際、
向谷は、チック・コリアみたいな音楽をやっていると、
野呂から誘われたそうだが、入ったら全然違ったと、
回想していて、ようやく待望のサウンドになったか。

おそらく、当時この手の曲をやったら、先代ドラマー、
鈴木徹が加入したプリズムで、まんま和田アキラが
アル・ディ・メオラのように早弾きしまくっていたから、
その二番煎じになりかねず、スペイン風は禁じ手。

プリズムにしても、ディ・メオラ風の曲は多くないが、
和田の早弾きが衝撃的で、本人はディ・メオラより、
アラン・ホールズワースに影響されていたとしても、
早弾きの代名詞として、ディ・メオラに例えられた。

和田アキラが、その後、ホールズワース色を強め、
プリズムのサウンドも、トリオ演奏が主体となって、
プログレ系、変拍子となり、スペイン風が消えると、
そろそろ良いかと、カシオペアでも演奏したのでは。

ガットギターの考察以上に、自分勝手な想像だが、
カシオペアのサウンドについて、けっこう野呂には、
こだわりがあるから、「これは合わない」とばかりに、
昔なら、チック・コリア風の曲は却下されただろう。

さらに邪推すると、野呂がガットギターを使うのは、
ディ・メオラは、オベーションのエレアコを愛用し、
プリズムでもアコギの曲がいくつかあっただけに、
正統派フラメンコも意識して、ガットにしたかなと。

カシオペアでは珍しいガットギターによる演奏で、
まるでプリズムやディ・メオラのような曲調ながら、
アドリブは、野呂らしいジャズフレーズが出てくる、
「プロムナード」は、エレガットの音が今一歩です。















としまえんが舞台だったと明かした山下達郎「さよなら夏の日」
時代の趨勢と言ってしまえば、仕方ないことだが、
幼い頃から親しんだ商業施設が閉鎖になったり、
再開発になって、まったく姿を変えてしまったりと、
このところ、それが激しくて、寂しさばかりつのる。

渋谷駅併設の東横デパートが3月に閉店となって、
地下食品売り場だけは営業を続けていたのだが、
いよいよ来週で店じまいとなり、いくつかの店舗は、
ヒカリエやマークシティへ移るが、やめる店もある。

思えば、ヒカリエだって、プラネタリウムや三省堂、
映画館のあった文化会館が、まったく姿を変えて、
マークシティも元は井の頭線の駅ビルで、本屋や、
不二家、ガード下の立ち食いそば屋はもうない。

モスラやゴジラが破壊した東横線のホームには、
スクランブルスクエアができて、紀伊国屋書店や、
レコードのコタニがあった東急プラザも建替えで、
そのどちらにも、今のところまったく行っていない。

8月末で閉園となり、ニュースで取り上げられた、
としまえんには、あまり出かけた記憶がなくても、
テレビの歌番組やバラエティで何度となく見たし、
「流れるプール」といったら、としまえんが浮かぶ。

サマーランドにもあるのだが、泳いだ記憶はなく、
波のあるプールや、潜ると音楽が聴こえてくると、
TVの宣伝を見て、何度か出かけたりしたものの、
そこだけで遊んだのか、まだできていなかったか。

よみうりランドにもプールはあるが、こちらの場合、
イーストの野外ライブの方が思い出があったりし、
向ヶ丘遊園、多摩テックは、家族や遠足で行くが、
どちらも、とうの昔に閉演となって歳月を実感する。

東京ドームができる前の後楽園ゆうえんちには、
そろばん塾の遠足で、仮面ライダーショーへ行き、
デパートの屋上イベントよりも派出な演出に感動、
ライダーがジェットコースターで登場して驚いた。

高校へ通う東横線から見るだけだった多摩川園、
併設する田園コロシアムは、伝説のライブもあり、
多摩川沿いに下ると、二子玉川園もあったのだが、
どちらもなくなり、駅名からも「園」の文字が消えた。

こうした遊園地の思い出は、プールが関わったり、
野外イベントもあるので、どうしても夏と結びつき、
としまえんの閉園では、夏の終わりとシンクロして、
そこへ山下達郎「さよなら夏の日」がBGMとなる。

あまりに出来すぎで、後付けかと疑いたくなるが、
山下達郎本人が、8月30日放送のラジオの中で、
「さよなら夏の日」はとしまえんの流れるプールが、
舞台で、高校の頃デートした情景を歌ったと語る。

竹内まりやを前にし、いいのかなと思ってしまうが、
流れるプールに行き、実際雨が降ってきたそうで、
「時が止まればいい」と呟くのは「粉飾」だと明かし、
虹が出ていたかまでは、竹内も突っ込んでこない。

「メロディーズ」に収録の「メリー・ゴー・ラウンド」は、
としまえんのかどうかというリスナーからの質問に、
「違います」と即答していて、そのやりとりからして、
「さよなら夏の日」の流れるプールは本当なのだと。

ただこうなると、これはもう、としまえんの歌であり、
としまえんと縁が薄い自分には、関係ない歌かと、
つい、ひねくれてしまうが、ユーミンの歌にしたって、
舞台はあり、あまり気にせずに自分と結びつける。

さすがに、この曲は自分のことを歌ってくれたとか、
何もかも代弁してくれたとか、そこまで思わないが、
もともとの歌詞は、それぞれの解釈を許容しながら、
普遍的なものへと昇華する、それが歌だと考える。

この山下達郎のFM番組サンデー・ソング・ブックは、
聴き逃したが、今はラジコという便利なものがあり、
過去1週間分のラジオ番組は配信されているので、
遡って聴くと、竹内とともに、いろいろ思い出を語る。

としまえんで、竹内まりやが初のフリーコンサートを、
センチメンタル・シティ・ロマンスをバックにやったり、
アン・ルイスのライブを、近所に住んでいた達郎が、
見に行って、ゲストで歌ったなどエピソードが満載。

100年以上前に作られた日本最古の回転木馬は、
上下するのは危険だと当時の役人が言ったとかで、
上下しないのは本当にもったいないと憤慨していて、
本当、達郎はとしまえんが好きだったんだなと納得。

これは、もう「さよなら夏の日」を演奏するしかないと、
オフィシャル・バンドスコア第2巻に載っているので、
昨日、土曜日の朝からドラムを入力、午後になって、
ギター、ベース、シンセなど演奏して、オケを作った。

山下達郎の曲では、コーラスにトラックを取られて、
エレピと生ピアノを同じトラックにまとめたり、他にも、
パーカッションを同時に叩かない同士をまとめたり、
24チャンネルでは全然足りなくて何かと苦労する。

スコアでは、後半転調した途端、バックコーラスが、
転調の1音でなく、4音も上がり、とても歌えなくて、
オフィシャルでも間違いだろうと、都合よく解釈して、
一音だけ上げて歌い、ぎりぎり自分の裏声の範囲。

梅雨の時期から声枯れがひどく、インスト曲ばかり、
やっていて、久々の歌入れだったが、いつもどおり、
歌っているそばから声が枯れるので、高音が続く、
コーラスを先に録音、メロディは2回が限度だった。

まだまだ残暑は続くが、夏の終わりにはぴったりで、
先日閉園したとしまえんともリンクする山下達郎の、
「さよなら夏の日」は、相変わらず歌がネックのうえ、
歌詞に感動して、泣きそうになっての歌入れでした。









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