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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
声が出なくなり、突き指もひどく、しばらく演奏は休みます
幼い頃から、扁桃腺がすぐに腫れてしまい、高熱が出たり、
悪化して気管支炎になったり、治りかけては咳が止まらず、
喘息かと思うくらい、夜も眠れずに、布団の中でもがいたり、
おかげで、高熱が出たり、声が枯れることには慣れっこに。

その繰り返しのせいか、30代になった頃、風邪が治っても、
枯れた声が回復するどころか、聴き取れないほどにかすれ、
職場の人から絶対にまずいよと脅され、耳鼻科へ行ったら、
ポリープができかけていて、危ないところだったと言われる。

手術はせず、じっくり治そうと言われ、ほとんど毎日のように、
耳鼻科に通い、喉への吸入を3ヶ月くらい続けると良くなり、
その後は、風邪気味になるたびに、1ヶ月くらい吸入に通い、
かすれた声を回復したり、夜中に出続ける咳を軽減できた。

十数年前、耳鼻科の先生が、もう自分も老いて、これ以上、
医院を続けるのは無理でやめることにした、最後まで喉を、
治療してあげたかったけれどすまないねと言われ、その後、
風邪をひくと、内科で診てもらうか、市販薬を買って飲んだ。

それでも、声が出せないほど悪化したことがあって、これは、
吸入しなければと、耳鼻科もある大きなクリニックへ行くと、
ポリープだからすぐ手術した方が良いと、喉に薬を塗るとか、
風邪薬の処方もしてくれず、大病院への紹介状を渡される。

前の老先生は、手術せずに治そうと言ってくれたのだから、
セカンドオピニオンでもないが、別の耳鼻科で診てもらうと、
風邪で喉が腫れているから吸入しましょうと、普通に治療、
抗生剤、うがい薬も処方してくれ、そこがかかりつけとなる。

年に2~3回はお世話になったが、しばらく行っていなくて、
先週、また声がかすれて、これは歌を歌ったせいではなく、
扁桃腺が腫れて、気管支炎になりかけている症状なので、
また吸入してもらおうと耳鼻科へ行くと、更地になっている。

職場では冗談半分で、あそこも先生がだんだん歳をとって、
いつ廃業になってもおかしくないんだと話して、念のために、
スマホで調べ、翌日が休診日なので今日のうちに行こうと、
職場から回ったら、建物ごとなくて、しばらく呆然とたたずむ。

薬局で、浅田飴、龍角散、ヴィックスドロップ、のどぬーると、
吸入できない分、直接喉に作用するものを買い、抗生剤は、
ルルA、パブロンゴールド、ロキソニンを買い、いくら何でも、
一度に飲んだりはせず、どれが効くのか、様子を見ることに。

声を出さないのが、一番なのだが、職場ではそうもいかず、
多少の電話応対くらいは、周りの人がカバーしてくれるが、
午後になると、もう声がかすれるどころか、ほとんど出せず、
低いトーンで、ゆっくり話しても、相手に通じないことばかり。

そんな状態で、歌を歌うなんて不可能で、実はオケの方は、
MTRのドラムマシンのバグが出やすくなる、フュージョンの、
細かいドラムは避けようと、ドラムの簡単な歌ものばかりを、
いくつか並行して作っていたので、最後の歌入れで挫折に。

あまり更新があくのも何だからと、クラシックギターの曲や、
ソロギターの1曲でも弾きたいところだが、練習不足に加え、
右手の人差し指の第一関節を突き指して、完治しないので、
フィンガーピッキング、指弾きをするのも、歌う以上に無理。

昔から、突き指が癖になっていて、すぐ痛めてしまうのだが、
半年前くらいから、触っただけでも、すごい激痛を感じるし、
関節が膨れてもいるので、ちょうど、テレビ番組で特集して、
キャシー中島が苦しんだという、ヘパーデン結節かと疑う。

テーピングで固定していたが、ぎっくり腰でお世話になって、
通院している整骨院で尋ねたら、単なる突き指だと笑われ、
まだ腫れているから、テーピングや風呂でもんだりはせず、
冷やすこと、湿布よりも氷などのアイシングするよう教わる。

それでも、後遺症なのか、またも痛めたのか、人差し指は、
ちょっとしたはずみで激痛になり、実は、この数ヶ月の間、
ギターを弾く時もピックを持つと痛むので、人差し指でなく、
親指と中指でピックを握って練習して、録音もそうしていた。

もともと、エディ・ヴァン・ヘイレンが駆使する奏法の1つに、
ハミングバード・ピッキングがあり、人差し指を使わないで、
親指・中指でピックを握り、軽やかにトレモロ奏法するので、
それと同じ感じでスケール練習すると、何とか形になった。

アコギのコードストロークでは、ちょっと力強さに欠けるので、
痛くない程度に人差し指を添えて、ガンガン鳴らしていたし、
エレキやギターシンセを弾くには、早弾きも大丈夫になるが、
フィンガーピッキングで人差し指を使わないのはありえない。

だましだましというか、そっと弦に当てるように弾いてみると、
1曲くらいは、人差し指を使っても、多少痛む程度なのだが、
ちょっと大きな音を出そうとすると、途端に激痛が走るので、
今日のところは、ササっとアコギの曲を弾くのは到底無理。

延々と言い訳を連ねてきましたが、せっかく作ったオケには、
歌入れしようにも声が出ないし、アコギ1本で録音しようにも、
右手の指が痛いというわけで、エレキのインスト曲のオケに、
これからじっくり取り組み、近いうちには復活するつもりです。
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ビートルズ風サウンドに味付けされた竹内まりや「家に帰ろう」
歌ものが続いて、声がきつくなってきたので、インストにして、
もう夏は終わったが、夏男・角松敏生のギターアルバムから、
選曲して録音していたら、またまた機材のトラブルが発生し、
2回もデータがとんでしまい、心が折れてて、しばらく休んだ。

今のMTRは買った当初から、ドラム系統にバグがあるようで、
32分音符など細かい入力をすると、処理しきれなくなるのか、
突然カウベルが鳴ったり、入力する端からデータが消えたり、
さらには、再生するとフリーズし、電源スイッチも効かなくなる。

気を取り直し、ドラムパターンが単純な歌ものに戻ることにし、
それなら、前回までの佐野元春、杉真理のきっかけとなった、
竹内まりやの曲にしようと、手持ちの「大人の邦楽ソング」の、
バンドスコアから、「家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)」を。

この曲は、ビートルズへのオマージュ、トリビュートソングの、
「マージービートで唄わせて」ほどではないが、イントロから、
ビートルズっぽい12弦ギターで、PVのまりやや達郎たちは、
黒のタートルネックという、映画「ヘルプ」の冒頭のスタイル。

ビートルズのコピーバンドではないから、ギブソンJ160Eや、
リッケンバッカー12弦、ヘフナー・バイオリンベースではなく、
どこぞのエレアコや、モズライト12弦、ジャズベースを弾くが、
そのサウンドは、かなりビートルズを意識しているのは明白。

ただ、タンバリンに加えて、サビで叩いているウッドブロックは、
ビートルズなら「ハード・デイズ・ナイト」のサビでやったように、
カウベルを使ったろうし、逆に、そこで鳴っているグロッケンは、
達朗ならではのサウンドで、あくまでもビートルズ風の味付け。

イントロから、歌のバックでもアルペジオを弾く12弦ギターは、
いかにも12弦というオクターブの響きは少ないので、単純に、
コーラスエフェクトで代用し、いつもやっている3~6弦の音に、
オクターブ上の音をダビングする方法は、やらずに録音した。

ただ、このギターの音は左右にパンで振って、ディレイをかけ、
音に厚みを出しているようなので、ステレオディレイの代用で、
別トラックに、もう一度ギターを録音し、左右対称に定位させ、
間奏のリードギターの時だけ、ぶつからないよう、左は消した。

竹内まりやのボーカル・キーは、女声にしては多少低いので、
そこそこひっくり返らずに歌えるが、サビは自分の地声よりも、
高いラの音程が続くし、そこへハモってくる達郎のコーラスが、
さらに高いド♯で、裏声にしても、出るかどうかという厳しさ。

サビで高い声を出し続ける必要があるので、メロディだけでも、
フルコーラス歌うと、3番では声がかすれ、聴き取れなくなり、
翌日、途中からやり直し、バックコーラスも一番高いパートは、
2日間に分けないとダメで、その合間に低いパートを歌った。

昔、小椋佳のNHKホールでの初コンサートがTVで放送され、
2度目のアンコールで、「聴いていただくには、(自分の声が)、
もう本当に、限界を越していますけれど」と冗談半分に言って、
実際、歌い始めた「さらば青春」では、ちょっとつらそうだった。

まだ高校生だった自分は、サラリーマンとの二足のわらじで、
たまに歌うだけだから、プロのように何時間も歌えないんだな、
なんて冷ややかに見ていたが、サラリーマンで素人の自分は、
ブログにアップするのに1曲歌う時でさえも、声が出ない始末。

竹内まりやが結婚後、山下達郎とタッグを組んだ復帰作から、
3年・5年と長いインターバルをおいて作られた3枚目となる、
「クワイエット・ライフ」の「家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)」、
キーが低いまりやの曲でも、やはり自分にはきつかったです。











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