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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
ライブではギターソロが追加されるオフコース「愛を止めないで」
オフコースは、ギター雑誌で名前を見かけたりはしていたが、
意識して聴くようになったのは、「さよなら」がヒットした頃で、
すでにバンドスタイルになっていて、そこからリアルタイムで、
新譜を買ったが、鈴木が抜けてからは、惰性で聴いた程度。

オフコースに限らず、シングル盤とLPだとLPの方が高いが、
曲数で割り返すと、シングル盤は割高で損したような気がし、
シングルを買ったのは、聴きたい曲がLPに入っていないか、
一発屋っぽくて、LPを聴くまでのことはないなと感じた場合。

オフコースは当然LPで聴いたから、リアルタイムだったのに、
シングル盤の発売順や、LPとの前後関係は勘違いしていて、
「さよなら」がヒットし、それに続けとばかり、「愛を止めないで」、
「風に吹かれて」と出たと思っていたら、「さよなら」の方が後。

小田と鈴木の2人のオフコースに、バックバンドが固定すると、
77年の「ジャンクション」からは、5人での録音とライブになり、
79年1月に「愛を止めないで」、6月に「風に吹かれて」を出し、
10月にLP「スリー・アンド・トゥー」、12月にようやく「さよなら」。

77年に5人が揃っても、まだフォークっぽいサウンドだったが、
「愛を止めないで」からは、ボストンやTOTOを意識したような、
ロック系のバンドサウンドとなり、3人を正式なメンバーに迎え、
それを宣言するアルバムタイトルをつけ、本格的に5人体制。

「さよなら」は、LPに未収録だったと、今さら、気づいたのだが、
バンドサウンドで古い曲もリメイクした、2枚組ライブに収録され、
他の「スリー&~」の曲と同様に、レコーディングメンバーでの、
ライブなのだから、レコードの音をほぼ完全に再現する完成度。

さらにライブならではのアレンジも、いくつかの曲でやっていて、
「愛を止めないで」、「セイブ・ザ・ラブ」はギターソロを長くしたり、
ドラムソロが延々と続いたり、客席とのコール&レスポンスあり、
ロックコンサートを意識したようなスケールの大きな演奏となる。

ただ自分のようなロックに親しんだものでも、オフコースの曲で、
あんまりギターソロが続くと、間延びしたように感じてしまったり、
ましてドラムソロは、パープルやツェッペリンでも飽きてしまって、
大半を占める女性ファンにはどうか、キャーキャー言ったのか。

このところオフコースを演奏しているので、本家のライブ音源を、
YouTubeでチェックしているが、大間ジローのドラムソロに対し、
「長すぎ」という批判コメントもあり、本物でも、そんな言い方を、
されるんじゃ、自分が「下手」と書かれるのも、いたしかたない。

「風に吹かれて」「さよなら」が、アルバムに未収録だったからか、
最初のベスト盤「セレクション1973~78」の約6年間に対して、
続く「セレクション1978~81」は、実質3年に満たない期間で、
売れているうちにと、急いでヒット曲入りベスト盤を出した感じ。

オフコースがバンドサウンドへと変化する際、参考にしただろう、
イーグルスは、やはり最初のベスト盤「グレイテスト・ヒッツ」は、
1971~75年の4枚のアルバムで、次のベストは76~79年、
たった2枚のアルバムからの選曲で、何となく似ていて面白い。

自分は、「セレクション」の2枚は、CDの時代になり、すぐ買い、
カセットウォークマンに代わるディスクマンで聴きまくったので、
大半の曲は、今でも歌詞カードなしで歌えるし、ギターソロまで、
口ずさめるが、逆にライブバージョンは、ほとんど記憶にない。

今回「愛を止めないで」をやることにしたが、2冊あるスコアは、
2枚組ライブと武道館ライブからの採譜で、レコードの場合は、
かなり重ねているギターを、ライブは鈴木と松尾の2本のみで、
リードとバッキングをうまく分け、近いサウンドに再現している。

自分の場合、多重録音なので、リードとリズムはトラックを分け、
ツインリードでハモる時でも、バッキングをそれっぽく弾いたが、
耳コピが苦手なので、スタジオバージョンの再現とはいかずに、
ライブバージョンに、ちょっと手を加えた程度のレベルで妥協。

イントロなしの、ピアノの弾き語りから始まるが、その伴奏は、
2冊のスコアは出だしの音から異なっていて、ライブとは言え、
そうそう伴奏を変えるとは思えず、どちらも微妙にLPと違い、
それぞれ弾き比べ、武道館のスコアの方が多少はましだった。

武道館バージョンは、エンディングで追加になるギターソロが、
最後のフリーテンポになる部分に、ドラムの短いソロも加わり、
2枚組ライブよりかなり長くなるが、きっかけを合わせるのが、
多重録音では厳しいので、かなり省略して、簡潔に仕上げた。

バンドサウンドの最初のシングル盤となる「愛を止めないで」、
ライブバージョンのスコアで、ギターソロもけっこういい感じに、
気分よく弾いたが、いかんせん、歌とコーラスの高音がきつく、
最後は声が出なくなり、しばらく歌ものはダメかもしれません。



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鈴木と松尾のギターバトルが迫力のオフコース「時に愛は」
フォークデュオと呼んでよいのか、多少は疑問もあるが、
アマ時代を除き、レコードデビュー以来、小田と鈴木との、
2人で活動してきたオフコースが、バックバンドを固定し、
録音にも参加させると、その3人を正式メンバーに迎える。

ライブもこなして、「ジャンクション」でも5人揃っていたが、
「スリー・アンド・トゥー」は、3人がメンバーになったことを、
アルバムタイトルで宣言して、さらに、ジャケット写真でも、
表に3人、裏に小田と鈴木を配し、新メンバーを強調した。

バンドサウンドを追求しようとしたのか、これまでに比べて、
サウンド面の変化は著しくて、小田は囁くような歌い方から、
シャウトするようになり、鈴木のギターは歪ませた音になり、
リズム隊の音も音圧が上がり、かなりロック色が強くなる。

ヘビメタまではいかずとも、ロック系の洋楽、流行し始めた、
AORや産業ロックを参考にしたのは明らかで、イーグルス、
ボストン、TOTOのアレンジを、パクリ寸前まで取り入れて、
ギターサウンド主体のスケールの大きいアルバムとなった。

2枚組ライブを挟んでの「ウイアー」は、その路線を推し進め、
アルバムジャケットは、ビートルズのホワイトアルバムまでは、
いかずとも、シンプルな白地に、「We Are」 「Off Course」の、
ロゴに、メンバー5人の名前を表記して、これまた5人を強調。

このアルバムタイトルは、活動休止となる82年武道館公演で、
次のアルバムと続けて、「We are Over」と、解散宣言のように、
使われたので、すでに「ウイアー」の作成中から解散の方向で、
次のアルバムとセットでタイトルを決めたと取られることもある。

ただ、山際淳司のドキュメンタリー「ギブ・アップ」やWikiでは、
鈴木が最初に脱退を口にしたのは、「ウイアー」の発売後の、
82年12月とされているので、アルバムを作成した段階では、
「僕達5人がオフコース」と、バンドであることを強調したはず。

1曲目「時に愛は」は、鈴木のギターのロングトーンで始まり、
間奏のアドリブは松尾、エンディングでは2人の掛け合いが、
延々と続いて、まるでイーグルス「ホテル・カリフォルニア」で、
「さよなら」の12弦ギターアルペジオ同様、影響が出ている。

オフコースのライブ音源は、「スリー・アンド・トゥー」のライブが、
2枚組で出て、「オーバー」は武道館最終日がビデオになって、
この「ウイアー」だけは正式には出ていないが、NHKだったか、
FMでライブ中継が放送されて、友人から録音テープをもらう。

その大学の同級生の影響もあり、オフコースのファンになって、
LPを買ったりしたが、友人は、レア音源とかには興味がなくて、
LPを録音してあげたら、ラジオで録音したのは、もういらないと、
くれたので、大切にしていたが、カセットだから今では聴けない。

実際のライブのセットリストのままに放送したのかは、不明だが、
「時に愛は」から始まると、ほとんどレコードどおり再現していて、
バンドメンバーが固まり、コーラスもできるギターとベースだから、
複雑なハモりも再現できる強みで、演奏能力もかなりのレベル。

オフコースの全楽曲を通じて、一番ギターソロが長いのではと、
思えるくらいに、エンディングのリードギターの掛け合いも長く、
4小節交代のギターバトルを3回ずつ繰り返し、フェイドアウト、
ライブの長さも同様だが、自分はさらに長くして勝手にアドリブ。

コーラスは左チャンから鈴木が下のパートを、右チャンからは、
小田が上のパートを歌っていて、サビの「時に愛は~」からは、
さらに最高音を鈴木が重ねてきて、ライブでは清水と松尾が、
歌っているが、レコードのハモリは小田と鈴木だけに聴こえる。

清水は、かつてビートルズのコピーバンドのバッドボーイズで、
ポールを担当して、初期のポールを思わせる、こもった声質、
松尾はかなり高音も出る甲高い声質で、それぞれ特徴があり、
わりと聴き取れるので、「時に愛は」では、その声に感じない。

自分の場合は、誰が歌おうが、1人でコーラスを重ねるから、
別にどうでも良いことだし、物真似をする気などはないのだが、
ビートルズであれば、ジョンっぽく歌おうとは思ったりするから、
オフコースでも、ちょっとくらい、小田や鈴木を意識しようかと。

そうは言っても、とにかくメインボーカルもハモリがキーが高く、
何とか歌うのがやっとで、曲の後半になると明らかに声が枯れ、
ハモリは2回、メインボーカルは3回重ねて、歌が下手なのを、
ごまかすにも、各パートを日を分けて録音しないと無理だった。

オフコースが、バンドとして充実したサウンドを確立した頃の、
「ウイアー」の冒頭「時に愛は」は、オケは7月に作りつつも、
喉が痛くて保留していた曲、多少ましになったので、何よりも、
リードギターが弾きたくて、声がかすれつつも、アップします。






小田と鈴木のコーラスが曲をもりあげていくオフコース「愛の唄」
お盆休みを利用して、退職者向けのセミナーを受講するよう、
職場から勧められて、自分が定年退職するのは再来年だが、
何でも、来年の夏は東京オリンピックが開催されているから、
退職セミナーどころではないので、今年のうちに行くようにと。

いったい何がどうセミナーどころでないのか、オリンピックで、
セミナーの会場が確保できないのか、関連のイベントが多く、
主催者も手が回らないのか、交通機関がすごいことになって、
出かけるどこではないのか、自分も何かと駆り出されるのか。

あれこれ考えつつ、セミナーには参加したが、会場に着いて、
周囲を見渡すと、これは老人会の寄り合いかと思うくらいに、
禿げ上がった人や、白髪の人だらけ、女性も皺が目立って、
ほとんど同い年、同学年なはずなのに、ものすごいショック。

若い若いと思っているのは自分だけで、はたから見てみたら、
自分も同じように老け込んでいたわけで、疲れて帰る時など、
電車の窓に映りこむ自分の姿に、どこの年寄りかと愕然とし、
せめて猫背を直そうなどと思ったが、寄る年波には勝てない。

「すぎゆくは若き日々」という、オフコース「愛の唄」の歌詞を、
自然と口ずさんだが、オフコースには彼らが20代の頃から、
過ぎ去りし日々とか、青春に別れを告げる内容の歌があり、
鈴木の「青春」しかり、小田には「老人のつぶやき」まである。

「愛の唄」は、オフコースの75年発売の3枚目のアルバム、
「ワインの匂い」に収録され、この頃は、後にメンバーとなる、
3人がバックバンドでの参加もしていない、純粋に2人きりで、
イントロのハーモニカも、クレジットを見る限り、鈴木が担当。

ギターの松尾、ベースの清水、ドラムの大間が、次のLPの、
「ソング・イズ・ラブ」に前後して、ライブやレコーディングで、
バックバンドとして加わるが、当初は松尾はライブの場合も、
ギターは弾かずに、ハーモニカとパーカッションを演奏した。

小田と鈴木の2人オフコースの曲は、コーラスはダビングし、
凝っている曲が多いが、鍵盤楽器は生ピアノとシンセ程度、
ギターにしても何本も重ねることは少ないので、ライブでは、
レコードを再現するのに、松尾がギターを弾く必要は少ない。

なまじ、そんな知識があったので、「愛の唄」はイントロから、
ハーモニカが加わり、途中、ずっとマラカスも鳴っているから、
てっきり、この曲は松尾が参加して、ハーモニカ、マラカスを、
担当したと思っていたが、自分の知ったかぶりを反省する。

イントロと間奏のハーモニカは、丁寧にメロディックに奏でて、
ブルースハープでやるような、コードを鳴らすのでないから、
クロマチックハーモニカで、♯記号にはスライドバーを使うが、
かなり練習しないと無理なので、ここはギターシンセで手抜き。

ピアノとストリングスもギターシンセで、ピアノは左手と右手は、
別々のトラックに録音して、右手も、和音が密集しているので、
ギターで弾くために、さらに2トラックに分けて、ストリングスは、
一部が3声になるので、3トラックを使い、左右にも振っておく。

いつもドラム入力では何かと苦労して、小節数を間違えたり、
リピートをとばしてしまっては、やり直してばかりいるのだが、
この曲のバンドスコアは、ダルセーニョの位置が間違ったり、
フィルインの箇所が違ったりして、録音中に気づき、やり直す。

ドラム以外のパーカッションは、マラカスやタンバリンが聴こえ、
ストリングスは3声、コーラスは右チャンネルに3声のハモリ、
左チャンからは、サビのメロディのハモリが一部は2声になり、
ピアノとアコギ以外に、けっこうダビングしているのがわかる。

YouTubeには、ライブ音源があって、80年ということなので、
もう5人体制になっての演奏だが、ハーモニカはシンセだし、
何よりも、コーラスは小田と鈴木の2人だけで、初期の頃の、
レコードとアレンジを変えて、2人でハモっていたのにも近い。

教育テレビで、「オーバー」のレコーディング風景を中心に、
ドキュメンタリーが放送されたとき、「愛の中へ」のハモリは、
3人は加えずに、小田と鈴木で入念にダビングを繰り返して、
完成させる場面があって、2人の声質にこだわるのを感じた。

言い方は悪いが、松尾や清水の声が加わると、2人の声に、
不純物・異物が入って、透明なコーラスが壊れてしまうので、
曲によっては松尾らに歌わせるが、ハモリを重要視する曲は、
小田は、自分と鈴木の2人だけでやると決めていた気もする。

オフコースの初期ベスト「セレクション」は、全曲やりたいほど、
名曲だらけで、その中の小田による「愛の唄」では、ハモリが、
後半になると、どんどん加わっていき、曲を盛り上げますが、
自分の場合、高音がきつかったり、かなり厳しいハモリです。






せつない歌詞が泣けるスタレビの「トワイライト・アヴェニュー」
10代の頃から、プロギタリストになりたいと思っていたので、
高校卒業の3月から、渋谷河合楽器のジャズギター教室に、
毎週土曜日に通い続けて、就職しても夢をあきらめきれず、
先生がやめてしまうまで7年間、一度も休むことはなかった。

新しい先生に今さら教わる気もなく、さすがに自分の実力も、
世間の評価もわかる年相応になって、プロはあきらめたが、
河合楽器のピアノ教室の先生が主催する発表会の方には、
その後も参加させてもらって、96年まではバンドで演奏した。

83年にギターの先生の都合で、日曜にレッスン変更した際、
「ピアノ教室で、ギターを一人出してくれないかって言うから、
おまえ、ちょっと顔出してこい。」と言われて、ピアノの先生が、
ベース、ドラム、フルートを招集していたのにギターで加わる。

河合楽器全体の発表会でなく、ピアノの先生個人が主催し、
普通のピアノ演奏に、エレクトーン(ヤマハの商品名だから、
河合はドリマトーンと呼ぶが)演奏があり、リズムボックスを、
生のドラムが叩いたりして、年に1回程度やっていたそうだ。

それを進めて、生バンドで演奏してみようとなって、ちょうど、
ギター教室が日曜にシフトしているということで声がかかり、
翌月の発表会で、ボサノバを演奏したところ、評判が良くて、
翌年からも、ずっと声をかけてもらって、演奏が続けられた。

バンドは、当初こそ、河合の生徒から呼ばれてきていたが、
ピアノの生徒が昔のバンド仲間を連れてきたり、河合楽器の、
講師や店員さんが加わったりと、どんどんにぎやかになって、
そのうち、ピアノの発表会と別に、バンドだけの発表会となる。

大学時代のフォークサークルの仲間を呼び集めた人もいて、
もうピアノの発表会とはかけ離れた、歌ものばかりの演奏で、
それも大半がオリジナル曲だが、スターダスト・レビューの、
「トワイライト・アヴェニュー」も演奏して、すごく印象に残った。

スタレビは、CMで流れた「夢伝説」くらいしか聴いてなくて、
こんなに良い曲もあるのかと、「トワイライト~」を収録した、
ベスト盤を買うと、すごく気に入り、当時出ていた3枚全部と、
自分でも演奏したいと、バンドスコアまで買う、熱の入れよう。

偶然というか、発表会の練習で、河合のスタジオを使ったが、
時々、予約表にはスタレビの文字があり、レコーディングや、
コンサートのリハーサルで、大スタジオを昼間利用していて、
それこそ、ピアノの先生も、彼らと懇意にしているようだった。

さすがに仕事を休んでまで、スタジオの入り待ち、出待ちを、
するほどファンでないし、ピアノの先生にカシオペアの楽屋へ、
連れて行ってもらった際も、直立不動で話しかけられなくて、
スタレビに会えても、小心者の自分は同じ繰り返しだったろう。

「トワイライト・アヴェニュー」が気に入ったのは、メロディ自体、
キャッチーな点もあるが、何よりも、せつなくて泣ける歌詞が、
オフコースに涙する自分には、ぴったりするほど琴線に触れ、
良い歌詞を書くなあと感動して、他の曲でも歌詞に惹かれた。

リーダーでギターの根本要が大半の作詞作曲を手掛けるが、
「トワイライト~」は、プロの作詞家に委嘱したようで、それは、
古くは狩人、キャンディーズなどの歌謡曲に、杏里、一風堂、
竹内まりやのニューミュージックまで幅広い竜真知子だった。

「ああ、あなたにときめく心のまま、人知れず寄り添いたい」と、
サビから始まる歌詞は、幼なじみの2人という設定なのだろう、
「友達と呼び合う仲がいつか、知らぬ間にそれ以上望んでた」
よくあるパターンの、いつしか恋していたというもどかしい設定。

何かきっかけさえあれば、恋人になれたのではと吐露した後で、
「誰と出会うときも、あなたと比べた、あなたを見つめてた」と、
ここまで慕われてみたいという羨ましさと、こんな思っていても、
伝わらないせつなさっていったらないよなと、つい涙してしまう。

これを、せつせつと歌い上げると、そのままギターソロへ続き、
これまたギターソロが、見事に歌い上げて、感動を盛り上げて、
そのうえ、ギターテクニックも見せつけるべく、最後に早弾きし、
この根本のギターソロも、曲全体を盛り上げる大いなる要素。

さらに、スタレビは、メンバー全員がメインボーカルができて、
アカペラ・アルバムまで出せるレベルのコーラスグループで、
4声から成るハモリが、これまた曲を盛り上げていくわけで、
バンドスコアだと見にくいから、別々の譜面を起こして歌った。

コーラスをダブルトラックにしたいところが、パーカッションも、
いろいろと入っていて、ツリーチャイムからトライアングルに、
カスタネット、ウッドブロックとなって、トラック数をくってしまい、
メインボーカルだけは、何とか空けて、ダブルトラックにする。

先日、トランクルームから持ち帰ったバンドスコアの一つが、
スターダスト・レビューで、声が回復しつつも、かすれるので、
いっそハスキーでぴったりかと、「トワイライト・アヴェニュー」を、
歌いましたが、かすれただけで、歌唱力が伴いませんでした。







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