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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
イントロのアルペジオが限りなく美しいスピッツ「ロビンソン」
週末に限らず、平日でもラジオをつけっぱなしにしていて、
寝る時も、イヤホンで聴いたままなので、、朝の番組では、
どのコーナーかによって、おおよその時間が把握できて、
うとうとしつつ、いよいよとなると、布団から飛び出し出勤。

夜中の3時から5時台は、懐かしい曲が流れることが多く、
朝の「歌のない歌謡曲」では、洋楽やニューミュージックを、
インストにアレンジして、オーケストラやピアノだけではなく、
ギター二重奏まであって、そのまま聴き入ってしまうことも。

そうした中、どこかで流れた曲が無意識のうちに残るのか、
しばらくは、頭の中で何度もメロディが反復することがあり、
2月の初めあたりから、スピッツ「ロビンソン」のイントロが、
鳴り続けて、あらためて、スピッツのアルバムを出して聴く。

テレビでも「帰れマンデー」を見たら、「ロビンソン」が流れて、
鎌倉湘南の自販機を周り、売上1位の商品を当てる企画で、
他の場面では、サザンが流れ、桑田は湘南出身だったから、
スピッツも湘南出身か、この曲が湘南サウンドなのかと思う。

実は自分はスピッツのことは、あまり詳しくなくて、かなり昔、
新曲CMで流れた「渚」が気に入り、そのアルバムを買ったり、
TVドラマの主題歌だった「空も飛べるはず」が聴きてたくて、
ベスト盤をレンタルし、後に別のベスト盤を買ったという程度。

そのドラマ「白線流し」にしても、本編の方は見たことがなく、
主人公たちのその後を描いたスペシャルドラマの方で見て、
高校時代の回想シーンと、そこに流れるテーマ曲に感動し、
にわかファンになったレベルで、ドラマにもスピッツにも浅い。

イカ天などのバンドブームで出てきたバンドと思っていたが、
今回Wikiで調べたら、スピッツはイカ天には出てなかったし、
サザンのような湘南出身なんてこともなく、草野は福岡で、
ギターとベースは静岡で、ドラムは栃木と、まったく無関係。

「帰れマンデー」は、自転車に乗りながら自販機を探すから、
「ロビンソン」の歌詞の、「自転車で走る君を追いかけた」に、
ちなんで、BGMに使ったというところだろうが、そんなわけで、
ますます「ロビンソン」が脳裏を離れなくて、演奏しようかと。

この曲のイントロのアルペジオは、ギターの三輪が考えたと、
プロデューサーの笹路が語っているが、この笹路という人は、
音楽集団マライアの鍵盤、編曲を担当、スクエアの安藤の、
ソロ作にも関わった、フュージョンの大御所だから、びっくり。

マライアがデビューする前から、メンバーの笹路や土方だの、
関連する村田有美のアルバムを気に入って、聴いていたし、
笹路は、渡辺香津美と組んだから、今頃になり、その笹路が、
スピッツに関わったと知り、自分が好みなのも、わかる気が。

話が脱線したが、ギターの三輪の弾くイントロは本当見事で、
コーラスをかけたギターの音は限りなく美しく、アルペジオも、
単純なコードのままではなく、メロディックにトップ音が動くし、
そこにからむオクターブのフレーズも、極上の響きを添える。

これだけ美しいアルペジオのイントロは、あっただろうかと、
大袈裟でなく思えて、ビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」、
サイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」だったり、
レッド・ツェッペリン「天国への階段」に匹敵するくらい見事。

これらはアコギだし、イーグルス「ホテル・カリフォルニア」は、
12弦ギターだから、エレキギターのアルペジオに限ったら、
他に思いつくのは、山下達郎の「クリスマス・イブ」くらいで、
ことギターの音色、フレーズに関しては、「ロビンソン」が好み。

タイトルとなる「ロビンソン」は、歌詞にはまったく出てこなくて、
海外のデパートの名前を仮につけ、そのままだったらしいが、
例えば、宮沢賢治「小岩井農場」にも出てくるので、そこから、
銀河鉄道をイメージしたとか、いくらでも後付けできるのだが。

他の歌ものでも、毎回、自分のボーカルには苦労するのだが、
この曲は、とんでもなく高い音程で歌っていて、自分の場合は、
ギターで1弦3フレットのソの音が、実音の限界に近い音程で、
草野は実音でシまで出て、裏声でド♯という、不可能に近い。

高い音程を出す方法なんて、いろいろネットで検索してみると、
「ミックスボイス」なる方法を始め、ボイストレーニングがあって、
ネットなり本を参考に地道に練習したり、レッスンにでも行けば、
何年かしたら、自分も高音が楽に歌える日が来るのだろうか。

とりあえず、鶏の首を絞めたような声で、裏声もかすれながらと、
いつも以上に、お聴き苦しい歌声ですが、美しいイントロの音や、
アコギの伴奏は、かなりいい感じに仕上がったと自己満足して、
急に弾きたくなったスピッツ「ロビンソン」を何とか仕上げました。





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旧き友への思いをはせる歌詞が泣ける米津玄師「灰色と青」
「マイブーム」という若者言葉を、あと2年で定年を迎える、
いい年した自分が使うのも何だか、と思いつつ、そもそも、
今の若者にとっては、すでに死語と化しているかもしれず、
ますます、自分は世間に取り残されていくと疎外感を抱く。

それはともかく、今の自分のマイブームは、昨年末に見た、
紅白歌合戦以来、1人で盛り上がっている米津玄師なので、
このことだけは、かろうじて世間の流行に乗れているようで、
まだまだ感性も鈍っていないかと、変なところで安堵したり。

紅白で歌った「レモン」を含むアルバムは、出ていないので、
めったに買わないシングルCDで、「レモン」、「フラミンゴ」を、
正月すぐに買い、そこの収録の他の曲もけっこう良いので、
現在のところの最新アルバム「ブートレッグ」も、続けて購入。

いろいろとネットでも情報を集めていたら、吉田拓郎までが、
自身のラジオ番組で、米津のことをベタ褒めしていたと知り、
YouTubeで聴くと、拓郎の奥さんの森下愛子が気に入って、
CDを買うと、正月の間、ずっと家で曲がかかっていたとか。

紅白歌合戦の米津を見れば良かったと、奥さんが言い出し、
ネット検索して盛り上がっているので、自分も業界人だから、
CDをもらってきてやると言っても、待てない、すぐ聴きたいと、
Amazonで注文して、拓郎も何日間も聴くことになったそうだ。

米津の声がセクシーだし、彼のボーカルは明暗の明であり、
寂しい歌詞を歌っても、聴く側はその声の明により救われる、
また、古い日本の歌謡曲的なノスタルジーを感じる時がある、
日本人の老若男女がなじめる、もって生まれたものがある。

さらに、ちょっと焼きもちを焼いていると、びっくりするほどの、
ベタ褒めの言葉が続くのだが、吉田拓郎がマイクに向かい、
時にギターを手にして語るのは、まるで昔の深夜放送のよう、
DJが1人だけでリスナーに語りかける形で、すごく懐かしい。

昔も出演者同士が語り合う番組はあったが、最近のラジオは、
リスナー置き去りで、スタッフらと世間話をしたり、誰かしらが、
笑ったりする役割で、その人へ向けて語っているものが多く、
拓郎がマイクへ語りかけるやり口は、何だかすごく良かった。

拓郎が番組で流した曲は、菅田将暉が共演した「灰色と青」、
風景画のような歌詞で、聴いていて涙が出てきたとも語って、
それは、自分もプロモを見て感じたのだが、拓郎に刺激され、
歌詞をじっくり読んでいくと、ますます、その世界にどっぷり。

「レモン」のシングルCDには、10曲入りDVDが付いていて、
菅田将暉と共演した「灰色と青」は、プロモーションビデオと、
武道館ライブの2バージョンが入っていて、PVの映像では、
旧友へ思いをはせる場面が続いて、これは本当泣けてくる。

菅田将暉のオールナイトニッポンに、米津がゲスト出演して、
ビートたけし「キッズ・リターン」のような音楽を作りたかった、
そこへ俳優の菅田将暉の存在を知り、これは曲ができると、
自らオファーし、すぐ録音に撮影という奇跡のタイミングとか。

この映画は見たことがないので、YouTubeの予告編だとか、
ネットで調べると、高校時代の不良仲間が、1人はボクサー、
1人はヤクザになるが、どちらも挫折して、ラストシーンでは、
昔のように、高校の校庭で自転車を2人乗りするというもの。

「俺達、もう終わりなのかな?」、「まだ始まっちゃいないよ。」、
このエンディングが、歌詞の「あの自転車で走り回った。」や、
「何があろうと、僕らはきっとうまくゆくと無邪気に笑えた。」に、
反映しているのかと背景を知ると、さらも歌詞にのめり込む。

「どれだけ無様に傷つこうとも、終わらない毎日に花束を。」、
ここなんかは、サラリーマンへの応援ソングにも思えてきて、
一瞬でも輝いた友人との日々を思い、失敗、叱責があろうと、
明日も仕事に向かう自分を、自ら祝福してよいのだと解釈。

もちろん、プロモでは、まだ20代半ばの米津と菅田の2人が、
公園のブランコに1人で乗って、もう一方の無人のブランコを、
2人で戯れた日々を思い出すように見つめるという場面であり、
中年・老年サラリーマンの入る余地など、まったくないのだが。

吉田拓郎という御大も認めた米津玄師が、菅田将暉とコラボ、
誰もが自分になぞらえて共感する、旧友への思いを歌った曲、
「灰色と青」は、イントロのオルガンの音色が違ったり、毎度の、
高いボーカルが無理があったりしつつ、泣きそうで歌いました。







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