僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。 旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
平成30年10月26日午後11時12分、我が家の愛犬の、
ビーグルのメス犬、マリアが、16歳4ヶ月という大往生で、
旅立ってしまい、実家で飼っている犬は何匹も看取ったが、
自分で飼ったのは、この子だけなので、やはり思いは違う。
「こんなちっぽけなブログ」なんて言い方するほど、自虐的、
皮相的になっているわけでもないが、自分の拙い文章でも、
自分と家族が愛したビーグルに、多少なりとも触れることで、
あの子の生きた証になればと、少しだけ駄文を連ねてみる。
平成14年6月に実家で産まれたビーグルの赤ちゃんのうち、
たまたまマリアが娘の膝に必死でよじ登り、昼寝をしたことで、
娘が飼いたいと言い出したので、実家ではマリアを手放さず、
毎週末のように、娘はマリアに会おうと、実家へ通ったりした。
「お母さんが、小学校へ入学したら飼ってもいいと約束した。」
そう言って、娘がマリアを連れて帰ってきたのが、平成15年春、
仕方なく、どうせ数日で飽きるだろうと、我が家に迎え入れると、
息子が絶対に返すなと言い、約15年間、喜怒哀楽を共にした。
自分は決してほめられた飼い主ではなく、ギターを弾いたり、
パソコンでブログ記事を書いているとき、足元に寄ってきては、
おやつをよこせだの、やれ散歩へ行くだの催促されるたびに、
むっとしては、ああ、もう、こいつの相手は嫌だと叫んでいた。
マリアを飼っていなければ、毎日でもギターを録音して、毎日、
ブログを更新できるだろう、十数年に渡る朝晩の散歩時間を、
勉強に充てていれば、司法試験だって夢じゃなかったろうと、
できもしないことを考えて、邪魔者扱いすることも多々あった。
マリアからは、家族全員にいろいろなものをもらったと思うが、
自分は、それに足るだけの飼い主だったか、自問自答しつつ、
定年退職して時間が増えたら、マリアを嫌と言うほど思い出し、
何か別のブログでも起こそうか、なんてことまで考えてみたり。
マリアが10歳を過ぎた頃から、あと何年、この子といられるか、
毎年考えていたが、それを思えば、がんばってくれたと感謝で、
家族4人全員で見送りできたのも感謝しつつ、この文章を終え、
次からは、いつもどおり、音楽や演奏中心のブログに戻ります。
ビーグルのメス犬、マリアが、16歳4ヶ月という大往生で、
旅立ってしまい、実家で飼っている犬は何匹も看取ったが、
自分で飼ったのは、この子だけなので、やはり思いは違う。
「こんなちっぽけなブログ」なんて言い方するほど、自虐的、
皮相的になっているわけでもないが、自分の拙い文章でも、
自分と家族が愛したビーグルに、多少なりとも触れることで、
あの子の生きた証になればと、少しだけ駄文を連ねてみる。
平成14年6月に実家で産まれたビーグルの赤ちゃんのうち、
たまたまマリアが娘の膝に必死でよじ登り、昼寝をしたことで、
娘が飼いたいと言い出したので、実家ではマリアを手放さず、
毎週末のように、娘はマリアに会おうと、実家へ通ったりした。
「お母さんが、小学校へ入学したら飼ってもいいと約束した。」
そう言って、娘がマリアを連れて帰ってきたのが、平成15年春、
仕方なく、どうせ数日で飽きるだろうと、我が家に迎え入れると、
息子が絶対に返すなと言い、約15年間、喜怒哀楽を共にした。
自分は決してほめられた飼い主ではなく、ギターを弾いたり、
パソコンでブログ記事を書いているとき、足元に寄ってきては、
おやつをよこせだの、やれ散歩へ行くだの催促されるたびに、
むっとしては、ああ、もう、こいつの相手は嫌だと叫んでいた。
マリアを飼っていなければ、毎日でもギターを録音して、毎日、
ブログを更新できるだろう、十数年に渡る朝晩の散歩時間を、
勉強に充てていれば、司法試験だって夢じゃなかったろうと、
できもしないことを考えて、邪魔者扱いすることも多々あった。
マリアからは、家族全員にいろいろなものをもらったと思うが、
自分は、それに足るだけの飼い主だったか、自問自答しつつ、
定年退職して時間が増えたら、マリアを嫌と言うほど思い出し、
何か別のブログでも起こそうか、なんてことまで考えてみたり。
マリアが10歳を過ぎた頃から、あと何年、この子といられるか、
毎年考えていたが、それを思えば、がんばってくれたと感謝で、
家族4人全員で見送りできたのも感謝しつつ、この文章を終え、
次からは、いつもどおり、音楽や演奏中心のブログに戻ります。
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ネットニュースを見るようになったせいでなく、昔から新聞は、
出勤前に、まずテレビ欄で目ぼしい番組を確認し、それから、
1面と3面の見出しを流し読みする程度だが、9月の半ばに、
テレビ欄に、杉山清貴&オメガトライブの広告が大きく載る。
5月にオリジナルメンバーでライブをして、そのブルーレイが、
発売される予告で、来年には全国ツアーとも書かれているが、
「再集結ライブ」とあり、再結成ではないのは、新曲は出さず、
このライブ、ツアーのみに集まるからという意味合いだろうか。
オメトラの集結は、これまたDVD化された2004年にもあり、
この時は、著作権の関係か、オメトラとは名乗れなかったし、
それ以前、WOWOWが中継した杉山のライブのアンコールで、
サプライズでオメトラが登場、2曲演奏して驚いたことがある。
このご時世にあって、オリジナルメンバーが1人も欠けずに、
再び集まれるのは、奇跡に近い気もして、2014年の野音は、
スケジュールの都合で、ギターの高島を除くメンバーが集まり、
数曲演奏したそうだが、今回は全員で、しかも全国ツアーまで。
この十数年、ポール・マッカートニーが来日しようが、ユーミン、
山下達郎が全国ツアーをしようが、まったくライブには行かず、
オメトラも見に行く予定はないが、どの曲を野音でやったのか、
全国ツアーはどこを回るのか、興味があったのでネットで検索。
すると、ライブ情報や発売したブルーレイ、ベスト盤CD以外に、
「杉山清貴&オメガトライブ 35年目の真実」という本がヒット、
杉山本人はもちろん、大半の曲を作・編曲した林哲司はじめ、
今剛、村上ポンタのインタビューに、全曲トラックシートも付く。
「真実」などと銘打って、あたかも暴露本のようなタイトルだが、
内容はサウンド分析が主で、ただ、実際に演奏していたのが、
スタジオミュージシャンというのは、ある意味、暴露に近いから、
「ファンは、私たち騙されていたの?と思わないで」だそうだ。
オメガトライブのメンバーが、レコードで演奏していないのは、
公然の事実だと思っていたし、全曲ボックスセットの付録には、
発売当時のアルバムにはなかった、スタジオミュージシャンが、
各曲でクレジットされていると聞いていたが、違ったのだろうか。
「35年目の真実」には、ボックスセットのためのインタビューで、
藤田プロデューサーが、スタジオミュージシャンに言及した際、
スタッフが何度も、それをブックレットに掲載して本当に良いか、
念を押したと書いてあり、そこまで秘密なのか、大袈裟な気も。
オメガトライブがデビューした時、杉山の歌声を聴いて、すぐに、
これは、ポプコンに出ていた「きゅうてぃぱんちょす」の人だ思い、
テレビからカセットに録音した関東甲信越大会のテープを出し、
曲名紹介で、作曲者として杉山の名前が呼ばれるのを確認した。
杉山のボーカルがずば抜けていたのはもちろん、バンド演奏も、
AORの最先端に近いアレンジで上手かったが、オメトラとなって、
デビューした曲「サマー・サスピション」と聴き比べると、差は歴然、
ライブハウスで鍛えたとは言っても、ここまでの演奏は無理だろう。
自分がギターを弾くので、特にギタリストは厳しくチェックしていて、
テレビでは、レコードのギターソロが弾けてないし、ツインのハモも、
フレーズを簡単に変更していて、さらにアルバムが出ると、こちらは、
どう聴いても、松原正樹や今剛だろうというソロにカッティングの音。
オメトラの演奏が下手なのではなく、昔から、新人バンドになんか、
高額な録音スタジオを、延々と使わせるわけにはいかないという、
レコード会社の事情があるから、スタジオミュージシャンの起用は、
当然で、その分オメトラは、その時間をメディア露出に向けたとか。
ビートルズは、自作自演にこだわったから、デビューアルバムでも、
楽曲提供はなしで、自作曲とカバー曲を4人で演奏させてもらうが、
先行シングル以外の全曲を、1日でレコーディングしたのは有名で、
新人バンドがスタジオで時間をかけるなんて、ほとんど無理な話。
それでも、ビートルズは売れたから、次第にスタジオを自由に使い、
後期には、レコーディングバンドとなっていくし、オメトラでも同様で、
4枚目あたりからは、リズム隊のベーシックトラック以外は自分たち、
解散が決まった5枚目は、基本的にメンバーが演奏だと思っていた。
ところが、この本によれば、最後まで演奏はスタジオミュージシャン、
そのうえ、コーラスも、デビューから解散まで、メンバーは参加せず、
杉山がソロデビューした際に、クレジットされている木戸やすひろ、
比山貴咏志が歌っていて、これじゃあメンバーも嫌気がさすだろう。
杉山の公式サイトには、こうしたプロジェクト形式に納得できないと、
ベースの大島が、デビュー当日になって、解散を切り出したとあり、
ギターの吉田は途中で脱退、杉山がソロになり、カルロス・トシキを、
新ボーカルに迎えたオメトラに残ったのは、高島と西原の2人だけ。
昔からバンドの脱退劇や解散は、音楽性でなく金か女だよと言われ、
ビートルズのパロディ番組の「ラトルズ」でも、ミック・ジャガーが出て、
ラトルズの解散理由を「女さ。」と言ってのけるが、オメトラの場合は、
音楽性だったり、影武者と逆のライブのみの存在の是非だった模様。
金や女でなく、喧嘩別れでもないから、杉山のデビュー10周年には、
アンコールで演奏し、20周年には、数か所でライブ、さらに35周年、
今年の野音と来年の全国ツアーが可能だろうし、ギターの高島が、
「きゅうてぃぱんちょすは一度も解散していない。」と言うのもわかる。
とまあ、新聞の広告記事から刺激されて、かなりの長文になったが、
実は、それだけ自分はオメトラの大ファンだったわけで、アルバムは、
リアルタイムで5枚とも買ったし、LP時代の1~3枚はCDで買い直し、
ビデオクリップと解散ライブのVHSも持っているマニアの一歩手前。
ユーミンや達郎のニューミュージックが好きな自分は、その一方で、
フュージョンやAORも好きだから、フュージョン系のパラシュートや、
AB’s、パラダイムシフトのメンバーによる演奏は気に入って当然、
そこに、日本人好みの哀愁メロディに、杉山の歌声と来た日には。
そんな杉山清貴&オメガトライブの楽譜は、ヒット曲集のピアノ譜を、
持っているだけで、バンドスコアを買ってないのは自分でも不思議、
渋谷河合楽器の発表会でやるならば、ベース、ドラム譜が必要だが、
1人自宅でやるなら、安いギター譜、ピアノ譜で十分だったのだろう。
現在入手可能なバンドスコアは、シンコー「大人の邦楽ポップス」に、
「ふたりの夏物語」が1曲だけ出ているくらい、ダウンロード販売の、
アットエリーゼには、4枚目の曲を中心にリストアップされているが、
やりたいのは「ふたりの夏物語」くらいで、この1曲だけなら400円。
ただ、「大人の邦楽ポップス」は、山下達郎が7曲、竹内まりや5曲、
角松敏生3曲に、稲垣潤一、南佳孝、KAN、LOOKなどが1曲と、
けっこう盛沢山なので、買っておいても損はないかと、こちらを購入、
このブログで初めて、杉山清貴&オメガトライブの曲に取り組んだ。
杉山時代のオメガトライブでは、デビュー曲「サマーサスピション」が、
今でも一番好きだし、アルバムもファーストは全曲演奏したいのだが、
楽譜のネット販売がないのは、自分の評価が世間とずれているのか、
歌番組の懐かしのコーナーや物まね番組は、「ふたりの~」ばかり。
4枚目のアルバム「アナザー・サマー」の先行シングル盤として出た、
「ふたりの夏物語」は、アルバム収録に際して、ミキシングを変更し、
「ネバー・エンディング・サマー」の副題も加わるが、前アルバムの、
タイトルにして、B面全部を使った組曲の名を冠したのは、なぜか。
作曲・編曲は、どちらもオメトラの大半の曲を手掛けた林哲司だが、
歌詞は、「ネバー~」組曲は秋元康で、「ふたりの~」は康珍化と、
別の作詞家なので、タイトルの著作権とかは、どうなっているのか、
藤田プロデューサーの号令で、アルバムに繋がりを持たせたのか。
杉山清貴の歌は、きゅうてぃぱんちょす時代から、抜きんでていて、
透明感あふれる爽やかな中にも、芯の通った硬い音も含んでいて、
唯一無二というか、YouTubeのカバーでは、声質が似ている人が、
何人かいるものの歌唱力は及ばず、上手い人は声が似ていない。
それを、中学時代、歌が音痴だと、音楽の成績が2だった自分が、
歌おうとすること自体、身の程知らずなのだが、歌ものの場合は、
なるべく自分で歌入れして、歌詞も伝えたいから、コーラスも含め、
ボーカルは2回重ねたダブルトラックで、エコーも風呂場並みに。
演奏は、キーボードの音色が、なかなか同じ音がギターシンセで、
再現できず、ベースの打ち込みサウンドは、ギターシンセで弾くが、
そこにからむ富倉安生のチョッパーベースも、タイミングは難しいし、
今剛のギターも、サウンドから絶妙の間合いから、とにかく難しい。
これが、一流のスタジオミュージシャンの実力なのだと、感心するし、
完コピまでいかないが、ライブで再現していたオメトラの力量も見事、
録音に苦労したものの、サウンドがそれっぽくなってくると嬉しくなり、
これが宅録のやりがいで、パズルのピースをはめていく感覚に近い。
もう季節は秋というくらい朝晩が冷え込み、この曲は時期外れだが、
歌詞の中に、「襟なしのシャツに10月が来ても夏は終わらない」と、
あるので、この10月中にできれば許容範囲でしょうと作業を早めて、
杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語」を、何とかアップです。
出勤前に、まずテレビ欄で目ぼしい番組を確認し、それから、
1面と3面の見出しを流し読みする程度だが、9月の半ばに、
テレビ欄に、杉山清貴&オメガトライブの広告が大きく載る。
5月にオリジナルメンバーでライブをして、そのブルーレイが、
発売される予告で、来年には全国ツアーとも書かれているが、
「再集結ライブ」とあり、再結成ではないのは、新曲は出さず、
このライブ、ツアーのみに集まるからという意味合いだろうか。
オメトラの集結は、これまたDVD化された2004年にもあり、
この時は、著作権の関係か、オメトラとは名乗れなかったし、
それ以前、WOWOWが中継した杉山のライブのアンコールで、
サプライズでオメトラが登場、2曲演奏して驚いたことがある。
このご時世にあって、オリジナルメンバーが1人も欠けずに、
再び集まれるのは、奇跡に近い気もして、2014年の野音は、
スケジュールの都合で、ギターの高島を除くメンバーが集まり、
数曲演奏したそうだが、今回は全員で、しかも全国ツアーまで。
この十数年、ポール・マッカートニーが来日しようが、ユーミン、
山下達郎が全国ツアーをしようが、まったくライブには行かず、
オメトラも見に行く予定はないが、どの曲を野音でやったのか、
全国ツアーはどこを回るのか、興味があったのでネットで検索。
すると、ライブ情報や発売したブルーレイ、ベスト盤CD以外に、
「杉山清貴&オメガトライブ 35年目の真実」という本がヒット、
杉山本人はもちろん、大半の曲を作・編曲した林哲司はじめ、
今剛、村上ポンタのインタビューに、全曲トラックシートも付く。
「真実」などと銘打って、あたかも暴露本のようなタイトルだが、
内容はサウンド分析が主で、ただ、実際に演奏していたのが、
スタジオミュージシャンというのは、ある意味、暴露に近いから、
「ファンは、私たち騙されていたの?と思わないで」だそうだ。
オメガトライブのメンバーが、レコードで演奏していないのは、
公然の事実だと思っていたし、全曲ボックスセットの付録には、
発売当時のアルバムにはなかった、スタジオミュージシャンが、
各曲でクレジットされていると聞いていたが、違ったのだろうか。
「35年目の真実」には、ボックスセットのためのインタビューで、
藤田プロデューサーが、スタジオミュージシャンに言及した際、
スタッフが何度も、それをブックレットに掲載して本当に良いか、
念を押したと書いてあり、そこまで秘密なのか、大袈裟な気も。
オメガトライブがデビューした時、杉山の歌声を聴いて、すぐに、
これは、ポプコンに出ていた「きゅうてぃぱんちょす」の人だ思い、
テレビからカセットに録音した関東甲信越大会のテープを出し、
曲名紹介で、作曲者として杉山の名前が呼ばれるのを確認した。
杉山のボーカルがずば抜けていたのはもちろん、バンド演奏も、
AORの最先端に近いアレンジで上手かったが、オメトラとなって、
デビューした曲「サマー・サスピション」と聴き比べると、差は歴然、
ライブハウスで鍛えたとは言っても、ここまでの演奏は無理だろう。
自分がギターを弾くので、特にギタリストは厳しくチェックしていて、
テレビでは、レコードのギターソロが弾けてないし、ツインのハモも、
フレーズを簡単に変更していて、さらにアルバムが出ると、こちらは、
どう聴いても、松原正樹や今剛だろうというソロにカッティングの音。
オメトラの演奏が下手なのではなく、昔から、新人バンドになんか、
高額な録音スタジオを、延々と使わせるわけにはいかないという、
レコード会社の事情があるから、スタジオミュージシャンの起用は、
当然で、その分オメトラは、その時間をメディア露出に向けたとか。
ビートルズは、自作自演にこだわったから、デビューアルバムでも、
楽曲提供はなしで、自作曲とカバー曲を4人で演奏させてもらうが、
先行シングル以外の全曲を、1日でレコーディングしたのは有名で、
新人バンドがスタジオで時間をかけるなんて、ほとんど無理な話。
それでも、ビートルズは売れたから、次第にスタジオを自由に使い、
後期には、レコーディングバンドとなっていくし、オメトラでも同様で、
4枚目あたりからは、リズム隊のベーシックトラック以外は自分たち、
解散が決まった5枚目は、基本的にメンバーが演奏だと思っていた。
ところが、この本によれば、最後まで演奏はスタジオミュージシャン、
そのうえ、コーラスも、デビューから解散まで、メンバーは参加せず、
杉山がソロデビューした際に、クレジットされている木戸やすひろ、
比山貴咏志が歌っていて、これじゃあメンバーも嫌気がさすだろう。
杉山の公式サイトには、こうしたプロジェクト形式に納得できないと、
ベースの大島が、デビュー当日になって、解散を切り出したとあり、
ギターの吉田は途中で脱退、杉山がソロになり、カルロス・トシキを、
新ボーカルに迎えたオメトラに残ったのは、高島と西原の2人だけ。
昔からバンドの脱退劇や解散は、音楽性でなく金か女だよと言われ、
ビートルズのパロディ番組の「ラトルズ」でも、ミック・ジャガーが出て、
ラトルズの解散理由を「女さ。」と言ってのけるが、オメトラの場合は、
音楽性だったり、影武者と逆のライブのみの存在の是非だった模様。
金や女でなく、喧嘩別れでもないから、杉山のデビュー10周年には、
アンコールで演奏し、20周年には、数か所でライブ、さらに35周年、
今年の野音と来年の全国ツアーが可能だろうし、ギターの高島が、
「きゅうてぃぱんちょすは一度も解散していない。」と言うのもわかる。
とまあ、新聞の広告記事から刺激されて、かなりの長文になったが、
実は、それだけ自分はオメトラの大ファンだったわけで、アルバムは、
リアルタイムで5枚とも買ったし、LP時代の1~3枚はCDで買い直し、
ビデオクリップと解散ライブのVHSも持っているマニアの一歩手前。
ユーミンや達郎のニューミュージックが好きな自分は、その一方で、
フュージョンやAORも好きだから、フュージョン系のパラシュートや、
AB’s、パラダイムシフトのメンバーによる演奏は気に入って当然、
そこに、日本人好みの哀愁メロディに、杉山の歌声と来た日には。
そんな杉山清貴&オメガトライブの楽譜は、ヒット曲集のピアノ譜を、
持っているだけで、バンドスコアを買ってないのは自分でも不思議、
渋谷河合楽器の発表会でやるならば、ベース、ドラム譜が必要だが、
1人自宅でやるなら、安いギター譜、ピアノ譜で十分だったのだろう。
現在入手可能なバンドスコアは、シンコー「大人の邦楽ポップス」に、
「ふたりの夏物語」が1曲だけ出ているくらい、ダウンロード販売の、
アットエリーゼには、4枚目の曲を中心にリストアップされているが、
やりたいのは「ふたりの夏物語」くらいで、この1曲だけなら400円。
ただ、「大人の邦楽ポップス」は、山下達郎が7曲、竹内まりや5曲、
角松敏生3曲に、稲垣潤一、南佳孝、KAN、LOOKなどが1曲と、
けっこう盛沢山なので、買っておいても損はないかと、こちらを購入、
このブログで初めて、杉山清貴&オメガトライブの曲に取り組んだ。
杉山時代のオメガトライブでは、デビュー曲「サマーサスピション」が、
今でも一番好きだし、アルバムもファーストは全曲演奏したいのだが、
楽譜のネット販売がないのは、自分の評価が世間とずれているのか、
歌番組の懐かしのコーナーや物まね番組は、「ふたりの~」ばかり。
4枚目のアルバム「アナザー・サマー」の先行シングル盤として出た、
「ふたりの夏物語」は、アルバム収録に際して、ミキシングを変更し、
「ネバー・エンディング・サマー」の副題も加わるが、前アルバムの、
タイトルにして、B面全部を使った組曲の名を冠したのは、なぜか。
作曲・編曲は、どちらもオメトラの大半の曲を手掛けた林哲司だが、
歌詞は、「ネバー~」組曲は秋元康で、「ふたりの~」は康珍化と、
別の作詞家なので、タイトルの著作権とかは、どうなっているのか、
藤田プロデューサーの号令で、アルバムに繋がりを持たせたのか。
杉山清貴の歌は、きゅうてぃぱんちょす時代から、抜きんでていて、
透明感あふれる爽やかな中にも、芯の通った硬い音も含んでいて、
唯一無二というか、YouTubeのカバーでは、声質が似ている人が、
何人かいるものの歌唱力は及ばず、上手い人は声が似ていない。
それを、中学時代、歌が音痴だと、音楽の成績が2だった自分が、
歌おうとすること自体、身の程知らずなのだが、歌ものの場合は、
なるべく自分で歌入れして、歌詞も伝えたいから、コーラスも含め、
ボーカルは2回重ねたダブルトラックで、エコーも風呂場並みに。
演奏は、キーボードの音色が、なかなか同じ音がギターシンセで、
再現できず、ベースの打ち込みサウンドは、ギターシンセで弾くが、
そこにからむ富倉安生のチョッパーベースも、タイミングは難しいし、
今剛のギターも、サウンドから絶妙の間合いから、とにかく難しい。
これが、一流のスタジオミュージシャンの実力なのだと、感心するし、
完コピまでいかないが、ライブで再現していたオメトラの力量も見事、
録音に苦労したものの、サウンドがそれっぽくなってくると嬉しくなり、
これが宅録のやりがいで、パズルのピースをはめていく感覚に近い。
もう季節は秋というくらい朝晩が冷え込み、この曲は時期外れだが、
歌詞の中に、「襟なしのシャツに10月が来ても夏は終わらない」と、
あるので、この10月中にできれば許容範囲でしょうと作業を早めて、
杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語」を、何とかアップです。

熱中症になる猛暑日が続いたのが嘘のように、このところは、
朝晩めっきり冷え込むようになり、「暑さ寒さも彼岸まで」とは、
よく言ったものだと思っていたら、日中には暑くなる日もあり、
まだ夏は終わらないさと、角松などの夏っぽい曲に手を出す。
角松敏生の初のインストアルバム、「シー・イズ・ア・レディ」は、
歌ものを作曲してきた角松ならではの、珠玉のメロディに加え、
フュージョン通を自称するのにふさわしく、おいしいとこ取りで、
どの曲も、ニヤリとするフュージョンのエッセンスに満ちている。
「押し倒したい」は、曲名がきわどいせいか、ローマ字表記され、
何だか石川啄木の「ローマ字日記」みたいだが、曲そのものは、
昔のリー・リトナーやカシオペアの、これぞクロスオーバーという、
決めのリズムのユニゾンフレーズで始まり、アドリブ合戦となる。
角松は、このインストアルバムを、丸ごとリメイク、やり直していて、
YouTubeには、「押し倒したい」のスタジオライブがアップされて、
かつて6分だった曲は、各楽器のソロが倍になり、14分の大曲、
フュージョンというよりクロスオーバー時代の長尺な演奏になる。
ジャズにしても、ライブではアドリブが長くて、LPの片面45分に、
収まらずに、CDになり、やっと通して聴けるようになった曲とか、
けっこうあり、そういうアドリブ大会は昔から自分は好きなのだが、
角松を聴くような人には、10分を超える曲は、どうなのだろうか。
さらに言うと、途中、パーカッションソロ、ドラムソロも延々と続き、
自分は、パープル「ミュール」、ツェッペリン「モビー・ディック」の、
ドラムソロが延々と続く曲は、とばして聴いてしまうことが多くて、
この曲でも、何で角松がパーカッションのソロまでやるかなあと。
YouTubeだと映像だから、ドラムソロは多少長くてもまぎれるが、
角松のパーカッションが2分近く、それに続き1分強のドラムで、
ドラムだけで十分だろうに、まあ、角松ご自身の曲で、ご自由に、
自分が目立つようにやってかまわないのだろうが、ちょっと不満。
ただ、こういうのって反面教師というか、自分にも言えることで、
渋谷河合楽器の発表会で、ギターのアドリブを延々とやろうとし、
聴いている方は長すぎてつまらないよと、ドラムに忠告されたし、
今でも、フェイドアウトを伸ばしては、アドリブすることが多く反省。
この春、ドラマー、ポンタの45周年ライブで、この曲が演奏され、
ポンタがイントロを間違えると、角松が、「チャーのスモーキーと、
勘違いしたんじゃ?」とからかったそうで、この裏拍が続いている、
イントロの決めは、チャーからパクっていたと白状したようなもの。
そう思って聴くと、途中の角松のアドリブに、まんまスモーキーの、
ギターソロのフレーズがあって、角松はフュージョンだけではなく、
ロック、AORのいいとこ取りも上手で、自分と同い年の角松だから、
高1の時にチャーがデビューして、同じように衝撃を受けたと思う。
ポンタの間違いが、実際スモーキーと勘違いしたのかは不明だが、
イントロで間違えるのは、今に始まったことではなく、30年近く前、
横浜アリーナで、角松のバックに鈴木茂、ポンタら豪華メンバーで、
ライブを行った時も、「ごめーん!」とドラムを叩くのをやめてしまう。
「この人たちは一流のスタジオミュージシャンなので、椅子に座って、
楽譜を見ながら演奏すれば、ミスなんてしないが、そういう人たちが、
あえて立って、一緒にライブをしてくれた気持ちをわかってほしい。」
みたいに、角松がアンコールで語り、なんで蒸し返すかなと思った。
ベテランがミスをしたのでフォローしようと、それだけ真面目なのか、
ただ、アルバムに自ら書く解説を読んでも、理屈っぽいことが多くて、
何を言いたいのかわからないし、このミスを上塗りするような発言も、
同じステージ上にいたポンタや鈴木は、どう思って聞いたのだろう。
自分の場合は、もちろん、「押し倒したい」を録音しているのだから、
他の曲と間違えることはないが、16分音符の裏拍から始まるリフ、
曲の途中も出てくる決めのリズムは、わかっていてもずれてしまい、
各楽器がバラバラになるので、それだけでも、何週間かやり直した。
まだまだ、リズムがタイトでないが、今の自分にはこれが精一杯で、
サックスソロ、ピアノソロも、楽譜どおりに弾いても、ノリが悪くって、
かろうじて、ギターソロだけは自分の得意なフュージョンフレーズで、
何とかなるが、実は、メロディの裏でくったフレーズが危なっかしい。
ニューミュージック、J-POPの旗手、角松敏生が、フュージョン好き、
ギター好きが高じて演奏したインストアルバムから、決めのリズムや、
裏ノリがけっこう難しい、「押し倒したい」は、週末更新をやめたので、
時間をかけれたものの、かなり手こずり、このあたりで妥協しました。
朝晩めっきり冷え込むようになり、「暑さ寒さも彼岸まで」とは、
よく言ったものだと思っていたら、日中には暑くなる日もあり、
まだ夏は終わらないさと、角松などの夏っぽい曲に手を出す。
角松敏生の初のインストアルバム、「シー・イズ・ア・レディ」は、
歌ものを作曲してきた角松ならではの、珠玉のメロディに加え、
フュージョン通を自称するのにふさわしく、おいしいとこ取りで、
どの曲も、ニヤリとするフュージョンのエッセンスに満ちている。
「押し倒したい」は、曲名がきわどいせいか、ローマ字表記され、
何だか石川啄木の「ローマ字日記」みたいだが、曲そのものは、
昔のリー・リトナーやカシオペアの、これぞクロスオーバーという、
決めのリズムのユニゾンフレーズで始まり、アドリブ合戦となる。
角松は、このインストアルバムを、丸ごとリメイク、やり直していて、
YouTubeには、「押し倒したい」のスタジオライブがアップされて、
かつて6分だった曲は、各楽器のソロが倍になり、14分の大曲、
フュージョンというよりクロスオーバー時代の長尺な演奏になる。
ジャズにしても、ライブではアドリブが長くて、LPの片面45分に、
収まらずに、CDになり、やっと通して聴けるようになった曲とか、
けっこうあり、そういうアドリブ大会は昔から自分は好きなのだが、
角松を聴くような人には、10分を超える曲は、どうなのだろうか。
さらに言うと、途中、パーカッションソロ、ドラムソロも延々と続き、
自分は、パープル「ミュール」、ツェッペリン「モビー・ディック」の、
ドラムソロが延々と続く曲は、とばして聴いてしまうことが多くて、
この曲でも、何で角松がパーカッションのソロまでやるかなあと。
YouTubeだと映像だから、ドラムソロは多少長くてもまぎれるが、
角松のパーカッションが2分近く、それに続き1分強のドラムで、
ドラムだけで十分だろうに、まあ、角松ご自身の曲で、ご自由に、
自分が目立つようにやってかまわないのだろうが、ちょっと不満。
ただ、こういうのって反面教師というか、自分にも言えることで、
渋谷河合楽器の発表会で、ギターのアドリブを延々とやろうとし、
聴いている方は長すぎてつまらないよと、ドラムに忠告されたし、
今でも、フェイドアウトを伸ばしては、アドリブすることが多く反省。
この春、ドラマー、ポンタの45周年ライブで、この曲が演奏され、
ポンタがイントロを間違えると、角松が、「チャーのスモーキーと、
勘違いしたんじゃ?」とからかったそうで、この裏拍が続いている、
イントロの決めは、チャーからパクっていたと白状したようなもの。
そう思って聴くと、途中の角松のアドリブに、まんまスモーキーの、
ギターソロのフレーズがあって、角松はフュージョンだけではなく、
ロック、AORのいいとこ取りも上手で、自分と同い年の角松だから、
高1の時にチャーがデビューして、同じように衝撃を受けたと思う。
ポンタの間違いが、実際スモーキーと勘違いしたのかは不明だが、
イントロで間違えるのは、今に始まったことではなく、30年近く前、
横浜アリーナで、角松のバックに鈴木茂、ポンタら豪華メンバーで、
ライブを行った時も、「ごめーん!」とドラムを叩くのをやめてしまう。
「この人たちは一流のスタジオミュージシャンなので、椅子に座って、
楽譜を見ながら演奏すれば、ミスなんてしないが、そういう人たちが、
あえて立って、一緒にライブをしてくれた気持ちをわかってほしい。」
みたいに、角松がアンコールで語り、なんで蒸し返すかなと思った。
ベテランがミスをしたのでフォローしようと、それだけ真面目なのか、
ただ、アルバムに自ら書く解説を読んでも、理屈っぽいことが多くて、
何を言いたいのかわからないし、このミスを上塗りするような発言も、
同じステージ上にいたポンタや鈴木は、どう思って聞いたのだろう。
自分の場合は、もちろん、「押し倒したい」を録音しているのだから、
他の曲と間違えることはないが、16分音符の裏拍から始まるリフ、
曲の途中も出てくる決めのリズムは、わかっていてもずれてしまい、
各楽器がバラバラになるので、それだけでも、何週間かやり直した。
まだまだ、リズムがタイトでないが、今の自分にはこれが精一杯で、
サックスソロ、ピアノソロも、楽譜どおりに弾いても、ノリが悪くって、
かろうじて、ギターソロだけは自分の得意なフュージョンフレーズで、
何とかなるが、実は、メロディの裏でくったフレーズが危なっかしい。
ニューミュージック、J-POPの旗手、角松敏生が、フュージョン好き、
ギター好きが高じて演奏したインストアルバムから、決めのリズムや、
裏ノリがけっこう難しい、「押し倒したい」は、週末更新をやめたので、
時間をかけれたものの、かなり手こずり、このあたりで妥協しました。

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