僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
安藤がベンソンっぽくアドリブする「チャーリー&アイドル」
日本のフュージョンバンドのうち、一番お茶の間に浸透したと言える、
ザ・スクエアのリーダーでギターの、安藤ひろまさのソロアルバムは、
バンドでデビューした78年から8年後で、バンドでは11枚も出して、
サックスの伊東たけしも2年前にソロを出し、満を持しての発表となる。

よくソロアルバムを出す時には、リズム隊はバンドメンバーを使うとか、
何曲かはバンドの鍵盤や管楽器にゲスト参加してもらうこともあるが、
安藤は、まったく別の人を起用し、かつ全曲をその面子で通していて、
スクエアとは別ながら、バンドという形で統一して、作りたかったのか。

キーボードの笹路正徳は、日本のクロスオーバーの初期から活躍し、
渡辺香津美に次ぐギタリストとしてデビューした、秋山一将を支えたり、
清水靖晃、渡嘉敷裕一らとフュージョン・バンド、マライアを結成したり、
同じフィールドながら、スクエアとは違う味を出せるという人選だろう。

ベースのデレク・ジャクソンは、発売当時にはほとんど知らなかったが、
同じころに出た高中正義の「ジャングルジェーン」のライブ盤で演奏し、
その後は、サックスの土岐英史とギターの山岸潤史が作ったバンドの、
チキンシャックでベースを担当するという、これまたフュージョン畑の人。

ドラムの青山純も、山下達郎バンドが有名だが、プリズムに参加したり、
かつてスクエアにも在籍、自分が安藤のギターを気に入るきっかけの、
「トゥモローズ・アフェア」が入っているアルバム、「ロックーン」の頃で、
スクエアがロック調になっていくのは、青山の影響も大きかったと思う。

自分は、プリズムで青山純を知り、プログレ系の変拍子もこなす達人で、
そんな人が、ニューミュージックの山下達郎のバックになって驚いたが、
達郎はフュージョン系のミュージシャンたちと、早いころから交流があり、
あの名盤「イッツアポッピンタイム」のライブ盤も、そんなメンバーだらけ。

アラン・ホールズワースの名演で知られる、ジャン・リュック・ポンティの、
アルバムでドラムを叩いていたスティーブ・スミスは、売れ線のロックの、
ジャーニーに長く在籍したり、その後、フュージョンよりはジャズに近い、
ステップスに参加したりと、ロックとジャズを行ったり来たりする人は多い。

安藤の初ソロ作品「メロディ・ブック」の中で、「チャーリー&アイドル」は、
間奏とエンディングで、クリーントーンのジャズっぽいフレーズが聴けて、
スクエアを結成する前は、大学のジャズ研で、純粋な4ビートを演奏し、
バンドではなく、ジャズ・ギタリストとしてプロを目指していたのも頷ける。

ただ、ジャズっぽいとはいえ、いわゆるビバップフレーズとは違っていて、
どちらかというと、ジョージ・ベンソンみたいで、使用ギターはフルアコか、
雑誌で、フルアコを抱えた写真を見たことがあるが、、この曲のことだか、
実際、コンプを強くかけた音で、ストラトとかでも再現できる音色ではある。

それでも、YouTubeにあるライブ音源は、コーラスとディレイを強くかけた、
いかにもストラトという音で演奏していて、レコードはフルアコだったのか、
自分は、フルアコもセミアコもないから、とりあえず、ストラトで演奏したが、
音がキンキンして気になって、結局レスポールで丸々やり直すことにした。

メインのメロディは、安藤の愛用するハンバッキング搭載のストラトの音で、
ライブでも同じ音になっていて、自分もストラトを使うが、シングルコイルで、
やはりキンキン、ザリザリした感じで、これも、今日のアップする直前になり、
気に入らないと、レスポールでやり直し、またまた時間切れになるところ。

イントロは、ギターの16ビートのカッティングパターンを、シンセで演奏して、
しかも一音ごとに交互に左右のチャンネルで分けていて、笹路の解説では、
パンでふったのでなく、2台のキーボードだそうで、自分もギターシンセで、
別々に弾いたが、かなりリズムが食い違って、これは毎日やり直していた。

「チャーリー&アイドル」が何を指すのか、自分はチャーリーと言えばすぐに、
スヌーピーの飼い主、チャーリーブラウンが浮かぶが、喜劇映画のファンは、
チャーリー・チャップリン、昔のドラマでは「チャーリーズ・エンジェル」があるし、
ジャズギターのチャーリー・クリスチャンとか、いくらでも思い浮かんでくる。

日本のフュージョン生誕40周年、自分がフュージョンに目覚めたのも40年、
先週に引き続いて、一番、お茶の間に浸透しているフュージョンギタリストの、
安藤ひろまさ「チャーリー&アイドル」は、いろんな音が整理しきれないのと、
得意のつもりのジャズギターでも、指がもつれ、練習不足がたたっています。




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安藤まさひろの泣きのギター弾きまくり「サスピシャス・ストーリー」
Amazonからのおすすめで、プリズムや松岡直也のアルバムが、
廉価盤で再発とあり、何でも、どちらもレコードデビュー40周年で、
すなわち日本のフュージョン誕生からも、40周年になるのだそうで、
他にも多くのアルバムが再発されたり、初CD化というものまである。

レコード会社のキャンペーンだから、必ずしも40年前、1977年が、
日本のフュージョン音楽の始まった年なのかは、諸説あるだろうが、
昨年は、ボズ・スキャッグス「シルク・ディグリーズ」発売から40年で、
AORフェアがあったし、まあ、CDが安く再発されるのは、ありがたい。

ただ、自分にとって、77年こそは、日本のクロスオーバーというより、
いわゆるクロスオーバー・フュージョン音楽に、出会ったと言える年で、
5月に高中正義のLPを買い、FM「アスペクト・イン・クロスオーバー」で、
リー・リトナー、ラリー・カールトンの特集が2週続いたのは、8月のこと。

しかも、その2週続いた放送の合間の週末、ヤマハ主催のコンテスト、
イースト・ウエストで、2度目の出場となるカシオペアを目の当たりにし、
9月に、月刊プレイヤーのラジオ番組で、プリズムのデビュー作を聴く、
さらに、リトナーが10月に来日して、ラジオの生演奏を聴くという具合。

そのリトナーを呼んだ渡辺貞夫も、テレビに出て演奏するような状況で、
お茶の間にも、クロスオーバーが流れたという、画期的な年になるが、
それでも、盛り上がっていたのは、自分のようなギターキッズが中心で、
フュージョン全般でなく、当時のクロスオーバーギタリストに夢中だった。

自分が日本のフュージョンで、三大バンドと思っているのは、プリズム、
カシオペア、スクエアで、どれも、ギタリストがリーダーという共通点で、
これだけでも、自分がギターばかり注目している偏った聴き方だろうし、
プリズムをカウントするのは、当時のギターキッズくらいかもしれない。

カシオペアも一般的にはどうなるのか、やはり、F1のテーマ曲を作り、
お茶の間に浸透したスクエアだけが、突出した存在なのかもしれず、
これまた偏見だが、プログレのプリズム、ディスコのカシオペアに対し、
ニューミュージックのスクエアという感じで、ヒットしやすい要素がある。

ソフト&メロウ路線のフュージョン以前、クロスオーバーミュージックは、
ジャズから派生したこともあり、テーマの後は延々とアドリブソロを回し、
最後にまたテーマに戻る形だったが、スクエアは、Aメロ、Bメロ、サビ、
という構成で、間奏にアドリブするというニューミュージックのパターン。

もちろん、プリズムやカシオペアも、そうした構成の曲へとシフトするが、
スクエアの曲は、メロディも含めて、すごくわかりやすい感じがするし、
和田アキラも野呂一生も、特徴ある良いメロディを作ることは同じだが、
安藤のほうが、口ずさみやすくて、お茶の間受けする曲をうまく作る。

スクエアが、プリズム、カシオペアと違うのは、サックスのフロントマン、
伊東たけしがいることも大きな要素で、より歌ものに近い曲調になるし、
安藤は、自分の書くメロディを惜しげもなく、サックスやピアノに任せて、
バッキング中心になる編曲も多く、自分からすると、ちょっと物足りない。

安藤がソロアルバムを出したは86年で、和田の83年、野呂の85年に、
やや遅れをとった感はあるが、「メロディ・ブック」と名付けられた作品は、
まさに、安藤のメロディの良さが楽しめるし、ギターもけっこう弾きまくり、
3人のソロアルバムでは一番気に入って、楽譜を買ったのも、これだけ。

ギタリストならば、誰でも憧れると、断言してしまうと、異論もあるだろうが、
早弾きと、泣きのギターのどちらも、このアルバムでは、聴かせてくれて、
おそらく、スクエアならば、サックスがメロディをとるような曲も弾いていて、
何より、ジェフベックを思わせる泣きのギターは、スクエアでは無理だろう。

これまた自分の極論になるが、クロスオーバーギターを弾くアマチュアは、
誰もが、ジェフ・ベック「ギター殺人者の凱旋」に影響を受けているはずで、
「哀しみの恋人たち」の泣きのギターと、「スキャッターブレイン」の早弾き、
その両方に憧れ続け、スローとスピードのどちらにも手を出すことになる。

安藤まさひろの「サスピシャスストーリー」は、まさに、そんな1曲であって、
本人は否定するかもしれないが、最後のアドリブもベックぽっかったりして、
また話が戻るが、77年に自分がクロスオーバーにすんなり入ったのも、
前年に、ベックの「ギター殺人者」「ワイアード」を聴いていたからだと思う。

そのベックっぽいギターを弾きたくて、オケの方は、わりと手抜きにして、
それでもピアノソロは、かなりそれっぽくなったと思いつつ、逆にギターは、
ビブラートとチョーキングが苦手だったのを、再認識する羽目となった、
安藤まさひろ「サスピシャス・ストーリー」は、未完成ながらアップします。







竹内まりやもカバーした達郎の傑作バラード「ユア・アイズ」
山下達郎の曲を最初に聴いたのは、マクセルのカセットCMの、
「ライド・オン・タイム」や、テレビ番組「オレたちひょうきん族」の、
エンディングテーマとして、EPOがカバーした「ダウンタウン」で、
やはりお茶の間にとっては、テレビ主題歌やCMソングが身近。

83年、「メロディーズ」発売に伴う、達郎のコンサートに行った時、
「次の新曲は何のタイアップもないので、よろしく。」みたいに言い、
「スプリンクラー」を演奏したので、売り上げに貢献しようと思って、
コンサート終了後、ロビーの販売コーナーでドーナツ盤を買った。

昔はこうして、コンサートの余韻を楽しみながら、グッズを買ったり、
喫茶店や居酒屋に行き、何曲目の何が良かったと友人と語ったが、
最近のコンサート事情はどうなのだろう、自分が最後に行ったのは、
30年近く前のマイケルやポールで、その時点でかなり様子が違う。

外タレの場合は特に、開演が遅れて、コンサートは3時間以上もの、
長丁場で、終わる頃には、疲れるし、眠いし、ドームなどの大会場は、
退場規制もあって、出てくるのに小一時間かかることもあったりして、
終電を気にし駅に向かい、余韻を楽しむ余裕がないことも多かった。

国立代々木の浜田省吾や、横浜アリーナの角松敏生も似た感じで、
ハコが大きくなり、コンサートも長くなってしまい、自分も年を取って、
ついていけなくなったのか、ライブハウスとまでいうと極端になるが、
厚生年金や渋谷公会堂とかで、こじんまりとしたのが良いなんて思う。

それだけに、83年9月と85年2月ともに、神奈川県民ホールで見た、
山下達郎のライブは、ノスタルジアもあり、すごく良かった思い出で、
あいにく同姓の友人とだったが、終演後のロビーから見える夜景も、
山下公園から駅へと戻る風景も、達郎の曲にぴったりに感じたほど。

どちらも最後の曲は、バラードの名曲「ユア・アイズ」で、ファンにとり、
外せない定番曲となっていて、ずっとシングルカットされなかったが、
公認ベスト「グレイテスト・ヒッツ」や、サントラ「ビッグ・ウェイブ」にも、
収録されているので、本人にとっても、自信作、大切な曲なのだろう。

シングルカットされないと、ラジオでも、そう流れることもないだろうし、
CMやテレビとのタイアップがなければ、お茶の間とは無縁になって、
ファンだけ知る名曲みたいになっていたのか、例えばビートルズでも、
お茶の間には、「イエスタデイ」で、ジョンは「イマジン」となってしまう。

発表後20年たって、「ラブランド・アイランド」がドラマ主題歌になり、
シングルカットされると、そのB面に「ユア・アイズ」が収録されたり、
さらに、そこから10年以上たってから、竹内まりやがカバーして、
ドラマ「安堂ロイド」のエンディングテーマとなり、世間に浸透する。

何の番組だったか、山下達郎と竹内まりやが歌っている波形が、
ほぼ一致するとかで、音程、速度を合わせると区別ができないと、
分析していて、YouTubeで、うまく調整して交互に流しているのは、
どっちがどっちというくらいで、似たもの夫婦とでもいうのか面白い。

山下達郎と竹内まりやが結婚したのは、篠山紀信と南沙織くらい、
びっくりしたというと、どちらにも失礼になるが、男は顔じゃないと、
自分には音楽も写真も才能がないのはさておき、どこかホッとし、
でも自分がもてないのは、身長がないほうが致命傷だと気づく。

それで、友人たちがよく口にしたのは、達郎の発音が良くなって、
英文科出身のまりやに教わったのだろうという説で、半信半疑で、
聞いていたが、波形が一致するなんて言われると、まりや直伝で、
発音を直されたので、同じようになったのかと、妙に納得してしまう。

ただ、達郎の発音に関しては、「ユア・アイズ」の作詞を担当した、
アラン・オデイに、「ビッグウェイブ」で作詞作曲を共同作業した際、
徹底的に矯正されたと本人が語っているので、まりやではなくて、
外人さんに教わっているが、この曲は、その前なので、まりや説か。

「ユアアイズ」は、達郎の一人多重録音のバックコーラスがすごく、
もともと、アカペラの曲をアルバムに1曲くらいは、やっていたのを、
「オン・ザ・ストリート・コーナー」という、全曲アカペラのLPを出して、
その成功を受けて、曲中でも、多重録音コーラスをやるようになる。

「オレたちひょうきん族」のベストテンコーナーに、達郎の曲が入り、
さんまが達郎に扮して出てきたが、当然、さんまの歌は音痴なので、
「あれ、達郎さん、ちょっと歌が」と突っ込まれて、「何を言うんですか、
私はアカペラの達郎と言われてるんですよ」と返すのに、大笑い。

これまた、お茶の間が、アカペラを知っていたか、微妙なところだが、
この場面は、達郎も見ていたようで、ライブのMCで、話題に挙げて、
「スタッフがすごいね、ちゃんと、こういう、いつもライブで着るような、
ジャケットをさんまさんが着ていてね。」と、楽しそうに、語っていた。

「ユアアイズ」に話を戻すと、そのアカペラというか、1人多重録音は、
オフィシャルバンドスコアによれば、5声のハーモニーで、昔買った、
バンドスコアは3声なので、さすがはオフィシャルで、さらに実際には、
それぞれを数回は重ねて、何重にも達郎は歌っているのだと思う。

自分のMTRは24トラックで、この曲は、伴奏も、エレキ、アコギから、
エレキシタール、タンバリンと楽器も多いから、ハモリだけにトラックを、
使えないので、5声のハモリをピンポン録音して、1トラックにまとめて、
それをコピーし左右に配置、さらに各パートを別々に5トラックに録音。

ベースは、伊藤広規なので、指弾きでなく、チョッパーかと思うのだが、
本人がこの曲を弾く映像は見つからず、YouTubeのカバー演奏でも、
ほぼ全員、指弾きにしていて、さすがにピック弾きはないが、自分は、
チョッパーの方が、リズムもノリが出るので、ほぼ全部チョッパーに。

間奏のサックスは、いかにもという、歌い上げるフレーズで奏でるが、
ギタリストの自分としては、最初に聴いた時に、何でサックスなんだよ、
曲が盛り上がったら、感動のギターソロだろうに、なんて思っていて、
松原正樹や今剛あたりなら、いい感じで、弾いたんじゃないかと思う。

ユーミンだったら、間違いなく、そうしたギターソロだろうが、達郎では、
スローな曲は、土岐とかのサックスが多用され、アップテンポの曲は、
達郎のカッティング、椎名和夫のやや歪ませたギターソロというのが、
定番なアレンジで、まあ、決してギターを疎んじているわけではない。

山下達郎のバラードの傑作、自分の中では「潮騒」と1・2を争う曲の、
「ユアアイズ」は、コーラスがかなり難しいうえ、そのせいでトラックが、
なくなり、いつものダブル・トリプルでごまかすメインボーカル部分も、
シングルトラックなので、名曲を台無しにしてしまったか気にしてます。






若き達郎が単身ニューヨークへ乗り込んだ「ウインディ・レディ」
先日買った山下達郎のオフィシャル・バンドスコアは、達郎本人が、
選曲したそうだが、実際のスコアを監修したかどうかまでは不明で、
それでもオフィシャルの名にふさわしいくらい、丁寧に採譜してあり、
全2巻のうち、第1巻だけ買ったが、もう一冊も買おうか迷っている。

第2巻は「メロディーズ」以降の曲が中心で、自分が演奏したい曲は、
初期の曲に集中しているから、どうしても欲しいというほどではなく、
Amazonの「あとで買う」に入れて、売り切れそうになったらクリック、
今はまず、持っている楽譜を活用して、好きな曲を演奏しようと思う。

達郎のソロデビューLP「サーカス・タウン」からは、全6曲のうち1曲、
「ウインディ・レディ」が載っていて、昔買った24曲入りのスコアでも、
デビュー作からは、この1曲のみだから、これが代表作になるのか、
自分も、この曲と、「サーカス・タウン」、「夏の陽」が気に入っている。

「ウインディレディ」は、ウィル・リーのチョッパーベースから始まって、
ジョン・トロペイとジェフ・ミロノフという、フュージョンの有名どころの、
2人のリズムギターが加わり、当時のクロスオーバーの曲に近いし、
何よりも、このメンバーが演奏していると知った時には、すごく驚いた。

シュガー・ベイブで「ダウン・タウン」のスマッシュヒットはあったものの、
一部のマニアに受け入れられただけで、バンドは解散することになり、
ソロ活動をすることになった達郎が、ほとんど無名に近い状態なのに、
海外でデビュー作を録音し、面子もすごいというのは期待されたのか。

そうは言っても、金銭的な余裕がなくて、予定したニューヨーク録音は、
レコードのA面の4曲のみで、残りをロスアンジェルスで録音したそうで、
ロスの方がNYより安上がりですむのか、確かに演奏した人を見ると、
誰一人自分は知らないし、今、ウィキで見ても、ピンとくる人はいない。

ただ、自分の知っているミュージシャンは、フュージョン系が中心だから、
そもそも、山下達郎が指名したというアレンジャー、チャーリー・カレロも、
今でもよく知らなくて、彼が手がけ、ビートルズより前に全米でヒットした、
フォー・シーズンズも知らないから、ロス録音も有名人なのかもしれない。

ベースのウィル・リーは達郎が希望したそうだが、「何でまた二流の彼を。
俺ならゴードン・エドワーズを連れてきてやるのに」と、カレロが言ったと、
ウィキか何かで見たが、ウィル・リーは、24丁目バンドでも活躍していて、
ブレッカー・ブラザーズにも在籍したり、若手ナンバーワンと思っていた。

自分は、職人集団のスタッフは好きだし、そのリーダー兼ベースである
ゴードンの実力も認めるが、ウィルは下に見られてるのかとびっくりで、
これは、自分が演奏するから、ギターにしてもベースにしても、派手で、
テクニカルな面に注目しがちで、本質を見ていなかったのかと反省した。

山下達郎を聴いたのは、マクセルのCMの「ライド・オン・タイム」だから、
当然に、このアルバムは遡って聴いて、もうフュージョン全盛期なので、
このメンバーに感動したものの、トロペイにもっとソロを弾かせてくれと、
不満だったのも事実で、この点でも、自分の音楽性のいびつさを感じる。

ウィル・リーが24丁目バンドで来日した時、雑誌「アドリブ」だと思うが、
インタビュアーが達郎のことを尋ねると、「ああ、彼は覚えているよ。」と、
語っていて、ほとんど無名のまま、自分の曲を携え、単身渡米してきた、
日本の若者は、現地の有名ミュージシャンらに、どう映ったのだろうか。

アレンジャーのカレロは、達郎の才能を認めたというまではいかないが、
貪欲にアメリカの音楽シーンを吸収しようとする若者に、この録音での、
編曲の楽譜を渡してくれたそうで、達郎は日本に持ち帰ると、徹底的に、
そのスコアを研究して、セカンド「スペイシー」に生かしていったそうだ。

それだけ、達郎が参考にした編曲譜面で、オフィシャルバンドスコアも、
ストリングス、ホーンセクションまできちんと採譜しているので、自分も、
ギターシンセではあるが、ストリングスは4回、ホーンは5回も重ねて、
なるべく原曲に近づくようにしつつ、これまたシンセ音の限界も感じた。

山下達郎のデビュー作「サーカス・タウン」から、AOR、フュージョンの、
スタジオミュージシャンが演奏し、それっぽい音の「ウインディレディ」は、
珍しくコーラスがないので、バッキングにMTRのトラックを多く使えたが、
逆に、メインボーカルが目立ち、相変わらずの歌唱力無さに反省です。







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