僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
まるでビートルズのようなCMソング、杉真理「バカンスはいつも雨」
中学時代、中3トリオなどのアイドル歌手に興味はなかったが、
高1の76年に岩崎宏美のファンになると、続けてピンクレディ、
大学になると、松田聖子という具合で、友人からは、おまえは
グリコのCMを見るとファンになるのかと、馬鹿にされる始末。

アイドル熱は松田聖子で一段落、その後のグリコのCMに出た、
小泉今日子や掘ちえみとかは、じっくり曲を聴くこともなかったし、
そもそも、テレビの歌番組自体を、次第に見なくなっていったが、
堀ちえみが傘を差しているCMは、今もすごく印象に残っている。

赤い傘をさして、駅の改札口で憧れの人を待つセーラー服姿は、
本当かわいかったし、YouTubeで見つけると、歳をとったせいか、
なおさら実感して、「赤い傘ぬらすレイン」と、そのものずばりで、
杉真理の歌う「バカンスはいつも雨」が、見事すぎるくらい合う。

ドラマの主題歌やCMソングとタイアップした場合、どの程度まで、
歌詞作りに関して打ち合わせをするのか、CMで使われた箇所、
2番に出てくる「赤い傘~」の部分なんか、映像そのままの情景、
歌詞が先行したのか、同時進行で作ったのか、どちらだろうか。

あと、YouTubeでCMの歌詞を確認すると、「Don't Cry」の部分が、
「揺れる心」という日本語になっていて、英語の歌詞を流しても、
お茶の間の心には響かないとでも、電通だか博報堂、あるいは、
スポンサーのグリコのお偉いさんから、クレームでもあったのか。

逆に、ドラマやCM先行で作った曲を、アルバムに入れる際には、
ドラマのタイトルや商品名が歌詞に含まれていると、改変したり、
シングル盤とアルバムでは、歌詞以外に、アレンジ、演奏までが、
変わっているというのも、けっこうあり、蒐集マニア泣かせの一面。

アルバム収録とは違うが、山口百恵の「プレイバック・パート2」を、
紅白で歌う際、「真っ赤なポルシェ」が「真っ赤な車」になったのは、
有名だし、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」を歌詞の一部が、
作った本人、来生たかお「夢の途中」と違うのは、大人の事情か。

杉真理は、大瀧詠一による「ナイアガラ・トライアングルvol.2」に、
佐野元春と共に大抜擢され、一般に知られるようになったのだが、
初代の山下達郎、伊藤銀次のどちらとも、音楽性は異なっていて、
2人はどういう基準で、大瀧のお目にかなって、選ばれたのだろう。

その当時は、レーベルやプロダクションを超えてのコラボに関して、
かなり制約があって、YMOのライブ盤で、渡辺香津美のギターが、
カットされて発売されたなんて話もあるから、佐野と杉の2人共に、
大瀧と同じソニーに所属していたのも、選択肢の一つだったかも。

ナイアガラのLPで、杉はジョンを追悼して、ビートルズ色全開の、
「ノーバディ」を作って、佐野にハモってもらっているが、こうした、
杉との交流は、佐野にとっては、大瀧からいろいろ学ぶとともに、
かなり大きな影響を与えたのではと、昔から自分は思っている。

佐野元春がデビューしたとき、スプリングスティーンを思わせる、
疾走するサウンドで、街の情景・ストリートを歌い上げていると、
言われたようだが、自分の第一印象は、この歌い方ってジョンだ、
シャウトの仕方、オーイエーとか、まんまじゃないかと思ったほど。

ところが、敬愛するミュージシャンとして、よく佐野が口にしたのは、
バディ・ホリーやマンフレッドマンで、バディは、ジョンのアイドルだし、
マンフレッドマンは、ビートルズ「リボルバー」のジャケをデザインし、
ジョンのバックでも演奏した、旧友クラウス・フォアマンが在籍した。

素直にジョンが好きって言えないのかな、プロになってしまったら、
ビートルズの影響があるなんて、恥ずかしくて言えないのだろうか、
そんな佐野の前に現れたのが、「ビートルズが大好きです、僕は、
ポール・マッカートニーになりたいです。」と言わんばかりの杉真理。

「君のしゃべる言葉の半分は意味がない」と、歌詞までも引用する、
杉を見たら、片意地張って、ビートルズを拒否することもないかなと、
ナイアガラと同時進行で作っていた、3枚目のLP「サムデイ」の中の、
「シュガータイム」で、ジョンとポールのように、杉と楽しそうにハモる。

「サムシング」のベースラインを、そのまま借用したような感じの曲、
「真夜中に清めて」は、ストリングスの使い方もビートルズ風にして、
アルバムの最後は、「アビーロード」の「ハー・マジェスティ」のように、
大作で終わりかけ、唐突に「サンチャイルドは僕の友達」を弾き語る。

これは、まったく、自分の勝手な思いつきで、昔からの悪い癖の一つ、
何でもかんでもビートルズに結び付けて、そのうえで、時系列無視で、
話を組み立ててしまうので、佐野のビートルズ拒否と受容の件りは、
何を嘘八百語っているんだと、ファンの人から怒られるかもしれない。

ただ、杉真理が、まんまビートルズで平気なのは周知の事実だろうし、
「バカンスはいつも雨」は、もうイントロからジョンのようなハーモニカ、
ブルースハープが鳴り響き、単純なリズムのドラムはリンゴのようで、
間奏では、ピアノとギターのユニゾンに、手拍子まで加わったりする。

そうは言っても、まんまビートルズにはしてなくて、あくまでも、それ風、
リバプールサウンド、マージービートを、今風のサウンドで味付けして、
今風と言っても、当時の80年代のサウンドだが、シンセの音だったり、
コンプをきかせたストラトの音などは、ビートルズの頃にはなかった音。

ついつい自分は、ジョンっぽいアコギのストロークにギターを差し替え、
エレキのカッティングも、ジョージの弾くグレッチに似せたくなってくるが、
ビートルズの曲じゃないんだし、逆に、ビートルズでないから、完コピに、
あまりこだわりもないが、とりあえず、バンドスコアどおりには演奏した。

間奏に入るときに、雷鳴がして、効果音大全集とかは持ってないなあと、
省略するつもりでいたら、夕方から、急に天候が崩れて、雷雨になって、
タイムリーだと窓を開け音を録音したら、部屋はずぶ濡れになったうえ、
間違えて、ギターのトラックを消して録音してしまい、余計なことをした。

梅雨明けしたのに、猛暑日はどこへ行ったかというように肌寒かったり、
どんよりとした雨模様が続き、まさに「バカンスはいつも雨」だとばかり、
タイムリーな1曲をと演奏しましたが、ポールに憧れる杉真理の歌声は、
自分にはキーが高すぎて、いつも以上にひっくり返って反省しています。




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ヒットしたお礼を込めてファンに向け歌った「サンキュー・ガール」
ビートルズがデビューした当時は、歌手はあくまでも歌手であり、
プロの作詞家・作曲家が作った曲を、プロに演奏してもらうという、
いわば分業体制のようなものが当たり前だったが、ビートルズは、
自分で曲を作り、自分で歌って演奏までするというスタイルを貫く。

ただ、デビュー曲の「ラブ・ミー・ドゥ」を録音する段階で、どれくらい、
使える曲をストックしていたか、62年1月のデッカ・オーディション、
同年12月のハンブルグ・スタークラブのライブ音源で聴けるのは、
それぞれ3曲と2曲に過ぎず、その後、録音されたのは2曲のみ。

中山康樹「これがビートルズだ」で、「ラブ・ミー・ドゥ」を酷評していて、
「なぜこのような凡曲を望んで、デビュー・シングルに選んだのか」と、
疑問を呈し、さらに「すでにこの時点で、『プリーズ・プリーズ・ミー』や、
『アイ・ソウ・ハー・スタンディング・ゼア』といった傑作はできていた。」

逆に考えると、せいぜい、それらの曲と、前述の音源で聴ける曲くらい、
ものになる曲は、そうそう、なかったのではないか、かなり後になって、
録音される曲、「ワン・アフター・909」、「アイル・フォロー・ザ・サン」、
さらに「ミッシェル」も、さわり程度はできていたが、まだまだ未完成。

デビューシングル、さらに2枚目も、A・B面ともにオリジナル曲となり、
自作曲で勝負したいというメンバーの意向を、マーティンは尊重するが、
デビューアルバムとなると、LP全14曲のため、さすがに曲は不足し、
ライブで鍛えられ、すぐに録音できるカバー曲を、半分近い6曲にした。

そうした中、ツアーを一緒に回っている人気歌手のヘレン・シャピロに、
「ミズリー」を提供しようとして却下され、結局、自分たちでやることにし、
デビューLPに収録したのだが、かわい子ちゃん歌手が歌ってくれれば、
作曲活動に弾みがつく、自分たちの励み、自信にになると思ったらしい。

まだ、自分たちのレパートリーも少ないし、ようやくデビューした段階で、
他人への楽曲提供を考えていたとは驚きだが、これは、才能にあふれ、
いくらでも曲が作れ、余って困るということでなく、バンドとしてダメでも、
職業作家としてやっていけないか、模索していたと、意地悪い見方も。

藤本国彦「213曲全ガイド」に、ポールのコメントで、「B面でもいいから、
録音してもらえれば、僕らの作曲活動にプラスになると思って。」とあり、
この後も、ビートルズとしてはレコーディングされないまま、提供した曲は、
けっこうあって、必ずしも、出来が悪い没の曲を使いまわしただけでない。

デビューして力をつけたという言い方は安直だが、LPの発売前後から、
ジョンとポールの作曲能力は、飛躍的に伸びたというほどの爆発力で、
「プリーズ・プリーズ・ミー」に続いて、「フロム・ミー・トゥ・ユー」を出すと、
「シー・ラブズ・ユー」「抱きしめたい」と、怒涛のヒットシングルを連発する。

「フロム・ミー・トゥ・ユー」は、ファンへの感謝をこめて作ったとされるが、
まだデビューアルバムが発売される前の録音で、2枚のシングル盤を出し、
それらの曲を買ってくれたり、ラジオへリクエストしてくれるファン、さらに、
増えていくファンレターで、自分たちが売れる手応えを感じていたのだろう。

「フロム・ミー・トゥ・ユー」のB面、「サンキュー・ガール」も題名からして、
ファンへの感謝をこめた曲で、もともと、こちらの方が先に作られたそうで、
A面の候補にもなっていたが、さらなる傑作、「フロム~」ができてしまって、
B面に甘んじたようで、よい曲ではあるが、シングルヒットしたかは疑問。

ジョンのハーモニカから始まり、ジョンとポールのユニゾンからハモリへと、
自在に変化するメロディは、初期のビートルズの曲の代表的なパターンで、
こういうのが、リバプールサウンドであり、バブルガムミュージックなのかと、
後追い世代の自分としては、ちょっと分類したくなるが、そう簡単ではない。

今週もオケ作りが遅れがちで、得意のビートルズで、お茶を濁す手に出て、
初期の一発録音に近い曲、それでも、ジョンのハーモニカは翌日ダビング、
テイクの編集もしたそうだが、自分は単純に「サンキュー・ガール」演奏して、
ポールの高音がきつくて、お粗末な歌声で、お聴きいただく方へ感謝です。





お茶の間にも浸透したギターデュオ・ゴンチチ「放課後の音楽室」
毎週、演奏曲の苦労話、それも没になったいきさつを書くのが、
日課(週課?)になってしまったようで、何とも情けないのだが、
今週も、もともと取り組んでいた曲のオケ作りが、うまくいかず、
すぐに出来る曲へと見切りをつけつつ、それも変更となる始末。

夏っぽさを感じるフュージョンと、自分が勝手にイメージしている、
シャカタクから何かやろうと、「イージアー・セッド・ザン・ダーン」に、
目をつけて、ドラムを打ち込み、ベース、ギター、ピアノとやるが、
チョッパーベースのノリが今一歩で、リズム全体にしまりがない。

ベースだけ、何度もやり直すが、チョッパーを繰り返してばかりで、
右手の人差し指に、だんだん豆というか水泡ができて、つぶれ、
当然、チョッパーの引っかけは痛くてできないし、親指にしたって、
連続して叩くフレーズばかりで、付け根から手首が筋肉痛になる。

シャカタクのバンドスコアはしっかりしていて、きちんと取り組めば、
完コピに近づけるから、中途半端なベースではやめたほうがよい、
ピアノのアドリブも、ジャズの早いフレーズが多くて、多少なりとも、
練習しないと、ギターシンセでも弾けないから、次回以降へ延期。

それで、金・土の2日間だけで、何とかなる曲はと、ソロギターに、
ビートルズとかを物色するが、ドラムの入力とかも、面倒になって、
ここは弾き語りか、それに近いもの、サイモン&ガーファンクルに、
しようとなって、昔から弾いている「グレイテスト・ヒット」から物色。

「ブックエンド」なら短いし、痛い人差し指を使わなくて弾けるしと、
安直に考えるが、この曲だったら、オーケストラの部分は無理でも、
「旧友」とつなげないと様にならない、それで、金曜は、「旧友」を、
スタジオ版、ライブ版と聴き込んで、伴奏のギターも軽く練習する。

それで、土曜に録音しようとしたら、朝から、近所で工事が始まり、
これが、基礎工事で、騒音と振動がひどく、ボーカル入れどころか、
アコギのマイク録音もダメ、それで、練習だけは何度かやっておき、
さあ、夕方から録音開始だとはりきると、今度は、盆踊りが始まる。

家の路地を出た広場でやっているので、音楽も大音量で流れるし、
和太鼓も打ち鳴らしているから、これも、マイクが拾ってしまって、
これは、もう、ライン録音する曲にしよう、リズムボックスに合わせ、
適当にジャズでもやるか、ただ、聴かされるほうは、たまらないな。

エレガットか、アコギのラインで、ソロギターか、デュオにしようかと、
楽譜を見ていると、癒し系のソロギター2冊に、ゴンチチの曲があり、
片方は、原曲のキーでクラシックギター風、片方は、転調させて、
フォークギターでのヒーリング系アレンジで、どちらも微妙な感じ。

どうせなら、コードの伴奏とメロディを、ダビングで弾くほうがよいと、
それぞれの楽譜のコード進行やアルペジオを参考に、伴奏するが、
どうも自分のセンスの悪さで、メロディとぶつかってしまう音になる、
いっそ、ゴンチチのコピー譜はないのかと、ネットで検索をかける。

以前も、デパペペや山弦などのギターデュオの楽譜を探したとき、
ゴンチチの曲集は絶版になっていて、ヒーリングのギター曲集でも、
ソロギターにアレンジされて、もともとの二重奏版のはなかったが、
今回、ぷりんと楽譜に、かなり本物に近いギター2本の譜面がある。

しかも、編曲者が江部賢一と書いてあり、これは太鼓判、お墨付き、
30年来愛用しているソロギター曲集の編曲した、江部の編曲なら、
間違いないだろうと、すぐにネットで購入して、プリントしてみたら、
YouTubeにあるゴンチチのライブバージョンの、完コピに近かった。

かくして、二転三転した今週末の演奏は、ギターデュオ、ゴンチチの、
「放課後の音楽室」に決定し、まずは、エレアコのライン録音で伴奏、
続けて、エレガットのライン録音でメロディを弾くが、伴奏のほうだけ、
ラインの音が気に入らないので、盆踊りが終わってから、マイク録音。

10時過ぎにもなると、アコギのコードストロークや、ボーカル録音は、
雨戸を閉めても近所迷惑だが、アルペジオの伴奏だから許容範囲、
まあ、ボーカルは声がかすれるし、アコギのコードをかき鳴らしても、
出音が小さいから大丈夫とは思うが、家族には迷惑がられるだろう。

「放課後の音楽室」は、すごくシンプルなメロディで、ガットギターで、
淡々と弾くのだが、つい調子づいて、スライドやハンマリングにして、
スラーでフレーズを歌わせてみると、これが、雰囲気が全然違って、
自分のセンスのなさを実感、結局、装飾音はやめて、素直に弾いた。

エレガットは、ギター自体がオクターブ調整ができずに、音がずれて、
さらにナイロン弦もピッチが良くないので、開放弦で音を合わせたら、
ハイポジションでは音程がフラット気味になるので、メロディを奏でる、
7から12フレットで音程が合うように、ピッチを上げチューニングする。

さらに、1弦は、すごく音が硬くなってしまうので、2弦と3弦を使うよう、
江部の指定したTABのポジションは無視して、一定の音色にしたが、
ゴンチチの演奏を見ると、普通に1弦を使って、江部の運指どおりで、
自分のエレガットが、かなり安物だから、音色や音程に苦労することに。

クラシックギターでは、基本的に、指定された運指を守るのは絶対で、
タルレガは、ギターが美しく鳴るように弦の特性も考えて指定すると、
言われるほどだが、今回の場合、きれいに鳴るようにしたいがゆえに、
江部の運指を変えて弾くという何とも皮肉な話で、良いガットが欲しい。

ゴンチチは、ゴンザレス三上とチチ松村の2人によるアコギ・デュオで、
30年以上のキャリアで、アルバムをベストを含み、40枚ほどあるが、
自分は、アルバムは持っていないし、ヒーリング系のコンピアルバム、
「イマージュ」とかで、この「放課後の音楽室」を聴いたことがあるくらい。

それでも、山弦やデパペペより前から知っていたし、この手のデュオは、
元祖と入っても良いくらいのベテランで、CMで演奏している曲も多くて、
お茶の間にまで浸透したギターデュオとしては、「シャボン玉ホリデー」の、
ロス・インディオス・タバハラス以来と言ったら、話が少々大げさだろうか。

アコギに凝って楽譜を集めていた頃、そうした海外のミュージシャンを、
ゴンチチがホストになる形で、NHKのBSだったか紹介する番組があり、
当時のYouTubeで話題の、アコギをひざの上に横に置いて叩いて弾く、
エリック・モングレインとゴンチチが対談したのが、すごく印象に残った。

それにしても、ヒーリング系の曲を集めたコンピレ-ションアルバムが、
やたらと流行したのは2000年頃、ゴンチチや葉加瀬太郎を収録した、
「イマージュ」、アディエマス、アンドレ・ギャニオン、千住明の「フィール」、
他にも「ピュア」もあり、レーベルはどうなのか、だぶっている人も多い。

フュージョンが一段落して、聴きやすいジャズ、癒しのクラシックといった、
インストのアルバムが売れてきた中、ヒーリングミュージックのくくりで、
主にソロピアノやクラシック奏者、映画音楽系の曲を中心に発掘されて、
一大ブームになったが、今現在、この手の音楽は、どうなっているのか。

ヒーリングのブームで有名になったと言えるが、そうしたブームとは別に、
長年のキャリアと安定した活動のゴンチチで、間違いない代表曲である、
「放課後の音楽室」は、昔から知っていて、ソロギでも演奏してましたが、
週末アップに無理やり二重奏の楽譜を入手、各々3テイクであげました。















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