僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
バンド名と逆さまになっている曲名の「クリムゾン・キングの宮殿」
この10年くらいだろうか、自分が中学・高校の頃によく聴いたり、
憧れて夢中になったたミュージシャンの訃報に、次々接していて、
特に、この1~2年はひどいものだが、当然といえば当然のこと、
それだけ自分が年をとったわけで、愛しき70年代からも早40年。

ただ、昨年末のグレッグ・レイク、今年の1月のジョン・ウェットンと、
歴代のキング・クリムゾンのベーシスト兼ボーカリストだった2人が、
たて続けに亡くなったのは本当に驚きで、それもグレッグは69歳、
ウェットンは67歳と、まだまだ現役でも活躍できる年で惜しまれる。

自分は、あまりキング・クリムゾンには詳しくなく、再結成した頃が、
リアルタイムというくらいなので、単純にグレッグが第1期であって、
ウェットンが第2期と思っているが、グレッグは、デビューしてすぐ、
脱退しているから、ウェットンとの間にベースは3人交代している。

クリムゾンは、リーダー兼ギタリストであるロバート・フリップ以外は、
かなりメンバーチェンジが激しかったから、そのラインアップごとに、
細かく分ける人もいて、ビートルズが赤盤と青盤の前期・後期から、
前期・中期・後期となったのよりも、かなり複雑で、どれが正式だか。

そんな自分だから、ファンの人には、申し訳ないが、リアルタイムで、
新譜を聴いたり、初来日の話題に接したディシプリンのクリムゾンは、
別物であって、ウイングスやオノバンドがビートルズを名乗るようだし、
90125イエスの曲は好きでも、本当のイエスでないと思うのと同様。

そのうえ、クリムゾンで好きなアルバムが、デビュー作である「宮殿」と、
解散アルバム「レッド」で、好きな曲は「21世紀」「エピタフ」に加えて、
「スターレス」という、少しかじった程度のファンにありがちなパターン、
それだけに、グレッグとウェットンは、別格ともいってよい存在だった。

ウェットンは、いわばグレッグの後任だから、グレッグ在籍時の曲を、
ライブで歌うことも多かったように思うが、実際には、「21世紀」程度、
それも、「太陽と旋律」以降の新曲ばかりでは、なじみがないだろうと、
1曲くらいは、観客の知っている曲をやることにしたと、何かで読んだ。

逆に、先輩のグレッグが、ウェットンの代役でエイジアの来日公演に、
急遽呼ばれて、一度も演奏したことのないエイジアの曲を歌ったのは、
ドラムのカール・パーマーが、あのELPからのつきあいもあったろうが、
何より、2人の声質が似ていて、あまり違和感なく聴ける点が大きい。

バンドにとって、やはりボーカルの存在は、すごく大きいと思っていて、
ギター中心に聴く自分だから、パープルのギターがリッチーではなく、
トミー・ボーリンやスティーブ・モーズでは、別物だろうと思ってしまうし、
それ以上に、イアン・ギランでないとカバディールでもちょっと違う気が。

レッド・ツェッペリンならロバート・プラント、イエスはジョン・アンダーソン、
例を挙げるときりがないが、逆にボーカルが別のバンドを組んだとして、
そこそこ上手なバックバンドがいれば、何とかなってしまうこともあって、
ギタリストはよほど個性がないと、一般の人には大差ないかもしれない。

厳密には、グレッグとウェットンの声質も、まったく同じではないわけで、
低音でもテナーボイスのグレッグと、ダミ声でドスのきいてるウェットンと、
うまく表現できないが、明らかな違いはあって、当然に聴きわけできるし、
ベースとなると、音色もスタイルも違うのだが、ついつい一緒したくなる。

グレッグは、ELPやソロ活動で、「21世紀」「宮殿」「エピタフ」を歌ったり、
ウェットンもエイジアやソロで、「スターレス」「土曜日の本」を取り上げて、
それぞれの在籍時の曲を演奏するが、ウェットンは、クリムゾン時代に、
演奏していないグレッグの「宮殿」「風に語りて」を、後年ライブで歌った。

元ジェネシスのギタリスト、スティーブ・ハケットがセルフカバーを出して、
その日本公演が実現した際、どういう経緯か、元クリムゾンのメンバー、
イアン・マクドナルドがウェットンと共に参加し、ジェネシスの曲に加えて、
クリムゾンの曲も演奏されて、プログレファンが狂喜するライブとなった。

当然ながら、マクドナルドが参加したのは、クリムゾンのデビュー作のみ、
そこからの選曲となり、「宮殿」と「風に語りて」を、ウェットンが歌ったが、
ウェットンもかつて演奏して、マクドナルドも活躍する「21世紀」のほうを、
演奏しなかったのは、主役をくってしまうから、さすがにやめたのだろう。

YouTubeを見ると、その後もウェットンは、エイジアやソロでのライブでも、
「宮殿」を歌っていて、自身のレパートリーとしたのか、ウェットンにとって、
クリムゾンナンバーは大切な曲、何よりもクリムゾンは大きな存在であり、
再結成にアメリカ人が入ったと愚痴ったのは、呼んで欲しかったのかなと。

何度目の再結成になるのか、あろうことか、コピーバンドのボーカルを、
メンバーに加えて、昔の曲を再現しているフリップであるが、それならば、
まだグレッグやウェットンが健在だったのだから、ゲスト扱いで好いから、
ボーカルをとって欲しかったが、例によって、彼の理屈があるのでしょう。

キング・クリムゾンのデビューアルバムの、「クリムゾン・キングの宮殿」は、
有名なエピソードとして、ビートルズの「アビー・ロード」をチャート1位から、
蹴落としたというのがあるが、自分がビートルズに夢中だった中学時代に、
そんな話は聞いたことがなく、黒歴史としてビートルズ本は載せないのか。

ただ、その頃に知ったところで、同時発売でなければ、売れ行きが落ちて、
他のアルバムに抜かれるのは当然だし、ましてリアルタイムでもないから、
そんなこともあったのかと、記憶に残らなかったか、逆にショックだったら、
いったいどんなバンドだ、どんな曲だと、すぐにも聴いていたかもしれない。

今日では、このアルバムが1位になったのは、売り上げチャートではなく、
音楽雑誌の人気投票のようなもので、あったかもしれないというくらいで、
バンドを売り出すために考えたキャッチコピーだったという説もあるほどで、
実際のところは不明だが、それだけ衝撃的な作品だったのは間違いない。

激しい音と、その後のプログレのテクニック至上主義の路線を作り出した、
「21世紀」は別格として、デビュー作では、メロトロンの導入と叙情性とか、
特徴となっていて、リーダーのフリップより、ピート・シンフィールドの詩と、
マクドナルドの鍵盤から管楽器のマルチ奏者ぶりが、重要だったと思える。

「クリムゾン・キングの宮殿」の曲のタイトルから、バンド名がついたという、
そのこと1つとっても、バンドにとり、シンフィールドの存在は大きいようで、
普通に考えると、歌うことも、楽器を演奏もしないのに、作詞をすることで、
メンバーの一員というのは変な話で、これも、今までのバンドと一線を画す。

これまた、自分が詳しくないせいか、なんで曲名とバンド名とが逆なのか、
アーサー王だったら、King Arthurで、Arthur KIngとはならないわけで、
ライオンキングは、Lion Kingだから、バンド名ではクリムゾン王と名前で、
曲名では紅の王、紅の中の王様という、抽象的な意味をさすのだろうか。

イントロのメロトロンの音は、いわゆるストリングスだろうが、「エピタフ」や、
「スターレス」の悲壮感溢れる、か細い響きと違い、かなり重厚な感じで、
ソリーナやハモンドに近い音色なので、ギターシンセでストリングスの音を、
オルガン系の音とミックスし、さらに別トラックに、オルガンでも弾いておく。

中間のフルートは、基本のフルートの音、プリセットのままででもよい感じ、
フレーズにより、ボックスフルートやトロンフルートの音色を使い分けると、
もっとリアルになるのだろうが、逆にフレーズごとにぶち切れてしまうので、
切り替えずに同じ音色にし、それでも、早いフレーズは追い切れなかった。

アコギは、エピタフでも出てくる独特のアルペジオで、フリップの得意技と、
スコアに解説してあるが、グレッグもELPの曲で、これを多用しているから、
グレッグはベース以外にアコギも弾いているとか、メロディを作っていると、
諸説あるようで、ビートルズに限らず、演奏、録音の謎は、本当つきない。

期せずしてグレッグ、ウェットンと続けての訃報、2人ともに歌っていた曲、
「クリムゾン・キングの宮殿」を自分も歌いましたが、キーが低いわりには、
歌いにくいし、MTRでは、ドラムロールが、マシンガンの音に聴こえたりと、
いつも以上に課題が多くて、2人への追悼が空回りしてしまい反省です。




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2本のギターが呼応しあう伴奏で都会の孤独を歌った「ボクサー」
サイモン&ガーファンクルの曲を初めて聴いたのは、高1の頃、
76年7月に、NHK「世界のワンマンショー」の枠で放送された、
BBCの「ポール・サイモン・ショー」の中で、他の番組になるが、
久々に2人が共演した映像が、回想シーンのように挿入される。

共演の場面をすべて流したのか一部なのかは、わからないが、
アートが拍手喝采の中登場すると、まずは「ボクサー」から始め、
続けて「スカボロー・フェア」を歌ったところで、画面は切り変わり、
BBCでのポールのステージへと戻り、ソロ曲の演奏が再開した。

結果的には、「ボクサー」が、自分にとって初のS&Gの曲であり、
それ以前も、名画名場面特集とかで、「卒業」は見ているけれど、
必ず放送されるラストシーンは覚えていても、音楽まで流れたか、
主題歌の「サウンド・オブ・サイレンス」さえ、まったく記憶にない。

中2か中3で買ってもらった、LP5枚組の映画音楽大全集には、
サントラでなく、イージーリスニングのオーケストラ演奏であるが、
「卒業」は入っていて、曲目は「サウンドオブ・サイレンス」なので、
S&Gとは意識せず、メロディくらい聴いていたのは間違いない。

だが、例えば、「燃えよドラゴン」や「80日間世界一周」のように、
サントラ盤で聴き込んだり、テレビ放送をカセットテープに録音し、
主題歌も繰り返し聴いた「イージーライダー」や「シェーン」と違い、
口ずさみもしなければ、「卒業」と映画音楽は切り離されていた。

ただ、厳密にというか、こだわるというか、こじつけっぽくなるが、
「ポール・サイモン・ショー」では、再結成の場面を紹介する前に、
S&G時代の曲、「早く家に帰りたい」を、ポールが弾き語りして、
これを先に聴いているが、2人のデュオで聴いたのは「ボクサー」。

テレビでは、ポールがスリーフィンガーを中心に伴奏をしていて、
その後の何度かの再結成でも、ポールの演奏は変えていないが、
レコードは、印象的なイントロを始め、ガットギターが入っていて、
楽譜の解説によると、少なくとも4本のギターが多重録音だとか。

バンドスコアには、左チャンのガットに、右のアコギが載っていて、
これが一番正確な感じで、高1の頃買った「グレイテストヒット」の、
全曲ギター譜も、95年のムック本の「アコースティックギター3」も、
2本に分かれてはいるが、アルペジオのパターンが異なっている。

ポール・サイモンは、アコギの半音下げチューニングで、開放弦の、
Cのコード主体で、スリーフィンガーを弾くが、「グレイテスト~」や、
「アコギ3」では、16分音符の繰り返しとなり、バンドスコアの方は、
1・3拍目は、タタタタでなく、タンタタで、おそらくレコードはこっち。

ガットギターのイントロは、昔から2カポにし、クラシックギターでの、
カンパネラ奏法のように、4~6フレットのハイポジションを押さえて、
開放弦を組み合わせ、音を響かせるが、バンドスコアは、4カポで、
確かに、伴奏になってからは、高音を使うことが多くて、4カポが楽。

ただ、バンドスコアのTAB譜のとおりでは、イントロの響きが出ず、
これは、「アコギマガジン創刊号」に載る、4カポで3~7フレットを、
押さえながら、開放弦を組み合わせるのが、かなり近い響きになり、
自分は、4カポにし、これで弾き、伴奏はバンドスコアに沿って弾く。

ガットギターはポールでなく、ナッシュビルのベテランミュージシャン、
フレッド・カーターJrが弾いたそうで、スリーフィンガーで弾きながら、
オブリガードのように、スライドや和音を加えて、変幻自在の伴奏で、
「ライブ1969」でも、レコードに近い見事な演奏を聴かせてくれる。

「グレイテスト」のギター譜では、「4本のギターをミキシングで」とされ、
2本の伴奏に、「ガットのアドリブと12弦のサイドを加えると完璧」と、
注釈になっているが、フレッドが伴奏しながら、アドリブを加えたのを、
あまりにも流麗なので、別々に弾いていると判断したのかもしれない。

所々に入ってくるバスハーモニカも、カントリー音楽のベテラン奏者で、
チャールズ・マッコイという人、アクセントのつけ方もすごく見事なのが、
ギターシンセのハーモニカの音では、アコーデオンのような音になって、
話にならず、バリトンサックスの音色だと、多少ましになって妥協した。

この曲の歌詞は、ニューヨークという大都会にやってきた少年が感じる、
都会の孤独をモノローグのように歌い、真冬の寒さが身に染みてきて、
故郷へ帰ろうかと歌うのだが、最後、唐突に、ボクサーの話へと変わり、
「もうごめんだ」と言いながらも、戦い続けるという歌詞になって終わる。

ここを、映画のラストシーンのように、語り部であった少年の視線から、
最後は、彼が成長し、ボクサーになった姿を映し出すという説もあるが、
それよりは、都会で孤独と闘い続ける少年、さらにそうした人々の姿を、
ボクサーの姿に例えて、誰もやめないと語ったように自分は解釈する。

自分が最初に聴いたと、ちょっとこじつけているS&Gの「ボクサー」は、
ガットがエレガットで今一歩、エコードラムは、ジャングル風呂のようで、
バスハーモニカ、テルミンの音色も、ギターシンセで再現できないまま、
ちょっとオケ作りもまずいまま、歌は相変わらずというハスキー声です。






混乱こそ我が墓碑銘とグレッグが歌うキング・クリムゾン「エピタフ」
ブロとも、エレギ師さんへ









4人で演奏したようでも編集やダビングの謎もある「ヤー・ブルース」
このところ、サイモン&ガーファンクルやイーグルスといった、
新しくバンドスコアを手に入れた曲を、立て続けに演奏したが、
そうなると、原点回帰したくなるのか、ビートルズが恋しくなり、
それも、ジョンがメインボーカルの曲をやりたいと思い始める。

鍵盤や管楽器、ストリングスが入ると、ギターシンセをセットし、
音色作りも面倒になるから、ギター2本、ベース、ドラムという、
4ピースバンドの形態の曲で、ジョンが歌っている曲はどれか、
愛用の全曲バンドスコアのページをめくり、候補の曲を探した。

各人が好き勝手にやり、1人だけで多重録音した曲も数多くて、
ソロアルバムを寄せ集めたような、「ホワイトアルバム」にあって、
「ヤー・ブルース」は、「バースデイ」と同様、ストレートな感じで、
4人が一丸となって演奏した、ライブ感にあふれた数少ない曲。

この曲は、かなり以前から、演奏するつもりで取り組んでいたが、
自分のMTRの内蔵ドラムマシンは、途中でテンポを変えられず、
メインとなる3拍子、ブレイク部の4拍子、間奏のシャッフルとが、
2拍3連などを組み合わせても、うまくいかずに、挫折していた曲。

昨年、「ルーシー・イン・ザ・スカイ~」を録音する時にも悩んだ末、
3拍子から4拍子になり、テンポの変わる部分は、別々に録音し、
子供から、Audacityという編集ソフトのやり方を教わり、つなげて、
何とかうまくいったので、「ヤー・ブルース」も、それで再挑戦する。

このところ、演奏もブログ記事もおせおせになっていて、演奏自体、
更新予定の土曜日の夕方に、やっと仕上げて、ミキシングに入り、
7個に分けた部分の音量や定位を揃えていると、早くも夜の10時、
慌てて、つなげる編集を始めるが、肝心のやり方が思い出せない。

歳のせいか、3ヶ月近くもたつと、何をどうやって編集したか忘れて、
子供がプリントしておいてくれた、いくつかの解説ブログを読んだり、
さらに、ネット検索してみるが、パソコンが不調でフリーズし始めるし、
再度、子供に教わろうにも、向こうは向こうで、部屋でPCの作業中。

11時になっても、いっこうに先が見えないので、もう無理とあきらめ、
残り1時間では、クラシックギターの練習曲とか録音できたとしても、
その曲についてのブログ記事を書くことまでは、間に合うわけもなく、
そんな投げやりの更新をするよりは、1回休んでしまおうと決断した。

いつも訪問してくれるブログ仲間の方々が、具合が悪く伏せている、
どこか旅行にでも行った、いよいよもってブログは放り出したなどと、
何かあったのか案じられても申し訳ないので、演奏が途絶える件は、
簡単な記事とともに更新して、仕切り直しだと、気を取り直すことに。

「ヤー・ブルース」は、ブルースという形式のせいか、初期のような、
ジョンのリズムギター、ジョージのリードギターに、ポールのベース、
リンゴのドラムという基本スタイルで、4人揃った一発録音に近くて、
それも、録音スタジオでなく、テープ保管庫の狭い部屋だったらしい、

YouTubeに、この曲の解説付きがあり、「Ringo says~」として、
スタジオではなく狭い部屋で録音したとか、書いてあるのを見たし、
藤本国彦「213曲全ガイド」には、ポールの弁、「物置のような狭い、
テープの保管庫で、肩をくっつけあいながら演奏した。」と出ている。

マーク・ルウィソーン「レコーディングセッション」に、ジョージの曲で、
歌入れをコントロールルームでやっていると、冗談半分にスタッフが、
「そのうち隣の部屋でやりたいなんて、言い出しかねないね」と笑い、
ジョンが「そいつはいい、次の曲でやろう。」と、その気になったとか。

キャバーンのようなライブハウスを意識したか、ライブハウスなんて、
洒落た言葉でなく、小屋、納戸で、地味に演奏されていたブルース、
そんな雰囲気を出したかったのかもしれず、英国でブルースが流行し、
そうした風潮をからかいたくて、作った曲とジョンは語っていたらしい。

ジョンは、ローリング・ストーンズのTV「ロックンロール・サーカス」で、
この「ヤー・ブルース」を演奏し、リードギターにはエリック・クラプトン、
ベースにストーンズのキース、ドラムにジミ・ヘンドリックスのバンドの、
ミッチ・ミッチェルというスーパーバンドで、どういう経緯だったのだろう。

その際、バンドは「ダーティ・マック」と名乗り、ブルースを皮肉るから、
バンド名も、「フリートウッド・マック」を揶揄したと語ったそうだが、いや、
どう考えても、このバンド名、ポールをからかったしか思えないけれど、
ポールに出演を打診して、断られるかなんかしたんじゃないかと思う。

コンサート活動をやめて、スタジオ作業に専念していたビートルズだが、
ジョンは、このストーンズの番組や、トロントでもライブに出演していて、
ライブ活動への欲求があったのではないかと想像できて、結果的には、
ビートルズとして最後のライブとなる、ルーフトップも嬉しかったのでは。

その点からすると、ゲット・バック・セッションは、下手にカメラを入れて、
ドキュメンタリーを制作なんてことはせず、ライブアルバムを出すことと、
コンサートを再開することを目標にして、リハーサルを続けていったら、
もっと別の形で、アルバムもライブも実現したのではと、想像が膨らむ。

ただ、そんなライブ向きで、一発録音したと思える「ヤー・ブルース」も、
テイク14まで録音して、テイク6を採用、間奏後はテイク14が編集され、
中山康樹「これがビートルズだ」は、「3分16秒前後でテイク6が切断、
テイク14がいささか強引につながれ~、計ったような不自然さ」と言う。

「テープ編集そのものを演奏の一部として、活かそうとしたのでは。」や、
「ジョンのコラージュ的発想がビートルズで試された瞬間」とまで語って、
さすがに、それは深読みではと思うが、テイク14で「ガイドボーカルが、
そのまま残されている。ポイントはここだ。」とあるのは、多少同意できる。

エンディングで歌声が小さく聴こえる部分は、狭い部屋で録音したから、
ドラムマイクが拾ったかと思ったが、それならば、ギターもベースの音は、
もっと拾うし、「全曲バイブル」も、ドラムトラックに回り込んだ音でないと、
断言して、ジョン自身、テレビ演奏で、マイクから離れて歌い続けていた。

コラージュ的、テープ編集はともかく、ジョンは、かすかに聴こえる歌を、
確かに意識して残していて、決して、他のマイクが拾った音ではないし、
まして、仮歌の消し忘れではなく、そうなると、ギターの間奏についても、
左チャンネルから、小さく聴こえるリードギターも、あえて残したと思える。

間奏のリードギターは、テレビ演奏でもわかるよう、ジョンから始まって、
開放弦と3フレットを3連符で鳴らしてから、単音リードに切り替わるが、
テレビでは、ここでクラプトンに交代するが、レコードでは、ジョージへと、
交代したのか、ここもジョンで、左チャンを同時にジョージが弾いたのか。

リードギターをダビングしたというのは、ルウィソーンの著書にもないから、
左のリードがジョージとすると、右のリードは全部、ジョンということになり、
ただ、右のリードも、和音フレーズの前、歌のバックで聴こえる単音リフと、
かぶるように始まり、後半のチョーキングも、かなり不自然にかぶってくる。

自分の想像としては、もともとジョージがリードを弾いて、録音していたが、
あとで、ジョンが自分もリードを弾こうと、リダクションの際にダビングして、
ダビングだから、エフェクトのかかり具合も、前半と後半では異なっていて、
その際に、もとのジョージのリードは、消し忘れでなく、左に移したのでは。

ルウィソーンは、テイク6からテイク15と16を作り、さらにテイク14から、
テイク17を作成して、3分17秒でテイク16とテイク17をつないだと書き、
翌日、ジョンのハモをダビング、6日後に、リンゴのカウントを追加と書いて、
元のテイクがあれば、2本のリードギターは最初からなのか判るのだが。

また、日経「全曲バイブル」は、波形分析をして、イントロとエンディングは、
一致するから、テイク6とテイク14をつないだのでなく、同じテイク14から、
ボーカルをダブルトラックにしたテイク16、ドラム加工したテイク17を作り、
そのテイク16とテイク17をエンディングでつないだと、新たな見解を示す。

自分からすると、そこまで手間をかける意味はあるのか、やはり、ここは、
リードギターをダビングするための編集ではないかと、こだわりたくなるし、
イントロのリンゴのカウントも、後でダビングする意味があるのか、かつて、
「アイ・ソー・ハー~」のポールのカウントを追加したのを、再現したのか。

リードギターのダビングはどうか、今となっては、ジョンにもジョージにも、
確認できないし、ポールに尋ねれば、当時、イントロのカウントの録音を、
終えたジョンとリンゴが、「マザー・ネイチャーズ・サン」の打ち合わせ中に、
顔を出し険悪になった事件を蒸し返し、ダビングは知らないと怒られそう。

この間奏のリードは、ヤマハ「ロックギター完全レコードコピー集」に載り、
中学時代、必死で練習して、1・2弦で開放と3フレットを繰り返して弾くと、
覚えていたら、全曲バンドスコアは、3・4弦の9フレと12フレのTAB譜で、
ジョンの映像を見ても、ヤマハのが正解で、昔の楽譜の方が合っている。

左のリードギターは、今回、記事を書こうと調べてみるまでは気づかず、
ここは、全曲バンドスコアが、きちんと採譜してくれているのがありがたく、
譜面を見ながら忠実に演奏して、本当、こんなリードが鳴っていたなんて、
今もって、ビートルズの曲には、自分にとっての新発見があって楽しい。

この曲の歌詞は、「寂しくて死にたい」と、何とも、物騒な歌詞なのだが、
結局、「お前に会えないくらいなら、死んだほうがましだ。」という内容で、
インドへ修行に行って、ちょうど知り合ったばかりのヨーコと離れてしまい、
その思いだけで作ったという、はっきり言って、バカップル丸出しの歌詞。

それでも、「ディランのミスター・ジョーンズみたいだ」と、かつて自分が、
夢中になったボブ・ディランの曲、アルバム「追憶のハイウェイ61」から、
「やせっぽちのバラッド」に出てくる人物の名前を織り込み、サビ部分も、
けっこう韻を踏んでいて、単なるバカップルでないのは、さすがなところ。

ちなみに、当のヨーコは、ストーンズの番組では、布切れにくるまったり、
訳の判らないパフォーマンスをして、トロントのライブでは、奇声を発して、
こんなヨーコに会えなくたって、かまわないだろうが、何やってるんだよと、
中学時代ほどヨーコを嫌ってはいないが、ジョンの気持ちは理解できない。

各人バラバラになりつつあった「ホワイトアルバム」で、4人が揃った曲の、
「ヤー・ブルース」は、編集の謎もあって、自分だと、さらに編集しているし、
ポールのリッケンベースや、ジョンのカジノの音の再現も難しかったうえ、
何よりジョンのシャウトが厳しくて、仕切り直しの曲なのに、問題ありです。












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