僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
誰もがアメリカを探しに来たとS&Gが歌う「アメリカ」
アメリカの大統領が変わったが、その政策の是非をめぐって、
ジェーン・フォンダやマドンナらが、デモに参加しているなどと、
いろいろニュースで見るにつけ、もし今ジョンが生きていたら、
どうしたろう、何かメッセージを発するだろうかと思いをはせた。

「国境はない」と歌った「イマジン」に、「女は世界の奴隷か」と、
メッセージそのままに、タイトルをつけた曲まで作ったジョンは、
今のアメリカの現状に、行動を起こしただろうか、先日ヨーコは、
コメントを出したが、せいぜい、それを連名にした程度だろうか。

ビートルズでは、「レボリューション」を歌い、まだ解散する前に、
「平和を我らに」を歌ったジョンだが、「ニューヨーク・シティ」は、
自分のアメリカ日記のような歌詞で、祖国イギリスやアメリカを、
曲のタイトルに入れて、メッセージ性のある曲を作ってはいない。

その点、アメリカのミュージシャン、特にフォーク系には数多くて、
サイモン&ガーファンクルには、そのものの「アメリカ」があるし、
ポール・サイモンのソロ作でも、「アメリカの歌」があり、さらには、
ジャクソン・ブラウン「フォー・アメリカ」は、心に突き刺さる歌詞。

ブルース・スプリングスティーンの、「ボーン・イン・ザ・USA」も、
曲調とは間逆の重い歌詞、同じロックでもナイト・レンジャーは、
「ロック・イン・アメリカ」で、陽気なアメリカを歌い、多くの歌手が、
それぞれに、アメリカへの憧憬、期待、失望、衰退などを歌った。

そうした曲の中で、一番親しんで、自分でも弾き語りをしたのは、
S&Gの「アメリカ」で、単に、高1の時に買った弾き語り楽譜に、
この曲が出ていたこともあるし、他の曲は主に80年代の曲だが、
これは68年の曲、自分も76年に聴いているから、年季が違う。

初めてサイモン&ガーファンクルを聴いたのは、高1の76年夏に、
NHK「世界のワンマンショー」で、ポール・サイモンBBCライブを、
放送したのを見たときで、その中で、「サタデイ・ナイト・クラブ」で、
久しぶりに2人が揃って歌った場面が紹介されて、2曲を聴いた。

ポールの弾くギターだけで、「ボクサー」、「スカボロー・フェア」を、
2人で歌っていて、ソフトな歌声と美しいハーモニーも良かったし、
スリーフィンガーやアルペジオの伴奏も見事で、バンドで歌った、
ポール・サイモンのソロ曲の場面よりも、ものすごく印象に残った。

S&Gの新曲となる「マイ・リトル・タウン」は、2人では演奏せず、
BBCのステージ場面へと戻って、ポールだけでバンドをバックに、
歌っていて、「恋人と別れる50の方法」に「時の流れに」といった、
ポールの新作を中心に、このライブは進行したように覚えている。

最後は、ポールがギターで、「アメリカの歌」を弾き語っていたが、
それも、また良くて、バンドよりも、弾き語りの方が良い感じだと、
たぶん、リチャード・ティーやスティーブ・ガッドら腕利きを集めた、
すごいメンツだったろうバンド演奏よりも、ギター1本が良かった。

もともと、S&Gは聴いていなかったが、名前は有名だったから、
テレビからカセットに録音していて、毎日繰り返し聴いていたら、
母が東急プラザのコタニで、「ボクサー」、「スカボローフェア」の、
2曲とも入ったLPの、「グレイテスト・ヒット」を買ってきてくれた。

当時は、「誰々のすべて」といった日本編集のLP2枚組が多くて、
S&Gは、それ以外に「ゴールデンベスト」の2枚組もあったのに、
母が買ったのは1枚もので、解説を読むと、ライブ音源入りとあり、
曲数も少ないうえ、原曲と違うバージョンの曲なのかと、がっかり。

ライブを模したのか、スタジオ録音の曲にも、拍手がかぶっていて、
これも、気に入らなかったが、今では、ライブバージョンは貴重だし、
スタジオ盤の曲は、スタジオ盤で聴けばよく、最初に聴いたのが、
ライブの曲は、それが馴染んでいて、LPのほうに違和感を感じる。

曲が気に入ると、自分でも歌ったり、ギター演奏したくなるわけで、
デパートのレコード売り場にも、楽譜が何種類も置いてあったが、
「グレイテスト・ヒット」に準拠して、ジャケットと同じ表紙の楽譜は、
その全曲に加え、他のヒット曲、「マイ・リトル・タウン」も出ていた。

どの曲も、ギターで弾き語りするように、多少アレンジされていて、
「早く家へ帰りたい」、「キャシーの歌」は、ライブバージョンだけに、
ほとんど完コピの弾き語り譜面で、ポールのスリー・フィンガーは、
教則本のようで、ジョンの「ジュリア」より簡単で、得意になり弾く。

「アメリカ」は、カーター・ファミリー・ピッキングになるのか、低音を、
鳴らしてから、コードをかき鳴らす奏法で、ビートルズでもポールが、
「ロッキー・ラクーン」でやっていたから、これも、すぐに弾けるぞと、
歌詞も一緒に覚え、S&Gには、今でも弾き語りできる曲が数曲。

いつか、ブログでも、S&Gをやろうと思うつつ、「グレイテスト~」の、
弾き語り楽譜は、なぜだか、すべての曲は、主旋律しか出てなくて、
S&Gの特徴であるハモリが採譜されてないので、他のギター譜で、
ハーモニー付きか、バンドスコアでもないと、自分は耳コピ不可能。

いつも見るシンコーのHPで、S&Gのバンドスコアが再販となるが、
シンコーは、再販の際に、曲目を入れ替えるのが、お約束のようで、
今回は、入れ替えどころか、、単に減っていて、それでいて値上げ、
以前の版が売り切れる前にと、Amazonで見つけて、買ってしまう。

それこそ、「早く家に~」「キャシー~」は、ライブバージョンが良いが、
「アメリカ」は、ベースやサックスの入ったスタジオ盤がなじんでいて、
YouTubeで見る、ポールのギター1本で、アートと一緒に歌っている、
弾き語りバージョンも捨てがたいが、バンドスコアに忠実に演奏する。

「アメリカ」は、ポール・サイモンが、「キャシーの歌」のモデルであり、
イギリスで出したソロLPのジャケットにも出ている、かつての恋人、
キャシーとアメリカを旅したときの歌とも言われ、「恋人になろう」と、
ロードムービーのように、ヒッチハイクとバスに乗る2人を描いた曲。

バスの中で、「あの人スパイじゃない?」「気をつけろ、ネクタイには、
カメラが仕込んである」とふざけあうのだが、最初に歌詞を見たとき、
この2人は、CIAに追われるか何かして、逃亡しているのだろうかと、
とんちんかんな解釈をして、当時も今も、思い込みの勘違いが多い。

最後は、寝てしまったキャシーに向って、「迷ってしまったみたいだ。
心が空っぽでいたむ、どうしてなんだろうか」と、一人つぶやていて、
「誰もがアメリカを探しているんだ」と繰り返し歌うのだが、これこそ、
ロストジェネレーションの枯渇した気持ちなのか、すごく含蓄がある。

トランプ新大統領にこじつけて、アメリカについて歌われた曲のうち、
自分にとり、ビートルズに次いで、昔から弾き語りしていた「アメリカ」、
そのわりに、メインのギターが、リズムがずれて、何度もやり直したり、
思ったより音程が低くて、逆に苦労して、毎度ながら歌が厳しいです。




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フライが歌いグラミー賞ポップボーカルを受賞した「いつわりの瞳」
中学時代、とにかくビートルズばかり聴いていたので、洋楽や、
ロックの類は、高校になってから、ようやく聴き始めたわけで、
イーグルスも、「ホテル・カリフォルニア」が大ヒットした時からが、
リアルタイムで、それ以前の曲は、ほとんど聴くことがなかった。

「ホテル・カリフォルニア」のヒットで、FMでは特集番組も多くて、
録音しないまでも聴いたから、シングル盤がヒットした有名な曲、
「テイク・イット・イージー」や、「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」に、
「ならず者」くらい、曲とタイトルが一致するし、メロディも覚えた。

2枚組「イーグルス・ライブ」が出て、全曲をかけてくれた番組を、
録音したから、昔の曲は、ライブ盤で親しんだのかもしれないし、
次のアルバム「ロング・ラン」は、レンタルもエアチェックもせずに、
スルーしていて、興味がジャズ・フュージョンに移ったせいだろう。

結局、イーグルスのアルバムを通して聴いたのは、LPを買った、
「ホテル・カリフォルニア」だけで、90年代になってからようやく、
「グレイテストヒッツ1971~1975」を買って、CDとは言っても、
10曲しか入ってないが、それでも、半分以上は聴いていない曲。

初期と呼ぶのか、前期と呼ぶのか、4枚目までのアルバムから、
選曲されたベスト盤は、自分には、もう、それで十分満足できて、
いまだに、個々のアルバムは聴いていないが、よくよく考えると、
ビートルズ以外で、全曲・全アルバムを聴いたバンドはまだない。

ビートルズばかり聴いていた頃は、アルバムは15枚もないから、
当面は、友人に借りたり、ラジオ録音しても、いずれ全部買うから、
赤盤・青盤を買っても、だぶってしまうだけで、もったいないと思い、
テープに録音することもせずに、ベスト盤は不要だと考えていた。

ただ、そんな自分自身が、ビートルズのファンになったきっかけが、
友人に借りたベスト盤「オールディーズ」だったのだから、やはり、
べスト盤は無駄、無意味ということはなく、入門には適しているし、
カーペンターズやモンキーズは、実際、ベスト盤しか買っていない。

さらに、高校になり、いろいろなギタリスト、バンドを聴き始めると、
友人に借りても、全部集めるのは無理で、ベスト盤は役に立つが、
いわゆる名盤は、アルバム全曲を聴きたいし、ベストにない曲に、
隠れた名曲や、格好良いアドリブがあったりし、これも悩むところ。

イーグルスに話を戻すと、「グレイテストヒッツ1971-1975」は、
ともかくとして、続編の「VOL.2」は、「ホテル・カリフォルニア」と、
「ロング・ラン」の2枚しか出していないのに、そこから、わざわざ、
ベスト盤を作る必要はあるのか、解散に乗じた金儲け主義に思う。

その後、全作品からの選曲となる、「ベスト・オブ・イーグルス」に、
「ヴェリー・ベスト~」や、2枚組が出て、レンタルで聴いてみるが、
「ヒッツ1971~1975」と、「ホテル・カリフォルニア」だけあれば、
それでいいかなと、どうも、ビートルズ以外は淡白な自分がいる。

さらに、LPを繰り返し聴いた「ホテル・カリフォルニア」とは違って、
ベスト盤は、そうでもないから、気に入った曲、「いつわりの瞳」や、
「テキーラ・サンライズ」は、同じ曲に思えたり、口ずさんでいると、
サビの部分から、「テイク・イット・イージー」になって、ひどいもの。

「1971~75」で、いちばん気に入ったのは、「いつわりの瞳」で、
それこそ、同じようなコード進行で、似たように思える曲が多い中、
メジャー7thの響きが美しく、それを強調したようなリードのソロや、
オブリガードのカントリー調のギターも見事で、耳コピして弾いた。

イーグルスは、ギタリストのドン・フェルダーが参加した3作目の、
「オン・ザ・ボーダー」で、カントリーよりもロック色が強まっていき、
4枚目の「呪われた夜」は、ロック系統の曲が大半となっていくが、
「いつわりの瞳」は、アコギがメインで、ギターもカントリーっぽい。

このリードギターは、創設メンバーでブルーグラスの達人である、
バニー・レドンと思っていたら、ネットには、ドン・フェルダーとあり、
レコーディング中から、レドンは、音楽性のトラブルで不在がちで、
アルバム発売後、脱退するから、弾いていない可能性もありえる。

誰が弾いたにしても、かなりスチールギターを意識したフレーズ、
いわゆるカントリーギター奏法で、ジョージ・ハリスンが初期の頃、
得意としたチェット・アトキンス奏法のチェットも、レコード屋さんは、
カントリー&ウエスタンのコーナーにあり、自分もよく聴いていた。

カーペンターズの「ジャンバラヤ」も、いかにもカントリーギターの、
リードソロがあるし、ベンチャーズのノーキー・エドワーズの後任、
ジェリー・マギーは、サムピックを使って、チョーキングをからめた
アルペジオのフレーズは、お手本とも言えるカントリーギター奏法。

79年、エリック・クラプトンのバックで、アルバート・リーが来日して、
その腕前を披露し、ソロ作「ハイディング」も発売、早弾きがすごい、
「カントリーボーイ」は、ギター雑誌でも話題になって、自分も買うし、
その一時期、カントリーギター奏法が、ちょっとしたブームになった。

アーレン・ロスのソノシート付き教則本、「ナッシュビル・ギター」が、
日本語版で出て、そのアーレンのソロアルバムまで、発売になるし、
自分は、ブルーグラスも早弾きがすごいと知って、アコギの名手の、
トニー・ライス参加のデヴィッドグリスマンのLPを聴き、ぶっ飛んだ。

中学時代に、ギター雑誌で名前だけ知ったくらいで、イーグルスは、
カントリーのバンドとスルーしていたが、「ホテル・カリフォルニア」と、
出会わなかったとしても、自分が、カントリーギターを聴き出す頃に、
イーグルスを聴いて、同じように気に入ったか、それは、わからない。

「いつわりの瞳」は、グラミー賞を受賞していて、部門はロックでなく、
ポップボーカル部門なので、カントリー部門に分類されないとしても、
ポップスになるのかという思いだし、あの「ホテル・カリフォルニア」は、
ジャンルを超えて、最優秀レコード賞だが、ちょっと複雑な気になる。

「いつわりの瞳」は、6分を超えて、やたらと長い曲だと思っていたが、
今回、きちんと歌詞カードを見ると、ストーリー性のある歌詞が続き、
金持ちの老人と暮らしながら、若い愛人に会いに行く都会の女性が、
主人公で、さわやかな曲調、歌い方に比して、わりと重たい内容に。

それにしても、金に目がくらんだ女性、これって浜田省吾じゃないか、
何度となく、モチーフとして出てくるし、「丘の上の愛」は、まんまだし、
「もうひとつの土曜日」「遠くへ」あたりは、コード進行まで似ているし、
「路地裏の少年」「19のままさ」の歌詞が長いのも、影響があるのか。

浜田省吾は、ジャクソン・ブラウンが好きとか、バックバンドの編成は、
ブルース・スプリングスティーンを意識していると、よく言われているが、
イーグルスには言及したことは、あまりなくて、パクリにも近いような、
歌詞からメロディ、アレンジもやっているから、かえって言えないのか。

「いつわりの瞳」は、バンドスコアに、伴奏のギターは12弦と書かれ、
ダウン・アップの8分音符で、ジャカジャカとひたすら鳴らし続けるが、
それは左チャンで、右チャンは、ドン・ヘンリーのドラムのハイハットに、
合わせるように、ジャンジャカ・ジャカジャカとアクセントをつけている。

ただ、どちらも普通の6弦ギターのような音で、それと別にセンターで、
スッチャカ・スッチャカと、裏拍子を強調したギターの音も鳴っていて、
それが12弦のように聴こえるので、自分の6弦アコギの5フレットに、
カポタストをつけて、高音弦を強調するようにして、ダビングしておく。

コーラスは、ビートルズのバンドスコアと同様、やや不正確な採譜で、
3声が途中で2声になったり、あきらかに2声でハモっている部分が、
主旋律だけになっていたりで、耳コピは苦手なので、単純に3度とか、
5度のハモリを、コード進行に沿って歌い、それとなく音を厚くしておく。

イーグルスの4枚目「呪われた夜」の曲で、もう後期と呼ばれるのか、
「いつわりの瞳」は、昔から好きなので、先週に続きフライの曲となり、
しかも、ボーカル部門でグラミー賞受賞という、歌の下手な自分には、
敷居の高い曲だし、girl にearlyと、苦手な発音だらけで、無謀でした。






イーグルスの双頭を担ったグレン・フライの「ニュー・キッド・イン・タウン」
ビートルズを聴き始めたのが、74年、中学2年の夏休みで、
解散後の後追いだと、何度となく、ブログに書いてはいるが、
その中学時代、とにかくビートルズばかりを聴いていたので、
いわゆるロックを聴くようになったのは、高校へ入ってから。

エリック・クラプトンは、クリーム解散どころか、レイドバックし、
ディープ・パープルは、イアン・ギランに続き、リッチーも抜け、
レッド・ツェッペリンは、「プレゼンス」を出し、休止状態となり、
ジミ・ヘンドリックスの未発表音源も、そろそろ一段落した頃。

高校時代、プログレは、あまり聴かなかったが、イエスからは、
黄金期のビル・ブラフォード、リック・ウェイクマンが脱けていて、
ジェネシスもピーター・ガブリエルが脱退、キングクリムゾンは、
とうに解散、ピンクフロイドのみ新作「アニマルズ」を発表した。

自分が好んで聴いたロックはギタリスト中心で、ギター雑誌の、
ロック名盤リストを参考にしたが、まさに後追い中の後追いで、
すでに名盤として確立している作品だから、発売時点で聴いて、
良いと思ったものが、後に名盤と呼ばれていく経験は少ない。

その後、クロスオーバー、フュージョンブームや、AORの隆盛、
MTB全盛期はリアルタイムで、リトナー、カールトンが来日し、
ボビー・コールドウェルや、クリストファー・クロスのデビューを、
ラジオで聴いて、気に入ったという体験は、すごく貴重だった。

それだけに、ビートルズの登場は無理でも、70年代ロックが、
次々と名盤を送り出していった時代は、せめて中1の73年で、
洋楽を聴いていれば、かなりいい線でリアルタイムで経験でき、
「ああ、あれにはぶっ飛んだよ」くらい、言えたのにと少し残念。

ただ、中学生の小遣いでは、ビートルズも全部買えなかったし、
中3の段階でも、ロックを聴いていた同級生は10人もいなくて、
貸し借りしても、そう多く聴けなかったろうし、2500円のLPが、
後に名盤シリーズで1500円で買えたのは、後追いの良い点。

そうした中、76年末のイーグルス「ホテル・カリフォルニア」は、
何とかリアルタイムで聴けた名盤で、彼らはこのアルバムが、
ヒットしたことで、次回作のプレッシャーがすごく、難産の末に、
3年後「ロングラン」を出し、解散してしまうから、本当ぎりぎり。

それでも、デビュー当時からのイーグルスのファンにとっては、
前作「呪われた夜」の路線変更で、離れる人も多かったそうで、
名盤をリアルタイムで聴けたとはいえ、イーグルスそのものは、
最後の打ち上げ花火に、間に合った程度で、後追いに近い。

イーグルスは、中学時代、ビートルズ関連で買ったムック本の、
「アコースティックギター」に出ていて、名前くらい知っていたが、
フォークギター、フラットマンドリン、テレキャスを弾く写真を見て、
フォーク系というより、カントリー系のバンドなのかと捉えていた。

イーグルスに、ジョー・ウォルシュが加入し、来日に同行したと、
ギターライフの小さな記事で読んだ際、元ジェイムス・ヤングの、
ギタリストという知識はあったので、何で、ハードロックの人が、
カントリーのバンドに入るのか不思議で、来日のサポートと思う。

ジェイムス・ヤングも別に音を聴いたわけではなく、パープルに、
リッチーの後任で加入した、トミー・ボーリンが在籍していたから、
ハードロックだろうと思っただけで、ボーリンにしても、コブハムで、
ジャズロックを演奏していた人とは、かなり後まで知らなかった。

自分の場合、ギター雑誌で情報を得ることが多く、あとは友人で、
当時はネットもなく、友人も、そんなに詳しくないから、今思えば、
勘違いしていたことも多いし、イーグルスがカントリーというのも、
写真のみの先入観で、ただ、その要素、スタイルもあったようだ。

初期メンバーのバーニー・レドンは、ブルーグラス・スタイルだが、
ドン・フェルダーの加入、レドンの脱退から、ウォルシュの加入と、
カントリー色が弱まり、ウエストコースト・サウンドを残しながらも、
よりロック色を強め、行き着いたのが、「ホテル・カリフォルニア」。

「ホテル・カリフォルニア」の、第1弾シングルは、タイトル曲でなく、
「ニュー・キッド・イン・タウン」だそうだが、先に聴いた記憶はなく、
77年になってから、「ホテル・カリフォルニア」がラジオから流れ、
高校の昼休みの放送でも、一時期、毎日のように、かかっていた。

最初に聴いたときから、曲も良いが、何よりも、後半になってから、
延々とギターソロ、それも、ギターバトルのような掛け合いになり、
さらには、アルペジオのハモリになっていくのが、すごく気に入って、
解説や歌詞カードもついた国内盤をと、東急プラザのコタニで買う。

アルバムの1曲目が、「ホテル・カリフォルニア」だから、繰り返し、
この曲ばかり聴いていたが、やがて、2曲目以降に針を進めると、
「ニュー・キッド・イン・タウン」も、すごい名曲で、ギターソロも美しく、
さらに「駆け足の人生」は、最初のギターリフもリードも、格好良い。

「時は流れて」は、見事なバラードで、「暗黙の日々」は、ヘビーで、
「お前を夢みて」はワルツ調に決め、「素晴らしい愛をもう一度」は、
ランディの高音が響きわたり、「ラストリゾート」は、しっとり聴かせ、
ビートルズではないが、まったく捨て曲のない、珠玉の名曲揃い。

ヤングギターの77年5月号は、イーグルス特集号で楽譜が満載、
「ホテル・カリフォルニア」はバンドスコアで、アルバムの他の曲も、
全部、メロディー譜が掲載、旧譜からの数曲もあり、当時のYGは、
毎月、ヒット曲が十数曲に、アルバム特集もあって、充実していた。

ずっと取っておいたYG、ロッキンF、ギターマガジンは、十数年前、
もう、河合楽器の発表会で演奏することもないし、ギターにしても、
歳相応に、クラシックギターとソロギでもやっていれば良いだろうと、
各々数冊程度残し、新聞回収に出したが、ものすごく後悔している。

かろうじて、取っておいたイーグルス特集のYGは、時々出しては、
懐かしく、各曲のイントロだけ弾いてみたり、今も愛用しているが、
昨年11月に、「永らく日本版が出版不可となっておりましたが、~
輸入版として遂に発売」と、シンコーからバンドスコアが発売される。

シンコーは、洋書に日本語のカバーをつけて、発売することが多く、
アマゾンの洋書価格の倍近くするから、アマゾン取り扱いを待つが、
いっこうにヒットしないまま、12月には、シンコーからも売り切れで、
オークションで高額になる前にと、楽器屋さんの通販で定価で購入。

それにしても、イーグルスの楽譜は、雑誌に載るくらいだったのに、
脱退させられたドン・フェルダーとの、権利関係がこじれた影響か、
それでも、シンコーの「アメリカン・ロック・ベスト」は、ジャーニーや、
ドゥービーと一緒に、何曲も載せているから、何が出版不可なのか。

それで、せっかくバンドスコアを買ったら、活用しないともったいない、
「New Year」と「New Kid」をかけ、「ニュー・キッド・イン・タウン」だと、
親父ギャグのような発想で、昔から、弾き語りしていた、この曲にし、
今も歌詞はきちんと覚えているのは、10代に覚えたおかげだろう。

親父ギャグついでに言うと、このアルバムは、邦題も多いのだから、
イーグルスのヒット曲「ならず者」にちなんで、「ニュー・キッド」を、
「新参者」とでもすれば良いだろうに、あと、「素晴らしい愛を~」は、
加藤和彦「あの素晴しい愛をもう一度」と似すぎで、許されるのか。

グレン・フライとドン・ヘンリーは、レノン=マッカートニーのように、
ほとんどの曲を共作しているが、グレン・フライがボーカルの曲は、
このアルバムでは、「ニュー・キッド」のみ、ランディ、ウォルシュも、
1曲ずつだから、かなり、ドン・ヘンリー色が出たアルバムなのか。

この曲の間奏リードギターは、ずっとグレン・フライと思っていたが、
YouTubeのライブ映像を見ると、ドン・フェルダーがストラトを弾き、
確かにフライがリードと、ライナーノーツか何かで読んだはずだと、
LPを引っぱり出すと、「素晴しい愛」のリードがフライだとクレジット。

どうも混同していたようで、自分の記憶では、「言い出せなくて」も、
フライのリードだった気がするが、これまた、勘違いなのだろうか、
歳をとって、記憶がとっちらかっているのと、もともと10代の頃に、
間違えて覚えていたのと、相乗作用で、このところ、多すぎる気も。

「ニュー・キッド」は、YGのメロディ譜を元に、昔から弾いていたが、
間奏は載ってなくて、耳コピの得意な友人から、1・2弦の開放と、
3弦をスライドさせて弾くんだと教わって、得意になり弾いてたのに、
今回、スコアを買うと、4弦も弾いていて、こんなところも勘違いが。

バンドスコアは、エレキのバッキング・オブリは1本になっているが、
レコードでは、左右から聴こえ、アルペジオのところは、ユニゾンで、
他の部分は交互になっていて、フェルダーとウォルシュのツインか、
ライブで、ウォルシュはエレピを弾くが、録音は、ギターもやったか。

アコギは、グレン・フライがライブでも弾くが、レコードでは2本入り、
ディレイで左右に振ったのではなく、微妙にカッティングも違うので、
自分もアコギのストロークを2回録音、完コピにはできなかったが、
1拍半の伸ばす弾き方だから、放っておいても、微妙にずれていく。

イーグルスの名盤「ホテル・カリフォルニア」から、グレン・フライの、
一曲入魂とも呼べる名唱・名演の、「ニュー・キッド・イン・タウン」は、
ドン・ヘンリーの高音のハモリもきつく、何よりフライがソフトな声で、
歌唱力たっぷりに歌い上げるのは、今の自分には無謀すぎました。






今年の1曲目は原点回帰でビートルズのデビュー曲「ラブ・ミー・ドゥ」
謹賀新年
今年も、このブログをよろしくお願いいたします。


ブログは土曜日更新を心がけているので、新年の挨拶も、
今年の初演奏アップも、1月7日となり、松の内のぎりぎり、
まあ、関西では15日までというから、勘弁していただいて、
今年も、懲りずに、演奏や歌を続けていこうと思っています。



今年最初の曲は、年末からのラブつながり、ビートルズの、
デビュー曲である「ラブ・ミー・ドゥ」にして、ブログの演奏も、
自分のギターの原点のビートルズの、さらにその原点へと、
立ち返って、気持ちも新たにということで、こじつけてみる。

「ラブ・ミー・ドゥ」は、とにもかくにもビートルズのデビュー曲、
アマ時代のバックバンドは別にして、正式なレコードデビュー、
最初のシングル盤のA面の曲なのだが、後のヒット曲に比べ、
すごく地味な印象で、自分もあまり聴いたり演奏していない。

デビュー当時、新人でなくても、プロの作曲家の曲を歌うのが、
当たり前だったところ、ビートルズは自分たちのオリジナルで、
デビューしたい、勝負したいと、若気の至りともとれる発言で、
プロデューサーのジョージ・マーティンに直訴し、聴いてもらう。

自作曲を聴いたマーティンは、「可もなく不可もなく」と判断し、
数曲のうち、まとも、ましだと感じた「ラブ・ミー・ドゥ」について、
ハーモニカを入れて、ブルース色をつけるようにアドバイスし、
誰かメンバーで吹けないかと尋ねて、ジョンが吹くことにした。

その際イントロや間奏だけでなく、もともとジョンが歌っていた、
ブレイク後の「ラブミードゥ~」の部分も、ハーモニカをかぶせ、
当然、歌と同時には吹けないから、急遽、ポールが歌うことに、
さすがのポールも、いきなりのメインボーカルにびびったとか。

この曲の録音は、9月4日だったが、リンゴのドラムに難ありと、
マーティンが考え、翌週9月11日に、スタジオミュージシャンの、
アンディ・ホワイトがドラムを叩き、リンゴはタンバリンを担当し、
そうなると、ポールが緊張し声が震えたのはリンゴ版だろうか。

藤本邦彦「213曲全ガイド」には、「えっ、オレが歌うの?という、
ポールの動揺は、ソロで歌う場面の震えにはっきり聴き取れる。」
「ビートルズを聴こう」では、デビューLPの方に、「ポール本人も、
緊張のあまり、声が震えてしまったことを認めています。」と書く。

川瀬泰雄「真実のビートルズ・サウンド」に、「ポールの歌声が、
震えているのは、~のリンゴのドラム・バージョンで確認できる。
アンディ・ホワイトのバージョンは、2度目の録音なので、むろん、
歌声は震えていないし、ベースの演奏も確実に上手く~」とする。

ところが、「アンソロジー1」には、ピート・ベストが在籍していた、
6月6日の録音があり、すでにハーモニカも入った編曲なので、
マーティンに言われ、ポールが歌うことになり、声が震えたのは、
この時点のこと、リンゴが叩くのは、もう3ヶ月も過ぎた後になる。

アンソロジー版は、ポールの声が震えるというより、メロディーが、
正式版のどちらとも微妙に違ったり、小さい声になる部分もあり、
確かに、急に歌うことになったのかと思えるが、リンゴのにしても、
アンディのにしても、こもった声で歌う初期のポールの癖だと思う。

それにしても、自作曲で勝負するには、このあまりにも平凡な曲、
いったい、どうだったのか、悪い曲ではないが、次のシングル盤、
「プリーズ・プリーズ・ミー」や、「フロム・ミー・トゥー・ユー」に比べ、
あまりにも地味すぎて、才能が爆発する前夜だったということか。

里中哲彦は、中公文庫の「ビートルズを聴こう」で、「凡作、凡庸と、
評する人がいるけど、そうかなあ。」と弁護するが、藤本国彦だと、
「213曲全ガイド」の中で、「一言でいって、ヘンな曲、である。」や、
「初めて聴いた時、なんて地味な曲なんだろうと思ったものだ。」と。

「これがビートルズだ!」の中山康樹は、もっと辛らつに批評して、
「記念すべきデビュー曲である。だが、それがどうした。凡曲、凡演
である。聴くべきところは何もない。」とバッサリ、「誰がドラムスを、
叩こうが、名曲に生まれ変わるわけではない。凡曲は凡曲。」とも。

さらには、「この時点で、『プリーズ・プリーズ・ミー』や『アイ・ソー・
ハー・スタンディング・ゼア』の傑作はできていた。」とまで書くが、
もともと「プリーズ~」は、スローテンポだったから、この段階から、
マーティンが早くするよう指示し、ヒット曲の誕生となったかどうか。

「アイ・ソー・ハー~」や、デビュー盤B面の「PSアイ・ラブ・ユー」は、
ほとんどポール1人で歌っていて、メインボーカルが2人いるという、
ビートルズの売りにしたい点に弱いし、「アスク・ミー・ホワイ」では、
ジョンらしさの名曲だが、ラジオから流れて、口ずさめる曲かどうか。

言い方は悪いが、当時のオリジナルのレパートリーから、消去法で、
どちらがメインボーカルかは区別できない、2人でハモって歌う曲で、
彼らのルーツであるリズム&ブルースを感じさせ、歌詞もメロディも、
すぐに覚えやすい曲として、「ラブ・ミー・ドゥ」が選ばれたように思う。

この曲の録音は、ジョージがアコギで、G・C・Dのいわゆる3コードを、
同じパターンで弾き続けていて、ポールのベースもルート音と5度を、
ボーンボーンと弾くだけ、ドラムは、リンゴにしても、アンディにしても、
スネア主体で、フィルインもほとんどなく、半日あれば、余裕と考える。

ところが、ハーモニカで苦戦することになり、自分が持っているのは、
C調のブルースハーモニカで、普通にドレミファが出るつもりでいたら、
オクターブ下の低音は、ファとラがなく、間奏の、「ラー・ラ・ソ・ファ#ー、
ソー・ファ・ミ・レー」を吹こうにも、いきなり最初のラの音から出せない。

強く吹いたり吸って音程を下げる、「ベンド」というテクニックを使えば、
シとソの音を下げて、ラとファが出せると、入門書には書いてあるが、
ブルースのフラット感が出るよう、微妙に音程を下げるのはできても、
最初から1音低い音で出すのは、初心者の自分は、とういてい無理。

小学生用の普通のハーモニカは、♯のない音を出せるが、自分のは、
数年前に捨ててしまったし、子どもたちは、ハーモニカでなくピアニカ、
鍵盤ハーモニカ世代だから、一番単純なドレミのハーモニカさえなく、
中学の頃に買ってもらった、クロマチックハーモニカまで捨てていた。

中学時代のバイブル「ビートルズ事典」に、ジョンの吹くハーモニカは、
ドイツ・ホーナーのマリンバンドに、レバー式クロマチックハーモニカと、
出ていたが、高級輸入品などとても手が出ないし、ブルースハープは、
何本も必要となるので、東急本店にあったトンボのクロマチックにした。

ハーモニカホルダー、カポタスト、スライドバー、調子笛、音叉と一緒に、
菓子箱に入れ、数年前まで取ってあったが、まさかまたビートルズを、
演奏することになるとは思わなかったし、40年前のハーモニカなんて、
吸い込んだ途端、雑菌が肺に入り病気になるとばかり捨ててしまった。

クロマチックハーモニカを買おうとしたら、国産トンボの一番安い品で、
1万円以上、評判の良いスズキ製だと2万円前後、なんで捨てたのか、
後悔したが、そんな高いハーモニカを、母がすんなりと買ってくれるか、
自分にしても何曲かで吹く程度で、そんな高い物をねだるはずもない。

気になりネットで調べたら、自分の持っていたのは、もう製造中止の、
フォークヤングという機種で、音域も狭いし、1穴4音ではなく1穴1音、
機能的に劣る入門用で、まだ在庫のある楽器屋さんで、6千円くらい、
自分が買ってもらった時は、せいぜい2・3千円だったろうと安心した。

ブルースハープで出ない音は、ギターシンセで、ごまかそうと思うが、
それが不自然だと、「アイム・ア・ルーザー」をやる時、Cのハープを、
買ったのであり、この際、「リトル・チャイルド」に必要なA調ハープと、
DかGのハープを買い、持ち換えれば、「ラブ・ミー・ドゥ」は何とかなる。

でもハープを2個買うなら、思いきってクロマチックハーモニカを買うか、
初心者の自分には、トンボの1音1穴の方が楽だが、トンボの配列は、
複音ハーモニカの配列となり、真ん中のドレミ以外は、オクターブ下が、
レ・ド・ファ・ミ・ラ・ソ・シ、上がド・シ・ミ・レ・ソ・ファ・ド・ラ・シで混乱しそう。

1穴4音のクロマチックは、トンボで1万2千円、スズキで1万4千円で、
なぜか、ホーナー・クロメッタは1万円、クロメッタは音域で種類があり、
8穴・10穴・12穴のうち、12穴でないと低いレが出ないから、うっかり、
少しでも安い物と、8穴にでもしていたら、買った意味がなくなるところ。

ジョンが使ったハーモニカは、今ではマリンバンドは、同じホーナーの、
普通のブルースハープとされ、クロマチックは今も型番不明なのだが、
ネットはクロメッタが有力、ただ、ジョンがハーモニカを吹く写真のうち、
手から、はみ出る大きいサイズのは、クロメッタの丸いフォルムでない。

写真にある角張った形は、一般的なハーモニカと同じで、ホーナーは、
クロモニカ、ディスカバリー、スーパー64Xとあり、2万から4万円もし、
いくらジョンに憧れてても、ハーモニカにそこまで出すのは無理なので、
クロメッタ12にするが、いろいろ悩んだから、注文したのは3日深夜。

Amazonのプライム会員でないし、お試しのお急ぎ便にもしないから、
自宅にハーモニカが届いたのは、1月5日の夕方、とりあえず練習し、
6日には録音して、なんとか、更新に間に合わすという綱渡りのうえに、
ビブラートをかけるのも適当で、隣の音を吹いては、やり直してばかり。

ハーモニカ部分は、リンゴ版とアンディ版は、微妙に違っているので、
リンゴに敬意を評し、リンゴ版を参照して、当然、タンバリンはなしで、
「全曲バイブル」には、手拍子のことは出ていないが、間奏の部分で、
リンゴ版は手拍子が聴こえるので加え、ブレイクのシンバルはなしに。

泣いても笑っても、これがビートルズの正真正銘のデビュー曲であり、
ドラマーが二転三転して、3種類ものバージョンがある「ラブ・ミー・ドゥ」、
今年最初となる演奏は、そのリンゴ版ですが、ハーモニカにも苦労し、
それ以上に、ジョンの超低音、さらに、ポールの高い音はきついです。








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