僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
ソロLPから1年近くたって、やっと出た新曲シングル「アナザー・デイ」
ビートルズばかり聴いた中学時代でも、ビートルズのLPを、
全部揃えたわけではなく、半分近くは、友人に借りてみたり、
ラジオからテープに録音していたくらいで、ソロ作品となると、
数枚を買った程度で、ラジオの録音もシングルヒット曲程度。

ジョン派を公言する自分のくせに、ジョンのレコードにしても、
「ロックン・ロール」と、ベスト盤「シェイブド・フィッシュ」のみで、
ポールだと、テレビのオーストラリア公演に、すごく感動して、
「バンド・オン・ザ・ラン」と、「ヴィーナス・アンド・マース」を買う。

ポールの場合、オーストラリア公演に加えて、NHKで放送の、
「ジェイムス・ポール・マッカートニー・ショー」も見ていたから、
買ったLP以外の曲もかなり知っているが、その中にはない、
「アナザー・デイ」が、今も歌詞を覚えているくらい好きだった。

シンコーから出ていた「ビートルズ詩集」は、全54曲の内容で、
そのうち17曲が、4人のソロ作品だったから、ジョンの「ラブ」、
「母」「神」「イマジン」に、ポールの「アナザーデイ」も載っていて、
ちょうどラジオから録音したか何かで、よく親しんだのだと思う。

ビートルズ詩集は、角川文庫からも片岡義男の訳で出ていて、
こちらは、オリジナル曲を網羅しているが、いかんせん訳のみ、
洋書のパーパーバックの全詩集を買って、見比べたりもしたが、
見開きの対訳になっているシンコー版のほうが、当然見やすい。

ただ、シンコーは、意訳どころか、ビートルズの歌詞を題材に、
自己の作品になっているものも多く、「エリナー・リグビー」では、
都会の孤独な人々として、和文タイピストやセールスマンだの、
工事現場の「トシさん」らが、亡くなった話を勝手に作っている。

「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」は、新聞を読んだと、語っていくうち、
「東京タワーは火星人のお墓だ」、「新宿と渋谷は大きな沼だ」
「花火とキャベツに乗り、サンドイッチが女に化け~」と錯乱し、
「きいてくれ、ぼくのことばにならないことばを」と、結んでいる。

「アナザー・デイ」は、前半こそ、歌詞を正確に訳しているが、
3番の「5時の鐘とともに、彼女は手紙をポストへ入れる。」が、
「ラジオの番組にリクエストを送る。」、「DJたちのおしゃべりの、
無責任なこと。」と、さらに「いっそ、自殺しようか」となっていく。

1日の仕事の終わりに、会社の手紙をポストへ投函するとか、
2番の、増えていく書類を前にし、コーヒーを飲んではみるが、
眠くて仕方ない、なんて歌詞は、長年サラリーマンをしていると、
すごく共感する部分があり、ポールはうまいことを言うと感心。

中学生で聴いた頃は、1人暮らしのOLの孤独を、綴ったのが、
すごくせつなくて、「夢の人」がやってきても、翌朝消えるのは、
夢の中のことか、不倫相手か何かで、ずっといてくれないのか、
どちらにしても、何だか、いたたまれない気持ちで読んでいた。

タイトル「アナザー・デイ」は、「別の日」だから、主人公のOLに、
明日こそ、何かあるかもしれない、そんな希望を意味するかと、
思っていたが、何も変わらない、日にちだけが別になっただけ、
ただ曜日が変わっただけ、同じ日常が続くという意味だそうだ。

同じ毎日の繰り返しだと、村上春樹「1973年のピンボール」の
「同じ一日の同じ繰り返しだった。」が浮かんで、英訳を見たら、
「It was another rerun of same old day.」となっていて、
さすがに「another day」ではなかったが、少し近いものがある。

ビートルズ時代の、ジョンとポールの歌詞は、全部ではないが、
ジョンが幻想的な世界観や、自己の内面をさらけ出すのに対し、
ポールは物語性を持たせて、ジョンが私小説のような一人称で、
ポールは第三者の立場で、ストーリー・テラーという部分がある。

両A面シングル盤「ストロベリーフィールズ」と「ペニーレイン」は、
故郷の思い出を歌にしようと、約束事の競作なのかは不明だが、
ジョンは、孤児院の名称から、架空の場所の心象風景へとなり、
ポールは市井の人々の何気ない日常風景を、書割のように歌う。

ただ、曲により、互いの作風の違いが出たり、単独作になっても、
歌詞やサウンド作りは、アイデアを出し合ったり、アドバイスして、
「エリナー・リグビー」の歌詞は、ほとんど自分が書いたと言った、
ジョンの言葉は話半分としても、かなり手伝ったのは事実だろう。

「シーズ・リービング・ホーム」は、両親の寝ている間に家出して、
恋人のもとへと向かう女性の情景を、ポールが歌うと、ジョンは、
「これまで育ててあげたのに」と、残った両親の恨み言を歌って、
この対比が見事で、これこそレノン=マッカートニーなのだと思う。

ジョンが「アナザー・デイ」に関わっていたなら、どう変わったかと、
想像するのも楽しいし、ジョンが、「ハウ・ドー・ユー・スリープ」で、
「その後は、アナザー・デイしかない」と非難したのも、自分なら、
もっと歌詞をよくできたのになという、気持ちもあったのかと思う。

この曲は、弾き語りでも成立しそうなところ、エレキも左右に入り、
ポールとリンダのメロディのハモリ、バックコーラスと、ダビングし、
パーカッションも入れたり、けっこう凝った上、途中で歓声も入り
これは、何を意図していたのか、ちょっと、いじりすぎな気もした。

70年4月、ポールがプレス発表したビートルズ脱退宣言と共に、
初のソロアルバムを出しながら、そこからのシングルカットもなく、
ソロとしてのシングル盤は、71年2月の「アナザー・デイ」という、
約1年近く、シングルを出そうとしなかったのは、なぜなのだろう。

この曲のバンドスコアは、左右のリードギター、リンダのハモと、
かなり細かく採譜してくれているのに、なぜか出だしのコードが、
GからBかB7へ行くのが、Bm7と書かれ、曲目を入れ替えては、
版を重ねているスコアなのに、訂正しないままなのかが不思議。

ポールのソロ第1弾シングル「アナザー・デイ」は、ラジオで聴き、
歌詞も覚えるほど、気に入っていたが、いざ録音し歌うとなると、
ろれつが回らず、ゆっくり歌詞を確認しながら、何度も歌いなおし、
さらには、リンダもポールも高音でハモッって、きびしかったです。





スポンサーサイト


ギターとサックスをゲストに呼んで仕上げた「あの娘におせっかい」
ビートルズを聴き始めたのは、74年の夏という、後追いだし、
ジョンは、「ジョンの魂」から「イマジン」、「マインド・ゲームス」、
ポールも、「マッカートニー」、「レッド・ローズ・スピードウェイ」、
「バンド・オン・ザ・ラン」と、名作・名盤の大半は出揃っていた。

74年10月、ほとんど同じ時期に出たシングル盤、ジョンの、
「真夜中を突っ走れ」、ポールの「ジュニアーズ・ファーム」が、
自分にとって、リアルタイムで聴いた新曲となるが、ラジオで、
「真夜中~」はよく聴いたのに、「ジュニアーズ~」はどうだか。

今となっては、記憶もあいまいだが、かなりあと、76年になり、
バッドボーイズのライブで、「ジュニアーズ・ファーム」を聴いて、
こんな良い曲があったのか、LPに未収録で気づかなかったと、
シングルを買ったくらいで、それまでは、印象になかったはず。

ポールの曲は、75年5月のLP「ヴィーナス・アンド・マース」と、
そこからのシングルカットとなった、「あの娘におせっかい」と、
「ワインカラーの少女」を、ラジオで聴いたり、来日中止となり、
代りに放送されたオーストラリア公演が、何より印象的となる。

自分にとっては、あのテレビで見たウイングスに感動したので、
そのメンバーこそが全盛期であり、そのライブで演奏した曲の、
多くを占めた「バンド・オン・ザ・ラン」も名盤、「ビーナス~」と、
続く「スピード・オブ・サウンド」を、ウイングス3部作と呼びたい。

「バンド・オン・ザ・ラン」のレコーディングでは、メンバー2人が、
相次いで脱退し、ポールとリンダ、デニー・レインの3人となり、
何とかアルバムを完成させたのが、73年12月で、翌年の夏、
ジミー・マックロウ、ジェフ・ブリトンが加入し、5人編成に戻った。

バンドとしてのサウンド作りをしたかったのか、YouTubeには、
新曲へのリハーサルを繰り返す映像があって、見た感じでは、
アルバムの録音というより、バンドの一体感を出していくように、
皆のノリを合わせながら、アレンジを固めていく作業に思える。

「ヴィーナス・アンド・マース」へは、それでも紆余曲折があって、
ドラムのジェフ・ブリトンが脱退したり、レコーディングの場所も、
ナッシュビルだったり、ニューオリンズから、ロサンゼルスまで、
まるで、「バンド・オン・ザ・ラン」のゴタゴタが繰り返すかのよう。

ドラマーに、ジョーイングリッシュを迎え、黄金期のメンバーが、
揃うことになるが、アルバムからの第1弾シングルとなった曲の、
録音にも、苦労したようで、デイブ・メイスンにギターを頼んだり、
一度完成したテイクに、トム・スコットのサックスをダビングした。

今ならば、デイブ・メイスンは、トラフィックのメンバーだったとか、
トム・スコットは、LAエクスプレスを結成し、ラリー・カールトンや、
ロベン・フォードを従えたり、スクエアが使い有名になるリリコン、
シンセ・サックスをいち早く使ったサックス奏者と、自分もわかる。

当時は、誰か知らなかったというか、そもそも、LPの裏ジャケの、
ゲストミュージシャンのクレジットなど、まったく気にしなかったし、
たまたま、自分が高校以降聴くようになった音楽、70年代ロック、
クロスオーバーで、それぞれが重要人物なので、気づいた程度。

今でも、例えば、ビートルズ「悲しみをぶっ飛ばせ」のフルートは、
ジョニー・スコットだとか、「ペニーレイン」のピッコロトランペットは、
デヴィッド・メイスン(ギターのデイブ・メイスンとは違う人)だとか、
ビートルズ本で読んでも、クラシック奏者だと、あまりピンとこない。

「あの娘におせっかい」で、デイブ・メイスンが弾いたというのは、
イントロから流れるリフなのか、エレキによるカッティングなのか、
アコギなのか、諸説あるようで、ただ、どれだとしても、デニーや、
ジミーが弾けないこともない気がし、何が不満だったのだろうか。

アレンジが決まらずに、イントロのリフをデイブが考えたのかと、
最初は思ったが、リハテイクでも、このフレーズはエレピも弾き、
ポールも歌っているし、右チャンのエレキのカッティングにしても、
これまた、リハのテイクから、レコードと同じように演奏している。

アコギとなると、ポールでも演奏できるが、デイブ・メイスンには、
ジミ・ヘンドリックス「見張り塔からずっと」で、アコギを担当したと、
天才ギタリストの録音にも参加した経緯があり、ちょっとした事が、
自分のような素人にはわからない部分で、微妙な差があるのか。

ただ、このメインのリフも、左右から別の音色のギターがするうえ、
曲の途中で、さらに音色が変わったり、エレキ・シタールのような、
ちょっと違うエレキの音が入ったり、エレピやサックスも加わって、
かなり厚い音なので、どれかを、デイブが弾いてはいるのだろう。

サビの繰り返しから入るコーラスは、ウイングスならではというか、
リンダによる、女性にしては低音で、ハスキーの歌声がはっきりと、
聴き取れて、ジョンの曲における、ヨーコの異様な叫びとは違って、
リンダの歌声は、ウイングスのサウンドに欠かせないハーモニー。

ビートルズのコピーバンドで、最高峰と呼べるザ・ファブ・フォーが、
ウイングス・バンドの名義で演奏する時は、リンダの役の人がいて、
見た目も声もそっくり、やはり、ウイングスの曲にリンダは欠かせず、
ポールのライブで、ウイングスが少ないのは、そのせいもありそう。

エンディングでは、次の曲へとつなげるためにか、テンポを落とし、
ストリングスが、まったく別のメロディーを奏でて、メドレーのようで、
「ヴィーナス・アンド・マース」は、タイトル曲も途中リプライズが入り、
「ペパーズ」のようなトータルアルバムを意識した作りになっている。

自分のMTRの内蔵ドラムは、曲の速度を途中で変えられないから、
丸々半分のテンポで、エンディングを録音したら、あまりにゆっくりで、
間の抜けた感じなので、別々に録音して、写真を貼る時つなげるが、
DTMや編集ソフトを覚えて、もっときちんとするのが、将来の目標。

「あの娘におせっかい」の邦題は、次作「ワインカラーの少女」同様、
まったく原題と違う、単語1つさえ合っていない、ものすごいつけ方、
「Listen What The Man Said」は、「あいつの話を聞いとけよ」で、
それが、おせっかいだと言いたいのか、歌詞からの意訳でさえない。

ウイングスの黄金期のメンバーが揃いながら、外部ミュージシャンを、
起用して、完成にこぎつけた「あの娘におせっかい」は、それだけに、
バンドスコア以上の音があり、苦労したうえ、ポールの高音に加えて、
リンダのハモで、やはり、ボーカルが、いつもながら、苦労の種です。






レノンとエルトン、2人のジョンがハモッた「真夜中を突っ走れ」
ビートルズを聴き始めたのは、中2の74年だが、その数年前に、
彼らは解散していたうえ、公式ベストの赤盤・青盤も発売済みで、
完全に後追いだったし、メンバーそれぞれの、ソロ活動も盛んで、
ソロアルバムも数枚出していたから、こちらも、ほとんど後追い。

リアルタイムの新譜だったのは、ジョンだと「心の壁、愛の橋」で、
ポールは、「ビーナス・アンド・マース」だが、ビートルズのLPを、
やっと借りたり、買ったりして、少しずつ聴き始めたばかりだから、
ソロまで手を出す余裕もなく、ラジオからの録音さえしなかった。

それでも、「心の壁、愛の橋」からの、第1弾シングルカットとなる、
「真夜中を突っ走れ」は、ラジオでよく聴いたように記憶しているし、
ジョンがサングラスを何個もかけている写真が、印象的だったが、
これは、LPの表ジャケットでないから、どこで見て覚えていたか。

ビートルズの海賊盤特集で買った、音楽専科の74年12月号の、
アルバムレビューは、幼いジョンが書いた絵のジャケットが載り、
広告ページは、サングラスをいくつもかけた白黒の写真だけだが、
その他の笑っている顔や、舌を出す顔もカラーで見た覚えがある。

友人に借りて、福笑いのように、めくって見たという記憶はないし、
シングル盤のジャケットも、全然別の写真だし、あちこちで見かけ、
白黒であったものの、カラーに変換して覚えたりしたのか、どうも、
この歳になると、いろいろなことが、どこまで実際なのか、曖昧に。

「真夜中を突っ走れ」は、エルトン・ジョンと共演していて、その際、
エルトンが、この曲が1位になったら、ライブに出てほしいと頼み、
どうせ無理だろうと、ジョンは軽く受け流してOKしたら、1位に輝き、
ジョンは、マディソン・スクエア・ガーデンのライブに、飛び入りする。

ライブは、「真夜中を突っ走れ」に続き、エルトン・ジョンがカバーし、
ジョンもゲスト参加した、ビートルズ「ルーシー・イン・ザ・スカイ~」、
さらに3曲目は、「僕を捨てた婚約者のポールが作った曲。」と言い、
「アイ・ソウ・ハー・スタンディング・ゼアー」を歌う、ものすごい展開。

ビートルズ・ナンバーには、いくらでも、ジョンによる単独曲はあるし、
ライブ向きのオノ・バンド時代の曲、得意とするカバー曲もあるのに、
あえて、ポールが作った曲、メインボーカルもポールの曲にしたのは、
ポールへのラブコールだったのだろうかと、ついつい想像してしまう。

「真夜中を突っ走れ」で、久々に、自分のダビングやヨーコとでなく、
エルトンとハモったことで、改めてハモリの良さを再認識、さらには、
自分がハモるのは、やっぱりポールしかいないと痛感したのではと、
これまた勝手に考えるのは、自分の思い込みが激しすぎるだろうか。

実際、この曲は、ポールとのハモリを前提に作ったのではないかと、
思えてくるほど、見事なハモリで、単なる3度の平行移動ではなくて、
まるで、初期のビートルズのように、片方が同じ音程を続けていたり、
2度のぶつかるハモから、5度のハモなど、変幻自在にラインが動く。

ただ、YouTubeには、リハーサルテイクが、いくつもあり、弾き語りは、
メロディもコード進行も模索中だが、バンド形式で演奏されてくると、
かなりジョンが自由にメロディを変えつつも、だんだん固まってきて、
それを聴く限りは、ハモリは考えてないようで、メロディも微妙に違う。

エルトン・ジョンが参加することが決まってから、ハモのラインを考え、
ほぼ完成形だったメロディを変えたり、さらに、もともと録音していた、
オルガンとピアノ伴奏に、エルトンの弾く、ゴリゴリした生ピアノを加え、
さらには、サックスをダビングしたのか、かなり編曲が変化している。

元々の演奏は、テイク1からテイク18あたりで、イントロのギターは、
片方が16ビートのカッティング、もう片方は、リフっぽいコードを弾き、
その高音の動く音を、オルガンがなぞっていて、そこだけを聴いたら、
もろにユーミン「デスティニー」だが、リハテイクからパクリはしないか。

リハテイクは、ギターはエレキ2本に、アコギらしきカッティングも鳴り、
オルガンも、コードとリフが別々、エルトンのピアノ以外のピアノもあり、
手拍子だの、コンガだの、すごく賑やか、イントロに笑い声が入るのも、
パーティっぽい演出で、ワイワイ演奏する曲という雰囲気なのだろう。

冒頭から勢いよく、まさに突っ走るサックスは、途中やエンディングも、
生きのいいソロを吹いて、このあたりが、後のスプリングスティーンの、
Eストリートバンドへと、受け継がれたと思うのは、ビートルズファンの、
身びいきで、昔からあるスタイルだろうが、ついつい関連づけたくなる。

YouTubeには、ほぼ完成形の伴奏に、ジョンの歌だけのまであって、
これは、マルチトラックからエルトンの声を消したか、ハモリを入れず、
伴奏も完成テイクがあったのか、どちらにしても、ジョンの声が目立ち、
エルトンには悪いが、このままでも良かったかと、勝手に思っている。

ただ、ピアノに関すると、エルトンのガンガン入れてくるオブリガード、
コードは、すごく迫力があり、ラグタイムのホンキー・トンク・ピアノや、
ジャズブルースのストライドピアノを思わせ、本当に見事な演奏だが、
バンドスコアは省略され、自分も、耳コピや解析もできずに挫折した。

ジョンがエルトンジョンと共演して、見事なハモリを久々に聴かせた、
「真夜中に突っ走れ」は、16ビート、8ビートに、1拍半のフレーズが、
混在した伴奏で、パーティの賑やかさより、バラけがちな演奏になり、
上下が混ざって覚えていたメロディを、直すのにも苦労し、反省です。





せっかくつけたラッキーナンバー9が邦題では消された「夢の夢」
ジョン・レノンは、誕生日が10月9日なので、数字の9を、
ラッキーナンバーと捉えていたそうで、ビートルズ時代に、
「ワン・アフター・909」、「レボリューション9」を書いたし、
ソロになっても、「#9ドリーム(邦題・夢の夢)」を書いた。

邦題というと、ビートルズの曲では、初期から中期にかけ、
直訳にはせず、歌詞の意味などを勝手に解釈したような、
邦題のついた曲が多くて、LP「ラバー・ソウル」の大半は、
トホホな邦題で、その反動か、後期になると邦題は少ない。

「夢の夢」が出た74年前後は、また邦題をつけるのが多く、
アルバムタイトルも、「心の壁、愛の橋」、第1弾シングルは、
「真夜中を突っ走れ」、ポールでも、「あの娘におせっかい」、
「ワインカラーの少女」で、この2曲は、まったく原題と違う。

「夢の夢」という邦題は、ジョンのラッキーナンバーのことを、
レコード会社の担当者が知らずに、つけてしまったそうだが、
75年に出たベスト盤では、この曲の解説で触れているから、
あとで、わかったのか、単に邦題をつけた人の、うっかりか。

自分も、中学時代、ジョンのラッキーナンバーのことなんて、
特に意識しなかったし、ベスト盤の解説も、記憶にはなくて、
平成以降のビートルズ本で、「レボリューション9」の解説に、
数字の意味について書いてあり、そうだったのかという程度。

「レボリューション」に、テイク1~9まであるとは思わないが、
「レボリューション」、「レボリューション1」に比べて、まったく、
別物なので、対極にあるという意味で、1から遠い9にしたか、
一番大きい数字の9で、究極を表したのだろうと思っていた。

ビートルズ時代の、ラッキーナンバーをつけた、もう1つの曲、
「ワンアフター909」にしても、自分は、「あずさ2号」のような、
実際の列車番号と思っていたが、そもそも、英国の列車には、
どんな番号が付いているかも知らないし、我ながらいい加減。

ただ、ジョンは、そんなに9が好きならば、「銀河鉄道999」に、
興奮して、「これこそ、自分の物語だ、哲郎は自分のことだし、
メーテルはヨーコじゃないか。」とでも言い出し、ゴダイゴとは、
無関係に、主題歌でも、新たに作れば良かっただろうにと思う。

中学時代、バイブルだった、香月利一の「ビートルズ事典」に、
9のことは書いてあったろうかと、押入れから引っ張り出すと、
「ワンアフター909」、「レボリューション9」の、曲目解説では、
触れていないし、エピソード集みたいなページにも、特にない。

「ビートルズ事典」には、4人のソロアルバムも、載っているが、
初版は74年12月なので、発売直後の「心の壁、愛の橋」は、
出てなくて、当然、「夢の夢」のことも、まったく書いていなくて、
編者たちが、ラッキーナンバーを知っていたかどうかは不明。

ジョン自身がラッキーナンバーについて、何か言っていたのか、
「ビートルズ革命」をめくると、3種の「レボリューション」に関し、
述べた箇所があって、「9は私の誕生日の数字でもありますし、
私にとってのラッキーナンバーでもあったりするわけ~」と語る。

この「ビートルズ革命」、今は原題「レノン・リメンバーズ」として、
改定版も出ているが、中学時代は、読んでいても、つまらなくて、
ほとんど飛ばし読みで、今でも、ブログの記事の参考にする際、
パラパラ見るだけだが、ちゃんと読まないと駄目だったと反省。

そのラッキナンバーをつけた、「#9ドリーム・夢の夢」の歌詞は、
ジョンが見た夢の内容らしく、歌詞そのものに9は出てこないが、
イントロやAメロが9小節という、ジョン、やるなあという凝り方で、
全体のサウンドも、夢見心地のような、浮遊感のある作りになる。

見た夢に基づくというと、この曲より、十数年後の作品となるが、
黒澤明の「夢」は、自分の見た夢を、8編のオムニバスで構成し、
冒頭の「こんな夢を見た。」の引用元とされるのが、夏目漱石の、
「夢十夜」で、その8と10の間が、ジョンの9という偶然にも驚く。

「心の壁、愛の橋」から、第1弾シングル「真夜中を突っ走れ」は、
全米1位になったが、続くシングル「夢の夢」は、あまり伸びずに、
最高で9位だったそうで、ジョンは、「1位を取るよりも嬉しい。」と、
語ったと言うが、これこそ、どのインタビューなのか見てみたい。

サビで繰り返す呪文のような、「アー・バワ・カワ・ポセ・ポセ」は、
これも、ジョンが夢で聴いた言葉らしく、もともと「ポセ」の部分は、
「プシー」だったが、放送禁止用語に、引っかかる恐れもあると、
レコード会社からクレームがついて、フランス語風にしたそうだ。

「プシー」というと、幼い頃に見た、「チキチキマシン猛レース」で、
5号車が、プシーキャットのミルクちゃんだったが、子供向番組で、
普通に使っていた言葉が、実は隠語だったとは、誰も思わないし、
ジョンとハリー・ニルソンの共演LPも、まんま「プシー・キャッツ」。

「アー・バワ・カワ」は、何の意味もなく、それこそ、夢で聴こえた、
妖精の言葉らしいが、昔からお馴染みの「アーブラ・カタブラ」を、
ちょっともじったんじゃないかと、自分は思っていて、このあたり、
周りが詮索するよう、あえて仕組んだジョンのしたり顔が浮かぶ。

そのサビの前には、「ジョン」と囁く声が入っていて、ヘッドホンで、
真夜中に聴いていると、背筋がぞっとするほどで、この声の主は、
録音当時、ジョンと暮らしていた、メイ・パンというのが通説だが、
ヨーコは自分の声だと主張しているそうで、何でまたという気持ち。

このアルバムが作られたのは、ジョンとヨーコが別居中だった頃、
誰が名づけたか、「失われた週末」と呼ばれる、73年10月から、
75年1月の間なのだから、ヨーコがレコーディングに加わるのは
不可能だと思うが、いったい何を根拠に、言い出したのだろうか。

もし、ジョンとメイ・パンの関係を恨んで、嘘をついているようなら、
こんな女だから、やはり、ビートルズ解散の原因を作ったんだとか、
ジョンを洗脳したり、ジョン亡き後、愛と平和の使者へ祭り上げた、
性悪女だけのことはあるよと、こちらも悪口言いたい放題になる。

まあ、自分のヨーコに対する屈折した思いは、置いておくとしても、
マイクの前に立ち、吹き込んだかどうか、レコードから聞こえる声は、
自分の声かどうか、それが、ヨーコだとしても、メイパンだとしても、
当人同士が一番わかっているだろうに、勘違いするなどないはず。

イントロのスライドギターは、バングラディシュ・コンサートで活躍の、
ジェシ・エド・デイビスだそうで、自分は、最初ジョンだと思っていて、
「ゲット・バック」でリードギターを弾いたり、「フォー・ユー・ブルー」で、
スチールギターのスライドを弾いたジョンだから、楽勝と思うのだが。

このスライドは、ワウワウを通した音なので、自分が演奏するとき、
最初は、MTR内蔵のオートワウにしたら、どうもニュアンスが違い、
ちゃんとワウワウをつなぐが、自分のVOXワウは、ハイがきつく、
波形カーブも極端なので、踏み込み過ぎないよう、気をつけて弾く。

中学時代、ビートルズが使ったという理由で買った、VOXワウは、
そんなに音に癖もなく、気に入っていたが、電池の液漏れがひどく、
捨ててしまい、数年前に、Amazonで、一番安いタイプを買ったら、
ハイゲインのエッジが鋭く、歪みも強いので、ちょっと使いづらい。

ジョンの見た夢の世界に、ラッキーナンバーを重ねた「夢の夢」は、
ギターシンセを6回重ねて、バックの音を厚くして、多少似せても、
囁くようなジョンの声は、苦手なシャウト以上に真似ができなくて、
いつもながら、演奏と歌のギャップの大きさには、反省しています。






アイドル歌手向けに作るも断られ、自分たちで歌った「ミズリー」
ビートルズは、デビュー当時は、オリジナル曲が少ないことと、
レコーディングに時間をかけられないこともあり、1・2枚目は、
普段からライブで演奏しているカバー曲が、半分近くを占めて、
その分、完成された演奏、ライブバンドの底力を見せつけた。

そんなオリジナル曲が乏しいなか、自分たちのレパートリーを、
増やすことに手一杯だった頃から、他の歌手へ提供する曲を、
作り始めていて、有名歌手に歌ってもらうことで、創作活動に、
弾みをつけたかったそうで、ポールも同様の発言を残している。

一説には、マネージャーのブライアン・・エプスタインの勧めも、
あったらしく、デビューを模索し、デモテープを持ち歩いた頃に、
レコード盤にしたほうが良いと言われ、HMVで作ってもらうと、
その担当から、音楽出版社を紹介されたいきさつを思い出す。

ビートルズの音楽が良いと思ったエンジニアは、上の階にある、
音楽出版社を紹介し、まだレコード会社も決まっていないので、
楽曲の契約だけしてもと、話すエプスタインに、出版社の人が、
それなら、EMI傘下のパーロフォンに知人がいると、話が進む。

その知人が、ジョージ・マーティンで、デモレコードに興味を示し、
ビートルズ本人と対面し、デビュー、成功へと一気に突き進む、
嘘のような話だが、きっかけとなった音楽出版社で、楽曲でも、
著作権契約や、楽譜出版でお金が入るという話も、出ただろう。

ジョンやポールにしても、レコードを出し、どれだけ成功するか、
バンドとしても何年続けられるか、まだ先が見えなかったので、
楽曲提供という職業作家の道も考えていて、ジェリー・ゴフィン、
キャロル・キング夫婦の、ゴフィン=キングを意識した気もする。

他人へ向けての楽曲提供で、おそらく、一番早かっただろう曲は、
63年2~3月に、一緒にツアーを回っていた、16歳の人気歌手、
ヘレン・シャピロに歌ってもらおうと作った「ミズリー」で、ポールは、
「B面でいいから録音してくれれば、作曲活動のプラスになる。」

ところが、アイドル・かわいこちゃん歌手には、歌詞が暗すぎると、
却下されたそうで、もし歌ってくれたら、ビートルズが伴奏をする、
歴史的なレコードやライブが残ったのではと、惜しむ声もあるが、
逆に、本人の公式録音がなかったかもしれず、結果オーライに。

ビートルズは、そのツアーの6組のうち最下位で、前座に過ぎず、
一緒に回ったケニー・リンチが、ヘレンに代って、この曲を録音し、
結果的にビートルズの曲を歌った第一号だが、共演はしてないし、
ビートルズも構わず録音するわけで、へレンの歌でも、そうなるか。

ビートルズ本人の歌を聴くと、歌詞と無関係に、明るい雰囲気で、
全体に溌剌としていて、ジョンとポールのユニゾンも元気いっぱい、
レコーディングできるのが、嬉しくてしょうがない、という感じもあり、
フェイドアウト直前の、ジョンのおふざけ声も、はしゃいでいるよう。

「レコーディング・セッション」に、サビのマーティンのピアノに関し、
ダビングを前提に、テープスピードを倍速で録音しておき、あとで、
半分の速度で再生しながら、ピアノを追加録音したと書いてあり、
あの「イン・マイ・ライフ」の手法を、もうやっていたと知り、驚いた。

YouTubeで聴けるテイク2~テイク6では、このピアノフレーズを、
ジョージ(ハリソンの方)が弾いていて、かなり危なっかしい演奏、
何度やっても駄目なので、そのフレーズをピアノでなぞることにし、
その段階で、テープ速度を変更することにしたのか、疑問が残る。

テイク1から倍速ならば、後でピアノが弾くフレーズを、わざわざ、
ジョージが、つっかえながら弾くのは変だし、完成テイクを聴くと、
ピアノ部分で、ジョージはリフを弾いているから、ダビングすると、
決めた後、ギターのオブリガードをやめ、そこから倍速にしたか。

こういうのは、現存するテープの速度がわかれば、一発だろうが、
全テープを聴いたマーク・ルウィソーンは、「レコーディング~」で、
途中で変更したとは触れていないから、元もとなのか、ちなみに、
先のケニー・リンチ版では、ギターで、このフレーズを弾いていた。

それにしても、マーティンはプロデューサーとはいえ、編曲家でも、
演奏者でもないのに、デビュー時から、ここは楽器を加えた方が、
曲が良くなると判断して、さらに自ら演奏するとは、ビートルズに、
力を入れていて、それを受け入れた4人とも、信頼関係があった。

イントロは、ギターのコードをジャラーンと鳴らしていて、ここでも、
ピアノがコードをダビング、そして、無伴奏に近い形で歌うのだが、
バンドで、お互いの顔を見ながらやるならともかく、宅録となると、
先にドラムパターンを入れるから、入るきっかけが、つかみにくい。

しかも、イントロだけは、シャッフルに近いノリで歌い、ジョージも、
低音フレーズを、3連で合わせてくるので、ドラムが始まるまでの、
長さにうまく収まるよう、歌い出しや伸ばすのを、何度もやり直し、
うまくいくと、その歌に合うようギターを録音、さらにハモリを録音。

YouTubeの達人は、途中でブレイクしたり、リタルダンドする曲も、
見事にタイミングが合っていて、どうやっているのか、リズムとか、
細かくテンポ設定し、そのクリック音を聴き、演奏するのだろうか、
それはそれで、すごく難しそうで、何か楽にできる方法はないか。

自分の場合、、無伴奏イントロにしても、途中のブレイクにしても、
秒数から逆算する形で、小節数を決め、その小節に収まるように、
タイミングを覚えるまで、何度も録音し直し、本当、バンドだったら、
こんな苦労もないのにと思うが、これも宅録のやりがいでもある。

「♪ミーズリー」と3度でハモる以外、ジョンとポールはユニゾンで、
初期の曲では特に、2人の声が、ユニゾンだろうと、ハモリだろうと、
もともと声質の違うのに、どちらがどちらだか、わからないくらいに、
溶け合って、時に、ハモリの上下を入れ替えて、歌だけですごい。

自分は、1人2役なので、ユニゾンで歌うと、単にダブルトラックで、
声は溶け合って当たり前、別々の声が重なる面白みではなくなり、
何とか、ハスキーで艶のある声と、こもり気味で青いが太い声とに、
分かれるように、声色を変えてみるが、同じ声にしか聴こえない。

ものまね四天王、栗田貫一、清水アキラ、コロッケにしたところで、
すごく似ているが、地声が目立っていて、その辺が、そっくりさんと、
物真似の違いで、もともと似ている声と、そうでない声の差は歴然、
素人の自分が、ジョンとポール、2人の声は無理だと、開き直った。

ビートルズが、アイドル歌手ヘレン・シャピロに書いた「ミズリー」は、
結局本人がデビューアルバムで録音、あまりキーも高くないので、
自分にとっても、声がひっくり返らず歌える曲なので、調子づいて、
なりきりジョンに加え、ポールも目指すが、二兎を追うの反省です。







Copyright © 僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ. all rights reserved.