僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
ガットギターがメロディを奏でる、スクェア「カピオラニの通り雨」
83年に出た、ザ・スクェアの通算7枚目となるアルバムの、
「うち水にRainbow」は、ユーミンがアドバイザーとして、
楽曲の提供と、安藤らが作曲した全曲のタイトルをつけて、
アルバム全体に統一感をもたらし、黄金期の到来となる。

ガットギターが美しくメロディを奏でる、スローなバラードは、
「カピオラニの通り雨」と名付けられて、もともとユーミンは、
さりげなく地名を、タイトルや歌詞に入れることが多いから、
「スラバヤ通りの妹へ」と同様、どこかの地名だろうと思った。

今回、ブログ記事を書こうと、この曲のことを調べていたら、
「カピオラニ」は、ハワイにある公園の名前だと、わかったし、
実際に、その公園で、安藤と田中の二人で演奏した映像が、
ビデオ「リゾート」に収録され、YouTubeで、しっかり見れる。

本来ベーシストである田中は、12弦ギターで伴奏していて、
スタジオ版も、バッキングのギターは12弦かもしれないが、
ずっと自分は、コーラス・エフェクトを通したエレキと思って、
楽譜にも、「アコギ」と指定されているのに、気づかなかった。

ただ、映像では、安藤も、スチール弦のアコギを弾いていて、
レコードでは、明らかにガットギターだから、二重奏向けに、
スチール弦と12弦とを使用したのだろうと、勝手に納得して、
自分の演奏は、ガットでのメロディ、アコギでの伴奏にした。

キーボードのパートは、ストリングスのシンセとエレピが主で、
自分はギターシンセで代用するが、、単にポロポロポロンと、
鍵盤上を転がすフレーズが、ギターでは、ペダル機能がなく、
次の音を弾くと、前の音が消えるから、感じが違ってしまう。

楽譜に、冒頭から、「ストリングス・オートアルペジオ」とあり、
シーケンサーのように、ずっとアルペジオを鳴らしておくよう、
指定していると思えるが、演奏を聴くと、そうは聴こえなくて、
コーラスの変わり目に、それらしき早いフレーズが出てくる。

これを指すのかと思うが、自分は音感がないので、この音が、
スケールで早く弾いているのか、アルペジオかも聴き取れず、
そのうえ、何オクターブの間を、行ったり来たりしているのか、
わからない有様で、基本、楽譜に載っていないと、お手上げ。

オートアルペジオは、シンセによって、アルペジエイターと呼び、
自分のギターシンセの取説にも出ていたが、ギターの場合は、
6本の弦しかないから、アルペジオパターンや順番を変えても、
6個の和音の中で動くだけで、音程もせいぜい、2オクターブ。

こういうところが、鍵盤楽器への劣等感へと、つながるのだが、
そもそも、ギターシンセで、ストリングスやリリコンならともかく、
ピアノのフレーズを代用しようとすることが、無理があるので、
あまり深刻にならず、できる範囲で、再現することに妥協する。

それで、アルペジエイターを試すが、早いフレーズならともかく、
普通にアルペジオを6音で弾くのなら、クラシックやフォークの、
初級者向けの練習曲と変わらないから、演奏したほうが楽で、
そのうえ、この曲では、単にピックで上下するほうが似ていた。

肝心のガットギターは、ひたすら、淡々とテーマを奏でるだけ、
途中、メロディーラインをフェイクした、ベースのソロを挟んで、
エンディングのリリコンも、ゆったりとしたフレーズに終始して、
ほとんど、アドリブなしの、イージーリスニングにも近い演奏。

フュージョンでガットギターといえば、アール・クルーが有名で、
バンドやオケをバックにしていても、ベース音や和音を交えて、
ソロギターとしても成立する編曲で、アドリブのパートもあるが、
この曲の安藤のガットは、ほとんど単音によるメロディー弾き。

ただ、クロード・チアリや、「鏡の中のアンナ」のヒット曲がある、
ニコラ・デ・アンジェリスらの、イージーリスニング路線とは違い、
しっかりと、フュージョンサウンドで、海外のフュージョンバンド、
メゾフォルテやフルーツケーキに、かなり影響を与えたと思う。

スクェア「うち水にRainbow」は、黄金期メンバーが揃ったうえ、
ユーミンとのコラボで、安藤のメロディメーカーとしての才能が、
大きく飛躍したアルバムで、なかでも、「カピオラニの通り雨」は、
メロディだけで聴かせる曲なので、丁寧にギターを弾きました。




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デビューシングルB面にして、すでに名曲の「P.S.アイ・ラヴ・ユー」
ビートルズの記念すべきデビュー曲とは、言わずと知れた、
「ラヴ・ミー・ドゥ」だが、その後の彼らの活躍から考えたら、
かなり平凡な曲で、もっと別の曲にはできなかったのかと、
疑問に思うのは、自分がリアルタイム世代ではないからか。

ただ、リアルタイム世代でも、日本の最初のシングル盤は、
「抱きしめたい」だったし、しかも「シー・ラヴズ・ユー」も出し、
さらに後で、「オール・マイ・ラヴィング」のB面という扱いで、
日本のレコード会社も、インパクトに欠けると判断したような。

本国イギリスでのデビューシングルの、B面に録音したのは、
「P.S.アイ・ラヴ・ユー」で、こちらの方が、より良い曲だろうし、
すでに、「アスク・ミー・ホワイ」もレパートリーにしていたのに、
A面にする程の曲ではないと、ビートルズは思っていたのか。

そのデビュー当時、作詞・作曲して、演奏、歌までするのは、
珍しかったらしく、プロデューサーのジョージ・マーティンも、
プロの作曲家に委嘱した曲で、デビューさせようとはしたが、
ビートルズがオリジナル曲に、こだわったという逸話がある。

また、当時は、リーダーやリードボーカルを、前に出す形で、
「○○&○○ズ」の名前で、デビューするグループが主体で、
ポールをメインにする案もあったが、彼らは完全なユニットで、
下手にいじらない方が良いと、マーティンが判断したそうだ。

もし、ポールを主体にしていたら、「P.S.アイ・ラヴ・ユー」が、
デビュー曲だったかもしれず、一説には、同名異曲があって、
B面になったとも言われているが、A面にするつもりだったら、
タイトルを変えてでも、この曲で、デビューさせていただろう。

オリジナル曲でデビューさせる以上は、バンドとしての4人を、
打ち出していこうと判断し、ジョンがハーモニカを演奏したり、
メインボーカルも2人で歌う、「ラヴ・ミー・ドゥ」が候補となって、
バラードでなく、ブルース色を出したいメンバーとも一致した。

こんな風に想像してしまうのも、自分が後付け世代だからで、
時に、時系列を無視し、自分なりの神話を作ってしまうのだが、
ビートルズには、今もって、逸話にしても、演奏や録音にしても、
多くの謎が残っていて、あれこれと調べるのは、すごく楽しい。

「P.S.アイ・ラブ・ユー」は、本国でも、17位だったシングルの、
B面ということで、普通なら、なじみの薄い曲となるところだが、
日本のデビューアルバム、「ビートルズ!」に収録されていて、
自分も、中2の74年に買った、最初のLPだから、印象が深い。

タイトルにある「P.S.」も、小学校の頃、夢中で読んだマンガ、
スヌーピーが登場する、ピーナッツ・シリーズで、主人公である、
チャーリー・ブラウンが、ペンフレンドに手紙を書く場面があって、
最後の「追伸」でオチとなるから、その言い回しも親しんでいた。

この曲は、ビートルズによくある、イントロなしの歌から始まって、
その出だしは、サビと同じ歌詞ながら、コード進行もメロも異なり、
3人のユニゾンから始まり、メロディは、最初の単語だけハモり、
サビは3声コーラス、エンディングでは、メロ全部をハモりと変化。

2回目のサビは、「as I write ~」 と3人でメロをハモりながら、
合いの手を入れるように、まずは、 ジョンから「Oh!」と叫んで、
ポールが 「you know I want to」と、オブリガード的に歌い、
最後に、ジョージが、「 yeah!」と流すという、掛け合いも見事。

ビートルズは、カバー曲でも感じるように、作曲ができなくても、
コーラスグループとしても、十分通用するような、歌の上手さと、
ハーモニーのアレンジ能力があったし、そのうえ演奏もできて、
2人の天才作曲家がいたという、本当奇跡のグループだった。

最初のコード進行が、昔の「全集」によれば、Fm7・B♭7・E♭、
これは半音高いのだが、バンドスコアだと、 G・C#dim・Dで、
どちらも、ギターで弾いていて、どことなく違和感があるので、
ネットの弾き語りの人に多い、G・C#7・Dにして演奏している。

ビートルズのデビューシングルB面という、地味な位置ながら、
日本盤のデビューLPに収録されて、すでにデビュー当時から、
ポールのメロディメイカーの才能が開花し、コーラスも見事だと、
実力が判る、「P.S.アイ・ラヴ・ユー」は、やはり歌が難しいです。








スクェアの新境地、ユーミンが書き下ろした「黄昏で見えない」
スクェアは、78年のデビュー以降、リーダーでギターの安藤、
サックスの伊東という、2人のフロントマンは不動のままにし、
キーボードやリズム隊は、メンバーチェンジを繰り返しながら、
その音楽性も少しずつ変化していき、やがて黄金期を迎える。

初期は、サックスが入ったバンドということもあり、渡辺貞夫や、
そのバックも務めた、リー・リトナー&ジェントル・ソウツなどに、
近いサウンドで、ジャズ寄りのフュージョンという路線だったが、
ゲストボーカルを迎えた、歌ものの時期から、ロック色も出る。

和泉、田中、長谷部という、黄金期のメンバーが揃った第2弾、
83年に出た「うち水にRainbow」は、松任谷由実が全面協力し、
インスト用の新曲を書下ろしたり、各曲のタイトルを考えたりと、
コーディネーターの役で、アルバム全体に統一感を持たせた。

83年のユーミンの「リ・インカネーション」には、ブックレットに、
鈴木茂、松原正樹、今剛ら、スタジオミュージシャンと並んで、
安藤も写っていて、この参加が縁となったのかと思っていたら、
すでに79年に、スクェア全員で、ユーミンのバックをしていた。

自分にとっての三大フュージョン・バンド、プリズム、カシオペア、
スクェアのうち、プリズムは、変拍子を多用した、プログレ系で、
カシオペアはリズムを重視、ディスコサウンドにも近いと思うし、
スクェアだと、ニューミュージック系、ポップスという印象が強い。

ユーミンとの関わりから、おそらく、そのサウンドも影響されたと、
単純に結びつけるつもりなどないが、口ずさみやすいメロディで、
Aメロ、Bメロ、サビ、間奏という、王道のような曲の構成からして、
ニューミュージック路線で、それゆえ、お茶の間に受けたと思う。

ユーミンが書き下ろした、「黄昏で見えない」も、イントロに続き、
メロディとサビが繰り返され、サックスソロ、エレピのソロが入り、
メロディに戻ると、最後にはギターソロでフェイドアウトするという、
各楽器の聴かせどころも満載、これ以上ないと言うほどの構成。

ユーミンの曲といえば、松任谷正隆のアレンジが、お約束だが、
他者への楽曲提供だと、必ずしも、そうとは限らず、この曲でも、
キーボードの和泉が編曲、さらにホーンアレンジもする活躍ぶり、
スクェアの音楽性を決定づけたのは、和泉の加入も大きかった。

「黄昏で見えない」の題名は、同じく、ユーミンが麗美に提供した、
「霧雨で見えない」を思い出し、84年の麗美のデビューに際して、
「ノーサイド」と共に提供された曲で、ハイ・ファイ・セットがカバー、
ユーミン自身、87年「ダイアモンドダストが消えぬ間に」に収録。

ちなみに、ユーミンは、他にも麗美が歌った、「青春のリグレット」、
「ノーサイド」、「残暑」を、アルバムで1曲ずつ、カバーしていたが、
「黄昏で見えない」は、歌詞をつけて、小林麻美が歌ったくらいで、
セルフカバーせず、バンバンの名曲と同様、手を離れた扱いか。

今回、演奏すると、やはりベースが難しくて、ドラムがハイハットで、
16ビートを刻むが、基本は8ビートパターン、1拍ごとのバスドラ、
2拍・4拍のスネアドラムなので、ベースが裏拍で引っ掛けながら、
16ビートのノリを引っ張る必要があり、リズム音痴には辛いところ。

16分音符の最後が、チョッパー奏法の、人差し指のプルとなって、
ンペッと決まらないと、リズムが走ったり、もたったりしてしまうので、
何度もやり直してばかりで、ほとんど毎日2時間くらいは弾いたら、
ただでさえ、先日の曲の際、血豆になった部分が、むけてしまった。

しばらくは、ビートルズとスクェアの曲を、交互にするつもりでいて、
ビートルズのベースは、ピックで弾くことも多く、指先を休めるから、
その間に、多少は血豆も回復、次に、またチョッパーの日々となり、
そうこうするうちに、コツもつかんで、豆もなくなるかと思っている。

ベースに時間をかけたり、オケも、ホーンセクションだけで3トラと、
ダビングする手間がかかったので、ギターは、ほとんど手抜きで、
最後のギターソロは、楽譜どおりに、とりあえずは弾きましたという、
緩急をつける余裕はないまま、付け足しの30秒を、好きにアドリブ。

ザ・スクェアがメジャーの階段を駆け上がる、きっかけのアルバム、
「うち水にRainbow」から、アドバイザーを兼ねた、松任谷由実の曲、
「黄昏で見えない」は、ちょっと哀愁がかったメロディがキャッチーで、
各楽器のソロも見事な曲ですが、再現するとなると、難しすぎです。





カバー曲も自分のものにする、ジョンの歌が冴える「アンナ」
デビュー前後のビートルズは、カバー曲を数多く演奏して、
それは、まだ、オリジナル曲が少ないこともあっただろうが、
あまり知られていないレコードを、あれこれと探し出しては、
自分たちのレパートリーにする、楽しみもあったのだと思う。

デビュー前、ライブバンドとして、リバプールのキャバーン、
ハンブルクのスタークラブで演奏した際、ヒットしている曲、
スタンダードやミュージカルの曲に加えて、モータウンの曲、
ガールズバンドの曲も、見事に自分たち流に消化しカバー。

レコードデビュー後も、BBCのラジオ番組での生演奏では、
レコードには未収録のカバー曲を披露し、その数は数十曲、
かつては、海賊盤で数曲が聴けたが、94年に発売された、
「BBCライブ」と、2014年の続編で、ほぼ全貌が明らかに。

この録音から、ビートルズのライブバンドの実力がわかって、
ジョンの、「僕らの全盛期は、ハンブルク時代だった。」なる、
半ば皮肉をこめた発言も、あながち、嘘でもないと思えるし、
過酷な労働条件の中、演奏、編曲が鍛えられた時期だろう。

そんなライブバンドの魅力を、少しでも再現しようとしたから、
新人で予算をかけられないせいもあったが、デビューLPは、
10曲をたったの一日、10時間で録音して、オーバーダブは、
最小限にとどめ、一発録りという、ライブ感覚の作品にした。

すでにシングル盤で発売した、オリジナル曲が4曲あるから、
さらに新曲のオリジナルを4曲に、カバーを6曲演奏していて、
全14曲のうち、カバー曲は6曲で、これは2枚目のLPとなる、
「ウィズ・ザ・ビートルズ」や、4枚目「フォー・セール」でも同様。

半分ずつにしないのは、オリジナル曲を重視しているんだと、
少しは主張したかったのか、3枚目「ハード・デイズ・ナイト」は、
全曲オリジナルだが、映画撮影、ツアーで多忙だった時期の、
「フォー・セール」では、またカバーを披露し、同じ曲数にする。

ただ、こうしたカバー曲の割合まで、ビートルズやマーティンが、
意図的にしていたとしても、米盤、日本盤は、おかまいなしで、
独自に編集していたうえ、日本のデビュー作「ビートルズ!」は、
シングルヒット曲が中心で、カバー曲は、14曲のうち3曲のみ。

その曲は、「ベイビー・イッツ・ユー」、「ツイスト・アンド・シャウト」、
「プリーズ・ミスター・ポストマン」と、名曲名演を揃えているから、
逆に、日本盤「ビートルズNo.2」の7曲、「No.5」の6曲には、
カバーばっかりで、余った地味な曲を入れたという印象になる。

中学時代、ジョージ役と二人で、ビートルズ全曲コピーに挑戦、
ビートルズには捨て曲がないと、一通りの曲をさらっていたが、
やはりカバー曲となると、「ビートルズ!」の3曲ばかり演奏して、
「No.5」となると、収録のオリジナルも含め、疎遠になりがち。

CDの時代になり、英国編集盤のとおり、アルバム、曲が統一、
デビュー作「プリーズ・プリーズ・ミー」を、イギリスで出た曲順で、
ようやく自分も聴いたが、カバーも含めて、隠れた名曲だらけで、
ファンを自称しながら、いかに偏って聴いていたかを、反省した。

3曲目に出てくる「アンナ」は、ジョンのボーカルの魅力が満載で、
後期になって、加工してばかりいるジョンの声と違う、生の歌声、
しかも、このLPでは、まだダブルトラックの手法、歌声を重ねて、
音に厚みをつけることもしていないから、そのままの声が聴ける。

中山康樹は「これがビートルズだ」で、初期ビートルズの魅力は、
大半がジョンの歌声だと断言して、彼らに作曲の才能がなくても、
歌とコーラスだけで、十分やっていけたと語り、この人の発言は、
時に過大評価しすぎだと思う自分も、この件は、まったくの同感。

今は、YouTubeのおかげで、ビートルズがカバーした曲の原曲を、
すぐに探せて、この「アンナ」を聴いてみると、ドラムのパターンや、 
ジョージの弾くフレーズも、原曲に忠実だが、ジョンの歌声だけは、
やはり独特で、これにより、ビートルズの曲として、成立している。

もちろん、他のカバー曲も含め、最初にビートルズを聴いたから、
後から聴く本物の方に、違和感を覚えるのは、仕方ないことで、
ついついビートルズを贔屓目にしがちだが、それを差し引いても、
ジョンが歌うカバーは、原曲を超えたと言えるものが多いと思う。

しゃがれ気味の声でに、ふりしぼるように歌い、独特の節回しで、
抑揚をつけるジョンの歌い方は、中学時代からずっと憧れていて、
元の声が違う以上、同じになるわけないが、物真似できないかと、
いろいろ声色を変えてみても、決して叶わないまま、今日に至る。

話はとぶが、自分の世代は、「アンナ」というと、甲斐バンドの曲、
「安奈」を思い浮かべるが、チューリップの財津ほどではなくても、
ビートルズのファンだった甲斐よしひろは、多少はジョンを意識し、
作曲したり、歌ったりしたのだろうかと、ついつい想像したくなる。

風邪気味で、のど飴をなめながら歌ったという、ジョンの歌声は、
どことなく、鼻詰まりにも聴こえて、今週、やや風邪っぽい自分は、 
似てこないだろうかと、いつもだと、リードボーカルもコーラスも、
2回歌って重ねるところ、ジョンの部分だけは、重ねないことに。

ライブバンドの実力を詰め込んだ、ビートルズのデビュー作から、
他のカバー曲にまぎれがちな、隠れたカバーの名演とも言える、
「アンナ」を、いつもながら、音痴の悪声を反省することないまま、
ジョンになりきり、風邪気味のしゃがれ声で、シャウトしています。







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