僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
テープ速度を変えたり、逆回転と、革新の始まり「レイン」
ポールが作った、「アイル・フォロー・ザ・サン」の歌詞を、
「明日は、雨かもしれないから、太陽を追うだなんてさ、
おかしな歌詞だよ。」と、ジョンが言ったが、その当人は、
「レイン」の歌詞で、「雨なんて、気にしないね。」と歌った。

これが、ポールを意識したのか不明だが、そうだとしても、
解散後、二人がやった、歌詞による毒舌の応酬とは違い、
互いの歌詞や、メロディに触発されて、新たな創造を生む、
相聞歌みたいだと感じるのは、二人を美化しすぎだろうか。

ただ、雨に濡れないようにと、逃げ惑う人を歌うと同時に、
強い日差しを避けて、木陰で過ごす人とを、対比していて、
ジャズのスタンダード、「Come Rain or Come Shine」に、
似た感じで、英語の慣用句表現に、あるのかもしれない。

どちらにしても、「雨が降っても、いっこうに気にならないさ、
晴れてくれば、好い天気だしね。」と、我関せずの達観で、
「雨が降ろうが、槍が降ろうが~」に、似た境地のジョンと、
雨を気にするポールとは、性格を反映するようで、面白い。

その「レイン」は、シングルB面で、LP「リヴォルヴァー」の、
レコーディング・セッションのうち、いち早く発売されたから、
逆回転サウンドを含む、スタジオ・テクニックが駆使された、
ビートルズの新境地を、初めて世に知らしめた曲とされる。

前作「ラバー・ソウル」あたりから、スタジオを自由に使って、
いくつものテイクを録音し、そこから、ダビングを繰り返して、
思い描いたサウンドを作り出したが、「リヴォルヴァー」では、
ライブの再現を考えず、より実験的なサウンドを推し進めた。

「レイン」は、テープ速度を上げて、リズム・トラックを録音し、
元の速度にすることで、音程が下がり、テンポも下がって、
全体を、ヘビーなサウンドにして、ジョンの歌は、その逆で、
テープを遅くして歌い、元に戻すことで、甲高い歌声にした。

さらに偶然の産物、ジョンが、テープをデッキにセットしたら、
ひっくり返してしまい、逆回転で再生となり、出てきた音が、
面白かったからと、曲のエンディングに、逆回転で歌を挿入、
一説には、ジョンではなく、ジョージ・マーティンの発案とも。

その逆回転サウンドは、同じLPで、ギターソロに応用したり、
その後のビートルズの曲で、多用されるが、自分にとっては、
サウンドの革新性は認めつつ、そうした効果音的な部分より、
やはり曲のメロディの良さ、演奏の素晴らしさが、あってこそ。

「レイン」では、ドラム、ベースのサウンドが、これまでよりも、
かなり重厚となっていて、テープ速度のせいもあるだろうが、
リンゴが、ハイハットやシンバルで、リズムキープをしていた、
それまでの叩き方ではなく、力強いスネア、タムの音を強調。

16分音符のフィルインが、所狭しとばかりに、繰り返されて、
エンディングに入るときに、ポールのベースとユニゾンにして、
フレーズを合わせるなど、プログレやフュージョンを思わせて、
リンゴ自身が、この曲を、ドラムのベストプレイに挙げたらしい。

ポールは、ヘフナーのベースから、リッケンバッカーへと変え、
録音マイクを、大型スピーカーで代用することで、これまでの、
モコモコしがちなベース音を、クリアな音像で再現できたうえ、
ゴリゴリ、ブンブンと、うならせる弾き方を、ますます強調した。

「ドライブ・マイ・カー」で弾いた、モータウン・サウンドのような、
ファンクっぽいフレーズが、「レイン」では、さらにメロディックで、
こうした音色、フレーズは、「タックスマン」が印象的だったが、
同じリヴォルバー・セッションの、「レイン」もそうだと、今気づく。

Gのコードを中心に、繰り返すアルペジオの、リズムギターは、
バンドスコアでは、オープンGに似た、変則チューニングとされ、
6弦から、G・D・G・G・B・Dを指定、6弦は5音も下げていて、
これだと、4~6弦は、太い弦に取り替えないと、ベロベロする。

テープ速度を変えて、リズムトラックを録音しているのだから、
あるいは、ギターのチューニングは、もともとは、1音高くして、
A音を基本にしていて、再生時に、G音になるようにしたのか、
このあたりは、いろいろ資料をあたったが、よくわからなかった。

自分は、オープンGの、D・G・D・G・B・Dにチューニングして、
エンディングで聴ける、低いGの音は、あとからダビングしたり、
歌のバッキングでは、本物では鳴るはずのない、4弦のD音を、
ミュートしつつ、コードをかき鳴らすが、やはり雰囲気が違った。

この変則チューニングによるバッキングは、ジョージのSGでなく、
ポールがカジノで弾いたという説もあり、他の曲もそうなのだが、
チューニングも含め、どれを誰が、どの楽器を使い、弾いたのか、
ポール自身に、何ヶ月かけてでも、全曲解説を聞きだせないか。

ジョンのボーカルは、テープ速度を遅くして録音、元に戻した時、
甲高い声になるようにしたそうで、ジョンは、自分の声が嫌いで、
他の曲でも、レズリースピーカーで加工させたりと、地声を変形、
初期の歌声が大好きな自分は、何でまたと、もったいない気分。

いわば早送りしたジョンの甲高い声は、ミッキーマウスみたいと、
表現されるが、自分は、トッポジージョだと思っていて、真似して、
歌を録音していたら、ただでさえ、ヘッドフォンして、お経のように、
音痴、悪声で歌うのを、嫌がる家族に、気味悪がられてしまった。

エンディングのテープ逆回転も、タモリがやる短波放送の真似と、
ハナモゲラ語の合体みたいだと、マイクに向かい、やっていると、
頭おかしいんじゃないのと、馬鹿にされるわ、愛想つかされるわ、
やっぱりギターに比べて、歌は駄目だなあと、深く反省した次第。

ちょうど、今の季節にぴったりかと、「レイン」を演奏してみたが、
日本の梅雨よりは、スコールに近い情景を、歌っているようで、
やや的外れな感じ、トッポジージョの真似は、抑え気味にして、
革新的サウンドの「レイン」を、多少は再現できたかと思います。








演奏に添付している写真に、「ラバー・ソウル」のジャケットが、
写っていますが、「レイン」は、「パストマスターズ2」の収録曲で、
写真を間違えたまま、Youtubeに貼ってしまいました。
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雨にまつわる曲を思いつつ、小胎のギター編曲「雨にぬれても」
昔から、出不精で、家でゴロゴロするのが、何よりだから、
週末となると、駅前の本屋へ、足を向ければ良いほうで、
午前中はテレビ、午後はラジオを、つけっ放しにしておき、
ギターを弾いたり、ブログ記事を書いたり、自宅で過ごす。

先日、テレビの「アッコにおまかせ」を、何となく見ていると、
雨の日に聴きたい曲ランキングをやっていて、その順位は、
1位が、徳永英明の「レイニー・ブルー」、2位がドリカムの、
「晴れたらいいね」、3位はサザン「TSUNAMI」と、続いた。

雨の曲と、「雨の日に聴きたい」では、ニュアンスは違うが、
「レイニー・ブルー」は、1位になるほど、売れたんだろうか、
雨で、「晴れたらいいね」って、照る照る坊主じゃあるまいし、
「TSUNAMI」は、雨の曲なのかと、つい、つっこみたくなる。

さらに、森高千里、松本英子、中西保志の曲が、続いたが、
中西の曲は、懐かしの歌番組や、物まね番組で知った曲で、
発売当時には聴いたことがないし、松本英子にいたっては、
名前さえ記憶になく、あまりに自分の感覚とは、違っていた。

アンケート対象は、10代~50代と、幅が広いこともあるが、
「最近の曲に、この年寄りは、ついていけませんですじゃ。」
という次元を超えて、90年以降の曲には、かなり疎いうえに、
それ以前も、ギターを中心に、偏って、聴いていたのも事実。

高校から大学、70~80年代の曲が、今でも気に入っていて、
そこで、自分の音楽の嗜好が固まっているし、ギター抜きに、
歌謡曲、ニューミュージックを考えても、「ベストテン」を見たり、
深夜放送を聴いた、この頃が、お茶の間にも、近かった気が。

そんな自分が、雨といって、まっさきに浮かぶ曲、雨が降ると、
無意識に口ずさむのは、昔から、なぜか、三善英史「雨」の、
「雨に濡れながら~」に、北原白秋が作詞した、童謡「雨」の、
「雨が降ります~」で、これは小学生の頃からの、癖でもある。

同じ童謡「あめふり」の、「ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ」の、
明るい感じではなくて、どちらかというと、暗いイメージの曲、
マイナー調の曲を好んだのは、自分の性格もあるのだろうが、
梅雨という季節に育まれた、叙情性が左右するのではと思う。

洋楽で、雨の曲で思いつくのは、映画音楽の「雨に唄えば」に、
「雨にぬれても」で、明るい曲調だし、「悲しき雨音」にしたって、
どこが悲しいのか、邦題のセンスを疑うほど、ポップな曲調で、
梅雨のないアメリカの、広大な荒野のせいかと、勝手に推測。

日本の曲も、フォークから、ニューミュージックに移り変わると、
コード進行も、歌詞も洗練されてきて、どマイナーではなくなり、
ハイ・ファイ・セットや、バンバンもカバーした、ユーミンの名曲、
「冷たい雨」なんかは、歌詞とは裏腹に、明るめの伴奏となる。

ユーミンには、雨の名曲が多く、「いちご白書」に続く曲として、
バンバンが歌った「霧雨の朝突然に」、麗美にプレゼントして、
セルフカバーもした「霧雨で見えない」、さらには、「雨の街を」
「雨のステーション」「雨に消えたジョガー」と、いくらでもある。

大瀧詠一は、「雨のウエンズデイ」が名曲で、彼がリーダーの、
ナイアガラ・トライアングルには、「ウォーター・カラー」があって、
そのメンバーだった杉真理は、「バカンスはいつも雨」がヒット、
堀ちえみが、傘を差したチョコのCMが、すごく印象に残った。

稲垣潤一は、「ドラマティック・レイン」で、テレビに出てきたが、
デビュー作「雨のリグレット」の方が、自分は気に入っていたし、
真夏とクリスマスがイメージの、山下達郎は、「レイニー・デイ」、
「2000トンの雨」、「レイニー・ウォーク」と、LPの佳曲が多い。

「ベストテン」などで、お茶の間にも浸透したのは、八神純子、
「水色の雨」とか、小林麻美「雨音はショパンの調べ」があり、
ラジオではよく聴いたが、おそらく、ヒットとは無縁だったのは、
下成佐渡子「雨」で、自分は気に入って、シングル盤を買った。
 
題名に「雨」「レイン」の文字は入っていないが、村下孝蔵の、
「初恋」は、「五月雨は緑色」に始まる歌詞が、情緒たっぷり、
寺尾聡「シャドーシティ」は、雨に濡れた夜景が浮かびあがり、
原田真二の「てぃーんずぶるーす」は、青春そのものの情景。

こうして、とりとめもなく、いろいろな曲へと、思いをはせるのも、
雨のなせる技なのか、オフコースの「雨の降る日に」の歌詞に、
「雨の降る日は、いつでも、時はさかのぼる。」と、あったように、
いつになく、昔の曲を懐かしんで、一人、感慨にふけっている。

洋楽は、明るい曲調と書いたが、もちろん、それだけではなく、
カーペンターズの「雨の日と月曜日」は、哀愁を帯びているし、
ボブ・ディラン「はげしい雨が降る」、CCR「雨を見たかい」は、
歌詞のせいもあってか、暗さと激しさを感じさせる曲調となる。

そのカーペンターズがカバーした、「遥かなる影」でも有名な、
バート・バカラックが、映画「明日に向かって撃て!」のために、
作曲したのが、「雨にぬれても」で、自分が最初に聴いたのは、
映画音楽大全集に収録された、オーケストラ演奏だったはず。

ただ、それこそ、雨が降ってきて、洋楽の歌詞で浮かぶのが、
「Raindrop keep fallin ~」と、この曲なので、10代の頃に、
歌入りの原曲に親しんでいたろうし、歌手のB・J・トーマスも、
名前を知っていたから、CMか、ドラマで使われたように思う。

ポピュラーギターの編曲で、愛用しているのは江部賢一だが、
難易度の高い編曲が多く、それよりは、多少弾きやすいのが、
小胎剛の編曲集で、パラパラとめくり、雨にまつわる曲でもと、
探してみたら、しっかり、「雨にぬれても」が、掲載されている。

イージーリスニング、映画音楽が、主体となる編曲集なので、
他に、「雨の訪問者」「シェルブールの雨傘」といった曲があり、
これらの曲は、もの悲しい雰囲気、ヨーロッパに目を向けると、
雨のイメージも、また別となるようで、お国柄なのか興味深い。

「雨にぬれても」の原曲は、ギターより、ウクレレみたいな音で、
チャンカ・チャンカ、チャンカ・チャンカと、何ともユルいイントロ、
全体に、ハネたリズムだが、エンディングで、テンポが一転して、
ホーンが別のメロディを奏でるところなんか、バカラックらしい。

小胎の編曲は、イントロ、エンディングは省略、メロディ重視で、
コードに沿って、伴奏のアルペジオをつけた編曲、自分としては、
もっとはねて、スチャスチャと、勝手にカッティングしたくなるが、
我慢して、楽譜に忠実に弾いたら、かなり遅いテンポになった。

雨にまつわる曲を、あれこれ思い出しつつ、手持ちの楽譜から、
映画主題歌(挿入歌)で有名な、「雨にぬれても」を演奏するも、
いつもながら、自分の癖となるテンポへと、無意識に遅くなって、
カラッとした曲が、梅雨を思わせる、しっとりとした(?)感じです。





ポールの隠れた名曲、16歳で作った「アイル・フォロー・ザ・サン」
映画撮影やテレビ出演、コンサートと忙しい日々が続く中、
年末商戦に間に合うように、録音した、「フォー・セール」は、
新曲が追いつかず、カバー曲に加え、ポールが16才の時に、
作ったという、「アイル・フォロー・ザ・サン」も、引っぱり出す。

そんな昔の曲を持ち出すほど、レパートリーに困っていたと、
ビートルズ本には、書かれているが、これこそ、隠れた名曲、
クオリーメン時代と比べても、メロディもアレンジも良くなって、
埋もれなくて、逆に良かったと、つくづく思うのは自分だけか。

サビでは、部分的に重なってくる、ジョンとのハモりも絶妙で、
これまた、ポールの隠れた名曲と呼べる、デビュー曲のB面、
「PS・アイ・ラヴ・ユー」での、ハモりを連想させるし、何よりも、
歌い出しのユニゾンが、一人で歌ったように、見事溶け合う。

後になって、ジョンは、「明日は雨だから、太陽を追うなんて、
おかしな歌詞だよ、ポールが作ったんだけれど。」と言うが、
予感される悲しみを、避けるよう、陽光を追い求めるなんて、
文学的だと思うのに、ジョンの感性とは、相容れないものか。

「もっと光を」のゲーテはともかく、病身となった立原道造が、
明るい光を求めて、九州へと向かったことに、通じるものが、
すごくあると思うのだが、これは、いつもの自分の悪い癖で、
似たような事柄を、勝手に結びつけては、一人納得している。

ジョンの弾くアコギは、低音弦と高音弦を、交互にかき鳴らし、
ポールが「ロッキー・ラクーン」で弾いた、ベース音と和音とを、
交互にする、カーター・ファミリー奏法や、ボサノバ・ギターの、
規則的な指弾きとも違い、勢いにまかせたように、弾いている。

1~3弦が鳴ったかと思うと、繰り返しで、1弦だけ弾いたりと、
完コピは難しいし、そこを、あえて、完コピする必要もないが、
絶妙の感じで、リズミカルに、コードを鳴らす雰囲気だけでも、
再現しようと思いつつ、なかなかジョンのようには、弾けない。

全体に、裏ノリで、引っかけるように、コードを弾いているうえ、
メロディーに対して、半拍、早くコードチェンジする箇所もあり、
それを忘れて、普通に弾いてしまい、やり直すことの繰り返し、
昔からストロークは苦手だが、名手ジョンには、遠く及ばない。

もともと、ジョンがアコギで弾くことにしていた、リードギターを、
ジョージが、どうしても、自分に弾かせてくれと、言ったそうで、
ジョンが譲って、いざ録音したら、ポールの作ったメロディーを、
そのまま弾いただけの、ギターソロで、一同ア然としたらしい。

あれだけ自分に弾かせろって、騒いでおきながら、これかよと、
スタジオ内の空気は冷え冷えとして、ジョンは、無表情気味に、
目を細めて見つめ、ポールは、怒りと失望との、混ざった視線、
気づかないふりのリンゴと、その情景が、何となく想像できる。

ポールは、「やっぱり、自分の曲のリードは自分で弾こう。」と、
これをきっかけに、思ったかもしれず、下手したら、その場で、
ボソッと呟いたかもしれないが、これはこれで、メロディ重視の、
良いソロだとは思うし、BBCライブでも、変更せず弾いている。

ジョージの肩を持つわけではないが、4小節のギターソロでは、
何ができるわけでもなく、このメロディを弾いて、次の4小節で、
展開していけば、イーグルス「ニュー・キッド・イン・タウン」だし、
クイーン「キラー・クイーン」でも、メロディから、発展させていく。

ジョージ自身、不本意なソロだったそうで、やり直そうとしたら、
もう時間がないと、ジョージ・マーティンに、言われたようだが、
間違えて弾いたわけでもないから、プロデューサー目線では、
十分、OKテイクだったろうし、自分も、これで良いと思ってる。

この曲では、ドラムの音はしていなくて、コンガとも違う音だと、
不思議に思うと、ポールが指示し、リンゴは膝を叩いたそうで、
自分も真似して、マイク録音したが、リズム音痴もひどいので、
MTR内蔵のドラムでも、コンガの音を小さく、鳴らしておいた。

小学生の頃、教室の机を叩いて、途中で左右を逆にするとか、
右手だけ、倍のテンポや3連にし、つられずに、叩けるかとか、
グー・チョキ・一本指と、手の形を変えて、線路でガタゴトする、
電車の音を真似て遊んだが、いつも、リズム感がひどかった。

リズム感がないから、リズムギターも、走ったり、もたったりして、
MTRのドラムの音量を上げて、いつも、ごまかしているのだが、
ビートルズの曲で、手拍子を入れる曲は、毎回、冷や汗もので、
あまりにずれたら、やり直すが、多少のずれは、妥協している。

若きポールが作った、隠れた名曲「アイル・フォロー・ザ・サン」、
その頃から、メロディ作りの才能があったのを、証明しているが、
ジョンのハモりがあってこそ、さらに名曲度がアップしたわけで、
悪声に懲りずに、ジョンのパートに気合を入れて、歌っています。





ハープの名演で知られる「ひき潮」を、江部のギター編曲で
中学生になっても、午後8から9時には、寝ていた自分が、
深夜放送で、ビートルズの特集が予告され、未発表曲を、
かけてくれるようだと友人に教わると、放送日を待ちわび、
生まれて初めて、深夜放送を聴いたのは、75年春のこと。

高校生になると、同級生の話題は、前日のセイ・ヤングや、
オールナイト・ニッポンで、自分も、少しずつ夜更かしになり、
連日、あちこちのラジオ局の、チューニングを合わせながら、
投稿ハガキに笑ったり、かけてくれる曲など録音したりした。

AMばかり聴いていた自分が、FMを聴くようになったのは、
やはりビートルズがきっかけで、公式録音となる全213曲、
LPからシングルB面から、とにかく全曲を、 何週かに渡り、
土曜の深夜に放送してくれ、AMよりも音が良いのに気づく。

ラジカセが、ダイヤル式のチューニングだったこともあって、
AMは、なかなかジャストのポイントでチャンネルが合わず、
ザリザリとか、キューンと雑音が入るし、少しでも動かすと、
音がこもったり、キンキンしたのに、FMだと、安定していた。

音楽を録音するのは、FMに限るとなり、そのうえ週刊FM、
レコパルなどで、何の曲を放送するか、調べることまででき、
マニアほどではないが、こまめにエアチェックするようになり、
新譜の情報も早かったし、聴く音楽の幅のも広がっていった。

そんな中、夜中の1時に始まる、お目当ての番組を待つ間に、
かけっ放しのラジオから聴こえたのが、ジェット・ストリームで、
少しずつ、イージーリスニング音楽に、親しんだし、何よりも、
途中の「私のレコード・アルバム」のコーナーが、気に入った。

ジェットストリームは、存在感ある、城達也のナレーションに、
ポール・モーリア楽団、レーモン・ルフェーベル楽団といった、
イージー・リスニング主体だったが、「私の~」のコーナーは、
新旧を問わず、1枚のLPをピックアップして、紹介してくれた。

手元にあるテープは、パコ・デ・ルシアに、スパイロジャイラと、
インデックスに書き込んであって、インスト曲ということもあり、
クロスオーバー、フュージョンのLPも、けっこうかけてくれたし、
新譜も、他の特集番組と合わせると、全曲録音できたりした。

テープ代を倹約しようと、大学生になっても、120分テープを、
愛用していて、今になると、音質や耐久性で、後悔しているが、
1時間番組を、CMをカットしながら、120分テープに録音して、
余った部分には、「私のレコードアルバム」をよく入れていた。

寺内タケシのソロLP、「テリー・アローン/メローフィーリング」も、
ジェットストリームの、そのコーナーで聴いたが、77年発売時、
雑誌「ヤングギター」のレコード評で、大きく取り上げられていて、
買うほどでもないがと迷っていたところ、やがてオンエアされた。

日本のエレキギターの大御所で、テケテケサウンドの代表格、
さらに、「レッツゴー運命」や、「津軽じょんがら節」の早弾きが、
イメージされる寺内が、リズム隊抜きで、自身のギターのみで、
ダビングを重ねた、イージー・リスニングは、別格となる美しさ。

ハワイアンのスチールギターのような、クリアで芯のある音色、
伸びやかなロングトーン、そして、トレモロアームの抑揚といい、
ベテランならではの、味わいのある演奏だし、メロディラインを、
本当に美しく、ギターが歌い上げていて、すぐLPを買ってくる。

LPで全曲を聴いたら、FMでかけてくれた数曲が、一番良くて、
最初に聴いた印象が何よりの、昔からの自分の癖はあったが、
番組スタッフの、選曲眼の良さが、光っていたのだろうし、特に、
「スターダスト」と、「ひき潮」の2曲は、自分でも弾きたくなった。

「スターダスト」は、東京音楽アカデミーの通信講座テキストで、
ポピュラー・ギター・コースに楽譜があり、雰囲気も似ていたが、
「ひき潮」は、自分でメロディだけ、耳コピして、寺内を気取って、
アームでメロディを弾くも、絶妙のニュアンスは、真似できない。

やがて、ジェットストリームは、この手の音楽なら、お手ものもの、
「ひき潮」の原曲がかかって、ロバート・マックスウェルのハープ、
フランク・チャックスフィールド楽団の、オーケストラ演奏に加え、
オルガン演奏と、ネットのない時代でも、何かと情報は手に入る。

渋谷河合楽器のギター教室で、江部賢一によるギター編曲を、
教材代わりにしたとき、2巻に「ひき潮」があり、懐かしく弾いて、
ハープを思わせるイントロのアレンジに感動しつつ、メロディを、
3連のアルペジオで伴奏するのは、何だか、平凡だなと思った。

3連のアルペジオというと、ついつい「精霊流し」などフォークの、
定番の伴奏が浮かぶし、それこそ、ジェットストリームのテーマ、
「ミスター・ロンリー」や、キャッツの「メモリー」を、連想してしまい、
自分で演奏していて、違うメロディを弾きそうに、なったりもした。

今回、愛用の江部編曲というとことで、「ひき潮」に再挑戦すると、
セーハを多用した、3連アルペジオは、平凡という次元どころか、
自分には、難しくて、押さえされないレベル、だいたい3・4弦が、
指の間接のすき間にあたり、浮いてしまって、まともに鳴らない。

さらにハイポジションで、指が届かない押さえ方も何箇所かあり、
音を伸ばさずに指をずらしたり、開放弦のハーモニクスを鳴らし、
押さえないですませたり、かなり強引に、ごまかして演奏したが、
右爪の雑音、左指が寝て、隣の弦を消音するのは、相変わらず。

深夜放送、FMに夢中になった頃、寺内タケシのエレキで聴いて、
気に入った「ひき潮」を、いつも愛用している、江部のギター編曲、
イントロや後半が、かなりハープを意識したアレンジとなっていて、
馬鹿にしていた3連アルペジオも、セーハに苦労して弾きました。











ビートルが武道館で歌ったワルツ、「ベイビーズ・イン・ブラック」
中学時代、ジョージ役の同級生と二人で、ビートルズを演奏し、
日本一のコピーバンドになろうと、夢見たし、そのプライドから、
シングルのB面や、隠れた名曲を、あえて練習していたので、
たった一度の檜舞台、卒業の謝恩会でも、同様の選曲だった。

その時の1曲である、「恋のアドバイス」をブログ記事にした時、
書いた話だが、ジョージ役が見つけてきた、ギタースコアには、
メロディ、コード以外に、イントロ、間奏も載っていて、その曲も、
わりとマニアックなものが多く、自分らには、うってつけの選曲。

ビートルズが武道館で歌った、「ベイビーズ・イン・ブラック」も、
そこに載っていて、イントロのフレーズ、間奏のリードギターを、
ギターのうまいジョージ役は、もともと耳コピしていただろうが、
すぐに弾けて、自分は、ワルツのリズムを刻んで、歌う練習を。

ジョン役の自分だが、バンドは、ジョージ役と二人だったから、
ポールの曲は、自分がメロディを歌うし、二人がハモる曲だと、
音痴の自分が、音を取りやすく、楽に歌えるパートを担当して、
たいていの曲では、上のパートを歌う方が、つられずに歌えた。

「ベイビーズ・イン・ブラック」も、本来、ジョンは下のパートだが、
上のポールの方が音程が取りやすく、変声期後ではあったが、
今よりは、高い音程もきつくないから、ポールのパートを歌って、
下でも歌えたのは、「恋におちたら」や「ノルウエーの森」くらい。

ブログで、ビートルズの曲を歌うようになり、楽譜とにらめっこ、
必死にギターで音程を確かめつつ、ジョンのパートを覚えるが、
自分のハモりにつられてしまうので、下のパートを録音するとき、
上の音を消したり、先に下を録音したりと、音痴対策で苦労する。

この曲は、全部のメロディを、ジョンとポールが二人でハモって、
楽譜出版社から、どっちがメロディなんだと聞かれたポールが、
「二人で作ったから、どっちもだよ。」と返事したそうで、実際に、
楽譜には、二声のまま載ったから、さすがはポールという感じ。

ちなみに、今は、輸入楽譜の「ビートルズ全曲バンドスコア」を、
使っているが、中学時代は、「ビートルズ80」を、まず買ったし、
箱入り「ビートルズ大全集」を買うと、天下を取ったような気分、
その大全集でも、「ベイビーズ~」が、二声なのを、確認できる。

この曲は、ビートルズでは、初めてとなる、ワルツのリズムで、
「アイル・ビー・バック」も、当初の演奏は、ワルツにしていたが、
なかなかうまくいかずに、普通の4拍子に戻していて、こちらは、
ノリも良いし、何より、リンゴのドラムのシンバルワークが見事。

ワルツのリズムというと、小学校の音楽で、リコーダーで覚えた、
「スケーターズ・ワルツ」がすぐに浮かぶが、「ベイビーズ~」は、
3拍子というよりも、8分の6拍子で、ジャズワルツに近いノリで、
3連シャッフルにも近いから、自分は、ワルツを意識しなかった。

ビートルズで、ワルツと言ったら、「恋を抱きしめよう」の途中で、
サーカスやお祭りで流れる、ワルツのようになるのに驚いたし、
それは、何より、最初に友人に借りて、聴いたビートルズのLP、
「オールデイズ」に入っていたから、ものすごいインパクトだった。

そのサーカスを思わせるワルツは、「サージェント・ペパーズ」で、
「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」へと、
さらに昇華されていくのだろうが、「ベイビーズ~」も、彼らには、
ワルツと意識され、「次はワルツの曲を」と、MCしていたそうだ。

この曲の、途中のギターソロは、ジョージが、ギターのアームや、
ボリューム奏法を駆使して、のちに、テープを逆回転することで、
フワーっと浮遊感のある音を発見したのを、ここでは、手作業で、
作り出していたそうで、新しい音作りへの意識も、高くなっている。

「アイ・ニード・ユー」で使われる、ボリュームペダルは、ないのか、
ギターを弾きながら、自分で、ボリュームノブを操作したようだが、
うまくできなくて、ジョンが手を伸ばして、ノブを回してやったらしく、
こういうところなんか、ジョンは親分肌というか、兄貴分という感じ。

この曲の歌詞は、恋人の喪に服して、黒装束の服を着る女性が、
歌われていて、その女性は、マッシュルームカットの生みの親で、
「ウィズ・ザ・ビートルズ」のジャケット写真で、印象的な撮影法の、
ハーフ・シャドウで、若き彼らを撮影した、アストリットだとされる。

マッシュルームカットは、もともとフランスの美大生の髪型だとか、
今では諸説入り乱れるが、ハンブルグ時代のビートルズたちと、
彼女は交流があって、何より、当時のメンバーで、ジョンの親友、
スチュアート・サトクリフの婚約者だったのは、まぎれもない事実。

アストリットが、亡きスチュを偲んで、黒い服に身を包む歌詞は、
何よりも、スチュの大親友であった、ジョンの気持ちそのままで、
この歌詞を見たポールは、「やっぱり、ジョンは、スチュのことが、
今も、忘れられないのかな。」と、一抹の寂しさを感じたのでは。

画家志望のスチュを、無理やり、ジョンがバンドに入れたものの、
もともと音楽への興味はないうえ、自分の限界も感じたスチュは、
バンドよりも、アストリットとの生活や、絵画を優先することとなり、
ポールは、このままじゃ、プロにもなれないと、ジョンに直訴する。

映画「バックビート」では、ジョンが、「スチュをクビにするのなら、
俺もバンドを抜ける。」と、ポールに面と向かって言う場面があり、
実際に、それに近いやりとりは、あったろうし、自分こそジョンの、
音楽パートナーと自負したポールには、自己否定されたも同然。

自分は、ジョン派であるし、ジョンが気分屋で、悪気のないことは、
わかっているつもりだが、こういう無神経なところは、大嫌いで、
ポールにすごく同情してしまうが、外野が騒いでいるだけのこと、
日常茶飯事で、案外、本人同士は、そうでもないのかもしれない。

「フォー・セール」に収録のワルツ、「ベイビーズ・イン・ブラック」を、
中学時代に音程の取れなかった、ジョンのパートを、何とか歌うも、
ポールの方は高音が出ず音痴気味、それと、間奏のギターソロは、
ノブも使わず、普通に弾いてしまい、演奏まで、手抜き気味です。







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