FC2ブログ
僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
難易度が高そうで、敬遠しがちな、ジュリアーニの練習曲
NHK「ギターをひこう」で、クラシックギターを覚えたので、
初級の練習曲となると、当然、そのテキストで習った曲で、
カルカッシから、ソルへと進んでいくイメージができていて、
東京音楽アカデミーのテキストは、カルリの曲も多く載る。

そのせいで、ソルと同時代で、ギターの腕を競ったという、
ジュリアーニの曲とは疎遠で、阿部保夫の2冊の教本に、
いくつかの練習曲や、「アレグロ・ビバーチェ」などの曲が、
載っていたものの、とばしてしまって、弾いていなかった。

これまたイメージだが、ソルよりも、練習曲が難しそうとか、
曲も大作ばかりで、とっつきにくいと思って、それで、逆に、
芳志戸幹雄が運指・校訂した、「ジュリアーニ変奏曲集」は、
難しそうな楽譜ばかり、意味なく集めた頃に、買っている。

初級レベルでも十分弾けて、発表会でも通用するような曲、
「舟歌」のコストだったり、必ず、初級向教則本に出てくる、
アルペジオ練習で、おなじみの、アグアドの方が親しんで、
自分でも弾いてみたり、録音も聴く機会も、多いように思う。

鈴木巌の教本は、全3巻ということもあって、ジュリアーニ、
コスト、アグアドの練習曲が、多く載り、全部の曲について、
さわり程度は、あたったので、ジュリアーニの曲は難しいが、
練習にはなるし、和音の響きが、洗練されていると感じた。

メジャー7th、ディミニッシュといった和音が、時折出てきて、
古典的な和声に比べて、わりと近代的な感じ、ラベルとか、
ドビュッシー、あるいはジャズのテンションコードを思わせて、
ソルよりも、かなり後の時代の人だと、勘違いしていたほど。

群雄割拠というか、ソル、ジュリアーニに加えて、カルカッシ、
アグアドも、ほぼ同時代、1800年前後に活躍した音楽家、
音楽史的に見ると、モーツァルトの少し後、ベートーベンは、
まったく同じ頃、その後半にかぶって、ショパンというところ。

ジュリアーニは、ギター以外の楽器もこなし、ベートーベンの、
「交響曲第七番」の初演で、チェロを弾いたという説もあって、
多少は交流もあったのか、「ギターは小さなオーケストラ」の、
名言も、その関わりから出たかと、想像してみるのも面白い。

ただ、この台詞は、ベートーベンでなく、ベルリオーズだとか、
諸説あり、真偽のほどは定かでないし、シューベルトの曲が、
生前から、ギター伴奏で出版されたり、ギターのための曲を、
書いたような形では、ギターとの関係は、期待できないだろう。

そのジュリアーニの練習曲は、鈴木巌の教本では第2巻から、
かなり出てきて、左手の押さえが難しかったり、右手の方でも、
通常のアルペジオのようでいて、一部順番が変わったりして、
ひねりがきいていて、面白いものの、弾くとなると、難しすぎる。

第3巻になると、♭が4個もついた調で、セーハを連続させて、
左手を鍛えようという狙いだろうが、途中で、つりそうになって、
巻末のソル、タレガの作品よりも、技術的なことから言ったら、
難易度が、はるかに高いんじゃないかと思う、練習曲ばかり。

まずは、アグアドのアルペジオ練習の、後に出てくる練習曲、
3フレットのセーハで、Gコードを押さえる形で始めて、すぐに、
セーハのまま、D7を鳴らすので、人差し指が固定されたまま、
中指と薬指を入れ替える、こんがらがりそうな運指の曲から。

ついでに、ソルよりも、7thなどの和音があり、洗練された曲と、
書いたものの、カルカッシやソルにも、そうした和音が出てきて、
まるでモダンフォークの伴奏かと思える、練習曲があったので、
ジュリアーニとの比較でもないが、一緒にアップしておきます。

阿部教本だけでなく、鈴木教本でも、難易度が高いと感じる、
ジュリアーニの練習曲から、「op100第2番」、アルペジオの、
練習曲で、同様な雰囲気の、ソルの「op35第9番」の2曲を、
ちょっとモダンな和音を意識しつつ、左手の方が難しすぎです。








歌詞が英文法の勉強にもなった、ジョンらしさが出る「ノー・リプライ」
64年のビートルズは、コンサートやテレビ出演で多忙、
そのうえ、2本の主演映画も、その前後に撮影していて、
サントラアルバムの新曲や、シングル曲も録音しながら、
年末には、クリスマス商戦に合わせ、LPを出す過密さ。

「ビートルズ・フォー・セール」なる、アルバムタイトルは、
「ビートルズ、ただ今セールス中」の意味で、何とも皮肉、
どことなく疲れた表情のジャケット写真は、その象徴で、
収録した曲も、新曲と、昔からのカバー曲が半々となる。

そうは言っても、アマチュア時代にライブバンドで鍛えた、
彼らのカバー曲は、演奏レベルも高くて、この当時でも、
BBCライブで披露していたから、決して捨て曲ではなく、
「ロック・アンド・ロール・ミュージック」など、名演と言える。

カバー曲が多いせいか、全体のサウンドはライブに近く、
アコースティックな音に、カントリー調のギターがさえて、
原点回帰を思わせるが、同じ時期に録音しているのが、
シングル曲「アイ・フィール・ファイン」というのも、すごい。

1曲目の「ノー・リプライ」は、ジョンらしさが出ている曲で、
弾き語りでも、そう違和感なく、演奏できるアレンジだから、
中学時代、ジョージ役の同級生と、ほとんど二人きりの、
ビートルズ・コピーバンドでは、重要なレパートリーとなる。

サビの歌詞が、「If I were you」なのだが、、一人称だと、
「am」とか「was」だろうに、「were」なんて、間違えてると、
ジョージ役に話すと、彼は帰国子女だったから、「そうか、
日本では、まだ仮定法を習ってないんだな。」と、あっさり。

仮定法の文法を教えてくれたので、、学校の授業どころか、
塾よりも早く覚えたと、ちょっと得意になった自分は、さらに、
ビートルズで英語を覚えられるんだとばかり、親を説得して、
何枚かのLPレコードや、洋書の歌詞全集を買ってもらった。

実際に、英語の試験の時、前置詞を埋める問題なんかは、
ビートルズの歌詞を思い出して解くと、けっこう正確したが、
試験中に歌い出して、先生に注意されたり、テスト用紙に、
歌詞を書くのに夢中になって、終了のチャイムなんてことも。

「ビートルズで英語を学ぼう」なんて本が、講談社から出て、
ベストセラー「出る単」を思わせる、熟語、慣用句の解説は、
けっこうためになり、小学校で愛読した、「漫画日本史」や、
「科学読本」のように、楽しめて勉強になる本は、つい買う。

ほんの数年前も、コンビニで、似たような文庫本を見つけ、
懐かしくなり、買ったのが、「ビートルズでもっと英会話」で、
1曲の歌詞を丸々訳し、そこから、使えそうな表現を挙げ、
応用させる参考書の構成ながら、ビートルズ話も多く載る。

その歌詞は、「ノー・リプライ」も出ていて、当然ながら(?)、
「were」のことが書かれているが、仮定法のことは触れず、
これは英語の習慣だから、そのまま覚えようと述べていて、
これまた、自分は仮定法を学んだんだぞと、優越感を抱く。

このブログのビートルズの演奏に際しては、辞書のような、
分厚くて箱入りの、全曲バンドスコアに、頼り切りなのだが、
ジョージのギターを、省略した曲が多く、「ノー・リプライ」は、
確実に聴こえている、ピアノのパートも、まったく載ってない。

ビートルズに限らず、完全コピーと銘打つバンドスコアでも、
リズムギターはコード譜のみ、ドラムは基本パターン程度と、
わりと雑だったりし、それに比べれば、このバンドスコアは、
正確な方で、耳コピが苦手な自分は、まずは譜面どおりに。

それで、ジョージのギターだが、ジョンのアコギに埋もれて、
ほとんど聴こえないが、同じようなカッティング・パターンで、
エレキを刻んでいるようで、ジョンのリズムも変化するので、
どちらも雰囲気だけ出ればと、適当にアコギとエレキを弾く。

ジョージのリズムギターでは、実際に弾いていない曲もあり、
中学時代、ジョージ役の友人と、リードギターを弾かない時、
何をすれば良いかと話して、ライブではボリュームを絞って、
リズムを刻んでいるのではと、結論づけたが、どうだったか。

64年末に出た、「ビートルズ・フォー・セール」は、米盤では、
いつものように、曲をカットして、B面がまったく違う編集盤、
日本では、英盤と同じ曲目だが、なぜか米盤のタイトルの、
「ビートルズ65」として発売され、発売が翌年だったからか。

国内盤で集めた自分は、デビューアルバムは、英盤である、
「プリーズ・プリーズ・ミー」でなく、「ミート・ザ・ビートルズ」が、
なじんだタイトルだが、この「フォー・セール」は、そのままで、
「65」というタイトルは、当時でも呼んでいなかった気がする。

ジョンが書く歌詞について、この頃に、単なるラブソングから、
内省的なものへと発展していくが、ジョンは、この曲について、
楽譜出版社の社長から、「物語性が出てきて、上達したな」と、
ほめてもらえたことを、後年、自慢するように述懐したそうだ。

「ビートルズ・フォー・セール」の1曲目、イントロもないままに、
いきなり、ジョンの特徴ある歌声から始まる、「ノー・リプライ」、
10年以上続くも、認めたくない花粉症のせいで、いつもより、
かすれた声なのを、こりずに、ジョンになりきって、歌いました。





芳志戸幹雄や小原聖子が紹介した曲、「まどろみ」「風にゆられて」
クラシックギターのレパートリーと言い、思い浮かぶのは、
ソルやタレガの曲、別格の「禁じられた遊び」あたりだが、
巨匠セゴビアは、民族楽器とみられがちなギター音楽を、
クラシック音楽へと高めるため、作曲家へ作品を委嘱した。

ポンセ、タンスマン、テデスコらの、組曲や大作を送り出し、
その演奏に感銘を受けた作曲家たちから、ギター作品の、
献呈もされたりし、ヴィラ・ロボスやロドリーゴによる作品も、
今日の重要なレパートリーとなり、ギターの裾野を広げた。

そもそも、ソルやタレガの、今日演奏されている代表曲も、
セゴビアが、コンサートや録音で、取り上げた曲が大半で、
コンサートホールで通用するよう、楽器そのものを改良し、
ナイロン弦を開発、奏法も含めて、あらゆる下地を作った。

そんなセゴビアも、編曲は行ったが、自身の作曲となると、
いくつかの小品を残すのみ、ソルやタレガがギターを弾き、
多くの作曲もしたのとは異なり、演奏活動に主体を置いて、
このあたりは、クラシック音楽家と同次元を意識したのか。

その影響でもないが、クラシックギタリストは演奏家となり、
イエペスや、ジュリアン・ブリーム、ジョン・ウィリアムスらは、
作曲をしたのか、近年になって、「サンバースト」で有名な、
アンドリュー・ヨークや、ローラン・ディアンスらが自作自演。

セゴビアと同時代にも、「大聖堂」「森に夢見る」で有名な、
バリオスは演奏もしたし、人気の高い「11月のある日」の、
レオ・ブローウェルは、前衛的難曲を、昔から出していたが、
少数派に近く、その曲が一般に演奏されるのも、かなり後。

日本では、村治佳織が弾いた、ポピュラー曲の編曲もする、
佐藤弘和が、「現代ギター」誌上で、多くの作品を発表して、
「シンプル・ソング」などの曲集もあるが、あとは江部賢一が、
ポピュラー編曲集に、いくつか自作曲を載せている程度か。

自分のクラシックギターの原点と、しつこく書いているのが、
荘村清志が講師だったNHK「ギターひこう」で、その荘村は、
面識のないまま、作曲家の武満徹を訪ねて、作曲を依頼し、
その熱意にかられ、「フォリオス」が生まれ、親交が続いた。

ポピュラー曲のギター編曲集、「ギターのための12の歌」は、
献呈された荘村だけでなく、多くのギタリストが録音を残す、
珠玉の作品となり、荘村と同年代の芳志戸幹雄の二人へ、
三善晃が、「二台のギターのためのプロターズ」を作曲した。

三善は、さらに芳志戸のために、「エピターズ」を作曲したし、
新しいレパートリーを生み出そうとした、セゴビアに倣う如く、
若手ギタリストたちが、自作曲ではないが、作曲家に委嘱し、
吉松隆が、山下和仁、福田進一へ作曲する流れにもなった。

前回、カルリの曲名と勘違いしてた、「まどろみ」という曲も、
そうした流れの曲かと、これまで気にも留めていなかったが、
作曲した山岸麿夫を検索すると、芳志戸が師事した作曲家、
数多くのギター作品を残し、大半を芳志戸が初演したそうだ。

それで、芳志戸が講師の際、「ギターをひこう」のテキストに、
「まどろみ」が載ったようで、開放弦の響きを、生かした曲は、
初級向だが、味わいがあり、自分は3拍子ということもあり、
サティ「ジムノペディ」に似ている気がして、気に入っている。

それで、さらなる勘違いしていた話、同じサティっぽい曲で、
小原聖子が講師の「ギターをひこう」の、「風にゆられて」を、
「まどろみ」と同一曲と、思い込んだから、カルリの曲の方を、
「まどろみ」に、山岸「まどろみ」を、「風に~」だと思っていた。

ちなみに、「風にゆられて」の作曲者、伊東福雄はギタリスト、
芳志戸・山岸と逆というか、小原聖子の弟子で、演奏もする、
数少ない自作自演のクラシックギタリスト、小原への献呈か、
弟子の曲だから、テキストに載せたのか、そのへんは不明。

どちらの曲も、開放弦の響きが生きているが、自分は昔から、
開放弦は苦手で、もともとは、クラシックギターを始めた頃に、
最初は開放を含む、第1ポジションで、入門の曲から覚えて、
次第に、第2・第5と上がるから、開放弦を馬鹿にしていた。

開放弦を使うのは、初心者だと、ろくに練習もせず、とばして
フォークのローコードも同様、ハイポジのセーハこそが偉い、
ジャズで、テンションコードを覚えると、その傾向は増長して、
指を寝かせる癖もあり、開放弦を響かせるのは、下手なまま。

99年頃、久々にアコギをやると、単純なCのコードさえ苦労、
1弦と3弦の開放弦を、2・4弦を押さえる指で消音していて、
ポコポコした音に愕然、雑音が出ないよう、指を寝せる癖が
初心者の曲さえ、まっとうに弾けないほど、悪癖となっていた。

その癖は、クラシックギターをやり直した、昨年にも再認識し、
指を立てる努力をしてるが、別の理由でも、開放弦は嫌いで、
押さえて弾く場合との、音色の違いが歴然とし、ハイポジから、
戻ったときは、音色、音量のバランスに、すごく苦労している。

芳志戸幹雄、小原聖子が、「ギターをひこう」で取り上げた曲、
同時代の作曲家によるギター曲、「まどろみ」「風にゆられて」、
テンポはわからないが、「ジムノペディ」みたいと勝手に解釈し、
さらに、ゆったりとして、開放弦の響きを意識し、弾きました。











Copyright © 僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ. all rights reserved.