僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
セーハの連続が、今でも苦しい、S・マイヤーズ「カヴァティーナ」
クラシックギターの映画音楽というと、ナルシソ・イエペスの、
「禁じられた遊び」が思い浮かぶが、それに続く定番曲だと、
79年公開の映画「ディア・ハンター」の、メインテーマである、
スタンリー・マイヤーズ作曲の、「カヴァティーナ」になろうか。

もともとはピアノ曲だが、ギタリストのジョン・ウィリアムスが、
(ちなみに、スター・ウォーズの作曲者とは別人)、71年だか、
ギターソロに編曲して録音して、映画のサントラに際しては、
ギターの二重奏に、オーケストラが重なってくる編曲にした。

この楽譜は、現代ギター社「名曲演奏の手引きパート2」に、
載っていて、曲を聴いたのは、「歌のない歌謡曲」のような、
演歌やポップスを、オーケストラやビックバンドが演奏する、
NHKの番組だったが、30年前なので、番組名もあやふや。

この番組では、たまに、エレキギターがメロディを奏でていて、
夕食以外は、部屋にこもって、ギターを練習していた自分に、
「おい、テレビでギターやってるぞ」と、父が声をかけてきては、
家族団欒というか、一緒に見て、民放でも似た番組があった。

「カヴァティーナ」は、ギターも合奏していたか、覚えてなくて、
もしかすると、映画音楽特集の、番組だったかもしれないが、
とにかく、メロディが気に入って、楽譜を出して、弾いてみると、
アルペジオ主体で、楽勝のようで、セーハが押さえられない。

いつものことだが、何となく弾けると、それだけで満足するし、
セーハを鍛えて、しっかり音を出せるように、練習する程には、
クラシックギターに気合が入ってなくて、次に楽譜を出すのは、
はるか後、99年に、村治佳織でのギターソロ版を聴いたとき。

村治佳織がCMで、サグラレス「蜂雀」を、軽々と弾いてたり、
「情熱大陸」で、作曲家のロドリーゴに、会いに行く回を見て、
雑誌ヤングギターに出ていた高校生が、立派になったなあと、
買ったCDが、当時の新作で、題名もずばり「カヴァティーナ」。

押入れから楽譜を出したが、セーハは、相変わらず、きつくて、
Fコードが押さえられず、フォークギターの初歩で挫折したなど、
よくある話で、自分はFを克服したものの、例えば2フレットで、
Bm7とか、F#m7のコードは、いまだに押さえられないまま。

自分の指は短いうえ、節くれだっているので、関節の隙間に、
弦が入りこみ、必死で強く押さえても、音がかすれてしまうし、
数ミリずらして、指の腹を当てても、引力の法則ではないが、
するっと動いて、やはり隙間に弦がはまり、ポコポコした音に。
 
そうして挫折した曲を、さらに10年以上経過した、いま現在、
セーハ・バレーコードの練習にもなるし、三度目の正直だと、
まずはFのアルペジオを、1フレットから始め、半音ずつ上げ、
10フレットから、また下がる練習で、セーハの握力を鍛える。

さらに、自分のエレガットは、ネックやフレットの形のせいか、
6弦を押さえる力を、ほんの少しでも緩めると、音がビビって、
それは、セーハに限らないので、次の音を出す、直前までは、
プルプルしながら、力を入れて、押さえるので、指が痛くなる。

この曲は、リットーの「クラシックギターのしらべ」にも掲載され、
開放弦を使ったり、ポジションを変えて、弾きやすくしているが、
元の運指どおりに弾くことに、今のところ意固地になっているし、
手の小さい村治も、弾いているのだから、決して無理ではない。

ただ、握力がついて、きっちり鳴るまで待ってたら、いつまでも、
曲の演奏はできないと、開き直りで、中途半端な演奏のまま、
アップするわけで、こりない性格だが、それでも少しくらいは、
上達していくだろうと楽観して、毎日の基礎練習は続けていく。

映画「ディア・ハンター」のメインテーマ曲であり、村治佳織や、
弟の村治奏一、師匠である福田進一も演奏して、おなじみの、
「カヴァティーナ」を、ジョン・ウィリアムスによるギター編曲で、
連続セーハで、音がかすれながらも、無理やりアップします。



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初級向けでも、奥が深い、タレガ「ラグリマ」と「アデリータ」
この1ヶ月ほど、クラシックギターの練習に集中しているが、
なかなか、右指が思うように動かず、自分の限界なのかと、
思ったりもするが、そもそも、1時間基礎練習をやるだけで、
すぐに上達するわけもなく、まだまだ練習不足というところ。

ドラマ「のだめカンタービレ」での、主人公たちの練習量は、
半端じゃないし、映画化された「さよならドビュッシー」や、
続編「おやすみラフマニノフ」でも、クラシック演奏者たちの、
壮絶な練習風景が出てきて、さぼりがちの自分を猛反省。

これは決して、ドラマや小説の中の、誇張された話でなく、
近所から、ブラバンらしき高校生の、練習する音がするが、
週末など起きている間中、ずっと練習してるんじゃないか、
というほどで、1日8時間と豪語した、学生時代を思い出す。

その近所から聞こえる音が、目に見えて(音に聞こえて?)、
うまくなっているのがわかり、ああ、練習は嘘をつかないと、
実感したものの、若き高校生と、50歳過ぎの年寄りとでは、
進歩の度合いは大違いで、もどかしいくらい指は動かない。

せめて、きれいに音を鳴らそうと、消音を意識してみたらば、
逆に不用意に弦に触れて、ギョーンとか、ガチャガチャとか、
雑音を出してしまうが、今は焦らず、初級の練習曲をさらい、
丁寧に音を出して、少しずつ、スピードも上げていくつもり。

渋谷河合楽器に通った頃、弾けもしない、上級向け楽譜を、
買い集めていたら、「初級の曲でも、馬鹿にできないぞ」と、
クラシックギターにも精通していた先生が、歌い上げるよう、
弾いて見せてくれたのが、タレガ「アデリータ」という短い曲。

単純な自分は、すぐ感動し、これは初級から、やり直そうと、
第3巻だけ持っていた、「鈴木巌のクラシックギター教室」を、
1・2巻も買いそろえると、河合はジャズギター教室だったが、
時おり教本を持ち込んでは、お手本を先生に弾いてもらった。

タレガの「アデリータ」は、テンポやキーが似通ったせいか、
「ラグリマ(涙)」という曲と、テキストでも並んで載っていたり、
レコードやコンサートでも、一緒に演奏されることが多いので、
自分も、合わせて練習したが、今弾くと、混ざって覚えていた。

2曲のフレーズが、こんがらがってしまうのは、問題外だが、
タレガの曲は、いかにギターを、美しく響かせるかを考慮して、
作曲されているので、指使い・運指も、指定されている時は、
弾きにくい場合であっても、まず守って弾くのが基本だそうだ。

ギターなど弦楽器では、ピアノや管楽器と違い、同じ音程を、
弦やポジションを変えても、出せるので、1弦開放のミならば、
2弦5フレット、3弦9フレット、4弦14フレットでも鳴らせるが、
当然、各弦の太さ、押さえる位置によって、音色は変化する。

弾きにくい指使い、ハイポジションの使用は、必然性があり、
作曲家としてだけでなく、ギタリストとしても、技術を深めた、
タレガのつけた運指は、確かに、この「アデリータ」1曲でも、
開放弦をからめたり、3弦の太い音など、すごく勉強になる。

ただ、ゆっくりの曲ばかり練習していると、早弾きの血が騒ぎ、
難易度Dの楽譜にも手を出すわけで、16分音符が続いている、
それだけの理由で、楽譜を買った、サグラレス「蜂雀」などが、
目標の曲ですと、予告編ではないが、練習経過を記録しておく。

近代ギターの父・タレガが、生徒の為に書き下ろしたとされる、
「アデリータ」と、その対のような「ラグリマ(涙)」を、ゆっくりと、
音色を探りながら演奏して、その反動もあって、早弾きの曲を、
ヤケ気味に弾いた、サグラレス「蜂雀」と、合わせてアップです。









ギタリストが好んで編曲する、ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」
先日、ドビュッシー「月の光」を、ギター版で演奏したが、
同じく、ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」も、ピアノ曲で、
和音の響きが美しいうえに、旋律も、わかりやすいからか、
多くの人が、ギターに編曲しているし、録音も数多くある。

ドビュッシーは、ギターを「表情豊かなクラヴサン」と呼び、
ギターのために作曲をしようとしたが、ギターの奏法など、
ギタリストのリョベートに相談するも、多忙だと、断られて、
果たせなかったそうで、ギター界にとり、ものすごい損失。

ドビュッシーに捧げる形で、これも大作曲家のファリヤが、
「ドビュッシーの墓」という、ギター曲を書いているのだが、
これが、ファリヤの唯一のギター曲というのも、興味深いし、
ロドリゴは「祈りと踊り」を、ファリヤに捧げ、しりとりのよう。

「亜麻色の髪の乙女」のギター譜は、手元にあるだけでも、
全音ギターピースの東条俊明、「ギターをひこう」の鈴木巌、
「クリストファー・パークニング曲集」のジョン・マーシャルや、
「現代ギター」のホセ・ルイス・ゴンザレスと、人気が伺える。

原曲のキーはG♭で、五線譜には♭記号が、6個もつくが、
ギター編曲では、半音上げたGにして、演奏することが多く、
ギターの音域に合わせ、ピアノの和音を、どう省略するか、
旋律をオクターブ変えるか、の違い程度で、似通った編曲。

おそらく、かなり早い時点で、演奏したのは、セゴビアだが、
珍しく、キーはEとなっていて、原曲の最高音C♭の音程を、
オクターブ下げずに演奏するため、FかEへ移調するところ、
ギター特有の開放弦の響きが活かせる、Eにしたと思える。

現代のクラシックギターを確立した、アンドレス・セゴビアは、
新しいレパートリー作成に意欲的で、作曲家に依頼したり、
自ら編曲を手がけたのだが、おなじみのバッハの曲以外に、
ドビュッシーやムソルグスキーの曲も、ギター編曲している。

絶対音感のある人は、移調だと、曲自体が変わってしまう、
色彩が、まったく異なり、何のために、作曲者がその音を、
選んだのかが、ないがしろにされると、感じているそうだが、
ピアノや、オーケストラのギター編曲には、移調がつきもの。

自分は、幸か不幸か、絶対音感どころか、相対音感もなく、
セゴビアの演奏を聴いても、何だか、編曲が違うようだなと、
思ったものの、キーが低いとは、ギターで合わせてみるまで
気づきもしないほどで、移調などは、まったく、気にもしない。

ただ、手元にある編曲のうち、和音の構成が、ピアノに近く、
メロディーも、途中から、オクターブ下がったりしてない方が、
原曲に忠実な気がして、現代ギター増刊に収録されている、
ホセ・ルイス・ゴンザレスの編曲を、今回は挑戦することに。

冒頭の旋律が印象的なので、昔から、弾いたりしていたが、
その部分だけで満足してしまい、その先をやらなかったから、
曲自体も、ピアノやギター、フルートと、様々に聴いてたのに、
テーマ以外のフレーズは、鼻歌レベルでも、覚えていない。

ピアノ譜を見て、ピアノ演奏を聴き、曲を覚えることから始め、
テンポの取り方、歌わせ方を学んだが、実際演奏となったら、
指板や、右手をにらみながら、和音を押さえるのに、必死で、
3分前後の曲が、4分にもなる、ゆっくりすぎる演奏となった。

旋律が、オクターブ下がらないよう、18フレット以上の音程は、
ハーモニクスで出す編曲だが、和音と一緒に、鳴らそうにも、
同時には難しくて、ずらして音を出すから、旋律が途切れて、
それならば、下げた実音で弾くほうが、流れ的には良いのか。

実際、現代ギターの準拠CDでの演奏でも、一部のところは、
オクターブ下げた実音で、聴いた限り、何の違和感もないが、
クラシックは楽譜に忠実という、変なこだわりが、自分にあり、
たとえ編曲でも、変更するなら、別の版に、変える方が良い。

そんなこだわりで、結局のところは、弾けない部分だらけだし、
リタルダンドや休符と関係なく、演奏が止まりがちになったり、
まだまだ、左右のコントロールができず、爪のあたるノイズや、
左指が開放弦を引っ掛けたりと、自己嫌悪になる、実力不足。

トヨタCMで、おなじみ、ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」を、
現代ギター増刊、「名曲演奏の手びきパート2」に掲載された、
ホセ・ルイス・ゴンザレスによる編曲で、少しでも良い音色をと、
探りつつ弾いている、今の自分にできる、精一杯の演奏です。




ガットが壊れ、即席のアコギ演奏で、吉川忠英「ウラハラへの道」
このところ、クラシックギターに集中した日々を送っていて、
通勤中にスマホで聴くのも、クラシックギターの曲ばかりと、
あまりにも極端なのだが、クラシックギターの良いところは、
カラオケを作らない分、ギターの練習だけに時間を使える。

今週も、クラシックの曲をアップしようと、毎日、帰宅しては、
基礎練習を1時間、曲の練習を1時間と、順調にこなすが、
今朝方、録音する前に、エレガットの電池を交換したところ、
外す電池と一緒に、スナップのところが、取れてしまう…。

自分で直すにしても、修理に出すとしても、今日の今日は、
無理だから、とりあえず、ガットを生音で、録音してみたが、
空洞部分のない、エレキギターの単板ボディと同じだから、
弦のそばまでマイクを近づけても、ほとんど音を拾わない。

そこで、エレアコを出して、練習していた曲を、録音したが、
もともと、ガットギターで練習していた曲を、アコギで弾くと、
あまりの音色の違いに、ものすごい違和感で、セゴビアが、
バリオスは、鉄弦のギターを弾く」と嫌ったのも、わかる。

ガットと、フォークギターという、張ってあるのがナイロン弦、
スチール弦という差でも、こんなに違和感を感じるのだから、
ピアノ曲のギター編曲など、言語道断、プロの演奏でさえ、
原曲と感じが変わるのも、当然だと、妙に納得してしまった。

アコギで録音するなら、もともとアコギの曲が良いだろうと、
アコースティックマガジンやら、様々な楽譜を出してくるが、
クラシックギター同様、最後まで弾ける曲は、ほとんどなく、
多少覚えている曲を弾いては、いちばん、ましな曲を選ぶ。

アコギマガジンが、季刊となる99年以前、年に1冊出てた、
アコースティックギター」の第6号に、CD付で収録された、
吉川忠英ウラハラへの道」は、オープンGチューニングで、
半音下げさえ、面倒くさがる自分が、珍しく、練習してた曲。

難しいところは、とばしながらも、けっこう練習した曲だが、
久しぶりに弾いたら、最初しか覚えてないうえ、そこでさえ、
隣の弦の、ノイズが鳴ったり、違う弦を弾いてしまったりで、
テクニック不足を痛感するし、バレーコードも、音が出ない。

オープンコードだけに、開放弦の使い方が見事で、中間で、
2弦と4弦で、ハイポジションへ移動しながら、1弦と3弦は、
鳴らし続けるのだが、指を、きちんと立てて、押さえないと、
せっかくの、開放弦の響きを消音したり、別の音が鳴ったり。

逆に、消音ができず、低音弦が鳴り続けたり、まだ左右の、
コンビネーションが不安定だし、爪の表面で、弦をこすって、
カチャカチャと、音をたてているのが、録音したことで気づき、
これを機会に、ノイズを少なく、音を出すよう、修正していく。

フォーク界の大御所ギタリスト、吉川忠英が、97年発行の、
アコースティックギター6」のために、書き下ろし、その後、
アルバムや教則DVDにも収録された、「ウラハラへの道」を、
練習を含め、数時間で仕上げた、あまりに即席な演奏です。







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