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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
中1で見た、「日本沈没」のトラウマが、現実味をおびて
中1の73年、小松左京「日本沈没」は、原作小説と、
映画化とでは、どちらが先に、同級生の間で話題となり、
それこそ、読んでから見たか、その逆だったのだろうか。

原作のカッパブックスは、NHK放送センター前にある、
NHKテキストを扱う書店で、立ち読みの末、購入して、
年末公開の映画は、年明けくらいに、見に行ったはず。

「日本沈没」は題名どおり、日本列島が沈没してしまう、
いわば近未来小説で、ジュール・ベルヌや、アシモフの、
SF小説に親しんでいた自分には、別世界のSFよりは、
現実味があって、どことなく「ウルトラQ」に近い世界観。

映画の中で、竹内均教授、本人が出演し、国会だったか、
プレートテクニクスを説明する場面は、説得力があって、
良くも悪くも、地震の原因はこれだと、固定観念になった。

ラストシーンは、どれが最後だか、記憶があいまいだが、
博士が沈み行く日本で、立ちすくむ姿、多くの人を救おうと、
悪戦苦闘する主人公・藤岡弘、遠い異国の地で列車に乗り、
窓の外を見る、ヒロイン・いしだあゆみと、どれも印象的。

それぞれが、今思い出しても、すごく胸に突き刺さる場面で、
自らのデータ、理論から導かれた結末を確認するように、
沈み行く列島と命運を共にする、小林圭樹演ずる博士の姿。

愛する女性を救いたい、そのため一人でも多くの日本人を、
助け出そうと、必死な藤岡弘は、片目が血だらけの包帯で、
覆われている痛々しい姿で、自分にはすごいショックだった。

伊達政宗や、柳生十兵衛、フック船長の眼帯姿とは違って、
「ああ、いったいなんで、そんなことになってしまったのか」と、
取り返しのつかない事に感じ、悔しさいっぱいに、見ていた。

異国にいるヒロインは、「さまよえるユダヤ人」ではないが、
国を失った日本人は、これから、どうやって生きていくのか、
島国の中で長年生活してきた人々が、あちこちの国へ散り、
いわば居候するような形で、やっていけるのか、不安に感じた。

すごくいろいろなことが、中1の自分には、理解できないくらい、
とびこんできて、その内容を整理しきれないこともあってか、
ある意味、これが、地震という災害へのトラウマとなった。

ちょっとした地震でもおびえる自分に、今は亡き祖父母らは、
「あの関東大震災に比べれば、こんなものは、屁でもない」と、
なかば自慢話をするように、笑いながら、慰めてくれた。

じいじ、ばあば、今、あなた達が経験したことのない大地震が、
日本列島を襲っています。どうか、空から見守ってください!



余震が続く中、何とか帰宅
夜中をまわり、もう昨日の出来事になってますが、
東京地方でも、かなりの揺れを体感した地震で、
皆さんは、はたして、大丈夫だったのでしょうか。

余震が続くうえに、交通機関もストップとなり、
職場にて待機していましたが、午後11時過ぎ、
自転車で、渋谷の実家の様子を見に行きました。

昼から、電話もメールも、なかなかつながらず、
まずは、独居の母の安否が確認でき、一安心し、
そのまま自宅へと向かい、1時前に帰宅しました。

途中の幹線道路は、かなり車が渋滞しているうえ、
12時過ぎだというのに、歩いて帰宅する人々が、
まだまだ列をなしている状況で、雨にならない分、
多少の冷え込みでも、まだましだという状態。

まだ余震も収まらない状態で、築30年の我が家は、
家族全員が、とりあえず、2階で夜を過ごすが、
熟睡してしまうのには、不安があり、今こうして、
ブログを書いたりして、夜明けを待っています。


10代で、バッハの対位法をマスターした、ジェイソン・ベッカー
ポール・ギルバートが、自ら率いるレーサーXに、
自分の生徒だった、ブルース・ブイエを加入させ、
高速ツインギターで、87年に2ndアルバムを出す。

その影響だろうか、こちらが先か、ほとんど同じ頃、
高速ツインギターが売りのバンド、カコフォニーが、
早弾きギター専門の、シュラプネルからデビュー。

今や日本通で知られる、マーティー・フリードマンと、
弱冠18歳のジェイソン・ベッカーが、その二人で、
翌88年には、それぞれが、ソロアルバムまで出す。

自分は、カコフォニーは知らなくて、そのメンバーが、
そろってソロを出したという、記事で二人を知ったが、
なぜか、ジェイソン・ベッカーだけ、CDを購入した。

あまり覚えてないが、カコフォニーは、二人参加でも、
ボーカル曲が半分だからスルーで、ソロアルバムは、
10代のジェイソンの方が、どの程度のレベルなのか、
気になったし、ストラトを弾いていたのも、大きな要素。

1曲目は、シンセをバックに、泣きのギターから入る、
王道のような曲で、早弾きも見事につきる演奏だが、
エッジが効いたギターの音色が、自分の好みである、
こもった音とは違い、それだけがすごく残念に思う。

基本的に、シュラプネルから出るギタリストのCDは、
イングヴェイ系の、ネオクラシカルの早弾きなのだが、
なぜか音色は、ヘビメタっぽい、エッジが効いた音で、
歪ませすぎで、時には汚く潰れた音に、感じてしまう。

その点、ジェイソンは、曲によっては、クリーンな音も、
使い分けているし、歪みすぎの汚い音にはならずに、
ギターの音も前に出ているミキシングは、気に入った。

雑誌や、アルバム解説で、やたらと書いてあったのが、
エアー」という曲が、バッハの対位法で作曲されて、
10代の若さで、その技法を習得しているのは珍しく、
音楽理論にも精通した、驚異のギタリストだと言うこと。

自分は、クラシックギターのバッハの曲が好きで、
確かに、その雰囲気だと思うが、何がどうすごいのか、
理論的なことはわからず、この曲よりも、その他の、
早弾きだらけの方が好きという、単純な考えとなる。

ジェイソンは、デイブ・リー・ロスのバンドに参加したり、
ソロアルバムも出すが、不治の病との闘病生活となり、
演奏より作曲活動が、主となってしまうが、10代での、
この瑞々しい演奏は、今も輝きを放っているのです。





朝日新聞をとっていないのに、友人にすすめで天声人語
実家でとっていた新聞は、父が、連載している、
私の履歴書」を、気に入っていることもあって、
サラリーマン御用達である、日本経済新聞だった。

今でこそ、入学試験対策には、朝日新聞掲載の、
天声人語が役立つ、などと言われたりしているが、
自分たちが受験した頃は、どうだったのだろうか。

ほととんど、天声人語を、読んだことのない自分が、
就職した83年、本好きの友人に、薦められたのが、
深代惇郎の天声人語」、「深代惇郎の青春日記」。

深代は、46歳で夭折した、朝日新聞論説委員で、
「反骨のコラムニスト」などと、紹介されていたが、
その文章のうまさに、友人が感動し、教えてくれた。

日記文学というのもあるが、個人が書いた日記を、
没後に公開する是非は、作家ならいざしらず、
記者の青春時代のノートを、公開するのはどうか。

有名な「アンネの日記」や、「二十歳の原点」のように、
読み継がれているものも多いが、音楽の世界でも、
未発表音源のように、生前の本人の意思に関係なく、
公開するのは、ファン心理との、葛藤もあるところ。

「青春日記」の大学時代は、読書日記が中心だが、
入社前後の気持ちなど、やはり就職した自分には、
すごく身近に感じたし、考察の鋭さに、すごく感銘した。

初めて、正面から向き合って、読んだ天声人語は、
限られた字数の中、5つの段落で、(改行はせずに、
▼マークによる)、起承転結をつけていく文章に、
すごくひかれたし、思わず、ひざを打つ内容が多い。

深代本人が自戒の意味をこめ、「▼印が良かったか、
気にしてしまうし、物事を5つで考えてしまいがち」と、
語ったことが、あと書きで紹介され、ストイックに思う。

それでも、段落がうまい配分になれば、良いことだし、
先人の言葉や、時節の事柄から、文章を書き始めて、
時事問題などへ、展開していく見事さに、魅かれた。

その後、一人暮らしを始めて、朝日新聞をとったが、
天声人語を読むと、深代の文章に慣れていたせいか、
大学生のレポートや、入社試験の小論文に感じた。

おそらく、当時の自分より、はるか年上の論説委員で、
自分には、とうてい書けないような文章だが、内容が、
今一歩だなど、どこか馬鹿にしてしまい、読んでいた。

若いころに読んだ名文で、好みの文章や、使う文体が、
確立されるのだろうし、このブログでは、見た目を気にし、
各段落を3から4行にして、各行の字数がそろうように、
書いてしまうのも、天声人語の影響かもしれません。



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カシオペア・野呂一生と、プリズム・和田アキラのギターバトル
78年、渋谷の西武デパートのディスクポートで、
ギターバトルの曲が流れ、片方は、プリズムの、
和田アキラが弾いていると、すぐにわかった。

もう一人は、誰だろうと思いながら、飾ってある、
LPジャケットを見ると、カシオペア野呂一生で、
ライブハウスなどで、話題になってきたギタリスト。

カシオペアのデビューLPは、翌79年であって、
まだ知る人ぞ知る存在だったが、雑誌にも載り、
クロスオーバー・ファンの間では、注目されていた。

自分も、77年に、ヤマハ主催のコンテストである、
EastWestで、その演奏を聴いて、すごく気に入り、
渋谷ヤマハのライブスポットでも、何度か見ていた。

Tokyo Fusion Night」と、名づけられたLPは、
ドラムの村上秀一、愛称ポンタがリーダーとなった、
セッションで、ギタリストも、数名が参加していた。

アール・クルーや、リー・リトナーの名演で知られる、
キャプテン・カリブ」は、リトナーのアレンジに近いが、
いかしたドラムソロが、かなりフューチャーされていた。

大村憲司と、野呂一生の、ギターソロも聴けるうえに、
松原正樹も、存在感あるリズムギターで参加していて、
かなり豪華な共演で、ギターマニアには納得の演奏。

和田アキラと、野呂一生のギターバトルが聴けるのは、
B面1曲目の、「カム&ダウン」で、当時最速と言われた、
和田アキラの早弾きに、引けをとらない野呂のプレイは、
フレーズもジャズっぽく、新しいスタイルだった。

今回、ブログを書くに当たり、CDで買い直したのだが、
ギターバトルは、16小節を互いに3回プレイする程度で、
もっと延々とやりあったように、自分は勘違いしていた。

きっと、レコードを買ってきて、家で聴きなおした時に、
同じような失望感を抱いたかもしれないが、ほかの曲も、
すごい演奏が聴かれるので、買って損したとは思わない。

渋谷ヤマハで見たときに、野呂は、ジョー・パスのような、
ソロギターから始まり、コードソロでテーマを奏でる、
ジャズ系の演奏をしていて、こうした初期ライブで演奏した、
LP未収録曲の音源は、どこかにないものでしょうか。






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