僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
セミプロのドラマーに、エレクトリックバンドは無理と言われた
86年ごろ、渋谷河合楽器へ通っていたとき、
アンサンブル練習のドラマーは、セミプロでした。

ディズニーランドで、演奏をしたり、
ビート系のバンドでライブハウスに出たり。

練習のとき、タワーレコードで買ってきたと、
見せてくれたのは、チック・コリア率いる
「エレクトリック・バンド」だった。

今度の練習で、やってみるかと尋ねると、
「無理でしょ」と、そっけいない返事。

そんなに俺のギターは下手ですかと、思うと、
「別に、みんなの技術がどうのじゃなくて、
打ち込みだし、機材もそろえないと無理だよ」

シーケンサーで、MIDI機器を同期して、
バスドラムでさえ、他の音源を鳴らすと説明。

テクノとは、違うのかな、くらいに考えた。

後日、道玄坂ヤマハで、輸入楽譜を見つける。

バンドスコアではなく、メロディ程度だったが、
購入して、どんな音かと、CDも買っていく。

1曲目から、スリリングで、ギターソロもいかしている。

ディメオラのいたRTFとは、ちょっと違うが、
スコット・ヘンダーソンや、カルロス・リオス
これぞフュージョンギターという好演。

気に入って、ライブではどう再現しているのか、
レンタルビデオを見つけくる。

CDの演奏を再現どころか、アドリブも長く、
感心したが、基本はトリオ演奏なのか、と感じる。

どうも、スコット・ヘンダーソンが、浮いてる、
というか、リズム隊に、シカトされてるっぽい。

当時の自分は、ジャズコンボにとって、
ギターはお荷物か、という変な劣等感があり、
そういう気持ちで、ビデオを見たせいかも。

ヘンダーソンのギターは、すごく気に入って、
アラン・ホールズワースの盟友、ベーシストの
ジェフ・バーリンと共演したCDを探す。

ジェフ・バーリンのソロアルバムや、
彼と結成した「プレイヤーズ」のCDを購入。

独特のトーンのギターで、早弾きもさることながら、
空に突き抜けていくような、ソロを聴かせてくれる。

いわゆるフュージョンギターの音なのだが、
フェイザーやディレイ、オーバードライブの音が、
個性的というか、微妙に聞き分けできる。

エレクトリックバンドの後任、フランク・ギャンバレも、
似たような音色だが、これもまた、個性がある。

ギャンバレは、スイープピッキングを多用するから、
それだけで、個性的だが、音色の違いも明白。

ブラインドテストで、正解する程の自信はないが、
ギタリストたちの個性って、すごいと思います。

それで、購入した楽譜は、バンドで使うことはなく、
弾けそうなところだけ、CDにあわせてみたくらい。

それにしても、弾けない楽譜のたまること、たまること。

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犬が出てくる本を、本棚から、さらってみる
つい、先日、実家で飼っているビーグル犬が、
17年の大往生となりました。

この一ヶ月くらい、具合がよくないと聞き、
こまめに、様子を見に寄っていたのですが…。

帰り道、庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」冒頭の、
「きのうになって、12年も飼ってきた犬に死なれて」
という文章が、突然、脳裏に浮かんだ。

考えてみれば、古今東西、犬との出会いや、
別れを描いた小説や、エッセイの多いこと。

アニメが印象的な、「フランダースの犬」を、
引き合いに出すのは、恥ずかしいくらいだが
自分の本棚を、ざっと眺めてみると、あるわあるわ。

入試に出て、話題となった江國香織「デューク」

幻想的な物語ですが、心情がせつないほど伝わる。

「ずっとあなたが好きだった」で話題の頃に、
賀来千賀子が書いた「いつもあなたがそばにいた」

いわゆるタレント本の、エッセイなのだが、
長年飼ってきたプードルの思い出を綴っている。

江藤淳「三匹の犬たち」は、学生時代に読んだが、
「夏目漱石論」「小林秀雄」の批評家とは思えない、
犬への「親バカ」ぶりを発揮して、面白かった。

テリー・ケイ「白い犬とワルツを」は、
犬との別れとは、少し手色が違うだろうか。

ガルシア・マルケス「青い犬の目」は短編集で、
現実の犬は出てこないが、別れというか、
生死が重奏低音のように、漂う内容の連作。

比較的新しい、ごとうやすゆき「ダメ犬グー」

ちょっとした犬のしぐさが、「そう、そう!」と、
犬を飼っている人には、たまらない描写だが、
別れの場面は、リアルすぎて、つらい…。

こうしてみると、自分は、まちがいなく犬好き。

スヌーピーの漫画に夢中になった、小4のとき、
いや、少年ジェットに憧れた、幼稚園のときから、
犬派になったのかもしれません。

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レイジーは、最初からハードロックバンドだった
77年、アイドル的にデビューしたレイジー

銀座NOWで、大阪のファンに別れを告げ、
デビューのために上京する場面が放送される。

衣装から、ベイシティローラーズのコピーバンドかと、
半ば馬鹿にしつつも、大半のメンバーが同い年で、
すごく気になった。

ラジオの生放送に出るので、どんな音か聴いてみる。

「あいさつ代わりの1曲は、キル・ザ・キング」と,
DJが紹介し、まさかと思っていると、
あのリッチーのリフが流れてくる。

この曲のスタジオ盤は、まだ出ていないうえ、
「レインボー・オン・ステージ」も出た直後くらい。

それを、新人バンドが演奏していて、驚いた。

確かにバンド名は、ディープパープルの曲名で、
そういうことなのかと、納得。

これは、すごいバンドがデビューしたと思った。

パープルのコピーといえば、当時、が有名だった。

8・8ロックデイのライブ盤や、デビューLPを聴き、
ハイウェイスターをやってくれないかと、
CharBOWWOWとの武道館コンサートに行く。

ところが、脱パープルなのか、オリジナル曲中心で、
エイサー太鼓の合奏もあって、あてが外れた。

これからは、パープル、レインボーのコピーは、
レイジーに期待しようと、思ったのです。

とはいえ、その後の彼らのヒット曲は、
例の「赤頭巾ちゃん御用心」

レッツゴーヤングなどで、見かけるものの、
パープルの曲は、演奏するはずもなかった。

同級生で、俳優を目指しているやつがいて、
「最初は、レイジーのボーカルにでもなって、
まず、顔を売るんだ」なんて言い出す。

「じゃあ、俺もギターで加入して」などと、
教室では数名で、あの振り付けで遊んでいた。

そういう会話で、みんなと、ふざけつつも、
プロギタリストには、なりたいと考えていた。

レイジーは、その後「宇宙船地球号」で解散。

ようやく、ハードロックバンドの真骨頂となる、
楽曲をレコードでも出せるようになったのに。

ギターとドラムは、ラウドネスを結成したので、
早速、「誕生前夜」を聴いてみると、
リッチーよりも、マイケル・シェンカーっぽかった。

この分裂のどさくさに乗じて、自分と俳優志望は、
それこそ、メンバーになれなかったのでしょうか。






「ロックおもしロック」は、本当に面白かった
日曜日に放送されていた、
「ロックおもしロック」という番組。

グレコが提供していて、プリズムの和田アキラが、
早弾きを披露する、GOⅡギターのCMは、
すごく格好良くて、番組以上に印象に残りました。

ゲストのミュージシャンの生演奏もよかったが、
何より、アマチュアバンドの対決が、毎週の楽しみ。

雑誌でも紹介されているような、セミプロから、
中学生、高校生のアマチュアまで出ていた。

中学生バンド対決で、寺内タケシの曲を演奏して、
勝ったバンドは、ギターがとにかくうまかった。

あとから、知ったのですが、メンバーのうち、
中学生は実はドラムだけで、ギターは高校生、
ベースは社会人という、変則技での出場だった。

審査員の近田春男から、
「君たちは、プロになりたい?」と聞かれて、
「なりたくありません」と即答したギタリストは、
数年後に、ハウンドドッグに加入していた。

なんだ、プロになったんじゃないか、と思いつつ、
それよりもギタースタイルが、ベンチャーズだったのが、
最先端のアーミング、タッピングを駆使するスタイルで、
その変化に驚くと同時に、さすがはプロだと感心した。

「毒蛾」という名前で出たギタートリオは、
後日、「Zero」と名を変えてデビュー。

ジェフ・ベックのギタートリオ、BBAみたいだったのが、
楽曲も、演奏も、どことなく洗練されてしまった。

ただ、デビューアルバムには、
ベックの「悲しみの恋人たち」が収録されていて、
これには、思わずニンマリしました。


高嶺の花だったはずの、学研「電子ブロック」
数年前、学研から「大人の科学」が刊行されました。

大人買いとは、ニュアンスが違うのでしょうが、
中高年の食指を動かす、見事なシリーズと言えます。

その中に、復刻版の「電子ブロック」を見つける。

小学何年生だったろうか、似たような「電子ボード」を、
東横デパートで、買ってもらい、遊んだことある。

「電子ブロック」とは、別のメーカーだったのか、
ネットで調べると、廉価版だったとわかる。

何度か、東横の売り場を行き来した気がするが、
結局、「電子ブロック」は、高すぎて、
親から、買ってもらえなかったのか。

復刻版の「電子ブロックEX-150」を買った。

学研・電子ブロックEX-150・復刻版


76年の製品というから、自分が欲しかった物とは、
違っているのだが、当時を取り戻した気分になる。

ブロックを並び替えて、いろいろ作ってみたり、
「電子ブロックのひみつ」なんて本も買うが、
あまりロマンも感じずに、すぐにあきてしまった。

先日、実家の押入れをあさっていたら、
学研「マイコン7」が出てくる。

学研・マイキット・システム7

これって、「電子ブロック」より高いやつだが、
まったくと言っていいほど、覚えていない。

電子ブロックを買ってもらえなかったという、
うらめしい記憶だけが、ずっと残っていた。

大騒ぎして、ようやく買ってもらっても、
すぐにあきて、記憶にも残らなかったのか。

中学生の頃、「東京に住んでいるのに、
東京タワーへ行ったことがない」と言うと、
「3・4歳の頃、また行く、また行くと泣かれて、
毎日のように、連れて行ったんだよ」と、
あきれたように、母に言われたことがある。

自分に都合のよいように、いろいろなことを
歪曲して覚えていたり、すっかり忘れていたり。

この年になって、両親には申し訳なかったと、
お詫びと感謝の気持ちで、いっぱいです。






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