僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
駄菓子屋さんでセル画をゲット
まだ小学校低学年の頃、
渋谷駅前の東横は、親と行くところで、
近所の駄菓子屋さんが、
子供たち同士で出かけても良い場所だった。

70年前後、店内には10円前後のお菓子や玩具が豊富で、
たまに100円玉など親にもらうと、
大得意になって、いくつも買っていた。

お店ではブロマイドやカードなどに混ざって、
なぜかアニメのセル画も売っていた。

袋に封入されていて、どんな絵が出てくるかは、開けるまでのお楽しみ。

キャラクターだけでなく、背景画も入っていたので、
監督気分で、自分だけのワンシーンを作って、悦に浸ったものです。

自分が入手できたのは、「妖怪人間ベム」と「黄金バット」でしたが、
別の地域では、何のアニメのセル画が出回っていたのだろう?

ちなみに、お菓子の箱に入れて実家の押入れにしまっておいたのだが、
40年もたつと、当然のように処分されていた。






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「燃えよドラゴン」に日本中が燃えた
73年末、新宿のデパートにある、
ユースホステルの窓口に友人たちと出かけた時のこと。

ユースの会員になると、宿泊施設のハンドブックがもらえたりする。

眺めるだけで、ちょっとした旅行気分が味わえると、
中学校で流行していたのでした。

ついでに、覗いたレコード売り場には、
大ヒット中の「小坂明子・あなた」が飾ってあった。

そのすぐそばに並ぶ、「燃えよドラゴン」という、
奇妙なイラストのレコードが目についた。

映画のサントラらしいが、上半身裸の主人公らしき人物を見て、
高倉健の映画とはどうも違うが、
中国マフィアの話なのだろうと思っていた。

年が明けると、その映画を見てきた友人が、
興奮して奇妙な声を出す。

いわゆる怪鳥音で「アチョー、アチョー」と叫んで、
キックの真似をするわけ。

「すげーよ」という話が、どんどん広まり、
自分も映画を見に行くことにした。

たいていの映画は母が連れて行ってくれたが、これは父と出かけた。

冒頭の試合のシーンから、すぐにブルース・リーのアクション引き込まれた。

帰る頃には、父と一緒に、「アチョー」とキックのポーズをしていたほど。

すぐに影響される自分は、空手をやっていたという近所の人から、
早速ヌンチャクをもらうことに。

ところが、映画のものとは違って、
拍子木のような木が紐でつながっている代物。

これが本物なのかもしれないが、映画と同じでないと納得できない自分。

考えた末に、すりこぎに黒いビニールテープを巻いて、
鎖でつないでみた。

われながら、そっくりに作れたと喜んで、
自作のヌンチャクを振り回していたが、
顔にぶつけるわ、手製だけに鎖がはずれて、
家具にぶつかるわ、ひどいことに。

ブームを受けてか、すぐにプラ製の玩具が発売され、
そっちに乗り換えた。

ヌンチャク


ちゃんばらごっこではないが、何人もで、
ヌンチャクを振り回していた日々でした。









お楽しみ会でマジシャンデビュー
手品を始めたきっかけの記憶は、
今となっては、おぼろげ。

引田天功(初代)をテレビで見たからか、
東横の玩具売り場で実演を見たからか。

ただ、はっきり覚えているのは、最初に買った手品が、
テンヨー「八つの手品」というセット物だったこと。

そして、その中の「ストップダイス」を、
小学4年生のお楽しみ会で披露した。

紐を通したダイスが、マジシャン(自分です)の掛け声と共に、
落下したり、ストップしたりする手品。

仕掛けがあるのか調べてみてと、クラスの数名に渡しても、
ダイスは落下するのみ。

再びマジシャンが手にすると、
「ストップ」「落ちろ」という命令どおり、ダイスが自由自在。

クラス中の喝采というにはおおげさだが、
拍手に気をよくした自分は、手品にはまっていくのでした。




ジョンレノンがフィリピンで弾いたギター
76年頃、御茶ノ水のI楽器の店頭に、
「ジョン・レノンのギター」が展示されていた。

エピフォン社製カジノというモデルで、
「ビートルズのフィリピン公演で、ジョンレノンが使った」という触れ込みで、
25万円という値札。

日本公演でも使っていたのに、何でフィリピン公演と限定しているのか。

ジョージ・ハリスンも同じギターを使っていたが、
ジョンが弾いた証拠があるのか。

サインもなければ、証拠写真も鑑定書もついていない。
(買えばもらえたのか?)

疑念がわくと同時に、まだジョンレノンは健在だったし、
レア物という観念もなかった自分にとっては、
新品が8万円なのに、中古品が高額というのが納得できなかった。

あとあとビートルズ秘話など読むと、
マルコス大統領夫人のパーティ出席を断ったビートルズは、
追われるようにフィリピンを去っているので、
ギターを置き忘れた可能性もないとは言えない。

いわくつきのギター、
誰かが購入して、大切に保管しているのでしょうか?




雑誌「ロッキンf」で広がる音楽の輪
76年ごろに創刊された音楽雑誌「ロッキンf」は、
Charや和田アキラといったデビュー前後のギタリスト達が、
連載講座やコラムを担当していて、そこで紹介されるアーティストに興味がわき、
音楽のジャンルが広がったりもした。

当時は、個人情報保護などうるさくなかったからか、
読者欄に投稿すると住所まで掲載され、
自分もビートルズについて投稿した際に、手紙を何通ももらったりして、
彼らと意見交換などして、音楽の輪が広がった。

雑誌にはバンドメンバー募集、文通相手募集などと一緒に、
売ります・買いますのコーナーもあったのだが、
そこで楽譜を買ったところ、
「ギターがうまくなりたいなら、ジャズを聴いたほうが良いよ」とのアドバイスと一緒に、
ジョージベンソンの曲も送ってくれた人がいた。

中学時代ビートルズばかり聴いていて、
高校に入って、友人たちからハードロックのバンドなどを教わり、
(というかカセットテープをもらって)
少しずつ音楽の視野が開けてきたところへ、
雑誌を通じた出会いでジャズへと開眼していったのでした。






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