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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
10年前を思い出させるような長い揺れだった2月13日の地震
昨夜、2月13日の夜11時過ぎに地震が発生し、
ちょうど音楽を聴きながら、ウトウトしていたので、
夢の中で、ベッドに縛り付けられて揺さぶられて、
いったい自分はどうなるのか思うと、現実に戻る。

縦揺れの最初の振動から、ほとんど間髪入れず、
第二の揺れが始まり、次第にどんどん強くなって、
いよいよもって、この世の終わりか、この揺れ方、
10年前に職場で体験した、あの大震災と同じだ。

それでも、前回もそうだったが、棚の上のものが、
崩れ落ちたり、自分が寝る枕元の3列10段ほど、
積み上がったAmazonの箱やら、数本のギターも、
倒れることはなく、幸い特に目立った被害はない。

その後のニュースによると、震源の福島・宮城は、
震度6強の揺れで、棚から物が落ちるどころか、
壁が崩れてしまったり、水漏れや停電が発生し、
前回と違って、津波がないのがせめてもの救い。

あの時は、1週間以上強い余震が続き、電車は、
なかなか復旧せず、自分は自転車で出勤したが、
幹線道路は車以上に、徒歩で通勤する人の波で、
台風や雪で電車が止まっても、これほどではない。

まだ我が家の愛犬のビーグルが健在だったから、
いつ避難することになっても良いよう、夜寝る時も、
首輪にリードをつないでいたし、自分もパジャマに、
着替えず、枕元にコートとカバンを置き寝ていた。

話はそれるが、つい先週、ブログ仲間のSMOさん、
猫のみーこさんの記事に、T-スクエアから安藤が、
引退することが書かれて、すぐ影響される自分は、
ここは曲を演奏し、何か自分も記事を書こうと思う。

どうせなら、昔演奏しているが、一番有名な曲の、
「トゥルース」にしよう、角松に続いて焼き直しだと、
オケを作り出し、以前より完成度を上げたいので、
いつ頃演奏したか、ブログ内を検索して試聴する。

それが、まさに10年前で、スクエアの新聞広告、
「僕らは音楽で元気を届けたい」と震災の日本に、
エールを送るようなキャッチコピーにやたら感動し、
当時の8トラMTRとカシオギターシンセで作った。

そうか震災から10年になるし、スクエアの演奏も、
そんな昔だったのか、それなら、絶対、今の方が、
MTRは24トラックだし、ギターシンセも別だから、
再挑戦にふさわしい出来になると、安直に考えた。

そこが、いつもの取らぬ狸の皮算用で、ベースは、
チョッパーではないが、どうも原曲のノリが出ない、
リリコンの部分は早すぎてシンセが追いつかない、
ギターの音色はレスポールにしても、音がか細い。

何よりもイントロのシンセ、前回は話にならないが、
ハープシコードと金属音エレピの混ざったような音、
それが、ギターシンセの184個あるプリセットにも、
384の音色にもないので、どれがましか検討中。

予告ついでに書いてしまうと、声枯れがひどくて、
当分歌ものは無理だから、インストを続けるつもり、
スクエアを悪く言うわけではないが、カシオペアや、
プリズムよりは、ドラム入力が楽なので丁度良い。

これまた再挑戦となる曲だが、自分がスクエア、
安藤のギターを見直して(偉そうですみません)、
LPを集めるきっかけとなった曲、「トゥモロー」も、
やり直そうと、原曲を聴き込むようCDで買い直す。

どちらかの曲でも、来週くらいにアップできればと、
これまた構想だけは膨らむのだが、そう言いつつ、
仕事から戻るとゴロゴロして、ギターの基礎練習も、
おろそかに、寝転がってバンドスコアを見てばかり。

これまた、猫のみーこさん、バニーマンさんの記事、
チック・コリアの訃報にはびっくりで、チックのことも、
思い出を記事にしたいが、バンドスコアはないから、
これも昔やったギター編曲の「スペイン」を弾こうか。

チック・コリアのバンド、リターン・トゥ・フォーエバー、
その第二期で活躍した早弾きのアル・ディ・メオラ、
その師匠格であるラリー・コリエルと、しりとり風に、
繋がるが、コリエルの弾く「スペイン」が好きだった。

これは、こうして思いつきで書いているだけなので、
実際演奏するかは別だが、ギターで弾きたい曲は、
増える一方で、クラシックギターは猛練習しないと、
無理だろうが、癒しのソロギターはできそうな気に。

大風呂敷を広げすぎないよう、このあたりでやめて、
まずは、シンセの音色を決めるが、その作業でも、
ギターシンセを出してストラトにつなぐのが面倒で、
キーボードシンセならスイッチを入れるだけなのに。

ケースから出しっぱなしで枕元に立てかけている、
エレガットやストラトを弾くのは良いが、シンセだと、
1分に満たないセッティングでも、おっくうに感じて、
歳を取ったせいか、MTRをつなぐのも、そう感じる。

健康に無理のないようにというほどの力作業でも、
精神的にきつい作業でもないのに、歳というよりは、
昔からのサボり癖が顔を出すわけで、ここに書き、
ちょっとハードルを上げて、モチベーションにします。

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パソコンの不調の対応で疲れて、更新は来月になります
このところパソコンを起動しても、ロゴ画面が出ず、
キーボードを叩いたり、マウスを動かしてみると、
アクセスランプが点滅・点灯するのが確認できて、
モニターのスイッチを入り切りし、やっとログイン。

パソコン本体側に原因はあるのかもしれないが、
本体は約3年前に買い替え、その際モニターは、
そのまま利用したので、すでに10年選手となり、
たぶん、こっちの方がかなり劣化してきたと思う。

昨日は、液晶画面が緑になったり白になったりし、
以前ノートパソコンが壊れた時は、ピンクだったと、
妙に懐かしく思い出しながらも、そのまま使うが、
今朝はとうとう、まったく何も映らなくなってしまう。

昨晩パソコンを消す際、更新してシャットダウンと、
画面に出てきたが、そのまま普通に閉じたので、
起動と同時に、強制的に更新がスタートしたのか、
ただ、更新なら更新で「○%」の表示が出るはず。

画面が真っ黒で、時にカーソルだけが空しく光る、
いわゆるブラックアウトでもないので、モニターの、
コンセントを抜いて差し直すと、「信号なし」と出て、
どうもパソコンからの信号が、きちんと伝わらない。

まずはケーブルの断線を疑い、別のと交換するが、
状態は変わらず、試しに古いパソコン本体の方に、
つなぎ直してみるが、やはり「信号なし」のままで、
接続部か、モニター内の回路が断線でもしたのか。

パソコンに詳しい息子から、ちょっとでもモニターが、
ちらついたら、俺だったらとっくに買い替えていると、
半ば馬鹿にされるし、娘は仕事で使うつもりなのに、
どうなるのか、明日には仕上げたいのにと苦情も。

こういう時に、Amazonプライム会員だったなら、
お急ぎ便でモニターを買えるのにと、登録しようか、
ちょっと傾くが、いざ届いた時にたまたま不在だと、
意味ないから、やはり自分で店頭まで買いに行く。

スマホで検索すると、Amazonで1万円以下のが、
ビックカメラだと1万2千円、ヤマダは1万5千円、
店頭在庫がどうか不明だが、渋谷へ出ることにし、
ヤマダは10時開店で、ビックカメラは11時開店。

少しでも早く買ってきた方が、もし不調の原因が、
モニターでなく本体だったら、またすぐに行けると、
何せ、今日のうちにエクセルが使えないことには、
父親の威厳は急降下、何としても買ってこないと。

時は金なり、1時間でも早ければ高くても良いし、
店頭での現金割引や特価品などもあるだろうと、
ヤマダ電機へ開店と同時に入ると、モニターは、
アイ・オー・データが4機種と他社の2機種のみ。

持っているのは21インチで、これより大きくなると、
パソコン台からはみ出てしまうので、同サイズを、
店員さんに頼んだところ、上の倉庫にあるのだが、
取りに行く人手がないのでと、やんわり断られる。

10分くらい待てばよいですか、20分でしょうかと、
尋ねても、手が空き次第なので、いつになるかは、
まったくわからないと言われ、原価率が悪いとか、
何か売りたくない理由でもあるのか、あきらめる。

このままビックカメラが開くのを渋谷で待つよりは、
もう次の行動、モニターでなく、本体が原因でも、
今日のうちに何とかするには、軍資金をおろして、
モニターと、娘用のタブレットでも買えばよいかと。

まずはいったん帰宅し、息子にでも相談しようと、
自宅の最寄り駅に戻って、近くのゆうちょ銀行で、
お金をおろすが、その目の前に西友があったので、
小さいけれども、家電売り場があったよなと覗く。

すると嘘みたいな話だが、アイリスオーヤマ製の、
19インチと23インチのモニターが在庫限りであり、
小さい方は税込み9,900円なので、迷わず買い、
急いで帰宅して、パソコンにつなぐと画面が出る。

いやあ良かった、ヤマダで高い買い物をしなくて、
正解だったと安堵したが、ここで調子にのるのが、
自分の悪い癖で、更新作業もやっておこうと思い、
更新して再起動を選択すると、何時間もかかる。

更新プログラムをインストール中の数字が進まず、
2時間くらいして、「更新を適用」の表示になるが、
これも2%のままで、ほとんど進まなくなったりと、
そのうち、ハードディスクがいかれないか不安に。

結局は再起動を繰り返して、4時間くらいかかり、
何とかログイン画面になり、無事に使えたのだが、
待つ間は、もし壊れたらと、スマホの狭い画面で、
オフィス搭載タブレットをどうするか検索して回る。

今日のところは、モニター買替えだけですんだが、
デスクトップが壊れた場合に備えて、外付HDに、
ちゃんとバックアップをしないとまずいし、何より、
娘が仕事で使うなら、専用のを買ってあげないと。

そんなこんなで、貴重な日曜日をパソコン対応で、
費やしてしまい、ただでさえ更新に向けた演奏が、
遅れてしまって、今月は1曲しかやってないのに、
この最終日に仕上げるのは無理だなと、開き直る。

まったく何もしてないわけでなく、言い訳になるが、
右人差し指に血豆ができて、チョッパーは無理と、
フュージョンを先送りにして、ピックでベースを弾く、
歌もののオケを作るが、いかんせん声枯れも最悪。

何を血迷ったか、山下達郎にオフコース、さらに、
ジャーニーのオケまで作るが、声が調子良くても、
地声で歌えないキー、それどころか裏声にしても、
ぎりぎり出るかという高音で、曲の選択を誤った。

インストの方は、カシオペア、スクエアに、角松と、
ドラム入力を、ちまちまやったり、ギターシンセも、
音色を探しながら、ピアノの密集した和音部分を、
2~3回音を重ねたりと、けっこう苦労し作りこむ。

あとは、血豆が治れば、チョッパーベースを録音、
声の調子が良ければ歌ものも何とかなるのさと、
相変わらずの捕らぬ狸の皮算用、お気楽でして、
次の週末には何とかと予告し、今日は休みます。


謹賀新年
謹賀新年
あけましておめでとうございます。
今年も、このブログをよろしくお願いいたします。



コロナの猛威は衰えるどころか、ますます活発で、
東京では大晦日、最後の最後になって千人越え、
それも過去最多949人を大幅に上回る1337人、
このまま年始は医療崩壊となってもおかしくない。

毎年、実家の母にうつさぬよう、インフルエンザを、
もらわないよう、もらってもうつすことのないように、
12月からマスクをして、そのまま春先の花粉症と、
半年近くはマスク姿だが、昨年は丸々1年続いた。

ワクチンのニュースは入ってくるが、効果はどうか、
インフルエンザのタミフルのような特効薬どころか、
確立した治療法もないような状況では、自分など、
年寄りは、とにかく羅漢しないよう気をつけないと。

もともとが出不精だから、ほぼ自宅と職場の往復、
たまにデパ地下やスーパーなどに寄り道するが、
混んでいるようだと、急ぎの買い物でもないからと、
店に入らず、往復の電車も1本見送って乗ったり。

飲み会も外食もまったくしていないし、旅行なんか、
もってのほかで、それでも、いつどこで感染しても、
おかしくないと、ある意味、恐怖感に囚われていて、
ちょっと顔がほてると、すぐ検温して安心感を得る。

大晦日は、昼過ぎの時間帯は電車もすくだろうと、
実家へおせち料理の差し入れに行き、その帰りに、
デパ地下で、年越しそば用の天ぷらでも買おうと、
東急本店に入ったら、天ぷら売り場は長蛇の列に。

ロープを張って蛇行させ、10人ほど並んでいるが、
「中継点」という立看板を持った店員さんが立って、
その先を見ると、いくつも通路をまたいでの行列で、
50人は並んでいたので、早々にデパートから出た。

たまに母へ天丼弁当を差し入れる売り場なのだが、
せいぜい1人並ぶかどうかの店で、年越しそばの、
需要があるとはいえ、異常なまでの行列は驚きで、
いわゆる巣ごもり需要は、逆に密な状態を起こす。

それで、例年のように、近所の天丼てんやに寄って、
ワゴン販売の盛り合わせでも買えばよいと思ったら、
こちらは感染対策で、予約販売のみとなってしまい、
空いていそうなスーパーで、何とか海老天を買えた。

もともと行列に並ぶのは嫌いで、ディズニーランドも、
子供を連れて行くまで、行きたいとも思わなかったし、
近所のスーパーでも、レジが混みあっているようだと、
何も買わずに出てくるので、感染対策には良いかと。

映画館へは10年以上行っていないし、コンサートは、
20年近く行っていないので、コロナの影響はないが、
やはり、ライブの情報が入ってこないのは正直寂しく、
以前の日常はもう取り戻すことはできないのだろうか。

新年早々、大晦日の行列で思ったことから、どんどん、
暗い方へ暗い方へと話が進んでいくのは、悪い癖で、
これくらいにしないと、自分でも落ち込んでいく一方で、
愚痴はこれくらいにして、宅録の準備にかかることに。

いつものことだが、歌もののオケはインスト曲に比べ、
わりとドラム入力も演奏するギターも簡単にすむので、
ついつい楽して、そっちに取り組んでは、声が枯れて、
途中で止まるものばかり、現段階でも5・6曲はある。

シンセの音色がうまくいかない、ギターが難しすぎる、
チョッパーベースのリズムが合わないといったことで、
保留中のインスト曲も多くて、一度中断してしまうと、
再度取り組むモチベーションは、なかなか復活しない。

それで、また別の曲のドラム入力を始めることになり、
どれも中途半端なので、今年は、そうならないように、
取組んだ曲は、ある程度まで完成させてしまうのを、
目標にして、捕らぬ狸だが、月に2曲はアップしたい。

更新があきそうになったら、今日のこの文章のように、
取り留めのない愚痴など書き連ねてしまうでしょうが、
今年もこのブログにおつきあいいただければ、とても、
ありがたいことですので、よろしくお願いいたします。


2020年も、拙ブログに訪問いただき、ありがとうございました。
年末になり、いつも訪問させていただくブログでも、
年末の挨拶が交わされるようになり、自分の場合、
大晦日にでもと思っていたら、ビジネスのサイトに、
「『良いお年を』の挨拶は、大晦日はダメ」とあった。

何でも、大晦日には、良いお年を迎える準備など、
整っていて当たり前で、わざわざ言う必要もないと、
そんな主旨のアドバイスが書かれ、なるほどなあ、
自分はビジネスマナーには詳しくなかったと反省。

それで、何とか今日のうちに挨拶だけでもしようと、
こうして、いつものカバー演奏なんかそっちのけで、
パソコンに向かって、ありきたりの文章を打ち込み、
これじゃ、味も素っ気もないなと、逆に反省したり。

年末は出勤が暦どおりだとか、出不精で家にいる、
年賀状を市販ソフトで印刷といった年末の行事は、
昨年のブログを読み返すと、コピペでよいくらいに、
まったく同じような内容で、我ながら単調な人生か。

歳を取ったせいもあるが、今年と去年、一昨年とが、
ほとんど、ごっちゃになっているし、特に今年の場合、
コロナという未曽有の経験はあったが、それだけに、
職場のイベントもなく、知らない間に1年が終わった。

それでも、こうしてブログを続けることで、何かしらは、
形に残すことができたし、今年は今年で新しい方と、
お知り合いになれたり、コメントを交わすこともできて、
アイデンティティの確立やモチベーションにつながる。

本当に、拙ブログを訪問いだたいた方々に感謝で、
コメントいただいたり、拍手をクリックしていただき、
それが励みになりましたし、スルーだけであっても、
足跡の記録が残って、続ける原動力になりました。

新年もまずは挨拶だけになり、時間があきますが、
ギター演奏は続けますので、来年もこのブログに、
おつきあいいただけますよう、お願いいたします、
それでは、どうぞ皆様も良いお年をお迎えください。


ジョン・レノンがいない世界、その年月の方が長くなっていく
今年もまた12月となり、ジョンのことを思い出すが、
ジョンの生誕80年と没後40年とが重なっていて、
妙な感じで、生きた40年と亡くなった40年とでは、
これからジョンのいない時間の方が長くなっていく。

あの1980年12月の自分は、年明けには成人式、
少し遅れて20歳の誕生日を迎えるというタイミング、
ジョンの訃報に接して、こんな風に自分の10代は、
終っていくのかと、何ともやりきれない気分だった。

それからもう40年たち、迎える3月には定年退職、
そんな日が来るのは、まだまだ先と思っていたが、
いつのまにか、こうして自分も歳とっていたわけで、
寄る年波に勝てず、腰痛や物忘れにさいなまれる。

しかも就職した頃に年配の人から聞かされ夢見た、
悠々自適な年金暮らしの日々とは、どうも縁遠くて、
嘱託・再雇用となり、まだまだ5年間は仕事を続け、
その後も総活躍時代の到来となり休めそうにない。

もう自分の方が、20歳も年上になってしまったが、
この時期になるたび、やたらと目にするようになる、
ジョンの写真を見るにつけ、もし生きていたのなら、
どんな曲を作り、どんなメッセージをくれたかと思う。

ジョンはYouTubeを利用し、曲をどんどん歌ったか、
インスタやツイッターの即時性を追求しただろうか、
アメリカの選挙の混乱には、喜々として姿を現して、
コロナには一丸となって、乗り越えようとしたろうか。

例年以上に、ヤフーニュースにジョンのことが載り、
これまた多くの人が、あの日の思い出をコメントし、
自分と同じような経験をした人が、こうも多いかと、
半ば嬉しくもあり、改めてジョンの偉大さを感じる。

本当なら、ここでジョンの曲でもといきたいのだが、
オケは作ったものの、定番の声枯れになっていて、
今さらインストやソロギターというわけにもいかず、
声の回復を待ち、歌入れしてから記事にする予定。

そのせいもあり、12月8日に、せめて文章でもと、
こうして綴っていても、モチベーションは上がらず、
何だか、だらだらと文字だけを並べている有様で、
自分の中では歌ありき、演奏ありきになっている。

ビートルズのカバー演奏をする機会が減っていて、
目標の全曲制覇はいつになるか、ジョンの曲だと、
手持ちのバンドスコアはあと1・2曲で、ポールも、
あと数曲でレパートリーは尽きるが耳コピは無理。

ビートルズも演奏したいうえ、ニューミュージックや、
フュージョン、ロック、さらにはソロギターまであって、
年金生活になったらと、やりたいことだらけなのに、
話が戻るようだが、定年後もフルタイムで働く予定。

自分が生誕80年となるまで、こうしてブログを続け、
ギターを弾くことができれば、それだけで十分だと、
ジョンのような偉業はなくても、地道にやっていくし、
何より、声枯れを直し、ジョンのカバーを歌います。






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