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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
フラッシャー付き自転車で、とにかく左折
70年代の少年雑誌には、カラー1ページで、
サイクリング車の広告が、大きく出ていました。

中学に入るのだから、子供用自転車は乗れないと、
父親に交渉して、買ってもらうことに。

東横や、西武デパートなどの売り場を回り、
現物を何度も確かめたり、カタログをもらう。

TVCMでは、「♪五段変速、ギヤチェンジ
なんて歌が流れて、変速装置も気になった。

でも、一番の目的は、点滅するフラッシャーで、
どれが格好良いか、何回も見比べて歩く。

見た目よりも、機能重視で、
ドロップハンドル付きを買う友人もいた。

ハンドルは、あとで交換すればよいから、
何をおいても、フラッシャーで選ぶ。

当時の出たばかりの「アストロG」に決定。

サイクリング車・アストロGの広告


デパートよりも、修理のときに便利だからと、
近所の自転車屋さんで、取り寄せてもらった。

家の周辺を、意味なくカーブしては、
ウィンカーを点滅させて、喜ぶ。

せっかくだから、サイクリングにも行こう。

形から入る自分としては、入門書を買い、
サイクリングバッグ工具をそろえる。

サイクリング入門書

先日見つけたのだが、事故など起こしても、
全部自分の責任、と書いた念書が出てくる。

拇印まで押してあるが、まったく記憶にない。

これだけの準備をしたが、結局サイクリングに
行くことは、一度もなかった。

一番遠くまで乗ったのが、中学3年のとき、
模擬試験で、新宿へ行ったくらい。

片道で、せいぜい2km程度でした。

高校生になると、今度はフラッシャーなんて、
子供じみたサイクリング車は恥ずかしくなる。

父に、買い換えてくれと、交渉すると、
「いったい、いくらしたと思っているんだ」と、
頭ごなしに、しかられた。

結局、一人暮らしをする時も、乗っていき、
20代後半まで使って、まあ元を取った。

自分の子供が、マウンテンバイクを欲しがり、
専門店に下見に行くと、値段が1桁も2桁違う。

5万円程度の、スポーツ車でごまかしたが、
何十万円もするMTBは、親子三代でも、
とうてい、元は取れないでしょう。


高嶺の花だったはずの、学研「電子ブロック」
数年前、学研から「大人の科学」が刊行されました。

大人買いとは、ニュアンスが違うのでしょうが、
中高年の食指を動かす、見事なシリーズと言えます。

その中に、復刻版の「電子ブロック」を見つける。

小学何年生だったろうか、似たような「電子ボード」を、
東横デパートで、買ってもらい、遊んだことある。

「電子ブロック」とは、別のメーカーだったのか、
ネットで調べると、廉価版だったとわかる。

何度か、東横の売り場を行き来した気がするが、
結局、「電子ブロック」は、高すぎて、
親から、買ってもらえなかったのか。

復刻版の「電子ブロックEX-150」を買った。

学研・電子ブロックEX-150・復刻版


76年の製品というから、自分が欲しかった物とは、
違っているのだが、当時を取り戻した気分になる。

ブロックを並び替えて、いろいろ作ってみたり、
「電子ブロックのひみつ」なんて本も買うが、
あまりロマンも感じずに、すぐにあきてしまった。

先日、実家の押入れをあさっていたら、
学研「マイコン7」が出てくる。

学研・マイキット・システム7

これって、「電子ブロック」より高いやつだが、
まったくと言っていいほど、覚えていない。

電子ブロックを買ってもらえなかったという、
うらめしい記憶だけが、ずっと残っていた。

大騒ぎして、ようやく買ってもらっても、
すぐにあきて、記憶にも残らなかったのか。

中学生の頃、「東京に住んでいるのに、
東京タワーへ行ったことがない」と言うと、
「3・4歳の頃、また行く、また行くと泣かれて、
毎日のように、連れて行ったんだよ」と、
あきれたように、母に言われたことがある。

自分に都合のよいように、いろいろなことを
歪曲して覚えていたり、すっかり忘れていたり。

この年になって、両親には申し訳なかったと、
お詫びと感謝の気持ちで、いっぱいです。




ゲーム気分の、通帳コレクション
小4くらいのころ、友人たちの間で、
通帳を作ることが、はやりました。

誰かが、お年玉を貯金したか何かで、
通帳を作ったと、見せたのが発端。

とっくに持っている、俺も作ってもらったと、
競うように、通帳を持ち歩く友人たち。

そのうちに、こづかいの100円だけで、
通帳が作れたと、何冊も見せびらかすやつも。

自分も、通帳が何冊も欲しいんだと、
100円玉を、何枚か母に渡すと、
「いくら何でも、100円じゃあねえ」と、
5千円くらいに足して、作ってきてくれた。

自分も作ったと、友人に見せて満足し、
その後は、入金するでもなく、そのままに。

いくつかの通帳は、解約もせずに、光熱水費や、
保険料などの引落としに使っていたらしい。

実家から「大和銀行」「太陽神戸銀行」
「渋谷信用金庫」など、古い銀行名の通帳が出てくる。

幼い頃、遊び半分に作った通帳の後始末で、
何度か仕事を休んで、解約手続きに回ったのです。


人生ゲームより先に遊んだのは、モノポリーでなくバンカース
68年、「貧乏農場へ行くか」という
ものすごいCMのインパクトもあって、
人生ゲームが大流行した。

あとから、すごろくの一種だが、
モノポリーが元祖」などと言われた。

でも、僕らはモノポリーで遊んだ記憶はなく、
しいて言えば、バンカースというゲームでした。

「納税」のコマで、歩道橋だかの上で、
寂しそうにしている、後姿の挿絵があり、
税金の意味もわからないまま、
なんだか、悲しい出来事なんだと思った。

人生ゲームは、世相を反映したイベントなど、
リニューアルを繰り返している。

親戚が集まったときに、甥っ子たちと遊んだが、
お札を用意したり、株券を配ったりと、やっかい。

子供の頃は、こういう細かいところが、
逆に気に入ったり、準備することが楽しかった。

社会人になり、効率性を追求するあまり、
遊びに対しても、時間の無駄とか思うのか?

いえ、単に年をとって、従来の面倒くさがりやが、
ますます悪化しているに、過ぎないのでしょう。








スパイメモには、メモなどしなかった
小学生のころ、スパイメモが大ブームに。

自分は、スパイ大作戦も、
007も見たことがなかったが、
「水に溶けるメモ」に、とびついた。

いったい、何枚入っていたのか、
メモ書きなどせずに、水に溶かしては、
喜んでいたら、すぐになくなった。

サンスターからは、スパイメモに続いて、
スリム形になった、新スパイメモが出たし、
その後も、スパイセットなど発売していた。

スパイメモと、新スパイメモは、
一緒にして、どこかに入れておいたはずと、
実家の学習机など、あさってみる。

スパイメモは見つからなかったが、
「プロスパイノート」が出てくる。

スパイメモ(プロスパイノート)

プロスパイノートの内容


これが、ぜんぜん記憶に残ってない。
新製品を、惰性で買っていたのだろうか。





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