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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
今年最初の曲は初日の出にこじつけて「ヒヤ・カムズ・ザ・サン」
謹賀新年

あけましておめでとうざいます。
今年も、このブログをよろしくお願いいたします。


ブログは週末更新を目標にしているので、今年最初の週末は、
1月6日となってしまい、関東での松の内が明けるぎりぎりだし、
年賀状の切手代も、この週末を過ぎると10円値上がりという、
年始の挨拶としては遅いうえに、夜中近くの押せ押せの状態。

今年も、ブログの週末更新を何とか続けたいし、少しくらいは、
早めの時間に切り上げたいが、どうもお尻から逆算してしまい、
日曜に多少オケを作ると、平日はのんびりしてしまい、金曜に、
あせってギターを練習、土曜日の夜までかかり曲を仕上げる。

ブログ記事については、その週に取り組んでいる曲について、
通勤中にスマホにメモ書きして、それは半分は満員電車内で、
両手を上に出して入力するアピールで、痴漢冤罪防止が目的、
そのメモを元に、土曜の夜中近くになると、文章を整えている。

夏休みの宿題を最終日に集中したり、中間・期末テストの時は、
翌日のテストの時間割から逆算し、科目に優先順位をつけては、
一夜漬けでやっていた中学時代からの癖が、今でも変わらずに、
付け焼刃の更新ばかりになりますが、どうぞお付き合いください。

年の初めの1曲というのは、クリスマスや年末の最後の曲と同様、
だんだんネタも尽きてきて、こじつけばかりになっていて、今年は、
「初日の出とかけまして~」という程の、謎かけレベルではないが、
ビートルズ、それもジョージの名曲「ヒヤ・カムズ・ザ・サン」にする。

歌詞を見れば明らかだが、「長い冬だったが、陽が射してきた。」、
「氷も溶け始めている。」と、春の訪れを歌ったもので、これからが、
冬も本番、本格的な寒波到来、冬将軍が訪れる時期にあっては、
場違いなのも承知の上で、新春だし、初日の出だしと、こじつける。

この曲自体、実は以前に演奏していて、まだ、ビートルズも含めて、
自分の下手くそな歌はNGだと分別があった頃、クラシックギターに、
編曲されたものを弾いたり、「ひき語りビートルズ」のアコギ伴奏に、
ガットギターでメロディという二重奏をやったが、今回はフルバンド。

愛用のビートルズ全曲バンドスコアを頼りに、メインとなるアコギに、
ベース、ドラムのベーシックトラックに、本人たちのダビングと同様、
コーラスと手拍子に、追加のアコギとエレキギター、オーケストラや、
当時の最新機材、ムーグシンセサイザーによる対旋律をダビング。

ビートルズは、コンサートを中止、レコーディングバンドとなってから、
ライブを意識せず、オーケストラやホーンセクションなど活用するが、
メロトロンやシンセの最新機材の導入も積極的で、半ば遊び半分に、
スタジオにあるものはいじっては、それなりの音に作り上げてしまう。

ムーグは、ジョージが手に入れると、あれこれ試しに鳴らしたようで、
それだけをアルバムにした、前衛音楽っぽい「電子音楽の世界」を、
ソロ作として発表していて、その成果というか、「アビー・ロード」では、
かなりまともに、メロディや効果音として、ムーグを使いこなしている。

ところで、自分はずっとムーグと呼んでいたら、今ではモーグの方が、
一般的な名称で、考案者本人の名前ということもあり、正しい発音に、
改めたそうだが、人名や呼称が、いつのまにか変わることは多すぎて、
ジャン・レノは、ジョン・レノンの正しい発音だと言われても納得しそう。

そのムーグの音は、メロトロンがサンプリング音源だったのに比べると、
いかにも電子音楽、シンセといった音で、初期のゲーム音楽にも多い、
特有の音色なのだが、自分のギターシンセは、ピアノやストリングスの、
リアル音源は多いが、こうした作り物の音は少なくて似せられなかった。

リアル音源を組み合わせて、エフェクト加工して、波形をいじっていくと、
それっぽい音になるのか、ビートルズに限らず、今後予定している曲、
プログレにしても、フュージョンにしても、ムーグはよく使われてるので、
少し時間をかけて、ギターシンセの音作りにも取り組めればよいと思う。

日経「全曲バイブル」には、ムーグ以外に、ハーモニウム、リコーダーと、
使用楽器が書いてあるが、どのフレーズがムーグでなく、生楽器なのか、
オーケストラもストリングス系だけと思ったら、フルート、クラリネットまで、
総勢17名だそうで、とりあえず、スコアの4声パートはストリングス音色。

「ヒヤ・カムズ・ザ・サン」は、それまで作詞作曲するのが少ないうえに、
傾倒したインド音楽ばかりやっていたジョージが、ホワイトアルバムで、
「ホワイル・マイ・ギター~」を作って、才能の片鱗を見せたのに続いて、
一気に開花したかのように、「サムシング」と共に2大名曲を上梓した。

「ホワイル・マイ~」のリードを任せた、親友のエリック・クラプトンの家に、
遊びに行っていた時に、庭で日向ぼっこしながら、ギターを弾いていて、
「ヒヤ・カムズ~」を作ったそうで、アップルの経営という仕事に疲れはて、
やっとのんびりできたという気分だから、曲調も明るくなっている模様。

中学時代から愛用している「ひき語りビートルズ」には、ほぼ完コピで、
7フレットにカポタストを付けて、Dのコードを中心に展開するのが載り、
昔からの得意なつもりでいたが、イントロ一つとっても、実際は複雑で、
低音弦と高音弦を交互にかき鳴らすのではなく、単音や和音が混じる。

きらびやかな高音と、ずっしりとボトムを支える低音とを響かせるようで、
5・6弦はミュート気味に音をコントロールしつつ、ピックのこすれる音が、
すごくリズミカルにアクセントを添えていて、この再現はかなり難しくて、
使用するギターや録音環境もあるのだろうが、何年弾いても似てこない。

ジョージが日本公演で弾いた「恋をするなら」は、12弦ギター使用だが、
これも7フレのカポタストで、Dコード中心なので、どっちを弾いていても、
途中でわからなくなって、別の曲になったり、アクセントを間違えてしまい、
ジョージ本人の曲だからパクリも何もないが、ちょっと似すぎている気も。

エレキギターは、レスリースピーカーを通したような音で、アコギで弾く、
3拍フレーズの部分をユニゾンに弾くくらいだが、YouTubeを見ていると、
幻のギターソロという音源があって、残されたマルチトラックテープから、
ミキシングでカットされたジョージのリードギターの音が聴こえたそうだ。

ビートルズは著作権に厳しいので、すぐに音源は消されてしまうらしくて、
発見したテープを聴くジョージの息子、ダーニ・ハリスンとマーティンとの、
映像に別の音をかぶせたり、違う映像に、幻のギターソロの載せたりと、
いろいろ工夫してくれて、何とかそれでジョージのアドリブソロを聴けた。

途中の変拍子を繰り返す部分でリードギターを弾いていて、この部分が、
しつこいくらいに繰り返すのは、アドリブを想定していたからかもしれず、
結果的には、ムーグの音色を次々に変えながら、1オクターブずつ上げ、
アコギと同じフレーズを弾いたのは、シンセの方が楽しかったのだろうか。

ジョージの曲というと、ポールが張り切ってベースをやたら弾くというのが、
定番になっていて、同じLP「アビー・ロード」収録の「サムシング」なんかは、
ものすごく動き回るベースラインだが、「ヒア・カムズ~」はルート音メインで、
八分音符を刻むシンプルなベースで、変拍子部分でも、遊んだりはしない。

何でも、ベースも含めて、ポールがいろいろな編曲のアイデアを出したら、
ジョージが却下したそうで、もうポールの好きにさせないという意地に加え、
もともとが、ギターの弾き語りで成立する曲で、そうそう凝る必要はなくて、
バングラデシュでは、ジョージとピート・ハムのギター2台のみで演奏した。

途中の変拍子部分、バンドスコアでは、2/4拍子、3/8拍子が3回、5/8拍子、
4/4拍子の繰り返しで、足していくと、3小節と1拍になり、「ひき語り~」では、
2小節と5/4拍子の記譜で、フレーズをわかりやすく表示するか、リズムが、
続いていくのを重視するかの違いだろうが、どちらにしても覚えないと無理。

一番苦労したのはドラム入力で、よくリンゴは変拍子を平気で叩けると感心、
ジョンが作った「グッド・モーニング~」も、5拍子になったりシャッフルになり、
それを難なく叩くのだから、やはりリンゴはビートルズにふさわしいドラマー、
プログレやジャズの技巧派には劣るとしても、その曲も叩けそうな気がする。

この曲はジョンが交通事故で参加していないそうで、「レット・イット・ビー」でも、
ジョン抜きの曲はあるし、「ホワイトアルバム」以降に目立った1人でやったり、
一部のメンバーだけで録音するのは、ゲットバック・セッションでも元に戻せず、
最後のアルバムだと再集結し、力を出しきった「アビー・ロード」もそうだった。

今年最初の演奏となる「ヒヤ・カムズ・ザ・サン」は、得意な(?)ジョンでなく、
ハモリもポールの高音だし、ジョージも意外とハモリの高音を出せるだけに、
コーラス部分が厳しいうえに、ムーグの音色も今一歩で、イントロのアコギも、
ニュアンスが出ず、こいつぁ春から縁起が悪いわいと反省しつつアップです。





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原点に戻れず、なるようになれとあきらめた「レット・イット・ビー」
年末の最後には何を演奏するか、毎年、いろいろと考えてはみるが、
新年の演奏も同様で、行事にまつわるものや季節感のあるものとは、
言いながらも、けっこうこじつけも多くて、とりあえず、ビートルズから、
何かしら、それっぽい曲をと、「レット・イット・ビー」はどうかと思いつく。

ビリー・プレストンのオルガンは、何となく教会音楽のように聴こえるし、
ポールはゴスペルを意識して、この曲を作ったなんて話もあったから、
それこそ、教会の讃美歌、クリスマスシーズンや新年のミサとかでも、
流れてきそうな曲じゃないかと、思いきりのこじつけで、この曲に決定。

愛用のバンドスコアは、何とコーラスパートが、まったく載っていなくて、
こんな時は、いつもお世話になるYouTubeのビートルズの達人による、
「ビートルズ・ヴォーカル・ハーモニー」があるさと、さっそく訪問すると、
3声のハモリを解説していて、ジョンとジョージの2声じゃないのか?

映画の「レット・イット・ビー」の演奏場面で、ジョンとジョージがハモって、
ジョンは口をとんがらせながら歌い、ジョージは音程を確かめるように、
耳をふさいだりしていて、その2人のハーモニーだとずっと信じていたら、
レコードでは、ポール、ジョージに何とリンダのハモリに差し替えたとか。

そのうえ、ベースもジョンが映画で弾いていた6弦ベースの音をカットし、
ポールがやり直しているそうで、ジョンのハモリもベースも消されていて、
それって許されることなのか、ジョージのリードギターも含むダビングは、
ジョン不在で行われたそうで、もうジョンは事実上脱退していたことに。

よくフィル・スペクターが、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」に、
オーケストラや女声コーラスをダビングしてしまい、ダビングなしで行く、
原点に戻ろうという、、ゲットバック・セッションの意図を台無しにしたと、
非難されるが、「レット・イット・ビー」のリンダのコーラスは許されるのか。

それに、シングルのジョージ・マーティン編曲でも、ビートルズの演奏に、
ブラスセクションやチェロが追加されていて、このダビングはOKなのか、
LPバージョンとシングルバージョンの比較で、マーティンのダビングは、
ビートルズを理解しているとビートルズ本にあり、何がどう理解なのか。

中山康樹は、「これはビートルズの音楽でもサウンドでもない。いわば、
『ポールマッカートニーとその楽団』の音楽であり、サウンドだ。」とまで、
「これがビートルズだ」の中で、スペクターに編集する資格はないと怒り、
「シングル・ヴァージョンこそが、ビートルズなのだ。」と結論づけている。

里中・遠山「ビートルズを聴こう」も、「ビートルズらしさを評価する人は、
シングルを評価する」とか、「アルバムは大げさで、シングルは控えめ、
どちらがビートルズらしいかというと、もちろんシングルバージョン。」、
「スペクターよりビートルズを理解し、また愛していたマーティン」とまで。

あいにく、自分には何がビートルズらしさなのか、言われても分からず、
シングルとアルバムの違いは、ジョージのギターソロだけと思っていて、
今回聴きこんで初めて、リピートの回数が違うとか、ステレオの定位と、
オルガンやコーラス、ブラスのミキシングの音量が違うのかと気づいた。

それでも、どうマーティンのシングルバージョンがビートルズらしいのか、
映画のまんまの音源、ジョンがベースを弾き、ハモリもやっているのが、
一番ビートルズらしいんじゃないのと言いたいほどで、昔からのファンと、
公言するわりには、ビートルズについて何もわかっていなかったようだ。

今回初めて知った、リンダのハモリだが、「ヴォーカル・ハーモニー」には、
一番高い音もポールによるダビングで、リンダではないんじゃないかとか、
あれはヨーコだ、ポールがどこかで語っていたなんて、衝撃の発言もあり、
ジョンがスタジオに来ないのに、ヨーコが来て歌うなんて、ありえないはず。

藤本国彦「全213曲ガイド」には、「リンダとメリー・ホプキンが参加」とあり、
さらなる女性の名前が追加されていて、何がどう真実で誰が語ったのか、
ビートルズにまつわる謎は尽きることなく、今も自分には増えていく一方、
いろいろ調べて楽しいことなのだが、この情報化社会にあって何故だろう。

ジョージのギターソロは、どちらも映画のテイクや、その前後のテイクでなく、
あとからダビングしているそうで、アンソロジーやネイキッドでも別のソロで、
ジョージがビートルズのリードギタリストの座にふさわしく、毎回アドリブして、
特にシングルとアルバムでは音色も含めて、まったく違うソロを弾いている。

さらに、よく聴くと、別のアドリブソロが小さく聴こえてきて、ダビングする前、
テイク27のアドリブを、ボーカルかドラムのマイクが拾ったので、ギターの、
トラックを消してリードをやり直しても残ったようで、完コピの達人は、ここも、
再現してるが、耳コピの苦手な自分は、他の楽器に埋もれた音は不可能。

その分と言っては何だが、アルバム、シングル、どちらのソロも捨てがたく、
重なって聴こえないソロよりは、耳コピはできるし、昔から弾いているから、
バンドスコアに出ているアルバムバージョンのソロに、8小節分追加して、
シングルのソロも弾いて、完コピのマニアには禁じ手のソロメドレーにする。

YouTubeで、いろいろなカバーを参考に聴くと、ジャスティン・ビーバーが、
バンドをバックに弾き語りする映像があり、リードギターはサンタナという、
ものすごい演奏を見つけ、これが2011年ニューイヤーイブと書いてあり、
大晦日なのだから、自分が年末に演奏するのも、間違いではないと安心。

そうは言っても、ポールの曲は全体にキーが高く、かなりかすれてしまい、
ジョンの曲の方がましだなあ、それ以上に、ボーカルがひどすぎるなあと、
年末年始のけじめの演奏は、インストにした方が良かったかとも思ったが、
もうやり直す時間もなく、しかも、演奏の細かい修正で、かなりギリギリに。

この曲は、イントロのピアノのニュアンスが出れば、それだけで半分以上、
完成したことになると、何度もギターシンセでやり直し、わりと近づいたが、
この曲で使っているピアノは弦が余分に張ってあり、オクターブ上の音が、
反響するようで、それは無理だし、そもそもペダルを踏む再現もできない。

オルガンやブラスセクションを入れて、伴奏がほぼ完成して、ギターソロを、
重ねていると、いつも楽に弾けるソロが、けっこう厳しくて、その時になって、
テンポを早めに設定していたのに気づくが、もうドラムからやり直していると、
それこそ年が明けてしまうと、かなり根本のミスだが、そのまま録音を続ける。

原点に帰ろう、ダビングなしの一発録音を通じて、また4人で一体化しようと、
ゲット・バックセッションを始め、予定したアルバムタイトルも「ゲット・バック」、
ところが、一体化どころか、人間関係も泥沼化しかけたりで、もうこれは無理、
なすがまま、なるようになれと、アルバムも「レット・イット・ビー」へと変わった。

何だか、これも、曲のタイトルから、できすぎなような話で、映画の編集でも、
屋上の演奏の翌日にやったスタジオライブを先にして、最後の演奏のように、
ルーフトップコンサートをハイライトにもってきたから、ちょっとした口論でさえ、
解散原因に思えたりするから、この曲も、そう深く解釈する必要はないのかも。

年末の最後の演奏は、定番であるビートルズから、定番でないポールの曲、
それも、自分がちょっと避けているシングルヒット、ベスト10の上位の曲の、
「レット・イット・ビー」という、いつも訪問いただく方には意外な選曲でしょうが、
途中で引き返す、ゲットバックの機会をなくして、無理やりのアップとなります。






今年も拙ブログへご訪問いただき、ありがとうございました。
皆様のコメント、拍手、訪問履歴がかなりのモチベーションとなり、
何とか今年も、このブログを続け、曲のアップもやってこれました。
引き続き、来年もよろしくお願いいたします。

次回のブログの更新は1月6日(土)を予定しています。
みなさま、よいお年をお迎えください。


ビートルズ時代に作曲していたジョンの「ジェラス・ガイ」
昔から、ビートルズ・ファン、ジョン・レノン・ファンを公言しながら、
一番ビートルズに夢中だった中学時代でさえ、ビートルズのLPを、
全部買い揃えることはせずに、友人に借りたり、ラジオから録音し、
しかも時代や曲順も気にせず、120分テープに詰め込んでいた。

ビートルズとしては、最初にCD化された時のボックスセットを買い、
現役時代の全曲をまとまった形で手にしたが、アンソロジーだとか、
BBCライブ、ハリウッド・ボウルといった、後から発売されたCDは、
全部は買っていないし、さらにレンタルさえしていないものもある。

そんな自分だから、それぞれのソロとなると、ほとんど買わないし、
昔から、友人に借りることもなく、ラジオからの録音もあまりせず、
ジョンのLPが2枚、ポールが4枚、ジョージ3枚組1個にとどまって、
CD時代になっても、復帰後のジョンの2枚とポールのベスト程度。

高校の頃、FM東京が、ビートルズの全曲を放送したことがあって、
その続編みたいに、ジョンやポールの作品も流した気がするが、
それは全曲だったか記憶も曖昧だし、一応カセットには録音したが、
ビートルズに比べてつまらない気がして、聴き返すこともなかった。

今も、LPで買った、「ジョン・レノンの軌跡(シェイブド・フィッシュ)」、
「ロックン・ロール」の2枚と、「ダブル・ファンタジー」のシングル曲で、
ジョンは十分かなあと思ってしまうし、ポールもウイングスの頃まで、
ジョージやリンゴはなくてもいいかと、それでもファンかと言われそう。

一昨年、ジョンのバンドスコアを買ったとき、知らない曲が2曲あり、
「ミルク&ハニー」あたりの曲かと思ったが、1曲は確かにそうだが、
もう1曲の「ジェラス・ガイ」は、名盤「イマジン」の収録だとわかって、
いくらなんでもジョンに申し訳ない、ソロ作品を軽視しすぎたと反省。

それでも、図書館からCDを何枚か借りたくらいで、すませていたが、
問題の曲(?)、「ジェラス・ガイ」を演奏しようと思い、そうとなったら、
きちんとCDを買って聴きこんで、アップする際の写真に使うためにも、
ジャケットの現物がないと話にならないだろうと、つい先日購入した。

ジョンのアルバムは、専業主夫になる前ならば、全部揃えたとしても、
6枚しかないのだから、毎年、追悼の意味で、1枚ずつ買っていけば、
すぐに揃えられる、その第1弾が、「ジョンの魂」でなく「イマジン」だと、
順序としては逆だが、この期に及んで発売順にこだわる必要もない。

国内盤や紙ジャケットでは高いので、輸入盤にするが、いつもながら、
Amazonでは2千円から3千円を行ったりきたり、細かく見ていくうちに、
Amazonの販売は2千円前後、売り切れて出品者になると高額と判明、
廃盤ではないから、Amazonに入荷するのを待ってから、無事に購入。

「ジェラス・ガイ」は、71年に録音した「イマジン」の収録だが、元々は、
ビートルズ時代にまで遡って、「チャイルド・オブ・ネイチャー」の曲名で、
YouTubeでは、68年の「ホワイト・アルバム」のレコーディングに入る前、
ジョージの自宅に集まった際の、いわゆる「イーシャー・デモ」が聴ける。

これは、ギターの弾き語りだが、「ゲットバック・セッション」の音源もあり、
ドラムも入ったエレキギターの演奏で、「ジェラス・ガイ」と歌詞は違うが、
もうメロディは、どちらも固まっていて、「ホワイト~」で没になったのを、
「レット・イット・ビー」でリメイクしようとして、再度没になったのだろうか。

イーシャー・デモは弾き語り主体だから、それだけで十分聴かせるのに、
ゲット・バック・セッションは何ともグダグダな演奏で、リハーサルだから、
仕方ないと言われるかもしれないが、これじゃあ没になるなあと思えて、
ただ、あのセッション自体が、全体に散漫で完成できた曲の方が少ない。

映画を見ても、海賊盤の音源を聴いても、よくあそこから、アルバムへと、
作り上げることができたと感心するばかり、フィル・スペクターの編集が、
うまかったのもあるが、屋上ライブに向けて、だんだん本気になったのと、
キーボードのビリー・プレストンの参加が、かなり刺激になったのだと思う。

「チャイルド・オブ・ネイチャー」自体は、「レット・イット・ビー・ネイキッド」の、
おまけCDにも入っていたそうで、このアルバムは、発売と同時に買ったが、
コピーコントロールCDで、iPodにもスマホにも入らないから、あまり聴かず、
まったく別モノだと大騒ぎで出たわりには、曲順が違うくらいの印象だった。

今回、おまけCDを聴きなおしてみると、会話の方をメインに編集したのか、
演奏部分はすぐにフェイドアウトしてばかりで、「チャイルド~」のところも、
タイトルの歌詞を歌う前後の数秒のみで、これは多少聴きこんだとしても、
ほとんど印象に残らなかったと思えて、全貌が明らかになる日を待ちたい。

「チャイルド・オブ・ネイチャー」は、歌詞の全部はわからないが、タイトルは、
ポールの「マザー・ネイチャーズ・サン」とかぶるので、「ホワイト~」は避け、
「レット・イット・ビー」の段階ではアレンジが決まらず、「アビー・ロード」では、
B面メドレーに入れるのはもったいないと、ストックしておいたようにも思う。

ジョンのソロ作「ジョンの魂」は、満を持して出したソロアルバムだったから、
ビートルズの後期とは打って変わって、作詞・作曲が爆発したようになって、
録音する曲に不自由しなかったが、落ち着いて、2枚目を出す時になると、
ヨーコの詩を借用したり、昔の曲を引っ張り出したのかとか、想像してしまう。

ビートルズ時代からたまに見せた、「いじけた、かわいそうなジョン君」かと、
思わせるような情けない歌声で、「ねえ、そんなつもりじゃなかったんだよ、
傷つけちゃって、ごめん、嫉妬深くて、ごめんね。」と歌い、ヨーコのせいで、
骨抜き、腑抜けになったかと思えるほどだが、これまたいつもの演技っぽい。

演奏は、ジョンのギターより、ニッキー・ホプキンスのピアノがメインとなり、
ベースは、デビュー前のハンブルグ時代からの友人で、「リボルバー」の、
アルバムジャケットのデザインを担当したクラウス・フォアマン、ドラムは、
このアルバムは、アラン・ホワイトでなく、ジム・ケルトナーが叩く曲が多い。

アルバムのクレジットには、アラン・ホワイトはビブラフォンとなっていて、
打楽器奏者はクラシックでも、マリンバや木琴を演奏するが、ドラマーは、
そういう素養があるのか、あと、全体にストリングスが入っているのだが、
クレジットにはハーモニウムも書かれ、かなり音を重ねて、ぶ厚くしている。

YouTubeには、「ジョン・レノン・アンソロジー」のデモテイクがあり、これは、
ストリングスがない分、ジョンのギターがクリアに聴こえて、格好良いので、
自分の演奏は、ストリングス等は入れたが、ギターの音量を大きめにして、
歌い方はデモテイクでなく、完成テイクの情けない歌い方を多少意識した。

これまた、YouTubeに歌入れするジョンの映像があり、ヘッドフォンをして、
マイクに向かって、目を閉じて歌うのは、全世界に衛星同時生中継された、
「愛こそはすべて」のシーンを思い出して、自分もオケを完成させてから、
ヘッドフォンに手を当てて、ジョンになりきって(?)、ボーカルを録音した。

この曲の邦題は、そのまま「ジェラス・ガイ」で、最初綴りだけ見た時には、
「ジェラウス」か「ジェラース」と思ったが、ジョンも「ジェラス」と歌っていて、
昔なら、「嘘つき女」「浮気娘」のように、「嫉妬野郎」とか「じらす女」とか、
とんでもない邦題がついたろうし、カタカナというのも、時には物足りない。

今年も12月8日を迎え、自分より20歳上だったジョンを、あと数年後には、
自分の方が20歳上になってしまうなと、時の流れを感じつつ、この思いは、
風化させたくないと、今年もジョンの曲を歌うわけで、まだ風邪気味ですが、
ジョンのキーだと少しは楽かなと、「ジェラス・ガイ」を何とか歌ってみました。





ジョンがジョージに贈った「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」

ビートルズのデビューアルバムは、たった1日、約10時間で、
一気に10曲を録音していて、当時のレコーディングの事情や、
新人バンドにスタジオを、そう何日も使わせられないといった、
大人の事情を考えても、かなり無理のある荒わざだと言える。

2枚目のシングル盤、「プリーズ・プリーズ・ミー」が大ヒットして、
人気のあるうちに、アルバムも発売しようというレコード会社の、
戦略があったのに加えて、ビートルズの魅力を伝えるために、
キャバーンのライブ録音も検討した、マーティンの思惑もあった。

彼らの熱気を反映させるには、一発録音が良いだろうと判断し、
そのうえ、ビートルズはツアーのスケジュールも埋まっていて、
そうそう、録音だけのためにロンドンへ戻ることもできないから、
ツアーの合間の1日での一気の録音、奇跡の2月11日となる。

事前にマーティンから、「すぐに録音できる曲は?」と尋ねられ、
ハンブルグ時代からライブで鍛えられたカバー曲を挙げたが、
オリジナルの新曲も準備しておいたようで、昔からやっていた、
「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」に加えて、3曲を録音。

「ミズリー」は、一緒に国内ツアーを回っていた人気歌手である、
ヘロン・シャピロに歌ってもらおうと、ツアーの楽屋で作ったが、
歌詞が暗すぎるとして却下された曲、「ゼアズ・ア・プレイス」は、
ジョンの内省的な歌詞が、この段階から芽生えていたとわかる。

もう1曲は、「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」で、
ジョンの単独作詞作曲だが、ジョージがメインボーカルを担当、
「3つしかコードがないから、ジョージに向いてると思った。」と、
半ばジョージの歌唱力を馬鹿にしたように、ジョンが語ったとか。

アルバムは、マーティンがメンバー紹介を意図したかのように、
1曲目がポール、次はジョンとポールのハモリ、そしてジョン、
さらにジョージ、リンゴとメインボーカルが変わるが、ライブで、
ジョージが数曲は歌っていたので、もう1曲を歌わせることに。

まだ自作曲がないジョージに、もう1曲カバーでも良いだろうが、
ジョンが自分で歌うには、あまり乗り気でなかったオリジナルを、
ジョージに贈ったそうで、贈るというよりは、「くれてやった」という、
ニュアンスに近いらしいし、ジョージはカバーでなく苦労したとか。

カバー曲のように、誰かしらの演奏といった、お手本がないから、
「どうやって歌ったらよいのか、わからなかった。」とジョージが、
こぼしていたそうで、ジョンは、口頭で歌詞とかを伝えたくらいで、
いわゆるデモテープみたいのは、作りはしなかったのだろうか。

却下されたものの「ミズリー」も、他人への楽曲提供を前提にし、
ジョンとポールは、バンドとして失敗しても、作曲活動の方では、
何とか食っていけないかと思ったそうで、早い段階から、他にも、
曲を作り、ビートルズとしては録音していない曲も、かなりある。

ジョンはともかく、ポールは楽譜くらい書けたのかもしれないが、
よくオークションに出てくるのは、もっぱら歌詞のメモばかりで、
他人へ提供する場合は、デモテープにでも弾き語りを録音して、
それを渡すか、第3者が楽譜を起こしていたのはでないかと思う。

ジョンがジョージに歌わせた、もう一つの曲「素敵なダンス」とか、
リンゴへの「グッド・ナイト」に、ジョンの歌ったテープはないのか、
何でも、「ドゥ・ユー・ウォント~」は、エコーが効いて良いからと、
ジョンがトイレで歌って、別のバンドが録音するときに渡したとか。

そのテープは現存するのか、そして、そんな風に録音があっても、
ジョージが、「誰も歌い方を教えてくれなくて、困った。」みたいに、
言うのは、それこそ、ジョンがやっつけに、くれてやった曲とうか、
「ほら、明日の録音の時、これ歌っていいぞ。」みたいだったのか。

ジョージにとって、カバー曲と違い、苦労した新曲だったようだが、
アルバム発売後は、ジョージのリードボーカルの貴重な曲として、
しばらくは、ライブで歌っていて、ジョージのトレードマークとなる、
「ロール・オーバー・ベートーベン」が、やがては、取って代わる。

シンコー「ビートルズ・ライブの時代」には、1957年から66年の、
セットリストが出ていて、63年3月の英国ツアーから、6月までは、
ライブ演奏され、同じくシンコー「全パフォーマンス徹底解剖」には、
TV・ラジオの演奏曲リストがあり、3~5月まで数回演奏している。

この曲は、いくつものビートルズ本で、ジョンが実母ジュリアから、
幼い頃、それも1~2歳の頃に歌ってもらった、白雪姫の挿入歌、
「私の願い(I'm wishing)」が元になっていると、書かれているが、
ウィキペディアに「要出典」とあるくらいで、どこまで真実かは疑問。

何度も、YouTubeで、ディズニーの歌の場面を繰り返し聴いたが、
メロディラインは似ていないし、歌詞も、日経「全曲バイブル」は、
「歌いだしの歌詞も、ほぼ引用している。」というが、何度読んでも、
自分の英語力では、単語一つとっても、同じとは見えないのだが。

「白雪姫」の引用かはともかく、曲はインテンポになる前の部分、
コードをジャラーンと流し、さらにフラメンコ調に、ジャラジャラと、
ギターをかき鳴らして、もったいつけたようなイントロから始まり、
ドラムが入ってからは、スッチャ・スッチャと軽快にコードを刻む。

この曲に限らず、デビューから、セカンドアルバムあたりまでは、
ジョンとジョージのリズムギターが、区別のつかない曲も多くて、
さらに使用楽器も、アコギでアンプにも繋がるギブソンJ160Eか、
2人のトレードマーク、リッケンバッカー、グレッチかも分かりにくい。

この曲は、「ビートルズ楽曲データベース」には、ジョンはJ160E、
ジョージはリッケンバッカー425とあり、日経「全曲バイブル」では、
ジョンがギブソン、ジョージはグレッチで、YouTubeのカバーでは、
2人ともJ160Eとなっているうえ、フレーズの分担も人により違う。

愛用のバンドスコアは、手抜き心が発揮され、せっかくの楽譜が、
ギターが2段に分けてあるのに、セカンドギターは全面、休符のみ、
まあ、ほとんど同じようにコードを弾いているから、かまわないが、
イントロのトレモロ風かき鳴らしと、途中のアルペジオはどっちか。

イントロのジャラーンと伸ばすコードは、明らかにエレキの音色で、
自分のリッケンバッカーのリアピックアップでも、ほとんど同じ音、
その後ろでかき鳴らすのも、エレキのようだが、アコギの感じもし、
次のコードを流すバックでも、さらに細かくジャカジャカと聴こえる。

それなら、どっちが弾くにせよ、2人ともエレキだったのかと思うと、
歌が始まってからの伴奏は、ほとんどはエレキのカッティングだが、
時折、いかにもアコギというコードの音が、はみ出るように鳴って、
やはり、どちらか1台は、ギブソンのアコギだったのかと思えてくる。

歌が始まる前、最後にBの和音を伸ばすところは、バンドスコアは、
7フレットのBコードだが、1弦7フレットのBの音は鳴っていなくて、
Bのコードから外れたG#の音がして、2フレのBコードを押さえて、
4フレを押さえる指が寝てしまって、1弦4フレのG#が鳴ったのか。

ちょっとしたことだが、あえてB6のような、6thの響きにしたのか、
気になって、ジョンの場合は、気分でコードをチョーキングしたり、
押さえていない小指で別の音を鳴らすから、そんな感じだったのか、
ミストーンに聴こえないのが、これまたビートルズマジックの1つ。

歌いだすきっかけのリフは、3連もある単音リフをスムーズに決め、
これは、リードギター担当のジョージだろうが、YouTubeで聴ける、
ステレオミックスは、このリフが左右から鳴っていたり、その音色も、
ミックス具合で、エレキともアコギとも取れて、ただただ悩むばかり。

2番から入るジョンとポールのコーラスは、後からダビングだそうで、
普通に2人とも伴奏しながら歌える、単純なハモリなのに、なぜ、
後からの追加なのか、ジョージのボーカルだけでは、心もとないと、
完成テイク後、マーティンが判断して、その場でダビングしたのか。

サビの部分も、ハモリではなく、リンゴがスティックを叩く音を加え、
これも、歌の不備(?)を補うつもりなのか、結果オーライというか、
ハモリや手拍子とはまた違った感じで、効果的に決まっているし、
逆にハモリは、後からなら、もう少しいろいろやっても良いような。

いまだに、使用楽器や演奏、ダビングの謎も多いビートルズの曲は、
本当演奏するのも、記事を書くのも楽しくて、フュージョン系の曲の、
合間をぬっての、「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」は、
まだまだ完コピというには、解明できない点も多いまま、アップです。











ピーター・フォンダの呟きからの「シー・セッド・シー・セッド」
何度も書いていることだが、自分がビートルズを聴き始めたのは、
74年、中2の夏からで、すでにビートルズは解散した後追い世代、
すでに赤盤・青盤も発売されていたので、「ペパーズ」から後期で、
サウンドも見た目も一気に変化したという、刷り込みができている。

今日では、「ペパーズ」の前作の「リボルバー」への評価も高くなり、
スタジオ作業による実験的、革新的サウンドに、ブラスセクション、
オーケストラの導入と、レコーディングバンドへ変貌していった作品、
ライブの再現が不可能となり、ツアー中止の一因になったとされる。

このアルバムの最終録音日が66年6月21日で、その3日後には、
ドイツ公演、そして、6月29日に来日し、武道館公演となるわけで、
かなりのハードスケジュールだし、このアルバムを完成させながら、
ライブでは古い曲を、歓声にかき消され、演奏していたことになる。

日本にとって、ちょっと名誉なことが、このアルバムの題名である、
「リボルバー」は、来日時、厳戒態勢ともとれる過剰な警備の中で、
やたらと目にした警官の拳銃から、ポールがタイトルを思いついて、
7月2日イギリスへ電報を打ち、発売に間に合わせたとされること。

ただ、普通に考えれば、日本は確かに4人が身動きできないくらい、
厳重な警備だったが、警官や拳銃はどこの国でも見かけたはずで、
しかも、レコードのタイトルと拳銃とに、どんな因果関係があるのか、
「よし、これだ」と4人が納得するには、あまりに理由づけが弱い気が。

そもそも拳銃を見たら、「あ、リボルバーだ。」という名称が出るのか、
自分がガンマニアでないからか、西部劇ならば二丁拳銃のコルト45、
ルパン三世ならワルサーP38、ダーティー・ハリーは44マグナムと、
いくつか名前はうかんでくるが、リボルバーというのは馴染みがない。

中山泰樹の「ビートルズの謎」には、ジャケットのデザインを担当した、
ハンブルグ時代の友人クラウスに、ジョンがタイトルを伝えていたとか、
逆回転やテープループのサウンドから、「回転」を意味する単語にした、
ウィキは「レコードは回転する」から、タイトルになったとも書いてある。

こういうのが、ビートルズの面白いところで、都市伝説までいかずとも、
いまだに、ちょっとしたことでも、いろいろな説があり、調べて楽しいし、
サウンドの分析も、誰がどの楽器を弾いたか、ダビング作業はどうか、
ハモリは誰が上で誰が下かと、自分の勘違いも含めて、新発見だらけ。

「リボルバー」の録音でも、エピソードは欠かせず、最後に録音した曲、
ジョン作の「シー・セッド・シー・セッド」は、ジョンとポールが口論になり、
ポールが出て行ってしまったが、3日後にはドイツ公演へ出かけるので、
今夜中に仕上げないと間に合わないと、ジョージがベースを弾いたとか。

マーク・ルゥイソーン「レコーディング・セッション」には、特に記述はなく、
ドラム、ベース、ギター2本のベーシックトラックを先に録音して、そこへ、
ボーカルとハモリのダビング、オルガンとリードギターを重ねたとあって、
最初に4人揃って演奏した感じで、ポールが出て行ったとの記述もない。

藤本国彦「213曲全ガイド」には、ポールが「僕は録音に一切参加せず、
ベースはジョージが弾いたと思う。」とコメントし、日経「全曲バイブル」は、
「メンバーで口論が起き、~、ポールが怒ってスタジオから出て行った。」
「ジョージがベースを弾いた可能性が、非常に高くなる。」と推測している。

ベースの録音がすんでから、ポールが出ていき、それでコーラスだけは、
ポールが参加していない、というのが、一番素直な解釈だと思うのだが、
当のポール本人が参加していないと公言しているから、いつ語ったのか、
原典を知らないが、ベースは別人、ジョンよりはジョージが自然な流れか。

来日時、ジョージとリンゴはホテルに缶詰めだったが、ジョンは抜け出し、
骨董品を買いに行き、ポールは、当初の目的地に行く前に見つかって、
皇居周辺を散歩しただけで戻ってきていて、2人が別行動になったのは、
スタジオの口論が多少尾を引いていたのかと、いろいろ想像したくなる。

「リボルバー」セッションの最後の曲となった、「シー・セッド・シーセッド」は、
ジョンがホームパーティーに参加した際、居合わせたピーター・フォンダが、
麻薬でおかしくなり、「自分は死の意味を知っている。」と繰り返し呟いて、
「そんなことは知りたくない、こいつを追い出せ」となった実体験に基づく。

ピーターは、まだ映画「イージー・ライダー」で世に出る前で、多少なりとも、
俳優活動はしていたろうが、飛ぶ鳥を落とす勢いのビートルズに比べると、
単なる二世タレントで、下手したら、貴花田が「うんとねえ、うんとねえ。」と、
得意気にしゃべっていたようなもので、それをジョンは歌詞にするだろうか。

ジョンの場合、辻褄が合うようにとか、みんなが期待する流れになるように、
後付けで理由をつけることがあって、「トゥモロー・ネバー・ノウズ」にしても、
「チベット死者の書」の影響を受けたとか、そんなの読んだこともないだとか、
真逆のことだし、ピーターが有名になったから、とってつけた可能性もある。

この曲では、ジョージらしきリードギターは、ハンマリングを効果的に使って、
ポールに「タックスマン」でお株を奪われた、シタール風のフレーズにして、
ジョンは、まだスリーフィンガーを教わる前だが、コードをアルペジオ風にし、
さらに、リンゴのドラムは、これでもかというくらい、フィルインを叩いている。

ベースはジョージ担当ということだが、フレーズは単純ながら音圧もあるし、
ところどころ、ポールが弾くようにアクセントやミュートも見事に決めていて、
やはり、最初の段階でポールが弾いたのではと思いたくなるが、それならば、
「レイン」でやったように、リンゴのドラムに、もっと食らいつくかもしれない。

アルバムタイトルの「リボルバー」、ピーターフォンダが関わったという歌詞、
ポールが不参加で、ジョージがベースを弾いたと、謎を謎を呼んだような、
「シー・セッド・シー・セッド」は、ジョンの曲なので、高音はハモリも大丈夫で、
そうは言っても、逆にジョンのニュアンスが難しく、なかなかうまくいきません。









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