僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
ポールのカウントから始まる「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」
ビートルズは、シングル盤としてで発売した曲は、アルバムには、
収録しないことを原則にしたが、さすがにデビューアルバムでは、
今日でも一般的なやり方、シングルが売れたので他の曲を加え、
アルバムの形にして、LPのほうも売ってしまおうという形だった。

実際、デビュー作の「ラブ・ミー・ドゥ」は、そこそこのヒットだったが、
2枚目のシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」が、1位になったので、
彼らが売れているうちにと、大急ぎで録音し、発売したアルバムは、
ジャケットにも、シングル盤2曲のタイトルが大きく印刷されている。

それでも、ありきたりの寄せ集めにはしたくないと、プロデューサー、
ジョージ・マーティンは考えて、ライブバンドとしての実力を示そうと、
彼らの本拠地、キャバーンクラブのレコーディングも考えたのだが、
下見の結果、、音響的に無理があると判断し、EMIスタジオとなる。

当時、一発録音が普通で、新人バンドの録音に貴重なスタジオを、
何日も使わせることはなかったから、たった1日で10曲を録音して、
結果オーライ、ライブ感あふれる演奏が詰まったアルバムとなって、
オリジナル曲が8曲、カバーが6曲で、捨て曲などない布陣だった。

アルバム1曲目「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」は、まるで、
ライブが始まるかのように、「ワン、ツー、スリー、フォアーッ」という、
ポールの勢いよいカウントから入っていくという、疾走感にあふれて、
この曲が、ビートルズのすべての始まりとするビートルズ本も多い。

シンコー「全曲解説」は、「最初の数秒間に、ポールはビートルズの、
溢れんばかりの若々しさのすべてを見事、凝縮してみせた。」とか、
「ビートルズの到来だ。」と書き、「ビートルズを聴こう」は、「ポールの、
カウントとともに、ビートルズのアルバムの歴史が始まりました。」

藤本「213曲全ガイド」は、「カウントがカウンターパンチのように~」、
「デビューLPの1曲目に針を落とした瞬間に、~カンペキすぎる。」、
中山康樹「これがビートルズだ」は、「ポールのカウントからすべては、
はじまった。本当にすべてが、このカウントからはじまったのだ。」

リアルタイムの人には、本当に衝撃的だったのだろうなと、自分など、
後追い世代は想像するしかないが、ちょっと意地悪な見方をすると、
始まりなら、デビューシングルの方じゃないかとか、日本編集盤では、
B面の2曲目だし、キャピトルの米国編集盤は、A面の2曲目に配置。

中山康樹も、「いや、一部のアメリカ人にとっては、そうではない。」と、
自ら突っ込んでいて、キャピタルと契約する前、マイナーレーベルの、
ヴィージェーから出たLPは、1曲目にしてあるが、ワンツースリーの、
カウントがカットされて、「ファッ」から始まるそうで、何ともお間抜けな。

このポールのカウントは、テイク9のカウントを、テイク12に編集したと、
ビートルズ本では、自明のように書いてあり、知ったときには驚いたが、
90年に出たマーク・ルウィソーン「レコーディングセッション」で、すでに、
触れていて、ただ、「編集(第9及び第12テイク)」のみで、わかりにくい。

YouTubeには、テイク1からテイク8まで聴けるよう編集したものがあり、
ポールのカウントは、「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」と、
どれもが小さな声で繰り返し、テンポを指示しながらの、きっかけであり、
アルバムの冒頭で、歴史ののろしを上げる大声のカウントとは、程遠い。

テイク7やテイク8は、カウントが早すぎたようで、リズムが走りすぎたり、
声が小さすぎで、全員のリズムが乱れてしまって、早々に中断していて、
「全曲バイブル」には、間の悪さに、ジョンが「何だったんだよ」と叫んで、
ポールが大声でカウントしたとあり、そのテイク9のみカウントが目立つ。

これを、勢いのある出だしだ、冒頭にふさわしいとマーティンが判断して、
テイク1に手拍子をダビングしたテイク12に、テイク9からカウントのみを、
つけ足したのだが、カウントを除いた部分が、テイク9まで録音したうちの、
テイク1を丸々採用していて、一発録音の最初のテイクが一番良かった。

テイク2以降は、いつものことだが、ジョンが歌詞をやたら間違えていたり、
ジョージのリードギターも、間奏アドリブを毎回違うフレーズで弾くのだが、
こっちが聴きなれているせいもあり、テイク1が一番、まとまって聴こえるし、
途中でやめるテイクや、編集が前提か、エンディングのみのテイクもある。

一発録音やライブ演奏となると、リンゴのドラムは基本的に安定していて、
ポールも、歌をミスることはたまにあるが、ベースのミストーンは少なくて、
ジョンは、ギターはごまかしつつ、歌詞の間違いは目立ち、ジョージの場合、
出来不出来のムラが多く、それでも、のった時のソロは神がかったりする。

それにしても、YouTubeには、没テイクが、けっこうアップされてはいるが、
できることなら、現存するテープは、リミックス不要で、CD化してほしくて、
何でも、ペパーズ50周年で、レコーディングの時系列で、没テイクとかが、
何曲分の何テイクだか、33曲収録されるらしく、とにかく全部が聴きたい。

この曲は、主に作詞作曲したポールだけでなく、他のメンバーにとっても、
大切な曲なのだろう、ポールは今でも歌い続け、スプリングスティーンや、
ビリー・ジョエルと歌っている映像があり、ジョージも、その2人に加えて、
ミック・ジャガー、ボブ・ディラン、ジェフ・ベックまでが一緒に演奏している。、

そして、ジョンは、エルトン・ジョンのライブに、ゲスト、飛び入り参加して、
「僕を捨てた婚約者、ポールの作った曲だ」という、ギャグをかましつつ、
この曲をエルトンと歌っていて、2人とも、ポールのパートにしているから、
ハモリになっていなくて、ジョンは、何で下のハモにいかないのかは謎。

いつものように、愛用している全曲バイブルを頼りに、自分は演奏するが、
何かと省略されるジョージのギターは、珍しくジョンとの2段書きになって、
これはありがたいと譜面を追うと、間奏のギターソロ以外は、ほとんどは、
ポールのベースラインとユニゾンで、イントロのコードは、ジョン側に載る。

YouTubeの「リマスター」は、正規のリマスターや、独自のミックスが混在し、
2台のギターを左右に分離してくれていて、ジョンは、ほぼコードばかりで、
ジョージは、イントロは、コードのリフを弾いて、伴奏ではベースラインから、
オブリガード、コードと、かなり凝ったことをしていて、多少は耳コピできた。

ライブ映像を見ると、ジョンは、開放弦のC7のフォームで、5フレットにし、
E7のコードを鳴らし、たまに、10フレットにとんでA7、Fフォームを7フレ、
B7を鳴らすのが一目瞭然だが、バンドスコアは、開放弦E7やA7となり、
ジョンは高音を弾かないから、音は合っているが、TABの誤りが多すぎる。

ジョージのパートも、ライブ映像で、かなりわかりやすいが、全曲スコアを、
作った人は、あまり参考にしなかったのか、他の曲でもライブの映像とか、
ビートルズの主演映画やミュージックフィルムで、ポジションがわかるのに、
まったく確認しないのか、ポジションも音も違うことが多くストレスがたまる。

そのジョージの弾くオブリガード、歌を口ずさんでいて、メロディの合間で、
オブリも歌えるほど、印象的で覚えやすいのに、スコアは載っていなくて、
1番・2番で変えて弾くのを、繰り返しにし省略するのは、もう当たり前と、
あきらめもついてきたが、1番から間違えているのは、どうなのだろうか。

間奏のリードギターは、ほぼ正確に採譜してあり、すごくありがたいのに、
せっかくフレーズが弾けても、自分のリッケンバッカーは、ジョージの弾く、
グレッチの音が再現できず、おそらく弦も太くしないと、似てこないだろうし、
ピッキングが弱いせいもあり、何だか、お上品なアドリブになってしまった。

この曲は、ポールの高音に加え、ジョンの高音ファルセットもあり、きつく、
基本のハモリは、ポールが上、ジョンが下という、お約束の通りなのだが、
これまた、よくある、ポールとジョンの入れ代わりがあり、「in mine 」で、
ジョンが高音を歌い、この部分はシとド#となり、シが自分の限界の音程。

さらに、Aメロの「I couldn't dance with another woo 」の「woo 」は、
ポールがオクターブ高いミを楽々と歌っているが、自分には無理な音程、
しかも、もともとメロディを間違えて、ドの音で覚えていたので、開き直り、
ドで歌ったが、それでも、自分の限界の音より高くて、かすれまくっている。

ジョンが歌詞を間違えるのを、半ば馬鹿にしていたのに、かくいう自分も、
「I never dance 」「she wouldnot dance 」「Icouldn't dance 」 が、
ごっちゃになっていて、歌詞カードを見ながら、しかも、その歌詞カードも、
正しくないから、手書きで直したものを見て歌わないと、何度も間違えた。

それと、「standing there 」の「there 」は、昔から伸ばして歌っていたが、
原曲をよく聴くと、エンディング以外は、伸ばさずに短く1拍でやめていて、
ジョンなんかは吐き捨てるような歌いぶり、歌詞を間違えたのをやり直し、
その後で気づいたので、さらに歌い直すことになり、声は枯れていく一方。

自分などは、4~5回歌うと声が出なくなるし、こういう無理やり歌う曲では、
1番から2番に行くと、もう声が枯れてきて、このアルバム録音でジョンが、
最後の「ツイスト&シャウト」で声が出なくなり、テイク1でやめたというが、
そこまでの10時間以上に、よくジョンもポールも声が出たと、驚くばかり。

4月を迎え、新学期、新年度と、どことなくスタート気分が溢れるこの時期、
ビートルズがスタートした1曲、「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」を、
演奏しましたが、ジョージのパートが耳コピで、かなり危なっかしいうえに、
何と言っても、ポールの高音は、自分には厳しすぎて、反省点だらけです。



スポンサーサイト


4人で演奏したようでも編集やダビングの謎もある「ヤー・ブルース」
このところ、サイモン&ガーファンクルやイーグルスといった、
新しくバンドスコアを手に入れた曲を、立て続けに演奏したが、
そうなると、原点回帰したくなるのか、ビートルズが恋しくなり、
それも、ジョンがメインボーカルの曲をやりたいと思い始める。

鍵盤や管楽器、ストリングスが入ると、ギターシンセをセットし、
音色作りも面倒になるから、ギター2本、ベース、ドラムという、
4ピースバンドの形態の曲で、ジョンが歌っている曲はどれか、
愛用の全曲バンドスコアのページをめくり、候補の曲を探した。

各人が好き勝手にやり、1人だけで多重録音した曲も数多くて、
ソロアルバムを寄せ集めたような、「ホワイトアルバム」にあって、
「ヤー・ブルース」は、「バースデイ」と同様、ストレートな感じで、
4人が一丸となって演奏した、ライブ感にあふれた数少ない曲。

この曲は、かなり以前から、演奏するつもりで取り組んでいたが、
自分のMTRの内蔵ドラムマシンは、途中でテンポを変えられず、
メインとなる3拍子、ブレイク部の4拍子、間奏のシャッフルとが、
2拍3連などを組み合わせても、うまくいかずに、挫折していた曲。

昨年、「ルーシー・イン・ザ・スカイ~」を録音する時にも悩んだ末、
3拍子から4拍子になり、テンポの変わる部分は、別々に録音し、
子供から、Audacityという編集ソフトのやり方を教わり、つなげて、
何とかうまくいったので、「ヤー・ブルース」も、それで再挑戦する。

このところ、演奏もブログ記事もおせおせになっていて、演奏自体、
更新予定の土曜日の夕方に、やっと仕上げて、ミキシングに入り、
7個に分けた部分の音量や定位を揃えていると、早くも夜の10時、
慌てて、つなげる編集を始めるが、肝心のやり方が思い出せない。

歳のせいか、3ヶ月近くもたつと、何をどうやって編集したか忘れて、
子供がプリントしておいてくれた、いくつかの解説ブログを読んだり、
さらに、ネット検索してみるが、パソコンが不調でフリーズし始めるし、
再度、子供に教わろうにも、向こうは向こうで、部屋でPCの作業中。

11時になっても、いっこうに先が見えないので、もう無理とあきらめ、
残り1時間では、クラシックギターの練習曲とか録音できたとしても、
その曲についてのブログ記事を書くことまでは、間に合うわけもなく、
そんな投げやりの更新をするよりは、1回休んでしまおうと決断した。

いつも訪問してくれるブログ仲間の方々が、具合が悪く伏せている、
どこか旅行にでも行った、いよいよもってブログは放り出したなどと、
何かあったのか案じられても申し訳ないので、演奏が途絶える件は、
簡単な記事とともに更新して、仕切り直しだと、気を取り直すことに。

「ヤー・ブルース」は、ブルースという形式のせいか、初期のような、
ジョンのリズムギター、ジョージのリードギターに、ポールのベース、
リンゴのドラムという基本スタイルで、4人揃った一発録音に近くて、
それも、録音スタジオでなく、テープ保管庫の狭い部屋だったらしい、

YouTubeに、この曲の解説付きがあり、「Ringo says~」として、
スタジオではなく狭い部屋で録音したとか、書いてあるのを見たし、
藤本国彦「213曲全ガイド」には、ポールの弁、「物置のような狭い、
テープの保管庫で、肩をくっつけあいながら演奏した。」と出ている。

マーク・ルウィソーン「レコーディングセッション」に、ジョージの曲で、
歌入れをコントロールルームでやっていると、冗談半分にスタッフが、
「そのうち隣の部屋でやりたいなんて、言い出しかねないね」と笑い、
ジョンが「そいつはいい、次の曲でやろう。」と、その気になったとか。

キャバーンのようなライブハウスを意識したか、ライブハウスなんて、
洒落た言葉でなく、小屋、納戸で、地味に演奏されていたブルース、
そんな雰囲気を出したかったのかもしれず、英国でブルースが流行し、
そうした風潮をからかいたくて、作った曲とジョンは語っていたらしい。

ジョンは、ローリング・ストーンズのTV「ロックンロール・サーカス」で、
この「ヤー・ブルース」を演奏し、リードギターにはエリック・クラプトン、
ベースにストーンズのキース、ドラムにジミ・ヘンドリックスのバンドの、
ミッチ・ミッチェルというスーパーバンドで、どういう経緯だったのだろう。

その際、バンドは「ダーティ・マック」と名乗り、ブルースを皮肉るから、
バンド名も、「フリートウッド・マック」を揶揄したと語ったそうだが、いや、
どう考えても、このバンド名、ポールをからかったしか思えないけれど、
ポールに出演を打診して、断られるかなんかしたんじゃないかと思う。

コンサート活動をやめて、スタジオ作業に専念していたビートルズだが、
ジョンは、このストーンズの番組や、トロントでもライブに出演していて、
ライブ活動への欲求があったのではないかと想像できて、結果的には、
ビートルズとして最後のライブとなる、ルーフトップも嬉しかったのでは。

その点からすると、ゲット・バック・セッションは、下手にカメラを入れて、
ドキュメンタリーを制作なんてことはせず、ライブアルバムを出すことと、
コンサートを再開することを目標にして、リハーサルを続けていったら、
もっと別の形で、アルバムもライブも実現したのではと、想像が膨らむ。

ただ、そんなライブ向きで、一発録音したと思える「ヤー・ブルース」も、
テイク14まで録音して、テイク6を採用、間奏後はテイク14が編集され、
中山康樹「これがビートルズだ」は、「3分16秒前後でテイク6が切断、
テイク14がいささか強引につながれ~、計ったような不自然さ」と言う。

「テープ編集そのものを演奏の一部として、活かそうとしたのでは。」や、
「ジョンのコラージュ的発想がビートルズで試された瞬間」とまで語って、
さすがに、それは深読みではと思うが、テイク14で「ガイドボーカルが、
そのまま残されている。ポイントはここだ。」とあるのは、多少同意できる。

エンディングで歌声が小さく聴こえる部分は、狭い部屋で録音したから、
ドラムマイクが拾ったかと思ったが、それならば、ギターもベースの音は、
もっと拾うし、「全曲バイブル」も、ドラムトラックに回り込んだ音でないと、
断言して、ジョン自身、テレビ演奏で、マイクから離れて歌い続けていた。

コラージュ的、テープ編集はともかく、ジョンは、かすかに聴こえる歌を、
確かに意識して残していて、決して、他のマイクが拾った音ではないし、
まして、仮歌の消し忘れではなく、そうなると、ギターの間奏についても、
左チャンネルから、小さく聴こえるリードギターも、あえて残したと思える。

間奏のリードギターは、テレビ演奏でもわかるよう、ジョンから始まって、
開放弦と3フレットを3連符で鳴らしてから、単音リードに切り替わるが、
テレビでは、ここでクラプトンに交代するが、レコードでは、ジョージへと、
交代したのか、ここもジョンで、左チャンを同時にジョージが弾いたのか。

リードギターをダビングしたというのは、ルウィソーンの著書にもないから、
左のリードがジョージとすると、右のリードは全部、ジョンということになり、
ただ、右のリードも、和音フレーズの前、歌のバックで聴こえる単音リフと、
かぶるように始まり、後半のチョーキングも、かなり不自然にかぶってくる。

自分の想像としては、もともとジョージがリードを弾いて、録音していたが、
あとで、ジョンが自分もリードを弾こうと、リダクションの際にダビングして、
ダビングだから、エフェクトのかかり具合も、前半と後半では異なっていて、
その際に、もとのジョージのリードは、消し忘れでなく、左に移したのでは。

ルウィソーンは、テイク6からテイク15と16を作り、さらにテイク14から、
テイク17を作成して、3分17秒でテイク16とテイク17をつないだと書き、
翌日、ジョンのハモをダビング、6日後に、リンゴのカウントを追加と書いて、
元のテイクがあれば、2本のリードギターは最初からなのか判るのだが。

また、日経「全曲バイブル」は、波形分析をして、イントロとエンディングは、
一致するから、テイク6とテイク14をつないだのでなく、同じテイク14から、
ボーカルをダブルトラックにしたテイク16、ドラム加工したテイク17を作り、
そのテイク16とテイク17をエンディングでつないだと、新たな見解を示す。

自分からすると、そこまで手間をかける意味はあるのか、やはり、ここは、
リードギターをダビングするための編集ではないかと、こだわりたくなるし、
イントロのリンゴのカウントも、後でダビングする意味があるのか、かつて、
「アイ・ソー・ハー~」のポールのカウントを追加したのを、再現したのか。

リードギターのダビングはどうか、今となっては、ジョンにもジョージにも、
確認できないし、ポールに尋ねれば、当時、イントロのカウントの録音を、
終えたジョンとリンゴが、「マザー・ネイチャーズ・サン」の打ち合わせ中に、
顔を出し険悪になった事件を蒸し返し、ダビングは知らないと怒られそう。

この間奏のリードは、ヤマハ「ロックギター完全レコードコピー集」に載り、
中学時代、必死で練習して、1・2弦で開放と3フレットを繰り返して弾くと、
覚えていたら、全曲バンドスコアは、3・4弦の9フレと12フレのTAB譜で、
ジョンの映像を見ても、ヤマハのが正解で、昔の楽譜の方が合っている。

左のリードギターは、今回、記事を書こうと調べてみるまでは気づかず、
ここは、全曲バンドスコアが、きちんと採譜してくれているのがありがたく、
譜面を見ながら忠実に演奏して、本当、こんなリードが鳴っていたなんて、
今もって、ビートルズの曲には、自分にとっての新発見があって楽しい。

この曲の歌詞は、「寂しくて死にたい」と、何とも、物騒な歌詞なのだが、
結局、「お前に会えないくらいなら、死んだほうがましだ。」という内容で、
インドへ修行に行って、ちょうど知り合ったばかりのヨーコと離れてしまい、
その思いだけで作ったという、はっきり言って、バカップル丸出しの歌詞。

それでも、「ディランのミスター・ジョーンズみたいだ」と、かつて自分が、
夢中になったボブ・ディランの曲、アルバム「追憶のハイウェイ61」から、
「やせっぽちのバラッド」に出てくる人物の名前を織り込み、サビ部分も、
けっこう韻を踏んでいて、単なるバカップルでないのは、さすがなところ。

ちなみに、当のヨーコは、ストーンズの番組では、布切れにくるまったり、
訳の判らないパフォーマンスをして、トロントのライブでは、奇声を発して、
こんなヨーコに会えなくたって、かまわないだろうが、何やってるんだよと、
中学時代ほどヨーコを嫌ってはいないが、ジョンの気持ちは理解できない。

各人バラバラになりつつあった「ホワイトアルバム」で、4人が揃った曲の、
「ヤー・ブルース」は、編集の謎もあって、自分だと、さらに編集しているし、
ポールのリッケンベースや、ジョンのカジノの音の再現も難しかったうえ、
何よりジョンのシャウトが厳しくて、仕切り直しの曲なのに、問題ありです。










今年の1曲目は原点回帰でビートルズのデビュー曲「ラブ・ミー・ドゥ」
謹賀新年
今年も、このブログをよろしくお願いいたします。


ブログは土曜日更新を心がけているので、新年の挨拶も、
今年の初演奏アップも、1月7日となり、松の内のぎりぎり、
まあ、関西では15日までというから、勘弁していただいて、
今年も、懲りずに、演奏や歌を続けていこうと思っています。



今年最初の曲は、年末からのラブつながり、ビートルズの、
デビュー曲である「ラブ・ミー・ドゥ」にして、ブログの演奏も、
自分のギターの原点のビートルズの、さらにその原点へと、
立ち返って、気持ちも新たにということで、こじつけてみる。

「ラブ・ミー・ドゥ」は、とにもかくにもビートルズのデビュー曲、
アマ時代のバックバンドは別にして、正式なレコードデビュー、
最初のシングル盤のA面の曲なのだが、後のヒット曲に比べ、
すごく地味な印象で、自分もあまり聴いたり演奏していない。

デビュー当時、新人でなくても、プロの作曲家の曲を歌うのが、
当たり前だったところ、ビートルズは自分たちのオリジナルで、
デビューしたい、勝負したいと、若気の至りともとれる発言で、
プロデューサーのジョージ・マーティンに直訴し、聴いてもらう。

自作曲を聴いたマーティンは、「可もなく不可もなく」と判断し、
数曲のうち、まとも、ましだと感じた「ラブ・ミー・ドゥ」について、
ハーモニカを入れて、ブルース色をつけるようにアドバイスし、
誰かメンバーで吹けないかと尋ねて、ジョンが吹くことにした。

その際イントロや間奏だけでなく、もともとジョンが歌っていた、
ブレイク後の「ラブミードゥ~」の部分も、ハーモニカをかぶせ、
当然、歌と同時には吹けないから、急遽、ポールが歌うことに、
さすがのポールも、いきなりのメインボーカルにびびったとか。

この曲の録音は、9月4日だったが、リンゴのドラムに難ありと、
マーティンが考え、翌週9月11日に、スタジオミュージシャンの、
アンディ・ホワイトがドラムを叩き、リンゴはタンバリンを担当し、
そうなると、ポールが緊張し声が震えたのはリンゴ版だろうか。

藤本邦彦「213曲全ガイド」には、「えっ、オレが歌うの?という、
ポールの動揺は、ソロで歌う場面の震えにはっきり聴き取れる。」
「ビートルズを聴こう」では、デビューLPの方に、「ポール本人も、
緊張のあまり、声が震えてしまったことを認めています。」と書く。

川瀬泰雄「真実のビートルズ・サウンド」に、「ポールの歌声が、
震えているのは、~のリンゴのドラム・バージョンで確認できる。
アンディ・ホワイトのバージョンは、2度目の録音なので、むろん、
歌声は震えていないし、ベースの演奏も確実に上手く~」とする。

ところが、「アンソロジー1」には、ピート・ベストが在籍していた、
6月6日の録音があり、すでにハーモニカも入った編曲なので、
マーティンに言われ、ポールが歌うことになり、声が震えたのは、
この時点のこと、リンゴが叩くのは、もう3ヶ月も過ぎた後になる。

アンソロジー版は、ポールの声が震えるというより、メロディーが、
正式版のどちらとも微妙に違ったり、小さい声になる部分もあり、
確かに、急に歌うことになったのかと思えるが、リンゴのにしても、
アンディのにしても、こもった声で歌う初期のポールの癖だと思う。

それにしても、自作曲で勝負するには、このあまりにも平凡な曲、
いったい、どうだったのか、悪い曲ではないが、次のシングル盤、
「プリーズ・プリーズ・ミー」や、「フロム・ミー・トゥー・ユー」に比べ、
あまりにも地味すぎて、才能が爆発する前夜だったということか。

里中哲彦は、中公文庫の「ビートルズを聴こう」で、「凡作、凡庸と、
評する人がいるけど、そうかなあ。」と弁護するが、藤本国彦だと、
「213曲全ガイド」の中で、「一言でいって、ヘンな曲、である。」や、
「初めて聴いた時、なんて地味な曲なんだろうと思ったものだ。」と。

「これがビートルズだ!」の中山康樹は、もっと辛らつに批評して、
「記念すべきデビュー曲である。だが、それがどうした。凡曲、凡演
である。聴くべきところは何もない。」とバッサリ、「誰がドラムスを、
叩こうが、名曲に生まれ変わるわけではない。凡曲は凡曲。」とも。

さらには、「この時点で、『プリーズ・プリーズ・ミー』や『アイ・ソー・
ハー・スタンディング・ゼア』の傑作はできていた。」とまで書くが、
もともと「プリーズ~」は、スローテンポだったから、この段階から、
マーティンが早くするよう指示し、ヒット曲の誕生となったかどうか。

「アイ・ソー・ハー~」や、デビュー盤B面の「PSアイ・ラブ・ユー」は、
ほとんどポール1人で歌っていて、メインボーカルが2人いるという、
ビートルズの売りにしたい点に弱いし、「アスク・ミー・ホワイ」では、
ジョンらしさの名曲だが、ラジオから流れて、口ずさめる曲かどうか。

言い方は悪いが、当時のオリジナルのレパートリーから、消去法で、
どちらがメインボーカルかは区別できない、2人でハモって歌う曲で、
彼らのルーツであるリズム&ブルースを感じさせ、歌詞もメロディも、
すぐに覚えやすい曲として、「ラブ・ミー・ドゥ」が選ばれたように思う。

この曲の録音は、ジョージがアコギで、G・C・Dのいわゆる3コードを、
同じパターンで弾き続けていて、ポールのベースもルート音と5度を、
ボーンボーンと弾くだけ、ドラムは、リンゴにしても、アンディにしても、
スネア主体で、フィルインもほとんどなく、半日あれば、余裕と考える。

ところが、ハーモニカで苦戦することになり、自分が持っているのは、
C調のブルースハーモニカで、普通にドレミファが出るつもりでいたら、
オクターブ下の低音は、ファとラがなく、間奏の、「ラー・ラ・ソ・ファ#ー、
ソー・ファ・ミ・レー」を吹こうにも、いきなり最初のラの音から出せない。

強く吹いたり吸って音程を下げる、「ベンド」というテクニックを使えば、
シとソの音を下げて、ラとファが出せると、入門書には書いてあるが、
ブルースのフラット感が出るよう、微妙に音程を下げるのはできても、
最初から1音低い音で出すのは、初心者の自分は、とういてい無理。

小学生用の普通のハーモニカは、♯のない音を出せるが、自分のは、
数年前に捨ててしまったし、子どもたちは、ハーモニカでなくピアニカ、
鍵盤ハーモニカ世代だから、一番単純なドレミのハーモニカさえなく、
中学の頃に買ってもらった、クロマチックハーモニカまで捨てていた。

中学時代のバイブル「ビートルズ事典」に、ジョンの吹くハーモニカは、
ドイツ・ホーナーのマリンバンドに、レバー式クロマチックハーモニカと、
出ていたが、高級輸入品などとても手が出ないし、ブルースハープは、
何本も必要となるので、東急本店にあったトンボのクロマチックにした。

ハーモニカホルダー、カポタスト、スライドバー、調子笛、音叉と一緒に、
菓子箱に入れ、数年前まで取ってあったが、まさかまたビートルズを、
演奏することになるとは思わなかったし、40年前のハーモニカなんて、
吸い込んだ途端、雑菌が肺に入り病気になるとばかり捨ててしまった。

クロマチックハーモニカを買おうとしたら、国産トンボの一番安い品で、
1万円以上、評判の良いスズキ製だと2万円前後、なんで捨てたのか、
後悔したが、そんな高いハーモニカを、母がすんなりと買ってくれるか、
自分にしても何曲かで吹く程度で、そんな高い物をねだるはずもない。

気になりネットで調べたら、自分の持っていたのは、もう製造中止の、
フォークヤングという機種で、音域も狭いし、1穴4音ではなく1穴1音、
機能的に劣る入門用で、まだ在庫のある楽器屋さんで、6千円くらい、
自分が買ってもらった時は、せいぜい2・3千円だったろうと安心した。

ブルースハープで出ない音は、ギターシンセで、ごまかそうと思うが、
それが不自然だと、「アイム・ア・ルーザー」をやる時、Cのハープを、
買ったのであり、この際、「リトル・チャイルド」に必要なA調ハープと、
DかGのハープを買い、持ち換えれば、「ラブ・ミー・ドゥ」は何とかなる。

でもハープを2個買うなら、思いきってクロマチックハーモニカを買うか、
初心者の自分には、トンボの1音1穴の方が楽だが、トンボの配列は、
複音ハーモニカの配列となり、真ん中のドレミ以外は、オクターブ下が、
レ・ド・ファ・ミ・ラ・ソ・シ、上がド・シ・ミ・レ・ソ・ファ・ド・ラ・シで混乱しそう。

1穴4音のクロマチックは、トンボで1万2千円、スズキで1万4千円で、
なぜか、ホーナー・クロメッタは1万円、クロメッタは音域で種類があり、
8穴・10穴・12穴のうち、12穴でないと低いレが出ないから、うっかり、
少しでも安い物と、8穴にでもしていたら、買った意味がなくなるところ。

ジョンが使ったハーモニカは、今ではマリンバンドは、同じホーナーの、
普通のブルースハープとされ、クロマチックは今も型番不明なのだが、
ネットはクロメッタが有力、ただ、ジョンがハーモニカを吹く写真のうち、
手から、はみ出る大きいサイズのは、クロメッタの丸いフォルムでない。

写真にある角張った形は、一般的なハーモニカと同じで、ホーナーは、
クロモニカ、ディスカバリー、スーパー64Xとあり、2万から4万円もし、
いくらジョンに憧れてても、ハーモニカにそこまで出すのは無理なので、
クロメッタ12にするが、いろいろ悩んだから、注文したのは3日深夜。

Amazonのプライム会員でないし、お試しのお急ぎ便にもしないから、
自宅にハーモニカが届いたのは、1月5日の夕方、とりあえず練習し、
6日には録音して、なんとか、更新に間に合わすという綱渡りのうえに、
ビブラートをかけるのも適当で、隣の音を吹いては、やり直してばかり。

ハーモニカ部分は、リンゴ版とアンディ版は、微妙に違っているので、
リンゴに敬意を評し、リンゴ版を参照して、当然、タンバリンはなしで、
「全曲バイブル」には、手拍子のことは出ていないが、間奏の部分で、
リンゴ版は手拍子が聴こえるので加え、ブレイクのシンバルはなしに。

泣いても笑っても、これがビートルズの正真正銘のデビュー曲であり、
ドラマーが二転三転して、3種類ものバージョンがある「ラブ・ミー・ドゥ」、
今年最初となる演奏は、そのリンゴ版ですが、ハーモニカにも苦労し、
それ以上に、ジョンの超低音、さらに、ポールの高い音はきついです。






解散後、たんたんと愛を歌ったジョンの「ラブ」を今年最後の曲に
ビートルズを聴き始めたのが、中2の74年の夏だったから、
とっくにビートルズは解散して、赤盤・青盤もすでに発売済、
4人のソロアルバムも、今も活動しているポールを除いたら、
その主要な作品は、ほとんど出揃っていて、すべて後追い。

当然ながら、ビートルズがデビューしたときの印象だったり、
来日の騒ぎ、ペパーズの衝撃、解散のショックも経験せず、
それぞれのソロアルバムが出たときのことも、知らないから、
ソロ活動を当時の人が、どう捉えたかも、本で読むしかない。

渋谷陽一は、「ロック・ベスト・アルバム・セレクション」の中で、
「(ソロアルバムで)、最も大きな衝撃をファンに与えたのが、
『ジョンの魂』である。」と述べて、「平和なジャケットに反して、
内容は身を切り刻んでいるような歌詞ばかりである。」と書く。

「ジョンがあらわに、自らの裸身をさらしたことにファンは驚き、
熱狂的にその作品を迎え入れた。」、「彼の偽らざる心境を、
歌ったものなのだろうが、かなりのショックを聞くものに与えた。」
など、大きな衝撃、驚き、ショックと、繰り返すように書いている。

文藝別冊のムック「総特集ジョン・レノン」は、「作品でたどる
ジョン・レノンの歩み」で、「マザーは、まさに子どものころの、
傷を吐き出したもの」とし、LP解説も「非常に私的なアルバムと、
なっており、一人の人間としてのジョン・レノンがが見えてくる。」

アルバム原題は、「プラスティック・オノ・バンド」の名義のみで、
ほとんど同じジャケットで、ヨーコのアルバムも同時に出たから、
間違えて買わないように、邦題は「ジョンの魂」・「ヨーコの心」と、
分けたそうだが、まさに「魂」、心の叫びだと世間は捉えたとか。

中山康樹の「ジョン・レノンを聴け!」では、「一般的に『ジョンが、
裸になったアルバム』と言われるが、『裸になろうともがいてる』、
あるいは『裸であることをみせよう』」としているように思える。」と、
「ジョンは裸を演じているにすぎなかった」という、見解を示した。

また、「演技派のジョンレノンらしい、ある種の感情移入によって、
多分に意図的に練られたものであったことが、~さらされた。」と、
持論を展開するが、自分も同感で、ジョンは、後で話を作ったり、
サービス精神もあるから、生身のジョンを演じたのはうなずける。

アルバムは、荘厳な教会の鐘の音から始まる「マザー」が1曲目、
母親ジュリアへの屈折したような思いを、叫ぶように歌うジョンは、
確かに、精神療法の結果であり、自己の思いを吐露しているが、
そこは、ミュージシャンとしての理性も働き、楽曲に仕上げている。

ヨーコは、「大晦日に、お寺でゴーンってやるでしょう。」と言って、
除夜の鐘みたいなものだと説明したそうで、荘厳な鐘の響きが、
日本の風物詩にすり代って、それはそれで、それなりの趣きも、
あるとは言え、母親への苦悩、別れの宣言とは、かけ離れてくる。

実際のところは、ヨーコでさえ、どこまで本当なのかは不明だが、
教会で懺悔するように、胸の内を叫んだと、ジョンの人生を重ねて、
感動した当時の人には、まあ、煩悩を払ったのかなあと肩透かし、
本人も、どこまで真剣だか、ただ、そのほうがジョンらしく思える。

それで、除夜の鐘で「マザー」が始まるのなら、年末最後の曲は、
「マザー」がふさわしく思えるが、ジョンのマザコンの叫びはきつく、
「かわいそうなボクちゃん」を演じていたのだとしても、重苦しくて、
一年の最後、年の瀬の結びには、ちょっと自分には歌いきれない。

おそらく、ジョンの曲で、かつて、世間一般に知られていた曲は、
このアルバム「ジョンの魂」のB面の2曲目、「ラブ」だったと思うし、
それは、ジョンには申し訳ないが、レターメンがカバーしたことで、
お茶の間にまで広まって、ジョンの曲と知らない人も多いのでは。

自分は、「ジョンの魂」も「イマジン」も、持っていないだけでなく、
友人から借りて、カセットテープに録音することさえしなかったし、
持っているベスト盤「シェイブド・フィッシュ」にも、「ラブ」はないが、
当然、この曲は知っていたし、レターメン版より、先に聴いている。

レターメン自体、来日コンサートがNHKで放送されたときに知り、
リハーサルで、日本語の曲を歌おうと、当時のヒット曲を教わり、
「北の宿から」の歌詞を必死で覚える場面が、放送されたから、
おそらく76年で、「ミスター・ロンリー」「ビコーズ」とか気に入った。

レコードを買おうと思ったが、テレビで見た人とベスト盤の写真が、
どうも違っていて、どうやらメンバーチェンジしての来日のようで、
自分が見て気に入った人の歌声じゃないのかよと、がっかりして、
来日記念盤も同様、元々ファンでもないのに、納得いかなかった。

話がどんどん飛躍するが、カーペンターズが74年に来日した時、
テレビの武道館ライブを見て、すごく気に入り、ベスト盤を買うが、
その後出た日本公演2枚組は、武道館でなく大阪ホールなので、
テレビと違うじゃないかと、一人怒って、CDの時代まで買わない。

ジョン・レノン「ラブ」は、ずっとジョンのピアノ弾き語りだと思って、
今回、演奏するために、YouTubeで聴くと、アコギが入っているし、
ピアノもジョンでなく、あのフィル・スペクターだそうで、毎度ながら、
勝手な思い込みも多いし、きちんと曲を聴いていないことも多い。

「ラブ」は、すごく単純な歌詞で、深読みされるほどの言葉遊びや、
ストーリー性を持たせる歌詞を、ビートルズでは、特徴的だったが、
解散前の「ビコーズ」は、シンプルな詞ながら、哲学的・抽象的で、
「ラブ」では、さらに素朴な単語で、ストレートな表現となっている。

73年にシンコーから出た「ビートルズ詩集」は、訳者の岩谷宏が、
「いわゆる直訳したのでは、詩そのものを殺してしまうことに。」と、
詩の中に暗喩するものを、訳者の解釈により、書き加えているが、
さすがに、「ラブ」は、単純かつ直接的表現だから、直訳に近い。

「ヘルプ」の訳を、「ぼくはくだらない映画に出て~」から始めたり、
「ひとりぼっちのあいつ」の場合は、「たとえば夜なんか ひとりで
ボケーっとしておりますと」、「きみは宇宙人 ためしにあしたの朝
新聞なんかよんでごらん もうなにひとつ きみには理解できない」

「エリナー・リグビー」は、エリナーもマッケンジー神父も登場せず、
和文タイピストに、若いセールスマン、初老の工事労務者などの、
訳者が作りあげた人物の、それぞれが亡くなった経緯を語った後、
「死ぬことはないよ がんばろうな」という言葉で終わるという具合。

自分は、このやり方は、あまり好きでなく、ビートルズを題材とした、
別作品と言えるほどに、まったく違うものになって、意訳以上だが、
ジョンのソロ作品は、かなり良い感じで直訳に近く、「ラブ」にしても、
「愛は空想じゃない 愛が現実 愛は今きみが感じていること」に。

ちなみに、解散直後のジョンのインタビュー集「ビートルズ革命」は、
原著にはないジョン詩集が追加され、詩人の三木卓が訳す「愛」は、
「愛は本当のこと 本当のことは愛 愛は感じること 感じることは愛」
さらに直訳となっていて、この本の他の訳詞と比べても、余地がない。

せいぜい、「real」の部分、 外来語としても、「リアルだ」と言う場合、
「現実」「本物」「真剣」と、微妙に意味が違い、解釈は分かれるが、
まったく別の意味ではないし、この単純な歌詞は松尾芭蕉の影響と、
よく言われるが、俳句表現、ワビ、サビは、あいにく自分は不勉強。

「ビートルズ革命」の本文を翻訳したのは、作家でもある片岡義男で、
角川文庫版「ビートルズ詩集」は、オリジナル曲のほぼ全部を収録し、
それは片岡義男が、1・2巻とも訳しているが、自身が翻訳した本の、
付録の詩集は、別の人が訳すのは、何か大人の事情か、気になる。

自分は、ギターは中学から弾き始めたが、自宅にはピアノはなくて、
当然ながら、ピアノはまったく弾けなかったが、コピーする参考にと、
ビートルズの日本編集盤に準拠したピアノ曲集を、数冊は買ったし、
楽譜付き教則レコード「ビートルズ・ピアノ・テクニック」も手に入れた。

ジョンのソロ作からは、「マザー」と「ラブ」が選ばれ、楽譜を見ると、
バンドスコアのピアノ部分と微妙に違い、まあ、どっちもどっちだが、
「レット・イット・ビー」「レディ・マドンナ」や「イン・マイ・ライフ」と共に、
選曲されるくらい、「ラブ」の方が、「イマジン」より代表曲だったよう。

「ラブ」には、デモ演奏の、アコースティックギター・バージョンがあり、
単なるコードストロークではなく、4~6弦のベース音を交えた弾き方、
ポールが弾く「マザー・ネイチャーズ・サン」に似て、ニヤリとするが、
低音を弾くのは、カントリーでは、カーターファミリー奏法として定番。

レコード版では、アコギのコードストロークで、弾き語りをしながら、
スペクターがピアノを一緒に弾いたのか、ピアノは8分音符主体で、
アルペジオを弾くが、ジョンは、ほとんどダウンのみの4分音符で、
コードを刻んで、時折、アップストロークやダウンで8分音符を返す。

このコードストロークが、ジョンならではで、「スタンド・バイ・ミー」や、
リンゴの「オンリー・ユー」のように、ミュートのアクセントを混ぜたり、
主に高音を鳴らしながら、たまに低音がズシっと入ったりと、これは、
その場のセンスで、完全コピーは無理だが、ニュアンスは覚えたい。

実は、かなり前から、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が中断したままで、
バンドスコアが手抜きの、半音上昇するオーケストラ部も悩みだが、
イントロからのジョンのアコギが再現できず、アップを強調しつつも、
ミュートは入れず、アクセントを出すのが、何年やっても似てこない。

早弾きが好きで、アコギも、複雑なフィンガーピッキング、タッピング、
変則チューニングに手を出しつつ、一番の基本のコードストローク、
中学時代から、「ただのコード弾きかよ」と馬鹿にしていたやり方が、
実は、まったくできていなかったという、今さら、この歳になり気づく。

ジョンが自身をさらけ出したとされる「ジョンの魂」にあり、「ラブ」は、
愛の本質を探ろうとしたかのような、単純な歌詞に美しいメロディ、
囁くような、かすれ気味のジョンの歌声は、なかなか真似できずに、
単にボソボソ歌うだけとなった、お粗末な歌い納めと相成りました。







今年も、拙ブログへ、ご訪問いただき、ありがとうございました。
みなさま、よいお年をお迎えください。

次回のブログ更新は、1月7日(土)を予定していますので、
ややフライングですが、31日も、残りあと僅かということで、
Happy New Year!



5年振りの新曲でジョンが復帰を宣言した「スターティング・オーバー」
ジョンは、75年10月に、ソロ活動では初となるベスト盤の、
「ジョン・レノンの軌跡(「シェイブド・フィッシュ)」を出すなり、
ひとまず、自己の音楽活動を総括したと言わんばかりに、
子育てに専念、専業主夫となり、音楽活動をやめてしまう。

74年夏に、後追いでビートルズを聴きようになった自分は、
やっと、ジョンやポールのソロ作にも、手を出し始めたのに、
ここでも、置いてきぼりをくらった感じだが、そんな自分さえ、
76年高校へ進むと、他のロックをあれこれ聴くようになる。

ロックから、クロスオーバー、ジャズと、ギタリスト中心だが、
いろいろなジャンルに興味が移り、ビートルズのレコードを、
かけることもなくなっていき、80年にポールが来日する時も、
チケットを取るどころか、そのスケジュールも興味なかった。

1月にポールが羽田空港で逮捕された時、そのニュースで、
そうか、ポールが来るんだったっけ、というくらいの関心だし、
他の3人の新譜についても、出るとも出ないとも気づかなくて、
ジョンが、数年間、曲を出していなかったのも、あとで知った。

友人宅で、「イエロー・サブマリン」のアニメを見たショーンが、
「パパはビートルズだったの?」と言ったのが、きっかけとなり、
ジョンは音楽活動を再開したそうだが、話を作る癖があるから、
どのみち始める気にはなっていて、多少後押ししたくらいでは。

自分の40歳の誕生日に間に合うように、録音を始めたそうで、
実際には、シングル盤が少し遅れて発売、アルバムのほうは、
11月になって出たが、ラジオから流れてくる曲を聴いたのは、
やはり11月で、シングル盤でなくアルバム発売の話題だった。

「スターティング・オーバー」がかかり、久しぶりに聴く歌声は、
まさに、ジョンそのもの、ハスキーな声でせつなそうに歌って、
ドラムが入ると、低いバリトン声を交えるし、そのメロディーは、
いかにもジョンで、メジャー・長調でも、マイナーがかっている。

ああ、ジョンが戻ってきたんだなと、すごく嬉しくなったのだが、
LP「ダブル・ファンタジー」は、14曲のうち半分はヨーコの曲、
しかも、1曲ごとになっているというから、針をとばすのも面倒、
どうせなら、A・B面に分けてくれれば良いのにと、残念に思う。

ラジオでは、たまにヨーコの曲も流れ、配達中に車でラジオを、
かけっ放しにしている父が、「キス・キス・キス」を聴いたようで、
「お前は、昔っから、ビートルズ、ビートルズって騒いでいたが、
こんなのを聴いていたのか。」と言われ、ものすごい嫌な気分。

そんなこともあり、LPは買わなかったし、いずれFMの特集で、
ジョンの曲だけをかけてくれるかもしれないし、全曲かかったら、
編集すればよい、また2~3年もすれば、アルバムも数枚出て、
ベスト盤の続編が出るから、それを買おうかなどと考えていた。

まさか、これが最後のアルバムになるとは、誰も思わなかったし、
すぐ「ダブル・ファンタジー」に、とびついたファンはどれくらいか、
ジョンを追悼する形で、シングル盤もアルバムも売れたのであり、
どちらも翌年1月にチャート1位になるという、やや皮肉な結果。

「僕の音盤青春記」の牧野良幸は、解散直後からリアルタイム、
4人のソロも買っていたが、「ダブル・ファンタジー」はスルーし、
追悼番組で全曲を聴いて、「こんなに良いアルバムだったのか、
今頃気づいてごめん。」と呟くのを、ビートルズ編で書いている。

自分は、例によって思い込みが激しいので、あの日から10年、
ビートルズのレコードは押入れに封印、ジョンのこのアルバムも、
CDが出た記念に購入したが、80年代には開封もしないままで、
その後聴いたが、いまだに、全曲は聴かずにスキップしている。

アルバム1曲目は、先行シングル「スターティング・オーバー」で、
冒頭の鐘の音は、ビートルズ解散後の初のソロ作となったLP、
「ジョンの魂」が、冒頭「マザー」の荘厳な鐘の音で始まったのを、
自ら茶化して、軽めチャイムのような音を鳴らしたのかと思った。

実際には、幸せの鐘の音を意味して、「マザー」は意識していて、
あの重苦しい鐘の音が、ヨーコのおかげで、軽やかになったと、
バカップル的な発言をジョンはしたようだが、ジョンが亡き今では、
仏壇の鐘・鈴(りん)の響きに聴こえるのは、何ともせつなくなる。

中山康樹「ジョン・レノンを聴け!は、この曲は、「マイ・ライフ」、
「アイ・ウォッチ・ユア・フェイス」に、「ドント・ビー・クレイジー」や、
「ザ・ワースト・イズ・オーバー」の4曲をつなげたと書いてあり、
ビートルズ時代なら、ポールの曲まで入れたか想像してしまう。

YouTubeには、弾き語りの「マイ・ライフ」があり、イントロ部分は、
歌詞を変えている以外、ほとんど「スターティング~」なのだが、
それに続く部分も、すごくジョンらしいコードと美しいメロディーで、
捨てがたく、これはこれで、「マイライフ」とて完成して欲しかった。

「ザ・ワースト・イズ・オーバー」は、Aメロ部分が、ほとんど同じで、
「ドント・ビー・クレイジー」は、ブレイク後の転調した部分のまんま、
「アイ・ウォッチ・ユア・フェイス」は、どこの部分なのか、イントロで、
「マイ・ライフ」と違ってくる部分で、多少メロディを使っているのか。

「My life」の歌詞を「Our life」に変更したのだろうが、自分はずっと、
「 Am I right?」と歌っていると思い込んでいて、音楽活動の再開、
さらには、今の自分は間違っていないかと、ジョンは自分自身にも、
ファンにも問いかけたのだと、ずっと信じていて、我田引水すぎた。

ついでに歌詞で言うと、2番の歌詞に、「Wings」「 Another day」
「My love」という単語が入っていて、これは単なる偶然ではなく、
ジョンからポールへのメッセージだろうし、「俺も活動再会したよ、
一緒にやるか?」とまではいかないが、それに近いものを感じる。

曲のアレンジは、無伴奏の弾き語りから、ドラムが加わってきて、
はね気味のランニングベース、シャッフルを刻むリズムギターや、
3連で和音を叩き続けるピアノ、さらにドゥワップっぽいコーラスと、
よくあるパターンだが、よく聴くと、ギターが何本も重ねられている。

イントロの弾き語り部分でさえ、エレキギターがセンターに位置して、
アコースティックギターも、左右から、ダブリングでなく、別々に弾き、
途中から入るコーラスも、ポップスや歌謡曲のコーラス隊のように、
男女混声で、ビートルズの3声と全然違う、厚みのあるハーモニー。

リズム隊が加わってから、右チャンのエレキギターはシャッフルで、
2拍4拍の頭をカッティングするが、同じようにセンターに、もう1台、
左チャンからは、タンタ・ツタツと3連の刻みを、軽く歪んだ音で弾き、
途中からリフのギターも入り、サビは、また別の歪んだギターの音。

ほとんどオケを完成した後、YouTubeで「ストリップダウン」を見つけ、
「レット・イット・ビー・ネイキッド」のように、余分なエフェクトを外し、
コーラスや追加楽器も減らしたそうで、この曲でのジョンの生声は、
ダブルトラックやエコーがなく、本当、この方が絶対に良いと思う。

ギターも定位が変わったうえに、個々のフレーズも音もよく聴こえ、
右チャンとセンターの2・4拍を刻むギターも、左右の別々から鳴り、
微妙に弾き方を変えているのもわかり、思ったよりも、音を歪ませ、
コーラスもかけ、迫力も増しているので、ギターは全部録音し直す。

ストリップトは、バックコーラスはカットされ、ちょうどバンドスコアは、
コーラスパートを採譜していないので、こっちのアレンジが楽かなと、
歌入れするが、自分の歌唱力では音がスカスカなので、コーラスは、
合唱隊よりはビートルズっぽい3声にし、コード進行に沿って歌う。

最初のテンポは自由で、途中からドラムが入り、インテンポになる、
よくあるパターンだが、バンドでやる時はともかく、多重録音の場合、
皆はどうしているのか、とりあえず、原曲は44秒からドラムなので、
多少余裕を持たせ、48秒からドラムが始まるようにリズムを録音。

そこに合わせ、イントロの弾き語りをやるが、どうにもこうにも無理、
結局、先日の「ルーシー・インザ・スカイ~」で、3拍子と4拍子とを、
後でAudacityでつないだ方法にし、空白部分を残したままの演奏に、
別録音のイントロ部分を、タイミング合うよう貼り付け、何とかなる。

「スターティング・オーバー」、まさにジョンが音楽活動を再開した曲、
これから、もっともっと新曲が聴けると思ったのに、すごく悔しいが、
こうやって歌いたくなる名曲は、いくらでもあるさと、なりきりジョンで、
早口の歌いまわりに苦労したり、コーラスは、高音が出てないです。









Copyright © 僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ. all rights reserved.