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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
映画「黒いオルフェ」のエンディングを飾る「オルフェのサンバ」
先日、映画「黒いオルフェ」のテーマ曲を、演奏した際、
映画そのものは、見たことがない旨を、記事に書いたら、
ブログ「夢中・熱中・ボサノバギター」を、運営されている、
Estruchさんから、YouTubeにあると、情報をいただいた。

公開された映画は、フランス語と、ポルトガル語なので、
YouTubeには、英語字幕の、本編全部がアップされて、
英語をヒヤリングして、字幕なしで見るのは、きついが、
文字が出ていれば、何となく、意味はつかめるので良い。

たぶん、自分と同世代で、英語が苦手な人のほとんどは、
同じような経験のはずで、中学、高校、大学と、約10年、
英語の授業を受けたが、英会話、カンバセーションよりも、
リーダーとグラマーが中心だから、読み書きは、そこそこ。

知っている単語をつないで、読みとばしたり、辞書を引き、
英文を読むのは、それなりにできるが、書くとなってくると、
文法でつまづきがち、英会話となると、ヒヤリングも厳しく、
自分の考えを英訳し、さらに発音するのは、ほぼ不可能。

何年かに一度、やっぱり英会話を覚えたいと、一念発起、
NHK基礎英語を、4月号から始めるが、ラジオもテレビも、
録音、録画がたまって、6月号あたりから、買わなくなるし、
本屋で手にした、「すぐできる英会話」なども、たまる一方。

かつて、自分も、クラシックギターの通信教育を受講した、
東京音楽アカデミーが、アカデミー出版となり、大流行の、
「家出のドリッピー」を取り寄せたり、ディズニーの映画で、
魔法のように学べるという、CD全集を買っては、積ん読。

いずれ老後に活用しようと、処分せずに、残してはいるが、
そんなわけで、英語のみの映画は、いまだ、理解が不能、
そんな自分でも、字幕つき「黒いオルフェ」は、画面を止め、
辞書を引くことなく、とばしとばしだが、最後まで鑑賞した。

昔からの癖で、映画館に行ったら、まずはパンフを買って、
あらすじや、登場人物を把握しておいて、映画を観るのを、
友人からは、それじゃ、つまらないだろうと、よく言われるが、
そうしないと、誰が誰だか、わからないうちに、ラストになる。

それで、「黒いオルフェ」も、ウィキペディア、映画レビュー、
ブログなどで、あらすじを確認すると、主人公のオルフェは、
歌とギターが得意な若者で、カーニバル見物にやってきた、
ユーリディスとの出会い、その悲恋と別れをつづった物語。

それをふまえて観ると、自分を付け回す謎の男から、逃れ、
電車によじ登ったユーリディスは、高圧線に触れ、亡くなり、
それを信じたくないオルフェは、彼女を探して、街を彷徨い、
祈祷師と出会い、彼女を声を聞くが、ただのまやかしだった。

彼女の遺体を引き取り、抱きかかえながら、自宅へ戻ると、
嫉妬した婚約者により、家は燃やされ、さらに、怒りをこめ、
投げつけられた石で、よろけたオルフェは、崖から転落して、
ユーリディスと、死によって、ようやく結びついたような結末。

あまりに唐突な、2人の死は、これこそが、ギリシャ悲劇から、
脈打つ文学性なのか、一般人に、よく理解できないことこそ、
純文学たるゆえんか、時代を象徴するヌーベルバーグなのか、
自分には、どうもわからない世界で、そういった名作が数多い。

元ネタというか、ストーリーのモチーフとなる、ギリシャ神話を、
知らないから、そこに込められた、意味が理解できないのかと、
本棚を探すと、20年以上前、「新潮文庫の100冊」で買った、
阿刀田高「ギリシャ神話を知っていますか」が、捨てずにある。

ギリシャ神話は、小学生の頃に、渋谷東急文化会館にあった、
五島プラネタリウムで、星座にまつわる話を聞き、気に入って、
「星座と伝説」の本をねだると、児童向けの「ギリシャ神話」を、
母が買ってきて、それじゃないと文句を言いつつ、読んでいた。

映画「黒いオルフェ」は、オルペウスの伝説に、基づくのだが、
オルペウスとエウリュディケと聞いても、何も思い出さないし、
オルペウスが竪琴の名手なので、琴座になったと言われると、
少し記憶がよみがえり、冥府へ下る話は、確かに覚えていた。

冥界の王ハーデスに、得意の竪琴と歌で、せつせつと訴えて、
亡き妻を連れ帰ることになったが、地上に戻るまでまでの間は、
決して振り返ってはいけない、という約束を破ってしまったため、
妻は闇の底へ消えていく、このくだりは、はっきりと思い出す。

古事記のイザナギ・イザナミの話にも、同じようなのがあったと、
昔も思ったし、阿刀田の本でも、触れているが、部屋を覗いて、
イザナミのおぞましい姿を見てしまうのを、オルフェと混同して、
どちらも、振り返って、死者の姿を見て、逃げ帰ると思っていた。

阿刀田は、オルフェの映画や音楽についても、書いているが、
まったく読んだ記憶がなくて、夏休みとかに旅行へ出かける際、
列車の中や宿で読もうと、とりあえず、文庫本を買っておくのに、
「新潮文庫の100冊」を手に取り、読みかけたままなのだろう。

映画の最後は、オルフェの歌で、太陽が昇ったと信じる少年が、
遺品のギターを手に、何か弾かねばと、即興で演奏始めるのが、
「オルフェのサンバ」で、音楽を聴きつけ、近づいてきた少女が、
「オルフェみたいね」と言って、サンバに合わせて、踊り始める。

このあたり、幼児・子供の持つ、純粋無垢な側面を強調しつつ、
太陽に向かって、音楽を奏でることで、仏教の輪廻とは違った、
魂の再生を表しているように思うし、何よりも、口伝というのか、
こうして音楽が伝承される、フォルクローレの原点を垣間見る。

映画では、子供が弾く設定なので、単音のメロディを弾いたら、
最後に、ジャカジャカと、かき鳴らすし、みんなで踊るときには、
コードだけ鳴らして、メロディを口ずさんで、テーマ曲と同様に、
イージーリスニングやジャズで聴くのとは、だいぶ違っている。

いつも愛用の江部賢一の、「華麗なるギターソロアルバム」に、
ソロギターに編曲した、「オルフェのサンバ」が載っているので、
楽譜に沿って弾くが、5・6弦のベース音が、小節の頭だったり、
前の小節の裏から、くって入ったりと、その使い分けが難しい。

和音を交え、メロディも弾くのに、コードチェンジが追いつかず、
iTuneにある江部の演奏は、テンポ90くらいだが、とても無理、
82に落としても、つっかつっかえで、ミスだらけとなってしまい、
ただ、さらに落とすと、サンバのノリを感じなくなるので、妥協。

結局、きちんと弾けないのを、無理やりテンポを上げてるから、
弾いているうちに、つっかえては、どんどん、ゆっくりになって、
これじゃ、いかんと、メトロノームを鳴らすと、あまりに機械的で、
いっそのこと、MTR内蔵のリズムマシンで、サンバを選択する。

おまけでついているリズムマシンだから、サンバ、ボサノバは、
2小節の繰り返しパターンで、各2種類しか入っていないので、
打楽器が派手すぎない方を選び、どうせ、リズムが入るならば、
ベースも録音して、ギターのベース音のミスを、ごまかすことに。

映画「黒いオルフェ」のラストシーン、子供たちが演奏していた、
「オルフェのサンバ」を、江部賢一の、見事なソロギター編曲で、
楽譜どおりに弾いていますが、テンポを落とし、リズム隊を加え、
ごまかしつつ、ジャズで演奏される雰囲気も、少し感じるかと。





「ひき潮」と出だしがそっくりの、ジャズのスタンダード曲、「ミスティ」
FM「ジェットストリーム」で、寺内タケシのギター演奏で知り、
気に入った曲の一つ、「ひき潮」を聴くたびに、感じることは、
ジャズのスタンダードで、数多く名演のある、「ミスティー」に、
最初のメロディ、歌い出しが、ほぼ同じじゃないか、ということ。

たった1小節だけで、盗作だのパクリとは、言えないだろうが、
最初のインパクトである、歌いだしだったり、サビの部分とか、
曲を印象づける部分が似ていると、ついつい、疑いたくなって、
コード進行まで似ているかと、確認したら、それは全然違った。

ネットで調べると、「ひき潮」は、1953年に発表されていて、
「ミスティー」は、翌54年発表、作曲者のエロル・ガーナーは、
飛行機の中で、メロディを思いつくが、楽譜が書けないから、
復唱しながら、ホテルに着くなり、テープに吹き込んだそうだ。

まさか、ガーナーが、機内で、ジェットストリームを聴くなんて、
時代的にもありえないが、当時でも、BGMは流れていたのか、
これまた、いろいろ想像してしまうが、たった8音のドレミ音階、
半音を入れても、12音では、似たような旋律も、仕方がない。

中学の音楽の授業で、「雪の降るまちを」を習った時、先生が、
この曲は、ショパンの曲の盗作で、たった一つのモチーフだが、
音楽家であれば、そこから、曲を広げていき、作ることなどは、
たやすいことで、最初を作るのが、大変なんだと、怒っていた。

そこまで、厳しく言うことはないと思うし、クラシックギターには、
例えば、「モーツァルトの主題による変奏曲」など、テーマのみ、
借用して、そのバリエーションを、組曲にしているものもあるし、
短歌の本歌取りでもないが、オマージュ、引用もよくある手法。

そもそも、ジャズのスタンダードナンバーと呼ばれる曲自体が、
ジャズのために作曲したものより、映画音楽、ミュージカルの、
テーマを演奏して、そのコード進行で、アドリブする曲が多くて、
「ジャズに名曲はなく、名演のみある」なんて、言われたりする。

さらには、そのコード進行を借用して、別のメロディを作曲して、
当然、別タイトルがつくが、よりジャズらしい展開だったりすると、
その曲も数多く演奏され、新たなスタンダード曲になっていき、
その際、コードのリハーモナイズのセンスも、問われたりする。

ラリー・カールトン、リー・リトナーや、アル・ディ・メオラといった、
クロスオーバー・ギタリストのブームは、77~78年に起こって、
ジャズを学ぼうと買った、渡辺香津美のジャズギター教本には、
「ミスティー」も載っていて、リハーモナイズ法も解析されていた。

リットーから2冊出た、「ジャズギター・インプロヴィゼイション」は、
原曲のメロディとコード、コード進行の分析と、リハーモナイズ、
メロディのフェイクやコードソロ、最後には、インプロヴィゼイション、
アドリブと、段階を追って、スタンダードナンバーを解析していた。

高校生の自分には、ウエス・モンゴメリーや、ジム・ホールらの、
アドリブは、楽譜を見ただけでも難しいし、模範演奏を聴くには、
何枚もレコードを集める必要があり、ほとんど手が出なかったが、
渡辺香津美が編曲した、フェイクやコードソロは、わりと練習した。

「ミスティー」のコードソロは、ジャズギターのテンションコードとは、
こんな和音で、こんな押さえ方なのかと、その勉強にもなったし、
覚えていたフォークのコードと違い、指がこんがらがりそうになり、
それを瞬時にチェンジしていくことが、何だかすごいことに感じた。

1巻は、「ミスティー」に、「サテン・ドール」「枯葉」「イパネマの娘」
「黒いオルフェ」の王道の曲に、モード奏法の「ソー・ホワット」と、
気に入った曲ばかりなのに、2巻の方は、馴染みが薄い感じがし、
単に先に買った方を、やたら練習して、自分が親しんだだけかも。

いつも愛用の、江部賢一の曲集にも、「ミスティー」が収録されて、
これが、ジャズっぽいコードなので、かなり香津美の編曲に似て、
江部が、ジャズにも精通しているのがわかるし、逆に低音部など、
アルペジオの伴奏も入れるのが、クラシックギタリストたる所以。

「ひき潮」に似ている(?)、ジャズの定番バラード「ミスティー」を、
江部賢一のギター編曲と、渡辺香津美のジャズ教本の編曲とを、
自分は、すごく和音が、似ていると思うので、聴き比べてほしくて、
一挙に演奏しましたが、「二兎を追うもの」で、出来は今一歩です。








寺内タケシで気に入った「スターダスト」を、二重奏と江部編曲で
ジャズのスタンダード曲というよりは、ポピュラーソング、
ムード音楽のおなじみ曲と呼んで良い、「スターダスト」を、
自分は、FM「ジェットストリーム」で流れた、寺内タケシの、
ソロアルバムからの演奏で、曲を知り、すごく気に入った。

おそらく、それまでに、どこかで耳にしたかもしれないが、
題名とともに、意識して聴いたのは、その寺内の演奏で、
ギターのみで、ダビングを重ねた伴奏にのせ、メロディを、
伸びやかに、アームで抑揚をつけて弾くのが、見事だった。

自分より年配の人が、「スターダスト」で思い浮かぶのは、
クレイジー・キャッツ、ザ・ピーナッツが出演した、TV番組、
「シャボン玉ホリデー」で、番組の最後、ミニコントとともに、
ザ・ピーナッツが歌う、エンディング・テーマかもしれない。

自分は、この番組を見た記憶がなく、小学生の頃だから、
9時前には寝ていたので、そのせいだろうと思っていたら、
日曜日の午後6時半の放送で、まさに家族団らんの時間、
自分が「サザエさん」が見たいと、主張したのかもしれない。

こんなとき、頼りになるYoutubeには、しっかり映像があって、
ザ・ピーナッツが、歌い始めると、植木等が、コメントしたり、
谷啓が、二人にちょっかいを出して、どつかれるパターン、
そのまま、ギター演奏に変わって、エンドロールが流れる。

このギター演奏は、ロス・インディオス・タバハラスのもので、
「マリア・エレーナ」で、一世を風靡した、兄弟デュオの二人、
ポピュラー曲の演奏も多いが、クラシックの超絶技巧の曲、
「熊蜂の飛行」「幻想即興曲」では、バカテクを披露していた。

寺内タケシのレコード評だったか、「スターダスト」について、
「ロス・インディオスの演奏でおなじみの~」と書かれていて
その時には、そんなものかと、漠然と思ったが、人気番組の、
テーマ曲なのだから、お茶の間にも浸透した、名演だった。

曲が気に入ると、弾きたくなるのは、昔から変わってなくて、
まだ、渋谷河合楽器ギター教室に、通っていない頃だから、
先生に相談できないが、通信教育、東京音楽アカデミーの、
ポピュラーギターコースのおまけLPに、ちょうど入っていた。

クラシックギターのコースとして、毎月届く、楽譜もレコードも、
ほとんど、手をつけないままに、ポピュラーギターのコースの、
「ステージのためのポピュラープログラム」も、継続して受講、
ますます、楽譜がたまっていき、だんだん自己嫌悪になった。

今思えば、東京音楽アカデミーは、いつのまにか、なくなり、
その教材やレコードも、入手困難なので、続けて良かったし、
さらに、「ワルカー教授の高等レッスン」も、受講しておけばと、
悔やまれるほどで、どんな曲を教われたのか、今も気になる。

ちなみに、英会話の教材、「家出のドリッピー」などで有名な、
アカデミー出版は、東京音楽アカデミーと、住所が同じなので、
ギターブームが去るなり、次なるビジネスとして、英会話へと、
方向転換したのだろうが、限定復刻版など、出してくれないか。

それで、高校の頃、少しは、たまった楽譜も役に立つとばかり、
日本のフラメンコギター界の草分け、伊藤日出男が編曲した、
「スターダスト」を練習し、ラジカセに、自分で伴奏を録音して、
二重奏にするのは、中学時代のビートルズから、やってること。

伊藤の編曲は、メロディの節回しが、ロス・インディオスほどは、
16分音符の装飾音をつけたり、つっこみ気味ではないのだが、
かなり意識した感じで、二重奏にしていること自体、そうだろうし、
みんなが親しんでいる形で、教材用に編曲したのかもしれない。

自分は、それを基にしつつ、寺内タケシのような、歌わせ方も、
何となく真似して弾き、そうしたことで、まだアドリブは無理でも、
メロディをフェイクしたり、自分の歌わせ方を、覚えたのだろうが、
調子に乗り、メロディを台無しにするところが、玉にキズとなる。

今回、なるべく楽譜に忠実に演奏したが、ところどころ、癖で、
寺内を気取って、やたらとフェイクしたり、小節の頭で弾く部分、
前の小節から弱起で弾く部分が、いいかげんになっていたり、
昔からのレパートリーだと、思い込みや悪癖がつきものと反省。

伴奏のギターは、ダラダラと、コードを鳴らしている感じになり、
それこそ、ギター教室の先生から、「俺が、あれだけ、伴奏を、
仕込んでやったのに、何やっているんだ。」と、言われそうで、
フォークギター同様、伴奏を馬鹿にし、さぼっていたのが明白。

習っていたのはジャズだから、いかにリズムギターの伴奏で、
スイングさせるかが課題、4ビートの場合、4分音符を1拍ごと、
ジャッ、ジャッとコードを刻み、3連符や、付点16分音符なら、
はねた感じが出せるのを、4分音符だけで、ノリを出していく。

ジャズ特有のテンションコードで、1拍ごとに、コードチェンジと、
リズムギターは、奥が深いのだが、単純にCコードを押さえて、
メトロノームに合わせ、テヌート気味、スタッカート気味にしたり、
前ノリ、後ノリにしたりと、リズムを引っ張っていく練習を徹底。

ジム・ホールが、ピアノのビル・エバンスと共演した際に弾いた、
ベースラインをまじえつつ、ドラム不要のごとくに、スイングする、
神業と思えるコードワークを、先生は、こともなげに弾いてくれて、
基本の4ビートをちゃんと刻めれば、たやすいことと、言っていた。

伴奏が下手で、言うのもなんだが、伊藤編曲のリズムギターは、
単純なコードが多いので、弾き比べで、いつもの江部賢一編曲、
テンションコードや、フィルインも入り、ジャズギターのソロのよう、
伊藤版で、省略されたイントロ、バースもあって、弾いて楽しい。

寺内タケシで知った、「スターダスト」を、お茶の間に浸透した形、
二重奏を、東京音楽アカデミーの伊藤日出男の編曲で演奏して、
さらに、江部賢一のギターならではの、ジャズっぽい編曲で弾き、
何かと、ジャズを習ったと公言する、片鱗を感じていただければ。








雨にまつわる曲を思いつつ、小胎のギター編曲「雨にぬれても」
昔から、出不精で、家でゴロゴロするのが、何よりだから、
週末となると、駅前の本屋へ、足を向ければ良いほうで、
午前中はテレビ、午後はラジオを、つけっ放しにしておき、
ギターを弾いたり、ブログ記事を書いたり、自宅で過ごす。

先日、テレビの「アッコにおまかせ」を、何となく見ていると、
雨の日に聴きたい曲ランキングをやっていて、その順位は、
1位が、徳永英明の「レイニー・ブルー」、2位がドリカムの、
「晴れたらいいね」、3位はサザン「TSUNAMI」と、続いた。

雨の曲と、「雨の日に聴きたい」では、ニュアンスは違うが、
「レイニー・ブルー」は、1位になるほど、売れたんだろうか、
雨で、「晴れたらいいね」って、照る照る坊主じゃあるまいし、
「TSUNAMI」は、雨の曲なのかと、つい、つっこみたくなる。

さらに、森高千里、松本英子、中西保志の曲が、続いたが、
中西の曲は、懐かしの歌番組や、物まね番組で知った曲で、
発売当時には聴いたことがないし、松本英子にいたっては、
名前さえ記憶になく、あまりに自分の感覚とは、違っていた。

アンケート対象は、10代~50代と、幅が広いこともあるが、
「最近の曲に、この年寄りは、ついていけませんですじゃ。」
という次元を超えて、90年以降の曲には、かなり疎いうえに、
それ以前も、ギターを中心に、偏って、聴いていたのも事実。

高校から大学、70~80年代の曲が、今でも気に入っていて、
そこで、自分の音楽の嗜好が固まっているし、ギター抜きに、
歌謡曲、ニューミュージックを考えても、「ベストテン」を見たり、
深夜放送を聴いた、この頃が、お茶の間にも、近かった気が。

そんな自分が、雨といって、まっさきに浮かぶ曲、雨が降ると、
無意識に口ずさむのは、昔から、なぜか、三善英史「雨」の、
「雨に濡れながら~」に、北原白秋が作詞した、童謡「雨」の、
「雨が降ります~」で、これは小学生の頃からの、癖でもある。

同じ童謡「あめふり」の、「ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ」の、
明るい感じではなくて、どちらかというと、暗いイメージの曲、
マイナー調の曲を好んだのは、自分の性格もあるのだろうが、
梅雨という季節に育まれた、叙情性が左右するのではと思う。

洋楽で、雨の曲で思いつくのは、映画音楽の「雨に唄えば」に、
「雨にぬれても」で、明るい曲調だし、「悲しき雨音」にしたって、
どこが悲しいのか、邦題のセンスを疑うほど、ポップな曲調で、
梅雨のないアメリカの、広大な荒野のせいかと、勝手に推測。

日本の曲も、フォークから、ニューミュージックに移り変わると、
コード進行も、歌詞も洗練されてきて、どマイナーではなくなり、
ハイ・ファイ・セットや、バンバンもカバーした、ユーミンの名曲、
「冷たい雨」なんかは、歌詞とは裏腹に、明るめの伴奏となる。

ユーミンには、雨の名曲が多く、「いちご白書」に続く曲として、
バンバンが歌った「霧雨の朝突然に」、麗美にプレゼントして、
セルフカバーもした「霧雨で見えない」、さらには、「雨の街を」
「雨のステーション」「雨に消えたジョガー」と、いくらでもある。

大瀧詠一は、「雨のウエンズデイ」が名曲で、彼がリーダーの、
ナイアガラ・トライアングルには、「ウォーター・カラー」があって、
そのメンバーだった杉真理は、「バカンスはいつも雨」がヒット、
堀ちえみが、傘を差したチョコのCMが、すごく印象に残った。

稲垣潤一は、「ドラマティック・レイン」で、テレビに出てきたが、
デビュー作「雨のリグレット」の方が、自分は気に入っていたし、
真夏とクリスマスがイメージの、山下達郎は、「レイニー・デイ」、
「2000トンの雨」、「レイニー・ウォーク」と、LPの佳曲が多い。

「ベストテン」などで、お茶の間にも浸透したのは、八神純子、
「水色の雨」とか、小林麻美「雨音はショパンの調べ」があり、
ラジオではよく聴いたが、おそらく、ヒットとは無縁だったのは、
下成佐渡子「雨」で、自分は気に入って、シングル盤を買った。
 
題名に「雨」「レイン」の文字は入っていないが、村下孝蔵の、
「初恋」は、「五月雨は緑色」に始まる歌詞が、情緒たっぷり、
寺尾聡「シャドーシティ」は、雨に濡れた夜景が浮かびあがり、
原田真二の「てぃーんずぶるーす」は、青春そのものの情景。

こうして、とりとめもなく、いろいろな曲へと、思いをはせるのも、
雨のなせる技なのか、オフコースの「雨の降る日に」の歌詞に、
「雨の降る日は、いつでも、時はさかのぼる。」と、あったように、
いつになく、昔の曲を懐かしんで、一人、感慨にふけっている。

洋楽は、明るい曲調と書いたが、もちろん、それだけではなく、
カーペンターズの「雨の日と月曜日」は、哀愁を帯びているし、
ボブ・ディラン「はげしい雨が降る」、CCR「雨を見たかい」は、
歌詞のせいもあってか、暗さと激しさを感じさせる曲調となる。

そのカーペンターズがカバーした、「遥かなる影」でも有名な、
バート・バカラックが、映画「明日に向かって撃て!」のために、
作曲したのが、「雨にぬれても」で、自分が最初に聴いたのは、
映画音楽大全集に収録された、オーケストラ演奏だったはず。

ただ、それこそ、雨が降ってきて、洋楽の歌詞で浮かぶのが、
「Raindrop keep fallin ~」と、この曲なので、10代の頃に、
歌入りの原曲に親しんでいたろうし、歌手のB・J・トーマスも、
名前を知っていたから、CMか、ドラマで使われたように思う。

ポピュラーギターの編曲で、愛用しているのは江部賢一だが、
難易度の高い編曲が多く、それよりは、多少弾きやすいのが、
小胎剛の編曲集で、パラパラとめくり、雨にまつわる曲でもと、
探してみたら、しっかり、「雨にぬれても」が、掲載されている。

イージーリスニング、映画音楽が、主体となる編曲集なので、
他に、「雨の訪問者」「シェルブールの雨傘」といった曲があり、
これらの曲は、もの悲しい雰囲気、ヨーロッパに目を向けると、
雨のイメージも、また別となるようで、お国柄なのか興味深い。

「雨にぬれても」の原曲は、ギターより、ウクレレみたいな音で、
チャンカ・チャンカ、チャンカ・チャンカと、何ともユルいイントロ、
全体に、ハネたリズムだが、エンディングで、テンポが一転して、
ホーンが別のメロディを奏でるところなんか、バカラックらしい。

小胎の編曲は、イントロ、エンディングは省略、メロディ重視で、
コードに沿って、伴奏のアルペジオをつけた編曲、自分としては、
もっとはねて、スチャスチャと、勝手にカッティングしたくなるが、
我慢して、楽譜に忠実に弾いたら、かなり遅いテンポになった。

雨にまつわる曲を、あれこれ思い出しつつ、手持ちの楽譜から、
映画主題歌(挿入歌)で有名な、「雨にぬれても」を演奏するも、
いつもながら、自分の癖となるテンポへと、無意識に遅くなって、
カラッとした曲が、梅雨を思わせる、しっとりとした(?)感じです。





ハープの名演で知られる「ひき潮」を、江部のギター編曲で
中学生になっても、午後8から9時には、寝ていた自分が、
深夜放送で、ビートルズの特集が予告され、未発表曲を、
かけてくれるようだと友人に教わると、放送日を待ちわび、
生まれて初めて、深夜放送を聴いたのは、75年春のこと。

高校生になると、同級生の話題は、前日のセイ・ヤングや、
オールナイト・ニッポンで、自分も、少しずつ夜更かしになり、
連日、あちこちのラジオ局の、チューニングを合わせながら、
投稿ハガキに笑ったり、かけてくれる曲など録音したりした。

AMばかり聴いていた自分が、FMを聴くようになったのは、
やはりビートルズがきっかけで、公式録音となる全213曲、
LPからシングルB面から、とにかく全曲を、 何週かに渡り、
土曜の深夜に放送してくれ、AMよりも音が良いのに気づく。

ラジカセが、ダイヤル式のチューニングだったこともあって、
AMは、なかなかジャストのポイントでチャンネルが合わず、
ザリザリとか、キューンと雑音が入るし、少しでも動かすと、
音がこもったり、キンキンしたのに、FMだと、安定していた。

音楽を録音するのは、FMに限るとなり、そのうえ週刊FM、
レコパルなどで、何の曲を放送するか、調べることまででき、
マニアほどではないが、こまめにエアチェックするようになり、
新譜の情報も早かったし、聴く音楽の幅のも広がっていった。

そんな中、夜中の1時に始まる、お目当ての番組を待つ間に、
かけっ放しのラジオから聴こえたのが、ジェット・ストリームで、
少しずつ、イージーリスニング音楽に、親しんだし、何よりも、
途中の「私のレコード・アルバム」のコーナーが、気に入った。

ジェットストリームは、存在感ある、城達也のナレーションに、
ポール・モーリア楽団、レーモン・ルフェーベル楽団といった、
イージー・リスニング主体だったが、「私の~」のコーナーは、
新旧を問わず、1枚のLPをピックアップして、紹介してくれた。

手元にあるテープは、パコ・デ・ルシアに、スパイロジャイラと、
インデックスに書き込んであって、インスト曲ということもあり、
クロスオーバー、フュージョンのLPも、けっこうかけてくれたし、
新譜も、他の特集番組と合わせると、全曲録音できたりした。

テープ代を倹約しようと、大学生になっても、120分テープを、
愛用していて、今になると、音質や耐久性で、後悔しているが、
1時間番組を、CMをカットしながら、120分テープに録音して、
余った部分には、「私のレコードアルバム」をよく入れていた。

寺内タケシのソロLP、「テリー・アローン/メローフィーリング」も、
ジェットストリームの、そのコーナーで聴いたが、77年発売時、
雑誌「ヤングギター」のレコード評で、大きく取り上げられていて、
買うほどでもないがと迷っていたところ、やがてオンエアされた。

日本のエレキギターの大御所で、テケテケサウンドの代表格、
さらに、「レッツゴー運命」や、「津軽じょんがら節」の早弾きが、
イメージされる寺内が、リズム隊抜きで、自身のギターのみで、
ダビングを重ねた、イージー・リスニングは、別格となる美しさ。

ハワイアンのスチールギターのような、クリアで芯のある音色、
伸びやかなロングトーン、そして、トレモロアームの抑揚といい、
ベテランならではの、味わいのある演奏だし、メロディラインを、
本当に美しく、ギターが歌い上げていて、すぐLPを買ってくる。

LPで全曲を聴いたら、FMでかけてくれた数曲が、一番良くて、
最初に聴いた印象が何よりの、昔からの自分の癖はあったが、
番組スタッフの、選曲眼の良さが、光っていたのだろうし、特に、
「スターダスト」と、「ひき潮」の2曲は、自分でも弾きたくなった。

「スターダスト」は、東京音楽アカデミーの通信講座テキストで、
ポピュラー・ギター・コースに楽譜があり、雰囲気も似ていたが、
「ひき潮」は、自分でメロディだけ、耳コピして、寺内を気取って、
アームでメロディを弾くも、絶妙のニュアンスは、真似できない。

やがて、ジェットストリームは、この手の音楽なら、お手ものもの、
「ひき潮」の原曲がかかって、ロバート・マックスウェルのハープ、
フランク・チャックスフィールド楽団の、オーケストラ演奏に加え、
オルガン演奏と、ネットのない時代でも、何かと情報は手に入る。

渋谷河合楽器のギター教室で、江部賢一によるギター編曲を、
教材代わりにしたとき、2巻に「ひき潮」があり、懐かしく弾いて、
ハープを思わせるイントロのアレンジに感動しつつ、メロディを、
3連のアルペジオで伴奏するのは、何だか、平凡だなと思った。

3連のアルペジオというと、ついつい「精霊流し」などフォークの、
定番の伴奏が浮かぶし、それこそ、ジェットストリームのテーマ、
「ミスター・ロンリー」や、キャッツの「メモリー」を、連想してしまい、
自分で演奏していて、違うメロディを弾きそうに、なったりもした。

今回、愛用の江部編曲というとことで、「ひき潮」に再挑戦すると、
セーハを多用した、3連アルペジオは、平凡という次元どころか、
自分には、難しくて、押さえされないレベル、だいたい3・4弦が、
指の間接のすき間にあたり、浮いてしまって、まともに鳴らない。

さらにハイポジションで、指が届かない押さえ方も何箇所かあり、
音を伸ばさずに指をずらしたり、開放弦のハーモニクスを鳴らし、
押さえないですませたり、かなり強引に、ごまかして演奏したが、
右爪の雑音、左指が寝て、隣の弦を消音するのは、相変わらず。

深夜放送、FMに夢中になった頃、寺内タケシのエレキで聴いて、
気に入った「ひき潮」を、いつも愛用している、江部のギター編曲、
イントロや後半が、かなりハープを意識したアレンジとなっていて、
馬鹿にしていた3連アルペジオも、セーハに苦労して弾きました。













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