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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
伊勢正三の曲だがイルカが歌ってヒットした かぐや姫「なごり雪」
毎年この時期になると、テレビで卒業ソングだの、
新しい出発を讃える歌の特番があちこちで放送し、
最近の曲は知らないなあと、時代に取り残されて、
やっぱり70年代は良かったと、年寄りの感想に。

ただ、自分が中学・高校の頃、卒業式で歌うのは、
「蛍の光」や「仰げば尊し」で、ポピュラー音楽を、
歌うなんて考えられないし、高校卒業の時でさえ、
金八先生も斉藤由貴、柏原芳恵もまだ出ていない。

中学校の謝恩会では、「木綿のハンカチーフ」や、
「あの素晴らしい愛をもう一度」をクラスの出し物で、
歌ったが、特に卒業ソングという意味付などなくて、
単なるヒット曲、自分も有志でビートルズを歌った。

自分が中学を卒業したのは、76年3月だったから、
定番のイルカの「なごり雪」が、ちょうど出た頃だが、
謝恩会で歌うクラスはなくて、イルカ自体のファンは、
学校にいたし、ポスターを持ってきた奴もいたのだが。

当時の自分はビートルズ一辺倒だったが、この曲は、
もともとかぐや姫の曲で、それをイルカが歌った方が、
ヒットしたという知識もあったし、かぐや姫のベスト盤、
豪華ボックス入り2枚組に惹かれて、買ったりもした。

夜ヒットだったか、イルカが出演し「なごり雪」を歌うと、
友人から教わって、かぐや姫とどう違うのかと真剣に、
見ていたら、「お前は、こんな娘が好きなのかい?」と、
母にからかわれたが、別にアイドル歌手じゃないのに。

思春期の照れもあり、「逆だよ、嫌いまでいかないが、
伊勢の曲を勝手に歌っているのが気に入らない。」と、
言い返したが、実際にシンガーソングライターこそが、
フォークやニューミュージックの正統派だと思っていた。

イルカに風当たりが強かったか、自分は知らないが、
バンバンがグレープの「縁切寺」をシングルで出すと、
ばんばがコーナーを持つ谷村新司のセイヤングには、
「さださんの曲を返してください。」という投書が殺到。

「歌は歌い継がれるていくもので~」と弁明をしたが、
何週にも渡って、リスナーの批判が続いていたから、
そもそも「カバー」なんて言い方もなかったような頃、
人の曲を歌っていると、特にフォークでは厳しかった。

よくよく考えると、かぐや姫も、ヒット曲のいくつかは、
メンバーではなく喜多條忠の作詞だし、吉田拓郎も、
「旅の宿」なんかは岡本おさみで、フォークの人でも、
自分のメッセージを歌詞に載せるとは限らなかった。

「なごり雪」の場合、収録したかぐや姫のアルバムが、
「赤ちょうちん」「22才の別れ」といった超有名曲から、
「うちのお父さん」など、本当に名曲だらけの作品集、
シングルカットもされなくて、埋もれがちになっていた。

それで、まだ出たばかりの曲をイルカがカバーしても、
あまり原曲との違和感もなく、イルカの代表曲として、
こちらの方が確立したのだろうし、卒業ソングとしても、
イルカが大ヒットさせたことで、定番になったのだろう。

先日、夜中にトイレに起きた際、そのまま水を飲もうと、
台所に行って、何気なく居間のテレビをつけたところ、
さだまさしの生放送番組で、ちょうどイルカが登場して、
「なごり雪」を歌い、エンディングはアコギのソロだった。

イルカのバージョンはピアノイントロだが、かぐや姫は、
アコギ2台の絡みで、そのリードギターも印象的だし、
そのバージョンにして、延々とアコギソロを弾くなんて、
いい感じになるかと、偶然からのインスピレーション。

中学の頃、フォーク雑誌に、かぐや姫の楽譜が載ると、
「リードギターの名手、正やんのフレーズは~」など、
解説されていたが、情報通の友人にレコーディングは、
石川鷹彦が弾いたと教わり、記事を馬鹿にしていた。

もちろん、ライブでは伊勢自身弾くこともあったと思うし、
バンドあるあるで、新人に限らず、録音時間の短縮で、
スタジオミュージシャンを使うことが多く、アコギでは、
コードストロークさえ、吉川忠栄らに任せていただろう。

そんなアコギの名手、石川鷹彦が弾いていただけに、
かぐや姫版の「なごり雪」では、リードギターに限らず、
伴奏のアルペジオも難しくて、本職(?)がエレキの、
自分からすると、かなり練習しないと録音はできない。

3月中にアップしたかったが、年度末の忙しさもあり、
遅い帰宅ではアコギも弾けず、どんどん先延ばしで、
それでも、オケを少しずつ作り、この週末アコギ録音、
この時期の定番、「なごり雪」を何とか演奏しました。





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こんな時だから深い歌詞が胸をうつMr.Children「HANABI」



親父バンドのMVが泣けてくるミスター・チルドレン「くるみ」
先月、「これが定番!世代別ベストソング」を見て、
昭和、平成、令和と分けて、曲を紹介していたが、
年号で世代を区切るのは、あまりにアバウトすぎ、
紹介された曲のうち、平成もかなり親しみがある。

特に、スピッツとミスター・チルドレンが流れると、
もともと、そんなファンというわけではなかったが、
やっぱり良い曲が多いなと、懐かしくなってきて、
ベスト盤くらいは持っていたので、久々に聴いた。

スピッツは2曲ほどカバーしたけれど、ミスチルは、
やっていなくて、そもそもバンドスコアはあるのか、
検索すると、ドレミ楽譜とKMPは絶版で、現行は、
シンコーが昨年4月に出したベスト曲集しかない。

いつも愛用しているAmazonでは、在庫が3冊、
これは売り切れる前に買っておこうと、迷わずに、
クリックしたが、あとあと冷静になると、どんどん、
楽譜はたまる一方、何とか活用しないことには。

昔から夜はラジオをつけっ放しで、ウトウト聴くが、
以前、「ミスチルのくるみのミュージックビデオが、
すごく泣ける」と曲が紹介され、その映像の方は、
親父バンドが結成されるストーリーだと語られる。

シングルCDにPV収録というので、買ったところ、
妻と娘と去られたらしき、さえない中年の親父が、
店頭のフォークギターを見て、昔の夢よもう一度と、
かつてのバンド仲間に声をかけて、活動を始める。

それぞれ家庭や生活があり、すぐに参加できず、
夜中に布団を抜け出し、ベースを担いで走ったり、
役者さんたちは、顔芸っぽい大袈裟な表情をして、
かなり笑えるのだが、それでもしんみりしてもくる。

知り合いのツテか、碁会所やらマタニティ教室で、
バンド演奏を始め、口コミで人気が出ていくような、
流れになるかと思いきや、結婚式では拍手喝采を
想像したものの、演奏中に皆が帰ってしまうことに。

ギターケースを抱え、4人並んで夕焼けの川原を、
歩く場面は、バンド経験者にはウルウルきそうで、
「まあ、よくやったよ」「また集まれて楽しかった」
そんなやりとりをして、バンドの4人は別れていく。

バンド名を考えた時のメモは、「ミスターアダルト」
「ミスターチルドレン」と書き、アダルトに決めたが、
苦笑しながら、メモを捨てると、桜井がそれを拾い、
「このバンド名、もらおう」となったというオチが付く。

このようにMVは、架空の親父バンドの場面だけで、
「くるみ」という曲も、そのバンドが作って歌う形で、
歌詞の内容に沿った情景は、まったく出てなくて、
ちょっと珍しい作り方だが、それだけに印象に残る。

逆に、歌詞は多少口ずさんだりした程度なので、
その内容を考えることもなかったが、カバーに際し、
じっくり歌詞カードを読むと、これがすごく深くって、
そもそも桜井の歌詞は、かなり訴えるものが多い。

その歌詞を、自分がきちんと歌えるかというのが、
何よりもネックだが、まずはオケを作っていこうと、
バンドスコアどおりにドラム入力、ベース、アコギ、
リズムギターに、ギターシンセで鍵盤類を重ねる。

シンコーのバンドスコアは、ヤングギターを発行し、
ギターには自信があるのか、TAB付のエレキに、
アコギと採譜しているが、その分キーボード類は、
2段にまとめていたり、かなり省略されてばかり。

「くるみ」も、ピアノは右手のみで、アコーディオン、
鉄琴、オーケストラを1段にまとめていて見にくく、
オクターブ違っていたり、明らかに音も違うので、
ダウンロード販売で、フェアリー社の楽譜も買う。

ピアノは右手・左手の2段譜で、末尾にまとめて、
エレキギターも3本で、アコーディオン、鉄琴に、
オーケストラは別々の段で、オケも単音でなくて、
すごい丁寧な譜面で、以前の米津もそうだった。

歌が下手な分、伴奏はなるべく原曲に似るよう、
ギターシンセで弾くピアノ、アコーディオン、鉄琴、
ストリングスは、最初のシンコーでの録音は消し、
全部フェアリー社でやり直し、トラック数も増やす。

エンディングでは、リズムギターと別のギターが、
歪んだ音でアルペジオ風フレーズで加わるので、
普通ならフェイドアウトせずに、アドリブだよなあと、
曲を伸ばして、レスポールを歪ませて勝手に弾く。

桜井は、喉声で息苦しそうに歌うので、これだと、
血管が切れるよなあ、脳梗塞にもなるだろうなと、
徳永英明がポリープや脳梗塞になるのと同様で、
自分も、むきになって歌わないように気をつける。

自分のキーは、地声でギター1弦3フレのG音で、
裏声では、その上のC音が限界で、この歌では、
桜井は地声でA音、裏声はF音まで出していて、
自分だと、ケンケンの笑う無声音になってしまう。

たまたま見たテレビの影響で、まったく畑違いの、
ミスチルをカバーすることにしたが、オケ作りには、
かなり時間もかけて、歌も声がすぐに枯れるので、
何だかんだと日数がかかり、ようやくのアップです。





僕らは何処にいたとしてもつながっていける スキマスイッチ「奏」
スキマスイッチという一風変わった名前の2人組を、
最初に知ったのはいつだったか、記憶の彼方だが、
まともに曲を聴いたのは、ドラえもんの映画の曲、
「ボクノート」が、テレビやラジオで流れた頃だろう。

ほどなく、ボーカルの大橋のソロ曲がユーキャンの、
CMソングで流れて、キーボードの常田のアフロが、
お笑い芸人のトータルテンボスの藤田にそっくりと、
話題になったり、顔と名前が一致する存在になる。

大橋の歌い方が、ちょっとこもったような感じにして、
ブルースやソウル歌手のような発声の仕方なので、
山崎まさよしに近いかなと思っていたら、山崎らの、
ユニットである福耳に参加して、我が意を得たりと。

ある時、素人参加の歌番組、ものまねの歌合戦か、
歌うま選手権の類だったか、たままた見ていたら、
スキマスイッチの「奏」を歌う人がいて、歌のうまさ、
曲の良さに感動して、ようやく図書館でCDを借りた。

福耳でも歌った「惑星タイマー」や「奏」のアレンジ、
ストリングスのはいるところは、ビートルズっぽくて、
何でもかんでもビートルズに結びつける悪い癖だが、
「奏」は、イントロのドラムさえリンゴっぽく聴こえる。

「奏」は、旅立つ相手との駅での別れの情景を歌い、
自分の世代だと、かぐや姫、イルカの「なごり雪」を、
ついつい浮かべてしまうが、曲の雰囲気も違えば、
遠く離れてもつながっていると強調するのも異なる。

歌の主人公たちは、恋人同士だと解釈するほうが、
普通だろうが、大切な人との別れと拡大解釈して、
例えば、子供が巣立っていくという風にも思えたり、
曲が聴く人によって、新しい意味を持つのも面白い。

卒業ソングとまではいかないが、ついこの時期には、
「奏」を思い浮かべてしまうし、それ以上にこの曲は、
スキマスイッチ自身が、あの東日本大震災に際して、
被災地に向けメッセージとして歌った意味は大きい。

震災の2日後、「僕たちには歌うことしかできません」、
そう断って、常田の生ピアノだけをバックに大橋が、
この曲を歌ったことは、「僕らは何処にいたとしても
つながっていける」という思いを込めたかと想像する。

被災した人らに、あなたたちは決して一人じゃない、
みんなが見ている、みんなとつながっているんだと、
そうしたメッセージを伝えたくて、この曲を歌ったと、
被害はないものの余震に怯えた自分は解釈したい。

皮肉なことに、自分がこのYouTubeにて公開された、
「奏」の存在を知ったのは、この行為へのバッシング、
売名行為だ、偽善だ、今は歌など歌っている場合か、
現地へ行って手伝え、寄付しろ、など炎上したから。

震災の当日、自分は不安な思いで一夜を過ごして、
ラジオから流れる音楽で癒されたし、「奏」を見た際、
本当に涙があふれるほど感動して、音楽って良いな、
改めて思ったが、批判する意見もわからなくはない。

東北出身で、震災時に実際に気仙沼でロケしていた、
サンドウィッチマンは、お笑いよりはまずは募金だと、
義援金活動を行うが、メッセージを伝えるラジオでは、
自分たちは芸人だからと、ショートコントも披露した。

たぶん、東北大震災に限らず、こうした災害にあって、
何が正解かはわからないし、東北とはまったく違い、
単に揺れただけだろうと言われかねない自分などは、
何ら被災もしていない、高みの見物と非難されそう。

それでも、それまで経験したことのなかった揺れは、
今でもトラウマになっているし、音楽で癒されたこと、
このブログにメッセージをいただいたことが、本当に、
先の見えないあの時にあって、すごく救いになった。

山下達郎が映画用に作った「希望という名の光」は、
その歌詞から震災時にオンエアされ、達郎自身が、
歌に新しい意味をつけてくれたと述懐するほどだが、
「奏」は作者自らが、この曲を震災時に選んでいる。

あまり重苦しく考える必要もないが、自分にとっては、
この時期になると、別れの情景の歌であると同時に、
あの日のことを忘れてはいけないし、何があっても、
何処にいてもつながっていると思い出させてくれる。

「奏」のバンドスコアは市販されてなく、耳コピなどは、
まったく苦手なので、ネット検索すると無料サイトに、
バンドスコアがあり、ただダウンロードやプリントには、
対応していないようなので、ポイントだけ手書きする。

市販の楽譜では、メロディ譜、ギター弾き語り譜から、
ピアノソロ、ピアノ弾き語りとあって、伴奏の参考にと、
ピアノ弾き語り譜面を買い、これにはネットにはない、
ボーカルのハモリも載っていたので、すごく助かった。

とはいえ、ハモリのメロがわかったからというだけで、
音程をとるのは厳しかったし、おおもとのメロディでも、
キーがそう高くないが、声がかすれたり、途切れたり、
いつもながら、演奏に比べ、歌のクオリティは低すぎ。

スキマスイッチのライブ映像を見たら、エンディングは、
ギターがアドリブしていて、これぞバンド演奏だよなと、
自分もフェイドアウトを伸ばし、これまたいつもどおり、
好き勝手にギターソロを弾き、多少は歌の口直しに。

なかなかカバー演奏の更新ができず、空いてしまい、
3月11日への思い、この時期の出会いや別れとの、
二重の意味を持たせ、下手なりに心をこめて歌った、
スキマスイッチの「奏」は、何とか3月中にアップです。






夏の終わりとクリスマスの両方を歌う角松敏生「ノー・エンド・サマー」
角松敏生を聴いたのは82年5月で、春に就職し、
地方勤務になった先輩が連休中に東京へ戻って、
楽器屋やレコード屋など回るのにつきあった際に、
渋谷西武デパートのレコード売り場で流れていた。

出たばかりのセカンドは、フュージョンのギタリスト、
カルロス・リオスが参加したと、角松との対談まで、
愛読のヤングギターに載ったので、1枚目と共に、
友&愛でレンタルし、気に入ったのでどちらも購入。

続く3枚目は、ギターソロは今剛の1曲くらいとなり、
4枚目から打ち込みのファンクサウンドになってきて、
5枚目を最後に、買うことも聴くこともしなくなったが、
CDの時代になり、ベスト盤「T’sバラード」は買った。

ベスト盤といいながら、曲をメドレーに再編集したり、
ボーカルだけは録り直し、新曲に新録音まであって、
リミックス盤の元祖みたいで、角松は何かにつけて、
セルフカバーで何度でも録音するのが好きなようだ。

アルバムの最後、ファンとのコーラスの掛け合いが、
40秒ほど収録されて、何の曲だったろうと思ったら、
「ノー・エンド・サマー」のエンディングのリフレインで、
LPでは、掛け合いにならずにフェイドアウトしたもの。

リミックス好きは、昔からだったのを示すかのように、
「ノー・エンド・サマー」のシングル盤は、ステレオの、
定位が変わったり、リズムギターは小さい音になり、
コーラスが前面に出て、エンディングは追加される。

フェイドアウトせずに、コーラスの掛け合いが加わり、
ブレイクやループなどDJミックスっぽく加工されるが、
その後、ライブでは延々と客席と掛け合うのが定番、
まるで「ヘイ・ジュード」の無限繰り返しのようになる。

「ノー・エンド・サマー」は、終わりなき夏とでも訳すか、
杉山清貴&オメトラ「ネバー・エンディング・サマー」、
チューブの「シーズン・イン・ザ・サン」の歌詞にある、
「夏よ逃げないでくれ」など、夏の終わりのあるある。

ところが、角松は歌が2番になると冬の情景となり、
「もうクリスマス」と歌い、季節が冬になってしまうが、
気分は夏なんだよと言いたいようで、その急展開は、
唐突すぎるが、時の流れは早いとまで歌詞にある。

角松は山下達郎フォロワーと揶揄されることがあり、
実際、シュガーベイブの追っかけもしていたのだが、
夏男の達郎が「クリスマス・イブ」をヒットさせたので、
それにあやかるのは、さすがにしないだろうと思う。

その山下達郎が目的で2年前に買ったシンコーの、
「大人の邦楽ポップス」には、角松のスコアもあって、
「ノー・エンド・サマー」は初出LPバージョンなので、
エンディングを伸ばす形で、カバー演奏をすることに。

バックコーラスはAメロもサビも採譜されていないが、
女声コーラスで、声が枯れていなくても無理な音域、
ギターシンセでコーラスボイスの音色にして、少しは、
歌が被っているかのように、コード進行に沿って弾く。

YouTubeでライブ映像を見ると、30周年ライブの際、
アンコールでギター弾き語りで始め、コーラス部分で、
バンドが加わり、浅野祥之と梶原順のギター2人が、
交互にギターソロを弾くのがすごく格好良いアレンジ。

さすがに弾き語りは、歌のボロが目立ってしまうから、
やる気もないし、バンドスコアのとおりに演奏するが、
エンディングのコーラス掛け合いを伸ばしているから、
そこへライブのソロを参考に、アドリブを重ねることに。

結果的に、歌が終わってのエンディングのコーラスが、
全体の半分以上になってしまい、長すぎた気もするが、
LPどおりにサックスが入る箇所を弾くと、掛け合いは、
その後から始まり、そうそうすぐギターソロにできない。

角松敏生の5枚目「ゴードル・ディガー」の最後の曲で、
コンサートのアンコールの定番「ノー・エンド・サマー」、
メロディはキーが合うが、エンディングは地声より高く、
金切り声とひっくり返った裏声とで、かなり厳しいです。








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