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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
夏の終わりとクリスマスの両方を歌う角松敏生「ノー・エンド・サマー」
角松敏生を聴いたのは82年5月で、春に就職し、
地方勤務になった先輩が連休中に東京へ戻って、
楽器屋やレコード屋など回るのにつきあった際に、
渋谷西武デパートのレコード売り場で流れていた。

出たばかりのセカンドは、フュージョンのギタリスト、
カルロス・リオスが参加したと、角松との対談まで、
愛読のヤングギターに載ったので、1枚目と共に、
友&愛でレンタルし、気に入ったのでどちらも購入。

続く3枚目は、ギターソロは今剛の1曲くらいとなり、
4枚目から打ち込みのファンクサウンドになってきて、
5枚目を最後に、買うことも聴くこともしなくなったが、
CDの時代になり、ベスト盤「T’sバラード」は買った。

ベスト盤といいながら、曲をメドレーに再編集したり、
ボーカルだけは録り直し、新曲に新録音まであって、
リミックス盤の元祖みたいで、角松は何かにつけて、
セルフカバーで何度でも録音するのが好きなようだ。

アルバムの最後、ファンとのコーラスの掛け合いが、
40秒ほど収録されて、何の曲だったろうと思ったら、
「ノー・エンド・サマー」のエンディングのリフレインで、
LPでは、掛け合いにならずにフェイドアウトしたもの。

リミックス好きは、昔からだったのを示すかのように、
「ノー・エンド・サマー」のシングル盤は、ステレオの、
定位が変わったり、リズムギターは小さい音になり、
コーラスが前面に出て、エンディングは追加される。

フェイドアウトせずに、コーラスの掛け合いが加わり、
ブレイクやループなどDJミックスっぽく加工されるが、
その後、ライブでは延々と客席と掛け合うのが定番、
まるで「ヘイ・ジュード」の無限繰り返しのようになる。

「ノー・エンド・サマー」は、終わりなき夏とでも訳すか、
杉山清貴&オメトラ「ネバー・エンディング・サマー」、
チューブの「シーズン・イン・ザ・サン」の歌詞にある、
「夏よ逃げないでくれ」など、夏の終わりのあるある。

ところが、角松は歌が2番になると冬の情景となり、
「もうクリスマス」と歌い、季節が冬になってしまうが、
気分は夏なんだよと言いたいようで、その急展開は、
唐突すぎるが、時の流れは早いとまで歌詞にある。

角松は山下達郎フォロワーと揶揄されることがあり、
実際、シュガーベイブの追っかけもしていたのだが、
夏男の達郎が「クリスマス・イブ」をヒットさせたので、
それにあやかるのは、さすがにしないだろうと思う。

その山下達郎が目的で2年前に買ったシンコーの、
「大人の邦楽ポップス」には、角松のスコアもあって、
「ノー・エンド・サマー」は初出LPバージョンなので、
エンディングを伸ばす形で、カバー演奏をすることに。

バックコーラスはAメロもサビも採譜されていないが、
女声コーラスで、声が枯れていなくても無理な音域、
ギターシンセでコーラスボイスの音色にして、少しは、
歌が被っているかのように、コード進行に沿って弾く。

YouTubeでライブ映像を見ると、30周年ライブの際、
アンコールでギター弾き語りで始め、コーラス部分で、
バンドが加わり、浅野祥之と梶原順のギター2人が、
交互にギターソロを弾くのがすごく格好良いアレンジ。

さすがに弾き語りは、歌のボロが目立ってしまうから、
やる気もないし、バンドスコアのとおりに演奏するが、
エンディングのコーラス掛け合いを伸ばしているから、
そこへライブのソロを参考に、アドリブを重ねることに。

結果的に、歌が終わってのエンディングのコーラスが、
全体の半分以上になってしまい、長すぎた気もするが、
LPどおりにサックスが入る箇所を弾くと、掛け合いは、
その後から始まり、そうそうすぐギターソロにできない。

角松敏生の5枚目「ゴードル・ディガー」の最後の曲で、
コンサートのアンコールの定番「ノー・エンド・サマー」、
メロディはキーが合うが、エンディングは地声より高く、
金切り声とひっくり返った裏声とで、かなり厳しいです。




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としまえんとは別でも結びつけたくなる山下達郎「メリー・ゴー・ラウンド」
この8月末に、惜しまれつつ閉演したとしまえんは、
山下達郎が「さよなら夏の日」の題材にしたという、
流れるプール以外にも、数多くの施設があるから、
各人に様々な思い出もあるようで話題はつきない。

先日、職場の上司が新聞の切り抜きを持ってきて、
今の若い子らは、これを読んでも何とも思わないと、
寂しそうに見せてくれたのが、たしか東京新聞で、
としまえんが閉演したことを書き綴ったコラム記事。

最後の部分で山下達郎「メリー・ゴー・ラウンド」の、
歌詞が引用されていて、上司は感涙にむせぶが、
若い連中は、そもそも、としまえんに関心もないし、
曲のことも知らないから、ピンとこなかったそうだ。

「この記事が何か?」的な反応にがっかりとして、
CMで流れる「クリスマス・イブ」は知ってるくせに、
同じアルバムに収録の「メリー・ゴー・ラウンド」は、
聴いたこともないみたいだと、愚痴をこぼしにきた。

上司は、結婚するまで豊島区に住んでいたそうで、
近くだから幼い頃は何度も出かけた、としまえんは、
「としま」と言いながら豊島区じゃないんだよなどと、
すごく懐かしそうに、昔の思い出をひとしきり語った。

あいにく自分は、としまえんに行った記憶はないが、
達郎の曲はすごく好きだし、渋谷の西武デパートが、
できた当時は、屋上に回転木馬やモノレールがあり、
毎週のように出かけたので、その思い出と結びつく。

達郎自身が、「さよなら夏の日」は、としまえんだが、
「メリー・ゴー・ラウンド」は違うと、リスナーに答えて、
どことは言ってないが、「色褪せた水玉のベンチ」は、
Wiki情報では後楽園ゆうえんちにあったものだとか。

歌詞のとおりだと、錆びついた金網から忍び込めて、
もう一度動き出して欲しい幻のメリーゴーラウンドが、
古びたまま残っているか、もうそこにはなくなったか、
そんな遊園地は、達郎の想像の世界の中だけでは。

「メリー・ゴー・ラウンド」のバンドスコアは、2冊ある、
ドレミ出版の公式バンドスコアには載っていないが、
90年のドレミの達郎ベストや、2000年のドリーム・
ミュージック・ファクトリーの達郎セレクションに収録。

ドリームの方が活字の譜面で、コーラスやシンセの、
段を分けて書いてあるので見やすいが、カウベルや、
コンチコンのコーラスはドレミ版だけで、スクエアでも、
リットーとドレミとが一長一短で、見比べるのと同様。

コーラスは4声に、サビのコンチコンという呟きもあり、
本当はそれぞれを最低2回ずつ重ねたいところだが、
トラックを取られてしまうので、声がかすれ小さくなる、
上の2パートだけ重ねて、メインボーカルも1トラック。

ベースとドラムから始まるイントロは、カウベル2個が、
右チャン、左チャンとずれて加わるから2トラック使い、
ドラムと合わせ、24チャンネルしかないMTRのうち、
8トラックをリズムに取られ、残るトラック数は8のみ。

コードカッティングのリズムギターは左右にしたくて、
ダブリングでなく2トラックを使って、それぞれ演奏、
単音のリフ、サビの和音フレーズも別トラックとなり、
ベース、エレピ、シンセを重ねていくと、トラック終了。

イントロは、赤ちゃんの玩具、起き上がり小法師や、
ガラガラで鳴るチャイム音で、さすがに我が家には、
もう取っていないから、いつもツリーチャイムの音に、
代用している水族館みやげの風鈴を鳴らしておく。

いつもながら、肝心のボーカルは声が枯れていて、
ファルセットが出なかったので、長く中断していて、
少し良くなると、コーラスの1パートだけ録音したり、
コツコツと仕上げていくが、それでも高音は厳しい。

ギターシンセのボイス音を試すが、すごく違和感で、
それなら、多少かすれたり音程がずれたりしても、
自分の肉声の方がましな気がして、最後の最後、
メインボーカルも途中でかすれては、翌日やり直し。

わざわざ記事にまで書いた「色褪せたベンチ」を、
「錆びついたベンチ」と間違えて歌っているのを、
記事をアップする前に聴き返して気づきましたが、
YouTubeにアップ済なので、今回はこのままで。

山下達郎の83年のアルバム「メロディーズ」収録、
「メリー・ゴー・ラウンド」は、本人が否定してもつい、
としまえんと結びつけたくなるし、他の思い出とも、
シンクロさせ歌いましたが、演奏とギャップ大です。








としまえんが舞台だったと明かした山下達郎「さよなら夏の日」
時代の趨勢と言ってしまえば、仕方ないことだが、
幼い頃から親しんだ商業施設が閉鎖になったり、
再開発になって、まったく姿を変えてしまったりと、
このところ、それが激しくて、寂しさばかりつのる。

渋谷駅併設の東横デパートが3月に閉店となって、
地下食品売り場だけは営業を続けていたのだが、
いよいよ来週で店じまいとなり、いくつかの店舗は、
ヒカリエやマークシティへ移るが、やめる店もある。

思えば、ヒカリエだって、プラネタリウムや三省堂、
映画館のあった文化会館が、まったく姿を変えて、
マークシティも元は井の頭線の駅ビルで、本屋や、
不二家、ガード下の立ち食いそば屋はもうない。

モスラやゴジラが破壊した東横線のホームには、
スクランブルスクエアができて、紀伊国屋書店や、
レコードのコタニがあった東急プラザも建替えで、
そのどちらにも、今のところまったく行っていない。

8月末で閉園となり、ニュースで取り上げられた、
としまえんには、あまり出かけた記憶がなくても、
テレビの歌番組やバラエティで何度となく見たし、
「流れるプール」といったら、としまえんが浮かぶ。

サマーランドにもあるのだが、泳いだ記憶はなく、
波のあるプールや、潜ると音楽が聴こえてくると、
TVの宣伝を見て、何度か出かけたりしたものの、
そこだけで遊んだのか、まだできていなかったか。

よみうりランドにもプールはあるが、こちらの場合、
イーストの野外ライブの方が思い出があったりし、
向ヶ丘遊園、多摩テックは、家族や遠足で行くが、
どちらも、とうの昔に閉演となって歳月を実感する。

東京ドームができる前の後楽園ゆうえんちには、
そろばん塾の遠足で、仮面ライダーショーへ行き、
デパートの屋上イベントよりも派出な演出に感動、
ライダーがジェットコースターで登場して驚いた。

高校へ通う東横線から見るだけだった多摩川園、
併設する田園コロシアムは、伝説のライブもあり、
多摩川沿いに下ると、二子玉川園もあったのだが、
どちらもなくなり、駅名からも「園」の文字が消えた。

こうした遊園地の思い出は、プールが関わったり、
野外イベントもあるので、どうしても夏と結びつき、
としまえんの閉園では、夏の終わりとシンクロして、
そこへ山下達郎「さよなら夏の日」がBGMとなる。

あまりに出来すぎで、後付けかと疑いたくなるが、
山下達郎本人が、8月30日放送のラジオの中で、
「さよなら夏の日」はとしまえんの流れるプールが、
舞台で、高校の頃デートした情景を歌ったと語る。

竹内まりやを前にし、いいのかなと思ってしまうが、
流れるプールに行き、実際雨が降ってきたそうで、
「時が止まればいい」と呟くのは「粉飾」だと明かし、
虹が出ていたかまでは、竹内も突っ込んでこない。

「メロディーズ」に収録の「メリー・ゴー・ラウンド」は、
としまえんのかどうかというリスナーからの質問に、
「違います」と即答していて、そのやりとりからして、
「さよなら夏の日」の流れるプールは本当なのだと。

ただこうなると、これはもう、としまえんの歌であり、
としまえんと縁が薄い自分には、関係ない歌かと、
つい、ひねくれてしまうが、ユーミンの歌にしたって、
舞台はあり、あまり気にせずに自分と結びつける。

さすがに、この曲は自分のことを歌ってくれたとか、
何もかも代弁してくれたとか、そこまで思わないが、
もともとの歌詞は、それぞれの解釈を許容しながら、
普遍的なものへと昇華する、それが歌だと考える。

この山下達郎のFM番組サンデー・ソング・ブックは、
聴き逃したが、今はラジコという便利なものがあり、
過去1週間分のラジオ番組は配信されているので、
遡って聴くと、竹内とともに、いろいろ思い出を語る。

としまえんで、竹内まりやが初のフリーコンサートを、
センチメンタル・シティ・ロマンスをバックにやったり、
アン・ルイスのライブを、近所に住んでいた達郎が、
見に行って、ゲストで歌ったなどエピソードが満載。

100年以上前に作られた日本最古の回転木馬は、
上下するのは危険だと当時の役人が言ったとかで、
上下しないのは本当にもったいないと憤慨していて、
本当、達郎はとしまえんが好きだったんだなと納得。

これは、もう「さよなら夏の日」を演奏するしかないと、
オフィシャル・バンドスコア第2巻に載っているので、
昨日、土曜日の朝からドラムを入力、午後になって、
ギター、ベース、シンセなど演奏して、オケを作った。

山下達郎の曲では、コーラスにトラックを取られて、
エレピと生ピアノを同じトラックにまとめたり、他にも、
パーカッションを同時に叩かない同士をまとめたり、
24チャンネルでは全然足りなくて何かと苦労する。

スコアでは、後半転調した途端、バックコーラスが、
転調の1音でなく、4音も上がり、とても歌えなくて、
オフィシャルでも間違いだろうと、都合よく解釈して、
一音だけ上げて歌い、ぎりぎり自分の裏声の範囲。

梅雨の時期から声枯れがひどく、インスト曲ばかり、
やっていて、久々の歌入れだったが、いつもどおり、
歌っているそばから声が枯れるので、高音が続く、
コーラスを先に録音、メロディは2回が限度だった。

まだまだ残暑は続くが、夏の終わりにはぴったりで、
先日閉園したとしまえんともリンクする山下達郎の、
「さよなら夏の日」は、相変わらず歌がネックのうえ、
歌詞に感動して、泣きそうになっての歌入れでした。







映画主題歌から復興の歌へと変貌した山下達郎「希望という名の光」
新型コロナによる自粛の閉塞感、感染が広がる恐怖、
まだ自分の身近な犠牲者はいないが、昔からTVで、
親しんできた人たちのあまりに突然の訃報に接して、
やるせないし、最先端医療も無意味なのかと呆然と。

そんな気持ちを吹き飛ばすまでいかずとも、多少は、
忘れさせてくれたり、勇気までも与えてくれる存在が、
自分にとっては音楽であり、レディー・ガガが主催の、
チャリティー・コンサートは、当日を楽しみに待った。

ポール・マッカートニーは、密になるからバンドでなく、
自宅から電子ピアノの弾き語りで「レディ・マドンナ」、
レコードやライブとは違う、ちょっとゴスペル風味で、
少し老けたなと思いつつ、その健在ぶりに安堵した。

他にも、スティービー・ワンダーや、エルトン・ジョン、
ローリング・ストーンズと、近年の洋楽にとんと疎い、
自分でもすごく楽しめたし、何よりも音楽の持つ力を、
あらためて実感して、すごく勇気をもらえた気がする。

東日本大震災の時に、東京は洪水こそなかったが、
経験したことのないくらいの、かなりの揺れだったし、
それが、弱まることなく繰り返して、当日はもとより、
しばらくは余震が続き、不安で眠れぬ夜を過ごした。

たまたま、つけたラジオでは音楽を流し続けてくれ、
懐かしい曲に癒されたり、力強い曲に勇気をもらい、
それは、単に歌詞に励まされるということではなく、
洋楽でもインストでも、同じようにすごく心にしみた。

それは、自分が音楽を一番の趣味にしているから、
特に感じたのかもしれず、ある人には小説の一節、
また別の人には映画のワンシーンで、癒されたり、
勇気づけられたりと、それぞれに感じるところだろう。

単に復興の歌と括ってしまうのは良くないだろうが、
山下達郎「希望という名の光」は、岡村隆史主演の、
映画音楽として2010年に出たが、翌年の震災時、
その歌詞からか、ラジオのオンエアが続いたという。

山下達郎本人も、「聴き手の皆さんが、この歌に、
新しい意味付けを加えて下さった。一度世に出れば、
それはもう自分だけのものでなく、聴き手の皆さんの、
ものでもある。」と、解釈が変わることを認めている。

それは、小説や映画にしても同様で、受け手により、
良い意味で解釈が変わったり、その当時の情景や、
心情と結びついたりして、作り手を離れていくわけで、
自分は、この歌はカロリーメイトのCMの印象が強い。

大学受験を登山になぞらえ、山道を登って行く姿と、
勉強する姿とを対比させながら、挫折しかけては、
あきらめずに頂を目指し、山頂からの景色を眺め、
涙ぐむラストと、合格発表を見る姿がシンクロする。

それぞれの場面と歌詞とが、すごくマッチしていて、
今でもYouTubeで見ては、感動しまくっているが、
その関連映像には、熊本地震が発生した直後に、
達朗がライブでコメントしている音声が残っている。

「この国に生きてる以上、地震を始めとする災害は
不可避であります。 何度そういうことが起こっても、
皆で力を合わせて、何度でも起き上がって、それに
向かって復興の努力を続けていくしかありません。」

「政治だとか思想だとか、そういうものを乗り越えて、
人と人同士が助け合ってこの先も生きていければと、
そう思っております。」といった内容を語ってくれたが、
今回のコロナでも、同様のことをラジオで語っている。

何だか自分にとっても、この「希望という名の光」が、
すごく身近な曲に感じるようになり、そうなってくると、
何度も繰り返し聴くというよりも、演奏してみたいと、
自分の歌唱力も顧みず、取り組んでしまう悪い癖。

バンドスコアは古いのもあるが、ドレミ出版から出た、
オフィシャル版が、エレピとピアノがページを分けて、
それぞれ右手・左手の2段譜で、ストリングスなどは、
バイオリン×2、ヴィオラ、チェロと細かく載っている。

サビのコーラスも、歌詞を歌う3声にバックの3声と、
細かくて、24トラックでは不足するので、バックは、
省略したが、本物はその3声も、何度も音を重ねて、
合唱団並みの響きにしていて、とても真似できない。

アコギも載っているが、かなり耳をこらして聴いても、
コードストロークの音がするような、しないようなで、
ただオフィシャルなので、譜面のまま弾くことにして、
エレキのカッティングも、ずっと弾くようなので従った。

コロナに負けないで、と自分自身を鼓舞する意味で、
山下達郎「希望という名の光」を演奏・歌いましたが、
いつも以上に、歌は音程さえ不安定で、ひどいので、
少しは聴かせどころをと、ギターソロを追加しました。





夜のストリートを駆け抜けていく佐野元春「スターダスト・キッズ」
東京都で緊急事態宣言が発令されて、テレビでは、
さかんに在宅勤務、テレワークを推奨しているが、
自分の仕事がどうかといったら、まず無理な話で、
職場のパソコンを自宅で使用することができない。

基本的に社内LANの狭いネットワークなのだが、
サーバーの顔認証で、ログインできるシステムで、
ノートPCの持ち帰りを許可されても、外部からの、
サーバー接続は不可で、単なる箱にすぎなくなる。

自宅のパソコンで、簡単な報告書や予算・決算書、
調査モノの回答はできなくもないが、そのために、
紙ベースの資料、分厚いファイルを参照するので、
その持ち出しやらコピーの許可申請は無理っぽい。

かくして、新型コロナ感染の不安にさらされつつも、
通勤電車に乗って、職場へ出かける日々が続くが、
残業や休日出勤は何とか回避できそうで、往復も、
余計な寄り道はせず、極力、人との接触を避ける。

通勤電車の方は、このところ、座るのは無理だが、
立っていても、かなり間隔がとれるほど空いていて、
3月頃から学生がいなくなったことに加え、やはり、
時差通勤、テレワークが少しは浸透している模様。

大企業は、何でもパソコンでできて、会議にしても、
テレビ電話が可能、営業の人は自宅から顧客へ、
IP電話で連絡できるし、製造や物流部門くらいが、
現場で仕事して、それも交代で自宅待機だろうか。

そんなことを漠然と思っていたら、ヤフーの記事で、
一部上場企業でも、全部の仕事を自宅では無理、
特に書類に決裁のハンコを押すために出勤すると、
まだまだ紙ベースの日本社会の実態が出ていた。

自分だけ取り残されたわけでないと、変なところで、
安心するし、こうして愚痴を言いながらも、職場から、
切り捨てられることなく、給料も出る見込みなので、
文句を言うのは贅沢で、平日は出勤してがんばろう。

実際、ニュースでは、内定取消や従業員の解雇に、
営業自粛で、飲食店、特に居酒屋や夜のお店では、
死活問題になっているし、そこへ食材を卸す店など、
連鎖的にあおりをくう業種もあり、深刻化する一方。

映画館も客足が遠のき、新作映画は公開が延期、
感染の温床と汚名をきせられたライブハウスでは、
超一流のビルボードライブ東京も公演延期するし、
横浜の姉妹店は、開店のこけら落としも未定とか。

山下達郎に坂本龍一、浜田省吾やサザンなどを、
輩出した老舗のロフトは、今回は、その渋谷店で、
感染者を出してしまい、しばらく、日本中どこでも、
ライブ、コンサートは実施不可、延期となる状況。

自分は、十数年ライブも行かないし、酒もやめて、
夜の街とは縁がない日々を送るが、今も懐かしく、
武道館やサントリーホール、ピットインや屋根裏、
そうしたライブや、その帰りに飲んだのを思い出す。

夜のストリートを歌う佐野元春は、ライブハウスで、
見たことがなく、もう大きなハコでやっている頃で、
渋谷公会堂やNHKホールだが、帰りの公園通り、
センター街では、自分も歌の主人公になった気分。

「スターダスト・キッズ」は、いかにも佐野らしくて、
「真夜中の扉に足をかけて この街のノイズに
乾杯」と始まり、サックスをメインに据えた演奏も、
疾走する街を歌ったスプリングスティーンのよう。

自分の持っているバンドスコアには、イントロが、
ハーモニカと書いてあり、いくら誤記が多くても、
サックスとハーモニカを間違うはずないと思うと、
最初に出たバージョンではハーモニカだそうだ。

「スターダスト・キッズ」は、当初はシングル盤の、
「ダウン・タウン・ボーイ」のB面曲で、約1年後、
追加録音をしてA面として再発、ここでイントロが、
サックスになり、ベスト「ノー・ダメージ」もこちら。

スコアを見ると、コーラスがなかったり、ドラムが、
違う部分があって、採譜ミスだと思ったのも実は、
バージョン違いで、「ダウン・タウン・ボーイ」でも、
イントロがサックスとスライドギターの違いがある。

オリジナルバージョン「スターダスト・キッズ」は、
アーリーベストやシングルベストにも収録されず、
「サムデイ」のコレクターズエディションの付録が、
唯一のCDらしく、Amazonで30秒試聴できる。

それで、やはりイントロはサックスの方が似合い、
スコアの一部を読み替えつつ、演奏したのだが、
佐野なりレコード会社も、サックスにすることで、
スプリングスティーン路線で行けるとふんだろう。

まったく収束する気配が見えず、自粛しなくても、
街中が閑散としてしまうが、何とか夏くらいには、
夜の賑わいが戻ってくれと、半ば祈りを込めつつ、
佐野元春の「スターダスト・キッズ」を歌いました。








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