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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
としまえんが舞台だったと明かした山下達郎「さよなら夏の日」
時代の趨勢と言ってしまえば、仕方ないことだが、
幼い頃から親しんだ商業施設が閉鎖になったり、
再開発になって、まったく姿を変えてしまったりと、
このところ、それが激しくて、寂しさばかりつのる。

渋谷駅併設の東横デパートが3月に閉店となって、
地下食品売り場だけは営業を続けていたのだが、
いよいよ来週で店じまいとなり、いくつかの店舗は、
ヒカリエやマークシティへ移るが、やめる店もある。

思えば、ヒカリエだって、プラネタリウムや三省堂、
映画館のあった文化会館が、まったく姿を変えて、
マークシティも元は井の頭線の駅ビルで、本屋や、
不二家、ガード下の立ち食いそば屋はもうない。

モスラやゴジラが破壊した東横線のホームには、
スクランブルスクエアができて、紀伊国屋書店や、
レコードのコタニがあった東急プラザも建替えで、
そのどちらにも、今のところまったく行っていない。

8月末で閉園となり、ニュースで取り上げられた、
としまえんには、あまり出かけた記憶がなくても、
テレビの歌番組やバラエティで何度となく見たし、
「流れるプール」といったら、としまえんが浮かぶ。

サマーランドにもあるのだが、泳いだ記憶はなく、
波のあるプールや、潜ると音楽が聴こえてくると、
TVの宣伝を見て、何度か出かけたりしたものの、
そこだけで遊んだのか、まだできていなかったか。

よみうりランドにもプールはあるが、こちらの場合、
イーストの野外ライブの方が思い出があったりし、
向ヶ丘遊園、多摩テックは、家族や遠足で行くが、
どちらも、とうの昔に閉演となって歳月を実感する。

東京ドームができる前の後楽園ゆうえんちには、
そろばん塾の遠足で、仮面ライダーショーへ行き、
デパートの屋上イベントよりも派出な演出に感動、
ライダーがジェットコースターで登場して驚いた。

高校へ通う東横線から見るだけだった多摩川園、
併設する田園コロシアムは、伝説のライブもあり、
多摩川沿いに下ると、二子玉川園もあったのだが、
どちらもなくなり、駅名からも「園」の文字が消えた。

こうした遊園地の思い出は、プールが関わったり、
野外イベントもあるので、どうしても夏と結びつき、
としまえんの閉園では、夏の終わりとシンクロして、
そこへ山下達郎「さよなら夏の日」がBGMとなる。

あまりに出来すぎで、後付けかと疑いたくなるが、
山下達郎本人が、8月30日放送のラジオの中で、
「さよなら夏の日」はとしまえんの流れるプールが、
舞台で、高校の頃デートした情景を歌ったと語る。

竹内まりやを前にし、いいのかなと思ってしまうが、
流れるプールに行き、実際雨が降ってきたそうで、
「時が止まればいい」と呟くのは「粉飾」だと明かし、
虹が出ていたかまでは、竹内も突っ込んでこない。

「メロディーズ」に収録の「メリー・ゴー・ラウンド」は、
としまえんのかどうかというリスナーからの質問に、
「違います」と即答していて、そのやりとりからして、
「さよなら夏の日」の流れるプールは本当なのだと。

ただこうなると、これはもう、としまえんの歌であり、
としまえんと縁が薄い自分には、関係ない歌かと、
つい、ひねくれてしまうが、ユーミンの歌にしたって、
舞台はあり、あまり気にせずに自分と結びつける。

さすがに、この曲は自分のことを歌ってくれたとか、
何もかも代弁してくれたとか、そこまで思わないが、
もともとの歌詞は、それぞれの解釈を許容しながら、
普遍的なものへと昇華する、それが歌だと考える。

この山下達郎のFM番組サンデー・ソング・ブックは、
聴き逃したが、今はラジコという便利なものがあり、
過去1週間分のラジオ番組は配信されているので、
遡って聴くと、竹内とともに、いろいろ思い出を語る。

としまえんで、竹内まりやが初のフリーコンサートを、
センチメンタル・シティ・ロマンスをバックにやったり、
アン・ルイスのライブを、近所に住んでいた達郎が、
見に行って、ゲストで歌ったなどエピソードが満載。

100年以上前に作られた日本最古の回転木馬は、
上下するのは危険だと当時の役人が言ったとかで、
上下しないのは本当にもったいないと憤慨していて、
本当、達郎はとしまえんが好きだったんだなと納得。

これは、もう「さよなら夏の日」を演奏するしかないと、
オフィシャル・バンドスコア第2巻に載っているので、
昨日、土曜日の朝からドラムを入力、午後になって、
ギター、ベース、シンセなど演奏して、オケを作った。

山下達郎の曲では、コーラスにトラックを取られて、
エレピと生ピアノを同じトラックにまとめたり、他にも、
パーカッションを同時に叩かない同士をまとめたり、
24チャンネルでは全然足りなくて何かと苦労する。

スコアでは、後半転調した途端、バックコーラスが、
転調の1音でなく、4音も上がり、とても歌えなくて、
オフィシャルでも間違いだろうと、都合よく解釈して、
一音だけ上げて歌い、ぎりぎり自分の裏声の範囲。

梅雨の時期から声枯れがひどく、インスト曲ばかり、
やっていて、久々の歌入れだったが、いつもどおり、
歌っているそばから声が枯れるので、高音が続く、
コーラスを先に録音、メロディは2回が限度だった。

まだまだ残暑は続くが、夏の終わりにはぴったりで、
先日閉園したとしまえんともリンクする山下達郎の、
「さよなら夏の日」は、相変わらず歌がネックのうえ、
歌詞に感動して、泣きそうになっての歌入れでした。





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映画主題歌から復興の歌へと変貌した山下達郎「希望という名の光」
新型コロナによる自粛の閉塞感、感染が広がる恐怖、
まだ自分の身近な犠牲者はいないが、昔からTVで、
親しんできた人たちのあまりに突然の訃報に接して、
やるせないし、最先端医療も無意味なのかと呆然と。

そんな気持ちを吹き飛ばすまでいかずとも、多少は、
忘れさせてくれたり、勇気までも与えてくれる存在が、
自分にとっては音楽であり、レディー・ガガが主催の、
チャリティー・コンサートは、当日を楽しみに待った。

ポール・マッカートニーは、密になるからバンドでなく、
自宅から電子ピアノの弾き語りで「レディ・マドンナ」、
レコードやライブとは違う、ちょっとゴスペル風味で、
少し老けたなと思いつつ、その健在ぶりに安堵した。

他にも、スティービー・ワンダーや、エルトン・ジョン、
ローリング・ストーンズと、近年の洋楽にとんと疎い、
自分でもすごく楽しめたし、何よりも音楽の持つ力を、
あらためて実感して、すごく勇気をもらえた気がする。

東日本大震災の時に、東京は洪水こそなかったが、
経験したことのないくらいの、かなりの揺れだったし、
それが、弱まることなく繰り返して、当日はもとより、
しばらくは余震が続き、不安で眠れぬ夜を過ごした。

たまたま、つけたラジオでは音楽を流し続けてくれ、
懐かしい曲に癒されたり、力強い曲に勇気をもらい、
それは、単に歌詞に励まされるということではなく、
洋楽でもインストでも、同じようにすごく心にしみた。

それは、自分が音楽を一番の趣味にしているから、
特に感じたのかもしれず、ある人には小説の一節、
また別の人には映画のワンシーンで、癒されたり、
勇気づけられたりと、それぞれに感じるところだろう。

単に復興の歌と括ってしまうのは良くないだろうが、
山下達郎「希望という名の光」は、岡村隆史主演の、
映画音楽として2010年に出たが、翌年の震災時、
その歌詞からか、ラジオのオンエアが続いたという。

山下達郎本人も、「聴き手の皆さんが、この歌に、
新しい意味付けを加えて下さった。一度世に出れば、
それはもう自分だけのものでなく、聴き手の皆さんの、
ものでもある。」と、解釈が変わることを認めている。

それは、小説や映画にしても同様で、受け手により、
良い意味で解釈が変わったり、その当時の情景や、
心情と結びついたりして、作り手を離れていくわけで、
自分は、この歌はカロリーメイトのCMの印象が強い。

大学受験を登山になぞらえ、山道を登って行く姿と、
勉強する姿とを対比させながら、挫折しかけては、
あきらめずに頂を目指し、山頂からの景色を眺め、
涙ぐむラストと、合格発表を見る姿がシンクロする。

それぞれの場面と歌詞とが、すごくマッチしていて、
今でもYouTubeで見ては、感動しまくっているが、
その関連映像には、熊本地震が発生した直後に、
達朗がライブでコメントしている音声が残っている。

「この国に生きてる以上、地震を始めとする災害は
不可避であります。 何度そういうことが起こっても、
皆で力を合わせて、何度でも起き上がって、それに
向かって復興の努力を続けていくしかありません。」

「政治だとか思想だとか、そういうものを乗り越えて、
人と人同士が助け合ってこの先も生きていければと、
そう思っております。」といった内容を語ってくれたが、
今回のコロナでも、同様のことをラジオで語っている。

何だか自分にとっても、この「希望という名の光」が、
すごく身近な曲に感じるようになり、そうなってくると、
何度も繰り返し聴くというよりも、演奏してみたいと、
自分の歌唱力も顧みず、取り組んでしまう悪い癖。

バンドスコアは古いのもあるが、ドレミ出版から出た、
オフィシャル版が、エレピとピアノがページを分けて、
それぞれ右手・左手の2段譜で、ストリングスなどは、
バイオリン×2、ヴィオラ、チェロと細かく載っている。

サビのコーラスも、歌詞を歌う3声にバックの3声と、
細かくて、24トラックでは不足するので、バックは、
省略したが、本物はその3声も、何度も音を重ねて、
合唱団並みの響きにしていて、とても真似できない。

アコギも載っているが、かなり耳をこらして聴いても、
コードストロークの音がするような、しないようなで、
ただオフィシャルなので、譜面のまま弾くことにして、
エレキのカッティングも、ずっと弾くようなので従った。

コロナに負けないで、と自分自身を鼓舞する意味で、
山下達郎「希望という名の光」を演奏・歌いましたが、
いつも以上に、歌は音程さえ不安定で、ひどいので、
少しは聴かせどころをと、ギターソロを追加しました。





夜のストリートを駆け抜けていく佐野元春「スターダスト・キッズ」
東京都で緊急事態宣言が発令されて、テレビでは、
さかんに在宅勤務、テレワークを推奨しているが、
自分の仕事がどうかといったら、まず無理な話で、
職場のパソコンを自宅で使用することができない。

基本的に社内LANの狭いネットワークなのだが、
サーバーの顔認証で、ログインできるシステムで、
ノートPCの持ち帰りを許可されても、外部からの、
サーバー接続は不可で、単なる箱にすぎなくなる。

自宅のパソコンで、簡単な報告書や予算・決算書、
調査モノの回答はできなくもないが、そのために、
紙ベースの資料、分厚いファイルを参照するので、
その持ち出しやらコピーの許可申請は無理っぽい。

かくして、新型コロナ感染の不安にさらされつつも、
通勤電車に乗って、職場へ出かける日々が続くが、
残業や休日出勤は何とか回避できそうで、往復も、
余計な寄り道はせず、極力、人との接触を避ける。

通勤電車の方は、このところ、座るのは無理だが、
立っていても、かなり間隔がとれるほど空いていて、
3月頃から学生がいなくなったことに加え、やはり、
時差通勤、テレワークが少しは浸透している模様。

大企業は、何でもパソコンでできて、会議にしても、
テレビ電話が可能、営業の人は自宅から顧客へ、
IP電話で連絡できるし、製造や物流部門くらいが、
現場で仕事して、それも交代で自宅待機だろうか。

そんなことを漠然と思っていたら、ヤフーの記事で、
一部上場企業でも、全部の仕事を自宅では無理、
特に書類に決裁のハンコを押すために出勤すると、
まだまだ紙ベースの日本社会の実態が出ていた。

自分だけ取り残されたわけでないと、変なところで、
安心するし、こうして愚痴を言いながらも、職場から、
切り捨てられることなく、給料も出る見込みなので、
文句を言うのは贅沢で、平日は出勤してがんばろう。

実際、ニュースでは、内定取消や従業員の解雇に、
営業自粛で、飲食店、特に居酒屋や夜のお店では、
死活問題になっているし、そこへ食材を卸す店など、
連鎖的にあおりをくう業種もあり、深刻化する一方。

映画館も客足が遠のき、新作映画は公開が延期、
感染の温床と汚名をきせられたライブハウスでは、
超一流のビルボードライブ東京も公演延期するし、
横浜の姉妹店は、開店のこけら落としも未定とか。

山下達郎に坂本龍一、浜田省吾やサザンなどを、
輩出した老舗のロフトは、今回は、その渋谷店で、
感染者を出してしまい、しばらく、日本中どこでも、
ライブ、コンサートは実施不可、延期となる状況。

自分は、十数年ライブも行かないし、酒もやめて、
夜の街とは縁がない日々を送るが、今も懐かしく、
武道館やサントリーホール、ピットインや屋根裏、
そうしたライブや、その帰りに飲んだのを思い出す。

夜のストリートを歌う佐野元春は、ライブハウスで、
見たことがなく、もう大きなハコでやっている頃で、
渋谷公会堂やNHKホールだが、帰りの公園通り、
センター街では、自分も歌の主人公になった気分。

「スターダスト・キッズ」は、いかにも佐野らしくて、
「真夜中の扉に足をかけて この街のノイズに
乾杯」と始まり、サックスをメインに据えた演奏も、
疾走する街を歌ったスプリングスティーンのよう。

自分の持っているバンドスコアには、イントロが、
ハーモニカと書いてあり、いくら誤記が多くても、
サックスとハーモニカを間違うはずないと思うと、
最初に出たバージョンではハーモニカだそうだ。

「スターダスト・キッズ」は、当初はシングル盤の、
「ダウン・タウン・ボーイ」のB面曲で、約1年後、
追加録音をしてA面として再発、ここでイントロが、
サックスになり、ベスト「ノー・ダメージ」もこちら。

スコアを見ると、コーラスがなかったり、ドラムが、
違う部分があって、採譜ミスだと思ったのも実は、
バージョン違いで、「ダウン・タウン・ボーイ」でも、
イントロがサックスとスライドギターの違いがある。

オリジナルバージョン「スターダスト・キッズ」は、
アーリーベストやシングルベストにも収録されず、
「サムデイ」のコレクターズエディションの付録が、
唯一のCDらしく、Amazonで30秒試聴できる。

それで、やはりイントロはサックスの方が似合い、
スコアの一部を読み替えつつ、演奏したのだが、
佐野なりレコード会社も、サックスにすることで、
スプリングスティーン路線で行けるとふんだろう。

まったく収束する気配が見えず、自粛しなくても、
街中が閑散としてしまうが、何とか夏くらいには、
夜の賑わいが戻ってくれと、半ば祈りを込めつつ、
佐野元春の「スターダスト・キッズ」を歌いました。






つまらない大人にはなりたくないと叫んだ佐野元春「ガラスのジェネレーション」
今では、ピーターパン症候群という呼び方でさえも、
古くなっているのかもしれないが、自分が学生の頃、
モラトリアム人間という言葉が流行し、心理学者で、
提唱者の小此木啓吾の書籍がベストセラーになる。

もともとモラトリアムは金融用語で、天災や恐慌で、
預金や保険金が支払い不可能になると、一時的に、
猶予期間とすることだそうで、そこから転じ、若者が、
大人や社会人になることをためらう意味で使われた。

これは、古代エジプトの象形文字だかパピルスにも、
「近頃の若い者は~」と書かれていたとされるように、
はるか昔から、若者はなってないと非難すると同様、
あいつはいつまでたっても子供だと揶揄されてきた。

それが、その時々で、呼び方を変えてきたのだろうし、
モラトリアムとはニュアンスが違うが、ゲーテによる、
「若きウェルテルの悩み」でも、主人公は、ある意味、
大人になりきれないゆえに、恋の悩みに翻弄される。

夏目漱石「それから」の代助も、父の援助で暮らし、
定職に就かず家庭も持たない、気楽な高等遊民で、
文学の世界では、童話のピーターパンはもちろん、
大人になりたくないモラトリアム人間に事欠かない。

文学者と並び、青春病に取りつかれる音楽家でも、
そうした歌詞の作品は数多く、本人は違うとしても、
題材としては格好のネタだろうし、大半の主人公は、
相変わらず髪を伸ばし、ネクタイなしのジーパン姿。

かくいう自分も、来年には60歳になるのに、週末は、
ダンガリーシャツにジーパンで、後頭部が薄いのに、
髪は肩まで伸ばし、一歩間違えば、河童頭のところ、
ギターを弾き、気分だけはティーンエイジャー気取り。

ユーミンが、ブレッド&バターのために書き下ろした、
「あの頃のまま」は、「今でも気まぐれに街をゆく僕は
変わらないよ ああ あの頃のままさ」と歌い、さらに、
「人生のひとふしをまだ卒業したくない僕」とまで言う。

村田和人の「ソー・ロング・ミセス」は、パラシュートや、
AB’sのキーボード奏者、安藤芳彦が作詞した曲で、
「ネクタイが似合わない 髪は今も長いし 学生に
見られるよ 僕は変わらない」と、昔のままだと主張。

佐野元春も、2枚目の「ハートビート」のオープニング、
「ガラスのジェネレーション」で、若者の気持ちを歌い、
最後に「つまらない大人にはなりたくない」と叫んだが、
これは、大人への拒否とは、ちょっと話が違ってくる。

「つまらない大人」とすることで、もし大人というものが、
総じてつまらないものなら、それは御免だとする反面、
そうでなければ、大人になることもいとわないわけで、
では、つまらなくない大人とは何かという命題が残る。

自分は別に、佐野元春を人生の指針にしていないが、
プロギタリストをあきらめきれないまま、就職した際に、
佐野元春を聴いたので、自分はどんな大人になるか、
社会人として何を自分に律すれば良いかと考察した。

家庭、家族を持ち、定年を前にした今も、何が正解か、
見つけあぐねているが、立身出世や富を築くことなど、
まったく縁がないだけに、何か学問を究めれば良いか、
趣味のギターを続ければ良いか、高潔であるべきか。

おそらく、答えの出ないまま、さらに年を取るだろうが、
この曲と出会った時の自分に、「つまらない大人には、
何とかならずにすんだみたいだよ」と言えるだろうか、
そもそも、こんな悩み自体、まだモラトリアムのような。

「ガラスのジェネレーション」のバンドスコアは、その頃、
買った音楽春秋社の「ハート・ビート」にも出ているが、
昨年末に買った、リットーの20周年記念スコアの方が、
採譜が丁寧だし、ピアノも2段譜なので、そちらで演奏。

ただ、スクエアとかで、リットーとシンコーのスコアでは、
互いに一長一短あるように、シンセで弾くコード伴奏や、
最後のハモリなどは、音楽春秋の方にしか出てなくて、
ところどころは、そっちを参考にして、原曲に近づけた。

新型コロナの影響で、週末の自粛要請の呼びかけと、
この歌詞のような「街に出ようぜ ベイビー」といくには、
世間の目も厳しいが、佐野元春が今も歌い続けている、
街・ストリートの風景が日常的に戻ることを祈っている。

80年10月にシングル盤で出て、翌年1月発売となる、
「ハートビート」の冒頭、「ガラスのジェネレーション」は、
若々しく勢いのある佐野の歌声が何とも印象的ですが、
自分は歌唱力不足に声枯れと、いつもの出来でした。








疲弊するサラリーマンへの応援歌のような浜田省吾「J.Boy」
84年、親戚の娘から、高校で浜田省吾が流行っていて、
LPは持っていないかと尋ねられ、聴いたことがないので、
最新アルバムの「ダウン・バイ・ザ・メイン・ストリート」と、
バラード集「サンド・キャッスル」を買って、テープに録音。

その子は、「サンド・キャッスル」の何曲かを知っていたが、
新譜の方は、「何だか、大人の世界って感じね。」と言い、
自分もフォーク歌手だと思っていた浜田が、ロック調だし、
歌詞も挫折や怒りのようなものが多くて、意外に感じた。

数年後、職場の女の子たちが、浜田省吾のライブへ行き、
「格好良かった、すごく格好良かった。」と話題にしていて、
佐野元春マニアの友人は、浜田省吾もファンだったなと、
その話をすると、一緒に行こうと、チケットを取ってくれた。

先の2枚だけでは、ライブは知らない曲だらけになるので、
2枚組の「J.BOY」を買うと、やはりロック調の曲が多く、
会場は最初から総立ちで、ロックコンサートさながらだし、
後半のタイトル曲では、観客全員が拳を振り上げて歌う。

興奮覚めやらない友人と居酒屋へ寄ると、「J.BOYは、
俺たちサラリーマンの気持ちを代弁してくれているんだ、
年に一度は浜省のライブに行き、この曲で一緒に叫び、
日頃のストレスを解消しているんだ。」と熱く語っていた。

自分は、都会で倒れそうになりながらも、故郷の母親へ、
「元気です」と手紙を書く「路地裏の少年」、大学で挫折し、
「違う 違う こんな風に僕は 打ちのめされるために
生きてきた訳じゃない」と呟く「遠くへ」の方に惹かれた。

おそらく学生気分の抜けないままで、就職はしたものの、
まだ、プロギタリストになれないかと、夢見ていた自分と、
若くして家庭を持ち、マンションも購入、仕事に身を入れ、
毎日を送っている友人とは考え方が違っていたのだろう。

今では、この曲の歌詞は自分のことのように身にしみて、
「仕事終わりのベルに とらわれの心と体 取り返す
夕暮れ時」や、「家路たどる人波 俺はネクタイほどき
時に理由もなく叫びたくなる 怒りに」は、日常茶飯事に。

そして、「J.BOY 掲げてた理想も今は遠く J.BOY
守るべき誇りも見失い」というサビは、個人のことでなく、
世の中全体の閉塞感を歌っていて、34年近くも過ぎた、
今でも当てはまるどころか、もっとひどくなっている様相。

Amazonで、たまたま浜田省吾のバンドスコアを見つけ、
シンコー版は絶版だが、KMP版は新品が売れ残っていて、
自分が知らない、この十数年の曲もかなり入っているが、
1曲目が「J.BOY」なので、売り切れる前にと購入した。

この曲は、全体に売れ線ロックの曲調で、ギターも目立ち、
それでいて、Aメロは、シンセがテクノ風なバッキングをし、
ベースもアクセントをずらすようなスライドしたチョッパーで、
途中では、ジャコ・パストリアスのようなベースソロも披露。

間奏とエンディングで延々とギターソロが続くので、これは、
高校時代からのバンド仲間で、愛奴でのデビューも一緒の、
町支に花を持たせたと思ったら、かつてのツアーメンバー、
法田が弾いていて、ギターインスト曲の「滑走路」でも法田。

実力の差で、旧友の町支よりも法田に弾かせたのだろうか、
実際、法田のギターは見事で、売れ始めた頃の徳永英明の、
渋谷公会堂ライブで、ニューミュージックなのにギタリストが、
和田アキラみたいに弾きまくり、誰だろうと思うと法田だった。

トレモロアームまで使って、アラン・ホールズワースのように、
ウネウネフレーズを弾いていて、「滑走路」でも、それらしい、
ギターソロを披露するが、こんなもんじゃなく、すごかったし、
できれば、フュージョンアルバムでも出して欲しいギタリスト。

「J.BOY」のアドリブは、流れるようなレガートフレーズが、
その片鱗を窺わせるが、アームは使わないので、自分は、
ストラトではなく、レスポールにして、フェイドアウトを伸ばし、
ゲイリー・ムーアを意識して、ひたすら早弾きで好き勝手に。

YouTubeには、バンドでカバーしている演奏がかなりあり、
バンドスコアはスタジオテイクなのに、みんな耳コピなのか、
ライブアレンジで演奏していて見事なのだが、ライブでは、
エンディングのギターソロがないから、自分はスタジオ版。

ボーカルは、バンドやカラオケ、弾き語りとみんな上手く、
テレビの物真似番組に出ても通用するくらい似ているが、
「物真似かよ」と小ばかにしたようなコメントも見受けられ、
ファンはそれさえ許せないほど、神格化されているのか。

自分の歌が急に上手くなるわけないので、せめてオケは、
きちんと仕上げようと、突き指の人差し指にテーピングし、
何度もチョッパー奏法をやり直したり、ホーンセクションも、
ギターシンセの音を重ねたり、リズムギターも数テイクに。

時代の閉塞感、サラリーマンの悲哀を見事に歌い上げた、
浜田省吾「J.BOY」の、「頼りなく豊かなこの国」は、今や、
豊かとさえも言えないのではと、かなり歌詞へ入り込んで、
歌いましたが、歌よりはギターの方を聴いていただければ。








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