僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
朝日新聞をとっていないのに、友人にすすめで天声人語
実家でとっていた新聞は、父が、連載している、
私の履歴書」を、気に入っていることもあって、
サラリーマン御用達である、日本経済新聞だった。

今でこそ、入学試験対策には、朝日新聞掲載の、
天声人語が役立つ、などと言われたりしているが、
自分たちが受験した頃は、どうだったのだろうか。

ほととんど、天声人語を、読んだことのない自分が、
就職した83年、本好きの友人に、薦められたのが、
深代惇郎の天声人語」、「深代惇郎の青春日記」。

深代は、46歳で夭折した、朝日新聞論説委員で、
「反骨のコラムニスト」などと、紹介されていたが、
その文章のうまさに、友人が感動し、教えてくれた。

日記文学というのもあるが、個人が書いた日記を、
没後に公開する是非は、作家ならいざしらず、
記者の青春時代のノートを、公開するのはどうか。

有名な「アンネの日記」や、「二十歳の原点」のように、
読み継がれているものも多いが、音楽の世界でも、
未発表音源のように、生前の本人の意思に関係なく、
公開するのは、ファン心理との、葛藤もあるところ。

「青春日記」の大学時代は、読書日記が中心だが、
入社前後の気持ちなど、やはり就職した自分には、
すごく身近に感じたし、考察の鋭さに、すごく感銘した。

初めて、正面から向き合って、読んだ天声人語は、
限られた字数の中、5つの段落で、(改行はせずに、
▼マークによる)、起承転結をつけていく文章に、
すごくひかれたし、思わず、ひざを打つ内容が多い。

深代本人が自戒の意味をこめ、「▼印が良かったか、
気にしてしまうし、物事を5つで考えてしまいがち」と、
語ったことが、あと書きで紹介され、ストイックに思う。

それでも、段落がうまい配分になれば、良いことだし、
先人の言葉や、時節の事柄から、文章を書き始めて、
時事問題などへ、展開していく見事さに、魅かれた。

その後、一人暮らしを始めて、朝日新聞をとったが、
天声人語を読むと、深代の文章に慣れていたせいか、
大学生のレポートや、入社試験の小論文に感じた。

おそらく、当時の自分より、はるか年上の論説委員で、
自分には、とうてい書けないような文章だが、内容が、
今一歩だなど、どこか馬鹿にしてしまい、読んでいた。

若いころに読んだ名文で、好みの文章や、使う文体が、
確立されるのだろうし、このブログでは、見た目を気にし、
各段落を3から4行にして、各行の字数がそろうように、
書いてしまうのも、天声人語の影響かもしれません。


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専門書なのに、ベストセラーとなった、浅田彰「構造と力」
世間のブームも、何年おきかの周期的だが、
自分の中でも、定期的に、アカデミックというか、
学問的なものへの興味がわき、本など買い込む。

社会人となった、83年にすごく話題となったのが、
京都大学助手の、浅田彰による「構造と力」であり、
内容的には専門書だが、ベストセラーとなった。

自分の持っているのは、84年3月の16刷であり、、
何のきっかけで、購入したのかは、覚えていないが、
学生時代のように勉強しないと、職場と自宅の間を、
往復するだけの日々に、埋没すると、あせったのか。

同年に出た、筑紫哲也「若者たちの神々」の中には、
浅田彰のインタビューが載っていて、雑誌連載時に、
その記事を読んだ友人あたりに、影響されたのか。

もともと、浅田彰は、経済学を研究していたようで、
当時持っていた、季刊「現代経済」だかの専門誌に、
浅田の名を見つけて、かなり専門的な論文を読み、
よくわからないが、すごい人なんだろうと、感心した。

「構造と力」の冒頭、「序に代えて」は、論文ではなく、
学生の独り言のような文体で、村上春樹や、村上龍
田中康夫に近いような印象で、とっつきやすいのだが、
読み進めると、何のことだか、難しくてお手上げとなる。

チャート式参考書を目指したと、あとがきにあるのだが、
この本のための、参考書も、さらに必要となるくらい、
自分には理解できず、構造主義入門なども探した。

30ページ近辺に、しおりやら、ハガキがはさんであり、
読み返しては、その辺りから先へ進むこともないまま、
行ったり来たりした跡が、うかがえ、あいも変わらず。

逃走論・スキゾキッズの冒険」は、エッセイに近いが、
これも読んでいて、ちんぷんかんぷんで、そもそも、
記号論や哲学を基礎ができていないと、ただ読んでも、
内容の理解はできないと、自分の言い訳にしていた。

自分の「構造と力」には、「現代人のための100選」の、
帯がついていて、発売してすぐに、新潮文庫の百冊に、
入るような驚異だし、そもそも、この手の難しい本が、
あと99冊もあったのかと、ブームを思い出します。




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ポールの直筆サイン入りと思った、ジョン・レノンの著書
75年、中3の時、渋谷ヤマハ楽器に行くと、
楽譜売り場に、ジョン・レノンの写真が表紙の
輸入本が飾ってあり、それは一目見ただけで、
有名な「イン・ヒズ・オウン・ライト」だとわかる。

ジョン・レノンが、64年に発表した、第1作で、
思いついた事をメモに書き、入れたポケットが、
いっぱいになったので、それを本にしてみた、
なんて、どこかで、本人が語っていたように思う。

ビートルズの映画「ハード・デイズ・ナイト」でも、
さりげなく、楽屋あたりに、その本が置いてあり、
その表紙は、自分の目に焼きついていた。

3千円くらいだか、当時の自分の小遣いでは、
手の届く金額でなかったが、両親が昔から、
漫画以外の本なら、いつでも買ってやるなどと、
言っていたので、英語の本だと言いくるめた。

実際、辞書を引きながら読んだので、少しは、
英語の勉強になったし、ビートルズの歌詞を、
覚えたことなんかも、前置詞の穴埋め試験で、
迷ったときに、口ずさんで正解でき、役立った。

「イン・ヒズ~」は、ポール・マッカートニーの、
序文があり、黒い活字で印刷された文に続き、
青い万年筆で書いたような、ポールのサイン。

ポールの直筆サイン入りだから、高かったんだと、
勝手に思い込んで、ひとり納得していたのだが、
今現物を見ると、どうみても、これも印刷だった。

本の内容は、寓話のような、散文詩のようなもの、
さらに意味不明のような、イラストが書かれて、
思いつきの産物なのかなあと、辞書も投げ出した。

片岡義男による和訳「絵本ジョン・レノンセンス」が、
年末に出たが、自分が買ったのは、翌年だったか、
奥付は75年12月の初版だが、たぶん売れなくて、
かなりあとになっても、初版が買えたんだと思う。

和訳で読んでも、やはり意味が、よくわからなくて、
本の帯にある、「ナンセンス絵本」「ことば遊び」と、
書かれているのは、出版社の苦肉の策だったか。

ポールの序文に、「意味がなくても、いいんです。
何となく、おかしければね。」と、書かれていて、
親友ならでは、すごく的確に内容を表している。

のちに、カフカの寓話とか、ランボーの散文詩、
ヴァレリーマラルメなどの象徴詩を、読んだら、
似たような印象だったので、西洋人の感覚とは、
こういうものなのか、自分も何となくわかりかけた。

ジョン自身が、ホワイトアルバムの「ジュリア」で、
「僕の言うことの、半分は意味がなくて」と、歌い、
ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」や、
アイ・アム・ザ・ウォルラス」へと、つながっています。


ジョンレノンの著書




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「知的生活の方法」に憧れたものの、遠い現実
学問的というか、知的なものへの憧れは、
今も根強くて、テレビのクイズ番組に、
刺激されては、漢検の問題集を買ったり、
日本史、世界史の参考書を買ってしまう。

ノーベル賞を、日本の科学者が取ると、
緊急出版だの、緊急復刊だの書かれた、
専門書に近い内容の新書を買ってきて、
ほとんど読まず、本棚の奥へしまうことに。

そもそも、「知的」なんていう言葉は、
大学に入った頃、友人に薦められた新書、
知的生活の方法」の題名で、初めて知る。

著者、渡部昇一は、のちに評論家として、
有名になるが、79年当時、大学教授として、
専門書を出したり、講談社現代新書から、
この本を含む数冊を出したくらいの知名度。

友人に教わらなければ、知らないままで、
テレビに出るようになっても、その著作などは、
探しもしなかっただろうから、偶然の出会い。

知的生活の方法」は、著者の読書体験や、
情報整理、書斎の設計などが書かれていて、
ギターばかり弾いてきた自分とは、真逆で、
それだけに、なんだか憧れる環境だった。

サラリーマンになっても、中年になっても、
自分は学問を続けるんだと、熱くなってきて、
著者の本や、似たような難しそうな本を買うが、
1週間もしないうちに、積んドクとなってしまう。

やはり自分には、ギターが似合っていると、
弾けそうもない楽譜を、やたら買ってみたり、
音楽理論の勉強をしよう、なんてはりきるが、
それも長続きしない、おきまりのパターン。

もう30年間、このパターンの繰り返しだが、
定期的に、知的なものへの憧れの原点となる、
「知的生活の方法」は、本棚から出してくる。

数ページ読むと、何となく内容を思い出し、
それで満足して、また本棚に戻すのだが、
最近は、かなりページをめくってみても、
「こんなの書いてあったのか?」状態となる。

音楽の場合は、まだ思い出せることが多いが、
新曲を覚えるのは、苦手になってきていて、
ボケ防止を兼ねて、ギターはがんばっていくし、
たまには、昔の本も読み返そうと思っています。




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学習教材「わたしたちの地理」の、大人買い(?)
70年前後、小学校の高学年の頃、
社会の学習教材、副読本を、希望者に、
販売すると、プリントを学校でもらった。

わたしたちの地理」「~歴史」の2種類で、
毎月1冊ずつ、学校へ届いて、配られる。

当時は、学研の月刊「科学と学習」にしても、
家庭ではなく、学校に届き、受け取っていた。

1ヶ月ほどして、教材が配られたのだが、
てっきり自分も申し込んだと思っていたら、
勘違いで、皆が(幼心に全員に思えたほど)、
受け取るのを、さびしく横目で見ていた。

帰宅して、本屋では売っていないのだから、
何で申し込んでくれなかったと、わめいた。

自分が、きちんと先生に渡すべきだったと、
今なら冷静に反省する点が、多々あるのだが、
当時は、わがまま放題の、どら息子だった。

1週間ほどすると、父が箱を抱えて帰宅し、
出版社まで行って、全部買ってきたと言う。

毎月、届くのを待つより、良かったろうと、
父は得意になって、何冊も広げて見せた。

早速、同級生に自慢して、見せたのだが、
どうも、皆の持っている本と、表紙が違う。

毎年、改訂して発行されている教材らしく、
バックナンバーではないが、古い号だから、
1年分、まとめて買えたというわけだった。

さすがの自分も、「新版を全部欲しい」とは、
思わなかったし、これで満足したところ。

それよりも、学研の「科学と学習」は、
学級文庫にあった、1年前の号の方が、
連載漫画が面白かったり、付録も良くて、
バックナンバーが欲しくて、仕方なかった。

学年が違う、近所の友人も取っていたが、
そっちの付録の方が、面白そうに見えて、
全学年分の「科学と学習」が欲しくなる。

親にねだってみたが、いくらなんでも、
このおねだりは、はなから却下されました。




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