僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
スクエアのF1テーマ曲「トゥルース」の原点とも言える「プライム」
実は、またまた演奏もブログもとばしていまいそうな、綱渡りで、
性懲りもなく、キーの高く歌えそうにないのにやりたい曲があり、
オケはそこそこ完成したものの、週明けから風邪気味になって、
低い音程の曲でさえ無理な状態のまま、週末になってしまった。

そんなときは、クラシックギターの1つでもといきたいところだが、
基礎練習を怠っているうえに、右爪も割れてきて、切ってしまい、
安直にギター二重奏とも思ったが、今週は土曜出勤でないから、
インスト曲、スクエアあたりなら、1日あれば十分だと高を括る。

ピアノがメインの曲は和音が難しいし、サックスがメインの曲は、
フレーズが細かいし、ギターシンセではニュアンスが出しにくい、
やはりギターがメインで、ギターソロもある曲で練習もした曲と、
アルバム「リゾート」収録で、ハードロック調の「プライム」にする。

ベースとドラムは、ほとんどハードロックかヘビメタという感じで、
ベースの田中は得意のチョッパーはまったく使わずに、ひたすら、
8ビートを弾き続けて、ドラムも基本パターンを力強く叩きまくり、
フィルインは、ロックドラマーのドラムソロ並みに細かく入れてくる。

ピアノがリズムを刻みながら、ストリングスでコードを伸ばしたり、
メロディの合間にアクセントのリフを入れてきたり、ジャーニーが、
やりそうなパターンで、伊東はサックスではなく、リリコンを吹いて、
シンセリードのようにして、サビではギターとユニゾンにしている。

ギターのアルペジオの変形のような、リフの繰り返しで始まって、
ベースとユニゾンの8分音符や、クリーントーンのコードだったり、
いろいろ小技が効いたバッキングだが、全体に歪ませた音色で、
ほとんどロックギターで、ジャズ出身とは思えないくらい様になる。

間奏は、派手なアーミングもあり、エディ・ヴァン・ヘイレンのようで、
やたらと早弾きなのは、ハーモニックマイナースケールではないが、
イングヴェイやスティーブ・ヴァイのようで、デビュー当時に比べて、
どんどんロック色が強くなり、もともとロックギター少年だったのか。

スクエアのこと、ブログ用に、いろいろなバンドスコアを手に入れて、
物色していることも書きたいが、週末更新に間に合わなくなるので、
とりあえず、スクエアの「プライム」を、ほんの1時間前にミックスして、
まだミスも多いままですが、アップして、後で苦労話とか追加します。










(土曜のうちに書ききれなかった分です)
スクエアの代表曲といったら、F1テーマ曲になった「トゥルース」で、
お茶の間にも浸透するくらいに、テレビでも、やたらと流れた曲で、
自分も好きな曲だが、最初に聴いたときに、あれ、昔の曲だっけと、
勘違いするくらいに、「プライム」に似ていて、ほとんど同じ路線の曲。

コンサートでは、こうしたロック系の曲は、当然のように盛り上がって、
YouTubeを見ると、ライブ盤と同様に、安藤のギターソロから始まり、
ヴァン・ヘイレンの「暗闇の爆撃」のように、ライトハンド奏法を駆使し、
ステージを走り回ったり、倒れこんだりしながら、派手にやっている。

曲が始まると、ベースの田中がこぶしを突き上げて、観客をあおり、
会場は、さながらロックコンサートのように総立ちで、腕を振り上げ、
自分が見に行ったのは、「トゥルース」のツアーだから、曲は違うが、
「プライム」以上に、「トゥルース」は熱気に包まれて、ものすごかった。

ただ、自分の場合、ロックのコンサートでも、立っているのは苦手で、
何でフュージョンなのに、座って、じっくりと演奏を聴けないのかと、
かなり不満で、一度しか行っていなくて、それは、時代がさせたのか、
カシオペアにしても、松岡直也にしても、異様な盛り上がり方だった。

カシオペアは、ある時からディスコ調になったと、自分は思っていて、
バブルほどではないが、会場では着飾った女性が踊りまくっていて、
カシオペアのメンバーも、少年隊のような派手な衣装に身を包んで、
踊りながら演奏して、時には、揃って一回転して、客席を沸かせた。

ベースの桜井が演奏中、横向きになったと思うと、後ずさりを始めて、
たぶんムーンウォークの真似事だろうが、マイケル・ジャクソンに比べ、
あまりに情けない感じで、こんなことより、演奏を聴きたいのになあと、
お約束の「朝焼け」の観客の掛け声も、うるさいなあと思ってしまう。

松岡直也は、基本ラテンバンドだから、陽気に騒ぐのが当然なのか、
ジャズの場合、それぞれがアドリブした時に、拍手することもあるが、
和田アキラのアドリブに「アキラー」とか、「キャー」とか叫んでみたり、
松岡が決めのフレーズを弾くと、地響きのように皆がうなりだしたり。

結局、自分はフュージョンのライブさえ、だんだん行かなくなっていき、
そのうち、スクエア、カシオペアへの興味もなくなり、新譜も買わずに、
昔の曲だけ聴いていれば良いと、偏屈爺への第一歩を踏み出して、
今に至っては、70年代を中心にCDや楽譜を集め、時が止まっている。

スクエアは、「トゥルース」と「イエス・ノー」は、バンドスコアがあるし、
数年前に復刻した「ベスト」も持っているが、「プライム」は載ってなく、
昔のベスト集「パーフェクション」に出ていて、このギターの演奏は、
確かギターマガジンに載っていたのを、かなり必死に練習していた。

昔弾いた曲だから、楽勝でしょうと、一日で仕上がると踏んでいて、
ドラムとベースだけは、金曜の夜に、もう歌うのは無理と見切って、
リズム入力とベース演奏を録音したが、土曜にシンセから始めると、
ピアノパートだけで1時間かかって、ストリングスなどで午前は終了。

昼食後は、テレビを見たり、図書館にCDを借りに行ったりしてから、
シンセでリリコンのメロディを録音して、ユニゾンのギターも重ねる、
最初ギターは、全部ストラトにするつもりだったが、音色が貧弱で、
ギターリフやメロディは、レスポールで、全部やり直しをすることに。

間奏のギターもレスポールにしたかったが、ここではアーミングの、
派手なプレイがあるので、ストラトでないと再現できないから使用、
ただし、自分のストラトはノーマルなトレモロなので、音程が狂って、
アームをやってから、一度録音を止めて、チューニングし直したり。

途中の決めのフレーズや、間奏の早弾きまでも、何とか演奏でき、
30年以上前に、河合楽器でバークリー教本で鍛えてもらったのは、
財産になって、今でも、そこそこ弾ける程度で衰えていなかったと、
ちょっと嬉しい半面、ビブラートやチョーキングは進歩せず下手くそ。

エンディングは、キーボードがシンセソロになるが、バンドスコアは、
「アドリブ」と書いて省略してあり、その段階で、夜の10時を過ぎ、
もう耳コピしている時間もないしと、出だしのフレーズだけ似せて、
数小節弾いてから、レスポールで好き勝手に弾き、フェイドアウト。

たった1日で仕上げるというと、ビートルズのデビューアルバムの、
10時間で10曲が思い浮かぶが、ビートルズが時間がないから、
カバー曲を演奏したのと、自分がカバー曲しかできないのとでは、
大違いで、その出来も若輩者の彼らに大きく水をあけられている。






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安藤がベンソンっぽくアドリブする「チャーリー&アイドル」
日本のフュージョンバンドのうち、一番お茶の間に浸透したと言える、
ザ・スクエアのリーダーでギターの、安藤ひろまさのソロアルバムは、
バンドでデビューした78年から8年後で、バンドでは11枚も出して、
サックスの伊東たけしも2年前にソロを出し、満を持しての発表となる。

よくソロアルバムを出す時には、リズム隊はバンドメンバーを使うとか、
何曲かはバンドの鍵盤や管楽器にゲスト参加してもらうこともあるが、
安藤は、まったく別の人を起用し、かつ全曲をその面子で通していて、
スクエアとは別ながら、バンドという形で統一して、作りたかったのか。

キーボードの笹路正徳は、日本のクロスオーバーの初期から活躍し、
渡辺香津美に次ぐギタリストとしてデビューした、秋山一将を支えたり、
清水靖晃、渡嘉敷裕一らとフュージョン・バンド、マライアを結成したり、
同じフィールドながら、スクエアとは違う味を出せるという人選だろう。

ベースのデレク・ジャクソンは、発売当時にはほとんど知らなかったが、
同じころに出た高中正義の「ジャングルジェーン」のライブ盤で演奏し、
その後は、サックスの土岐英史とギターの山岸潤史が作ったバンドの、
チキンシャックでベースを担当するという、これまたフュージョン畑の人。

ドラムの青山純も、山下達郎バンドが有名だが、プリズムに参加したり、
かつてスクエアにも在籍、自分が安藤のギターを気に入るきっかけの、
「トゥモローズ・アフェア」が入っているアルバム、「ロックーン」の頃で、
スクエアがロック調になっていくのは、青山の影響も大きかったと思う。

自分は、プリズムで青山純を知り、プログレ系の変拍子もこなす達人で、
そんな人が、ニューミュージックの山下達郎のバックになって驚いたが、
達郎はフュージョン系のミュージシャンたちと、早いころから交流があり、
あの名盤「イッツアポッピンタイム」のライブ盤も、そんなメンバーだらけ。

アラン・ホールズワースの名演で知られる、ジャン・リュック・ポンティの、
アルバムでドラムを叩いていたスティーブ・スミスは、売れ線のロックの、
ジャーニーに長く在籍したり、その後、フュージョンよりはジャズに近い、
ステップスに参加したりと、ロックとジャズを行ったり来たりする人は多い。

安藤の初ソロ作品「メロディ・ブック」の中で、「チャーリー&アイドル」は、
間奏とエンディングで、クリーントーンのジャズっぽいフレーズが聴けて、
スクエアを結成する前は、大学のジャズ研で、純粋な4ビートを演奏し、
バンドではなく、ジャズ・ギタリストとしてプロを目指していたのも頷ける。

ただ、ジャズっぽいとはいえ、いわゆるビバップフレーズとは違っていて、
どちらかというと、ジョージ・ベンソンみたいで、使用ギターはフルアコか、
雑誌で、フルアコを抱えた写真を見たことがあるが、、この曲のことだか、
実際、コンプを強くかけた音で、ストラトとかでも再現できる音色ではある。

それでも、YouTubeにあるライブ音源は、コーラスとディレイを強くかけた、
いかにもストラトという音で演奏していて、レコードはフルアコだったのか、
自分は、フルアコもセミアコもないから、とりあえず、ストラトで演奏したが、
音がキンキンして気になって、結局レスポールで丸々やり直すことにした。

メインのメロディは、安藤の愛用するハンバッキング搭載のストラトの音で、
ライブでも同じ音になっていて、自分もストラトを使うが、シングルコイルで、
やはりキンキン、ザリザリした感じで、これも、今日のアップする直前になり、
気に入らないと、レスポールでやり直し、またまた時間切れになるところ。

イントロは、ギターの16ビートのカッティングパターンを、シンセで演奏して、
しかも一音ごとに交互に左右のチャンネルで分けていて、笹路の解説では、
パンでふったのでなく、2台のキーボードだそうで、自分もギターシンセで、
別々に弾いたが、かなりリズムが食い違って、これは毎日やり直していた。

「チャーリー&アイドル」が何を指すのか、自分はチャーリーと言えばすぐに、
スヌーピーの飼い主、チャーリーブラウンが浮かぶが、喜劇映画のファンは、
チャーリー・チャップリン、昔のドラマでは「チャーリーズ・エンジェル」があるし、
ジャズギターのチャーリー・クリスチャンとか、いくらでも思い浮かんでくる。

日本のフュージョン生誕40周年、自分がフュージョンに目覚めたのも40年、
先週に引き続いて、一番、お茶の間に浸透しているフュージョンギタリストの、
安藤ひろまさ「チャーリー&アイドル」は、いろんな音が整理しきれないのと、
得意のつもりのジャズギターでも、指がもつれ、練習不足がたたっています。






安藤まさひろの泣きのギター弾きまくり「サスピシャス・ストーリー」
Amazonからのおすすめで、プリズムや松岡直也のアルバムが、
廉価盤で再発とあり、何でも、どちらもレコードデビュー40周年で、
すなわち日本のフュージョン誕生からも、40周年になるのだそうで、
他にも多くのアルバムが再発されたり、初CD化というものまである。

レコード会社のキャンペーンだから、必ずしも40年前、1977年が、
日本のフュージョン音楽の始まった年なのかは、諸説あるだろうが、
昨年は、ボズ・スキャッグス「シルク・ディグリーズ」発売から40年で、
AORフェアがあったし、まあ、CDが安く再発されるのは、ありがたい。

ただ、自分にとって、77年こそは、日本のクロスオーバーというより、
いわゆるクロスオーバー・フュージョン音楽に、出会ったと言える年で、
5月に高中正義のLPを買い、FM「アスペクト・イン・クロスオーバー」で、
リー・リトナー、ラリー・カールトンの特集が2週続いたのは、8月のこと。

しかも、その2週続いた放送の合間の週末、ヤマハ主催のコンテスト、
イースト・ウエストで、2度目の出場となるカシオペアを目の当たりにし、
9月に、月刊プレイヤーのラジオ番組で、プリズムのデビュー作を聴く、
さらに、リトナーが10月に来日して、ラジオの生演奏を聴くという具合。

そのリトナーを呼んだ渡辺貞夫も、テレビに出て演奏するような状況で、
お茶の間にも、クロスオーバーが流れたという、画期的な年になるが、
それでも、盛り上がっていたのは、自分のようなギターキッズが中心で、
フュージョン全般でなく、当時のクロスオーバーギタリストに夢中だった。

自分が日本のフュージョンで、三大バンドと思っているのは、プリズム、
カシオペア、スクエアで、どれも、ギタリストがリーダーという共通点で、
これだけでも、自分がギターばかり注目している偏った聴き方だろうし、
プリズムをカウントするのは、当時のギターキッズくらいかもしれない。

カシオペアも一般的にはどうなるのか、やはり、F1のテーマ曲を作り、
お茶の間に浸透したスクエアだけが、突出した存在なのかもしれず、
これまた偏見だが、プログレのプリズム、ディスコのカシオペアに対し、
ニューミュージックのスクエアという感じで、ヒットしやすい要素がある。

ソフト&メロウ路線のフュージョン以前、クロスオーバーミュージックは、
ジャズから派生したこともあり、テーマの後は延々とアドリブソロを回し、
最後にまたテーマに戻る形だったが、スクエアは、Aメロ、Bメロ、サビ、
という構成で、間奏にアドリブするというニューミュージックのパターン。

もちろん、プリズムやカシオペアも、そうした構成の曲へとシフトするが、
スクエアの曲は、メロディも含めて、すごくわかりやすい感じがするし、
和田アキラも野呂一生も、特徴ある良いメロディを作ることは同じだが、
安藤のほうが、口ずさみやすくて、お茶の間受けする曲をうまく作る。

スクエアが、プリズム、カシオペアと違うのは、サックスのフロントマン、
伊東たけしがいることも大きな要素で、より歌ものに近い曲調になるし、
安藤は、自分の書くメロディを惜しげもなく、サックスやピアノに任せて、
バッキング中心になる編曲も多く、自分からすると、ちょっと物足りない。

安藤がソロアルバムを出したは86年で、和田の83年、野呂の85年に、
やや遅れをとった感はあるが、「メロディ・ブック」と名付けられた作品は、
まさに、安藤のメロディの良さが楽しめるし、ギターもけっこう弾きまくり、
3人のソロアルバムでは一番気に入って、楽譜を買ったのも、これだけ。

ギタリストならば、誰でも憧れると、断言してしまうと、異論もあるだろうが、
早弾きと、泣きのギターのどちらも、このアルバムでは、聴かせてくれて、
おそらく、スクエアならば、サックスがメロディをとるような曲も弾いていて、
何より、ジェフベックを思わせる泣きのギターは、スクエアでは無理だろう。

これまた自分の極論になるが、クロスオーバーギターを弾くアマチュアは、
誰もが、ジェフ・ベック「ギター殺人者の凱旋」に影響を受けているはずで、
「哀しみの恋人たち」の泣きのギターと、「スキャッターブレイン」の早弾き、
その両方に憧れ続け、スローとスピードのどちらにも手を出すことになる。

安藤まさひろの「サスピシャスストーリー」は、まさに、そんな1曲であって、
本人は否定するかもしれないが、最後のアドリブもベックぽっかったりして、
また話が戻るが、77年に自分がクロスオーバーにすんなり入ったのも、
前年に、ベックの「ギター殺人者」「ワイアード」を聴いていたからだと思う。

そのベックっぽいギターを弾きたくて、オケの方は、わりと手抜きにして、
それでもピアノソロは、かなりそれっぽくなったと思いつつ、逆にギターは、
ビブラートとチョーキングが苦手だったのを、再認識する羽目となった、
安藤まさひろ「サスピシャス・ストーリー」は、未完成ながらアップします。







今剛の代表曲でパラシュートや松原正樹のライブでも定番の「アガサ」
中学時代、ビートルズばかり聴いていた自分は、高校になり、
ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンを弾く同級生たちに、
圧倒されて、ギターが上手くなりたいと、まずジェフ・ベックの、
レコードと楽譜を買って、さらに、あれこれとレコードを探す。

そのうえ、それまで歌謡曲やアイドルには興味なかったのに、
岩崎宏美のファンになり、テレビの歌番組にかじりついたり、
デパートの屋上のサイン会へ行ったり、少ない小遣いの中で、
ギタリストと別に、岩崎宏美のLPを買い集めることになる。

セカンドアルバム「ファンタジー」は、糸居五郎のDJに乗せ、
ノンストップで曲をかけていくような構成で、曲もそれらしくて、
16ビートの曲が多いうえ、ギターのカッティングも格好良くて、
矢島賢と水谷公生とが、左右で絡むバッキングは見事だった。

バリー・ホワイトの「愛のテーマ」で、デビッド・T・ウォーカー、
ワーワー・ワトソンがやったような感じだし、ジェフ・ベックが、
「ギター殺人者の凱旋」の中の「分かってくれるかい」などで、
決めているカッティングにも似て、歌謡曲もすごいと思った。

たまたまつけていたラジオ番組に、キャンディーズが出演して、
バンドのギターに16歳の子が入ったなんて、話をしていて、
何だ、自分と同学年じゃないか、それなら、自分もがんばれば、
岩崎宏美のバックバンドに入れるかもと、勝手に夢を描いた。

そのギタリストは、MMPの解散後にスペクトラムを結成する、
西慎嗣だったか、伯母の知り合いの踊りのお師匠さんの孫も、
自分と同い年だが、キャンディーズのバックバンドに入ったら、
ファンができて、大量にプレゼントをもらってくると、父が言う。

そんな話を聞くと、アイドルのバックバンドだと、アイドルとも、
知り合いになれるうえに、自分にもファンがついてくるんだと、
いいことばかりに思えて、岩崎宏美の曲集まで手に入れると、
伴奏の練習を始めるが、分数コードやテンションコードが多い。

フォークギターコード大全集には、載ってないようなコードで、
同級生に見せると、ジャズを覚えないとダメなんじゃないかと、
言われて、当時の明星や平凡の付録の歌本を見ても、そうした、
難しいコードが、かなり歌謡曲には使われているのだと知った。

その後、岩崎宏美からピンクレディ、さらには松田聖子へと、
高校から大学にかけ、自分の好きなアイドル歌手は変わるが、
ピンクレディのバックバンドは、稲垣次郎とソウル・メディアで、
ジャズ出身のうえに、チャック・レイニーと共演までしている。

高校を卒業した79年3月、渋谷河合楽器のジャズギター教室へ、
通い始めて、プロになりたいからと、スケール練習の基礎から、
テンションコードを含めた音楽理論、読譜の初見を鍛えられるが、
その頃は、もうアイドル歌手のバックバンドの夢から覚めていた。

ただ、アイドルから卒業したわけでなく、松田聖子が気に入って、
アルバムを買うと、松原正樹が大半の曲でリードギターを弾いて、
ヒットしたシングルに便乗して、急いでアルバムを作ったせいか、
歌よりも演奏が充実して、AORとかフュージョンのようだった。

松原正樹と一緒にギターで参加していたのは、今剛で、その前年、
2人はパラシュートを結成して、80年4月に最初のLPが出て、
すでにソロアルバムを2枚出していた松原と違って、今剛の場合、
自分にとって、やっと、その演奏がじっくりと聴けたという感じ。

その今剛のソロアルバムも発売となり、とびつくように買ったが、
LA録音というわりには、ベースはパラシュートのマイク・ダン、
ドラムはチャーのバックのロバート・ブリルに、パーカッションが、
林立夫という具合で、現地ミュージシャンは、キーボードくらい。

パラシュート・プレゼンツ・今剛とでもいう、全面バックアップで、
今剛の特徴である伸びやかなロングトーンと、フレットボードを、
上から下まで行き来するフレーズが、惜しげもなく演奏されるが、
自分的には、もっと早弾きとかしないのか、やや物足りなかった。

それでも、代表曲となる「アガサ」は、メロディも格好良いうえに、
聴くと弾くとでは大違いというくらい、伸びやかに歌うフレーズが、
けっこう運指やフレット移動が難しくて、挑戦しがいのある曲だし、
「トーツキー・ヘブン」も、気持ちよいくらいのロングトーンの曲。

次のアルバムを期待したが、なかなか出ず、今になりわかるが、
セカンドアルバムが出るのは、29年後の2009年になってから、
パラシュートでも、自分の好きなインスト曲や弾きまくりは少なく、
逆に、ニューミュージックのバックでの名演が、次々と飛び出した。

だいたい、松原と今のツインギターで、スタジオに呼ばれるうえに、
双子とまではいかないが、同じような演奏スタイルをしているので、
どちらがリードギターか判別しにくい曲もあって、それでも松原は、
甘い音色にビブラートが特徴的で、今はエッジのきいた音色が多い。

あえて差別化をはかっているのか、互いの好みの音色があるのか、
不明なのだが、今剛の代表曲と呼べる「アガサ」を、パラシュート、
松原正樹のライブで演奏する際、ほとんど完コピでバッキングする、
松原でさえ、その音色は、今剛のレコードでの演奏と明らかに違う。

ライブにつきもののハプニング、今がギターの弦を切ってしまって、
アームをフローティングにしていたせいか、チューニングも狂って、
苦労していると、とっさに松原がリードを弾き始め、その間に今が、
スペアに持ち替えるという、息の合った場面がYouTubeにある。

その際、バッキングからリードへ切り替えたから、ギターの音色は、
異なっていて当然だが、フレーズのニュアンスもだいぶ違っていて、
松原が作曲し、2人がリードをとるパラシュートの「ハーキュリー」も、
アドリブフレーズの癖や音色が違っていて、それぞれの個性だろう。

スティーブ・ルカサーやジェイ・グレイドンが弾く、半音チョーキング、
一音半チョーキングと、スライドを交えて、アクセントをずらしていく、
当時の最先端のフレーズは、松原も今剛も、うまく取り入れているが、
これまた、ビブラートのかけ方と、音色、エフェクターが微妙に違う。

このあたりは、自分の感覚的な部分で、もっといろいろな演奏を聴き、
2人のギターや機材も調べないといけないが、335はお揃いだったし、
シェクターが出した、ハンパッキング搭載のストラトやテレキャスを、
海外のミュージシャンが使い出すと、2人揃って持ち替えていた気も。

今剛の「アガサ」はソロアルバムの曲ながら、パラシュートで出した、
インスト曲のベスト盤「カラーズ」に収録されて、「ハーキュリー」と、
「アガサ」の楽譜がおまけについてきて、以前それを参考に弾くが、
ぷりんと楽譜でバンドスコアを見つけ、ピアノ、ドラムからやり直す。

バンドスコアどおりにピアノのコードを弾いたら、えっと思うような、
和音が使ってあり、例えば、ギターのフレーズを追っかけるように、
A7のアルペジオ的に右手が弾く一方で、左手のコードはE♭7で、
どちらかの臨時記号がミスプリントかと、楽譜を目を凝らして見る。
 
結局は代理コードなのだろうと、自分で結論づけたのだが、これは、
ニューミュージックどころか、歌謡曲でも、けっこう出てくる話で、
テンションコードを知らなくてはと、ジャズギター教室へ通ったが、
編曲をしようと思ったら、かなりの理論を学ばないと無理だと実感。

メロディーは単純なようでいて、今剛のようなニュアンスを出すのは、
かなり難しくて、最初の8分音符のスタッカートをきかせた部分から、
音の切り方が似なかったり、続く16分音符の裏から入るフレーズは、
走りかけたり、音を伸ばさず、休符を尊重するとか、本当に難しい。

スライドとハンマリング、プリングを組み合わせて、流れるように、
サビの部分を歌い上げるのも、バンドスコアのTABはどうも違い、
YouTubeで本人のポジショニングを確認しても、あまりよく分からず、
とりあえず、それっぽく弾いたが、独特のニュアンスは出せずじまい。

今剛の代表曲と呼べる「アガサ」は、パラシュートのレパートリー、
さらに、松原正樹のライブでも、今剛が参加すれば、必ず演奏する、
定番なので、いくつものライブバージョンがありますが、例によって、
最初に聴いたのが好きな自分は、完コピを目指しつつ、限界です。







松原正樹が盟友の今剛と奏でる名曲、パラシュート「ハーキュリー」
今日言うところのフュージョンミュージックが、まだジャズロック、
クロスオーバーと呼ばれていた70年代、そのルーツは古くは、
60年代まで遡ることになって、自分は、リアルタイムではないし、
雑誌やら、ものの本の知識で、その歴史もかじったに過ぎない。

だが、この手の音楽の日本でのブームとなると、76~77年で、
がぜんリアルタイムだし、日本人による演奏、アルバムの発売も、
その頃から盛んになったので、日本のクロスオーバーに関して、
その誕生から、一大ブームを、目の当たりにできた世代だと思う。

自分の場合は、ギターを弾く事から、特にギタリストに注目だが、
深町純のLPに、大村憲司が自作の「バンブーボング」を提供し、
いかにもクロスオーバーのスタイルで弾きまくったり、高中正義も、
ミカバンドの黒船組曲で、早い段階から、インスト曲を演奏した。

細野晴臣が中心となったティンパンアレイは、後藤次利を起用し、
「チョッパーズブギー」が演奏されたり、森園勝敏は四人囃子で、
まさにフュージョンと呼べるインスト「レディ・バイオレッタ」を演奏、
17歳でデビューした渡辺香津美も、歪ませたギターを弾いた。

これらは、大半がロックサイドからで、75年のジェフベックによる、
ギターインストが刺激になった気もして、和田アキラのプリズム、
野呂一生のカシオペアは、間違いなく、その影響下にあったろうし、
かくいう自分も、ベックから、ギターインストの世界に入っていく。

ただ、ベックは、クロスオーバーよりは、ロックだと思っていたから、
いわゆるクロスオーバーギタリストとして、自分が聴き始めたのは、
渡辺貞夫が77年にアルバムを作り、バックとしても日本へ呼んだ、
リー・リトナーで、ここから、日本のクロスオーバーブームも始まった。

偶然というか、同じ頃、ラリー・カールトンは五輪真弓バックで来日、
雑誌のヤングギターは、2人を特集し、ギターキッズに火をつけて、
そのブームもあって、ロック畑と共演したアルバムを出したばかりの、
渡辺香津美を中心に、森園、大村に山岸潤史の4人が競演する。

深町純のアルバムで、早い段階でクロスオーバーギターを演奏した、
大村憲司は、フォークグループ赤い鳥の出身で、その実力をかわれ、
スタジオワークもこなしたが、同じくハイファイセットのバックバンドの、
松原正樹も、クロスオーバーギタリストとして、ソロデビューを果たす。

リトナーと同じギブソン335を抱えた写真が、ヤングギターに載って、
「ジャズとは指の運動に過ぎない」と語ったという逸話も紹介されて、
普通なら、「なんだ、こいつは」と思うところ、ヤマハのネム音楽院を、
出ているとの情報もあり、ジャズをマスターしての台詞なのかと感心。

ロックバンド、バウワウのリーダー山本恭司が、ネム音楽院の出身で、
ジャズっぽいフレーズを決めていて、さすがはネムだ、ジャズギターも、
身につけられるんだと、バークリー音楽院を知らない頃、ネムに行き、
理論も教わるのが夢だったので、松原正樹も、すごい人だろうと思う。

「流宇夢サンド」は、まさにリトナーのような、コンプ、フェイザーの音で、
それでも、独自の特徴的なフレーズが多く、ギタープレイヤーだったか、
「このところ、弾きにくいフレーズをやってばかりいて」などと語っていて、
確かに、異弦同フレットや弦とびフレーズが多くて、コピーしづらかった。

その同じ記事だったか、別だったか、「最近、スタジオでコンと一緒に、
なることが多くて」と、新人のスタジオミュージシャンについて語って、
いいなあ、自分もスタジオミュージシャンになって、こんな風に松原に、
認めたもらえたらなあと思ったし、それにしても、コンって誰だと思った。

それが今剛だとわかるのは、2人がパラシュートを結成したときだが、
その前に、ニューミュージックで起用され、ギターソロの名演が多くて
クレジットから名前を知ったか、記憶があいまいだが、ソロアルバムは、
パラシュートが結成されてから、満を持して出たようにと覚えている。

パラシュートは、松原、今のツインギターに、斉藤ノブのパーカッション、
林立夫のドラム、マイク・ダンのベース、安藤芳彦、小林和泉のピアノと、
スタジオミュージシャンにより結成されたが、ボズのバックから誕生した、
TOTOを意識したのか、さらにその成功で、レコードも出せたのか微妙。

松原正樹のギター中心のソロアルバムの延長に、自分は考えていて、
インストが少ないのに、がっかりして、ラジオのエアチェックだけですませ、
後にキーボードが井上鑑になっても、歌モノが相変わらず多かったから、
アルバムは、インストのベスト盤「カラーズ」でようやく買ったというところ。

そのベスト盤には、「ハーキュリー」と、今のソロアルバムの「アガサ」の、
2段書きのスコアがおまけについていて、これは、すごくありがたくって、
ベック「ギター殺人者」も、2曲のギタースコアが掲載されていたのもあり、
インストアルバムは、こうでなくっちゃいけないと、それだけで喜んでいた。

その「ハーキュリー」は、今剛の間奏、松原のエンディングソロが難しくて、
土曜日の午後を使い、ずっと練習し、録音していたが、とうとう時間切れ、
メロディやバッキングも、2人の音色とはかけ離れ、レベルが低いですが、
松原正樹の名曲中の名曲を弾きたくて、「ハーキュリー」をアップしました。







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