僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
スクェアがカバーした唯一のビートルズナンバー「ハロー・グッドバイ」
自分にとり、日本を代表する三大フュージョンバンドなのが
プリズム、カシオペア、スクェアで、一番気に入っているのが、
早弾きの和田アキラ率いるプリズムなのだが、世間一般には、
有名でなく、お茶の間にまで浸透したのは、断トツでスクェア。

スクェアと言えば、F1のテーマと言うくらい、全国区のバンド、
そのテーマ曲である「トゥルース」は、バンド名を知らなくても、
誰もが一度は耳にしているはずで、87年の同名アルバムは、
必ず名盤に挙げられ、その当時のメンバーが黄金期とされる。

スクェアは、リーダーでギターの安藤まさひろと、サックスの、
伊東たけしの2人をメインにして、メンバーチェンジを繰り返し、
「トゥルース」で、ある意味頂点を迎えたとされるが、自分には、
そうした路線へとシフトした83年前後こそ、黄金期だと思える。

中学時代、ビートルズばかり聴いていた自分が、高校に入り、
ジェフ・ベックのファンになると、折りしもフュージョンブームが、
沸き起こってきて、リトナー、カールトンは来日するし、国内も、
プリズムがデビューし、カシオペアもコンテストで実力を発揮。

スクェアは、結成は76年らしいが、レコードデビューは78年、
フュージョンブームにあやかり、学生バンドまでデビューかと、
自分は高校生なのに小馬鹿にしていて、ラジオのライブでも、
あまりギターは弾きまくらないので、サックスのバンドとスルー。

80年、ヤングギターに載った、「トゥモロー」の楽譜を見た時、
16分どころか64分音符の早弾きだらけ、ギターもセミアコを、
レスポールに持ち替えていて、TOTOのスティーブ・ルカサー、
ジェイ・グレイドンのようなフレーズを弾きまくり、すごく見直す。

その後、廉価盤になった、「トゥモロー」収録の「ロックーン」や、
ベスト盤を買ったりし、ユーミンがアドバイザーとして関わった、
「うち水にRainbow」が名曲だらけ、さらにTVのCMで流れた、
「トラベラーズ」を含む「アドベンチャー」で、一気にファンになる。

スクェアは、作編曲もこなす、キーボードの和泉宏隆の加入が、
何よりエポック・メイキングで、同時期に入れ替わったリズム隊、
田中豊雪、長谷部徹も素晴らしく、このメンバーのアルバムを、
とにかく聴きまくったので、自分にとっての黄金期ラインアップ。

「うち水にRainbow」は、曲名を全部ユーミンにつけてもらったり、
コンセプト・アルバムのようにしていて、何よりビートルズの曲、
「ハロー・グッドバイ」をカバーして、アルバムの冒頭だけでなく、
最後にも、「リプライズ」として、再度演奏しているのが興味深い。

これは、世界初のコンセプト・アルバムとされる、ビートルズの、
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が、
タイトル曲で始まり、リプライズからアンコールナンバー扱いの、
「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」に続くのを、明らかに意識していそう。

ここまでやるなら、ビートルズファンの自分からすると、いっそ、
「ハロー・グッドバイ(リプライズ)」は、テンポや編曲を変更して、
最後にもう1曲、スクェアのオリジナル曲でもよいから演奏して、
しめくくってほしいが、そこまで似せるほど、こだわりはないのか。

それにしても、スクェアでは、その後も含めて、唯一となるだろう、
ビートルズのカバー演奏であり、どういう基準で、この曲なのか、
ジョン派の自分にとり、またも、ポールの曲かよ、という気分だし、
そもそも、なぜビートルズなのかと、あれこれ想像するが、不明。

ビートルズの曲は、ポップスの歌手が、数多くカバーしているし、
ポール・モーリア楽団などの、イージー・リスニングでも同様だが、
ジャズギタリストのウエス・モンゴメリーも、イージー・リスニング、
売れ線狙いのA&M作品で、本人の意思かどうか、カバーした。

A&Mに移籍した第1弾のLPが、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」で、
タイトル曲もアルバム冒頭、ジョン派の自分は、溜飲が下がるが、
この曲が録音されたのが、67年6月、何と、本家ビートルズの、
ペパーズが発売されたのと同じ月に、すでにカバーされていた。

カバー曲は、原曲がヒットしたら、ほとぼりが冷めるのを待って、
リバイバルヒットを狙って出すと、昔、勝手に思い込んでいたが、
競作のごとく、すぐに出すことも多かったようで、歌謡曲なんかも、
洋楽のヒット曲に、すぐに日本語の歌詞をつけて、歌わせていた。

やはり、ペパーズの発売直後、当時、デビューしたばかりだった、
ジミ・ヘンドリックスが、ライブで「サージェント・ペパーズ」を演奏、
客席にいたポールが狂喜したという、逸話があって、返礼なのか、
今もポールはライブで、ジミの「フォクシーレディ」を演奏するとか。

フュージョン・ギタリストが、ビートルズの曲を揃ってカバーしたと、
一部のファンには話題となった、83年の「カム・トゥゲザー」では、
アラン・ホールズワースが、「ミッシェル」をメロディを崩したうえに、
テンポも急に変えたりと、かなり独自の解釈で、名演を披露した。

ビートルズの曲の不思議なところは、単に編曲を変えるだけでなく、
テンポを変えたり、メロディをいじっても、しっかりと、ビートルズと、
わかるメロディラインを持っていて、完コピにこだわる自分でさえ、
下手くそは論外だが、こんな演奏もありかなと、楽しむことが多い。

スクェアの「ハロー・グッドバイ」のカバーは、ホールズワースほど、
崩してはいないが、メロディは、ギターをハモらせ、はねてみたり、
サビの部分では、「ハロー、グッバイ~」と繰り返すメロディでなく、
原曲のギターのフレーズのみで、それなりに、ひねっている編曲。

ビートルズの場合、何気に変拍子の部分があったり、小節数も、
8とか12でないことが多く、この曲も、4分の2拍子が出てくるが、
あまり違和感なく進むところ、スクェアの編曲は、4分の2拍子が、
すごい変拍子に感じて、このあたりは、単なる慣れなのだろうか。

曲のテンポは、ビートルズが、1拍98のところ、150と早くなって、
YouTubeのライブ映像では、さらに170のアップテンポ、自分は、
チョッパーベースや、ギターのアドリブ後半が、150のテンポでも、
ついていけないくらいで、やはり、黄金期メンバーは只者でない。

レコードは、曲全体を通し、エレピとストリングスの混ざった音で、
打ち込みのアルペジオが、左右のチャンネルを行ったり来たりし、
MTRに、テンポに合わせ、自動で左右にパンする機能があるが、
うまくいかないので、1小節ごと交互に弾き、別のトラックに録音。

イントロのギターと合わせてコードを弾く部分は、スコアの指定は、
ピアノとストリングスの2段で、コードの構成音は若干違っていて、
ライブ映像でも、2台のシンセを両手で弾き、同期させてないから、
ギターシンセで、それぞれの音色を選び、別々のトラックに録音。

ただ、それだけだと、レコードに比べて、すごく音がスカスカになり、
本物は、ディレイを何台もつなげたか、ピアノ、ストリングス以外に、
エレピやシンセブラスも聴こえるようで、それはシンセ同期なのか、
とりあえず、音を厚くしてしまえと、さらに別トラックにギターシンセ。

自分の本職(?)のギターは、メロディは、生音にコンプ程度で良く、
アドリブは、歪ませれば良いと、あまり音色には、気を使ってなくて、
スクェアも、ライブで、ギター、リリコン、キーボードは、フレーズが、
完コピでも、平気で音色を変えるから、自分も開き直って手抜きに。

日本を代表するフュージョンバンド、スクェアの黄金期のメンバー、
自分の一番好きな時期のアルバム、83年の「うち水にRainbow」で、
これまた、自分の一番好きなバンド、ビートルズをカバーした曲の、
「ハロー・グッドバイ」を、やや完コピというか、何とか弾きました。



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真夏のフュージョン、夏男・角松敏生の「ミッドサマー・ドライビング」
自分にとって、夏の代名詞の歌と言ったら、山下達郎だが、
その達郎のフォロワーと呼ぶのは、失礼になるのだろうか、
角松敏生も、夏全開の曲を数多く作り、ほぼ同年代となる、
杉山清貴や、少し後発のチューブと共に、よく聴いていた。

角松の曲を聴いたのは、82年の5月で、その春に就職して、
地方へ配属されていた先輩が、連休で東京に戻ったからと、
楽器屋やレコード屋を回るのに、つきあった際、渋谷西武の、
ディスクポートで、2枚目のLPが流れてきて、すぐ気に入る。

ヤングギターにも、インタビューが載っていて、売り出し中の、
フュージョン・ギタリストのカルロス・リオスを、起用したことで、
2人の対談記事になっていて、カルロスは、トム・スコットとか、
ジノ・バネリのバックで、見事なギターを披露していた注目株。

すぐに、友&愛で1・2枚目をレンタルすると、曲自体も良いし、
16ビートのごきげんな曲からバラードと、ギターを抜きにして、
角松の音楽が気に入り、録音したテープは、擦り切れるほど、
結局、2枚ともLPを買い、その後も、毎年新作を買い続けた。

おそらく角松本人は、セルフプロデュースとなる3枚目からが、
やりたい音楽に近づけたのであり、デビューから1・2枚目は、
やらされた感があるのかもしれず、当時、AOR好きの友人も、
3枚目を絶賛していて、1枚目が特に好きな自分とはギャップ。

とにかく最初に聴いた印象が一番という、昔からの自分の癖で、
レンタルした1枚目に針を落とし、「ダンス・シャワー」が始まり、
次々と珠玉の名曲が流れたのに惹かれて、さらに2枚目では、
カルロスのギターソロも格好良いから、その2枚が双璧をなす。

今、聴き返すと、3枚目「オン・ザ・シティ・ショア」も名曲揃いで、
楽曲のバランスなど、世間一般には、こちらに軍配が上がるが、
昔は、バックミュージシャンにこだわったり、ギターソロのほうに、
注目ばかりして、曲そのものよりも、演奏を重視する癖がある。

ジャケ買いならぬ、バックバンド買いと言うのか、特にギターで、
アルバムを探すことが多く、ほとんど知らなかった安部恭弘も、
TOTOのスティーブ・ルカサーの幼馴染で、知る人ぞ知る名手、
マイケル・ランドウが全面参加と知って、そのLPを買ったりした。

フュージョンやAORファンは、皆が、そんな聴き方をしたろうし、
自分は、洋楽よりもニューミュージックの方が、しっくりきたから、
海外のミュージシャンを起用したLPや、パラシュートの面々が、
バックをつとめた歌謡曲を聴いたり、マニアよりミーハーに近い。

自分と比較するのも何だが、同世代、同学年の角松にしたって、
そんな風にして、さらに多くの楽曲と出会って、吸収したと思うし、
マニアックさから言うと、自分とは比べものにならないレベルで、
12インチレコードを、月に100枚以上は買ったと、語っていた。

カルロス・リオスなどという、当時のフュージョンファンでさえも、
そう知らないギタリストを起用するくらい、フュージョンに対して、
造詣の深い角松だったから、自身がDJのFM東京の番組でも、
よくフュージョンをかけてくれて、自分の知らない曲も多かった。

そんなフュージョン好きが高じてか、自らギターを弾きまくって、
全曲インストとなる、「シー・イズ・ア・レディ」を、87年に出して、
これがまた、ものすごい名盤で、いつものバックバンドに加え、
一流のスタジオミュージシャンも参加、とてつもないアルバム。

角松のギターテクニックは、フュージョンのギタリストと比べたら、
当然、彼らのレベルには及ばないが、歌心あふれるソロのうえ、
何より、それぞれの曲のメロディーが、飛びっきり良いのだから、
その辺のフュージョンアルバムより、はるかに出来の良い作品。

リードギターの音は、当時のフュージョンを反映しているようで、
かなり作りこんだ音色で、オーバードライブで歪ませ、コーラス、
ショートディレイで音に広がりを持たせ、ハーモナイザーも使い、
微妙にピッチをずらし、ダブリング効果を出しているような感じ。

よく、ギターマガジンで、カシオペアやプリズムの機材が載ると、
ラックのエフェクターを何段も積み重ね、ディレイだけでも数台、
そこまでやる必要があるのかと思ったし、今、もっと不精になり、
MTRの内蔵エフェクトで、アンプの歪みと、コーラスだけ使った。

メロディは、ところどころハモっているが、スコアには出ていなくて、
自分の音感では、3度なのか5度なのか、さらに上でハモるのか、
下でハモるのかも聴き取れず、とりあえず、サビメロは、下の3度、
メロ後半は、1・3回目がオクターブ下で、2回目は、上3度にする。

フュージョンに限らず、ビートルズにしたって、楽譜に頼りきりで、
ハモリの音を取るのは特に苦手で、ギターを抱え、音を探っても、
不協和音になっていなければ、その音で合っているように錯覚し、
実際と違ったり、ハモリの音にしても、団子の塊のように聴こえる。

リズムギターは、よく聴くと、左右のチャンネルから別々に鳴って、
ツインギターの掛け合いのようで、角松の小技がきいている部分、
当然ながら、楽譜は片方だけなので、音程は取れない自分でも、
リズムくらいはと、ヘッドフォンを片方ずつ聴き、多少コピーした。

ベースは5弦ベースとされ、一番低い音はBなので、5弦がBだが、
自分のは4弦ベースのうえ、、4弦をBに下げると、弦がベロベロ、
B音を使う数小節のみ、別に録音して、D音は、やたらと出るから、
大半の部分は、4弦EをDに下げて演奏して、フレーズを再現した。

基本的に、鍵盤はピアノの伴奏のみだが、プロの使う録音機材と、
自分の、MTR1台だけの宅録とでは、音の広がり方が違うのか、
バッキングがスカスカの音になるので、ストリングスを小さく流して、
原曲とは雰囲気が違っても、多少なりとも、音に厚みをつけておく。

ホーンセクションは、クレジットをみると、トランペット3名、サックス、
トロンボーン、バス・トロンボーンと、6人で演奏しているようだが、
楽譜は単音から三声なので、ギターシンセのホーン系統の音色で、
ユニゾンで、6本を重ねるが、実際には、もっとハモリになるはず。

ピアノにしても、ホーンの音にしても、歌やギターのハモリ以上に、
自分では音程が取れないから、バンドスコアどおりに演奏するが、
たいてい、鍵盤は、左手が省略されていて、ホーンセクションでも、
トップの音くらいしか採譜されないから、かなり貧弱な音になる。

夏男、角松敏生のインストアルバム「シー・イズ・ア・レディ」から、
「西日の強い海辺のハイウェイ」のイメージと、本人が言っている、
「ミッドサマー・ドライビング」を、バンドスコアに頼りきった演奏で、
最後だけ、30秒伸ばして、好き勝手にギターを弾きまくってます。
 





バッキングだけのギターでも侮れない、スクェア「ハンクとクリフ」
高校卒業の79年3月から通い始めた、渋谷河合楽器の、
ジャズギター教室は、レッスンが、土曜の午後だったので、
就職後も、土曜は半ドンで、何の予定もないから、続けて、
先生が教室をやめてしまうまで、8年間、みっちり教わる。

先生は、歌手の伴奏で、テレビに出たり、地方へ行くので、
レッスンを日曜に変更することが、何度かあって、ある時、
「ピアノ教室で、バンド練習するらしいから、行ってこい。」と、
日曜にレッスンしていた、ピアノ教室の合奏に加わることに。

ピアノの先生は、クラシックだけでなく、ポピュラーも教えて、
発表会は、ソロ演奏に加え、歌とピアノ、フルートにピアノと
合奏をさせていたので、ベース、ドラム教室の生徒も参加し、
ギター教室からも、1人寄こして欲しいと、話が進んだらしい。

翌月の発表会で、「イパネマの娘」の1曲だけに参加したが、
バンド形式の演奏は、今までになかったから、珍しさもあり、
評判が良かったそうで、次回の発表会でも声をかけてもらい、
エレクトーンの伴奏や、歌の伴奏まで、バンド形式で加わる。

ちなみに、エレクトーンというのは、ヤマハの製品名なので、
河合楽器では、ドリマトーンとか、電子オルガンと呼んだが、
生徒らは、ヤマハ出版のエレクトーンの楽譜も使っていて、
フュージョンブームもあってか、スクェアを弾く人が多かった。

ギター教室では、ジャズのアドリブ、それも早弾きばかりに、
目が行っていた自分が、ピアノ教室の伴奏を務めるからと、
かなり真剣にバッキングに取り組み、コードを鳴らすだけで、
つまらないと思っていたのは、とんだ思い違いだと気づいた。

80年前後のAORでは、一流のスタジオ・ミュージシャンに、
フュ-ジョン系奏者がバックを務めて、TOTOの活躍もあって、
16ビートのカッティングが格好良くて、自分も練習してみたし、
ニューミュージック界でも、松原正樹、今剛らが、売れっ子に。

ユーミンの「パール・ピアス」や、山下達郎の「スパークル」は、
イントロのギターのカッティングが、すごく印象に残る曲だし、
「スパークル」は、そのコードのカッティングに、呼応するよう、
単音リフが加わってきて、ツインギターが、とにかく格好良い。

ザ・スクェアの「ハンクとクリフ」は、その2本のリズムギターを、
まんまパクったような伴奏で、もともとは、レイ・パーカー・Jr、
ボズ・スキャッグスあたりで、よく聴かれるパターンなのだが、
16ビートの裏で、くって入るカッティングが、自分には難しい。

ピアノ教室発表会で、エレクトーンを伴奏し、この曲を弾くが、
ギターは自分ひとりなので、コードカッティング、リフの2本を、
要所要所で使い分けるも、カッティングが、やたらとずれては、
ベース、ドラムから指摘されて、冷や汗もので、本番を終えた。

カシオペアとかのテクニックを全面に出す、リズム隊に比べて、
一見、簡単そうなスクェアも、ノリ、グルーブ感が出せないうえ、
小技もあり、一筋縄ではいかないが、ベース、ドラムの生徒は、
実に見事に演奏し、ギター教室で天狗になっていたのを反省。

のちに、カシオペアやスクェアのリズム隊が、交代した時にも、
スクールの連中の方が、ずっと上手かった、どんなきっかけで、
抜擢されたり、プロになれるのだろうと思い、今もよく言われる、
「夢をあきらめず、続けること。」だけでは、絶対に無理だろうに。

今回、演奏すると、昔から苦手な、ギターのバッキングに加え、
チョッパー・ベースが、とにかく難しくて、裏のリズムだけでなく、
サビで、単に8分音符で、オクターブのチョッパーをすることが、
走ったり、もたったり、安定しなくて、またもリズム音痴を痛感。

本来は、もう少し、ノリを出しながら、チョッパーを弾くべきだが、
あまりにずれてしまうので、なるべく機械的にリズムを取るが、
それでも、ずれてきて、次の小節の頭で、つじつま合わせたり、
ずれない部分は、ビートを感じない、淡々とした演奏になった。

それでも、ピアノ教室の発表会では、完コピが果たせなかった、
左右のギターのバッキングの、コンビネーションが再現できて、
自分で弾きながら、ちょっとは良い気分になるが、調子づくと、
これまた、リズムがずれてしまって、こちらも何度もやり直した。

そもそも、バスドラムが、前の小節から、16分音符でくうところ、
ドラムマシンをリアルタイム入力にしたから、8分音符になって、
あとで入力画面を出して、ほぼ全小節を修正入力する始末で、
ドラムマシンでも、リズム練習しなければと、先が思いやられる。

「ハンクとクリフ」の題名は、ユーミンの命名で、二匹の犬の名と、
ライブの曲目紹介では言っていたと、ファンのブログで読んだが、
カントリー歌手、ハンク・ウィリアムスや、イギリスのロック歌手、
クリフ・リチャードかと、ずっと自分は思っていて、これも勘違い。

スクェアの「うち水にRainbow」から、ピアノのメロディがメインで、
ギターの安藤の作曲なのに、和泉の持ち歌かと思える名曲で、
天気予報からニュースのBGMと、お茶の間にまで流れていた、
「ハンクとクリフ」は、ギターを含めたリズム隊が、難しい曲です。





売れ線狙いなのか、PVまで作った、スクェア「君はハリケーン」
昨年来、何かにつけ、ビートルズの演奏をアップしていて、
その際に、YouTubeは欠かせない存在で、本人の演奏に、
プロ・アマ、国内外を問わず、限りない数のカバー演奏や、
ハモリの解説、ギターの解説と、すごく参考になっている。

それは、フュージョンやクラシックギター演奏でも同様で、
スクェアとなると、お茶の間に浸透した人気バンドだから、
ライブ映像では、サックスの歴代メンバーのものがズラリ、
変遷が分かるし、コピーバンドのライブとか宅録も数多い。

ビデオクリップ集なのか、ハワイでロケした映像もあって、
スタジオライブに、野外でのギターデュオと、凝っていて、
プロモーションビデオも作っていたのか、いろいろ見ると、
「君はハリケーン」のPVがあり、これは完全に売れ線狙い。

この曲は、ユーミンがアドバイザーとして、全面協力した、
「うち水にRainbow」に収録されて、ライブでも定番曲だが、
たしか、シングルカットはされなかったはずで、いつ頃に、
アイドル路線とも思える、映像を作っていたのかと驚いた。

ミュージックビデオ、プロモーションビデオの類を見たのは、
古くはビートルズの映像で、フィルム上映会が主だったが、
80年代になり、「ベストヒットUSA」といったテレビ番組で、
お茶の間にも流れるようになり、やがてMTV全盛期となる。

今では、歌謡曲、演歌まで、新曲のたびにPVが作られて、
CDにDVDがセットになっているが、80年代の段階では、
どれくらい作られたのだろうか、それも、アイドル歌手とか、
ヒット曲を出すニューミュージックの歌手、バンドくらいか。

「ザ・ベストテン」や、「夜のヒットスタジオ」などの歌番組は、
スタジオや中継で歌っても、PVを流すことはなかったから、
衛星放送やケーブルTVの、専門チャンネルがない時代に、
何を対象に、スクェアまでが、ビデオを作ったのか不思議。

PVだからライブ演奏でなく、口パクならぬ、当て振りなのは、
仕方ないとしても、カメラ目線で、ニコニコしてるのは驚きで、
手持ちの楽譜も、表紙や本文中の写真では、果物だったり、
小物を持って、メンバーがポーズをきめて、それらしい感じ。

ドラムの長谷部が、ジャニーズ出身だったからでもないが、
女性ファンを取り込もうという販売戦略が、あったかと思うし、
実際に、ライブではOLが多かったし、スクェアに次ぐ人気の、
カシオペアまで、少年隊のような衣装で、テレビに出ていた。

「君はハリケーン」は、ギターでリーダーの安藤の作曲だが、
タイトルはユーミンがつけたから、すごくキャッチーな題名で、
ユーミン自身、数年後に「さよならハリケーン」なる曲を出し、
歌詞に「あなたはハリケーン」とあるのが、興味深いところ。

この曲は、CDやVHSで出た「スクェア・ライブ」にも収録され、
今回、その映像をYouTubeで見て、田中がベースではなくて、
シンセベースを弾いているのを知って、これじゃ、曲調といい、
PVの振り付けといい、まんまYMOじゃないかと、思えてくる。

そう思うと、伴奏ギターが、ジャズのテンションコードだったり、
最後に、ロック系の歪んだギターが、延々とアドリブするのが、
YMOのライブに参加した、渡辺香津美のスタイルに似ていて、
安藤はジャズ研だから、アプローチが近いかと勝手に納得。

そのギターのアドリブソロは、16分音符で弾きまくっているが、
教則本に出てくるような、規則的な配列になっていないので、
手癖でベンベラっと弾いたのかと思ったが、ほとんどLPのと、
同じフレーズをライブでも弾いていて、自分で完コピしたのか。

当時、ギター雑誌で、安藤だったか、別のギタリストだったか、
一見(一聴)アドリブのようなソロが、実は考え抜いたもので、
規則的なフレーズが、アドリブだったりする、みたいに語って、
どちらにしても、安藤はライブで、LPの通りに弾くことが多い。

フュージョンがブームになり出した83年、売れ線を狙ったか、
PVまで作られた「君はハリケーン」は、リリコンがメロディで、
ロックギターのアドリブがからむという、その後のスタイルが、
確立してきた曲で、なかなか音の厚みが、再現できません。





伊東のサックスが歌い上げる、和泉の佳曲「フロム・03・トゥ・06」
スクェアは、78年のデビュー以来、安藤と伊東を除いて、
ほぼアルバムごとに、誰かしら、メンバーチェンジしたが、
81年にベースの田中が、翌82年にキーボードの和泉と、
ドラムの長谷部が加入し、不動の黄金期メンバーとなる。

何より、作曲・編曲もこなす、和泉宏隆が加入したことは、
エポックメイキングとも呼べる程で、その後のスクエアの、
音楽性、方向性を決定づけたと思うし、加入直後のLPで、
伊東との共作だが、すでに作曲して、ストリングスも編曲。

参加しての2作目となる、83年「うち水にRainbow」では、
初の単独曲となる、「From 03 To 06 (Receivers)」で、
本当に見事なメロディを披露、それを、伊東のサックスが
このうえないくらい、美しく歌い上げ、極上の作品となる。

このサウンドは、他のフュージョンバンドに影響を与えて、
海外のメゾフォルテは、ほとんど同じ曲かと思えるくらい、
似たようなメロディ、雰囲気の曲があるが、スクエア自身、
数多くのフュージョンバンドのエッセンスを、昇華している。

「うち水にRainbow」は、ユーミンがアドバイザーの役割で、
全曲のタイトルもつけていて、この曲の「From 03 ~」も、
ユーミンの命名だが、いったい何のことだろうと思ったら、
スクェアのファンのブログに、市外局番との情報があった。

曲名の中に、レシーバー、受話器とあるのも、それらしくて、
東京と大阪の局番というのは、遠距離恋愛を連想させるし、
2年後に、ユーミンが、「シンデレラ・エクスプレス」で歌う、
恋人達の情景を、このメロディから、感じとったのだろうか。

電話というと、やはりユーミンが、「少しだけ片思い」の中で、
「真夜中の電話は、世間話ばかり」と、歌詞に歌っているし、
「破れた恋の繕い方教えます」では、プッシュホン呼出音を、
効果的に使ったり、「午前4時の電話」のタイトルの曲もある。

ユーミンは、このアルバム用にと、楽曲を1曲提供したうえに、
アルバム解説も書くほどで、それでも、曲のアレンジまでは、
関与していないと思うが、それまでのスクェアの作品と比べ、
すごく洗練された印象で、全体の雰囲気まで作り出した感じ。

さらに、楽器や機材のテクノロジーの進化も、この頃、著しく、
特に鍵盤楽器、ヤマハのDX7などのシンセサイザーの発展、
MIDI機器やサンプラーの登場で、目に見えて、音が変わり、
和泉の加入とあいまって、スクェアの音も一気に変化した。

あまり、ギターは活躍しない曲だが、イントロなどでも聴ける、
カントリー・ギター奏法を思わす、伸びやかな音が実に見事で、
ジャズのテンションコードを使った、サビでのカッティングには、
安藤がジャズ研出身というもの、頷づける、面目躍如の出来。

そのイントロのギターは、スコアでは、2本のギターとあるが、
チェット・アトキンスのように、1弦・3弦をつまむように弾くと、
ずっと思っていたし、口ずさむくらいに覚えていたメロディも、
楽譜と違っていて、どうも音感がないし、勘違いも多いようだ。

ビートルズの曲で、ジョンとポールのハモリを混ぜこぜにして、
覚えていたのと同様、この曲でも、ツインギターのメロディだの、
ピアノの伴奏に、バックのストリングスが、ごっちゃに聴こえて、
間違えて覚えたようだが、楽譜どおりに弾くと、すごい違和感。

YouTubeにある、スクエアのコピーバンドも、スコアに忠実に、
演奏しているようだが、どうも、なじめなず、覚えていたとおり、
弾くことにして、このあたり、音感があれば、何も迷うことなくて、
そのまま弾くだけの話で、音痴の自分だと、何かとハンデに。

スクェアの黄金期を支えた、キーボードの和泉の初期の作曲、
「From 03 To 06 (Receivers)」は、伊東のサックスが見事、
ギターシンセでは、なかなか再現できず、和泉のピアノソロも、
同様だが、雰囲気だけでも出せたらと、丁寧に弾いています。








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