僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
今剛の代表曲でパラシュートや松原正樹のライブでも定番の「アガサ」
中学時代、ビートルズばかり聴いていた自分は、高校になり、
ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンを弾く同級生たちに、
圧倒されて、ギターが上手くなりたいと、まずジェフ・ベックの、
レコードと楽譜を買って、さらに、あれこれとレコードを探す。

そのうえ、それまで歌謡曲やアイドルには興味なかったのに、
岩崎宏美のファンになり、テレビの歌番組にかじりついたり、
デパートの屋上のサイン会へ行ったり、少ない小遣いの中で、
ギタリストと別に、岩崎宏美のLPを買い集めることになる。

セカンドアルバム「ファンタジー」は、糸居五郎のDJに乗せ、
ノンストップで曲をかけていくような構成で、曲もそれらしくて、
16ビートの曲が多いうえ、ギターのカッティングも格好良くて、
矢島賢と水谷公生とが、左右で絡むバッキングは見事だった。

バリー・ホワイトの「愛のテーマ」で、デビッド・T・ウォーカー、
ワーワー・ワトソンがやったような感じだし、ジェフ・ベックが、
「ギター殺人者の凱旋」の中の「分かってくれるかい」などで、
決めているカッティングにも似て、歌謡曲もすごいと思った。

たまたまつけていたラジオ番組に、キャンディーズが出演して、
バンドのギターに16歳の子が入ったなんて、話をしていて、
何だ、自分と同学年じゃないか、それなら、自分もがんばれば、
岩崎宏美のバックバンドに入れるかもと、勝手に夢を描いた。

そのギタリストは、MMPの解散後にスペクトラムを結成する、
西慎嗣だったか、伯母の知り合いの踊りのお師匠さんの孫も、
自分と同い年だが、キャンディーズのバックバンドに入ったら、
ファンができて、大量にプレゼントをもらってくると、父が言う。

そんな話を聞くと、アイドルのバックバンドだと、アイドルとも、
知り合いになれるうえに、自分にもファンがついてくるんだと、
いいことばかりに思えて、岩崎宏美の曲集まで手に入れると、
伴奏の練習を始めるが、分数コードやテンションコードが多い。

フォークギターコード大全集には、載ってないようなコードで、
同級生に見せると、ジャズを覚えないとダメなんじゃないかと、
言われて、当時の明星や平凡の付録の歌本を見ても、そうした、
難しいコードが、かなり歌謡曲には使われているのだと知った。

その後、岩崎宏美からピンクレディ、さらには松田聖子へと、
高校から大学にかけ、自分の好きなアイドル歌手は変わるが、
ピンクレディのバックバンドは、稲垣次郎とソウル・メディアで、
ジャズ出身のうえに、チャック・レイニーと共演までしている。

高校を卒業した79年3月、渋谷河合楽器のジャズギター教室へ、
通い始めて、プロになりたいからと、スケール練習の基礎から、
テンションコードを含めた音楽理論、読譜の初見を鍛えられるが、
その頃は、もうアイドル歌手のバックバンドの夢から覚めていた。

ただ、アイドルから卒業したわけでなく、松田聖子が気に入って、
アルバムを買うと、松原正樹が大半の曲でリードギターを弾いて、
ヒットしたシングルに便乗して、急いでアルバムを作ったせいか、
歌よりも演奏が充実して、AORとかフュージョンのようだった。

松原正樹と一緒にギターで参加していたのは、今剛で、その前年、
2人はパラシュートを結成して、80年4月に最初のLPが出て、
すでにソロアルバムを2枚出していた松原と違って、今剛の場合、
自分にとって、やっと、その演奏がじっくりと聴けたという感じ。

その今剛のソロアルバムも発売となり、とびつくように買ったが、
LA録音というわりには、ベースはパラシュートのマイク・ダン、
ドラムはチャーのバックのロバート・ブリルに、パーカッションが、
林立夫という具合で、現地ミュージシャンは、キーボードくらい。

パラシュート・プレゼンツ・今剛とでもいう、全面バックアップで、
今剛の特徴である伸びやかなロングトーンと、フレットボードを、
上から下まで行き来するフレーズが、惜しげもなく演奏されるが、
自分的には、もっと早弾きとかしないのか、やや物足りなかった。

それでも、代表曲となる「アガサ」は、メロディも格好良いうえに、
聴くと弾くとでは大違いというくらい、伸びやかに歌うフレーズが、
けっこう運指やフレット移動が難しくて、挑戦しがいのある曲だし、
「トーツキー・ヘブン」も、気持ちよいくらいのロングトーンの曲。

次のアルバムを期待したが、なかなか出ず、今になりわかるが、
セカンドアルバムが出るのは、29年後の2009年になってから、
パラシュートでも、自分の好きなインスト曲や弾きまくりは少なく、
逆に、ニューミュージックのバックでの名演が、次々と飛び出した。

だいたい、松原と今のツインギターで、スタジオに呼ばれるうえに、
双子とまではいかないが、同じような演奏スタイルをしているので、
どちらがリードギターか判別しにくい曲もあって、それでも松原は、
甘い音色にビブラートが特徴的で、今はエッジのきいた音色が多い。

あえて差別化をはかっているのか、互いの好みの音色があるのか、
不明なのだが、今剛の代表曲と呼べる「アガサ」を、パラシュート、
松原正樹のライブで演奏する際、ほとんど完コピでバッキングする、
松原でさえ、その音色は、今剛のレコードでの演奏と明らかに違う。

ライブにつきもののハプニング、今がギターの弦を切ってしまって、
アームをフローティングにしていたせいか、チューニングも狂って、
苦労していると、とっさに松原がリードを弾き始め、その間に今が、
スペアに持ち替えるという、息の合った場面がYouTubeにある。

その際、バッキングからリードへ切り替えたから、ギターの音色は、
異なっていて当然だが、フレーズのニュアンスもだいぶ違っていて、
松原が作曲し、2人がリードをとるパラシュートの「ハーキュリー」も、
アドリブフレーズの癖や音色が違っていて、それぞれの個性だろう。

スティーブ・ルカサーやジェイ・グレイドンが弾く、半音チョーキング、
一音半チョーキングと、スライドを交えて、アクセントをずらしていく、
当時の最先端のフレーズは、松原も今剛も、うまく取り入れているが、
これまた、ビブラートのかけ方と、音色、エフェクターが微妙に違う。

このあたりは、自分の感覚的な部分で、もっといろいろな演奏を聴き、
2人のギターや機材も調べないといけないが、335はお揃いだったし、
シェクターが出した、ハンパッキング搭載のストラトやテレキャスを、
海外のミュージシャンが使い出すと、2人揃って持ち替えていた気も。

今剛の「アガサ」はソロアルバムの曲ながら、パラシュートで出した、
インスト曲のベスト盤「カラーズ」に収録されて、「ハーキュリー」と、
「アガサ」の楽譜がおまけについてきて、以前それを参考に弾くが、
ぷりんと楽譜でバンドスコアを見つけ、ピアノ、ドラムからやり直す。

バンドスコアどおりにピアノのコードを弾いたら、えっと思うような、
和音が使ってあり、例えば、ギターのフレーズを追っかけるように、
A7のアルペジオ的に右手が弾く一方で、左手のコードはE♭7で、
どちらかの臨時記号がミスプリントかと、楽譜を目を凝らして見る。
 
結局は代理コードなのだろうと、自分で結論づけたのだが、これは、
ニューミュージックどころか、歌謡曲でも、けっこう出てくる話で、
テンションコードを知らなくてはと、ジャズギター教室へ通ったが、
編曲をしようと思ったら、かなりの理論を学ばないと無理だと実感。

メロディーは単純なようでいて、今剛のようなニュアンスを出すのは、
かなり難しくて、最初の8分音符のスタッカートをきかせた部分から、
音の切り方が似なかったり、続く16分音符の裏から入るフレーズは、
走りかけたり、音を伸ばさず、休符を尊重するとか、本当に難しい。

スライドとハンマリング、プリングを組み合わせて、流れるように、
サビの部分を歌い上げるのも、バンドスコアのTABはどうも違い、
YouTubeで本人のポジショニングを確認しても、あまりよく分からず、
とりあえず、それっぽく弾いたが、独特のニュアンスは出せずじまい。

今剛の代表曲と呼べる「アガサ」は、パラシュートのレパートリー、
さらに、松原正樹のライブでも、今剛が参加すれば、必ず演奏する、
定番なので、いくつものライブバージョンがありますが、例によって、
最初に聴いたのが好きな自分は、完コピを目指しつつ、限界です。





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松原正樹が盟友の今剛と奏でる名曲、パラシュート「ハーキュリー」
今日言うところのフュージョンミュージックが、まだジャズロック、
クロスオーバーと呼ばれていた70年代、そのルーツは古くは、
60年代まで遡ることになって、自分は、リアルタイムではないし、
雑誌やら、ものの本の知識で、その歴史もかじったに過ぎない。

だが、この手の音楽の日本でのブームとなると、76~77年で、
がぜんリアルタイムだし、日本人による演奏、アルバムの発売も、
その頃から盛んになったので、日本のクロスオーバーに関して、
その誕生から、一大ブームを、目の当たりにできた世代だと思う。

自分の場合は、ギターを弾く事から、特にギタリストに注目だが、
深町純のLPに、大村憲司が自作の「バンブーボング」を提供し、
いかにもクロスオーバーのスタイルで弾きまくったり、高中正義も、
ミカバンドの黒船組曲で、早い段階から、インスト曲を演奏した。

細野晴臣が中心となったティンパンアレイは、後藤次利を起用し、
「チョッパーズブギー」が演奏されたり、森園勝敏は四人囃子で、
まさにフュージョンと呼べるインスト「レディ・バイオレッタ」を演奏、
17歳でデビューした渡辺香津美も、歪ませたギターを弾いた。

これらは、大半がロックサイドからで、75年のジェフベックによる、
ギターインストが刺激になった気もして、和田アキラのプリズム、
野呂一生のカシオペアは、間違いなく、その影響下にあったろうし、
かくいう自分も、ベックから、ギターインストの世界に入っていく。

ただ、ベックは、クロスオーバーよりは、ロックだと思っていたから、
いわゆるクロスオーバーギタリストとして、自分が聴き始めたのは、
渡辺貞夫が77年にアルバムを作り、バックとしても日本へ呼んだ、
リー・リトナーで、ここから、日本のクロスオーバーブームも始まった。

偶然というか、同じ頃、ラリー・カールトンは五輪真弓バックで来日、
雑誌のヤングギターは、2人を特集し、ギターキッズに火をつけて、
そのブームもあって、ロック畑と共演したアルバムを出したばかりの、
渡辺香津美を中心に、森園、大村に山岸潤史の4人が競演する。

深町純のアルバムで、早い段階でクロスオーバーギターを演奏した、
大村憲司は、フォークグループ赤い鳥の出身で、その実力をかわれ、
スタジオワークもこなしたが、同じくハイファイセットのバックバンドの、
松原正樹も、クロスオーバーギタリストとして、ソロデビューを果たす。

リトナーと同じギブソン335を抱えた写真が、ヤングギターに載って、
「ジャズとは指の運動に過ぎない」と語ったという逸話も紹介されて、
普通なら、「なんだ、こいつは」と思うところ、ヤマハのネム音楽院を、
出ているとの情報もあり、ジャズをマスターしての台詞なのかと感心。

ロックバンド、バウワウのリーダー山本恭司が、ネム音楽院の出身で、
ジャズっぽいフレーズを決めていて、さすがはネムだ、ジャズギターも、
身につけられるんだと、バークリー音楽院を知らない頃、ネムに行き、
理論も教わるのが夢だったので、松原正樹も、すごい人だろうと思う。

「流宇夢サンド」は、まさにリトナーのような、コンプ、フェイザーの音で、
それでも、独自の特徴的なフレーズが多く、ギタープレイヤーだったか、
「このところ、弾きにくいフレーズをやってばかりいて」などと語っていて、
確かに、異弦同フレットや弦とびフレーズが多くて、コピーしづらかった。

その同じ記事だったか、別だったか、「最近、スタジオでコンと一緒に、
なることが多くて」と、新人のスタジオミュージシャンについて語って、
いいなあ、自分もスタジオミュージシャンになって、こんな風に松原に、
認めたもらえたらなあと思ったし、それにしても、コンって誰だと思った。

それが今剛だとわかるのは、2人がパラシュートを結成したときだが、
その前に、ニューミュージックで起用され、ギターソロの名演が多くて
クレジットから名前を知ったか、記憶があいまいだが、ソロアルバムは、
パラシュートが結成されてから、満を持して出たようにと覚えている。

パラシュートは、松原、今のツインギターに、斉藤ノブのパーカッション、
林立夫のドラム、マイク・ダンのベース、安藤芳彦、小林和泉のピアノと、
スタジオミュージシャンにより結成されたが、ボズのバックから誕生した、
TOTOを意識したのか、さらにその成功で、レコードも出せたのか微妙。

松原正樹のギター中心のソロアルバムの延長に、自分は考えていて、
インストが少ないのに、がっかりして、ラジオのエアチェックだけですませ、
後にキーボードが井上鑑になっても、歌モノが相変わらず多かったから、
アルバムは、インストのベスト盤「カラーズ」でようやく買ったというところ。

そのベスト盤には、「ハーキュリー」と、今のソロアルバムの「アガサ」の、
2段書きのスコアがおまけについていて、これは、すごくありがたくって、
ベック「ギター殺人者」も、2曲のギタースコアが掲載されていたのもあり、
インストアルバムは、こうでなくっちゃいけないと、それだけで喜んでいた。

その「ハーキュリー」は、今剛の間奏、松原のエンディングソロが難しくて、
土曜日の午後を使い、ずっと練習し、録音していたが、とうとう時間切れ、
メロディやバッキングも、2人の音色とはかけ離れ、レベルが低いですが、
松原正樹の名曲中の名曲を弾きたくて、「ハーキュリー」をアップしました。





スクェアがカバーした唯一のビートルズナンバー「ハロー・グッドバイ」
自分にとり、日本を代表する三大フュージョンバンドなのが
プリズム、カシオペア、スクェアで、一番気に入っているのが、
早弾きの和田アキラ率いるプリズムなのだが、世間一般には、
有名でなく、お茶の間にまで浸透したのは、断トツでスクェア。

スクェアと言えば、F1のテーマと言うくらい、全国区のバンド、
そのテーマ曲である「トゥルース」は、バンド名を知らなくても、
誰もが一度は耳にしているはずで、87年の同名アルバムは、
必ず名盤に挙げられ、その当時のメンバーが黄金期とされる。

スクェアは、リーダーでギターの安藤まさひろと、サックスの、
伊東たけしの2人をメインにして、メンバーチェンジを繰り返し、
「トゥルース」で、ある意味頂点を迎えたとされるが、自分には、
そうした路線へとシフトした83年前後こそ、黄金期だと思える。

中学時代、ビートルズばかり聴いていた自分が、高校に入り、
ジェフ・ベックのファンになると、折りしもフュージョンブームが、
沸き起こってきて、リトナー、カールトンは来日するし、国内も、
プリズムがデビューし、カシオペアもコンテストで実力を発揮。

スクェアは、結成は76年らしいが、レコードデビューは78年、
フュージョンブームにあやかり、学生バンドまでデビューかと、
自分は高校生なのに小馬鹿にしていて、ラジオのライブでも、
あまりギターは弾きまくらないので、サックスのバンドとスルー。

80年、ヤングギターに載った、「トゥモロー」の楽譜を見た時、
16分どころか64分音符の早弾きだらけ、ギターもセミアコを、
レスポールに持ち替えていて、TOTOのスティーブ・ルカサー、
ジェイ・グレイドンのようなフレーズを弾きまくり、すごく見直す。

その後、廉価盤になった、「トゥモロー」収録の「ロックーン」や、
ベスト盤を買ったりし、ユーミンがアドバイザーとして関わった、
「うち水にRainbow」が名曲だらけ、さらにTVのCMで流れた、
「トラベラーズ」を含む「アドベンチャー」で、一気にファンになる。

スクェアは、作編曲もこなす、キーボードの和泉宏隆の加入が、
何よりエポック・メイキングで、同時期に入れ替わったリズム隊、
田中豊雪、長谷部徹も素晴らしく、このメンバーのアルバムを、
とにかく聴きまくったので、自分にとっての黄金期ラインアップ。

「うち水にRainbow」は、曲名を全部ユーミンにつけてもらったり、
コンセプト・アルバムのようにしていて、何よりビートルズの曲、
「ハロー・グッドバイ」をカバーして、アルバムの冒頭だけでなく、
最後にも、「リプライズ」として、再度演奏しているのが興味深い。

これは、世界初のコンセプト・アルバムとされる、ビートルズの、
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が、
タイトル曲で始まり、リプライズからアンコールナンバー扱いの、
「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」に続くのを、明らかに意識していそう。

ここまでやるなら、ビートルズファンの自分からすると、いっそ、
「ハロー・グッドバイ(リプライズ)」は、テンポや編曲を変更して、
最後にもう1曲、スクェアのオリジナル曲でもよいから演奏して、
しめくくってほしいが、そこまで似せるほど、こだわりはないのか。

それにしても、スクェアでは、その後も含めて、唯一となるだろう、
ビートルズのカバー演奏であり、どういう基準で、この曲なのか、
ジョン派の自分にとり、またも、ポールの曲かよ、という気分だし、
そもそも、なぜビートルズなのかと、あれこれ想像するが、不明。

ビートルズの曲は、ポップスの歌手が、数多くカバーしているし、
ポール・モーリア楽団などの、イージー・リスニングでも同様だが、
ジャズギタリストのウエス・モンゴメリーも、イージー・リスニング、
売れ線狙いのA&M作品で、本人の意思かどうか、カバーした。

A&Mに移籍した第1弾のLPが、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」で、
タイトル曲もアルバム冒頭、ジョン派の自分は、溜飲が下がるが、
この曲が録音されたのが、67年6月、何と、本家ビートルズの、
ペパーズが発売されたのと同じ月に、すでにカバーされていた。

カバー曲は、原曲がヒットしたら、ほとぼりが冷めるのを待って、
リバイバルヒットを狙って出すと、昔、勝手に思い込んでいたが、
競作のごとく、すぐに出すことも多かったようで、歌謡曲なんかも、
洋楽のヒット曲に、すぐに日本語の歌詞をつけて、歌わせていた。

やはり、ペパーズの発売直後、当時、デビューしたばかりだった、
ジミ・ヘンドリックスが、ライブで「サージェント・ペパーズ」を演奏、
客席にいたポールが狂喜したという、逸話があって、返礼なのか、
今もポールはライブで、ジミの「フォクシーレディ」を演奏するとか。

フュージョン・ギタリストが、ビートルズの曲を揃ってカバーしたと、
一部のファンには話題となった、83年の「カム・トゥゲザー」では、
アラン・ホールズワースが、「ミッシェル」をメロディを崩したうえに、
テンポも急に変えたりと、かなり独自の解釈で、名演を披露した。

ビートルズの曲の不思議なところは、単に編曲を変えるだけでなく、
テンポを変えたり、メロディをいじっても、しっかりと、ビートルズと、
わかるメロディラインを持っていて、完コピにこだわる自分でさえ、
下手くそは論外だが、こんな演奏もありかなと、楽しむことが多い。

スクェアの「ハロー・グッドバイ」のカバーは、ホールズワースほど、
崩してはいないが、メロディは、ギターをハモらせ、はねてみたり、
サビの部分では、「ハロー、グッバイ~」と繰り返すメロディでなく、
原曲のギターのフレーズのみで、それなりに、ひねっている編曲。

ビートルズの場合、何気に変拍子の部分があったり、小節数も、
8とか12でないことが多く、この曲も、4分の2拍子が出てくるが、
あまり違和感なく進むところ、スクェアの編曲は、4分の2拍子が、
すごい変拍子に感じて、このあたりは、単なる慣れなのだろうか。

曲のテンポは、ビートルズが、1拍98のところ、150と早くなって、
YouTubeのライブ映像では、さらに170のアップテンポ、自分は、
チョッパーベースや、ギターのアドリブ後半が、150のテンポでも、
ついていけないくらいで、やはり、黄金期メンバーは只者でない。

レコードは、曲全体を通し、エレピとストリングスの混ざった音で、
打ち込みのアルペジオが、左右のチャンネルを行ったり来たりし、
MTRに、テンポに合わせ、自動で左右にパンする機能があるが、
うまくいかないので、1小節ごと交互に弾き、別のトラックに録音。

イントロのギターと合わせてコードを弾く部分は、スコアの指定は、
ピアノとストリングスの2段で、コードの構成音は若干違っていて、
ライブ映像でも、2台のシンセを両手で弾き、同期させてないから、
ギターシンセで、それぞれの音色を選び、別々のトラックに録音。

ただ、それだけだと、レコードに比べて、すごく音がスカスカになり、
本物は、ディレイを何台もつなげたか、ピアノ、ストリングス以外に、
エレピやシンセブラスも聴こえるようで、それはシンセ同期なのか、
とりあえず、音を厚くしてしまえと、さらに別トラックにギターシンセ。

自分の本職(?)のギターは、メロディは、生音にコンプ程度で良く、
アドリブは、歪ませれば良いと、あまり音色には、気を使ってなくて、
スクェアも、ライブで、ギター、リリコン、キーボードは、フレーズが、
完コピでも、平気で音色を変えるから、自分も開き直って手抜きに。

日本を代表するフュージョンバンド、スクェアの黄金期のメンバー、
自分の一番好きな時期のアルバム、83年の「うち水にRainbow」で、
これまた、自分の一番好きなバンド、ビートルズをカバーした曲の、
「ハロー・グッドバイ」を、やや完コピというか、何とか弾きました。





真夏のフュージョン、夏男・角松敏生の「ミッドサマー・ドライビング」
自分にとって、夏の代名詞の歌と言ったら、山下達郎だが、
その達郎のフォロワーと呼ぶのは、失礼になるのだろうか、
角松敏生も、夏全開の曲を数多く作り、ほぼ同年代となる、
杉山清貴や、少し後発のチューブと共に、よく聴いていた。

角松の曲を聴いたのは、82年の5月で、その春に就職して、
地方へ配属されていた先輩が、連休で東京に戻ったからと、
楽器屋やレコード屋を回るのに、つきあった際、渋谷西武の、
ディスクポートで、2枚目のLPが流れてきて、すぐ気に入る。

ヤングギターにも、インタビューが載っていて、売り出し中の、
フュージョン・ギタリストのカルロス・リオスを、起用したことで、
2人の対談記事になっていて、カルロスは、トム・スコットとか、
ジノ・バネリのバックで、見事なギターを披露していた注目株。

すぐに、友&愛で1・2枚目をレンタルすると、曲自体も良いし、
16ビートのごきげんな曲からバラードと、ギターを抜きにして、
角松の音楽が気に入り、録音したテープは、擦り切れるほど、
結局、2枚ともLPを買い、その後も、毎年新作を買い続けた。

おそらく角松本人は、セルフプロデュースとなる3枚目からが、
やりたい音楽に近づけたのであり、デビューから1・2枚目は、
やらされた感があるのかもしれず、当時、AOR好きの友人も、
3枚目を絶賛していて、1枚目が特に好きな自分とはギャップ。

とにかく最初に聴いた印象が一番という、昔からの自分の癖で、
レンタルした1枚目に針を落とし、「ダンス・シャワー」が始まり、
次々と珠玉の名曲が流れたのに惹かれて、さらに2枚目では、
カルロスのギターソロも格好良いから、その2枚が双璧をなす。

今、聴き返すと、3枚目「オン・ザ・シティ・ショア」も名曲揃いで、
楽曲のバランスなど、世間一般には、こちらに軍配が上がるが、
昔は、バックミュージシャンにこだわったり、ギターソロのほうに、
注目ばかりして、曲そのものよりも、演奏を重視する癖がある。

ジャケ買いならぬ、バックバンド買いと言うのか、特にギターで、
アルバムを探すことが多く、ほとんど知らなかった安部恭弘も、
TOTOのスティーブ・ルカサーの幼馴染で、知る人ぞ知る名手、
マイケル・ランドウが全面参加と知って、そのLPを買ったりした。

フュージョンやAORファンは、皆が、そんな聴き方をしたろうし、
自分は、洋楽よりもニューミュージックの方が、しっくりきたから、
海外のミュージシャンを起用したLPや、パラシュートの面々が、
バックをつとめた歌謡曲を聴いたり、マニアよりミーハーに近い。

自分と比較するのも何だが、同世代、同学年の角松にしたって、
そんな風にして、さらに多くの楽曲と出会って、吸収したと思うし、
マニアックさから言うと、自分とは比べものにならないレベルで、
12インチレコードを、月に100枚以上は買ったと、語っていた。

カルロス・リオスなどという、当時のフュージョンファンでさえも、
そう知らないギタリストを起用するくらい、フュージョンに対して、
造詣の深い角松だったから、自身がDJのFM東京の番組でも、
よくフュージョンをかけてくれて、自分の知らない曲も多かった。

そんなフュージョン好きが高じてか、自らギターを弾きまくって、
全曲インストとなる、「シー・イズ・ア・レディ」を、87年に出して、
これがまた、ものすごい名盤で、いつものバックバンドに加え、
一流のスタジオミュージシャンも参加、とてつもないアルバム。

角松のギターテクニックは、フュージョンのギタリストと比べたら、
当然、彼らのレベルには及ばないが、歌心あふれるソロのうえ、
何より、それぞれの曲のメロディーが、飛びっきり良いのだから、
その辺のフュージョンアルバムより、はるかに出来の良い作品。

リードギターの音は、当時のフュージョンを反映しているようで、
かなり作りこんだ音色で、オーバードライブで歪ませ、コーラス、
ショートディレイで音に広がりを持たせ、ハーモナイザーも使い、
微妙にピッチをずらし、ダブリング効果を出しているような感じ。

よく、ギターマガジンで、カシオペアやプリズムの機材が載ると、
ラックのエフェクターを何段も積み重ね、ディレイだけでも数台、
そこまでやる必要があるのかと思ったし、今、もっと不精になり、
MTRの内蔵エフェクトで、アンプの歪みと、コーラスだけ使った。

メロディは、ところどころハモっているが、スコアには出ていなくて、
自分の音感では、3度なのか5度なのか、さらに上でハモるのか、
下でハモるのかも聴き取れず、とりあえず、サビメロは、下の3度、
メロ後半は、1・3回目がオクターブ下で、2回目は、上3度にする。

フュージョンに限らず、ビートルズにしたって、楽譜に頼りきりで、
ハモリの音を取るのは特に苦手で、ギターを抱え、音を探っても、
不協和音になっていなければ、その音で合っているように錯覚し、
実際と違ったり、ハモリの音にしても、団子の塊のように聴こえる。

リズムギターは、よく聴くと、左右のチャンネルから別々に鳴って、
ツインギターの掛け合いのようで、角松の小技がきいている部分、
当然ながら、楽譜は片方だけなので、音程は取れない自分でも、
リズムくらいはと、ヘッドフォンを片方ずつ聴き、多少コピーした。

ベースは5弦ベースとされ、一番低い音はBなので、5弦がBだが、
自分のは4弦ベースのうえ、、4弦をBに下げると、弦がベロベロ、
B音を使う数小節のみ、別に録音して、D音は、やたらと出るから、
大半の部分は、4弦EをDに下げて演奏して、フレーズを再現した。

基本的に、鍵盤はピアノの伴奏のみだが、プロの使う録音機材と、
自分の、MTR1台だけの宅録とでは、音の広がり方が違うのか、
バッキングがスカスカの音になるので、ストリングスを小さく流して、
原曲とは雰囲気が違っても、多少なりとも、音に厚みをつけておく。

ホーンセクションは、クレジットをみると、トランペット3名、サックス、
トロンボーン、バス・トロンボーンと、6人で演奏しているようだが、
楽譜は単音から三声なので、ギターシンセのホーン系統の音色で、
ユニゾンで、6本を重ねるが、実際には、もっとハモリになるはず。

ピアノにしても、ホーンの音にしても、歌やギターのハモリ以上に、
自分では音程が取れないから、バンドスコアどおりに演奏するが、
たいてい、鍵盤は、左手が省略されていて、ホーンセクションでも、
トップの音くらいしか採譜されないから、かなり貧弱な音になる。

夏男、角松敏生のインストアルバム「シー・イズ・ア・レディ」から、
「西日の強い海辺のハイウェイ」のイメージと、本人が言っている、
「ミッドサマー・ドライビング」を、バンドスコアに頼りきった演奏で、
最後だけ、30秒伸ばして、好き勝手にギターを弾きまくってます。
 





バッキングだけのギターでも侮れない、スクェア「ハンクとクリフ」
高校卒業の79年3月から通い始めた、渋谷河合楽器の、
ジャズギター教室は、レッスンが、土曜の午後だったので、
就職後も、土曜は半ドンで、何の予定もないから、続けて、
先生が教室をやめてしまうまで、8年間、みっちり教わる。

先生は、歌手の伴奏で、テレビに出たり、地方へ行くので、
レッスンを日曜に変更することが、何度かあって、ある時、
「ピアノ教室で、バンド練習するらしいから、行ってこい。」と、
日曜にレッスンしていた、ピアノ教室の合奏に加わることに。

ピアノの先生は、クラシックだけでなく、ポピュラーも教えて、
発表会は、ソロ演奏に加え、歌とピアノ、フルートにピアノと
合奏をさせていたので、ベース、ドラム教室の生徒も参加し、
ギター教室からも、1人寄こして欲しいと、話が進んだらしい。

翌月の発表会で、「イパネマの娘」の1曲だけに参加したが、
バンド形式の演奏は、今までになかったから、珍しさもあり、
評判が良かったそうで、次回の発表会でも声をかけてもらい、
エレクトーンの伴奏や、歌の伴奏まで、バンド形式で加わる。

ちなみに、エレクトーンというのは、ヤマハの製品名なので、
河合楽器では、ドリマトーンとか、電子オルガンと呼んだが、
生徒らは、ヤマハ出版のエレクトーンの楽譜も使っていて、
フュージョンブームもあってか、スクェアを弾く人が多かった。

ギター教室では、ジャズのアドリブ、それも早弾きばかりに、
目が行っていた自分が、ピアノ教室の伴奏を務めるからと、
かなり真剣にバッキングに取り組み、コードを鳴らすだけで、
つまらないと思っていたのは、とんだ思い違いだと気づいた。

80年前後のAORでは、一流のスタジオ・ミュージシャンに、
フュ-ジョン系奏者がバックを務めて、TOTOの活躍もあって、
16ビートのカッティングが格好良くて、自分も練習してみたし、
ニューミュージック界でも、松原正樹、今剛らが、売れっ子に。

ユーミンの「パール・ピアス」や、山下達郎の「スパークル」は、
イントロのギターのカッティングが、すごく印象に残る曲だし、
「スパークル」は、そのコードのカッティングに、呼応するよう、
単音リフが加わってきて、ツインギターが、とにかく格好良い。

ザ・スクェアの「ハンクとクリフ」は、その2本のリズムギターを、
まんまパクったような伴奏で、もともとは、レイ・パーカー・Jr、
ボズ・スキャッグスあたりで、よく聴かれるパターンなのだが、
16ビートの裏で、くって入るカッティングが、自分には難しい。

ピアノ教室発表会で、エレクトーンを伴奏し、この曲を弾くが、
ギターは自分ひとりなので、コードカッティング、リフの2本を、
要所要所で使い分けるも、カッティングが、やたらとずれては、
ベース、ドラムから指摘されて、冷や汗もので、本番を終えた。

カシオペアとかのテクニックを全面に出す、リズム隊に比べて、
一見、簡単そうなスクェアも、ノリ、グルーブ感が出せないうえ、
小技もあり、一筋縄ではいかないが、ベース、ドラムの生徒は、
実に見事に演奏し、ギター教室で天狗になっていたのを反省。

のちに、カシオペアやスクェアのリズム隊が、交代した時にも、
スクールの連中の方が、ずっと上手かった、どんなきっかけで、
抜擢されたり、プロになれるのだろうと思い、今もよく言われる、
「夢をあきらめず、続けること。」だけでは、絶対に無理だろうに。

今回、演奏すると、昔から苦手な、ギターのバッキングに加え、
チョッパー・ベースが、とにかく難しくて、裏のリズムだけでなく、
サビで、単に8分音符で、オクターブのチョッパーをすることが、
走ったり、もたったり、安定しなくて、またもリズム音痴を痛感。

本来は、もう少し、ノリを出しながら、チョッパーを弾くべきだが、
あまりにずれてしまうので、なるべく機械的にリズムを取るが、
それでも、ずれてきて、次の小節の頭で、つじつま合わせたり、
ずれない部分は、ビートを感じない、淡々とした演奏になった。

それでも、ピアノ教室の発表会では、完コピが果たせなかった、
左右のギターのバッキングの、コンビネーションが再現できて、
自分で弾きながら、ちょっとは良い気分になるが、調子づくと、
これまた、リズムがずれてしまって、こちらも何度もやり直した。

そもそも、バスドラムが、前の小節から、16分音符でくうところ、
ドラムマシンをリアルタイム入力にしたから、8分音符になって、
あとで入力画面を出して、ほぼ全小節を修正入力する始末で、
ドラムマシンでも、リズム練習しなければと、先が思いやられる。

「ハンクとクリフ」の題名は、ユーミンの命名で、二匹の犬の名と、
ライブの曲目紹介では言っていたと、ファンのブログで読んだが、
カントリー歌手、ハンク・ウィリアムスや、イギリスのロック歌手、
クリフ・リチャードかと、ずっと自分は思っていて、これも勘違い。

スクェアの「うち水にRainbow」から、ピアノのメロディがメインで、
ギターの安藤の作曲なのに、和泉の持ち歌かと思える名曲で、
天気予報からニュースのBGMと、お茶の間にまで流れていた、
「ハンクとクリフ」は、ギターを含めたリズム隊が、難しい曲です。







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