僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
ゆっくりやろうよとS&Gに励まされる「59番街橋の歌」
今週は、イーグルスの「駆け足の人生」を録音していたが、
何本も重ねてあるギターの再現に、手間取ってばかりいて、
妥協してオケを作り上げたのが、金曜日の夜遅くとなって、
こんな時間での歌入れは、近所迷惑かと、躊躇してしまう。

それでも、どうせ自分は、声量もないのだからと、開き直り、
とりあえず、コーラスと、仮歌程度はやってしまおうとすると、
この曲は昔からギターは練習したが、歌ってなかったから、
メロディも歌詞もうろ覚えという、全然、お話にならない状態。

伴奏にしても、まだまだ手直ししたいから、歌詞カードを見て、
歌うにせよ、もう少し、メロディをきちんと覚えないと駄目だと、
今週はあきらめることにし、そうなると、すぐに何が出来るか、
ソロギターか、弾き語りを、土曜日の夜で、ささっとやれるか。

それで、このところマイブームのサイモン&ガーファンクルで、
何かないかなと、楽譜を見ていたが、昔からやっているのは、
「グレイテストヒット」の曲だし、その中でもライブバージョンは、
弾き語りだから、すぐにできるだろうと、アルバムを聴き返す。

すると、「59番街橋の歌」が、いきなり、「ゆっくりいこうよ」と、
語りかけるような歌い出しで、そうだ、ブログの更新にしても、
演奏にしても、あせることもないよなあと、慰められたようで、
単純に、その曲を、「駆け足の人生」の代りに録音することに。

それでも、何となくやっつけ仕事で、かなりいいかげんな演奏、
しかも、もうブログ記事をきちんと書いているのも無理な状態
「ゆっくりやろう」と言ってもらったものの、週末のうちには、
何とか更新しようと、演奏もブログも、かなり手をぬきました。



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いかにもボズのバックバンドというTOTO「ジョージー・ポーギー」
TOTO・トトの名前を始めて知ったのは、高3の時、78年で、
雑誌「ヤングギター」で、ボズ・スキャッグスのバックの人達が、
バンドを結成してレコードを出したという内容だったが、それは、
囲み記事だったか、LPのレビューだったか、もう記憶が曖昧。

TOTOのメンバーは、正確にはボズのバックバンドというより、
LPのレコーディングに集められた、スタジオミュージシャンで、
あの名曲「ウイ・アー・オール・アローン」を含む、76年の名盤、
「シルク・ディグリーズ」で、キーボード、ベース、ドラムを担当。

ボズの次のアルバム、77年の「ダウン・トゥー・ゼン・レフト」は、
ギターのスティーブ・ルカサーも参加し、「ア・クルー」という曲で、
名演と呼べるギターソロを聴かせて、複雑なコードチェンジの中、
自在に歌わせるソロを組み立てていく才能が、すでに見られる。

当時は、AORなんて呼び名もなく、自分も洋楽には疎かったが、
シングル盤「ハード・タイムス」は、日本でも洋楽チャートの上位で、
「ぎんざNOW!」の洋楽コーナーで、何週か連続で、生演奏され、
後半のギターソロが格好良いなあと、すごく印象に残っていた曲。

「ぎんざNOW!」は、素人コメディアン道場が有名だが、バンドも、
けっこう無名時代に出ていたし、洋楽コーナーのカバー演奏では、
後にスペクトラムへ発展するMMPなどの、実力派も多く出ていて、
このボズのカバーも見事だったが、バンド名までは覚えていない。

そのボズのバック出身という情報のTOTOだが、自分にとっては、
興味を引いたのは、ボズということよりも、ギターのルカサーが、
ラリー・カールトンの愛弟子らしいとか、ドラムのジェフ・ポーカロが、
これまたラリーのアルバムで叩いていたという、フュージョン関連。

一流スタジオミュージシャンが、バンドを結成したのであり、しかも、
クロスオーバー・フュージョン出身だから、インストが中心だろうか、
ギターも弾きまくっているのではと、勝手に想像はふくらんでいき、
カールトンから、アル・ディメオラ、ジェフ・ベック路線まで期待する。

デビューアルバムは、原題は、バンド名のみの「TOTO」なのだが、
曲名の邦題が、直訳どころか意訳とも、かけ離れているのと同様、
「宇宙の騎士」とつけられていて、おそらく、アルバムジャケットが、
宇宙らしき背景に、中世の騎士が使うような剣を描いているから。

曲を聴いたのは、シングル曲をラジオのAMで聴いたのが先だか、
NHK-FM「軽音楽をあなたに」で、数曲を特集してくれた時だか、
どちらにしても、自分が想像していたフュージョンインストではなく、
それどころか、ギターソロも少なく、売れ線のポップス、洋楽だった。

唯一のインスト曲、「子供の凱歌」も、ギターはテーマをなぞるだけ、
シングルカットした「愛する君へ」は、メロディもリフもキャッチーだが、
ギターソロは短いうえ、まるでベイシティローラーズのように思えて、
その後、全曲を聴いても、延々と弾きまくるギターソロはなかった。

このとき「軽音楽をあなたに」では、TOTOのバンド名の由来として、
オズの魔法使いに出てくる犬のトートーだと、説明していたのだが、
かつて言われた東洋陶器はギャグだとしても、ボーカルのボビーの、
本名がトートス、ラテン語で「すべて」を意味すると、諸説あるらしい。

「軽音楽をあなたに」は、高校に軽音楽部がないから、帰宅部となり、
ほとんど午後4時前に帰宅していた自分にとり、ロックやポップスの、
名曲や新曲が聴ける貴重な番組で、DJの山本さゆりの解説も良く、
かなりエアチェックしたのだが、カセットが経年劣化して悔やまれる。

その後、「ヤングギター」に、若手注目ギタリストの特集があったとき、
スティーブ・ルカサーも、TOTOのデビューアルバムと共に紹介され、
「本気を出すとベンベラベラと弾きそうだが~」みたいに書いてあり、
じゃあ、本気で弾いてくれよ、あれじゃ物足りないよと、憤慨していた。

「宇宙の騎士」を冷静に聴くと、「ホール・ド・ザ・ライン」は、ロック調で、
早弾きを交えたソロで、「ガール・グッドバイ」のエンディングの決めは、
ディメオラも真っ青のユニゾン・フレーズ、「ロック・メイカー」の後半も、
ペンタトニックの6連早弾きと、さりげない小技があると、後で気づく。

79年にセカンドアルバム「ハイドラ」が出て、かなりロック色が強まり、
ギターソロも延々と弾きまくって、早弾きも、ものすごいことになって、
ああ、本気を出すとこうなのか、お見それしましたと、一気にファンに、
80年の来日は行かなかったが、テレビやラジオの放送を録音した。

洋楽に詳しい友人は、セカンドはつまらなくなった、1枚目のほうが、
名曲そろいの名盤だと言って、当時の自分は、ギターを弾かないと、
そういう感想なのかと思ったが、年をとったせいか、今の自分には、
「ハイドラ」は派手すぎで、「宇宙の騎士」のほうが、じっくりと聴ける。

「ジョージー・ポーギー」は、16分音符の裏拍から入ってくるピアノが、
イントロから繰り返される、いかにもボズのバックだったという曲調で、
逆輸入でもないが、後に出た「ミドル・マン」のオープニングナンバー、
「ジョジョ」は、ピアノをギターに換えたようなイントロで、ニヤリとする。

ボズを思わせるソフトな歌声は、ボーカルのボビー・キンボールが、
意識して真似ていると思ったら、ギターのルカサーが歌ったようで、
さらに、「ジョージー・ポーギー、プリンパイ」と、ソウルフルな感じで、
歌うところも、ボビーでなく、ゲストのシェリル・リンだと、後から知る。

メインボーカリストがいるのに、ちょっとひどいなあと、思っていたら、
「ロック・メイカー」は、キーボードのデビッド・ペイチが歌い、さらには、
もう一人のキーボードの、スティーブ・ポーカロも歌う曲まであって、
まるで4人全員が歌うビートルズのようだが、ボビーの立場はどうか。

何かのインタビューで、ボビーが、メンバーで一番高い声が出るので、
彼が歌うと、上のハモリをつけられる人がいなくて、ライブでは困ると、
語っていて、レコードでは、メロディもハモリもボビーなのかと思ったら、
メインボーカルから外され、ハモリに回る曲も多いようで、何ともはや。

「ジョージー・ポーギー」は裏ノリというのか、16分音符の頭が休符で、
そこから、つねに頭をずらして、1拍ずつ音を伸ばすフレーズが続き、
リズム音痴の自分の一番苦手なところで、16分の1ずれた部分から、
そこを頭だと思って弾くのか、いつも裏拍と意識して弾くのが良いのか。

ギターの場合、40年前にグレコギターのおまけについてきた教則本、
「成毛滋のロックギターレッスン」の、8ビートピッキングを応用する形、
拍子の頭を空ピッキングのダウンで、アップで和音を鳴らせば良いが、
ピアノ音をギターシンセで弾くと、空ピックの雑音まで、変換してしまう。

実際のピアノを弾く人は、自分で、このノリを覚えるしかないのだろうし、
自分も体をゆすりながら、何度もイントロを歌ったり、弾いたりしながら、
少しでも、イントロのニュアンスに近づくよう練習、途中から入ってくる、
ギターのリフも、空ピックにしても、なかなか本物のノリは出ずに苦労。

このメロディ、ピアノとユニゾンになるギターのリフは、昔のギター譜も、
バンドスコアも単音のリフだが、自分はずっとオクターブと思っていて、
PVでも、1番・3番では、マイクをつかんでいるルカサーが、2番のみ、
背中からの映像だが、オクターブ奏法のようにポジション移動している。

デビッド・ハンゲイトのベースは、PVを見る限りは、ほぼ全部に渡って、
チョッパー奏法で弾いているのに、YouTubeのカバーや演奏解説では、
指弾きの人ばかりなので、レコーディングでは、普通に指で弾いていて、
PVは見た目のインパクトから、チョッパーのあて振りにしたのだろうか。

音色を聴くと、派手なチョッパーのプルでベシベシ鳴らす音ではないが、
アタックが効き、ミュートもかけるので、親指を当て、弾いていると思うし、
自分の場合は指弾きだと、なかなかこのグルーヴ感は出せないから、
チョッパーにして、前のめりになるように引っ掛け、16分のノリを出す。

ドラムは、いつものことながら、MTRに内蔵されたドラムマシンなので、
ノリも音色も今一歩なのだが、ジェフ・ポーカロが叩いた見事なドラムは、
国内外を問わず、一流のミュージシャンでも再現するのは無理だろうと、
開き直って、普通に入力して、コンガの音を大きくして、メリハリをつけた。

TOTOのデビュー作から、ボズ・スキャッグスのバックで結成したという、
その証しのような曲調の「ジョージー・ポーギー」は、ノリが難しいうえに、
ギタリストなのに意外と上手いルカサーの歌には、けっこう苦労したし、
シェリル・リンの部分は開き直って、別物として歌い、何とかアップです。






映画「卒業」のサントラ用に1曲だけ書き下ろした「ミセス・ロビンソン」
卒業式・卒園式は当然ながら、退職や転勤も多い時期とあって、
テレビやラジオでは、お別れソングの特集があちこち組まれて、
この10年くらいは、春先の恒例になっていて、懐かしい曲から、
初めて聴く曲、ちょっとこじつけかという曲まで、いろいろ流れる。

卒業式というと、自分たちの頃は、「蛍の光」と「仰げば尊し」を、
せいぜい合唱というか、ハモリもせず、ユニゾンで歌ったくらい、
今日では定番となった「旅たちの日に」に、最近は「群青」だとか、
年をとったせいか、歌詞を見ただけで、泣けてしまう曲も数多い。

そもそも、文部省唱歌でもない曲を式典で歌うようになったのは、
いつからなのか、あの金八先生の「贈る言葉」が走りだったのか、
自分たちの頃、謝恩会だったら、「あの素晴らしい愛をもう一度」、
「翼をください」や「なごり雪」を歌うクラスはあったが、式の前日。

だいたい、謝恩会では、自分もビートルズを演奏したくらいだから、
おごそかな式典とはまったくの別物、卒業式として、フォークの曲、
歌謡曲を歌うのは考えられなかったが、自分の通った区立中学が、
たまたま、頭の固い(?)先生だらけで、他では歌われていたのか。

ただ、もし自分が歌うことになったとしても、それこそ「翼をください」、
「卒業写真」くらいしか、当時はなかったろうし、子供の卒業式でも、
小・中・高を通じて、「さくら(独唱)」、「YELL」や「桜」といった曲が、
歌われることはなく、合唱曲が主で、ポピュラー曲とは一線を画す。

それだけに、卒業と何も関係ないビートルズは、歌われないだろうし、
ましてロックの曲が歌われることは、ほぼありえないと思っているし、
そのものずばり、「卒業」というタイトルの映画サントラに使われた、
サイモン&ガーファンクルの曲にしても、古今東西歌われない気が。

アメリカでは、日本のように、卒業式で曲を歌う習慣がないらしいし、
仮にあったとしても、そこで、「サウンド・オブ・サイレンス」だったり、
映画で使われた「スカボロー・フェア」、「ミセス・ロビンソン」などは、
歌われないだろうし、映画には卒業式の場面はあったのだろうか。

自分は、この映画をきちんと見たことはなくて、名場面特集とかでは、
何度となく、最後の教会の場面を見ているが、音楽の印象はなくて、
サイモン&ガーファンクルを聴くようになり、サントラを担当していた、
「ミセス・ロビンソン」は、登場人物の名前だとかを、後付けで知った。

映画では、何度目の再利用になるのか、デビューアルバムの曲の、
「サウンド・オブ・サイレンス」は、ポール・サイモンがイギリスへ行き、
現地で作った「ソングブック」にも収録、その間にバンドをダビングし、
シングル盤がヒット、それを2枚目に収録、さらに映画にも使われた。

映画には、他にも、「スカボロー・フェア」、「4月になれば彼女は」に、
「プレジャー・マシーン」と既存の曲が使われ、唯一書き下ろしたのは、
「ミセス・ロビンソン」なので、映画にちなんだタイトルが付いているし、
映画の場面に合わせたからか、後の演奏とは、長さも編曲も異なる。

自分がサイモン&ガーファンクルを聴いたのは、何度も書いているが、
NHK「世界のワンマンショー」がきっかけで、母に買ってもらったのが、
「グレイテスト・ヒット」だから、その1曲目である「ミセス・ロビンソン」は、
ものすごく印象的なわけで、映画版を後で聴いたときは、びっくりした。

どちらを原曲と言うべきか、映画版をプロトタイプと呼ぶのも変だろうが、
「ブックエンド」収録版は、低音をメインにリズムを刻むフォークギターに、
パーカッシブに叩きつけようなギターのリフ、リードギターが絡んできて、
ベース、コンガ、マラカスのアコースティックなリズム隊が加わった演奏。

かたや、映画ではギター1本の伴奏で、Aメロも微妙に歌い回しが違い、
歌詞も違っているし、1番のみで終わり、サビの部分はまだ出てこない、
かなり違和感があったのだが、このギター1本のカッティングが格好良く、
こちらのリズムの刻み方のインパクトがあり、こっちが普通に思えてくる。

実際、今回演奏する際に、イントロのリズムギターは、リードがなければ、
この映画版と同じと思い込んでいて、バンドスコアでは、そうでないから、
曲をじっくり聴くと、裏拍のアクセントもなく、音もミュートをかけたりせず、
4~6弦の低音ではあるが、エッジが効くくらいに、クリアに鳴らしていた。

本当、映画版のインパクトは強いうえ、昔買った曲集「グレイテスト~」は、
イントロは、いわゆる開放弦のC7フォームのままに、5フレでE7にして、
全弦を鳴らす形だったから、1~3弦をミュート気味にする癖がついたし、
7th系のコードを鳴らす曲は、何でも、「ミセス・ロビンソン」に思えてくる。

ビートルズの「ジョンとヨーコのバラード」を弾いても、こっちのリズムが、
ついつい出てしまったり、ジョージ・マイケルの「フェイス」を聴いたときも、
まんま「ミセス・ロビンソン」のアコギパターンじゃないかと、思ったりして、
映画版はラジオで数回聴いただけなのに、どうもはまってしまったようだ。

リードギターは、チョッパーベースのような、パーカッシブな叩きつける音、
チョッパーが一般的でない当時、ギタリストがサムピングやプリングまで、
やるわけはないから、ピックを三味線を弾くようなアタックで強くしたのか、
遊び半分でやる、親指と人差し指で弦をつまんではじくのをやっているか。

さらに、ポジションも、バンドスコアは5弦の2フレットにハンマリングだが、
同じシンコーでも弾き語り集は、6弦開放から5フレ・7フレにハンマリング、
YouTubeのカバー演奏、奏法解説でも、どちらのやり方も混在しているし、
右手もピックから指弾き、指にしても、強く弾いたり、引っ掛けて弾いたり。

あれこれ悩んでいたら、ポール・サイモン本人がインタビューに答えつつ、
ギターを弾く映像があり、この曲のイントロ部分のリードギターも披露して、
親指と人差し指ともに、引っ掛けながらベシベシと音を出し、ポジションも、
6弦開放をはじき、5弦開放から2フレ、4弦開放から2フレと、一目瞭然。

そのまま、チョーキングのフレーズも弾いていて、たいていの楽譜と違い、
かなりハイポジションに移動しているうえ、そこでも、右手は指弾きなので、
アルペジオのようにして、チョーキングの前後に1弦や6弦の開放弦まで、
鳴らせるわけで、ほぼレコードの音に近くて、ものすごく参考になる映像。

低音のはじく音から、流れるようなチョーキング、さらに低音の和音へと、
見事な展開のリードギターは、ナッシュビルの腕利きミュージシャンかと、
ずっと思っていたら、ポール本人の演奏で、フィンガーピッキング奏法の、
ギター伴奏も見事なら、こうしたリード、リフも見事で、本当、すごい人だ。

アルバム用に2番以降やサビが追加されて、プロ野球、大リーグの英雄、
ジョー・ディマジオに言及して、「どこへ行ってしまったんだろう?」と歌うと、
これが、侮辱していると告訴騒ぎになったそうで、なんでまたと思ったが、
ビートルズ解散の告訴合戦にもあるように、西洋社会の一端を垣間見る。

ディマジオ本人が、サイモンに「俺は、どこにも行っていないんだけど」と、
レストランで話しかたけそうで、これまた、懐の広さを感じるエピソードだし、
普通に歌詞を読めば、ディマジオのような英雄が再び現れないのかと、
閉塞していく社会の英雄待望論、その象徴だとわかりそうに思うのだが。

「卒業」シーズンにこじつけて、映画「卒業」の曲、「ミセス・ロビンソン」を、
レコードバージョンで演奏し、リードギターのニュアンスに苦労したうえに、
歌詞のハモリがずれてしまい、どっちが正しいのか、両方やり直したりし、
歌い直すたびに、声がかすれていき、いつもながら、歌唱力の限界です。






バンド名と逆さまになっている曲名の「クリムゾン・キングの宮殿」
この10年くらいだろうか、自分が中学・高校の頃によく聴いたり、
憧れて夢中になったたミュージシャンの訃報に、次々接していて、
特に、この1~2年はひどいものだが、当然といえば当然のこと、
それだけ自分が年をとったわけで、愛しき70年代からも早40年。

ただ、昨年末のグレッグ・レイク、今年の1月のジョン・ウェットンと、
歴代のキング・クリムゾンのベーシスト兼ボーカリストだった2人が、
たて続けに亡くなったのは本当に驚きで、それもグレッグは69歳、
ウェットンは67歳と、まだまだ現役でも活躍できる年で惜しまれる。

自分は、あまりキング・クリムゾンには詳しくなく、再結成した頃が、
リアルタイムというくらいなので、単純にグレッグが第1期であって、
ウェットンが第2期と思っているが、グレッグは、デビューしてすぐ、
脱退しているから、ウェットンとの間にベースは3人交代している。

クリムゾンは、リーダー兼ギタリストであるロバート・フリップ以外は、
かなりメンバーチェンジが激しかったから、そのラインアップごとに、
細かく分ける人もいて、ビートルズが赤盤と青盤の前期・後期から、
前期・中期・後期となったのよりも、かなり複雑で、どれが正式だか。

そんな自分だから、ファンの人には、申し訳ないが、リアルタイムで、
新譜を聴いたり、初来日の話題に接したディシプリンのクリムゾンは、
別物であって、ウイングスやオノバンドがビートルズを名乗るようだし、
90125イエスの曲は好きでも、本当のイエスでないと思うのと同様。

そのうえ、クリムゾンで好きなアルバムが、デビュー作である「宮殿」と、
解散アルバム「レッド」で、好きな曲は「21世紀」「エピタフ」に加えて、
「スターレス」という、少しかじった程度のファンにありがちなパターン、
それだけに、グレッグとウェットンは、別格ともいってよい存在だった。

ウェットンは、いわばグレッグの後任だから、グレッグ在籍時の曲を、
ライブで歌うことも多かったように思うが、実際には、「21世紀」程度、
それも、「太陽と旋律」以降の新曲ばかりでは、なじみがないだろうと、
1曲くらいは、観客の知っている曲をやることにしたと、何かで読んだ。

逆に、先輩のグレッグが、ウェットンの代役でエイジアの来日公演に、
急遽呼ばれて、一度も演奏したことのないエイジアの曲を歌ったのは、
ドラムのカール・パーマーが、あのELPからのつきあいもあったろうが、
何より、2人の声質が似ていて、あまり違和感なく聴ける点が大きい。

バンドにとって、やはりボーカルの存在は、すごく大きいと思っていて、
ギター中心に聴く自分だから、パープルのギターがリッチーではなく、
トミー・ボーリンやスティーブ・モーズでは、別物だろうと思ってしまうし、
それ以上に、イアン・ギランでないとカバディールでもちょっと違う気が。

レッド・ツェッペリンならロバート・プラント、イエスはジョン・アンダーソン、
例を挙げるときりがないが、逆にボーカルが別のバンドを組んだとして、
そこそこ上手なバックバンドがいれば、何とかなってしまうこともあって、
ギタリストはよほど個性がないと、一般の人には大差ないかもしれない。

厳密には、グレッグとウェットンの声質も、まったく同じではないわけで、
低音でもテナーボイスのグレッグと、ダミ声でドスのきいてるウェットンと、
うまく表現できないが、明らかな違いはあって、当然に聴きわけできるし、
ベースとなると、音色もスタイルも違うのだが、ついつい一緒したくなる。

グレッグは、ELPやソロ活動で、「21世紀」「宮殿」「エピタフ」を歌ったり、
ウェットンもエイジアやソロで、「スターレス」「土曜日の本」を取り上げて、
それぞれの在籍時の曲を演奏するが、ウェットンは、クリムゾン時代に、
演奏していないグレッグの「宮殿」「風に語りて」を、後年ライブで歌った。

元ジェネシスのギタリスト、スティーブ・ハケットがセルフカバーを出して、
その日本公演が実現した際、どういう経緯か、元クリムゾンのメンバー、
イアン・マクドナルドがウェットンと共に参加し、ジェネシスの曲に加えて、
クリムゾンの曲も演奏されて、プログレファンが狂喜するライブとなった。

当然ながら、マクドナルドが参加したのは、クリムゾンのデビュー作のみ、
そこからの選曲となり、「宮殿」と「風に語りて」を、ウェットンが歌ったが、
ウェットンもかつて演奏して、マクドナルドも活躍する「21世紀」のほうを、
演奏しなかったのは、主役をくってしまうから、さすがにやめたのだろう。

YouTubeを見ると、その後もウェットンは、エイジアやソロでのライブでも、
「宮殿」を歌っていて、自身のレパートリーとしたのか、ウェットンにとって、
クリムゾンナンバーは大切な曲、何よりもクリムゾンは大きな存在であり、
再結成にアメリカ人が入ったと愚痴ったのは、呼んで欲しかったのかなと。

何度目の再結成になるのか、あろうことか、コピーバンドのボーカルを、
メンバーに加えて、昔の曲を再現しているフリップであるが、それならば、
まだグレッグやウェットンが健在だったのだから、ゲスト扱いで好いから、
ボーカルをとって欲しかったが、例によって、彼の理屈があるのでしょう。

キング・クリムゾンのデビューアルバムの、「クリムゾン・キングの宮殿」は、
有名なエピソードとして、ビートルズの「アビー・ロード」をチャート1位から、
蹴落としたというのがあるが、自分がビートルズに夢中だった中学時代に、
そんな話は聞いたことがなく、黒歴史としてビートルズ本は載せないのか。

ただ、その頃に知ったところで、同時発売でなければ、売れ行きが落ちて、
他のアルバムに抜かれるのは当然だし、ましてリアルタイムでもないから、
そんなこともあったのかと、記憶に残らなかったか、逆にショックだったら、
いったいどんなバンドだ、どんな曲だと、すぐにも聴いていたかもしれない。

今日では、このアルバムが1位になったのは、売り上げチャートではなく、
音楽雑誌の人気投票のようなもので、あったかもしれないというくらいで、
バンドを売り出すために考えたキャッチコピーだったという説もあるほどで、
実際のところは不明だが、それだけ衝撃的な作品だったのは間違いない。

激しい音と、その後のプログレのテクニック至上主義の路線を作り出した、
「21世紀」は別格として、デビュー作では、メロトロンの導入と叙情性とか、
特徴となっていて、リーダーのフリップより、ピート・シンフィールドの詩と、
マクドナルドの鍵盤から管楽器のマルチ奏者ぶりが、重要だったと思える。

「クリムゾン・キングの宮殿」の曲のタイトルから、バンド名がついたという、
そのこと1つとっても、バンドにとり、シンフィールドの存在は大きいようで、
普通に考えると、歌うことも、楽器を演奏もしないのに、作詞をすることで、
メンバーの一員というのは変な話で、これも、今までのバンドと一線を画す。

これまた、自分が詳しくないせいか、なんで曲名とバンド名とが逆なのか、
アーサー王だったら、King Arthurで、Arthur KIngとはならないわけで、
ライオンキングは、Lion Kingだから、バンド名ではクリムゾン王と名前で、
曲名では紅の王、紅の中の王様という、抽象的な意味をさすのだろうか。

イントロのメロトロンの音は、いわゆるストリングスだろうが、「エピタフ」や、
「スターレス」の悲壮感溢れる、か細い響きと違い、かなり重厚な感じで、
ソリーナやハモンドに近い音色なので、ギターシンセでストリングスの音を、
オルガン系の音とミックスし、さらに別トラックに、オルガンでも弾いておく。

中間のフルートは、基本のフルートの音、プリセットのままででもよい感じ、
フレーズにより、ボックスフルートやトロンフルートの音色を使い分けると、
もっとリアルになるのだろうが、逆にフレーズごとにぶち切れてしまうので、
切り替えずに同じ音色にし、それでも、早いフレーズは追い切れなかった。

アコギは、エピタフでも出てくる独特のアルペジオで、フリップの得意技と、
スコアに解説してあるが、グレッグもELPの曲で、これを多用しているから、
グレッグはベース以外にアコギも弾いているとか、メロディを作っていると、
諸説あるようで、ビートルズに限らず、演奏、録音の謎は、本当つきない。

期せずしてグレッグ、ウェットンと続けての訃報、2人ともに歌っていた曲、
「クリムゾン・キングの宮殿」を自分も歌いましたが、キーが低いわりには、
歌いにくいし、MTRでは、ドラムロールが、マシンガンの音に聴こえたりと、
いつも以上に課題が多くて、2人への追悼が空回りしてしまい反省です。






2本のギターが呼応しあう伴奏で都会の孤独を歌った「ボクサー」
サイモン&ガーファンクルの曲を初めて聴いたのは、高1の頃、
76年7月に、NHK「世界のワンマンショー」の枠で放送された、
BBCの「ポール・サイモン・ショー」の中で、他の番組になるが、
久々に2人が共演した映像が、回想シーンのように挿入される。

共演の場面をすべて流したのか一部なのかは、わからないが、
アートが拍手喝采の中登場すると、まずは「ボクサー」から始め、
続けて「スカボロー・フェア」を歌ったところで、画面は切り変わり、
BBCでのポールのステージへと戻り、ソロ曲の演奏が再開した。

結果的には、「ボクサー」が、自分にとって初のS&Gの曲であり、
それ以前も、名画名場面特集とかで、「卒業」は見ているけれど、
必ず放送されるラストシーンは覚えていても、音楽まで流れたか、
主題歌の「サウンド・オブ・サイレンス」さえ、まったく記憶にない。

中2か中3で買ってもらった、LP5枚組の映画音楽大全集には、
サントラでなく、イージーリスニングのオーケストラ演奏であるが、
「卒業」は入っていて、曲目は「サウンドオブ・サイレンス」なので、
S&Gとは意識せず、メロディくらい聴いていたのは間違いない。

だが、例えば、「燃えよドラゴン」や「80日間世界一周」のように、
サントラ盤で聴き込んだり、テレビ放送をカセットテープに録音し、
主題歌も繰り返し聴いた「イージーライダー」や「シェーン」と違い、
口ずさみもしなければ、「卒業」と映画音楽は切り離されていた。

ただ、厳密にというか、こだわるというか、こじつけっぽくなるが、
「ポール・サイモン・ショー」では、再結成の場面を紹介する前に、
S&G時代の曲、「早く家に帰りたい」を、ポールが弾き語りして、
これを先に聴いているが、2人のデュオで聴いたのは「ボクサー」。

テレビでは、ポールがスリーフィンガーを中心に伴奏をしていて、
その後の何度かの再結成でも、ポールの演奏は変えていないが、
レコードは、印象的なイントロを始め、ガットギターが入っていて、
楽譜の解説によると、少なくとも4本のギターが多重録音だとか。

バンドスコアには、左チャンのガットに、右のアコギが載っていて、
これが一番正確な感じで、高1の頃買った「グレイテストヒット」の、
全曲ギター譜も、95年のムック本の「アコースティックギター3」も、
2本に分かれてはいるが、アルペジオのパターンが異なっている。

ポール・サイモンは、アコギの半音下げチューニングで、開放弦の、
Cのコード主体で、スリーフィンガーを弾くが、「グレイテスト~」や、
「アコギ3」では、16分音符の繰り返しとなり、バンドスコアの方は、
1・3拍目は、タタタタでなく、タンタタで、おそらくレコードはこっち。

ガットギターのイントロは、昔から2カポにし、クラシックギターでの、
カンパネラ奏法のように、4~6フレットのハイポジションを押さえて、
開放弦を組み合わせ、音を響かせるが、バンドスコアは、4カポで、
確かに、伴奏になってからは、高音を使うことが多くて、4カポが楽。

ただ、バンドスコアのTAB譜のとおりでは、イントロの響きが出ず、
これは、「アコギマガジン創刊号」に載る、4カポで3~7フレットを、
押さえながら、開放弦を組み合わせるのが、かなり近い響きになり、
自分は、4カポにし、これで弾き、伴奏はバンドスコアに沿って弾く。

ガットギターはポールでなく、ナッシュビルのベテランミュージシャン、
フレッド・カーターJrが弾いたそうで、スリーフィンガーで弾きながら、
オブリガードのように、スライドや和音を加えて、変幻自在の伴奏で、
「ライブ1969」でも、レコードに近い見事な演奏を聴かせてくれる。

「グレイテスト」のギター譜では、「4本のギターをミキシングで」とされ、
2本の伴奏に、「ガットのアドリブと12弦のサイドを加えると完璧」と、
注釈になっているが、フレッドが伴奏しながら、アドリブを加えたのを、
あまりにも流麗なので、別々に弾いていると判断したのかもしれない。

所々に入ってくるバスハーモニカも、カントリー音楽のベテラン奏者で、
チャールズ・マッコイという人、アクセントのつけ方もすごく見事なのが、
ギターシンセのハーモニカの音では、アコーデオンのような音になって、
話にならず、バリトンサックスの音色だと、多少ましになって妥協した。

この曲の歌詞は、ニューヨークという大都会にやってきた少年が感じる、
都会の孤独をモノローグのように歌い、真冬の寒さが身に染みてきて、
故郷へ帰ろうかと歌うのだが、最後、唐突に、ボクサーの話へと変わり、
「もうごめんだ」と言いながらも、戦い続けるという歌詞になって終わる。

ここを、映画のラストシーンのように、語り部であった少年の視線から、
最後は、彼が成長し、ボクサーになった姿を映し出すという説もあるが、
それよりは、都会で孤独と闘い続ける少年、さらにそうした人々の姿を、
ボクサーの姿に例えて、誰もやめないと語ったように自分は解釈する。

自分が最初に聴いたと、ちょっとこじつけているS&Gの「ボクサー」は、
ガットがエレガットで今一歩、エコードラムは、ジャングル風呂のようで、
バスハーモニカ、テルミンの音色も、ギターシンセで再現できないまま、
ちょっとオケ作りもまずいまま、歌は相変わらずというハスキー声です。








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