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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
ギターキッズに夢をくれたエディに感謝しヴァン・ヘイレン「ドリームス」
エドワード・ヴァンヘ・イレンが先月に亡くなって、
その追悼記事とカバー演奏をブログで公言して、
バンドスコアを買ったり、初期6枚組のCDも買い、
サミー時代の2~4枚目は図書館で借りてくる。

バンドスコアは昔買った「1984」全曲集があり、
今回「アメリカン・ハード・ロック」も買ったのだが、
「炎の導火線」や「5150」、各種ベスト集の方は、
オークションで入札するも、いかんせん資金不足。

手持ちの2冊のスコアだけでも、演奏したい曲は、
いくらでもあるが、自分のギターの実力だったり、
ボーカルのことを考えると、無理そうな曲ばかり、
ここは開き直って、古い曲から少しずつ取り組む。

高校時代に衝撃のデビューを体験した思い出と、
「暗闇の爆撃」のカバーといった感じで、多少は、
自分にとって空白の期間はあるが、その時々の、
思い出の記事とカバー演奏をするのも良いかと。

ただ、実際に訃報に接した時にも、そうだったが、
何をどう語ろうか、いまだに、エディの思い出が、
自分の中で、まとまった文章にはなっていなくて、
追悼記事も書かないまま、ずるずるきてしまった。

そこで、まずは、エディへの追悼をこめて1曲演奏、
自分が一番好きなヴァン・ヘイレンの曲にしようと、
デイブ・リー・ロスには申し訳ないが、サミー時代、
「5150」から、名曲中の名曲「ドリームス」にする。

ビートルズが、デビュー後、不動の4人でいたまま、
メンバーチェンジすることなく、解散を選んだだけに、
バンドとは、そういうものだと、自分に刷り込まれて、
基本的にメンバーチェンジは嫌だなと思ってしまう。

特にボーカルが変わる場合、まったく別のバンドに、
なってしまうようで、それだけバンドの顔なのだが、
ディープ・パープルは、イアン・ギランになったから、
ハードロック路線で、人気が急上昇したのも事実。

パープルの場合、歌だけでなく、リッチーのギター、
ジョン・ロードのオルガンといったサウンド面も重要、
再度ボーカルはデヴィッド・カバーデイルに変わるが、
一応はパープルとしてサウンドは保っていたと思う。

やはり不動の4人だったレッド・ツェッペリンの場合、
ボーカルが交代したら、すごく違和感を感じたろうが、
サウンドの要は、ギターのジミー・ペイジだったから、
シャウト系のボーカルなら、それなりの音にはなる。

ヴァン・ヘイレンにしても、兄のアレックスのドラムや、
アンソニーのベース・コーラスも重要なサウンドだが、
エディのギターがあれば、ヴァン・ヘイレンの音だと、
デイブからサミーの交代劇のリアルタイムで感じた。

もちろん、デイブの頃は、そのパフォーマンスもあり、
陽気なアメリカンの能天気な、おバカロックというか、
派手に楽しくやれば良いというバンドイメージだが、
サミー・ヘイガーだと正統派ロックの重厚さも加わる。

当然、エディのギターも、その曲調による変化だと、
単純に言えるか微妙だが、「5150」を聴いた時に、
あれ、珍しく泣きのギターを弾いているじゃないかと、
驚いたと同時に、すごく嬉しくなったのを覚えている。

渋谷陽一が新潮文庫「ロック」で、エディのギターを、
「フレーズは情緒性のようなものが一切欠落して~、
無機質的な印象がある。」「湿気を一切感じさせず」
と評して、けなすのではなくて、彼しかいないと語る。

確かに、マイナー調の曲はあっても、フレーズ自体、
ペンタトニック中心のロックギターフレーズが多くて、
メジャーともマイナーともとれる音使いになっていて、
攻撃的な面だけが印象に残るアドリブが多かった。

それだけに、「5150」で「ラブ・ウォークス・イン」の、
これぞという泣きのギター、「ドリームス」イントロの、
しっとりしたアコギ、派手な間奏後のエンディングで、
メロディアスで天を駆け登るようなギターには涙した。

ヤングギターだったか、ギターマガジンだったかは、
記憶が曖昧だが、レコード評で、「泣きのギターは、
エディに弾けないと言ってた奴らは、これを聴け。」
とばかりに、狂喜していて、自分もすごく同感した。

これまでのギタートリオに、キーボードサウンドを、
大胆に取り入れた「ジャンプ」には、すごく驚いたし、
マイケル・ジャクソン「今夜はビート・イット」と同様、
テク満載ながらキャッチーなギターソロも良かった。

その「ジャンプ」のヒットを意識したか、「5150」の、
前述の2曲は、伴奏は、ほとんどキーボード中心で、
MTV迎合、産業ロック路線と言われかねないが、
ギターソロが映えるし、とにかく名曲だから許せる。

「ドリームス」は歌詞も素晴らしくて、繰り返すように、
「Spread your wings」、翼を広げろと歌うのだが、
これは、クイーンの「永遠の翼」にも通じるものが、
あると勝手に結びつけて、一人感動しては涙ぐむ。

新譜として買ったクイーンのLPが「世界に捧ぐ」で、
「ウイ・ウィル・ロック・ユー」「伝説のチャンピオン」と、
ヒット曲、名曲揃いだが、高校生だった自分にとり、
「永遠の翼」の勇気づける歌詞は本当心に染みた。

ショーを見続けながら、いつか自分もと思うサミー、
ここで床掃除をしているのが身の丈だと諭す店長、
そして、フレディが「翼を広げて、飛び立とう」と歌う、
この主人公がサミーというのは、ちょっとできすぎ。

「ドリームス」では、エンディングのギターソロの後、
本当の最後の最後、「And in the end」と歌われ、
「結局のところ、夢しだいなのさ、だって、愛は、
夢から作られるんだからね」という言葉で終わる。

これまた、自分の知識と結びつける癖があるから、
ビートルズの実質、最後の録音となったアルバム、
「アビー・ロード」のB面メドレーの最後の最後で、
「And in the end」とポールが歌ったのを思い出す。

「最後にひとこと、愛はギブ・アンド・テイクだよ。」と、
「ビートルズ事典」の訳詞が、意訳になるが好きで、
「君の手に入れる愛は、君が作る愛に等しい。」と、
直訳するよりも、すごく伝わってくるような気がする。

そして、「And in the end」も「ドリームス」と同じだが、
末尾の言葉も、ビートルズは「the love you make」
ヴァン・ヘイレンでは「love is made of」と似ていて、
ビートルズの影響もあるかなと我田引水したくなる。

ビートルズとクイーンのオマージュとも思える歌詞に、
最後のエディの歌い上げるようなギターが気に入り、
「ラブ・ウォークス・イン」と共に繰り替えし聴いたが、
バンドスコアは「ドリームス」だけなので迷わず決定。

ボーカルは歌い出しから高いラの音から始まるから、
裏声でしか歌えず、上のミの音はまったく出なくて、
父から、お前の歌は鶏が絞め殺されているようだと、
変声期の頃によく笑われたのと、今でも変わらない。

ギターは、エディの代名詞、ハムバッキングのリア、
フロイドローズのアームロックシステムが必須だが、
自分のレスポールにアームはなく、ストラトの方も、
シングルコイルのピックアップにノーマルのアーム。

バッキングは、レスポールのリアで、エンディングも、
アームなしで弾けるフレーズなのでレスポール使用、
間奏は、最初のハーモニクスだけストラトで弾いて、
他をレスポールと思うが、アームのフレーズが続く。

エディが好んだ、アラン・ホールズワースが得意な、
アームをウネウネしながら弾くフレーズから始まり、
途中のロックの定番のペンタトニックフレーズでも、
アームダウンを入れてくるので、全部ストラトで弾く。

この間奏は、アームを絡める以外にも小技満載で、
チョーキングしながらのタッピング・ハーモニクスや、
ライトハンド奏法で、押さえた右手をスライドさせる、
16分音符トレモロのハミングバード・ピッキングも。

タッピング・ハーモニクスは、「伝説の爆撃機」の、
「スパニッシュ・フライ」で、エディは弾いていたが、
87年ヤングギター別冊に載っているスコアでは、
こんな情報が乏しかったのかと驚く間違いだらけ。

間奏の出だしは、ごく当たり前のハーモニクスで、
チューニングにも使う7フレットで鳴らしているのに、
10フレットの実音を指定し、「エディのことだから、
とんでもない弾き方の可能性もある。」と注意書き。

チョーキングダウンしながら、12フレと14フレとを、
交互に叩いて鳴らすタッピングハーモニクスには、
3フレット近辺のナチュラスハーモニクスのTABで、
この時点でも解明できないほど、エディは革新的。

ただ、それがわかって、正確なスコアがあるから、
完コピで弾けるかというと、自分には歯が立たず、
右手のスライドを交えるライトハンドは雑音だらけ、
歌もひどいが、ギターソロの方も、かなりお粗末に。

それでも、まずは1曲でも演奏しておきたいから、
エンディングのソロに全集中とばかり気合を入れ、
タイトルどおりギターキッズに夢を与えてくれたと、
エディに感謝し、半ば泣きつつの「ドリーム」です。




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スローな曲でも早弾きだらけのヴィニー・ムーア「ザ・ジャーニー」
ランキングのトップ3やベスト3に「三大○○」や、
三部作などと、3という数字はよく使われていて、
何か人類にとって意味があるのか、気になるが、
それは別の機会にして、三大ギタリストのことを。

今の若者だったり、一般お茶の間はどうなのか、
まったく見当つかないが、三大ギタリストとして、
昔からよく挙げられるのが、エリック・クラプトン、
ジェフ・ベックにジミー・ペイジが定番中の定番。

3人ともヤードバーズにいたので一緒にされるが、
実際にロック史に輝くギタリストで、クラプトンは、
クリーム、ソロで活躍、ベックはインストを究めて、
ペイジはレッド・ツェッペリンを結成し一世を風靡。

激しいパフォーマンスやエフェクターを自在に操り、
ギターの革命児とも呼ばれたジミ・ヘンドリックス、
ハードロックを牽引し続けたディープ・パープルの、
リッチー・ブラックモアをあげる人も少なくはない。

これもロックギターだが、プログレに目を向ければ、
キング・クリムゾンのロバート・フリップ、イエスの
スティーブ・ハウ、ジェネシスのスティーブ・ハケット、
ピンク・フロイドのデビッド・ギルモアも候補になる。

クラシックギターは、セゴビアとイエペスの巨匠に、
ジョン・ウイリアムスやジュリアン・ブリームがいて、
ジャズでは、ウエス・モンゴメリー、ケニー・バレル、
ジョー・パス、ジム・ホールにバーニー・ケッセルも。

こうしたギタリストは、60年代から70年代前半に、
突出したように出てきたので、74年の中2の夏に、
ビートルズ、高校になってパープル、ツェッペリンを、
ようやく聴いた自分には、すべてが後追いになる。

77年のクロスオーバーの流行で世間が注目した、
リー・リトナー、ラリー・カールトン、ロベン・フォード、
アル・ディ・メオラや、ジョージ・ベンソンらにしても、
デビューはそれ以前で、ソロアルバムも出ていた。

そんな自分にとって、デビューに立ち会えたという、
当時の若手ギタリストは、エディ・ヴァン・ヘイレン、
イングヴェイ・マルムスティーンが双璧をなしていて、
そこへスティーブ・ルカサーを加えても異論はない。

エディの、タッピング、ライトハンド奏法を駆使した、
「暗闇の爆撃」は、今日のハイテク奏法の先駆け、
フォロワーを生んだというより、誰もがその奏法を、
取り入れて、フュージョンギタリストまで真似した。

イングヴェイは、従来のクラシカル系ギタリストが、
バッハのフレーズを借用するのとは次元が違って、
パガニーニの超絶技巧のフレーズを楽々と弾いて、
スイープ奏法、ブロークン・コードを世間に広めた。

スウェーデンの無名ギタリストだったイングヴェイを、
新人発掘でアメリカへ呼んだマイク・ヴァーニーは、
今度は、イングヴェイ路線のギタリストを探しては、
自己のシャープネル・レーベルでデビューさせる。

よくもまあ見つけたというか、本人の意に反しても、
ネオクラシカル路線と名付けられたジャンルを弾く、
ギタリストが雨後の筍のごとく次々と登場したが、
特に、最初期の86年のデビュー組がすごかった。

三大イングヴェイ・フォロワーと呼ぶのは失礼か、
トニー・マカパイン、ヴィニー・ムーアはソロ作で、
ポール・ギルバートはレーサーXというバンドで、
多少の個性は出すが、イングヴェイ風に弾いた。

ただ、誰もがイングヴェイの真似と言われるのを、
嫌ったのか、影響を受けたギタリストをあげる際、
イングヴェイにはいっさい触れず、ロック以外にも、
クラシックを聴いたり、弾いたりしていたと語った。

イングヴェイが在籍したアルカトラスのボーカル、
グラハム・ボネットと、デビュー作で共演までした、
クリス・インペリテリは、自分と同じ弾き方をする、
北欧の知らない奴が先にデビューしたとも主張。

ポール・ギルバートは、確信犯なところを匂わせ、
「YRO」とイングヴェイのイニシャル入り曲を作り、
イングヴェイ奏法講座までやり、さすがにこれは、
俺の何を知ってて教えるんだと怒りをかっていた。

自分はイングヴェイが一番好きだが、セカンドは、
歌ものばかりになったので、買いも借りるもせず、
インスト曲ばかりのトニーとヴィニーのアルバムが、
その代用になり、特にヴィニーはかなり聴き込む。

ヴィニーは、フュージョンが好きだと語っているが、
アル・ディ・メオラ風のアコギの早弾きがあったり、
アラン・ホールズワースのようなピッキングしない、
レガート奏法でアームを駆使する演奏も聴かせる。

そのレガート奏法が、いまだに自分は苦手のまま、
今回カバー演奏しても、音が途切れてしまうので、
完コピはあきらめて、ほとんどフルピッキングにし、
どちらかというと、インペリテリの弾き方に近いか。

ヴィニーは、トレモロアームの使い方も素晴らしく、
単純なメロディのところでも、ニュアンスをつけるが、
今回自分は、ストラトの音よりもレスポールの方を、
優先したかったので、アームのフレーズは皆無に。

ヴィニー・ムーアの86年デビューアルバムのラスト、
「ザ・ジャーニー」は、本家のレガート奏法をごまかし、
ひたすらピッキングしましたが、それに気を取られ、
ビブラートをかけ忘れたり、かなりお粗末すぎです。






この季節に聴きたくなるカーペンターズ「雨の日と月曜日は」
梅雨の時期だったり、雨の日に聴きたくなる曲は、
人それぞれだろうし、たいていのアーティストには、
歌詞に雨が出てくる歌は必ずあるが、このところ、
カーペンターズにはまっているので、当然この曲。

「雨の日と月曜日には」は、自分が夢中で聴いた、
テレビから録音したカセットの74年来日公演でも、
冒頭のメドレーとして歌われたから、自分にとって、
カーペンターズの原体験中の原体験といえる曲。

ハーモニカとピアノとで、もの悲し気にメロディを、
奏でるイントロは、いかにも雨という雰囲気だが、
逆に、この曲の刷り込みでそう思ってしまうのか、
まるで「鶏が先か、卵が先か」のようなジレンマ。

「雨音はショパンの調べ」は、原曲のタイトルは、
「アイ・ライク・ショパン」で、日本語詞を書いた、
ユーミンは、ショパンの「雨だれ前奏曲」あたりを、
念頭に置いて、歌詞やタイトルをつけた気がする。

ただ悲しいかな、自分の情緒感覚のせいなのか、
ショパン「雨だれ」を聴いても、雨には感じなくて、
教育テレビで、芽が発芽したり、水滴が落ちる際、
ピンポロ・ピンポロと鳴っていた方が雨だれらしい。

自分が雨音からピアノの音を想像するというのは、
どちらかというと、教育テレビの影響の方が大きく、
ギターを弾く身でありながら、リンゼイ「雨だれ」は、
やはり雨音に感じないというもの刷り込みのせい。

へ理屈ついでに、邦題の「雨の日と月曜日は」は、
原題「Rany Days and Mondays」のまんま直訳で、
何ら疑問を挟む余地はないのだが、雨と月曜は、
「かつ」なのか「または」なのかと、問いたくなる。

「雨の日は嫌だ、まして月曜日だなんて」という、
ニュアンスに自分は捉えて、曲を聴いているが、
いわゆるベン図での「and」は、A∩Bのキャップ、
「かつ」になるから、「雨の日で、しかも月曜日」。

「雨の日も嫌だし、月曜日だって嫌」の意味だと、
AまたはBの「or」、A∪Bのカップになってきて、
英語の原題の「and」とは、集合論では別になり、
歌詞も含め、どちらか一方の意味とは違ってくる。

日常会話とすれば、andでもどちらか一方でよくて、
もしも「かつ」ならば、Rainy Mandayにすればよく、
実際に、大瀧詠一に「雨のウエンズデイ」があり、
英訳すれば、Rainy Wednesdayあたりが妥当かと。

「雨の日と月曜日は」は、74年の来日公演で、
オープニングで歌われた際、「スーパースター」
~「雨の日と月曜日は」~「愛にさよならを」と、
たて続けに3曲演奏された、怒涛の名曲メドレー。

イントロに続き、「Rainy Days and Mondays~」と、
いきなりサビ部分からカレンが歌い始めるという、
頭サビのインパクトあるアレンジで、こういうのが、
ライブならでは、メドレーならではという聴きどころ。

それでも、メドレーの場合、曲がはしょられがちで、
「雨の日」も、サビに続いて2番の歌詞からとなり、
1番は省略され、メドレーの場合盛りだくさんな分、
1曲をじっくり聴きたい人にとっては、物足りない。

自分のカバーは、バンドスコアのとおりの演奏で、
レコードと同じで、頭サビも、1番とばしもないが、
いずれ、ライブのメドレー形式や、ギターソロなど、
追加してみたりと、余裕があったらやってみたい。

今日は、何日ぶりかで雨が降らず、それどころか、
30度近い暑さで、青空には入道雲まで出てきて、
後になって、あれが梅雨明けだったなんてことは、
ないだろうが、この曲は急がないと季節外れに。

まだ、声は完全ではないが、そもそも声枯れは、
ほぼ1年中で、最後の転調してからは普段でも、
出せない高音域でひっくり返るから、開き直って、
カーペンターズ「雨の日と月曜日は」で更新です。






19年後ドラマで流れて大ヒットしたカーペンターズ「青春の輝き」
カーペンターズを夢中になって聴いたのは、中2の春、
74年の来日公演をテレビで見て、その録音テープを、
友人にダビングしてもらったり、ラジオのエアチェック、
さらに日本編集の2枚組ベスト盤を買って、聴き込む。

基本的に、そこで止まってしまい、その後ビートルズ、
ハードロック、クロスオーバーへと興味が移ったので、
ラジオで新曲の、「プリーズ・ミスター・ポストマン」や、
「マスカレード」「見つめあう恋」が流れれば聴く程度。

昨今ではカーペンターズの代表曲に挙げられるうえ、
ベスト盤のタイトルに使われたりする「青春の輝き」は、
76年に出た時の印象は特になく、その邦題くらいは、
覚えているが、別の曲のメロディと混同していたほど。

実際に、シングルはアメリカで25位、日本で62位と、
さほど振るわず、年間ヒット曲の歌本やギター雑誌に、
「オンリー・イエスタデイ」「ソリティア」は載っていたが、
「青春の輝き」はなかったか、弾き語った記憶もない。

CDの時代になり、カーペンターズも買っておこうかと、
84年頃のベスト盤をそのままCDにしたものを買うが、
80年代の曲は、あまり馴染めずに、とばして聴いたし、
「青春の輝き」も同様、来日公演の曲ばかり繰り返す。

この曲が日本でヒットしたのは、95年のテレビドラマ、
「未成年」のエンディングテーマに使われたからだが、
自分はそのドラマもスルーしていて、同様にヒットして、
ベスト盤も出たS&G「冬の散歩道」のドラマもスルー。

自分が「青春の輝き」を意識したのはいつ頃だったか、
年代は曖昧だが、カーペンターズのドキュメンタリーで、
リチャードが、カレンが一番気に入っていた曲だったと、
語っていて、この曲をめぐる話も合わせて紹介される。

カレンが拒食症で悲劇の最後を迎えたのは有名だが、
両親との葛藤、兄へのコンプレックスに悩み、その兄も、
自分は歌手である妹のピアノ伴奏者に過ぎないのか、
そんな悩みから睡眠薬依存症になっていたと語られる。

そうした中、「青春の輝き」の歌詞は、カレンにとっては、
すごく自分自身をさらけ出したような内容で、それにより、
自己の悩みが昇華されていき、歌詞に救われたようだ、
そんな内容で、この曲が紹介されていたかと記憶する。

そう思って聴くと、この歌詞は胸に突き刺さってくるが、
この曲でカレンは癒されたなら、なんで、その数年後に、
拒食症で亡くなったのか、まだ心の闇は深かったのか、
ドキュメンタリーが感動的に仕上げようとした感もある。

ただ、そうしたことを抜きにしても、歌詞は素晴らしくて、
なぜ「青春の輝き」という邦題にしたかは不明なのだが、
恋人とすれ違ったり、束縛を嫌うことの代償を払ったり、
それでもなお完璧を求めてしまう気持ちを吐露している。

先日、カーペンターズを演奏するきっかけとなったのは、
津軽下北出身でカレンの再来と噂される歌姫シノンが、
YouTubeにワンスモアズとしてアップするトリビュートで、
「青春の輝き」も、これぞ実力派歌手だというくらい見事。

本物や彼女の歌を聴いて満足していればいいところを、
つい自分でもやりなくなるのが悪い癖、まずオケを作り、
声の方も多少は回復したが、もともと出ない高音部分の、
コーラスは、当然歌えないから、シンセで代用しておく。

バンドスコアがあるから、せめて演奏は原曲に近づけて、
オーボエ、ハープも再現、声枯れが治ってきたとはいえ、
元々の歌唱力はいかんともしがたく、カーペンターズの、
「青春の輝き」は、歌詞のままに、反省すること大です。






懐かしい日々が戻ってくるカーペンターズ「イエスタデイ・ワンス・モア」
中学生になった前後、NHK放送センターの近くに、
NHKテキストを扱う本屋さんとして放文社書店が、
開店して、渋谷駅前の大盛堂書店や三省堂書店、
紀伊国屋書店らに比べると、こじんまりとしていた。

東横や西武といったデパートの本売り場と同じか、
やや狭いくらいの陳列スペースだったが、かえって、
店内をすぐに一望できて、目ぼしい本はないかと、
物色して回る分には、中1の自分にはちょうど良い。

小学生向け児童書から、文庫本を読むようになり、
学校でも、星新一や遠藤周作、北杜夫が流行して、
それらが100~200円なので、親にねだらずとも、
自分の小遣いで買えるのが嬉しくて、通い詰めた。

店内では、いつもBGMが流れていて、その多くは、
英語の歌詞の曲で、テレビドラマやアニメ主題歌、
ドリフなどの番組でゲストが歌う歌謡曲くらいしか、
知らなかった自分にとり、お洒落な場所に感じた。

74年にカーペンターズが来日して、その模様が、
テレビ放映された際、ああ、これ聴いたことがある、
いつも本屋さんで流れている曲ばかりだと気づき、
無意識のうちに、カーペンターズに親しんでいた。

たまたま日曜に遊びに行った恵比寿の伯父宅で、
つけっ放しだったテレビから、カーペンターズの、
来日特集番組が始まり、空港で待ちわびるファン、
自宅でのインタビューに続き、武道館公演になる。

放文社で流れていたのはカーペンターズだったと、
新たな発見したような喜びと共に、番組を見続け、
途中でカレンがドラムを叩く場面には感動したりと、
本当に偶然の出会いで、たちまち自分も虜になる。

翌日、カーペンターズのファンの同級生に話すと、
その番組はカセットテープに録音したと言うので、
ダビングしてもらい愛聴したが、映像はただ一度、
放送で見ただけなのに、今でも細かく覚えている。

空港でファンのインタビューと交互に、男の子が、
曲名をあげていく中、若山源蔵のナレーションが、
かぶると、やがてカーペンターズの一行が到着、
高速道路を車で走る場面で、BGMが流れ出す。

昔のアニメやテレビドラマ、怪獣映画なども同様、
全部のシーンは無理だが、印象的な箇所とかは、
たった一度しか見ていなくても、すぐ思い出せて、
逆に最近の録画した番組の方は、すぐに忘れる。

カーペンターズが気に入り、ラジオを録音したり、
写真や楽譜の載った来日記念のムック本を買い、
日本編集の2枚組LPまで買い、何曲も聴いたが、
中でも「イエスタデイ・ワンス・モア」が好きだった。

「若かった頃、よくラジオを聴いて、お気に入りの、
曲がかかるのを待ちわびた。 それらがかかると、
一緒に歌い、笑顔になれた。」といった歌詞には、
中2の自分でも、ノスタルジックな気分を味わう。

スタジオ盤では、この曲をきっかけに、昔の曲の、
カバー演奏が続くという構成になっているようで、
確かに来日公演でも、オールデイズコーナーが、
あって、そこだけは当時はつまらなく思っていた。

アルバム「ナウ・アンド・ゼン」の発売が73年で、
その頃の主人公にとって、若い頃に聴いた曲で、
60年代前半の曲を取り上げているが、今では、
「イエスタデイ~」自体が、懐かしい曲になった。

カーペンターズのバンドスコアは、10年ほど前、
シンコーから増補改訂版が出たきりで、その後、
他の楽譜のように、曲を追加したり、老人向けに
活字の大きなワイド版で、再販されることもない。

数年前、駅前の楽器屋に売れ残っているのに、
気づいて、背表紙などはもう日に焼けていたが、
楽譜類は見つけた時に買っておかないと、いつ、
また手に入るかわからないから、迷わずに購入。

そのまま、カーペンターズをカバーすることなく、
歳月が過ぎ去ってしまうが、最近ブログ仲間の、
ももPAPAさんが、Sinonという歌手のカバーを、
紹介されていて、その歌声は時にカレンを彷彿。

完全なそっくりではないが、低音の部分だとか、
間の取り方や発音を丁寧に再現してくれていて、
YouTubeで、いろいろな曲を聴くと、本物の方も、
聴きたくなり、このところカーペンターズに浸る。

そうなると、自分で演奏したくなるのが悪い癖で、
とてもカレンのようには歌えないが、オケだけは、
何とか原曲に近づけるよう作り、コーラスの方も、
カーペンターズらしく、何回か音を重ね厚くした。

音楽に限らず、以前の日々は戻ってこないのか、
新型コロナの自粛が続く中、よけい心に染みる、
カーペンターズ「イエスタデイ・ワンス・モア」は、
キーが低くても歌唱力が伴わず、無理やりです。










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