FC2ブログ
僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
ポケベルのCM曲だったDEEN「このまま君だけを奪い去りたい」
何かの記事で、FNS歌謡祭の第二夜にDEENのボーカリスト、
池森が出ると知り、楽しみにしていたが、放送日を忘れていて、
たまたまテレビをつけたら、「このまま君だけを奪い去りたい」を、
歌っているところで、ついているような、ついていないような気分。

これまた記事で知ったことで、DAIGOがビーイングのヒット曲を、
カバーして、いくつかの曲は御本人参加のアルバムが出たので、
何かの歌番組でデュエットするかなと思っていたら、このFNSで、
DEENとデュエットしていて、これは、これで、面白い試みだった。

ただ、2番を歌わず、サビの繰り返しで終わるテレビ向けの尺で、
途中から見たから、すぐ終わったのかと思ったほど、あっさりで、
夏にやった「TBS音楽の日」で、ギターソロの前で終わったのも、
がっかりしたが、さらに短くて、歌番組とは、そういうものなのか。

池森の歌声は、もともと、絞り出すような歌い方で、25年前に、
テレビからドコモのポケベルのCMで、この曲が流れてきた時、
その独特の歌い方が、メロディと相まって、せつなく聴こえたが、
FNSでは、すごく苦しそうに聴こえて、時の流れを感じてしまう。

ミスチルの桜井が脳梗塞を起こしたり、徳永英明はポリープで、
あんな歌い方をするからだと思ってしまうが、池森も同様なのか、
真偽はともかく、ファンの間でも、喉を痛めたとか、手術したとか、
推測が飛び交ったようで、YouTubeのコメ欄にもわりと出ている。

聴き比べでもないが、そうしたYouTubeでのライブ映像を見ると、
25年分もあるからか、出来不出来というか、レコードそっくりに、
歌っているかと思うと、声が出なくて、途切れ途切れになったり、
原曲よりキーを下げていたり、かなりムラのあるボーカルのよう。

演奏にしても、必ずしもレコードどおりのアレンジだけではなくて、
イントロを変えたり、オーケストラを加えたり、いろいろやっていて、
かなり原曲に近いフルコーラスで演奏する際も、ギターの田川は、
間奏のソロを多少変えて弾くので、これまた、自分的には不満が。

田川は二代目ギタリストなので、デビュー曲には参加してなくて、
一応レコードを意識したフレーズを弾くが、自分流に変えていて、
自分は、ジャズやクロスオーバーは、当然アドリブ中心で良いが、
AORやニューミュージックでは、ライブでも同じにしてほしくなる。

ビーイングは、自分の想像だが、もともとあるバンドではなくて、
デビューさせたいボーカルがいると、ソロ歌手ではなく、バンド、
あるいはユニットの形に組ませ、音楽学校で鍛えられたような、
スタジオミュージシャンの卵を、バックにつけていたように思う。

特にギターで感じていて、松原正樹、今剛とはフレーズも違って、
それも、バンドごと、ベテランのTUBEの春畑は当然のことだが、
WANDS、DEEN、FIELD・OF・VIEWのアルバムを聴いても、
個性が分かれるので、それぞれのギタリストが弾いていると思う。

また、ビーイングで面白いのは、シングル曲の大半の作曲では、
織田哲郎が担当して、作詞は、歌う本人、ZARDは坂井和泉で、
WANDSは上杉昇だが、その坂井や上杉が他の歌手、バンドに、
楽曲提供することもあり、ビーイング全体がユニットのようでも。

DEENの「このまま君だけを奪い去りたい」も、作曲は織田哲郎、
歌詞は上杉昇なので、なぜWANDSでなくDEENで出したのか、
WANDS自身も、セカンドアルバムに収録して、セルフカバーと、
言えなくもないが、作ったの本人なのに、二番煎じの印象がする。

それを意識してか、上杉は歌詞やメロディを変えていて、歌詞は、
「心震えるほど愛しいから」を「心震えるほどに」と、1文字を追加、
メロディーは、細かく歌い回しも変えていて、歌詞は書いた本人が、
どういじろうと自由だろうが、メロディまで変えるのは、どうなのか。

織田哲郎のセルフカバーアルバムを聴くと、わりと淡々と歌って、
かなりDEENともWANDSとも印象が違うが、メロディラインでは、
DEENとほぼ同じなので、これが原メロディだろうし、ユーミンが、
ハイファイセットの曲を歌う時のように、アレンジの違いも面白い。

ギターソロも、DEENの場合は、間奏の転調していくコード進行を、
なぞるようにして、そこへ早弾きを入れるTOTOのルカサーのよう、
WANDSの柴崎は、実際はルカサーフリークだが、あえて変えて、
ジェイ・グレイドンのようなハモリのギターで、見事にソロを決める。

こういう演奏を聴くと、先に書いたように、スタジオミュージシャンを、
使わずに、それぞれのバンドのギタリストらが演奏していると思うし、
そもそも、スタジオミュージシャンに匹敵する力量をもつ有望株を、
音楽学校から見つけてきて、バンドに入れているのだろうと思える。

どちらのバージョンのギターソロも、完コピしたいくらいに格好良く、
以前、バンドスコアを検索すると、DEENがシンコーミュージックの、
「ちょっと懐かしいJ-POPあつめました」に載っているが、他の曲は、
B’zが大半なので、ダウンロード楽譜でDEENの1曲のみを買う。

「ちょっと懐かしい~」には、WANDSの曲も4曲入っているのだが、
「このまま君だけ奪い去りたい」ではないので、ジェイ・グレイドン風、
ギターソロはあきらめて、ルカサー風ソロを再現するようオケ作り、
もちろん、一番のネックは歌で、池森の歌い方の再現は、まず無理。

自分は腹式呼吸ができず、喉声だから、DEENっぽくなるかなと、
ちょっとトッポ・ジージョ気味にしたら、自分で聴いても不快になり、
普通に歌うことにしたが、自分の地声の限界はギター1弦のGで、
この曲はA♭を出す必要があって、そこは、かなりごまかして歌う。

YouTubeでは、ものまね芸人の「しばっち」という人が、この曲を、
解説していて、「デフォルメしすぎないで、丁寧に歌って下さい。」と、
まるで、自分に言われているようで、「語尾に『が』をつける。」は、
ギャグっぽいが、伸ばした後に声を切る癖をうまく表現している。

さすがに、自分は「はしゃぎー疲れーっが」とまでは歌わないが、
息つぎせずに、つなげて歌うほうが似ると勘違いしていたところ、
つなげるようで、フッと区切って歌うと、それっぽくなるんだなあと、
すごくためになるアドバイスで、ブレスを多少意識して歌うことに。

ポケットベルが来年終了するというニュースも流れて、どことなく、
タイムリーな気分で、DEEN「このまま君だけを奪い去りたい」を、
演奏し、ギターソロは、かなりいい感じになったと自負してますが、
ボーカルは、最不調の時の池森の足元にも及ばない出来でした。



スポンサーサイト


竹内まりやがビートルズを歌った「マージービートで唄わせて」
竹内まりやのデビュー時、大学の音楽サークル出身と知り、
ちょっと見た目が良ければ、すぐレコードを出せるんだなと、
馬鹿にしていたら、「セプテンバー」はレコード大賞新人賞、
「不思議なピーチパイ」もヒットし、TV「ベストテン」に出演。

いい曲だなとは思ったが、歌詞は松本隆や安井かずみで、
作曲は林哲司に加藤和彦、歌詞さえ自分で書かないのに、
ニューミュージックになるのか、アイドル歌手と同じなのに、
歳をくっているから、アイドルでは売り出せないのかと思う。

それでも、その2曲は気に入ったので、収録されたLPの、
「ラブソング」を買ったが、てっきりベスト盤だと自分は思い、
CMで流行した「ドリーム・オブ・ユー」が入っていないなあと、
不満に思ったりして、その後は、エアチェックもしなくなった。

そうしたところ、山下達郎と結婚したと知り、才能があれば、
男は不細工でも美人と結婚できるんだ、自分もがんばって、
ギターを上手くなろうなんて、単純に考えて、さらに数年後、
達郎プロデュースで、活動再開したアルバムは、すぐ買う。

これは、どちらかというと、山下達郎関連で買ったのであり、
「ライド・オン・タイム」でファンになり、旧譜を買い集めたり、
「フォー・ユー」や「メロディーズ」をリアルタイムで買ったり、
ライブにも行ったので、その流れの中の新譜としてとらえた。

何となく買ったのが、達郎のギターやコーラスが冴え渡って、
竹内まりやの楽曲も、タイトル通り、「ヴァラエティ」に富んで、
捨て曲なしの名曲だったし、癖の強い達郎のボーカルより、
すごく聴きやすい感じで、ウォークマンでも繰り返し聴いた。

達郎は、「オオウエッ」と吐きそうに、しゃくりあげて歌ったり、
さんまのブラックデビルの「クワッ、クワッ」のようになったり、
好き嫌いの分かれる歌い方で、演奏とコーラスに回った時、
村田和人や竹内まりやがボーカルの方が良かったりする。

その「ヴァラエティ」の中の、「マージービートで唄わせて」は、
ビートルズへのオマージュ、竹内まりやの実体験を元にして、
ビートルズに夢中だった少女時代を歌った曲で、自分にも、
共感できることばかりで、これ以上ないくらいのトリビュート。

歌詞にはビートルズという言葉や、メンバーの名前もないが、
マージービート、リバプールとくれば、それはビートルズだし、
襟なしスーツは初期のビートルズのトレードマークの衣装で、
あえてビートルズと名乗らないところが、すごくしゃれている。

1番の歌詞に出てくる、「あたなが話してる言葉も分からずに、
ひたすら追いかけた少女が、ここにいる私なの。」の部分には、
この中年オヤジもそうだよと、英語もろくにわからないままに、
必死で歌詞を覚えたりしたファンの気持ちうまく表現している。

後半に至っては、「あなたが消えてから、寂しくなったけど、
いつの間にか、大人になって、涙さえ乾いていた。」となって、
ビートルズの解散とも、ジョンへの追悼とも取れる言い回しで、
昔は実は聞き流していて、歳を取ってから心に染みるように。

文字通り、ジョンの訃報に接し、この世の終わりにみたいに、
泣きじゃくっていたのに、いつの間にか、この歌詞の部分を、
さらっと流せるくらいに、涙も乾いていたわけで、何年か前に、
ラジオで聴いた時、ハッとして、涙があふれて止まらなかった。

今回、カバーすることにして歌っていても、この部分になると、
泣けてきて、声が嗚咽になってしまって、何度も手前のところ、
オルガンソロが終わったところからやり直して、何とか歌うが、
ただでさえ、かすれがちな声が、何度も歌うと、ひどいことに。

先日買った山下達郎や竹内まりやの曲がメインのスコアに、
この曲は載っていなかったので、ネットのダウンロード販売の、
アットエリーゼで買って、譜面通り弾くが、山下達郎の編曲は、
実際のビートルズの演奏するパターンとは微妙に違っている。

ちょっと、それっぽくなるように、ジョンの弾くアコギを加えたり、
マラカスか何かでリズムを刻むのを、タンバリンに変えたりして、
完コピの主旨とはずれるのだが、ビートルズらしさが出るように、
この曲を拝借し、自分なりのトリビュートになったと自画自賛。

途中のコーラスは、まりやのサークルの先輩かつリーダーで、
ビートルズファンを公言する杉真理が参加し、達郎つながりの、
村田和人、伊藤銀次の3名の、これ以上ないメンバーが歌い、
自分としても、これはビートルズだなあと、嬉しくなってハモる。

「ウーランラン、アー、アー」となるのだが、「ウーラン」なんて、
日本公演でも歌った名曲「ひとりぼっちのあいつ」みたいだし、
「ウー」と「アー」が混在するのもビートルズらしい、おかげで、
下のハモを最初、逆にして歌ってしまい、アップ直前に気づく。
 
ウーとアーを間違えるなんてのは、ジョンのお得意だったから、
このままにした方がビートルズっぽいかと思ったが、この曲は、
ビートルズのカバーではなく、あくまでも竹内まりやなのだから、
明らかなミスは直さないとと、かすれた声ながら、歌い直した。

また今年も、ジョンの悲劇を思い出す時期が来てしまったが、
ビートルズでもジョンの曲でもなく、ちょっと変化球のカバー、
竹内まりや「マージービートで唄わせて」は、キーは低めでも、
やはり高音はきついし、歌唱力の違いは何ともしがたいです。




ベックのスリリングなアドリブの「ヘッド・フォー・バックステージ・パス」
中学時代、ビートルズばかり聴いていた自分が、高校に入り、
同級生たちが弾きまくる、パープルやツェッペリンに刺激され、
ギターが上手くなるにはビートルズ以外も聴かないとダメだと、
全曲インストのジェフ・ベック「ギター殺人者の凱旋」を買った。

タイミング良くというか、ほどなくして、ジェフ・ベックの新作の、
「ワイヤード」が出て、当時はAMラジオでも洋楽特集があり、
いくつかの番組からエアチェックしたら、曲順はバラバラだが、
アルバム全曲が録音できて、こっちはLPを買わずにすんだ。

今でもオーディオに無頓着な自分としては、AMラジオからの、
雑音の多いモノラル録音のカセットテープでも、十分満足して、
次作「ライブ・ワイヤー」や、過去の「BBAライブ」は買ったが、
「ワイヤード」はレンタルもせず、CDの時代になってから入手。

ちなみに、そのCDは、20年以上前に、友人に貸したままで、
もはや、カセットは聴けないし、スマホに入れて聴きたいから、
昨年、Amazonで安い輸入盤を買い、けっこう、そんな感じで、
LPからの買い替えと合わせて、戻ってこないCDも買っている。

そんなわけで、昔のアルバムが輸入盤で、すごく安くなったり、
国内盤の廉価盤シリーズで再発しないか、よく検索しているし、
合わせて目ぼしい楽譜はないか見ていると、シンコーのHPに、
9月に「ワイヤード」のバンドスコアが出るとあり、すぐに買った。

このところシンコーは、パープルやレインボーのバンドスコアを、
何種類も立て続けに復刊していて、それもサイズが大きくなる、
ワイド版で、老眼の親父バンドをターゲットにでもしているのか、
それなら、ベックの「ギター殺人者の凱旋」も出ると良いのだが。

以前買った「ベスト・オブ・ジェフ・ベック」には、「ワイヤード」から、
「レッドブーツ」、「蒼き風」、「グッドバイ・ポーク・パイ・ハット」が、
収録されていて、ドラム入力で挫折した「レッドブーツ」を除いて、
演奏済なので、今回は「ヘッド・フォー・バックステージ・パス」を。

ちょうど、ベックを聴き始めた高1の76年、「ロッキンF」が創刊、
第2号あたりで、「ワイヤード」特集があり、ベックの奏法解説と、
「ヘッド・フォー~」のバンドスコアが載ったという記憶なのだが、
今は手元にないので、別の号と勘違い、混同している可能性も。

ベックのフレーズ分析で、「ヘッド・フォー~」のアドリブの後半、
下降スケールのように音が下がっていき、6弦開放を弾いたら、
すぐに今度は1弦の22フレットの最高音へと、一気にとぶのが、
ベックの予測不能なスリリングなところみたいに、書いてあった。

そんなことで、すごいと思われるのか、そういやヤマハから出た、
「ロックギタリスト」というインタビュー集には、スティーブ・ハウが、
「高い泣き叫ぶリフと、低音のリードを弾くのがすごい」みたいに、
インタビュアーが言っていて、通常と逆にすれば良いのだろうか。

高1の自分は、単純だから、アドリブするときに、やたら上下して、
行ったり来たりするのがすごいとか、高音でコードを鳴らしてから、
低音でチョーキングでもすれば良いのだと、勝手に思い込んだり、
デビューしたチャーがそれに近く、ベックみたいだと感動していた。

ただ、自分のでたらめなアドリブと違って、チャーのデビュー作は、
本当にベックのようなスリリングなフレーズが、ものすごかったし、
自分は44年ギターを弾き続け、この歳になっても、当時20歳の、
チャーにまったく及ばないし、ベックの完コピも、まだまだ道半ば。

さらに、今回「ヘッドフォー~」のドラム入力して、気づいたのが、
後半のアドリブの部分では、4小節ごとに、5拍子になっていて、
普通に弾いていると、1拍ずつずれていくので、これまで自分が、
ベックは小節の頭も無視して、弾きまくると思ったのが大勘違い。

イントロのベースも、けっこう口ずさめるほど覚えているのだが、
途中から、フレーズの出だしは、小節の頭でなく3拍目だったり、
16分音符を繰り返すフレーズも、アクセントがずれていったりと、
けっこう複雑なうえに、ドラムにつられて、何度もやり直すことに。

この曲のドラムのリチャード・ベイリーは、前作では全曲叩いたが、
「ワイヤード」では、大半の曲はナラダ・マイケル・ウォルデンで、
今回初参加のベース、ウィルバー・バスコムは、ほぼ全曲参加、
そのうえ、「ヘッドフォー~」の作曲にも名を連ねるという大抜擢。

バスドラムやスネアのアクセントをずらした、複雑な16ビートを、
刻んでいるドラムに合わせて、チョッパー奏法やハーモニクスに、
16分音符の早弾きまで決めてくるベースは見事で、今考えると、
自分が聴いた最初のチョッパーは、この曲になるかもしれない。

ベックのギターは、けっこう重ねてあるようで、ベースソロに続き、
カッティングで入るリフの部分は、左右に分かれてハモっていて、
センターでベースのフレーズをなぞったり、オブリガードを弾いて、
後半はとにかく弾きまくっていて、いかにもベックというフレーズ。

延々と続くアドリブは、ワンテイクというか通しで弾いているのか、
真偽の程は定かではないが、前作の泣きのギターの名演である、
「哀しみの恋人達」は、いくつかテイクからジョージ・マーティンが、
編集したという説があり、今回もマーティンなので、どうだろうか。

ビートルズから、今のジャズ、フュージョンギターを弾く自分へと、
方向転換するきっかけ、ジェフ・ベックの2番目に聴いたアルバム、
「ワイヤード」の中でも、雑誌の楽譜を頼りに当時から演奏した曲、
「ヘッド・フォー・バックステージ・パス」は、ここまでがやっとです。





ドラマ主題歌にもなった歌詞が心を打つ小田和正「この道を」
目ぼしいCDや楽譜は、とりあえずAmazonのカートに入れて、
「あとで買う」にして、「在庫あり」から「残り1点」や「入荷予定」、
「一時的に品切れ」となるのをチェックしたり、特に輸入物だと、
金額がこまめに変動するので、株式ではないが買い時を探る。

テレビドラマ「ブラックペアン」の主題歌となった、小田和正の、
「この道を」は、CDが発売と同時に売り切れたので、もともと、
そんなに欲しくなかったし、ドラマもちゃんと見てなかったのに、
何だかそわそわして、再入荷しないかチェックして、購入した。

オフコースのファンだった自分としては、オフコース在籍時に、
海外録音で出た小田のソロは、そんなに気に入らなかったし、
鈴木康博が抜けた後のオフコースは、小田色が強いというか、
サウンドも含めて単色に感じ、途中から買うのをやめている。

「東京ラブストーリー」のテーマ曲は、シングルCDを買ったが、
それ以来、小田和正のソロを買うことも、借りることもなくって、
「クリスマスの約束」でカバーを歌うのを見るくらいだったので、
CMで流れたりする曲は、何となく口ずさめるかなという程度。

ものすごい久しぶりに、まともに聴いた小田の新曲となったが、
「この道を」は、ほぼピアノ弾き語りに近い、シンプルな編曲で、
オフコースではなくソロ作とはいえ、そのストレートさに驚いたし、
何よりも、愛とか別れとか哀しみの歌詞ではないのにびっくり。

ちょっと極論過ぎるかもしれないが、オフコースの小田の詩は、
心象風景というか、僕が思っていること、という心情の吐露が、
ほとんどで、「かわいそうな僕」というナルシストの印象が強く、
それだけに、歌詞の内容が、まるで自分のことのように感じる。

正直、ほとんどもてたことのない自分は、オフコースの歌詞で、
どれだけ涙し、癒されたか、歌詞カードをノートに書き写したり、
新潮文庫の歌詞集を買って、いつもカバンに持ち歩いたという、
おそらく男性ファンの大半が経験する、せつない思い出がある。

そんな自分からすると、「この道を」の歌詞を見て、ずいぶんと、
骨太の歌詞を書くようになったと驚くわけで、ソロになってから、
ほとんど知らないだけで、こんな歌詞も昔から書いていたのか、
まあ、オフコース時代も、まったくないわけではなかったけれど。

「それでも懸命に生きて行くと、そう決めた。」と、始まる歌詞は、
そんなにドラマの内容とはシンクロしてない気がして、何でまた、
この曲がエンディングテーマなのかと思いつつ、ドラマ抜きにし、
そうだよなあ、生きて行くしかないよなあと、何だか共感してくる。

これまたAmazonで、このピアノ譜が品切れ状態になっていて、
版元のドレミ出版のホームページでも、入荷待ちから品切れと、
メーカーでも在庫切れなので、Amazonが「2~3日で入荷」と、
なった段階でクリックしたが、結局は届くまで1ヶ月以上かかる。

楽譜は一度売り切れてしまうと、もう二度と手に入らないことも、
多いからと、単に手元に置いておくだけのために買ったのだが、
届いたのが11月1日で、ちょうど愛犬とお別れをした自分には、
「懸命に生きて行く」の歌詞がしみる、しみる、たまらないくらい。

だからといって、自分でこの曲を歌ってカバーしようと思うのは、
短絡的すぎるし、弾き語りに近いから、歌の下手さが目立つが、
いつものダブルトラックどころか、4回歌って声を厚くしたうえに、
お風呂場エコーくらいに、リバーブとディレイの両方ともかけた。

ピアノ譜の弾き語りバージョンは、CDの伴奏の完コピに近くて、
楽譜どおりにギターシンセで弾き、途中から入るストリングスは、
耳コピが苦手なので、コードを流して、多少メロディっぽくして、
コーラスは聴き取れる音から三声にして、雰囲気だけ近づける。

その歌のお口直しというか、インスト版でギターも弾くことにして、
渋谷河合楽器の発表会で、「せっかくギターが上手いのだから、
歌わない方が良い。」と先生に言われたのを、改めて思い出し、
小田和正「この道を」は、ギターだけの方が良かった気もします。







我が家の愛犬、ビーグルのマリアが16歳で旅立ちました
平成30年10月26日午後11時12分、我が家の愛犬の、
ビーグルのメス犬、マリアが、16歳4ヶ月という大往生で、
旅立ってしまい、実家で飼っている犬は何匹も看取ったが、
自分で飼ったのは、この子だけなので、やはり思いは違う。

「こんなちっぽけなブログ」なんて言い方するほど、自虐的、
皮相的になっているわけでもないが、自分の拙い文章でも、
自分と家族が愛したビーグルに、多少なりとも触れることで、
あの子の生きた証になればと、少しだけ駄文を連ねてみる。

平成14年6月に実家で産まれたビーグルの赤ちゃんのうち、
たまたまマリアが娘の膝に必死でよじ登り、昼寝をしたことで、
娘が飼いたいと言い出したので、実家ではマリアを手放さず、
毎週末のように、娘はマリアに会おうと、実家へ通ったりした。

「お母さんが、小学校へ入学したら飼ってもいいと約束した。」
そう言って、娘がマリアを連れて帰ってきたのが、平成15年春、
仕方なく、どうせ数日で飽きるだろうと、我が家に迎え入れると、
息子が絶対に返すなと言い、約15年間、喜怒哀楽を共にした。

自分は決してほめられた飼い主ではなく、ギターを弾いたり、
パソコンでブログ記事を書いているとき、足元に寄ってきては、
おやつをよこせだの、やれ散歩へ行くだの催促されるたびに、
むっとしては、ああ、もう、こいつの相手は嫌だと叫んでいた。

マリアを飼っていなければ、毎日でもギターを録音して、毎日、
ブログを更新できるだろう、十数年に渡る朝晩の散歩時間を、
勉強に充てていれば、司法試験だって夢じゃなかったろうと、
できもしないことを考えて、邪魔者扱いすることも多々あった。

マリアからは、家族全員にいろいろなものをもらったと思うが、
自分は、それに足るだけの飼い主だったか、自問自答しつつ、
定年退職して時間が増えたら、マリアを嫌と言うほど思い出し、
何か別のブログでも起こそうか、なんてことまで考えてみたり。

マリアが10歳を過ぎた頃から、あと何年、この子といられるか、
毎年考えていたが、それを思えば、がんばってくれたと感謝で、
家族4人全員で見送りできたのも感謝しつつ、この文章を終え、
次からは、いつもどおり、音楽や演奏中心のブログに戻ります。






Copyright © 僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ. all rights reserved.