僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
スクエアのF1テーマ曲「トゥルース」の原点とも言える「プライム」
実は、またまた演奏もブログもとばしていまいそうな、綱渡りで、
性懲りもなく、キーの高く歌えそうにないのにやりたい曲があり、
オケはそこそこ完成したものの、週明けから風邪気味になって、
低い音程の曲でさえ無理な状態のまま、週末になってしまった。

そんなときは、クラシックギターの1つでもといきたいところだが、
基礎練習を怠っているうえに、右爪も割れてきて、切ってしまい、
安直にギター二重奏とも思ったが、今週は土曜出勤でないから、
インスト曲、スクエアあたりなら、1日あれば十分だと高を括る。

ピアノがメインの曲は和音が難しいし、サックスがメインの曲は、
フレーズが細かいし、ギターシンセではニュアンスが出しにくい、
やはりギターがメインで、ギターソロもある曲で練習もした曲と、
アルバム「リゾート」収録で、ハードロック調の「プライム」にする。

ベースとドラムは、ほとんどハードロックかヘビメタという感じで、
ベースの田中は得意のチョッパーはまったく使わずに、ひたすら、
8ビートを弾き続けて、ドラムも基本パターンを力強く叩きまくり、
フィルインは、ロックドラマーのドラムソロ並みに細かく入れてくる。

ピアノがリズムを刻みながら、ストリングスでコードを伸ばしたり、
メロディの合間にアクセントのリフを入れてきたり、ジャーニーが、
やりそうなパターンで、伊東はサックスではなく、リリコンを吹いて、
シンセリードのようにして、サビではギターとユニゾンにしている。

ギターのアルペジオの変形のような、リフの繰り返しで始まって、
ベースとユニゾンの8分音符や、クリーントーンのコードだったり、
いろいろ小技が効いたバッキングだが、全体に歪ませた音色で、
ほとんどロックギターで、ジャズ出身とは思えないくらい様になる。

間奏は、派手なアーミングもあり、エディ・ヴァン・ヘイレンのようで、
やたらと早弾きなのは、ハーモニックマイナースケールではないが、
イングヴェイやスティーブ・ヴァイのようで、デビュー当時に比べて、
どんどんロック色が強くなり、もともとロックギター少年だったのか。

スクエアのこと、ブログ用に、いろいろなバンドスコアを手に入れて、
物色していることも書きたいが、週末更新に間に合わなくなるので、
とりあえず、スクエアの「プライム」を、ほんの1時間前にミックスして、
まだミスも多いままですが、アップして、後で苦労話とか追加します。










(土曜のうちに書ききれなかった分です)
スクエアの代表曲といったら、F1テーマ曲になった「トゥルース」で、
お茶の間にも浸透するくらいに、テレビでも、やたらと流れた曲で、
自分も好きな曲だが、最初に聴いたときに、あれ、昔の曲だっけと、
勘違いするくらいに、「プライム」に似ていて、ほとんど同じ路線の曲。

コンサートでは、こうしたロック系の曲は、当然のように盛り上がって、
YouTubeを見ると、ライブ盤と同様に、安藤のギターソロから始まり、
ヴァン・ヘイレンの「暗闇の爆撃」のように、ライトハンド奏法を駆使し、
ステージを走り回ったり、倒れこんだりしながら、派手にやっている。

曲が始まると、ベースの田中がこぶしを突き上げて、観客をあおり、
会場は、さながらロックコンサートのように総立ちで、腕を振り上げ、
自分が見に行ったのは、「トゥルース」のツアーだから、曲は違うが、
「プライム」以上に、「トゥルース」は熱気に包まれて、ものすごかった。

ただ、自分の場合、ロックのコンサートでも、立っているのは苦手で、
何でフュージョンなのに、座って、じっくりと演奏を聴けないのかと、
かなり不満で、一度しか行っていなくて、それは、時代がさせたのか、
カシオペアにしても、松岡直也にしても、異様な盛り上がり方だった。

カシオペアは、ある時からディスコ調になったと、自分は思っていて、
バブルほどではないが、会場では着飾った女性が踊りまくっていて、
カシオペアのメンバーも、少年隊のような派手な衣装に身を包んで、
踊りながら演奏して、時には、揃って一回転して、客席を沸かせた。

ベースの桜井が演奏中、横向きになったと思うと、後ずさりを始めて、
たぶんムーンウォークの真似事だろうが、マイケル・ジャクソンに比べ、
あまりに情けない感じで、こんなことより、演奏を聴きたいのになあと、
お約束の「朝焼け」の観客の掛け声も、うるさいなあと思ってしまう。

松岡直也は、基本ラテンバンドだから、陽気に騒ぐのが当然なのか、
ジャズの場合、それぞれがアドリブした時に、拍手することもあるが、
和田アキラのアドリブに「アキラー」とか、「キャー」とか叫んでみたり、
松岡が決めのフレーズを弾くと、地響きのように皆がうなりだしたり。

結局、自分はフュージョンのライブさえ、だんだん行かなくなっていき、
そのうち、スクエア、カシオペアへの興味もなくなり、新譜も買わずに、
昔の曲だけ聴いていれば良いと、偏屈爺への第一歩を踏み出して、
今に至っては、70年代を中心にCDや楽譜を集め、時が止まっている。

スクエアは、「トゥルース」と「イエス・ノー」は、バンドスコアがあるし、
数年前に復刻した「ベスト」も持っているが、「プライム」は載ってなく、
昔のベスト集「パーフェクション」に出ていて、このギターの演奏は、
確かギターマガジンに載っていたのを、かなり必死に練習していた。

昔弾いた曲だから、楽勝でしょうと、一日で仕上がると踏んでいて、
ドラムとベースだけは、金曜の夜に、もう歌うのは無理と見切って、
リズム入力とベース演奏を録音したが、土曜にシンセから始めると、
ピアノパートだけで1時間かかって、ストリングスなどで午前は終了。

昼食後は、テレビを見たり、図書館にCDを借りに行ったりしてから、
シンセでリリコンのメロディを録音して、ユニゾンのギターも重ねる、
最初ギターは、全部ストラトにするつもりだったが、音色が貧弱で、
ギターリフやメロディは、レスポールで、全部やり直しをすることに。

間奏のギターもレスポールにしたかったが、ここではアーミングの、
派手なプレイがあるので、ストラトでないと再現できないから使用、
ただし、自分のストラトはノーマルなトレモロなので、音程が狂って、
アームをやってから、一度録音を止めて、チューニングし直したり。

途中の決めのフレーズや、間奏の早弾きまでも、何とか演奏でき、
30年以上前に、河合楽器でバークリー教本で鍛えてもらったのは、
財産になって、今でも、そこそこ弾ける程度で衰えていなかったと、
ちょっと嬉しい半面、ビブラートやチョーキングは進歩せず下手くそ。

エンディングは、キーボードがシンセソロになるが、バンドスコアは、
「アドリブ」と書いて省略してあり、その段階で、夜の10時を過ぎ、
もう耳コピしている時間もないしと、出だしのフレーズだけ似せて、
数小節弾いてから、レスポールで好き勝手に弾き、フェイドアウト。

たった1日で仕上げるというと、ビートルズのデビューアルバムの、
10時間で10曲が思い浮かぶが、ビートルズが時間がないから、
カバー曲を演奏したのと、自分がカバー曲しかできないのとでは、
大違いで、その出来も若輩者の彼らに大きく水をあけられている。






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松原正樹の一人ツインリードが冴えわたるユーミン「ダンダン」
もう30年以上も前になるが、ユーミンのコンサートを見に行き、
すごく感動したと、職場の女性陣が興奮気味に話していたので、
ユーミンはライブでは歌が下手くそなじゃないかと、口を挟むと、
全然そんなことなく、ちゃんと歌っていたと、即座に否定される。

ステージや照明もすごかったとか話している中、ギターの人が、
格好良かったという会話もあり、これは聞き捨てならんとばかり、
パンフを見せてもらうと、2人のギタリストがバックバンドにいて、
どちらもショートカットに髭をはやし、美容師とかシェフにいそう。

自分のイメージする格好良いギタリストは、長髪をなびかせて、
顔は美形で、細身という、少女漫画に出てくるようなスタイルで、
初期のクイーン、エンジェル、さらにランディ・ローズが理想だが、
世間一般の格好良いという感覚と、自分はかけ離れていたのか。

見た目はともかく、ちょうど、そのライブを収録したCDが出たので、
実際の演奏はどれくらいのレベルか、ユーミンの歌もどうなのかと、
買ってみると、多少レコードとアレンジを変えるが、見事な演奏で、
曲によってはギターソロも長くて、音色もフレーズもレベルが高い。

「パール・ピアス」がメンバー紹介を兼ねたイントロで、ギタリストの、
市川祥治や中川雅也が呼ばれると、黄色い歓声が上がっていて、
単純な自分は、ギターソロも延々と弾けて、ファンまでつくのならば、
ツアーのバックバンドも悪くないと、プロへの夢がまた膨らんでくる。

安直というか、ユーミンのピアノ全曲集を手に入れ、練習を始めて、
もともと河合楽器で歌の伴奏をした際、参考にとLPも買っていたが、
持っていない旧作をCDで買い集めて、目ぼしいギターソロを耳コピ、
大半が松原正樹の演奏なので、それを練習するだけでも楽しかった。

ユーミンのライブは、次の作品「アラーム・アラモード」から見に行き、
「ダイアモンドダスト」から「ラブ・ウォーズ」くらいまで、続けて見たが、
2人のギタリストの実力は認めつつ、やっぱりギタリストは長髪だよ、
お洒落なポップスはこうなのかと、ユーミンのバックは無理と諦める。

それでも、ユーミンの曲には、ギターの格好良い曲が多かったから、
バックバンドを目指す目指さないは別にして、松原正樹をコピーして、
ソロアルバムやパラシュートの曲より、名演じゃないかという曲も多く、
「恋人はサンタクロース」、「セシルの週末」、「ダンダン」など練習した。

ユーミンのバンドスコアは、いわゆるヒット曲を中心に選曲されていて、
ギターソロの曲ばかり載っているわけではないが、自分の好きな曲、
「ダンダン」も出ているので、MTRで多重録音して、オケをバックにして、
果たせなかったバックバンドのリードギタリストの気分を味わうことに。

今回、記事を書くのに、何か参考になるかと、シンコーのディスクガイド、
「ジャパニーズ・シティ・ポップ」を見ると、「パール・ピアス」のCD解説に、
「イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーの『秋風の恋』」によく似た
イントロの⑦も名曲」とあり、「ダンダン」の元ネタらしき曲名が出ている。

字数が限られている解説欄に、長いアーティスト名を延々と書くほど、
これだけは言っておきたい、みんなは気づいていないかもしれないが、
そっくりなんだから、ぜひ聴いてみてくれ、パクリだと言いたかったのか、
それで、聴こうと思ったら、この名前も曲名も、つい最近目にしていた。

deaconblueさんという方が、70年代を中心にした音楽評論のブログを、
運営されていて、先月、「秋風の恋」の記事があり、曲も聴いたのだが、
その時には、「ダンダン」にはまったく思いもいかず、今、聴きなおしても、
言われてみれば似ているかな、参考にはしたのだろうなあという程度。

「ダンダン」の、しっとりとしたピアノイントロは8小節を2回繰り返すが、
「秋風の恋」は4小節のみで、テンポも早いので、このイントロを元に、
作ったとしたら、パクリというより、よく、ここから発展させていったなと、
こうして、あちこちにアンテナを張っているのかと、逆に感心してしまう。

「ダンダン」のギターの延々と繰り返すフレーズは、松任谷正隆による、
指定されたフレーズなのか、8小節の繰り返しの中、最後の2小節は、
毎回フレーズが変わるから、ここだけ、フェイクする指定だったのか、
その部分が、いかにも松原正樹というフレーズの連続で、本当に見事。

ユーミンの曲を解説されているブログも、かなりあって、いろいろ見たら、
「後半は鈴木茂のギターソロで、特有のフレーズが聴ける」と書いてあり、
演奏者はアルバム単位のクレジットなので、ギターは鈴木と松原とあるも、
この曲は、サイドギターも含め、全部、松原正樹だと思っていたのだが。

しかも、今剛がいれば、双子のようなフレーズを演奏する二人だから、
左右に分かれたリードギターを、2人で分担して、息が合ったところを、
聴かせてくれるだろうが、これは、松原正樹がダビングしているはずで、
どちらからも、異弦同フレットを使う、特有のフレーズが際立っている。

松原正樹のギターを弾きたくて、ユーミン「ダンダン」を演奏したところ、
バックバンドだった中川雅也が昨年亡くなっていたという記事も見かけ、
何でまた、どんどん知っているミュージシャンの訃報ばかり接するのか、
自分が年を取ったから、仕方ないとはいえ、やるせない気持ちで一杯。

ユーミン「ダンダン」の演奏は、後半のギター部分だけでも良かったが、
一応フルコーラスにして、その分ユーミンの歌が、思ったよりも難しくて、
さらに、松原正樹のフレーズは、指がもつれそうだし、何よりも音色が、
自分のギター、エフェクターでは再現できず、雰囲気コピーになってます。






ジョンがジョージに贈った「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」

ビートルズのデビューアルバムは、たった1日、約10時間で、
一気に10曲を録音していて、当時のレコーディングの事情や、
新人バンドにスタジオを、そう何日も使わせられないといった、
大人の事情を考えても、かなり無理のある荒わざだと言える。

2枚目のシングル盤、「プリーズ・プリーズ・ミー」が大ヒットして、
人気のあるうちに、アルバムも発売しようというレコード会社の、
戦略があったのに加えて、ビートルズの魅力を伝えるために、
キャバーンのライブ録音も検討した、マーティンの思惑もあった。

彼らの熱気を反映させるには、一発録音が良いだろうと判断し、
そのうえ、ビートルズはツアーのスケジュールも埋まっていて、
そうそう、録音だけのためにロンドンへ戻ることもできないから、
ツアーの合間の1日での一気の録音、奇跡の2月11日となる。

事前にマーティンから、「すぐに録音できる曲は?」と尋ねられ、
ハンブルグ時代からライブで鍛えられたカバー曲を挙げたが、
オリジナルの新曲も準備しておいたようで、昔からやっていた、
「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」に加えて、3曲を録音。

「ミズリー」は、一緒に国内ツアーを回っていた人気歌手である、
ヘロン・シャピロに歌ってもらおうと、ツアーの楽屋で作ったが、
歌詞が暗すぎるとして却下された曲、「ゼアズ・ア・プレイス」は、
ジョンの内省的な歌詞が、この段階から芽生えていたとわかる。

もう1曲は、「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」で、
ジョンの単独作詞作曲だが、ジョージがメインボーカルを担当、
「3つしかコードがないから、ジョージに向いてると思った。」と、
半ばジョージの歌唱力を馬鹿にしたように、ジョンが語ったとか。

アルバムは、マーティンがメンバー紹介を意図したかのように、
1曲目がポール、次はジョンとポールのハモリ、そしてジョン、
さらにジョージ、リンゴとメインボーカルが変わるが、ライブで、
ジョージが数曲は歌っていたので、もう1曲を歌わせることに。

まだ自作曲がないジョージに、もう1曲カバーでも良いだろうが、
ジョンが自分で歌うには、あまり乗り気でなかったオリジナルを、
ジョージに贈ったそうで、贈るというよりは、「くれてやった」という、
ニュアンスに近いらしいし、ジョージはカバーでなく苦労したとか。

カバー曲のように、誰かしらの演奏といった、お手本がないから、
「どうやって歌ったらよいのか、わからなかった。」とジョージが、
こぼしていたそうで、ジョンは、口頭で歌詞とかを伝えたくらいで、
いわゆるデモテープみたいのは、作りはしなかったのだろうか。

却下されたものの「ミズリー」も、他人への楽曲提供を前提にし、
ジョンとポールは、バンドとして失敗しても、作曲活動の方では、
何とか食っていけないかと思ったそうで、早い段階から、他にも、
曲を作り、ビートルズとしては録音していない曲も、かなりある。

ジョンはともかく、ポールは楽譜くらい書けたのかもしれないが、
よくオークションに出てくるのは、もっぱら歌詞のメモばかりで、
他人へ提供する場合は、デモテープにでも弾き語りを録音して、
それを渡すか、第3者が楽譜を起こしていたのはでないかと思う。

ジョンがジョージに歌わせた、もう一つの曲「素敵なダンス」とか、
リンゴへの「グッド・ナイト」に、ジョンの歌ったテープはないのか、
何でも、「ドゥ・ユー・ウォント~」は、エコーが効いて良いからと、
ジョンがトイレで歌って、別のバンドが録音するときに渡したとか。

そのテープは現存するのか、そして、そんな風に録音があっても、
ジョージが、「誰も歌い方を教えてくれなくて、困った。」みたいに、
言うのは、それこそ、ジョンがやっつけに、くれてやった曲とうか、
「ほら、明日の録音の時、これ歌っていいぞ。」みたいだったのか。

ジョージにとって、カバー曲と違い、苦労した新曲だったようだが、
アルバム発売後は、ジョージのリードボーカルの貴重な曲として、
しばらくは、ライブで歌っていて、ジョージのトレードマークとなる、
「ロール・オーバー・ベートーベン」が、やがては、取って代わる。

シンコー「ビートルズ・ライブの時代」には、1957年から66年の、
セットリストが出ていて、63年3月の英国ツアーから、6月までは、
ライブ演奏され、同じくシンコー「全パフォーマンス徹底解剖」には、
TV・ラジオの演奏曲リストがあり、3~5月まで数回演奏している。

この曲は、いくつものビートルズ本で、ジョンが実母ジュリアから、
幼い頃、それも1~2歳の頃に歌ってもらった、白雪姫の挿入歌、
「私の願い(I'm wishing)」が元になっていると、書かれているが、
ウィキペディアに「要出典」とあるくらいで、どこまで真実かは疑問。

何度も、YouTubeで、ディズニーの歌の場面を繰り返し聴いたが、
メロディラインは似ていないし、歌詞も、日経「全曲バイブル」は、
「歌いだしの歌詞も、ほぼ引用している。」というが、何度読んでも、
自分の英語力では、単語一つとっても、同じとは見えないのだが。

「白雪姫」の引用かはともかく、曲はインテンポになる前の部分、
コードをジャラーンと流し、さらにフラメンコ調に、ジャラジャラと、
ギターをかき鳴らして、もったいつけたようなイントロから始まり、
ドラムが入ってからは、スッチャ・スッチャと軽快にコードを刻む。

この曲に限らず、デビューから、セカンドアルバムあたりまでは、
ジョンとジョージのリズムギターが、区別のつかない曲も多くて、
さらに使用楽器も、アコギでアンプにも繋がるギブソンJ160Eか、
2人のトレードマーク、リッケンバッカー、グレッチかも分かりにくい。

この曲は、「ビートルズ楽曲データベース」には、ジョンはJ160E、
ジョージはリッケンバッカー425とあり、日経「全曲バイブル」では、
ジョンがギブソン、ジョージはグレッチで、YouTubeのカバーでは、
2人ともJ160Eとなっているうえ、フレーズの分担も人により違う。

愛用のバンドスコアは、手抜き心が発揮され、せっかくの楽譜が、
ギターが2段に分けてあるのに、セカンドギターは全面、休符のみ、
まあ、ほとんど同じようにコードを弾いているから、かまわないが、
イントロのトレモロ風かき鳴らしと、途中のアルペジオはどっちか。

イントロのジャラーンと伸ばすコードは、明らかにエレキの音色で、
自分のリッケンバッカーのリアピックアップでも、ほとんど同じ音、
その後ろでかき鳴らすのも、エレキのようだが、アコギの感じもし、
次のコードを流すバックでも、さらに細かくジャカジャカと聴こえる。

それなら、どっちが弾くにせよ、2人ともエレキだったのかと思うと、
歌が始まってからの伴奏は、ほとんどはエレキのカッティングだが、
時折、いかにもアコギというコードの音が、はみ出るように鳴って、
やはり、どちらか1台は、ギブソンのアコギだったのかと思えてくる。

歌が始まる前、最後にBの和音を伸ばすところは、バンドスコアは、
7フレットのBコードだが、1弦7フレットのBの音は鳴っていなくて、
Bのコードから外れたG#の音がして、2フレのBコードを押さえて、
4フレを押さえる指が寝てしまって、1弦4フレのG#が鳴ったのか。

ちょっとしたことだが、あえてB6のような、6thの響きにしたのか、
気になって、ジョンの場合は、気分でコードをチョーキングしたり、
押さえていない小指で別の音を鳴らすから、そんな感じだったのか、
ミストーンに聴こえないのが、これまたビートルズマジックの1つ。

歌いだすきっかけのリフは、3連もある単音リフをスムーズに決め、
これは、リードギター担当のジョージだろうが、YouTubeで聴ける、
ステレオミックスは、このリフが左右から鳴っていたり、その音色も、
ミックス具合で、エレキともアコギとも取れて、ただただ悩むばかり。

2番から入るジョンとポールのコーラスは、後からダビングだそうで、
普通に2人とも伴奏しながら歌える、単純なハモリなのに、なぜ、
後からの追加なのか、ジョージのボーカルだけでは、心もとないと、
完成テイク後、マーティンが判断して、その場でダビングしたのか。

サビの部分も、ハモリではなく、リンゴがスティックを叩く音を加え、
これも、歌の不備(?)を補うつもりなのか、結果オーライというか、
ハモリや手拍子とはまた違った感じで、効果的に決まっているし、
逆にハモリは、後からなら、もう少しいろいろやっても良いような。

いまだに、使用楽器や演奏、ダビングの謎も多いビートルズの曲は、
本当演奏するのも、記事を書くのも楽しくて、フュージョン系の曲の、
合間をぬっての、「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」は、
まだまだ完コピというには、解明できない点も多いまま、アップです。











安藤がベンソンっぽくアドリブする「チャーリー&アイドル」
日本のフュージョンバンドのうち、一番お茶の間に浸透したと言える、
ザ・スクエアのリーダーでギターの、安藤ひろまさのソロアルバムは、
バンドでデビューした78年から8年後で、バンドでは11枚も出して、
サックスの伊東たけしも2年前にソロを出し、満を持しての発表となる。

よくソロアルバムを出す時には、リズム隊はバンドメンバーを使うとか、
何曲かはバンドの鍵盤や管楽器にゲスト参加してもらうこともあるが、
安藤は、まったく別の人を起用し、かつ全曲をその面子で通していて、
スクエアとは別ながら、バンドという形で統一して、作りたかったのか。

キーボードの笹路正徳は、日本のクロスオーバーの初期から活躍し、
渡辺香津美に次ぐギタリストとしてデビューした、秋山一将を支えたり、
清水靖晃、渡嘉敷裕一らとフュージョン・バンド、マライアを結成したり、
同じフィールドながら、スクエアとは違う味を出せるという人選だろう。

ベースのデレク・ジャクソンは、発売当時にはほとんど知らなかったが、
同じころに出た高中正義の「ジャングルジェーン」のライブ盤で演奏し、
その後は、サックスの土岐英史とギターの山岸潤史が作ったバンドの、
チキンシャックでベースを担当するという、これまたフュージョン畑の人。

ドラムの青山純も、山下達郎バンドが有名だが、プリズムに参加したり、
かつてスクエアにも在籍、自分が安藤のギターを気に入るきっかけの、
「トゥモローズ・アフェア」が入っているアルバム、「ロックーン」の頃で、
スクエアがロック調になっていくのは、青山の影響も大きかったと思う。

自分は、プリズムで青山純を知り、プログレ系の変拍子もこなす達人で、
そんな人が、ニューミュージックの山下達郎のバックになって驚いたが、
達郎はフュージョン系のミュージシャンたちと、早いころから交流があり、
あの名盤「イッツアポッピンタイム」のライブ盤も、そんなメンバーだらけ。

アラン・ホールズワースの名演で知られる、ジャン・リュック・ポンティの、
アルバムでドラムを叩いていたスティーブ・スミスは、売れ線のロックの、
ジャーニーに長く在籍したり、その後、フュージョンよりはジャズに近い、
ステップスに参加したりと、ロックとジャズを行ったり来たりする人は多い。

安藤の初ソロ作品「メロディ・ブック」の中で、「チャーリー&アイドル」は、
間奏とエンディングで、クリーントーンのジャズっぽいフレーズが聴けて、
スクエアを結成する前は、大学のジャズ研で、純粋な4ビートを演奏し、
バンドではなく、ジャズ・ギタリストとしてプロを目指していたのも頷ける。

ただ、ジャズっぽいとはいえ、いわゆるビバップフレーズとは違っていて、
どちらかというと、ジョージ・ベンソンみたいで、使用ギターはフルアコか、
雑誌で、フルアコを抱えた写真を見たことがあるが、、この曲のことだか、
実際、コンプを強くかけた音で、ストラトとかでも再現できる音色ではある。

それでも、YouTubeにあるライブ音源は、コーラスとディレイを強くかけた、
いかにもストラトという音で演奏していて、レコードはフルアコだったのか、
自分は、フルアコもセミアコもないから、とりあえず、ストラトで演奏したが、
音がキンキンして気になって、結局レスポールで丸々やり直すことにした。

メインのメロディは、安藤の愛用するハンバッキング搭載のストラトの音で、
ライブでも同じ音になっていて、自分もストラトを使うが、シングルコイルで、
やはりキンキン、ザリザリした感じで、これも、今日のアップする直前になり、
気に入らないと、レスポールでやり直し、またまた時間切れになるところ。

イントロは、ギターの16ビートのカッティングパターンを、シンセで演奏して、
しかも一音ごとに交互に左右のチャンネルで分けていて、笹路の解説では、
パンでふったのでなく、2台のキーボードだそうで、自分もギターシンセで、
別々に弾いたが、かなりリズムが食い違って、これは毎日やり直していた。

「チャーリー&アイドル」が何を指すのか、自分はチャーリーと言えばすぐに、
スヌーピーの飼い主、チャーリーブラウンが浮かぶが、喜劇映画のファンは、
チャーリー・チャップリン、昔のドラマでは「チャーリーズ・エンジェル」があるし、
ジャズギターのチャーリー・クリスチャンとか、いくらでも思い浮かんでくる。

日本のフュージョン生誕40周年、自分がフュージョンに目覚めたのも40年、
先週に引き続いて、一番、お茶の間に浸透しているフュージョンギタリストの、
安藤ひろまさ「チャーリー&アイドル」は、いろんな音が整理しきれないのと、
得意のつもりのジャズギターでも、指がもつれ、練習不足がたたっています。






安藤まさひろの泣きのギター弾きまくり「サスピシャス・ストーリー」
Amazonからのおすすめで、プリズムや松岡直也のアルバムが、
廉価盤で再発とあり、何でも、どちらもレコードデビュー40周年で、
すなわち日本のフュージョン誕生からも、40周年になるのだそうで、
他にも多くのアルバムが再発されたり、初CD化というものまである。

レコード会社のキャンペーンだから、必ずしも40年前、1977年が、
日本のフュージョン音楽の始まった年なのかは、諸説あるだろうが、
昨年は、ボズ・スキャッグス「シルク・ディグリーズ」発売から40年で、
AORフェアがあったし、まあ、CDが安く再発されるのは、ありがたい。

ただ、自分にとって、77年こそは、日本のクロスオーバーというより、
いわゆるクロスオーバー・フュージョン音楽に、出会ったと言える年で、
5月に高中正義のLPを買い、FM「アスペクト・イン・クロスオーバー」で、
リー・リトナー、ラリー・カールトンの特集が2週続いたのは、8月のこと。

しかも、その2週続いた放送の合間の週末、ヤマハ主催のコンテスト、
イースト・ウエストで、2度目の出場となるカシオペアを目の当たりにし、
9月に、月刊プレイヤーのラジオ番組で、プリズムのデビュー作を聴く、
さらに、リトナーが10月に来日して、ラジオの生演奏を聴くという具合。

そのリトナーを呼んだ渡辺貞夫も、テレビに出て演奏するような状況で、
お茶の間にも、クロスオーバーが流れたという、画期的な年になるが、
それでも、盛り上がっていたのは、自分のようなギターキッズが中心で、
フュージョン全般でなく、当時のクロスオーバーギタリストに夢中だった。

自分が日本のフュージョンで、三大バンドと思っているのは、プリズム、
カシオペア、スクエアで、どれも、ギタリストがリーダーという共通点で、
これだけでも、自分がギターばかり注目している偏った聴き方だろうし、
プリズムをカウントするのは、当時のギターキッズくらいかもしれない。

カシオペアも一般的にはどうなるのか、やはり、F1のテーマ曲を作り、
お茶の間に浸透したスクエアだけが、突出した存在なのかもしれず、
これまた偏見だが、プログレのプリズム、ディスコのカシオペアに対し、
ニューミュージックのスクエアという感じで、ヒットしやすい要素がある。

ソフト&メロウ路線のフュージョン以前、クロスオーバーミュージックは、
ジャズから派生したこともあり、テーマの後は延々とアドリブソロを回し、
最後にまたテーマに戻る形だったが、スクエアは、Aメロ、Bメロ、サビ、
という構成で、間奏にアドリブするというニューミュージックのパターン。

もちろん、プリズムやカシオペアも、そうした構成の曲へとシフトするが、
スクエアの曲は、メロディも含めて、すごくわかりやすい感じがするし、
和田アキラも野呂一生も、特徴ある良いメロディを作ることは同じだが、
安藤のほうが、口ずさみやすくて、お茶の間受けする曲をうまく作る。

スクエアが、プリズム、カシオペアと違うのは、サックスのフロントマン、
伊東たけしがいることも大きな要素で、より歌ものに近い曲調になるし、
安藤は、自分の書くメロディを惜しげもなく、サックスやピアノに任せて、
バッキング中心になる編曲も多く、自分からすると、ちょっと物足りない。

安藤がソロアルバムを出したは86年で、和田の83年、野呂の85年に、
やや遅れをとった感はあるが、「メロディ・ブック」と名付けられた作品は、
まさに、安藤のメロディの良さが楽しめるし、ギターもけっこう弾きまくり、
3人のソロアルバムでは一番気に入って、楽譜を買ったのも、これだけ。

ギタリストならば、誰でも憧れると、断言してしまうと、異論もあるだろうが、
早弾きと、泣きのギターのどちらも、このアルバムでは、聴かせてくれて、
おそらく、スクエアならば、サックスがメロディをとるような曲も弾いていて、
何より、ジェフベックを思わせる泣きのギターは、スクエアでは無理だろう。

これまた自分の極論になるが、クロスオーバーギターを弾くアマチュアは、
誰もが、ジェフ・ベック「ギター殺人者の凱旋」に影響を受けているはずで、
「哀しみの恋人たち」の泣きのギターと、「スキャッターブレイン」の早弾き、
その両方に憧れ続け、スローとスピードのどちらにも手を出すことになる。

安藤まさひろの「サスピシャスストーリー」は、まさに、そんな1曲であって、
本人は否定するかもしれないが、最後のアドリブもベックぽっかったりして、
また話が戻るが、77年に自分がクロスオーバーにすんなり入ったのも、
前年に、ベックの「ギター殺人者」「ワイアード」を聴いていたからだと思う。

そのベックっぽいギターを弾きたくて、オケの方は、わりと手抜きにして、
それでもピアノソロは、かなりそれっぽくなったと思いつつ、逆にギターは、
ビブラートとチョーキングが苦手だったのを、再認識する羽目となった、
安藤まさひろ「サスピシャス・ストーリー」は、未完成ながらアップします。









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