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僕らが聴いてきたギター音楽 60~80年代を過ごした渋谷あれこれ
青春時代を渋谷で過ごした中年サラリーマンです。 昔のことを思い出そうとしたブログですが、最近はギター演奏が主体です。          旧タイトル「僕らの過ごした渋谷」
(演奏なし)エドワード・ヴァン・ヘイレンのライトハンド奏法の衝撃
この3週間ほどエディ・ヴァン・ヘイレンの名演、
「暗闇の爆撃」を毎日何時間も練習しているが、
いっこうに形にならず、最初のギュイーンという、
音一つとっても、様にならずに録音しては消す。

そうこうするうち、曲の解説の文章の方だけは、
時間があるだけに、どんどん長くなってしまい、
余分な文章を削ってみても、いつもの倍以上で、
読みにくいので、前半だけ先にブログに載せる。

あまりにも長い前振りというか、壮大な予告編、
自分でハードルを上げて、演奏は大丈夫なのか、
先が思いやられるが、エディへの自分の思いが、
ここまでだったかと、自分でも驚いているところ。

ヴァン・ヘイレンという新人バンド、ギタリストの、
エドワード・ヴァン・ヘイレンを初めて知ったのは、
雑誌プレイヤーだったか、ヤングギターだったか、
エディの演奏する写真付きのインタビュー記事。

写真は奇妙な形で、右手をネックに当てていて、
インタビュアーが「君の右手のプレイだけど。」と、
質問すると、「よく見ているじゃないか。」と笑い、
右手でフレットを押さえるみたいに返答していた。

ヴァン・ヘイレンのレコードデビューはシングルが、
78年1月、LPが2月のようだが、当時の洋楽は、
日本での発売が遅かったり、記事にしても同様、
自分が雑誌を読んだのは、3月頃かもしれない。

当時は、毎月のように買っていたヤングギターや、
ロッキンF、その後創刊するギターマガジンなど、
雑誌は全部取っておいたが、家庭の住宅事情で、
20年程前に大半を処分してしまい、手元にない。

いくつか残した雑誌やムックで、当時の情報はと、
頁をめくると、ヤングギターの78年1~2月号は、
新譜レビュー欄や広告頁に、ヴァン・ヘイレンの
ヴァの字もなく、あいにく3月号以降手元にない。

デビューしたばかりの新人バンドとしては珍しく、
ヴァン・ヘイレンは、78年6月に来日しているが、
これまた、その時期のライブレポートの載る号は、
処分していて、手元の11月号は8・9月の情報。

ヤングギター11月号は、渡辺香津美の特集で、
それで取っておいたが、他にスティーブ・カーン、
ジェフ・ベックの記事はあるが、ヴァン・ヘイレンは、
シングル紹介で、「炎の叫び」の曲名が載る程度。

バックナンバーの欄を見ると、何と9月号の特集が、
エドワード・ヴァン・ヘイレン徹底解剖となっていて、
たぶん、そこで初めてライトハンド奏法という名称と、
3連トリルを覚えたはずで、その号を捨てたなんて。

ライトハンド奏法という、日本独自らしい呼び方が、
いつ頃からだったのか、78年6月発行の奥付の、
ムック本「ロック&ギター’78」は、ギター講座が、
載っているが、ライトハンド奏法には触れていない。

さらに、ギタリスト名鑑でのエディの紹介記事には、
「右手の指もフィンガーボードで活躍する新手まで
創り上げてしまっているから恐ろしい」という表現で、
この段階では、まだ命名されていなかったような。

ヤングギターのエディ特集で自分は知ったはずで、
「暗闇の爆撃」の全部は載っていなくて、後半部、
3連トリルの出だしの2パターンくらい譜例になり、
そこだけを、やたら練習して、その気になっていた。

高校の秋の文化祭で、友人がヴァン・ヘイレンを、
バンドで演奏すると、事前からクラスで話題になり、
楽しみにしてラジカセまで持って、会場へ行ったら、
ソロ演奏はないし、間奏もアドリブに変更していた。

パープルやツェッペリンの曲を耳コピして、完璧に、
弾きこなしていた友人なので、ライトハンド奏法も、
見事に決めてくれると期待していたら、肩透かしで、
あいつでも弾けないのかと、敷居の高さを実感する。

その頃、テレビ番組にバウワウとゴダイゴが出て、
視聴者の質問に答えるコーナーがあり、当時まだ、
アマチュアで寺内タケシのコピーバンドでテレビや、
イーストウエストに出た西山毅が、代表で質問する。

後にハウンドドッグに加入し、タッピング、アームと、
ハイテク奏法もこなす西山だから、やらせだろうが、
山本恭司に、「こんな風に右手をネックに持っていく、
弾き方があるようなのですが?」とポーズも決める。

抱えたギターで弦まで押さえて、「写真で見ても、
どうやって弾くのか、わからなくって。」と尋ねるが、
おいおい、お前もヤングギターくらいは読むだろう、
知らないわけがないと、突っ込みを入れたくなった。

山本恭司は、うんうんと頷いて、ライトハンド奏法を、
披露して、有名な3連トリルを見事に決めていたが、
この時、山本の癖である、右手人差し指ではなくて、
ピックを使うやり方は見せず、指でやっていた記憶。

あえて文化祭で、ライトハンド奏法をやらなかった、
友人とは対照的に、その3連トリル部分だけ覚え、
もうヴァン・ヘイレンは楽勝とばかり思っていたが、
実際には雑音だらけで、聴けたものではなかった。

「暗闇の爆撃」のフルコーラスの楽譜を見たのは、
それから2年後、雑誌プレイヤーで数回に渡って、
ギタリストの北島健二による渾身の完コピ譜として、
細かい解説付きで載って、かなり真剣に取り組む。

冒頭から間違えて覚えていて、5フレット基本の、
定番ペンタトニックフレーズで弾いていたものが、
2弦の開放弦へのプリング、ハンマリングだとか、
トリル前に繰り返す早弾きフレーズも違っていた。

ハミングバード・ピッキング奏法は、エディ自身が、
名付けたか不明だが、高校の頃から知っていて、
マンドリンで使われるピック弾きのトレモロ奏法を、
親指と中指でピックを握り、手首のスナップで弾く。

昔は、YouTubeどころか、ライブ映像自体少なく、
エディのハミングバードピッキングを目にするのは、
86年のVHS「ライブ・ウイズアウト・ア・ネット」で、
歴代のソロ曲をメドレーのように演奏するコーナー。

自分はトレモロの方が楽だが、ハミングバードも、
弾けるつもりでいたら、エディのはレベルが違って、
ハチドリのさえずりのように軽やかな音色と共に、
手首のスナップも羽ばたきのようにきれいに動く。

そもそも、ハミングバードでない通常の場合でも、
エディはピックを突き出すように持っていて、時に、
中指も添えているように見えて、自分が覚えた形、
ピックを握りこんで、他の指も折りたたむのと違う。

親指と人差し指でピックを握る際に、残った指を、
伸ばしたままや、小指をギターに当て支えるのは、
初心者で、軽く拳を握るのが、見た目もきれいで、
ラリー・カールトンのフォームが理想と思っていた。

やがて、イングヴェイの親指を屈伸させるようにし、
まったく手首を動かさないフォームなども覚えるが、
エディの自分とはまったく違う握り方、動かし方を、
ライブ映像で見た時は、本当、目からうろこだった。

ライトハンド奏法も、これまで写真でしか知らない、
細かいところ、右手の親指をネックの端に当てて、
安定させつつ、手のひらで低音弦を消音したり、
高音弦も左手人差し指で消音するのがわかった。

それをふまえて、「暗闇の爆撃」をまた練習して、
河合楽器の発表会で、曲と曲の合間のところで、
ソロタイムにしてもらって、バンダナを首に巻いて、
なりきって弾くが、雑音だらけで、でたらめすぎた。

実は、このブログを始めてからも、オケが不要で、
2分に満たない曲だからと、演奏をアップしたが、
これまた、ノイズとミストーンだらけのお粗末さで、
今回は、もう少しまともなるようにと練習の日々。

複雑なタッピングは、この10年練習していても、
いっこうに上達する気配がなくて、嘆かわしいが、
3連トリルは、雑音が多少はましになったようで、
他のフレーズも弾けば弾くだけ、それらしくなる。

これまたハードルを上げてしまったが、ギターを、
半音下げチューニングにしていて、フュージョン、
ニューミュージックは録音できない状態なので、
完コピは無理でも、何とか形にしようと思います。

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エディ特集のヤングギターは発売日当日にして早くもプレミア価格に
Amazonからは、閲覧履歴によるお薦めメールが、
毎日のように届くし、HMVやタワレコからも届くが、
10日に、タワレコから本日発売のヤングギターは、
エディの追悼特集号だと、実に貴重な情報が届く。

ところが、リンク先のタワレコのページへとんだら、
現在取扱なしになっていて、もう売り切れたのか、
Amazonはどうか検索すると、Amazonも売り切れ、
出品者はあるが、すでに定価の2倍近い金額に。

発売日当日に売り切れで、プレミア価格だなんて、
プレイステーションじゃあるまいし、先日の楽譜の、
オークションでの高騰といい、いったい、いつから、
世間はヴァン・ヘイレンのファンだらけになったのか。

かくいう自分も、ギターマガジンだったら、ともかく、
ヤングギターなんて20年近く買っていなかったし、
ヴァン・ヘイレンにしても、あの衝撃のデビューこそ、
リアルタイムで経験したが、大ファンでもなかった。

自分のような若い頃にロックをかじった親父たちが、
懐かしさも相まって、バンドスコアを買い求めたり、
追悼特集号を求めるのか、でも、それだけではなく、
転売屋がこんなところまで目をつけてきた気がする。

Amazonだけ見ても、発売当日で倍近い値段だが、
翌日なんか、出品者からの高額品でさえ売り切れ、
「現在お取り扱いできません」の冷酷な表示になり、
2日後は、さらに高額にした出品者が数社出てくる。

昔はヤングギターは、本屋か楽器屋で買ったから、
12日は幸い午後からの出勤にしていたこともあり、
早めに自宅を出て、通勤途中の全部の本屋さんを、
覗いて回る勢いで家を出ると、2軒目で運よく購入。

2冊だけ本棚にあり、さすがに、残りの1冊も買って、
オークションで儲けようかとまでは思わなかったが、
隣に陳列してある「ロッキンオン」のエディ特集号も、
今のうちに買っておかないとと、脅迫観念から購入。

ヤングギターは、これまで多くのギタリストに対して、
インタビューしてきた実績から、さすがと思うくらい、
スティーブ・ルカサーに、スティーブ・ヴァイ、ポール・
ギルバートなど有名どころから、追悼コメントをとる。

エディの思い出を語っているところは、エディ本人と、
親しい者も、まだ幼かった者も、革命的ロックギター、
ライトハンド奏法などとは同じ時期に出会ったわけで、
それは自分も一緒だよと、リアルタイムが誇らしい。

ポール・ギルバートが、「1日10時間練習していた、
という文章を見かけたが、それほど練習する人って、
ロックには珍しいよね、それで自分も毎日練習した。」
すぐ影響される自分は、今日にわかに3時間練習。

クラシックのピアノとかバイオリンだったかと思うが、
天才は練習をつらいと思わず、いくらでも練習する、
それも才能の一つだとどこかで読んで、エディにも、
それは当てはまるのだろうし、自分も見習いたい。

ヤングギターには、YouTube連動の講座まであって、
昔よくイングヴェイを弾く際に参考にさせてもらった、
お好み焼き屋さんの店主、SATSUMAによる解説で、
いつのまにか顔出しで、本名も公開になって驚いた。

それにしても、今の若い子らは、教則DVDもあれば、
こうしたYouTubeでの奏法解説、ライブ映像もあり、
いくらでも上手くなれるよなあ、それに比べ自分の
若い頃なんかは~と、つい年寄りの愚痴が出てくる。

年寄りだって、今からでも若者に負けないくらいに、
必死で練習すれば、いくらでも上手くなれるのだと、
モチベーションアップになり、ヤングギター今月号は、
本当、売り切れる前に手に入って、良かったです。

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ギターキッズに夢をくれたエディに感謝しヴァン・ヘイレン「ドリームス」
エドワード・ヴァンヘ・イレンが先月に亡くなって、
その追悼記事とカバー演奏をブログで公言して、
バンドスコアを買ったり、初期6枚組のCDも買い、
サミー時代の2~4枚目は図書館で借りてくる。

バンドスコアは昔買った「1984」全曲集があり、
今回「アメリカン・ハード・ロック」も買ったのだが、
「炎の導火線」や「5150」、各種ベスト集の方は、
オークションで入札するも、いかんせん資金不足。

手持ちの2冊のスコアだけでも、演奏したい曲は、
いくらでもあるが、自分のギターの実力だったり、
ボーカルのことを考えると、無理そうな曲ばかり、
ここは開き直って、古い曲から少しずつ取り組む。

高校時代に衝撃のデビューを体験した思い出と、
「暗闇の爆撃」のカバーといった感じで、多少は、
自分にとって空白の期間はあるが、その時々の、
思い出の記事とカバー演奏をするのも良いかと。

ただ、実際に訃報に接した時にも、そうだったが、
何をどう語ろうか、いまだに、エディの思い出が、
自分の中で、まとまった文章にはなっていなくて、
追悼記事も書かないまま、ずるずるきてしまった。

そこで、まずは、エディへの追悼をこめて1曲演奏、
自分が一番好きなヴァン・ヘイレンの曲にしようと、
デイブ・リー・ロスには申し訳ないが、サミー時代、
「5150」から、名曲中の名曲「ドリームス」にする。

ビートルズが、デビュー後、不動の4人でいたまま、
メンバーチェンジすることなく、解散を選んだだけに、
バンドとは、そういうものだと、自分に刷り込まれて、
基本的にメンバーチェンジは嫌だなと思ってしまう。

特にボーカルが変わる場合、まったく別のバンドに、
なってしまうようで、それだけバンドの顔なのだが、
ディープ・パープルは、イアン・ギランになったから、
ハードロック路線で、人気が急上昇したのも事実。

パープルの場合、歌だけでなく、リッチーのギター、
ジョン・ロードのオルガンといったサウンド面も重要、
再度ボーカルはデヴィッド・カバーデイルに変わるが、
一応はパープルとしてサウンドは保っていたと思う。

やはり不動の4人だったレッド・ツェッペリンの場合、
ボーカルが交代したら、すごく違和感を感じたろうが、
サウンドの要は、ギターのジミー・ペイジだったから、
シャウト系のボーカルなら、それなりの音にはなる。

ヴァン・ヘイレンにしても、兄のアレックスのドラムや、
アンソニーのベース・コーラスも重要なサウンドだが、
エディのギターがあれば、ヴァン・ヘイレンの音だと、
デイブからサミーの交代劇のリアルタイムで感じた。

もちろん、デイブの頃は、そのパフォーマンスもあり、
陽気なアメリカンの能天気な、おバカロックというか、
派手に楽しくやれば良いというバンドイメージだが、
サミー・ヘイガーだと正統派ロックの重厚さも加わる。

当然、エディのギターも、その曲調による変化だと、
単純に言えるか微妙だが、「5150」を聴いた時に、
あれ、珍しく泣きのギターを弾いているじゃないかと、
驚いたと同時に、すごく嬉しくなったのを覚えている。

渋谷陽一が新潮文庫「ロック」で、エディのギターを、
「フレーズは情緒性のようなものが一切欠落して~、
無機質的な印象がある。」「湿気を一切感じさせず」
と評して、けなすのではなくて、彼しかいないと語る。

確かに、マイナー調の曲はあっても、フレーズ自体、
ペンタトニック中心のロックギターフレーズが多くて、
メジャーともマイナーともとれる音使いになっていて、
攻撃的な面だけが印象に残るアドリブが多かった。

それだけに、「5150」で「ラブ・ウォークス・イン」の、
これぞという泣きのギター、「ドリームス」イントロの、
しっとりしたアコギ、派手な間奏後のエンディングで、
メロディアスで天を駆け登るようなギターには涙した。

ヤングギターだったか、ギターマガジンだったかは、
記憶が曖昧だが、レコード評で、「泣きのギターは、
エディに弾けないと言ってた奴らは、これを聴け。」
とばかりに、狂喜していて、自分もすごく同感した。

これまでのギタートリオに、キーボードサウンドを、
大胆に取り入れた「ジャンプ」には、すごく驚いたし、
マイケル・ジャクソン「今夜はビート・イット」と同様、
テク満載ながらキャッチーなギターソロも良かった。

その「ジャンプ」のヒットを意識したか、「5150」の、
前述の2曲は、伴奏は、ほとんどキーボード中心で、
MTV迎合、産業ロック路線と言われかねないが、
ギターソロが映えるし、とにかく名曲だから許せる。

「ドリームス」は歌詞も素晴らしくて、繰り返すように、
「Spread your wings」、翼を広げろと歌うのだが、
これは、クイーンの「永遠の翼」にも通じるものが、
あると勝手に結びつけて、一人感動しては涙ぐむ。

新譜として買ったクイーンのLPが「世界に捧ぐ」で、
「ウイ・ウィル・ロック・ユー」「伝説のチャンピオン」と、
ヒット曲、名曲揃いだが、高校生だった自分にとり、
「永遠の翼」の勇気づける歌詞は本当心に染みた。

ショーを見続けながら、いつか自分もと思うサミー、
ここで床掃除をしているのが身の丈だと諭す店長、
そして、フレディが「翼を広げて、飛び立とう」と歌う、
この主人公がサミーというのは、ちょっとできすぎ。

「ドリームス」では、エンディングのギターソロの後、
本当の最後の最後、「And in the end」と歌われ、
「結局のところ、夢しだいなのさ、だって、愛は、
夢から作られるんだからね」という言葉で終わる。

これまた、自分の知識と結びつける癖があるから、
ビートルズの実質、最後の録音となったアルバム、
「アビー・ロード」のB面メドレーの最後の最後で、
「And in the end」とポールが歌ったのを思い出す。

「最後にひとこと、愛はギブ・アンド・テイクだよ。」と、
「ビートルズ事典」の訳詞が、意訳になるが好きで、
「君の手に入れる愛は、君が作る愛に等しい。」と、
直訳するよりも、すごく伝わってくるような気がする。

そして、「And in the end」も「ドリームス」と同じだが、
末尾の言葉も、ビートルズは「the love you make」
ヴァン・ヘイレンでは「love is made of」と似ていて、
ビートルズの影響もあるかなと我田引水したくなる。

ビートルズとクイーンのオマージュとも思える歌詞に、
最後のエディの歌い上げるようなギターが気に入り、
「ラブ・ウォークス・イン」と共に繰り替えし聴いたが、
バンドスコアは「ドリームス」だけなので迷わず決定。

ボーカルは歌い出しから高いラの音から始まるから、
裏声でしか歌えず、上のミの音はまったく出なくて、
父から、お前の歌は鶏が絞め殺されているようだと、
変声期の頃によく笑われたのと、今でも変わらない。

ギターは、エディの代名詞、ハムバッキングのリア、
フロイドローズのアームロックシステムが必須だが、
自分のレスポールにアームはなく、ストラトの方も、
シングルコイルのピックアップにノーマルのアーム。

バッキングは、レスポールのリアで、エンディングも、
アームなしで弾けるフレーズなのでレスポール使用、
間奏は、最初のハーモニクスだけストラトで弾いて、
他をレスポールと思うが、アームのフレーズが続く。

エディが好んだ、アラン・ホールズワースが得意な、
アームをウネウネしながら弾くフレーズから始まり、
途中のロックの定番のペンタトニックフレーズでも、
アームダウンを入れてくるので、全部ストラトで弾く。

この間奏は、アームを絡める以外にも小技満載で、
チョーキングしながらのタッピング・ハーモニクスや、
ライトハンド奏法で、押さえた右手をスライドさせる、
16分音符トレモロのハミングバード・ピッキングも。

タッピング・ハーモニクスは、「伝説の爆撃機」の、
「スパニッシュ・フライ」で、エディは弾いていたが、
87年ヤングギター別冊に載っているスコアでは、
こんな情報が乏しかったのかと驚く間違いだらけ。

間奏の出だしは、ごく当たり前のハーモニクスで、
チューニングにも使う7フレットで鳴らしているのに、
10フレットの実音を指定し、「エディのことだから、
とんでもない弾き方の可能性もある。」と注意書き。

チョーキングダウンしながら、12フレと14フレとを、
交互に叩いて鳴らすタッピングハーモニクスには、
3フレット近辺のナチュラスハーモニクスのTABで、
この時点でも解明できないほど、エディは革新的。

ただ、それがわかって、正確なスコアがあるから、
完コピで弾けるかというと、自分には歯が立たず、
右手のスライドを交えるライトハンドは雑音だらけ、
歌もひどいが、ギターソロの方も、かなりお粗末に。

それでも、まずは1曲でも演奏しておきたいから、
エンディングのソロに全集中とばかり気合を入れ、
タイトルどおりギターキッズに夢を与えてくれたと、
エディに感謝し、半ば泣きつつの「ドリーム」です。






夏の終わりとクリスマスの両方を歌う角松敏生「ノー・エンド・サマー」
角松敏生を聴いたのは82年5月で、春に就職し、
地方勤務になった先輩が連休中に東京へ戻って、
楽器屋やレコード屋など回るのにつきあった際に、
渋谷西武デパートのレコード売り場で流れていた。

出たばかりのセカンドは、フュージョンのギタリスト、
カルロス・リオスが参加したと、角松との対談まで、
愛読のヤングギターに載ったので、1枚目と共に、
友&愛でレンタルし、気に入ったのでどちらも購入。

続く3枚目は、ギターソロは今剛の1曲くらいとなり、
4枚目から打ち込みのファンクサウンドになってきて、
5枚目を最後に、買うことも聴くこともしなくなったが、
CDの時代になり、ベスト盤「T’sバラード」は買った。

ベスト盤といいながら、曲をメドレーに再編集したり、
ボーカルだけは録り直し、新曲に新録音まであって、
リミックス盤の元祖みたいで、角松は何かにつけて、
セルフカバーで何度でも録音するのが好きなようだ。

アルバムの最後、ファンとのコーラスの掛け合いが、
40秒ほど収録されて、何の曲だったろうと思ったら、
「ノー・エンド・サマー」のエンディングのリフレインで、
LPでは、掛け合いにならずにフェイドアウトしたもの。

リミックス好きは、昔からだったのを示すかのように、
「ノー・エンド・サマー」のシングル盤は、ステレオの、
定位が変わったり、リズムギターは小さい音になり、
コーラスが前面に出て、エンディングは追加される。

フェイドアウトせずに、コーラスの掛け合いが加わり、
ブレイクやループなどDJミックスっぽく加工されるが、
その後、ライブでは延々と客席と掛け合うのが定番、
まるで「ヘイ・ジュード」の無限繰り返しのようになる。

「ノー・エンド・サマー」は、終わりなき夏とでも訳すか、
杉山清貴&オメトラ「ネバー・エンディング・サマー」、
チューブの「シーズン・イン・ザ・サン」の歌詞にある、
「夏よ逃げないでくれ」など、夏の終わりのあるある。

ところが、角松は歌が2番になると冬の情景となり、
「もうクリスマス」と歌い、季節が冬になってしまうが、
気分は夏なんだよと言いたいようで、その急展開は、
唐突すぎるが、時の流れは早いとまで歌詞にある。

角松は山下達郎フォロワーと揶揄されることがあり、
実際、シュガーベイブの追っかけもしていたのだが、
夏男の達郎が「クリスマス・イブ」をヒットさせたので、
それにあやかるのは、さすがにしないだろうと思う。

その山下達郎が目的で2年前に買ったシンコーの、
「大人の邦楽ポップス」には、角松のスコアもあって、
「ノー・エンド・サマー」は初出LPバージョンなので、
エンディングを伸ばす形で、カバー演奏をすることに。

バックコーラスはAメロもサビも採譜されていないが、
女声コーラスで、声が枯れていなくても無理な音域、
ギターシンセでコーラスボイスの音色にして、少しは、
歌が被っているかのように、コード進行に沿って弾く。

YouTubeでライブ映像を見ると、30周年ライブの際、
アンコールでギター弾き語りで始め、コーラス部分で、
バンドが加わり、浅野祥之と梶原順のギター2人が、
交互にギターソロを弾くのがすごく格好良いアレンジ。

さすがに弾き語りは、歌のボロが目立ってしまうから、
やる気もないし、バンドスコアのとおりに演奏するが、
エンディングのコーラス掛け合いを伸ばしているから、
そこへライブのソロを参考に、アドリブを重ねることに。

結果的に、歌が終わってのエンディングのコーラスが、
全体の半分以上になってしまい、長すぎた気もするが、
LPどおりにサックスが入る箇所を弾くと、掛け合いは、
その後から始まり、そうそうすぐギターソロにできない。

角松敏生の5枚目「ゴードル・ディガー」の最後の曲で、
コンサートのアンコールの定番「ノー・エンド・サマー」、
メロディはキーが合うが、エンディングは地声より高く、
金切り声とひっくり返った裏声とで、かなり厳しいです。






としまえんとは別でも結びつけたくなる山下達郎「メリー・ゴー・ラウンド」
この8月末に、惜しまれつつ閉演したとしまえんは、
山下達郎が「さよなら夏の日」の題材にしたという、
流れるプール以外にも、数多くの施設があるから、
各人に様々な思い出もあるようで話題はつきない。

先日、職場の上司が新聞の切り抜きを持ってきて、
今の若い子らは、これを読んでも何とも思わないと、
寂しそうに見せてくれたのが、たしか東京新聞で、
としまえんが閉演したことを書き綴ったコラム記事。

最後の部分で山下達郎「メリー・ゴー・ラウンド」の、
歌詞が引用されていて、上司は感涙にむせぶが、
若い連中は、そもそも、としまえんに関心もないし、
曲のことも知らないから、ピンとこなかったそうだ。

「この記事が何か?」的な反応にがっかりとして、
CMで流れる「クリスマス・イブ」は知ってるくせに、
同じアルバムに収録の「メリー・ゴー・ラウンド」は、
聴いたこともないみたいだと、愚痴をこぼしにきた。

上司は、結婚するまで豊島区に住んでいたそうで、
近くだから幼い頃は何度も出かけた、としまえんは、
「としま」と言いながら豊島区じゃないんだよなどと、
すごく懐かしそうに、昔の思い出をひとしきり語った。

あいにく自分は、としまえんに行った記憶はないが、
達郎の曲はすごく好きだし、渋谷の西武デパートが、
できた当時は、屋上に回転木馬やモノレールがあり、
毎週のように出かけたので、その思い出と結びつく。

達郎自身が、「さよなら夏の日」は、としまえんだが、
「メリー・ゴー・ラウンド」は違うと、リスナーに答えて、
どことは言ってないが、「色褪せた水玉のベンチ」は、
Wiki情報では後楽園ゆうえんちにあったものだとか。

歌詞のとおりだと、錆びついた金網から忍び込めて、
もう一度動き出して欲しい幻のメリーゴーラウンドが、
古びたまま残っているか、もうそこにはなくなったか、
そんな遊園地は、達郎の想像の世界の中だけでは。

「メリー・ゴー・ラウンド」のバンドスコアは、2冊ある、
ドレミ出版の公式バンドスコアには載っていないが、
90年のドレミの達郎ベストや、2000年のドリーム・
ミュージック・ファクトリーの達郎セレクションに収録。

ドリームの方が活字の譜面で、コーラスやシンセの、
段を分けて書いてあるので見やすいが、カウベルや、
コンチコンのコーラスはドレミ版だけで、スクエアでも、
リットーとドレミとが一長一短で、見比べるのと同様。

コーラスは4声に、サビのコンチコンという呟きもあり、
本当はそれぞれを最低2回ずつ重ねたいところだが、
トラックを取られてしまうので、声がかすれ小さくなる、
上の2パートだけ重ねて、メインボーカルも1トラック。

ベースとドラムから始まるイントロは、カウベル2個が、
右チャン、左チャンとずれて加わるから2トラック使い、
ドラムと合わせ、24チャンネルしかないMTRのうち、
8トラックをリズムに取られ、残るトラック数は8のみ。

コードカッティングのリズムギターは左右にしたくて、
ダブリングでなく2トラックを使って、それぞれ演奏、
単音のリフ、サビの和音フレーズも別トラックとなり、
ベース、エレピ、シンセを重ねていくと、トラック終了。

イントロは、赤ちゃんの玩具、起き上がり小法師や、
ガラガラで鳴るチャイム音で、さすがに我が家には、
もう取っていないから、いつもツリーチャイムの音に、
代用している水族館みやげの風鈴を鳴らしておく。

いつもながら、肝心のボーカルは声が枯れていて、
ファルセットが出なかったので、長く中断していて、
少し良くなると、コーラスの1パートだけ録音したり、
コツコツと仕上げていくが、それでも高音は厳しい。

ギターシンセのボイス音を試すが、すごく違和感で、
それなら、多少かすれたり音程がずれたりしても、
自分の肉声の方がましな気がして、最後の最後、
メインボーカルも途中でかすれては、翌日やり直し。

わざわざ記事にまで書いた「色褪せたベンチ」を、
「錆びついたベンチ」と間違えて歌っているのを、
記事をアップする前に聴き返して気づきましたが、
YouTubeにアップ済なので、今回はこのままで。

山下達郎の83年のアルバム「メロディーズ」収録、
「メリー・ゴー・ラウンド」は、本人が否定してもつい、
としまえんと結びつけたくなるし、他の思い出とも、
シンクロさせ歌いましたが、演奏とギャップ大です。










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